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No.26454の一覧
[0] PERSONA4 PORTABLE~If the world~ (もしも番長が女だったら?) ペルソナ4再構成[葵鏡](2015/04/15 09:13)
[1] 【習作】PERSONA4 PORTABLE~If the world~[葵鏡](2014/06/27 00:21)
[2] 転校生[葵鏡](2014/07/22 03:57)
[3] マヨナカテレビ[葵鏡](2014/06/27 00:23)
[4] もう一人の自分[葵鏡](2011/04/15 22:00)
[5] ベルベットルーム[葵鏡](2014/06/27 00:24)
[6] 雪子姫の城[葵鏡](2014/06/27 00:25)
[7] 秘めた思い[葵鏡](2011/06/04 08:51)
[8] 秘めた思い 【千枝】[葵鏡](2012/08/06 08:13)
[9] 籠の鳥 【前編】[葵鏡](2011/06/04 08:52)
[10] 籠の鳥 【後編】[葵鏡](2011/06/04 08:54)
[11] コミュニティ[葵鏡](2011/04/16 16:45)
[12] 【幕間】 菜々子の調理道具[葵鏡](2011/05/20 15:14)
[13] ゴールデンウィーク[葵鏡](2011/04/22 15:50)
[14] 迷走[葵鏡](2011/04/29 10:02)
[15] 熱気立つ大浴場[葵鏡](2011/06/14 22:12)
[16] 男らしさ、女らしさ[葵鏡](2011/05/10 18:55)
[17] 林間学校[葵鏡](2011/05/14 17:33)
[18] 虚構と偶像[葵鏡](2011/05/26 16:13)
[19] 特出し劇場丸久座[葵鏡](2011/06/11 01:37)
[20] 覚醒する力と新たな目覚め[葵鏡](2014/07/10 01:05)
[21] 齟齬と違和感  6月22日 お知らせ追加[葵鏡](2011/06/22 09:39)
[22] 思いがけない進展[葵鏡](2011/06/26 09:41)
[23] ボイドクエスト[葵鏡](2011/07/13 02:24)
[24] ひとまずの解決[葵鏡](2011/07/19 20:52)
[25] 探偵の憂鬱[葵鏡](2011/07/31 10:07)
[26] 三人目の転校生[葵鏡](2011/08/14 09:27)
[27] 修学旅行[葵鏡](2011/08/22 09:21)
[28] 【幕間】 お留守番[葵鏡](2011/10/10 07:24)
[29] 意地と誇り[葵鏡](2011/10/30 23:50)
[30] 秘密結社改造ラボ[葵鏡](2011/11/30 13:22)
[31] 最初の一歩[葵鏡](2011/11/30 13:24)
[32] 光明[葵鏡](2011/12/15 06:10)
[33] 父と子と[葵鏡](2012/01/10 17:33)
[34] 菜々子の誕生日[葵鏡](2012/03/04 00:24)
[35] 暗雲[葵鏡](2012/07/16 18:06)
[36] 脅迫状[葵鏡](2012/03/10 07:52)
[37] 文化祭 前編[葵鏡](2012/04/15 20:20)
[38] 文化祭 後編[葵鏡](2012/05/25 20:18)
[39] 陽介の文化祭 前編[葵鏡](2012/11/06 22:14)
[40] 陽介の文化祭 後編[葵鏡](2012/11/06 22:16)
[41] 天城屋旅館にて[葵鏡](2012/05/25 20:16)
[42] 忍び寄る影[葵鏡](2012/06/16 16:22)
[43] 天上楽土[葵鏡](2014/06/27 00:33)
[44] 救済する者、される者[葵鏡](2014/06/27 00:35)
[45] 彼女が去った後で[葵鏡](2014/06/27 00:41)
[46] 想いの在処[葵鏡](2014/06/27 00:41)
[47] 誓いと決意[葵鏡](2014/06/27 00:43)
[48] 繋いだ絆の輝き[葵鏡](2014/06/27 00:49)
[49] 真犯人[葵鏡](2014/06/27 00:52)
[50] 禍津稲羽市[葵鏡](2014/07/28 16:12)
[51] アメノサギリ[葵鏡](2015/01/25 09:33)
[52] 飛翔、再び[葵鏡](2015/04/15 09:11)
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[26454] 雪子姫の城
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/06/27 00:25
――――再びマヨナカテレビに映った彼女の姿

   その姿は普段の彼女とはあまりにもかけ離れている

       普段の彼女とテレビの中の彼女

     どちらが本当の彼女なのだろうか……?




 事件の捜査が難航しているのか、翌朝になっても遼太郎は帰ってこなかった。
 鏡が心配する菜々子を気遣うも逆に、刑事だから仕方がないと返されて胸を痛める。
 二人で朝食を摂り、いつものように分かれ道で別れてから暫く歩いていると後ろから陽介に呼び止められた。

「よっ、おはよーさん。昨日の夜中の、見たろ?」

 自転車から降りた陽介が声を潜めて鏡に問いかける。
 陽介にも誰が映ったのかまでは分からなかったらしく、早紀の見舞いに行った後で様子を見に行かないかと誘われた。

「そうしたいけど、菜々子ちゃんを連れて行くのは拙いと思う」

「そっか、菜々子ちゃんも来るんだったな。よし、クマからは俺が話を聞いておくから、姉御は菜々子ちゃんと買い物をしておいてくれ」

「姉御?」

 鏡は陽介の“姉御”という言葉に呆気にとられた表情になる。
 その様子に陽介は笑って、お嬢というより姉御ってイメージだからと昨日の件を引き合いに出して説明する。
 些か釈然としないモノを感じるが、陽介がそう呼びたいのならそれで良いかと、鏡は好きに呼ばせる事にした。

