――――眼には見えなくとも、そこにあるモノ
形在るモノだけが確かに存在するモノではなく
それが、心許ない不確かなモノであっても
尊く、大切なモノである事には変わりがないのだ
陽介達が、向こう側へと自身を鍛えるために出掛けていた頃。
リハビリを終え病室へと戻ってきた鏡の元に、同じテニス部の紫がお見舞いに訪れた。
「千枝達に鏡が入院したって聞かされた時は驚いたけど、今の鏡を見て少し安心したよ」
病室に入って開口一番にそう言った紫は、言葉通りの安心した表情を見せる。
鏡はそんな紫に心配させた事を謝ると、学校での様子やテニス部の様子をゆかりに訊ねる。
生田目が捕まった事が報道され、その事に鏡が巻き込まれた事が噂されて少しは騒がしくなったが、それ以外は普段通りだと紫が説明する。
「部の方は下級生の子達がお見舞いに行きたいって言ってたけど、大人数で押しかけるのもアレだから、私が皆を代表してって所かな」
「そっか、皆にも心配を掛けちゃったね。退院したら、何か差し入れを持っていかないと駄目ね」
紫の言葉に鏡がそう答えると、紫は『そんな気を使わなくても良いの』と、鏡を窘める。
それよりも早く、退院して元気な姿を皆に見せてあげてと紫に言われた鏡は頷くと、来週には退院できるからと伝える。
「来週ね、解ったわ。部の皆には私から伝えておくから」
「うん、ありがとう」
お礼を言う鏡に紫は少し迷ったような素振りを見せるも、意を決して鏡に話し掛ける。
「ね、鏡。弟の武の事なんだけど、ここ最近、女の子と一緒に居ることが多いのは知ってる?」
「女の子って、希ちゃんの事?」
紫の質問に思い当たる人物を挙げてみる。
鏡の答えに紫は頷くと先日、武が希と一緒に居るところを偶然見掛けたことを話す。
「その時ね、数人の男の子達に虐められていた希ちゃんを庇って、武が一人で立ち向かって行ってたのよ」
その時の事を思い出したのか、紫の表情が僅かに曇る。
紫の話によると、希を守るために多勢に無勢であるにも関わらず、武は一人で立ち向かって行ったのだという。
相手に何度も殴られ倒されようとも、武の心は折れる事なく何度も立ち上がって挑んで行ったそうだ。
それを見ていた紫は我に返ると、武を助けるために割って入って行き、紫の存在に気付いた男の子達は慌てて逃げ出したという。
「男の子達が逃げ出した後で、つい武に言ったの『何でその子を連れて逃げ出さなかったんだ』って。そしたら武が言ったのよ」
――希を虐めるヤツらから逃げられるかって
「あちこちに痣を作っておいて、男らしい事を言ってのけたのよ、あの子。それを聞いた希ちゃんは泣き出したちゃったけど」
その時の事を思い出したのか、困った表情を見せて紫が話を続ける。
泣き出した希を宥めるのに苦労したのだろう。その様子が目に浮かび、鏡は紫にお疲れ様と声を掛ける。
そんな鏡に照れた笑みを見せ、紫は子供ながら正義感の強い弟を誇りに思うと鏡に告げる。
「武を見て思ったんだ。皆が武のように弱い子の事を考えられるなら、こういった虐めは無くなるんじゃないかって」
理想論ではあるが、鏡は紫の意見を否定する気にはなれなかった。
誰もが相手を思いやる事が出来れば。それは、鏡自身も考えた事があるからだ。
黙って続きを待つ鏡に紫は続ける。
「以前、鏡に進路に迷ってるって話したけど私、教師を目指そうと思う」
続く紫の言葉に鏡は驚いた表情を見せる。
驚く鏡に『自分でも安易だとは思うけどね』と、照れた様子を見せながら紫は言葉を続ける。
相手に対する思いやりを根付かせようと思うのなら、幼い内からそう言った環境の中で育てばよいのではないか?
