――――自分にないモノを彼女は持っていた
けど、こんな価値のない自分を彼女は頼ってくれる
その事に、暗い喜びを覚えていた醜い自分……
あたしは、そんな事実から必死に目を背けていたのだ
鏡達より先に城内に入った千枝は、視界が悪いにも関わらず進み続ける。
千枝の頭の中を占めているのは、一刻も早く雪子を救い出す事。
それ以外の考えは無く、この世界が危険である事も鏡と交わした約束も綺麗に抜け落ちていた。
(雪子、待っててね。私が助けに行くから……!)
濃い霧で視界は最悪だが、通路の真ん中に赤い絨毯が敷かれているため比較的に歩きやすい。
時々、黒い靄のようなものが見えるがすぐに見えなくなるので、千枝は気にせず城内の探索を続ける。
(もうっ、何だってこんなに広いのよ!?)
城内は千枝が思っていた以上に広く、視界が利かないために余計に広く感じられた。
ともすれば自分がどちらの方角を向いているのかも解らなくなり、同じ場所を堂々巡りしているかのような錯覚に囚われる。
部屋らしき場所を何度か発見したが、奥の方で何かが蠢いていたため、先へと続いていない場所はその都度、引き返す。
(あれって、階段……だよね?)
その部屋は奥の方に上へと続く階段がある部屋で、少しだけ霧の影響が少なかった。
部屋の中に絨毯は敷かれておらず、剥き出しの床とそれに続く階段と飾り気のない部屋だ。
千枝は辺りを警戒しながら部屋へと入ると、階段へと向かう。
慎重に階段を上る千枝。彼女の足音だけが静寂に包まれた城内に響き渡る。
階段を上りきると、再び赤い絨毯が敷かれた通路が続いている。
通路を進むと、精緻な金のレリーフが施された重厚な扉が行く手を塞いでいた。
千枝は意を決して扉を開き中へと入る。そこは広いホールとなっており、入ってきた扉の反対側に先へと続く扉が見える。
周囲は観客席のようになっており、天井からは赤い緞帳のような垂れ幕が均等に配されている。
『赤が似合うねって……』
「えっ……雪子?」
突如として聞こえてきた声に千枝が驚き、慌てて周囲を見渡す。
すると、周りの景色は千枝にとって見慣れた場所へと一変する。
「……ここ、雪子の部屋?」
赤で揃えられた部屋。
和風な内装のその部屋は、調度品のどれもが赤で統一されている。
『私、雪子って名前が嫌いだった……雪なんて、冷たくて、すぐ溶けちゃう……儚くて、意味のないもの……』
それは初めて聞いた雪子の思い。
雪子とは長い付き合いだが、雪子が自分の事をそう思っていたなんて思いもしなかった。
『だけど、千枝だけが言ってくれた。雪子には赤が似合うねって……千枝だけが……私に意味をくれた……』
「雪子……」
『千枝は、明るくて強くて、何でも出来て……私には無いものを全部持ってる……私なんて……私なんて、千枝に比べたら……』
雪子が自身に対して抱いていた思いに千枝は驚く。
それは、千枝自身が雪子に対して抱いている思いと同じもの。
自分の方こそ雪子に比べたら……
『千枝は……私を守ってくれる……何の価値も無い私を……私……そんな資格なんて無いのに……優しい千枝……』
それっきり、雪子の声は聞こえなくなり、辺りを静寂が包み込む。
「雪子、あ、あたし……」
千枝は今まで聞こえていた雪子の声に呆然となる。
『優しい千枝……だってさ。笑える』
吐き捨てられるような声が千枝へと投げ掛けられる。
いつの間にか、周りの風景は雪子の部屋から先ほどのホールへと戻っていた。
突然の声に驚いた千枝が声の主へと視線を向けると、そこには信じられない人物が立っていた。
「あ……ああっ!」
視界が悪くてよく見えないが解る、それは見慣れた自分の姿。
違いを挙げるならば目の前にいる自分の瞳は金色で、歪んだ笑みを浮かべて自分を見つめている事だろうか。
目の前にいるもう一人の千枝がお腹を抱えて愉快そうに千枝へと話し掛ける。
『雪子が、あの雪子が!? あたしに守られているって!? 自分には何の価値も無いってさ!』
もう一人の千枝は歪んだ笑みを浮かべて満足そうにしている。
『ふ、ふふ、うふふ……そうでなくちゃねぇ?』
