聖べベル宮、祈り子の間控室。
ユウナ達は、いつ戻ってくるか分からないティーダをひたすら待ち続けていた。アーロンは腕を組み壁に寄りかかると目を瞑り微動だにせず、賑やか担当のリュックとワッカは場の重々しい空気を前に沈黙。ルールーやキマリは何やら思案していたようだが、情報の少なさに推測するのも限界があった。
そんな状態が小一時間以上続いていたが、やがて入り口が開く。その先にはティーダの姿。ユウナは弾かれたように駆け寄った。
「………もう大丈夫なの?」
「ああ、この通り大丈夫」
「そっか、よかったぁ」
深い安堵の表情を浮かべるユウナに、心配かけてごめんとティーダは軽く頭を下げる。出て行った時の弱弱しい感じは既にない。その様子に重々しかった空気もようやく少し軽くなった。
「ま、俺等の事は気にすんな。それよか中で何があったのか聞いてもいいか?」
「ああ。って言っても、説明すんのは俺じゃないけどな。まずは祈り子の間に行こう」
「え、いや、そっちはマイカ様が通してくれないんじゃ………」
「大丈夫」
ティーダは祈り子の前に陣取るマイカに近づく。
「皆も通してください。俺はもう決めましたから」
「………さようか、ならばよかろう」
先程まで頑なに通行を拒んでいたはずのマイカは、その一言でいともあっさりと退く。ユウナ達はその変わり身に驚くが、次の瞬間にはさらなら驚愕に目を見開いた。
「何を言った所で償いにもならんが………主に全てを押し付けてしまい、誠に申し訳ない」
エボン教の頂点に立つマイカ総老師。つまりイコールでスピラの頂点に立っている絶対的権力者が一人の人物に深々と頭を下げたままでいるのだ。在位五十年の長きに渡り、このような光景は一度たりともありはしない。既にエボンの教えから脱却している彼等であっても、つい先日までは敬虔な信者だったのだ。その衝撃は計り知れないものがあった。
「いえ、俺のためでもありますから」
「………すまぬ」
対するティーダは、頭を下げたままのマイカにそう言い残し、何事もなかったかのように横を通り過ぎて進んで行ってしまう。ユウナ達は、ティーダとマイカの行動に困惑しつつも、後を追って祈り子の間へと入る。
祈り子の間では、バハムートとユウナレスカが待ち構えていた。
「もう決めたのかい?」
「ああ、あんたの思惑通りに終わらせてやる。それと………」
ユウナレスカへ近づくと頼みごとをする。
「全部終わったらお願いします」
「承りました。私が全身全霊を持ってお兄様をお支えします」
「ありがとうござます、それから………」
「分かっております。後の事はお任せください。上手くぼかして説明しておきますので」
「頼みます」
軽く頭を下げると、今度は振り返る。
「そんじゃ、やらなきゃいけない事があるからちょっと行ってくるよ」
片腕を上げ、そんな事をのたまうティーダに即待ったがかかる。
「待ちなさい。行くって何処に?あんた一体何をするつもり?」
「そうだよ。いきなりそんなこと言われたって訳分かんないって」
ルールーとリュックから至極尤もな指摘が入る。何の説明もなしにこれでは、理解しろと言う方が無理というもの。唯一あの場にいたアーロンは察しがついているが、他のメンバーからすれば当然の反応だ。
「ああ、悪い。どうも気が急ってたみたいだ。まあ、何をするのか簡単に言えば───」
訝し気な彼等をよそに、ティーダは一拍置いて返す。
「シンを倒しに、ってね」
痛いほどの沈黙。シンを倒す?彼等は一瞬自分の耳を疑ったが、どうやら聞き間違いではなかったらしい。召喚士以外の人間がシンを倒すなど世迷言だ。記憶に新しいミヘンセッションでもそれを証明している。この千年間で一体それほどの人間が究極召喚なしでシンに挑み、そして傷一つ付けられずに死んでいった事か。シンは究極召喚でしか倒せない。それがスピラの常識である。
「冗談………じゃないんだよね?」
ティーダの発言を常識外れだと切り捨てるのは簡単だ。だが、目の前の青年は声こそ軽い調子ではあるものの、その目が本気であるとユウナは感じ取った。
「勿論。今までは絶対に倒せるって保証がなかったから黙っていたけど、実を言うと俺にはシンを倒す心当たりがあったんだ」
「あ!もしかして飛空艇でオヤジに言ってたやつ?」