ならば、教職というのも選択肢の一つとしてアリなのではないかというのが、紫の考えだ。
そう言った意味では保育士という選択肢もあるが、受け持つ人数が限られる。
紫の説明に、鏡は紫が色々と考えている事を察する。
普段は気さくで大雑把な部分があるが、テニス部の部長を務めるだけあって、周囲に対する気配りを忘れてはいない。
そんな紫に鏡は、紫らしくて良いと思うと自身が感じたままの感想を伝える。
「弁護士をやってる母さんと同じ道も考えたけど、自分のやりたい事を考えたら、こっちかなって」
「紫が考えて選んだ事なら、私は応援するよ」
そう答える鏡に、紫は照れた様子を見せながら『ありがとう』と礼を述べる。
我は汝……、汝は我……
汝、ついに真実の絆を得たり
真実の絆……それは即ち
真実の目なり
今こそ、汝には見ゆるべし
“豪毅”の究極の力、“ザオウゴンゲン”の
我が、内に目覚めんことを……
いつもの声が脳裏に響く。
それと共に、身体に力が満ちていく感覚も、いまではもう慣れたものになっている。
「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。これ以上は、鏡の身体に障るだろうから」
「今日は来てくれてありがとう」
紫の言葉に鏡がそう礼を述べると、紫は軽く手を振って病室を出て行く。
夕食までまだ時間があるため、持ってきて貰った“弱虫先生、最後の授業”を読むことにする。
鏡が読書を続けていると、病室の扉を叩くノックの音が聞こえてきた。
キリの良いところまで読み終えていた鏡は、ページに栞を挟むと『どうぞ』と言って、病室の目に立つ人物へ入室の許可を与える。
「今晩は、鏡ちゃん」
そう言って、病室へと入ってきたのは足立だった。
意外な人物の訪問に鏡が驚いた表情を見せると、足立も自分らしくないと思っているのか、鏡に照れた笑みを見せる。
「まぁ、鏡ちゃんが驚くのももっともかな。僕自身もらしくないなって思ってるから」
足立はそう言うと、生田目の見張り役を交替してきた帰りに、遼太郎からの伝言を伝えに来たのだと説明する。
「仕事が終わり次第、お見舞いに来るからって鏡ちゃんへ伝えて欲しいって頼まれてね」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
「気にしないでよ、帰るついでに伝言を伝えに来ただけだからさ」
お礼を述べる鏡に足立は照れ隠しに戯けた様子でそう話す。
「とはいえ、鏡ちゃんも災難だったよね。事件に巻き込まれて、入院するハメになるなるんて」
ふいに、真顔になった足立が鏡にそう話し掛ける。
足立の普段は見せない表情に鏡も真顔になると、今回は運が良かったと自身に起きた状況の感想を述べる。
「……鏡ちゃんも、これに懲りたら危ない事には首を突っ込まない方が良いよ。堂島さん達、鏡ちゃんが目覚めるまで心配してたんだから」
足立の言葉には、鏡を思いやる気持ちが込められている。
普段はそういった気遣いをあまり見せない足立の思いやりに、鏡は素直に礼を述べる。
我は汝……、汝は我……
汝、絆の力を深めたり……
絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり
汝、“死神”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん
いつもの声が聞こえてくると同時に、鏡の身体に力が満ちていく。
心なしか、身体の疲れも和らいだように思える。
「はは……説教くさい事を言うなんて、本当に僕らしくないな。それじゃ、そろそろお暇するよ。お大事にね」
「ありがとうございます。私が退院したら、またご飯を食べに来てくださいね」
「そうだね、その時はとびきりのをお願いするよ」
鏡の言葉に足立は笑って答えると、そのまま病室を後にする。
足立が去った後、鏡が夕食を摂り終えた頃に、菜々子を連れた遼太郎が病室へ訪れた。
「鏡、身体の調子はどうだ?」
「まだ違和感が残っていますが、昨日よりは良くなっています」
遼太郎の質問に鏡がそう答えると『そうか』と、遼太郎が頷く。
「お姉ちゃん。これ、着替えだよ」
そう言って、菜々子が胸に抱えていた袋を鏡に手渡す。
「流石に、俺がお前の着替えを用意する訳にはいかないから、菜々子に頼んだ」