「また誰かが放り込まれたんだとしたら、やっぱ、マジでいるのかもな、“犯人”……」

 憤りを感じた様子で陽介が話す。
 被害者が死ぬ直接の原因はテレビの中での出来事だが、あの世界を凶器として使っている人物を許せないと陽介は言う。
 それは鏡も同じ気持ちで、陽介は鏡に自分達で犯人を絶対見つけようと意気込む。
 警察では“人をテレビに入れてる殺人犯”を捕まえる事は不可能だ。
 あの後、ペルソナを得た陽介も鏡のようにテレビに入れないか試したところ、入れるようになったと言う。

「けど、テレビに入るのも、ペルソナも、姉御が最初にやってのけたんだよな……」

 警察に頼れない以上、テレビに入れる自分達が犯人を見つけ出すしか無い。
 陽介は、鏡とならこの事件を解決出来そうな気がすると晴れ晴れとした表情で話す。
 その瞬間、鏡の脳裏に声が響き渡る。

     我は汝……、汝は我……

   汝、新たなる絆を見出したり……


   絆は即ち、まことを知る一歩なり


 汝、“魔術師”のペルソナを生み出せし時

  我ら、更なる力の祝福を与えん……

 陽介との絆に呼応するように、“心”の力が高まるのを感じる。
 おそらく、コレがイゴールの言っていた“コミュニティ”なのだろう。

「おっと、このままだと遅刻しちまうな、行こうぜ姉御」

 陽介に言われて鏡達は学校へと急ぐ。
 教室に着いて、陽介とマヨナカテレビとテレビの中の世界について考察していると千枝が登校してきた。
 ただ、心なしか思い詰めたような表情をしており、様子がおかしい。
 千枝は教室を見渡し鏡達を見つけた途端、駆け寄ってくる。

「里中、慌ててどうした?」

「ねぇ、雪子、まだ来てない?」

「今日はまだ見てないけど?」

 不審に思った陽介が千枝に話し掛ける。
 千枝は雪子が来ていないか訊ねるが、今日はまだ陽介も鏡も雪子の姿は見ていない。
 鏡の答えに千枝の表情が青ざめてくる。

「ウソ……どうしよう……ねえ、あれってやっぱホントなの?」

「何のこと?」

「その……マヨナカテレビに映った人は“向こう側”と関係してるってヤツ」

「ああ、今ちょうどその話をしててさ、小西先輩の見舞いの帰りに確かめに行こうかって」

「昨日、映ってたの……雪子だと思う」

 その言葉に陽介と鏡は驚く。
 千枝の説明によると、あの和服は旅館でよく着ているのと似ていて、先日のインタビューでも着ていたという。
 言われてみて、鏡もマヨナカテレビに映っていた女性の着ていた和服が、雪子の着ていた物に似ている事に気付く。

「心配だったから夜中にメールしたんだけど、返事こなくて……でも、夕方頃にかけた時は、今日は学校来るって言ってたから……」

「分かったから、落ち着けって。で、メールの返事はまだ無いのか?」

 陽介の質問に千枝は頷く。
 鏡は向こうの世界で得た情報をかいつまんで千枝に伝える。
 その説明で千枝は、雪子が向こうの世界に入れられたのかと不安になる。

「分かんねーけど、そう言う事なら、とにかく天城の無事を確かめんのが先だろ。里中、天城に電話!」

 陽介の言葉に千枝が雪子の携帯に電話をするが、留守電になっていて繋がらないという。

「旅館が忙しくて、その手伝いをしている可能性は?」

「そっか、それなら携帯に出られないかも……旅館の方にかけてみる」

 鏡に言われて千枝が天城屋旅館へと電話をかける。
 電話が繋がった瞬間、千枝の表情が明るくなった。どうやら雪子が出たらしい。
 少し話をして、後でメールを入れるからと言って千枝は携帯を切る。

「急に団体さんが入って、手伝わなきゃいけなくなったって。それで、明日もずっと旅館の方にいるって」

 二人にそう説明する千枝は、心底ほっとした表情だ。

「……って、二人が変な事言うから要らない心配しちゃったじゃん!」

「わ、悪かったって……けど俺らも、そう思いたくなる訳があんだよ」

「……どんな?」

 千枝の疑問に、マヨナカテレビに映った人物は“向こうの世界に居るのではないか”と推測していた事を話す。
 推測の理由は“テレビの中に居るからテレビに映るのではないか”というものだ。
 しかし、雪子は未だ現実にいる事によって、推測に見落としがないか検討の余地があるとも説明する。

「ともかく、先輩の見舞いが終わったらジュネスに集合な」

「それじゃ、お見舞いが済んだらメールして。あ、鏡はあたしの携帯の番号知らなかったか」

「そういや、俺も姉御の番号知らないな。何かあった時に困るから今の内に交換しておくか」

 そう言って、鏡達はお互いの携帯番号とメールアドレスを交換する。
 これで緊急時にも連絡を取る事が可能だ。
 そうしている内に諸岡がやってきてHRが始まった。




 放課後。
 菜々子と待ち合わせをしていた鏡と陽介は、稲羽市立病院へと向かう。
 途中、お見舞いの品にお菓子の詰め合わせを購入して早紀の病室前までやってきた。
 病室の扉をノックすると、妙齢の女性が病室から現れた。

