――――映るはずのない人物が映ったマヨナカテレビ
その事がもたらした衝撃は大きく
動揺を抑える事が出来ないまま……
事態は無情にも進んでいく
時間は少し遡る。
先日見たマヨナカテレビの画像が不鮮明だったため、今日も確認するように陽介に言われた直斗はテレビの前でその時を待つ。
どのような原理で画面が映るのかは謎だが、画面に映る人物が狙われる事だけは確かだ。
今度こそ犯人の凶行を阻止してみせると決意していると、時計の針が零時を指し示す。
「……ッ!? そんな……何故!?」
鮮明に映った画面に現れた人物。
今日の夕刊で知った事実で、もしかしたらと思っていたが、予想を上回る結果が目の前に表れている。
(何故、鏡さんまで映っているんだ!?)
画面に映っている人物は自身が良く見知っている二人。
小柄な菜々子を背後から優しく抱きしめる鏡の姿に、クマが言った通りであった事を知る。
自分達はこれまでの事と重なったシルエットから、画面に映った人物は一人だと思っていた。
しかし、クマには二人に見えていたと言う。
その事実に引っ掛かるモノを感じたが、直斗は携帯電話を取り出してすぐに鏡へと連絡を取る。
『おかけになった電話番号は、電波の届かない所にあるか。電源が入っていないためかかりません』
不通を知らせる音声ガイダンスを聞いた直斗は通話を切ると、すぐさまタクシー会社へと連絡を入れる。
タクシーが到着するまでの間、身支度を調えた直斗は玄関先でタクシーの到着を待ちつつ現状を整理する。
政治家が稲羽市を訪れ、自分と話した一人の生徒について、毎度特別にコメントを出して称えていた。
その生徒が菜々子であり、その事が今日の夕刊に報じられたので、菜々子がマヨナカテレビに映る可能性は考えた。
しかし、鏡までマヨナカテレビに映るとは全く考慮に入っていなかった。
体調不良で欠席しているのが心配だが、在宅している事で犯人に対して牽制出来るのではないかと考えていた。
その考えは、マヨナカテレビを見た事で覆された。
鏡まで対象者となってしまうと、体調不良である事は犯人にとってメリットにしかなり得ない。
「僕がこれから行って、二人の無事を確かめます!」
そう言って、千枝との通話を終えた直斗は二人の無事を祈りながら、タクシーが堂島家に到着するのを待つ。
「あれは……!?」
タクシーを降り、急ぎ堂島家に駆けつけた直斗が目にしたのは、堂島家の前に駐められた、車体に“いなば急便”と書かれた軽トラック。
あからさまに怪しいが、まずは二人の安全を確認するのが先決と、直斗は軽トラックを迂回して堂島家の玄関に向かう。
玄関は開けられたままで、居るはずの菜々子と鏡の姿がない。
その事を確認した直斗はすぐに軽トラックへと向かうと、荷台を確認する。
(……やっぱり、思った通りだ)
荷台に置かれていた物が予想通りの物であった事に、直斗は自分達を誘拐した犯人の手口を理解する。
一度は疑ったものの、明確な証拠が無かったために保留にしていたが、これでハッキリした。
残る問題は、運送業者の誰が犯行を行ったかという事だ。
直斗は遼太郎や陽介達に連絡を入れると、皆が合流するまでの間、何か手掛かりになる物がないか調べてみる事にする。
直斗から連絡を受けた遼太郎が急ぎ戻ってくると同時に、陽介達も堂島家に集まってきた。
「白鐘! 二人が攫われたとはどういう事だ!」
「堂島さん、落ち着いてください。ココで騒ぐと拙いので、ひとまず堂島さんの家に。詳しい事はその時に」
逸る遼太郎に直斗がそう言い、ひとまず皆で堂島家の中へと移動する。
「まず初めに、鏡さんと菜々子ちゃんを誘拐した犯人が判明しました」
集まった皆を見渡し、直斗がそう告げる。
その言葉に驚く皆を制し、直斗は一連の誘拐事件の犯人も同一人物である事を告げる。
「直斗、それで姉御や天城達を攫ったヤツは誰なんだ?」
一同を代表して陽介が直斗に訊ねる。
「……亡くなった山野アナとの不倫問題で騒がれた、元議員秘書の生田目太郎です」
「演歌歌手の旦那か!」
直斗の言葉に陽介が驚きの声を上げる。
その言葉に頷き、直斗は遼太郎達が到着するまでの間、軽トラックを調べて解った事を話していく。
運転席で見付けた日記帳と運転免許証で、犯人が生田目である事が解った事。
日記に書かれた内容から、一連の連続誘拐の実行犯である事と、諸岡殺しには関与していない事が判明した。
「そして、この日記帳に書かれた事が真実であるのなら、生田目は一番最初の山野真由美の事件には関与していない事が判明しました」
「ちょっと待て、直斗。生田目が山野アナ殺しには関与してないって……だったら山野アナは、誰が向こう側に落としたんだ!?」
直斗の発言に陽介が驚きの表情を見せて詰め寄る。
陽介が取り乱すのも無理はない。久保の犯した犯行以外は、全て同一犯だと思っていた所にもう一人の犯人が現れたのだ。
しかも、その犯人はその存在の痕跡を全く見せる事なくこれまで隠れて居た事になる。