年頃の娘に対する配慮だろうが、遼太郎は少々戸惑った様子で鏡に説明する。
不器用ながらも遼太郎の気遣いに鏡は礼を述べると、着替えを用意してくれた菜々子にもお礼を述べる。
鏡からのお礼に菜々子は満面の笑みを浮かべると『家族は助け合うんだよ!』と、得意そうに答える。
それから暫くの間、互いに今日の出来事を報告し合い、久しぶりの家族の団欒を過ごす。
「それとな、鏡。明日、生田目から話を聞き出そうと思うのだが、都合はつきそうか?」
帰る頃になって、遼太郎が鏡にそう話し掛ける。
なんでも、遼太郎が明日の生田目の見張り役らしく、生田目もある程度の会話が可能な状態まで回復しているらしい。
護送の関係もあり、出来るだけ早く生田目から話を聞き出す必要がある為だ。
鏡が遼太郎の申し出に、今と同じぐらいの時間なら問題はないと答えると、直斗達へは自分から連絡すると遼太郎が告げる。
今現在、入院している鏡は外部との連絡手段が無い為、直斗達への連絡は遼太郎へ任せる事にする。
「白鐘達の誰かを迎えに寄越すから、それまでは休んでいてくれ」
そう言い残して、遼太郎は菜々子を連れて病室を後にする。
菜々子からも『無茶はしないでね』と言われた鏡は、二人の言葉に素直に従う事にする。
翌日。
リハビリを終えた鏡が夕食を終え病室で休んでいると、りせと直斗が病室に鏡を迎えにやって来た。
まだ本調子でない鏡は二人の手を借りると、車椅子で生田目の病室へと移動する。
「鏡さん、リハビリの調子はどうですか?」
移動中、直斗からリハビリの経過を訊ねられた鏡が特に問題なく進んでいることを話すと、りせが安堵の表情を見せる。
「でも、順調だからって無理はしちゃ駄目だよ、お姉ちゃん」
とは言え、何が起こるか解らないので、りせが念のために鏡に釘を刺しておく。
りせからの指摘に、鏡は皆を心配させたくないから無理はしないと答え、りせを安心させる。
そんな事を話している内に、生田目の病室へと到着した鏡達を遼太郎が出迎える。
「来たか。花村達は先に中で待っているから、俺達も病室へと入ろう」
遼太郎の言葉に鏡達は頷くと、病室内へと移動する。
ベッドの上に起き上がり、病室へと入ってきた鏡の姿を見た生田目が心の底から安堵した表情を見せる。
遼太郎から、あらかじめ鏡が蘇生した事を知らされていたが、その目で確認するまで鏡の事を心配していたのであろう。
「良かった……本当に無事だったんだね。僕の短慮な行動で、君を危険な目に遭わせてしまって、本当に済まなかった……」
そう言って、生田目は鏡に深く頭を下げる。
そんな生田目に、鏡は無理をした自分にも非があるからと返し、頭を上げて下さいと言葉を掛ける。
「取り込み中スマンが、あまり時間が無くてな。そろそろ話を聞かせて貰っても良いか?」
そう言って、遼太郎が生田目に説明を求める。
その言葉に生田目は頷くと、ゆっくりと事の始まりを話し始めた。
「そう……あれは、真由美との不倫が世間に知られてすぐ……」
同僚達の視線や騒ぎから逃げるように実家へと戻っていた生田目は、山野真由美とも連絡が取れず、ひたすらヤケ酒を煽っていたらしい。
ワイドショーで騒がれ、番組を降板させられた彼女の事が気掛かりでだが、迷惑ばかり掛けていた事を謝りたかったのだ。
やる事も気力も無くしていた生田目は、誰かに聞いた噂を思い出した。
――マヨナカテレビ
他にする事もなく、その日は雨で条件を満たしていた為、生田目はぼんやりとテレビに映る自分を見つめていたら変化が起きた。
「……テレビに、助けを求める真由美の姿が映ったんだ」
生田目は咄嗟にテレビに映る山野真由美に手を伸ばした途端、水面に突っ込んだようにテレビ画面に腕が潜ったのだ。
突然の事に驚いた生田目は、自分の頭がおかしくなったのかと思ったと話す。
酒に酔って夢を見たんだと思う事にした生田目は、次の日に中央に戻った。
「その日の午後……いつもの職場に出勤すると……想像通り、クビを言い渡された」
それよりも生田目を打ちのめしたのは、その時テレビに報道された、山野真由美の遺体が見つかった事だった。
しかも、発見場所が実家のある稲羽市であった事も、生田目にとっては衝撃が大きかった。
しばらく唖然とした後で、夜中に見た映像を思い出し、あれは夢ではなく、本当に彼女からのSOSだったのではないかと生田目は考えた。