「はい、どちら様?」

「小西先輩の後輩で神楽と申します。先輩のお見舞いに来たのですが宜しいですか?」

「ああ……貴女が早紀を見つけてくれた子ね! どうぞ、入ってちょうだい。ただ……」

 鏡が早紀の恩人である事を知った女性が鏡達を招き入れるが、何故か言葉の最後は良いよどんんだ。
 その様子に引っかかりを覚えたが、取り敢えずは病室へと入る。

「早紀、あなたを見つけてくれた後輩の神楽さんよ」

 鏡達が病室に入ると、ベッドから身を起こした早紀が鏡達を見ていた。
 ただ、その表情はどこか戸惑っているようにも見える。

「先輩、身体の調子はどうッスか?」

 軽く手を挙げて陽介が早紀へと話し掛けるが、早紀は訝しげな表情で陽介を見ている。
 普段と違う早紀の姿に戸惑う陽介へ、申し訳なさそうな表情で早紀が謝る。

「ごめんね。キミが誰か、今の私には分からないの」

 その言葉に陽介達は驚く。その姿を見て、女性が陽介達に説明をする。
 稲羽市立病院に輸送された早紀が意識を取り戻して診察を受けたところ、過去1年位の記憶が失われている事が分かった。
 そのため、その間に知り合った相手の事を含めて記憶と現実との齟齬を確認するため暫くの間は入院の必要があるとの事だ。

「そんな……」

 早紀が記憶を失っていた事実に陽介は愕然とする。
 鏡と菜々子は知り合ってまだ日も浅いので、それほどの問題は無かったが、菜々子は悲しそうな表情をしていた。

「そっちのあなたもごめんね。恩人なのに覚えていなくて」

「いいえ、気にしないでください。それよりも先輩、記憶の方は回復の見込みはあるのですか?」

「診断では何かのきっかけで思い出すかもって言われたけど、微妙だね。でも、全部を忘れた訳じゃないから、まだ大丈夫だよ」

 そう言って早紀は平気だというが、どことなく無理をしているようにも見える。
 その事に鏡は気付かないふりをして、改めて自分達の自己紹介を行う。
 早紀は菜々子が気に入ったのか、何かと菜々子を気にかけており、菜々子から色々と話を聞いている。
 菜々子も早紀を気遣ってか、早紀に負担をかけないよう、早紀の傍で学校での事や鏡とご飯の準備をした時の事などを話す。


 陽介が自己紹介した時に付き添いの女性が僅かに驚いた表情になる。それを見て、陽介は当然の反応かと思った。
 付き添いの女性は早紀の母親で、陽介がジュネスの店長の息子だと知っている様子を見せたからだ。
 ただ、陽介が思っていたような拒絶の様子は見せていない。
 恩人である鏡の手前なのか、気にしていないのかは解らないが、それが陽介には有り難かった。

「それでは、長居をするのも申し訳ないですから、私達はそろそろお暇しますね」

 お見舞いの品を渡し暫く話をしたところで、鏡はそう言って病室を後にしようとする。

「ちょっと待って。良かったら、また来てくださいね。花村君も、お家の事は気にせず来て頂戴」

 帰ろうとする鏡達を呼び止め、早紀の母親がそう話し掛けてくる。
 その言葉に陽介は驚いた表情を見せるが、すぐに表情を綻ばせてその申し出に嬉しそうに頷いた。
 とはいえ、独りだと気まずいので皆と一緒に来ると照れ隠し気味に話していたが。




 帰り道。
 ジュネスへと向かう中、鏡と陽介は複雑な気分だった。
 二人は早紀からあの世界にいた経緯を聞いて犯人へと繋がる情報が得られるのではないかと考えていた。
 しかし、早紀の記憶が失われるという予想外の事態でそれも叶わなくなった。
 こうなると予定通りにクマから話を聞いて、向こうの世界の状況を知る必要がますます高まった。

「ジュネスに付く頃にはタイムセールに入っているな。今日はカボチャと鰆がお勧めで狙い目だぜ」

 菜々子と買い物に行く鏡に陽介が今日のお勧めを教える。
 鏡が買い物に行っている間に陽介と千枝がクマに話を聞きに行く手筈となっており、千枝に連絡済みだ。
 ジュネスに到着して陽介と別れた鏡は、菜々子と一緒に買い物へと向かう。

「お姉ちゃん、今日は何を作るの?」

「そうだね。お勧めは鰆とカボチャって話だったから、鰆ときのこでホイル焼きを作って、カボチャの煮付けとおみそ汁かな」

 献立を聞いてくる菜々子に、鏡が陽介から聞いたお勧め食材を使ったレシピを挙げる。
 みそ汁の具はオーソドックスに豆腐とワカメにしようかとレシピを頭の中で煮詰めていく。
 デザートにはカボチャのプリンでも作ろうかと、レシピを決めた鏡は菜々子と一緒に必要な食材を取りに行く。

「菜々子ちゃん、おーっす!」

 買い物を済ませて待ち合わせ場所のフードコートに行くと、千枝が鏡達を出迎える。
 離れた場所でテーブルに着いている陽介は、どうしたのか表情をしかめて右手を押さえている。

「あ、千枝お姉ちゃん!」

 千枝に気付いた菜々子の表情が明るくなる。
 鏡達と合流した千枝は、鏡の手にする買い物袋を見て献立は何かを訊ねてくる。
 千枝の質問に今日の献立とデザートにカボチャのプリンを作ろうと思っている事を話すと、千枝と菜々子は驚いた表情になった。