「そう、それ。で、ついさっきシンを倒せる確証が得られたってわけ」
「………マジでか?」
「マジで。こんなことで冗談いうほど俺も馬鹿じゃない」
「そ、それじゃあ………まさか本当にシンを倒せる?究極召喚なしで本当にシンを倒せるのか!?ユウナは死ななくても済むのか!?」
詰め寄るワッカに、ティーダは親指を立てて見せる。
瞬間、アーロンを除く全員が歓喜に沸いた。リュックとワッカは喜びを爆発させ、普段はあまり感情を表に出さないルールーやキマリですら隠し切れぬ喜びに表情を崩した。
究極召喚は今までスピラの唯一の希望であると思われ、実際にそうだった。しかし、召喚士が犠牲にならないで済む方法があればそれに越したことはない。一部の例外(エボン教上層部)を除いて誰もが待ち望んだ究極召喚以外のシンを倒す手段。それがとうとう見つかったのだ。喜ばない訳がない。特に妹分を犠牲にしなくて済んだ彼らの喜びは一塩だろう。
しかし、それとは対照的にユウナの顔に笑みはない。手放しで喜べない理由があった。
「………代償は何?」
喜びに満ちていた場が一瞬で静まり返る。
「え、ユウナ?」
「私だって命を捨てたい訳じゃない。シンを倒すことが出来て、私も助かる道があるなら嬉しいと思う。けど、何の代償もなしにそれが出来るとは思えないの。だって………」
ユウナの脳裏に浮かび上がるのは、小一時間前の出来事。
「………あの時凄く辛そうにしてた」
ユウナの言葉に浮かれていた者達もはっとする。祈り子の間から出てきたティーダは、触れることを躊躇うほどに脆く不安定な状態だった。単純にシンを倒すことが出来て、めでたしめでたし、となるのであればあのような事になるはずもない。究極召喚ですら代償が必要なのだ。シンを倒せるのが本当だったとしても、それを成し遂げるには何か重大な犠牲が伴う。それも、ティーダ自身かそれに関わる何か大切なものが犠牲になるのではないかとユウナは直感した。
「お願い、教えて。シンを倒す代償は何?」
真っ直ぐにティーダを見詰めるユウナに、下手な誤魔化しは効きそうになかった。
「………本当に妙な所で鋭いよな、ユウナって」
「諦めろ。ブラスカもこうなった時は梃でも動かなかったからな。ユウナはそれよりも頑固だ」
アーロンは肩を竦めて早々に降参することを進めた。ティーダは思わず視線を外して頭を掻くと溜息を付く。
「ユウナレスカ様、すみませんが全部教えてあげてください」
「よろしいので?」
真実をそのまま知ってしまえば、大きなショックを受けることになるのは明白だ。だから重要な所は隠して伝えてもらおうと思ったのだが、今のユウナは誤魔化す事も諦めさせる事も出来るとは思えない。なにせ、シンを倒すと誓った時と同じ目をしているのだから。
「ええ、お願いします………………それじゃ、やってくれ」
後の事はユウナレスカに任せて、召喚解除を願い出る。バハムートは深く頷くとエボンの印を切る。
「待って、何を───」
不穏な空気を感じ取ったユウナだったが、既に何もかもが遅かった。ティーダの体が微かに発光したかと思うとふらっとよろけてしまう。
「お、おい!?」
「ちょっと、ティーダってば大丈夫!?」
倒れ込む前に慌てて駆け寄ったワッカが体を支える。リュックも反対側に回り、同じく肩を貸した。
「そこまで体調が悪いなら無理しなくていいのよ?」
「キマリも後で構わない。今のお前には休息が必要だ」
ルールーは、ティーダが一体どうやってシンを倒すのか、祈り子の間で何を聞いたのか気になっていたが、時間的に余裕がない訳じゃないので話を聞くのは明日以降でも構いはしなかった。キマリも同様に気になってはいるが、不調の仲間に無理をさせてまで知りたいとは思わない。
彼等はティーダの体調を気遣い、話を切り上げようとした。今日は本当に色々あったのだ。アルべド族のホーム襲撃やべベル突入など神経をすり減らす事ばかり。ただでさえ病み上がりのティーダには相当堪えたのだろう考えた。
しかし、
「………キミは誰?」
何時もなら真っ先に心配するはずのユウナは、そんな言葉を投げかけた。
ポカンと、ユウナは何を言っているんだとばかりに彼等は顔を見合わせる。だが、真剣な表情のままティーダを見詰めるユウナは、何かを思い出したかのように、あっ、と小さく声を漏らした。