「僕は、怖くてわざと避けていた“テレビに触る”というのを、もう一度やってみた。そして、あの晩の事が夢では無かったと再確認した」
稲葉に戻った生田目はその事を警察に伝えようとしたが、信じて貰えなかったらしい。
それも当然だろう。事件の被害者が、事前にテレビに映し出されたと言われても、常識的に考えればあり得ない事なのだから。
「警察に話しても信じて貰えなかった僕は、必死にテレビを見続けた。そうしたら、今度は女の子が映ったんだ」
「それって、まさか……小西先輩の事か?」
陽介の呟きに生田目は頷く。
「警察を頼る事は出来ない。それに、事情を説明しても警察同様、彼女も信じてくれないだろう。そう思った僕は……」
「小西先輩を、“向こう側へ”送り込んだ」
「テレビの中がどんな場所でも、殺されるよりはずっと良い。ほとぼりが冷めたら、出してあげれば良いと、僕はそう思い込んでいた」
直斗の指摘に生田目はそう話し、家業の運送業を利用すればやれると思い、自分にしか出来ない事だと生田目は信じ込んだ。
実際は鏡達が救い出していたのだが、殺人事件が止まったのだから、助ける事が出来たと、生田目が思い込んでも仕方がないだろう。
「けれど、彼女達と一緒にテレビの中に入り、自分のしてきた事に初めて疑問を持った……」
鏡と共に入ったテレビの中は、霧に包まれた異様な世界で、異形の化け物達が徘徊していた。
自力で出る事は出来ず、長く留まると“もう一人の自分”に殺されてしまう。
そんな異常な状況で正気を保てていたのは、菜々子と鏡の存在が大きな要因だった。
幼い菜々子と体調が良くない鏡。二人の少女を前に大人である自分が取り乱す訳にはいかない。
その一念で、生田目は自分を保ち続けた。
「僕が何とかしなければと思いはしたが、結局は彼女が体調不良を押して、僕達を守り続けてくれた」
襲い掛かる異形を前に一歩も引かず、未知の力で異形達を退けていく鏡。
その姿に、生田目は無力な自分を呪わずにはいられなかった。
助けるつもりが助けられたばかりか、助けたい相手の体調が悪くなっていくのを、ただ見ているだけしか出来なかった。
「そして、彼女から聞かされた真実は、僕の罪の重さを痛感させた……」
助けたい一心で行っていた行動が全て無駄であったばかりか、自身の行動で罪のない人達を死に追いやるところだった。
その事実に打ちのめされていた生田目は、鏡の指示に従い最上階を目指す。
最上階までの道程は幼い菜々子には厳しく、道中は生田目が抱き抱えて移動していたが、それでも菜々子には負担が大きかった。
「目的地に辿り着いた所で、力尽きた彼女を休ませた僕の目の前に……信じられない人物が現れた」
鏡と菜々子を休ませた生田目の前に、死んだはずの山野真由美が現れたのだ。
それは、本物の山野真由美ではなく、彼女から現れたシャドウだったのだが、生田目にとってはそれは些細な事だった。
助けたくとも助けられなかった相手が目の前にいる。
その事実が生田目にとっては全てで、生田目はこれまでの事を謝罪した。
そんな生田目に対して、山野真由美のシャドウは非難する事なく、生田目を許したそうだ。
「真由美は僕に言ったんだ。『二人で彼女達を救済しましょう』、と……」
何も出来ない自分にも誰かを助ける事が出来る。
山野真由美のシャドウに諭された生田目は、今度こそ間違う事なく鏡達を守り抜くと決意する。
二人を追って、自分を殺害した犯人達がやってくる。
そうなると、体調を悪化させた鏡が更に無理を重ねてしまい、命に関わる事になる。
そう教えられた生田目が、鏡達を守ると決意を新たにしたところに、陽介達がやって来たらしい。
「後は君達も知っての通りさ……真由美と一つになった僕は、彼女達を守るために君達と戦った」
その時の事を陽介達は思い出す。
あの戦いは本当に苦しいモノだった。鏡が自身の心を砕くという無理をしなければ、あの場で全員が命を落としていた事だろう。
「けれども、僕はまた間違ってしまったんだね……無意識の内にヒーロー気取りだったんだ……」
生田目の言葉に、陽介は一つ間違えていたら、自分も生田目と同じようになっていた事に気付いた。
鏡の姿にヒーローを見、自身も鏡に認めて貰いたい、鏡のようなヒーローになりたい。そう考えていた事。
自分は仲間達が居てくれたから間違わなかっただけで、生田目のように一人だったら?