「鏡、デザートとかも作れんの!?」

「お姉ちゃん、すごーい!」

 二人の尊敬のまなざしに鏡は苦笑を浮かべ、覚えたら簡単に作れるよと話す。
 陽介の待つテーブルに着いた鏡達は買い物袋をテーブルに置く。

「菜々子ちゃん、一緒に皆の分のジュースを買いに行こうか?」

「うんっ」

 千枝がそう言って菜々子と一緒にジュースを買いに行く。

「クマから何か話は聞けた? というか、右手、どうかしたの?」

「ああ、これな。クマのヤツに思いっきり噛まれた」

 鏡の問いかけに、陽介がさすっていた右手を鏡に見せる。見ると見事な歯形が付いており、かなり痛そうだ。
 痛む手をさすりながら陽介は、鏡達が買い物に行っていた間に聞いたクマからの情報を伝える。
 今の時点で向こうの世界には誰も入ってきてはいないらしい。
 それでも千枝は雪子の事が気になるのでこの後で気をつけるように言いに行くらしい。
 土日は旅館が忙しく、一人で出歩く事は無いとは思うが、気をつけるに超した事は無い。

「ただいま、コーラで良かったよね?」

 暫くして、買い出しに行っていた千枝達が戻ってくる。
 小腹が空いていたのか、千枝はコーラだけでなくハンバーガーも購入しているようだ。

「菜々子ちゃんにも何か奢ってあげようかと思ったけど、鏡達は帰ったらご飯なんだよね?」

「そういや、前から気になってたんだが、神楽が飯を作っているのか?」

 千枝の言葉を聞いて、陽介が気になっていた事を鏡に訊ねる。

「菜々子ちゃんにも手伝って貰っているから、私だけって訳じゃないよ」

 菜々子から手渡されたコーラを一口飲んで鏡が答える。
 鏡が堂島家に来てからは、作れるときは鏡が台所に立ってご飯を作るようになった。
 出来合いの物はどうしても栄養が偏る上、野菜とかも不足がちになるので、菜々子の成長も考えての事だ。
 遼太郎も、初めて鏡が作った料理を見て『そこまでしなくても良い』と言ってくれたが、先の説明で納得させている。
 菜々子の成長に関しては言っていないが、遼太郎も気付いていたのか『済まんな』と一言だけ鏡にお礼を述べていた。

「お姉ちゃんのご飯、美味しいから菜々子大好き!」

 そう言って、菜々子は満面の笑みを浮かべて鏡の腕にしがみつく。
 本当の姉妹のような様子に、千枝と陽介は表情を綻ばせる。
 鏡も菜々子に慕われるのが嬉しいのか、空いている方の手で菜々子の頭を撫でる。

「そっちも準備があるだろうから、そろそろ帰らないと拙いな」

 時計を確認した陽介がそう話す。
 千枝も天城屋旅館に向かう時間を考えると、そろそろ出ないと拙そうだ。

「今日も雨だから、念のため今夜も確認な」

 菜々子の手前、マヨナカテレビの事を話せないので曖昧な言い方で二人に説明する。
 鏡と千枝もその事は解っているので、陽介の言葉に頷くだけにとどめた。
 バス停まで千枝を見送りに行き、自転車で来ている陽介も先に自宅へと帰る。




 菜々子と仲良く戻った鏡は帰宅すると手を洗い、買い物袋から使わない食材を冷蔵のに入れると晩ご飯の支度を始める。
 カボチャはあらかじめレンジで温める事によって柔らかくして切りやすい状態にする。
 鰆は切り身で買ってきたので、アルミホイルに他の具材と一緒に入れて身がパサパサにならないように少量の料理酒を入れる。

「お姉ちゃん、カボチャの種を綺麗にしているけれど、どうして?」

 途中、鏡が取り除いたカボチャの種を洗っているのを見て菜々子が不思議そうに訊ねる。

「カボチャの種にはね、栄養が沢山入っていて料理にも使えるんだよ」

 カボチャの種は栄養価かが高く、南瓜仁という生薬にもなっている。
 とはいえ、殻を剥くまで中身がどれだけ詰まっているのか解らないので、磨り潰してソースにしようかと鏡は考える。
 鏡の説明に目を丸くした菜々子の様子に、母親からこの話を聞いた時の自分も、きっとこんな表情をしていたんだろうなと思う。


 カボチャの煮付けが一番時間が掛かるので、それに合わせて他の分の調理を進めながらプリンの準備もする。
 煮付け用とは別に取っておいたカボチャで下拵えを済まし、菜々子と一緒に作業を進める。
 デザート作りが初めてだった菜々子は楽しそうにカボチャの裏ごしを行っていた。


 料理が出来る頃にはプリンも冷蔵庫に入れ、後は1時間ほど冷やせば完成だ。
 遼太郎は今日も遅くなると連絡があったので、菜々子と二人で晩ご飯を食べる。
 ご飯を食べ終えた鏡達は、食器を洗い終わるとクイズ番組を二人で見る。
 菜々子と一緒に番組で出題されたクイズに答えていく。

「菜々子ちゃん、そろそろお風呂に入って眠らないと駄目だよ」

 明日が日曜日とはいえ、菜々子くらいの年の子が夜更かしするのはあまり良くない。
 菜々子は鏡の言葉に頷くと、テレビの電源を切って自室へ着替えを取りに行く。
 鏡も用事がない時は菜々子と一緒にお風呂にはいるので、自室へと着替えを取りに行く。
 二人でお風呂に入り上がった後、菜々子を寝かし付けた鏡はマヨナカテレビを確認するために自室へと戻る。