「アンタ、な、何言ってんの?」
愉悦に満ちた表情で千枝へと語りかけてくるもう一人の自分に、千枝は訳が分からず混乱する。
『雪子ってば美人で、色白で、女らしくて……男子なんかいっつもチヤホヤしてる』
狼狽える千枝には構わず、もう一人の千枝は言葉を続けていく。
『その雪子が、時々あたしを卑屈な目で見てくる……それが、たまんなく嬉しかった』
陶酔した表情で、もう一人の自分が自身へと話し掛けてくる。
それは見たくない光景だった。自分の姿をした誰かが親友の事を貶める姿など、見るに堪えられない光景だ。
『そうよ、雪子なんて、本当はあたしが居なきゃ何も出来ない……』
そう話すもう一人の千枝の表情が、だんだん険しいものに変わっていく。
『あたしの方が……あたしの方が……あたしの方が! ずっと上じゃない!!』
「違う! あ、あたし、そんな事、思ってない! こんなのあたしじゃない!」
『ふふ……そうだよねぇ。一人じゃ何も出来ないのは、本当はあたし……』
もう一人の千枝は歪んだ笑みを浮かべ、愉快そうに千枝の心に毒の言葉を突き立てていく。
『人としても、女としても、本当は勝ててない、どうしようもない、あたし……でもあたしは、あの雪子に頼られてるの……』
うっとりとした表情で、もう一人の千枝は千枝を嬲るように言葉を続けていく。
『ふふ、だから雪子はトモダチ……手放せない……雪子が大事……』
「そんなっ……あたしは、ちゃんと、雪子を……」
『うふふ……今まで通り、見ないフリであたしを抑え付けるんだ?』
二人の千枝が口論している最中に、鏡達がようやく千枝に追いついた。
しかし、千枝は目の前にいる自分自身へと意識が集中していて、鏡達の事にはまだ気付いていない。
鏡達から見える金色の瞳をした千枝は、悦楽に歪んだ表情を見せていて余裕の態度を取っている。
それに引き替え、鏡達に背を見せている千枝は明らかに動揺して狼狽えている事が解る。
『けど、ここでは違うよ。いずれ“その時”が来たら、残るのは……あたし。いいよね? あたしも、アンタなんだから!』
「黙れ!! アンタなんか……」
「よせっ! 里中!!」
「や……やだ、来ないで! 見ないでぇ!!」
陽介の声に、鏡達が駆けつけてきた事に気付いた千枝が半狂乱になって叫ぶ。
『あたしが……何?』
もう一人の千枝が嘲笑混じりに千枝へと問いかける。
その問いかけに平常心を失っている千枝が反射的にもう一人の自分へと叫ぶ。
「アンタなんか、あたしじゃない!!」
千枝の叫び声を嗤笑すると、もう一人の千枝から黒い風が巻き起こる。
黒い風が晴れると、それぞれを肩車で支えている三名の女生徒を椅子のように扱う黄色いボンテージをまとった異形が現れた。
三名の女生徒にそれぞれ付けられた首輪には鎖が繋がれており、先端は黄色い異形の右手に握られている。
左手には先端に分銅の付いた鞭を持ち、鏡達を上から見下ろしている。
『我は影……真なる我……なにアンタら? ホンモノさんを庇い立てする気? だったら、痛い目見てもらっちゃうよ!』
地面に広がる黒髪が、異形の感情に合わせて触手のように蠢いている。
「うるせえ! 大人しくしやがれ! 里中……ちっとの辛抱だからな……」
『さぁて……そんな簡単に行くかしら!!?』
「答えは、その身で知りなさい! 来なさいっ、イザナギ!!」
鏡が掲げる右手の上に現れた、カードを握りつぶすと同時にペルソナ“イザナギ”が現れる。
イザナギが手にした長刀のようなモノを真横に振り払うと、異形の身体を光が包む。
補助スキルの【ラクンダ】が異形の防御力を低下させる。
「行け、ジライヤ!」
すかさず陽介がジライヤを召喚して疾風系スキル【ガル】で異形を攻撃する。
ジライヤの放った【ガル】が命中すると、弱点属性だったようで体勢を崩して大きな隙が出来た。
「行くぜっ、姉御!」
その隙を逃さず陽介が鏡に声を掛ける。
二人はそれぞれの武器を振りかぶり、動きの止まっている異形へと襲い掛かる。
総攻撃を受けた異形は大ダメージを受けるも未だ健在で、すぐさま体勢を立て直す。