「キミは………もしかしてティーダなの?」
「ユ、ユウナ?ちょっと、どうしちゃったの?」
事情を知らない彼等からすれば、支離滅裂な言動に見えただろう。だが、ユウナは確信していた。目の前の青年はどういうわけか違う。よろけた前後で姿形は何一つ変わっていないが、今まで一緒に旅をしていた彼とは別人だということに。
「………まさか一目で見分けるなんてな」
それを裏付けるかのように、目の前の青年は苦笑しながらも流石っすねと賞賛の声を送る。
「実は?」
「元の世界に行ったよ。………って、そんな顔しないでくれ。後で実にぶっ飛ばされちまう。安心しろよ、戻って来るって言ってたからさ」
彼が元の世界に戻ったと聞いて言い知れない感情が込み上げてくるユウナだったが、続く言葉に安堵の溜息を漏らした。
一方でおかしな言動をするユウナとそれを肯定するティーダにリュック達は軽い混乱状態にあった。ただでさえ現状が全く把握できていないのに、実とは誰なのか、元の世界とは何なのか、分からないことがさらに増えた。
「あのさ、あたし達完全に置いてきぼりなんだけど。ユウナも何か知ってるの?」
「あ、ええと、私も知ってることは多くないんだけど………」
言い淀むユウナに、ユウナレスカが助け船が出す。
「その辺も含めて私が真実を語りましょう。ですが、その前に………」
言いながら視線をバハムートへ。
「分かってる、後はよろしく頼むよ」
意を汲み取ったバハムートはユウナレスカに後を託して消えていく。行く先は言うまでもないだろう。それを見送ったユウナレスカは、残された面々を見渡すと静かに語り始めた。
「それでは話しましょう」
彼の要望通り、物語の全てを。
「全ての始まりは、とある召喚術を追い求めたことから───」
とある病院の個室に一人の患者が横たわっていた。年のころは十代後半。これといった特徴はなく、ごくごく平凡な容姿をした青年だった。
青年───江本実は四日ほど前に意識不明の状態で運び込まれた。病院では様々な検査を行ったものの、倒れた原因は不明。分かったことと言えば彼が至って健康体であり、意識を失う要因は何一つない事だけ。
「………ん………ここは………そうか………」
そんな実だったが、病院に運び込まれてから四日目の深夜に人知れず意識を取り戻す。しばし周囲を見渡すのみだったが、徐々に意識が覚醒してくるとゆっくりと体を起こした。
「体は………歩くくらいなら大丈夫か」
四日間寝たきりで弱った体の状態を確認するとベットから降り立つ。ただ立つだけのなんてことない動作でも結構な重労働に感じられたが、院内を歩き回る程度はできそうだ。
「………ああ、案内しろよ」
突然何もない空間に話しかける。病室は彼の個室となっており、話しかけるような相手はいない。誰かに見られれば、この人は頭大丈夫だろうかと心配されること間違いない光景だ。だが、もしも霊感が恐ろしく強い人がいれば、感じることくらいは出来たかもしれない。視線の先に見えない何かがいることを。
『──────』
見えない何か───バハムートは、実を病室の外に導く。あちらこちらと遠回りしながら防犯カメラに映らぬ様に移動すると、とある病室の前に辿り着いた。壁には江本樹の表札。十年間の長きに渡り昏睡状態が続く男性。そして、実の父でもあった。静かに扉を開いて中に入る。
「………久しぶり」
様々な感情が入り混じった声で呟く。最後にお見舞いに来たのはこっちの時間で一週間前のはずだが、体感では一年以上も前のことだった。久しぶり見る父の姿。その懐かしさに今まで彼自身が忘れかけていた記憶が蘇って来る。
あまりに多忙で中々遊びに連れて行ってくれない不満をぶつけたこと。夜勤空けで疲れてる体に鞭打ってそんな不貞腐れてる自分を遊びにつれていってくれたこと。妹を目に入れても痛くない程に可愛がっていたこと。私生活がちょっとだらしなかったこと。母に頭が上がらなかったこと………何気ない日常の光景が脳裏に浮かんでは消えていく。
思い出はいつも綺麗だというが、思い出した記憶には情けない姿も多くあった。しかし、病院で働く頼もしい後姿もしっかりと覚えてる。救った人々から感謝されている父を内心で誇らしく思っていたことも。