――同じ頃

 雨の降りしきる中、山野真由美の遺体発見現場では、遼太郎達が更なる手掛かりを見つけるべく捜査を続けていた。
 しかし、ここ数日の雨のせいもあり、捜査は難航しているのが現状だ。

「やっぱこれ以上は出なそうスね。犯人に直接つながる物証は無しか……」

 透明なビニール傘を差した足立が現場で指揮を執る遼太郎に話し掛ける。

「まだ殺しと決まった訳じゃない」

「殺しですよ絶対! あんな遺体、事故死な訳ないですって!」

「……まあな」

 事件か事故かすら判断が付いていない状況ではあるが、足立が言うとおり事件と見る方が筋が通る。
 遼太郎自身も事件であると見ているが、それすら特定する証拠が掴めない事が捜査を更に難航させている。
 事件当初、三角関係のもつれによるものと見られたが、海外公演中の柊みすずのアリバイは固く通話記録も残っている。
 そもそも、愛人問題がメディアに出たのは柊みすず本人が会見で暴露したからだ。
 柊みすず本人が犯人だとして、自身に疑いが向くような発表はしないだろう。


 生田目太郎にしても、揺さぶりをかけてみたが何も不審な点は見られなかった。
 スキャンダルで最近町に戻ってきてはいるが、事件当時は市外の議員事務所に詰めていた事は裏が取れている。
 山野真由美が死んだ日も泊まり込みで作業していたという証言も取れている。

「おまけに山野の方にも、失踪前後に生田目と接触した形跡は全く無いときてる……」

「この事件で騒がれたせいで、生田目のヤツ、秘書をクビになってますからねぇ」

 おそらく、関係者の中で一番の被害者は生田目太郎本人だろう。

「それにしても、小西早紀から証言が得られなかったのは予想外でしたね」

「まさか、ここ1年の記憶を無くしているとはな……」

 遺体発見者である小西早紀が行方不明になったと連絡があって、山野真由美の死が事件である可能性が高くなった。
 口封じのために攫われたのでないかと思われたからだ。

「小西早紀を発見したのって、堂島さんの姪御さんなんですよね?」

「あぁ、家の都合で預かる事になってな。あいつの証言で一つおかしな点があるんだ」

「おかしな点?」

 鏡からの証言で、小西早紀は傘を持っておらず雨にも濡れていない事が解った。
 たまたま雨が止んでいた時に移動した可能性も否定は出来ないが、雨の中で傘を持たずに出歩くのはあり得ない。

「えっ!? それって……」

「あぁ、小西早紀はその場に放置された可能性があるという事だ」

 そうなると、消去法で事故では無く事件絡みと見た方が良いだろう。
 犯人の動機や目的は不明だが、何かしらの意図があって小西早紀を攫ったと見るべきだろう。

「それじゃ、小西早紀を攫った犯人は用済みになったから解放した、という事ですか?」

「まぁ、その辺も含めて、今はガイ者まわりをしつこく洗うしかねえか……犯人……町の人間だな」

「おっ、出ましたね、刑事の勘!」

 遼太郎の呟きに、足立が楽しそうに話す。
 危機感の無いその様子に、遼太郎が足立を睨み付ける。
 睨まれた足立は自身の失言に気付き、慌てて居住まいを正す。

「ったく、戻ったらもう一度ガイ者まわりを洗い直すぞ!」

「はいっ!」

 そう言って捜査に戻る遼太郎はふと、菜々子の事を思った。
 仕事の関係で家を空ける事が多く、随分と寂しい思いをさせて来たが、今は鏡が傍にいる。
 それだけでも随分と助けられているのだが、食事の用意や家事までしてくれている。
 実の親の自分より、鏡の方が余程と親らしい。ひょっとすると、その辺りも含めて、姉は鏡をこちらの預けたのかも知れない。
 この年にもなっても姉に気遣われている自身を不甲斐なく思う。
 一刻も早く事件を解決して、家族でゆっくり過ごせるよう努力するほか無いと遼太郎は気持ちを引き締めた。




――午前0時

 マヨナカテレビにまたしても映像が映る。

「こ~んばんわ~♪」

 しかし、テレビに映ったその内容に、鏡は自身が見ているものが何かを理解するまで、一瞬の間があった。

「えっ~と、今日は私“天城雪子”がナンパ、“逆ナン”に挑戦してみたいと思いま~す」

 ドレスを着た雪子がマイクを持ってリポーターのように振る舞っている。
 よく見ると、画面の右下には『女子高生女将 突撃逆ナン大作戦!!』とご丁寧にタイトルまで書かれている。
 どこかのバラエティ番組のような構成に、性格が豹変したかのような雪子の立ち居振る舞い。
 画面に映る雪子が、楽しそうに古城の中へと去って行った姿を最後に映像が終了する。
 少しして、鏡の携帯電話から着信音が鳴る。画面を見ると千枝からだ。

『ねぇ、今の何!? 逆ナンとかって雪子、性格が全然違うし……変な古城に入って行っちゃうし……あたし、どうしたら……』

「千枝、落ち着いて。まずは雪子に連絡して安否の確認」

『そ、そうだね! 雪子に連絡しないと……花村の方には』

「彼には私から連絡するから、明日、朝一でジュネスに集合。良いわね?」

『わ、解った。それじゃ明日ね!』

 慌てる千枝を宥めて、雪子の安否を確認するように伝えて電話を切った鏡はすぐさま陽介へと連絡を入れる。
 ワンコールで出た陽介に、鏡は先ほど千枝から電話があった事、雪子の安否の確認を頼んだ事を伝える。