『キャハハ、ダサ、目がマジじゃん! けど……まだまだこっからだよ!!』
異形はそう言うと手にした鞭を叩き付けて、自身に緑に輝く壁のようなものを纏う。
鏡は再びイザナギを召喚すると電撃系スキル【ジオ】を放つ。
続いて陽介が再び異形の体勢を崩そうと【ガル】を放つが、ダメージを与えただけで体勢を崩すまでには至らない。
『さっきの障壁で疾風属性の弱点を打ち消してるクマ!』
クマの言葉に陽介は【ガル】の使用は控え、ここぞという時に使えるように戦い方を考える。
『喰らえっ!』
「遅いっ!」
異形が手にした鞭を一閃して陽介を攻撃するが、紙一重で陽介がその攻撃を避ける。
鏡は異形が攻撃した鞭を引くのにタイミングを合わせて、ゴルフクラブで攻撃を仕掛ける。
「……?」
気のせいか、異形は今攻撃してきた鏡ではなく陽介の方に意識が向いているように感じられた。
僅かな違和感に鏡は戸惑いながらも異形から距離を取り、反撃に備える。
鏡が異形から離れるタイミングに合わせて、陽介も両手に持ったモンキーレンチで攻撃を仕掛けるとすぐに距離を取る。
『……跪け!』
異形が鞭を一閃して、電撃系範囲スキル【マハジオ】で鏡達を攻撃する。
放射状に放たれた電撃の直撃を受けた陽介は体勢を崩してしまう。
『ウジ虫がっ!!』
「ぐあっ!?」
異形の蠢く黒髪が無数の刃と化して陽介に襲い掛かる。
体勢を崩した陽介は躱す事が出来ずに全ての攻撃を受けて気絶してしまう。
『うゎゎ、強烈クマ! 大丈夫クマ?』
気絶した陽介に驚くクマの声を聞いた鏡は、左手を眼前に翳して意識を集中する。
仮面を付け替えるイメージで翳した左手を動かすと同時に、鏡の意識が“イザナギ”から“ピクシー”へと切り替わった。
「ピクシー!」
鏡の意志に応じて背に昆虫の羽を持つ少女が現れる。ピクシーは陽介の傍まで移動すると、右手を横薙ぎに振り払う。
回復スキル【ディア】の柔らかい光が陽介の身体を包み込み、傷を癒していく。
「助かったぜ、姉御」
気絶から回復した陽介はジライヤを召喚して異形に突撃を掛ける。
『アンタらバカじゃないの!? なんでそこまでしてホンモン庇うの!? あんな薄汚い女!!』
「友達だからに決まっているでしょ。それに、一面だけを見てそれが千枝の全てだと“あなた”が言うな!」
『ッ!?』
憎々しげに叫ぶ異形にペルソナをイザナギに切り替えた鏡が言い放ち【ジオ】で攻撃する。
「そういうこった。お前だって、里中の一面なんだろうが!」
異形を包んでいた障壁が消えるのを見逃さなかった陽介が、鏡の言葉に一瞬動揺した異形へと【ガル】を放つ。
再び体勢を崩した異形へと、鏡達は再び総攻撃を仕掛けた。
『っ……バカにしないでよ……アンタらなんか……アンタらなんかぁ……!!』
そう言って、異形は再び障壁を纏う。
障壁はどうやら長くは持たないようなので無理な攻撃は仕掛けず、鏡と陽介は体力に気を配りながら異形の隙を窺う。
何度目かの攻防を続けていると、またしても異形の意識が陽介へと向いているのを鏡は感じた。
先ほどと同じく鏡を無視したかのような様子に、異形へと攻撃を仕掛けようとする陽介へ鏡は咄嗟に叫ぶ。
「陽介! 防御!!」
鏡の叫び声に、陽介は慌てて異形から距離を取り身を守る。
『泣き喚けッ!!』
カウンターになるよう放たれた異形の【マハジオ】は、寸前の所で防御した陽介の体勢を崩すには至らなかった。
逆に、思惑の外れたその攻撃後に障壁が解除されて隙が出来た異形へと、ジライヤの放つ【ガル】がカウンターとなる。
「これで最後だッ!!」
三度目の総攻撃が決め手となり、異形は力尽きて崩れ落ちる。
異形が倒れたのを確認した鏡達は座り込む千枝の元へと向かう。
「里中、大丈夫か!?」
座り込む千枝へと陽介は声を掛け、手を取って立ち上がらせる。
「さっきのは……」
そう呟く千枝の前に、大人しくなったもう一人の千枝が静かに佇み千枝を見ている。
「何よ……急に黙っちゃって……勝手な事ばっかり……」
先ほどとは違って何も言ってこないもう一人の自分に、千枝は弱々しく文句を言う。