きっと生田目と同じように、特別な力を持つ自分にしか出来ない事だと、信じて疑わなかっただろう。
「僕は映ったものをまるで疑わず、信じたいように信じてしまった……自分の頭で考えなかったから、間違ってしまったんだね……」
そう言った生田目は、酷く後悔した様子を鏡達に見せる。
いつか自分も政界に出て、社会の役に立ちたいと思っていたが、その仕事も愛する者も失い、残った異能だけが拠り所となっていた。
だからこそ、“救済”に全てを掛けていたのだろう。
力なく項垂れる生田目に、鏡達は掛ける言葉が思いつかない。
「罪を逃れる気はない、誘拐だけでも重罪。それに、沢山の人を危険に晒したからね……覚悟なら出来ている」
「だったら、罪を償うためにも、お前は生き続けなければならない」
それまで黙って話を聞いていた遼太郎が、生田目に話し掛ける。
政界に出て、社会の役に立ちたいと今も思っているのなら、刑期を終えた後で今度こそ、その思いを果たせばいい。
遼太郎の言葉に生田目は目を見開く。
「叔父さんの言う通りです。生田目さん、今のあなたでしたら、きっと良い政治家になれると思います」
遼太郎の言葉を継いで、鏡も生田目に声を掛ける。
その言葉に生田目は『ありがとう』と、鏡にお礼を述べると、立派な政治家に必ずなる事を鏡達に誓う。
我は汝……、汝は我……
汝、ついに真実の絆を得たり
真実の絆……それは即ち
真実の目なり
今こそ、汝には見ゆるべし
"塔"の究極の力、"シヴァ"の
我が、内に目覚めんことを……
鏡の脳裏にいつもの声が響いてくる。
話を終え、『少し疲れた』と言う生田目の体調に配慮して、今日はここまでにしようと遼太郎が鏡達に提案する。
その提案に異存のない鏡達は全てを話してくれた生田目にお礼を述べると、病室を後にする。
病室を出た鏡達に遼太郎は、交代の者が来るまで自分はこの場に残るからと言われ、陽介達は鏡の病室へと移動する。
生田目から聞いた話を元に情報を整理するためだ。
病室へと戻り、鏡がベッドへと戻るの待ってから、直斗が話し始める。
「生田目さんからの話で、新たに解った事があります」
そう話し始めた直斗は、マヨナカテレビが人によって見える内容に違いがある可能性を指摘する。
直斗の言葉に、陽介が『どういう事だ?』と、理由を訊ねる。
「彼の“必死にテレビを見続けた。そうしたら、今度は女の子が映ったんだ”という発言を覚えていますか?」
「……そういや、俺達の中で小西先輩に最初に気付いたのは、姉御だったな」
「雪子の時は、千枝が最初に気付いたわね」
直斗の質問に、陽介と鏡がそれぞれ答える。
「確か、菜々子ちゃんと先輩の時はクマが『映った人が二人でないか?』って言ってたよね」
そう言って、りせがクマの方へと視線を向ける。
あの時はクマの気のせいか寝オチではないかと思われたが、改めて考えると、個人によって見える内容に違いがあった事が解る。
「つまり、私達は同じ映像を見ていると思ってたけど、ぞの実は違った映像を見ていたって事?」
「おそらくは。そもそも、マヨナカテレビがどう言った原理で映し出されているのかも、謎ですからね」
雪子の疑問に直斗が答える。
「言われてみると、俺達はマヨナカテレビがどういったモノか解らないまま、映った人物が被害に遭うって確信してたよな」
「実際、その通りだったんスから、疑って掛かる方が無理ッスよ」
考え込む陽介に完二がそう返す。
「信じたいように信じる、か……」
「姉御?」
「私達は、たまたま間違ってなかっただけで、一歩間違えれば生田目さんと同じ状況になっていたんだろうね」
訝しげな視線を向け声を掛ける陽介に、鏡は思った事を伝える。
クマと出会い“向こう側”の事を知って今まで行動してきたが、もしクマと出会う事がなかったら?