『解った、ともかく明日の朝一でジュネスに集合して、里中から話を聞かないとな』

「うん、それじゃ、また明日ジュネスで」

 陽介との電話を終えた鏡は、明日に備えて早めに眠る事にする。
 本当ならば今すぐにでも出向きたいところだが、今はジュネスの営業時間ではない。
 はやる気持ちを抑えて鏡は就寝することにした。




 翌朝になり、早くに目が覚めた鏡は身支度を調えると居間へと降りる。

「あ、おはよ、お姉ちゃん」

「おはよう。菜々子ちゃん、早起きだね」

「お父さん、早おきだったから、いっしょにおきた。かえり、おそいって」

 居間には菜々子が一人でジュースを飲んでおり、遼太郎は今日も早くから捜査に出掛けたようだ。
 これで鏡まで出掛けると、菜々子が一人で留守番をする事になる。
 とはいえ、菜々子をジュネスに連れて行く訳にもいかないので、鏡はどうしたものかと考える。

「出掛けるの? るすばん、できるから」

 菜々子がそう言って、鏡に大丈夫だと伝える。
 リモコンを操作してテレビの電源を入れると、ちょうど天気予報が流れており、今日の稲羽市は快晴だそうだ。

「晴れだって。せんたくもの、ほそうっと」

「ごめんね、菜々子ちゃん。お昼はこの間のハンバーグを冷凍してあるから、レンジで温めてね」

「うん、行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 後ろ髪を引かれる思いで菜々子を残し、鏡はジュネスへと向かう。
 ジュネスへと到着した鏡はフードコートで陽介と千枝がやってくるのを待つ。
 暫くして陽介が後ろ手に何かを隠し持ってやってきた。

「わり、お待たせ。バックヤードから、いーもの見っけてきたから。見てみ、どーすかコレ!」

 そう言って、陽介が後ろに隠していた物を鏡に見せる。
 それは模造刀と鉈だった。

「いくら“ペルソナ”があるからって、武器も無しじゃ心許ないからな」

 そう言って、陽介はそれらを構えてポーズを決めてみせる。

「挙動不審の少年を発見。刃物を複数所持し、近くにいる少女の前で振り回しており、至急応援求む」

 その様子を巡回中だった警察官が発見し、無線で応援を呼ぶ。
 その声が聞こえた陽介は、ギクリとして慌てて背後に模造刀を隠すも警察官に見つかっているため、意味がない。
 警察官は急ぎ足で鏡達の傍までやってくると、鏡を背に庇うように陽介の前に立ちはだかる。

「は……? あ、や、ちょっ……いや、いやいやいや、何でもないッスよ。コレ別に、万引きとかじゃなくて……」

 慌てた陽介が支離滅裂な言葉を発して、警察官に言い訳をする。
 警察官に庇われた鏡は溜息を一つ付くと陽介の傍に近寄り、頭を軽く叩く。

「って!?」

「お騒がせして申し訳ありません。彼、演劇の役作りに夢中になってしまって、ついこんな事を……」

 陽介を叩いた鏡は神妙そうな表情を作ると、警察官に向かって深々と頭を下げる。
 その様子に呆気にとられた警察官に、鏡の説明は続く。

「私、稲羽警察署勤務の堂島遼太郎の姪で、神楽鏡と申します」

「えっ? 堂島刑事の姪御さん?」

 鏡の自己紹介に驚く警察官へ、遼太郎から常々危険な事はするなと言われていたにも関わらず、騒ぎを起こしてしまった事。
 その上、クラスメイトのこのような行動を止める事が出来なかった自身の不備を謝罪する。

「最近の事件でお忙しいところ、軽挙妄動な騒ぎを起こして本当に申し訳ありません。ほら、あなたもちゃんと謝る!」

 そう言って、陽介の頭を掴み警察官に自身共々、頭を下げる。
 呆気にとられた陽介は鏡のなすがままに頭を下げて謝罪する。

「あぁ、解ったから二人とも顔を上げて。堂島刑事に君のような姪御さんが居たとはね」

 警察官は鏡の態度に毒気が抜かれたのか、先ほどとは違って態度が軟化している。

「反省しているようだし、今回は不問にするけど、役作りに夢中になるのも程々にしなさい。良いね?」

「はい、ありがとうございます。お仕事の邪魔をして本当に申し訳ありませんでした」

「すんませんでした!」

 呆れたように二人に注意する警察官に鏡達は再び謝罪する。
 不問にするとは言われたが、流石に凶器を携帯するのは問題があるとの事で押収されてしまった。

「全く、気持ちは分かるけれど、軽挙妄動は控えてね?」

「面目ない……」

 警察官が立ち去ったのを確認してから、鏡が陽介に抗議する。
 鏡の抗議に様子は項垂れて、テーブルに突っ伏したままだ。

「あ、居た! って、どうかしたの?」

 遅れてやってきた千枝が、様子のおかしい陽介を指さして鏡に訊ねる。

「それは後で説明するから。それより、雪子は?」

「それなんだけど。携帯に何度かけても繋がらなくて……家行ってみたら、雪子、ホントに居なくなっちゃってて……!」

「そうか……やはり向こうに行くしかないようね」

 千枝の説明に思案顔になった鏡はそう言うも、装備も無しにあの世界に行くのは危険すぎる。
 鏡は千枝に先ほどの出来事を話し、せめて防具だけでもどこかで手に入らないか二人に訊ねる。