「よせ、里中」
「だ、だって……」
陽介の言葉に、千枝は言い淀む。
もう一人の自分に言われた言葉。その言葉は、とても認められるものでは無い。
「皆、色々な顔があって、その一面だけが全てじゃないでしょ?」
「みんな……?」
「姉御の言う通りだ。俺もあったんだ、同じような事。だから解るし……その……誰だってさ、あるって、こういう一面……」
鏡と陽介の言葉に、千枝は俯くと少し考えてもう一人の自身へと向き合う。
「アンタは……あたしの中にいたもう一人のあたし……って事ね……ずっと見ない振りしてきた、どーしようもない、あたし……」
もう一人の千枝は、静かに千枝の言葉を聞いている。
「でも、あたしはアンタで、アンタはあたし、なんだよね……」
その言葉にもう一人の千枝は静かに頷く。
認めたくない自分。でも、それは自身の中に確かに存在していて目を背けても何の解決にはならない。
その事に気付いた千枝に呼応するかのように、もう一人の千枝は青い粒子になるとその姿を変える。
両端が刃の薙刀を持った武者を思わせる黄色い人型。その姿はカードに変じると、千枝の中へと吸い込まれるように消えていく。
「あ……あたし……その、あんなだけど……でも、雪子の事、好きなのは嘘じゃないから……」
鏡達に、自分自身の見たくない姿を見られた千枝が困惑気味にそう話す。
「バーカ。そんなの、分かってるっつの」
そんな千枝に陽介がおどけたように話す。
陽介の言葉に、はにかんだ笑みを浮かべた千枝は気が緩んだのか、その場に崩れ落ちる。
その様子に慌てた陽介が千枝を気遣うが、千枝はちょっと疲れただけだが平気と答える。
「平気、じゃねーだろどう見ても……それに多分、お前……俺達と同じ“力”、使えるようになってるはずだ」
陽介の言葉に千枝は唖然とした表情を見せる。陽介は視線を鏡に向けると、これからどうするかを訊ねた。
鏡は千枝の様子から、これ以上は危険だと判断して今日は引き上げようと陽介に伝える。
陽介も鏡の意見に賛成で、千枝を休ませるべきだと同意する。
「か、勝手に決めないでよ! あたし、まだ……行けるんだから……」
二人の言葉に反発した千枝はそう言って立ち上がろうとするが、身体に力が入らないのか上手く立ち上がる事が出来ない。
そんな千枝の様子にクマが慌てて千枝の前に回り込むと、無理しちゃ嫌だと懇願する。
陽介も雪子を助け出すためにも、ペルソナが使えるようになった千枝の力が必要で、今は回復するべきだと説得する。
それでも千枝は、先ほど聞こえた雪子の声が彼女の本心なら伝える事があると頭を振る。
「……なら、それを伝えるためにも、まずキミが元気になるクマ!」
クマはそう言って雪子は普通の人なので、ココにいる影には襲われないと説明する。
襲うのは霧が晴れる日で、それは現実世界では霧が出る日だと陽介がクマの説明を引き継ぐ。
霧は大体、雨の後に出るが、ここ数日は晴れ続きですぐに雨が降る様子はない。
なので、一度引き返して体勢を整え、天気予報を確認してから出直しても大丈夫だと陽介は話す。
「でも……だからって……やっぱり、ここまで来て引き返せないよ! 雪子が居るのに! 一人で……怖い思いしてるのに!」
それでも千枝は陽介に食って掛かる。
「……千枝」
鏡は不意に千枝に声を掛ける。千枝が鏡の方へと振り返ると、鏡は抜き手を見せずに千枝の頬を力一杯叩いた。
「ッ!?」
千枝は一瞬、何が起こったのか理解が追いつかなかったが頬の痛みで鏡に叩かれた事を理解する。
「鏡……何をっ!?」
鏡に抗議の声を上げようとした千枝は、見た事がない鏡の冷たい視線に硬直する。
「千枝、ここに来る前に約束したよね? 無理だけは絶対にしないって……」
「……うっ」
「約束を守る気が無いのなら、今ここで叩きのめして連れ帰るけど、どっちが良い?」
「あ、姉御……」
感情の籠もらない平坦な声に、氷のように冷たい瞳。
怒鳴る訳でもなく淡々と話す鏡の姿に怒りのほどを知り、千枝と陽介は背筋に冷たいものを感じた。
「雪子の居る所まで、この先どれだけ進めば良いのか、千枝は分かっているの?」