そんな父を今から殺さなければならない。
「………ああ、分かってる」
このまま何時までも思い出に埋もれていられたら、どれほど幸せだろうか。しかし、見回りまでの時間を考えればこれ以上感傷に浸っている時間はなかった。
人工呼吸器を操作。指紋を残さぬ様に注意を払いながら指示されたボタンを押していく。その僅かな指の動きが死へのカウントダウンとなっていた。
そして───
「…………ごめん」
躊躇いは一瞬。微かに震える指先で人工呼吸機の電源を落とす。
数分後────江本樹は全ての生命活動を停止した。
実にとって父の死を待つ数分は、まるで永遠のように長く地獄のように感じられた。既に一度シーモアを殺めているが、その時とはまるで比較にならない罪の意識。
「本当に………」
尊属殺人罪。簡単に言えば親殺しを示す言葉がある。現代においては法の下の平等により、この規定は既に廃止されているが、一昔前まではただの殺人とは区別され、同じ一人を殺したとしてもより重い刑で裁かれていた。これは、子は親を敬い、親は子を慈しむべきという封建的な道徳観から基づくものであったが、かつてはそれほどまでに子が親を殺すことは罪深いとされていたのだ。実にはどうしても殺さねばならない事情があったのが、それでも親殺しという重い罪の意識が完全になくなることはない。
「………敵わないな」
しかし、そんな地獄の中で一つだけ彼の心を救った出来事がある。
それは死ぬ間際、父の表情が微かに変わったことだ。今まではただ無表情で眠っていただけ。しかし、少しだけだが、確かに表情に変化があったのだ。
それは、もしかしたらただの筋肉の萎縮だったのかもしれない。江本樹の精神は此処にはなく、スピラにて完全に変質してしまっている。故に感情を表現することは不可能のはずだ。
しかし、その穏やかな表情は、まるで実にありがとうと語り掛けているかのようだった。親殺しの業を背負わされた彼にとって、それがどれほどの救いになったことか………。
江本樹は医者として多くの人々を救ってきた。そんな彼は、死の間際でさえ息子の心を救った。
彼の人生を振り返ってみれば、多くの人は彼を不幸だったと言うだろう。見知らぬ土地に突然召喚され、あまつさえ望まぬ人殺しを強制される。その結果、心を失って最悪の魔物に成り果てる。不幸以外の何物でもない。
だが、もし彼に貴方の人生は不幸でしたか?と聞くことが出来たなら、いいえと返って来るだろう。血に塗れてしまった両手だが、それでも救う事が出来た人々は確かにいた。それに、自分には愛する妻が、息子達が、娘達がいる。
そして、何より最後に息子が自分を救ってくれた。
医者としては、死とは忌むべきものである。だが、同時に時として何にも代えがたい救いであるとも知っている。今がまさにそれだ。望まぬ殺戮を繰り返すくらいなら、愛する者の手で楽になれるのであれば、それは紛れもない救いだ。
不幸な事は多々あった。けれど、自分の人生は決してそれだけではない。それ以上に幸せな事があったのだと、彼はそう断言するだろう。
「………一年以内に戻って来る」
実は父の亡骸に向って宣言すると、踵を返す。
「今まで俺達を守ってくれてありがとう………さようなら、親父」
そして、振り返ることなく病室を後にした。
聖べベル宮襲撃事件。
二日前に起きた歴史的にも類まれな大事件に、人々は並々ならぬ関心を寄せていた。その熱は時間とともに冷めるどころかより過熱して様々な憶測が飛び交う始末。エボン教は箝口令を敷いて対処するが、これほどの大事件ではその効果も薄い。人々の口に戸は立てられないようで、ネットや電話などがないにも関わらず異様な速度でスピラ中に広がっていった。
しかし、その熱が続いたのもそこまで。事件から二日目の夜、襲撃事件があったことなど人々の記憶から吹っ飛んでしまう特大の事件が起きた。
最初に気が付いたのは、とあるべベルの住民だ。彼は夜道を歩いている時に何気なく空を見上げて、遥か上空にいる存在に気が付いた。目を凝らして見ればそれは一匹の魔物だった。
彼はそんな馬鹿なと自分の目を疑った。しかし、何度も目を擦ってその存在を確かめ、頬をつねっては夢を見ているのではないかと確認したが、現実は変わらなかった。
「シ、シン………」