「武器……? あたし、知ってるよ!」

 千枝の言葉に鏡と陽介は驚く。
 驚く二人に「一緒に来て」と言って千枝が向かった場所は、稲羽中央通り商店街にある“だいだら.”という店だ。

「ほら、ココ!」

「な……何屋?」

 陽介が唖然とした表情で千枝に訊ねる。
 そうなるのも無理はない。店内の至る所に、武器や防具が所狭しと並べられているのだ。
 千枝の説明によると、金属製品を扱っている工房との事だが、銃刀法違反でよく訴えられないものだと鏡は思った。
 しかし、この店ならあの世界で身を守る装備を調達する事が可能なのは間違いがない。
 二人に付いて行く気の千枝に、陽介が思い留めるように説得する。
 陽介の説得に千枝は雪子の命に関わるので絶対に行くと癇癪を起こす。

「里中、真面目に言ってんだ。“向こう”の事、色々分かんないだろ! 忠告聞けないなら、来ないで待ってろ!」

「どうしても行く気なら、せめて身体を守れる防具だけここで用意して」

 陽介の言葉を継いで鏡も千枝を説得する。
 二人の真剣な様子に、千枝も渋々とながら頷き防具を選ぶ。

「なあ、姉御。俺の分も見立ててくれないか? 今のところ戦力的に切り札はそっちだし姉御の戦いやすい方が良いと思う」

 そう言って、陽介は鏡に5千円を手渡す。鏡は自分の手持ちと合わせて何が購入できるか商品を見る。
 千枝は早々に会計を済ませてしまい、鏡が買い終わるのを待っている。
 商品を見てみると、値段的に武器か防具どちらか一つしか購入できない事が分かった。
 鏡は少し考えてからまずは身を守る事を優先するべく鎖帷子を2つ購入する。

「後はどうやってジュネスに持ち込むかだな……」

「制服着ちゃえば良くない? 上から。結構分かんないと思うよ」

「それしかないか……んじゃさ、一旦解散して準備しようぜ。セールが始まる前に入れれば見つかる事はないだろうから」

 陽介の提案で一度着替えてから後でフードコートに集合となった鏡達はだいらだ.を後にする。
 今回は制服で何とか誤魔化せれば良いが、本格的に持ち込む方法を考えないと拙そうだ。
 陽介達と別れ着替えに戻ろうと歩き出した鏡のすぐ傍に、突如として青く光る扉が現れる。
 鏡以外には見えていないのか、誰もその不可思議な扉に意識が向かないようだ。

『ついに始まりますな……では、しばしお時間を拝借すると致しましょうか……』

 脳裏に響く声に呼応するかのように“契約者の鍵”が光を放ち始める。
 その光が鏡の視界を覆い尽くすと、どこかで扉が開く音が聞こえた。

「お待ちしておりました」

 気が付くと、ベルベットルームに鏡は招待されていた。

「貴女に訪れる災難……それは既に、人の命を奪い取りながら迫りつつある……ですが、貴女は既に、抗うための“力”をお持ちだ」

 そう言って、イゴールは“ペルソナ”を使いこなす時が訪れた事を鏡に告げる。
 鏡のペルソナ能力は“ワイルド”。正しく心を育めば、どんな試練とも戦い得る“切り札”となる力らしい。
 イゴール達の役割は、一人で複数のペルソナを使い分ける事が出来る鏡の“新たなペルソナ”を生み出す事。
 複数のペルソナを合体させる事により、新たなペルソナを誕生させる事が出来るらしい。

「敵を倒した時、貴女には見える筈だ……自分の得た“可能性の芽”が、手札としてね」

 イゴールが説明を終えると、次はマーガレットが自身の持つ書物を鏡に見せる。

「右手に見えますのは“ペルソナ全書”でございます」

 ペルソナ全書とは、鏡が所持しているペルソナを登録する事によって、登録した状態のペルソナをいつでも引き出せる書物だ。
 引き出すためには相応の金銭が必要となるので利用は考えて行わなくてはならなさそうだ。

「次にお目にかかります時は、貴女は、自らここを訪れる事になるでしょう。では、その時まで。ごきげんよう」

 イゴールの言葉を最後に、鏡の意識が遠くなる。気が付くと、鏡は先ほど現れた扉の前に立っていた。
 長い時間ベルベットルームに居たと思ったが、時計を確認したところ時間は経過していないようだ。
 鏡は急いで帰宅すると、制服に着替える。
 鎖帷子を装備しようとしたが、流石に上に制服は着る事が出来ないので、大きめの鞄に入れてジュネスへと持っていく事にする。
 制服に着替えた鏡を菜々子が不思議そうに見ていたが、流石に今は気にしている余裕はない。
 菜々子にはまだ用事があるので、お腹が空いたら先にご飯を食べていても良いからと言ってジュネスへと向かう。
 出来る事なら、夕飯までには帰宅して菜々子を安心させたいと鏡は思う。



 フードコートに到着すると、陽介と千枝が先に来ていて鏡の到着を待っていた。

「制服、日曜だから、ちょっと目立つな。タイムセールはまだだから、今なら気付かれずに向こうに行けるぜ」

「千枝、止めても無駄だと思うから、連れて行くけれど、無理だけは絶対しない事。約束できる?」

「……分かった」

 向こうの世界の危険性を理解していない千枝に、鏡が念を押して忠告する。
 千枝は二人と違いペルソナ能力を宿していない。そのため、千枝が一番危険なのだ。
 向こうの世界では、千枝は自分達の後ろでクマと共に居る方が良いかも知れない。
 一抹の不安を抱いたまま鏡達は向こう側の世界に移動する。