「そ、それは……」
「それに、この先にもっと強い敵が出てくるかも知れない。なのに、無理してやられたら、他の誰が天城を助けてやれんだよ!」
「それとも千枝は無理して命を落として、雪子を助けた時に『雪子を助ける為に千枝が死にました』って言わせる気?」
鏡と陽介の言葉に千枝は何一つ反論できない。
鏡との約束を破ったのは自分。勝手な行動を取って、二人を危険な目に遭わせたのも自分。
その上、今も我が儘を言って二人を危険な目に遭わそうとしている……
「……解った」
千枝は力なく項垂れてそう呟く。
そんな千枝にクマが自分の頭を手摺り代わりにして千枝を立ち上がらせる。
「二人とも……さっきは、ごめんね。一人で、勝手に突っ走っちゃって……」
「……次からは気をつけてくれたら良いよ」
「気にしてねえよ。天城は必ず俺達で助ける……だろ?」
「……うん!」
千枝の謝罪に対照的ではあるが、二人はそれを受け入れる。
ひとまず体勢を立て直すべく、三人はクマの案内で入ってきた広場へと戻る。
運良くシャドウ達に襲われる事なく広場に戻ってくると、千枝が疲れた様子を見せていた。
「なんか……この前、入った時より疲れた……頭もガンガンするし……花村達、平気なの?」
「私達は眼鏡があるから平気だけど」
「あ、そか。お前、眼鏡してないな」
「あ……そういえ、眼鏡してんね。目、悪かったっけ?」
「お前……どんだけテンパってたんだよ……」
どこかずれた反応を返す千枝に陽介が呆れ顔になる。
「クマ、千枝の分の眼鏡は有る?」
「じゃんじゃじゃ~ん。チエチャンにも用意してあるクマ。はい、チエチャンの」
鏡の問い掛けに、どこかの青い猫型ロボットのような言い方で答えたクマが、千枝に眼鏡を手渡す。
クマから手渡された眼鏡を掛けた千枝は、良好になった視界に驚きの声を上げる。
「うわっ、何コレ、すげー! 霧が全然無いみたい!」
「あるなら、早く出してやれっつの」
呆れた表情でクマに文句を言う陽介にクマが憤慨する。
しかし、一人で飛び出した千枝の事を考えると、渡している暇があったかは微妙なところだ。
「なるほど、そう言う事なんだ。モヤモヤん中、どやって進むのかと思ったよ。ね、これ貰ってもいい?」
「モチのロンクマ!」
千枝の問い掛けにクマが嬉しそうに返事を返す。
「今日のところは、仕方ないけど……でもこれで、リベンジ出来そう! 二人とも、勝手に行ったりしないでよ!?」
「それを千枝が言う?」
「……うっ」
鏡の突っ込みに千枝が絶句する。確かに、勝手な行動をした自分が言っても、説得力が皆無だと思う。
「んじゃ約束だ、俺ら全員の約束。“一人では行かないこと”……危険だからな」
そう言って、陽介が二人に話し掛ける。皆で力を合わせないと、事件解決どころか雪子を救出する事も出来ない。
陽介の言葉に千枝も賛成する。陽介は明日から、放課後はもちろん、学校の無い日も出来るだけここに来るよう提案する。
その上で、陽介は鏡に自分達のリーダーを務めて貰えないかと頼み込む。
最初に、ペルソナやテレビに入れる力を手に入れた事と、戦う力がこの面子の中で一番なのがその理由だ。
「それに、俺はほら、参謀向き? 頭良い人のポジションでさ」
「あたしも賛成かな。鏡なら冷静だし、なんか安心」
「……解った。引き受けるよ」
我は汝……、汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり
汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん……
鏡の脳裏に声が響く。どうやらコミュニティは個人だけでなく、団体に対しても発生するらしい。
「よし、とにかく今日は休んで、明日からに備えようぜ。まずは天気予報の確認、忘れんなよ? 雨が続くとヤバイからな」
陽介の言葉に千枝と鏡が頷く。
持ってきた装備は、このまま広場に置いていきクマがそれらを管理する事にして、鏡達は元の世界へと戻る。
疲れがピークの千枝は早々に帰宅して、鏡は陽介に今日のお勧めを聞いて、夕飯の食材を買い足してから帰宅する。