絶望の名を口にして、その場に座り込む。
べベルの上空は数十キロに渡り聖獣エフレイエの守護する領域である。それ故に、魔物が存在できるはずもないのだが、厄災の魔物は小さな島ほどもあるその巨体を空に浮かべていた。
やがて、彼だけでなく他の住民や警備兵たちもシンの存在に気が付き、一時的な混乱が生まれた。だが、寺院から派遣された僧兵達は混乱する住民たちを素早く都市外へと避難させ、また何よりシンが何もせずその場にじっと浮かんでいるだけだったことで混乱は最小限に留められた。
そして、人々が不安に包まれる中、その場に浮いていただけのシンに変化が訪れた。
「お、おい、あれ………」
「嘘………」
最初は薄く、しかし段々と光量を増して発光していくシン。そして、眩いまでに輝いたかと思うとその姿を幻光虫へと崩していく。あまりに巨大なその存在の消滅は、光の奔流となり夜空を天の川のよう流れる。その光景は、べベルだけでなくスピラ全土の人々の目に触れた。
千年に渡り、死の螺旋を作り上げた厄災がたった今目の前で消え去った。
人々が目の前に光景を理解するに従って、スピラの各地で喜びが爆発する。シンの影に怯えないで暮らせる日々。その何にも代えがたい平和な日々の訪れを彼等は心の底から喜んでいた。
一方で避難が完了し、静まり返ったべベル。
その中央にある自然豊かな広場に数人が集まっていた。彼等は幻想的なまでに美しく照らし出される夜空を胸が締め付けられる思いで見ていた。
「あたし現実を認めたくないのって初めてだよ………」
その内の一人、リュックがポツリと零した。
アルべド族はいつだって現実を見据えている。エボンの教えにある甘言に惑わされず、どれほど蔑まれようとも厳しい現実から逃げようとはしない。そんなアルべドの精神を具現化したようなリュックでさえ、シンの消滅が何を意味するのか、現実から目を背けたかった。
「くそっ、こんな胸糞悪い事ってあるのかよ」
「本当にね………」
シンの消滅。それはユウナの命が助かることを意味する。実の妹のように可愛がってきた彼等からすれば喜んで当然のはず。実際に一時はただ無邪気に喜んだ時もあった。だが、そんな彼等は苦虫を噛み潰したかのような表情で歯を食い縛る。
「キマリはこれほどまでに無力な自分を恨んだことはない」
キマリはかつてのことを思い出す。それはロンゾ族の誇りである角を折られた時のこと。仲間から小さな体を馬鹿にされ、挙句に角なしと揶揄される屈辱な日々。どうしてこんなに弱いのかと自分を呪っていた。しかし、そんなことは今この時の無力感に比べれば無いも同然だった。
「…………」
伝説のガードは無言で佇んでいた。キマリと同じく己の無力さを噛みしめながら、それを表には出さない。その目に映るのは、目の前のありのままの光景。かつて幾度となく衝突しつつも認め合った仲間を見送り、そして一人の青年の出した答えにただ敬意を払う。
「ごめん、そして、ありがとう」
“ティーダ”は短い間で親友とも呼べる存在になった彼に謝罪と感謝の気持ちを送る。背負わせてしまってごめん。そして父を解放してくれてありがとう、と。
「………実」
ユウナは無意識の内に彼の名を口にしていた。
シンの消滅は彼女の悲願である。大召喚士である父ブラスカを心から敬愛し、いつか自分も父のようにスピラに幸福を届けたいと思い、命を捧げてでも絶対に倒すと誓った。しかし、望んだはずの光景を前にしてもその顔に一切の笑顔はない。ただ悲しみの表情で拳を握りしめる。
「お兄様………ありがとうございます」
ユウナレスカは、深々と一礼すると鎮魂の舞を踊る。その表情にあるのは、ようやく解放してあげることができた喜びか、それとも愛する人との離別への悲しみか。
「………お父様………安らかにお眠りください」
ただただ“父”の安らかなる眠りを祈っていた。
ティーダとジェクト、実と樹、二組の親子が会話する場面も考えたのですが、ジェクトと特に樹は無理やり入れ込むとどうにも違和感のある感じにしかならなかったのでいっそのことカット。というか最終決戦のジェクトの泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、が印象に残りすぎて改変するのがちょっと………