「わ、ホントにあん時のクマ……」

「センセイ? なんで、その子まで連れてきたクマ? こっちの世界は危険だってクマは言ったはずクマ」

 クマに驚く千枝の姿を見たクマが鏡に訊ねる。

「ウッサイ! そんな事より昨日ここに誰か来たでしょ?」

「なんと! クマより鼻が利く子がいるクマ!? お名前、何クマ?」

「お、お名前? ……千枝だけど。それはいいから、その“誰か”の事を教えてよ!」

 クマの説明によると、陽介達と話した少し後で誰かの気配を感じるようになったそうだ。
 誰かまではクマは見ていないので解らないが、気配の感じる方向は解るらしい。

「あっちね……皆、準備はいい?」

 千枝の確認に、鏡と陽介が共に頷く。
 二人が頷くのを確認した千枝は、クマが示した方角へと一人飛び出していく。
 鏡と陽介は慌てて千枝の後を追い、更にその後をクマが追いかける。
 暫く移動すると眼前に聳え立つ古城の姿が見えてきた。

「何ここ……お城!? もしかして、昨日の番組に映ってたの、ここなのかな?」

「あの真夜中の不思議な番組はホントに誰かが撮ってんじゃないんだな?」

「バングミ……? 知らないクマよ。何かの原因で、この世界が見えちゃってるかも知れないクマ」

 千枝の言葉に訝しむ陽介へクマが説明する。
 この世界にはクマとシャドウしか居ないので、“誰かが撮ってる”と言うのはあり得ない。
 初めから、この世界はこういう世界だとクマが説明するも、陽介達にはそれが良く理解できていない。
 しかし、考えようによっては鏡達も自分達の世界について正しく説明出来ない事と同じなのかも知れない。
 それに、マヨナカテレビをクマは見た事がないので知っている事なのかすら解らないだろう。

「て言うか、ホントにただこの世界が見えてるだけなの? 最初に例のテレビに映ったの、雪子が居なくなる前だよ?」

「確かに、普段の天城が“逆ナン”なんて絶対言わないよな……」

「あれ、雪子のシャドウじゃないかな?」

 鏡の一言に陽介が驚く。確かに以前の自分や早紀に起こった事が雪子にも起こったのだとしたら辻褄があう。
 そうすると、あの番組は雪子自身に原因があるのかも知れない。

「ワケ分かんないけど、雪子、このお城の中に居るの?」

「聞いてる限り、間違いないクマね」

「ここに雪子が……あたし、先に行くから!」

 クマの言葉を聞くや否や、千枝はそう言って一人飛び出して城の中へと入って行ってしまう。
 突然の千枝の行動に陽介は慌てて呼び止めるも、既に千枝の姿は無い。

「あ……! お城の中はシャドウがいっぱいクマ……オンナノコひとりは危ないカモ……」

「な、マジかよ! それ先に言えよ! くそ、里中を追うぞ!」

 城の中からシャドウの気配を察知したクマの言葉に、陽介が慌ててそう言って鏡の方へと視線を向ける。
 鏡へと視線を向けた瞬間、陽介の背筋に冷や汗が流れた。今まで見た事がない鏡の冷たい表情。
 なまじ、整った顔立ちをしているだけに感情を消した鏡の表情は冷たく鬼気迫るものがある。

「あ、姉御?」

「千枝……あの馬鹿」

 鏡達の忠告と約束を無視して勝手な行動を取った千枝に、鏡が本気で怒ったようだ。
 陽介は、激昂しない怒りがこれほどまでに居心地が悪いものかと思い知らされた。
 これならまだ当たり散らされる方が遙かにマシだと、この時の陽介は思った。

「千枝を追いかけましょう……」

「あ、ああ。了解だ。そうだ、何もないよりはマシだからコイツを持っていってくれ」

 鏡の雰囲気に飲まれた陽介はそう言うとゴルフクラブを鏡に手渡した。
 見ると、陽介自身もモンキーレンチを二つ持っている。
 陽介からゴルフクラブを受け取った鏡はクラブのヘッドを右下になるように構える。

「あ、センセイに言っておく事があるクマ。クマ、戦う事が出来ないから少し離れた所からセンセイ達をバックアップするクマよ」

「ま、確かにお前はどう見ても戦いに向いて無さそうな見た目だもんな」

 クマの言葉に陽介が呆れように話す。戦う力があるのなら、シャドウ達から逃げ隠れるような事は無いのだから、当然とも言える。

「それじゃ、サポートの方はお願いするわ」

「任せるクマ! それからこれを持って行くと良いクマ!」

 クマはそう言うと鏡に“地返しの玉”、“白桃の実”、“ソウルドロップ”という名のアイテムを渡す。
 それぞれの見た目は琥珀色の玉に桃、そして薄水色の飴である。
 これらは回復用の道具らしく、千枝を追いかける道すがらそれぞれに付いて説明するとクマは言う。
 確かに、先に古城へと入って行った千枝を追いかけねばならないので、このままここに居る訳にはいかない。
 鏡達は持ち込んだ装備を確認すると、千枝を追いかけて古城へと入って行くのであった。




2011年04月02日 初投稿
2011年04月15日 誤字修正
2014年06月27日 誤字修正


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