そう考えると、生田目の事を一方的に責める事は出来ない。
自分達も生田目と同じようになっていた可能性を否定できないからだ。
「彼と違って、僕達には信じられる仲間がいた事も大きな要因ですね」
正しい情報もなく、相談する仲間もいない事。
それが、生田目と自分達の大きな違いであると直斗は指摘する。
「俺さ……さっきの話を聞いてて、凄く思い当たる節があって正直、ギクリとしたんだ」
そう言って陽介は、警察に事件の解決は無理だと以前に話した事を挙げる。
陽介の言葉に千枝も事件解決に意気込んでいた自身を思い出し、あり得たかも知れない未来の自身を、生田目の姿に重ね見る。
「だからこそ、これからはもっと慎重に事件解決に臨まないといけませんね」
直斗の言葉に皆が頷く。
山野真由美を“向こう側”に送り込んで殺害した真犯人は、今もまだ自由の身なのだ。
真犯人を捕まえない限り、今後も被害者が出る可能性がある。
鏡達は改めて、真犯人を捕まえるために気持ちを新たにする。
我は汝……、汝は我……
汝、絆の力を深めたり……
絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり
汝、"愚者"のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん
いつもの声が脳裏に響き、鏡の身体に力が満ちていく。
「取り敢えずは、姉御が無事に退院するまで、マヨナカテレビのチェックを怠らない事だな」
今後の方針が決まったところで、鏡の体調を気遣い今日の所は解散する事にする。
毎日お見舞いに来るのも鏡の負担になるだろうから、退院の日に皆で迎えに来ると告げ、陽介達は病室を後にした。
陽介達を見送った鏡は体力を回復させるべく、横になる。
今は一刻も早く身体を回復させる事が、自身のやるべき事だと思って。
鏡達が病室で話し合っていた頃。
生田目の病室前で、警備の交代要員が来るのを待っていた遼太郎は、先ほどの生田目の話を頭の中で反芻していた。
(生田目の話であらかたの事情は解ったが、どうにも何かが引っ掛かる……)
山野真由美の訃報を知った生田目は、警察に連絡をしたが信じて貰えなかったと話していた。
事件当時、情報提供と偽ったイタズラ電話が殺到したので、その内の一つとして処理されたのか?
事情を知らなければ、荒唐無稽の妄言と思われても仕方のない内容だ。
(いや、待て……俺はその話を、誰かに聞かなかったか?)
遼太郎は当時の記憶を思い出そうとする。
『またイタズラ電話でしたよ……変な番組に、殺された山野アナが出てたって』
ふいに、遼太郎の脳裏に記憶が蘇る。
あれは目撃情報の調書に目を通していた時の事だ。
(そうだ、足立のやつが言っていたな。“電源を入れていないテレビ画面に番組が映る”と……)
今にして思えば、それはマヨナカテレビの事ではなかったのか?
そう思い至った遼太郎の思考が急速に回転する。
初動調査で人員を割いて聞き込みを行ったが、目撃情報は出なかった。
山野真由美が宿泊していた部屋も荒らされた様子もなく、また連れ去られた様子もなかった。
犯行手口が“テレビの中に落とす”事から考えて、犯行は天城屋旅館内部で行われた可能性が高い。
にも関わらず、不審者の姿を誰も見ていないという。
(姿を見ても、不審者だと思われなかった……?)
その考えが過ぎった瞬間、遼太郎の脳裏に一つの仮説が浮かび上がった。
(馬鹿な……そんな事があるはずはない。だが、まずは疑って掛かる事が事件捜査の鉄則だ)
その仮説が正しければ、鏡に届けられた脅迫状も説明がつく。
鏡に脅迫状を届けたという事は、鏡達の行動を継続的に把握できている証拠だ。
山野真由美と接点があり、鏡達の行動を把握でき、誰からも見咎められる事なく脅迫状を直接、郵便受けに投函する事が出来る人物。
その条件を全て満たせる人物に付いて、遼太郎には心当たりが一人しか居ない。
(まさか、お前が真犯人だというのか……足立!?)
遼太郎は、自身が立てた仮説が間違いであって欲しいと切実に願う。
しかし、遼太郎の刑事のカンが自身の仮説が間違いでないと伝えている。
信じたくはないが、確かめなければならない。
遼太郎は苦い思いを飲み込みながら、自身の立てた仮説を確かめる事を決意する。
――次回予告――
体調が回復し、少女が退院する日が訪れる
少女の回復を喜ぶ仲間達
その直後に明らかにされる事実
――信じられない
それが、皆の偽らざる気持ちだった
次回、PERSONA4 PORTABLE~If the world~
真犯人
――それは辛い、現実――
2013年01月19日 初投稿
2014年06月27日 誤字修正