自宅へと戻った千枝は夕食を食べ入浴を済ませると、自室へと戻りそのままベットに突っ伏すように寝転がる。
天井を見上げ今日一日の事を振り返ってみると、ただただ鏡と陽介に迷惑を掛けただけだと思い知る。
雪子の事だけで頭が一杯になり、勝手な行動を取った自分。
二人が何度も忠告してくれたのに、深く考えずに浅慮な行動を取った自分。
(鏡が怒るのも当然だよね……)
今もまだ、鏡に叩かれた頬は鈍い痛みを伴っている。あの時の鏡は本当に怖いと思った。
怒鳴り散らす訳でなく、淡々と話す鏡の姿は整った容姿と相まって、酷く冷たい印象を受けた。
それだけの心配を掛けていたんだと、今なら解る。あの時、鏡達が居なかったら今頃自分は……
「もう一人の自分に殺されていた……」
ぽつりと呟く。
もう一人の自分が暴れていた間、意識が混濁していたので朧気でしか覚えていないが、二人の言葉だけはハッキリ覚えている。
『友達だからに決まっているでしょ。それに、一面だけを見てそれが千枝の全てだと“あなた”が言うな!』
『そういうこった。お前だって、里中の一面なんだろうが!』
自分自身が認めたくない姿を含めて、二人は自分を認めてくれた。
それに何より、鏡はこんな自分を思って叱ってくれたのだ。
千枝は雪子との関わり合いで、鏡のように相手の事を思って本気で叱りあった事が無かった事に気付く。
きっと、互いに相手を必要としていたから強く出る事が出来なかったのだろう。
(鏡は何であんなにも真っ直ぐなんだろう……それに花村も、あたしの事を本気で心配してくれていたっけ……)
そんな自分達と違い、鏡と陽介は自分のために危険を顧みず戦ってくれた。
自身が危険だと忠告もしてくれた。
二人にあって、自分には無いもの……
今はまだ、それが何なのかは分からないが、いつか二人のようになりたいと千枝は願う。
助けられるだけでなく、誰かを助け出せるような、そんな自分に。
そう言えば、陽介が自分にも二人と同じ力が使えるようになっているはずだと言っていた。
千枝は試しに自室にあるテレビの画面へと、恐る恐る手を伸ばす。
指先が画面に触れると、水面を触るように指先から波紋が広がっていく。
そのまま少し力を込めて画面を押すと、手首まですんなりとテレビの中へと入っていった。
(うわっ、ホントにテレビの中に入っちゃった!?)
テレビの中に入った自分の手を見て、その事実に千枝は驚く。
後は、向こうの世界でないと確かめようが無いが、ペルソナという力も使えるようになっているはずだ。
そこでふと、千枝は朧気な記憶を辿って一つの違和感に気付く。
あの時。
陽介は同じペルソナを使っていたが、鏡は違うペルソナを使い分けていなかったか?
黒い人型と、妖精の姿をした少女のペルソナ……
(本当に、鏡って不思議な子)
自分と同じ歳には思えない冷静さと、モロキンに噛みつく気の強さ。
ある意味、見た目と相反する在りように、千枝は自身が理想とする強さとは、別の強さを鏡に感じる。
彼女が居れば、雪子を救出する事も可能だと思わせる安心感。
陽介も普段と違い、向こうの世界では頼りになるけれど、鏡と比べると今ひとつといった感じが拭えない。
もっとも、陽介自身もそう思って鏡に自分達のリーダーを任せたのだと思うけれど。
(とにかく、明日から雪子を助け出すために頑張らないと……)
今は疲れた身体を休ませて、明日から雪子を救出するための力を蓄えないと。
千枝は決意を新たにすると、疲れから来る睡魔に身を任せてそのまま眠りへと落ちる。
一刻も早く雪子を救出するために、強くなる事を心に秘めて。
――次回予告――
少女はただ待っていた
自分をここから救い出してくれる王子様を
けれど現実は甘くなく王子様は現れない……
――囚われのお姫様
少女はただ、何も出来ない自分を憂い、今日も王子様を待つ
次回、PERSONA4 PORTABLE~If the world~
籠の鳥 【前編】
――その想いは、籠の中に囚われたまま――
2012年08月06日 初投稿