「流石にそれは解りませんが、真偽のほどは生田目本人から話を聞くしか無いでしょうね」
「……いや、生田目以外の存在は本当だろう」
それまで直斗の話を聞いていた遼太郎がそう言うと、今日届いた脅迫状の事を皆に話す。
遼太郎は、脅迫状の内容を確認した時から奇妙な引っ掛かりを覚えていたのだが、今の直斗の話で違和感の正体に気付いた。
その事を遼太郎が皆に説明すると、直斗も脅迫状の不自然な内容から生田目以外にもう一人、犯人が居る事を確信する。
「言われてみれば確かに、テメェで出してんなら、“イレテ コロス”だろ」
完二が納得した様子を見せ、その言葉に千枝達も頷く。
「もう一人の犯人は確かに気になりますが、ひとまずそれは置いておいて、今は鏡さん達を救出する事を最優先に考えましょう」
そう言って直斗は、鏡達は表に止めてある軽トラックに積まれていたテレビから、向こう側に入れられた事を話す。
そして、事情は解らないが生田目も鏡達と同じく向こう側に居る事を挙げ、今から鏡達を救出しに行くべきだと提案する。
「今から救出しに行くって、トラックに積まれているテレビからって事か?」
「その通りです。幸い、鏡さん達を向こう側に送った状態でテレビが置かれていますから、最短で鏡さん達の居る場所に行けるでしょう」
陽介の疑問に頷き直斗がそう答えると、りせが今すぐにでも鏡達を救出しに行こうと意気込む。
「今すぐ姐御達を助けに行く事には俺も賛成だが、装備も無しに行くのは流石に自殺行為だぞ」
「あたしと雪子は装備を持ってきてるから、今すぐにも行けるよ!」
蹴り技主体の千枝と武器が扇の雪子は陽介達とは違い、それぞれの得物を持ち歩く事に不都合はない。
千枝の装備がコスプレアイテムと誤解される可能性がせいぜいだ。
「僕も護身用の武器を持ってきていますので、一緒に行く事が出来ます!」
千枝と直斗の言葉に陽介は少し考える素振りを見せると、クマへと視線を向ける。
「クマ、りせほどは無理でもナビゲートはまだ出来るよな?」
「今の格好だとどれくらい出来るかは解らないけど、出来るクマ」
「そうか。それじゃ直斗、お前がリーダーとして天野と里中、それとクマと一緒に先行してくれ。俺達はジュネスに行って装備を取ってくる」
「ッ!? 花村先輩、ナビゲートなら私が一緒に行く!」
クマの返事を聞いた陽介がそう指示を出すと、りせがその指示に食って掛かる。
「駄目だ。りせ、お前が居ないといつもの場所から、俺達が先行した直斗達に合流する事が出来ない」
りせの異論に陽介がそう反論する。
ナビゲートの精度で言うなら、りせが一緒に行くのが適任だが、それだと装備を取りに行った陽介達が合流する事が出来ない。
その事が解っているりせは悔しそうな表情を見せるも、それ以上は陽介に反論せずにいる。
「りせ、悔しい気持ちは解るが今は辛抱してくれ。直斗、先行してもダンジョンが出来ていたら、一階から先には進むなよ」
陽介の言葉に直斗は頷くと、千枝達と共に軽トラックに積まれたテレビから向こう側へと移動する。
残った陽介達は遼太郎の車に乗り、ジュネスへと向かう。
先行して向こう側に辿り着いた千枝達が目にしたのは、一面を色とりどりの綺麗な花々で囲まれた、これまでとは違う場所だった。
巨大な城壁に囲まれたその先には、天に向かって伸びる巨木が見える。
雲を突き抜けており、その先が全く見えない巨木の姿は、どこか童話を彷彿とさせる。
「……綺麗」
眼前に見える光景に、雪子が息を呑む。
これまで見てきた場所と違い、幻想的ともいえるこの場所は、作り出した菜々子の心が澄んでいる事を如実に表している。
しかし、あまりにも現実離れした美しさは別のあるものを思い起こさせる。
「まるで、天国みたいだね」
「やはり、菜々子ちゃんは……」
どれだけ明るく振る舞っていても、心の奥底では亡くなった母への想いを募らせていたのだろう。
その事実に、千枝達の心は締め付けられる。
「千枝、直斗君。絶対に菜々子ちゃん達を救い出そうね」
菜々子の心情を思いやる千枝と直斗に、雪子がそう声を掛ける。
その言葉に二人は力強く頷くと、陽介に言われた通り一階のみを探索する事にする。
千枝達が正面の門から中へと入ると、白亜の通路が続いている。
通路は金のレリーフで縁取られており、吹き抜けの空中庭園といった趣がある。
「静かですね」
静謐な辺りの様子に直斗がそう呟くと、シャドウの気配を感じ取ったクマが直斗達に注意を促す。
クマからの注意に、千枝達は周囲に気を配ると慎重に先へと進んでいく。
「シャドウを発見クマ! まだこちらに気付いていないから先制攻撃のチャンスクマ!」
シャドウを発見したクマが千枝達にそう伝えると、直斗が懐から拳銃を取り出してシャドウへと狙いを付ける。
直斗の行動に、千枝と雪子も戦闘態勢を取る。
「それじゃ、行きますよ!」
二人が戦闘態勢を取った事を確認した直斗がそう言って、拳銃の引き金を引く。
撃ち出された弾丸がシャドウへと命中すると同時に、千枝達もシャドウへと攻撃を仕掛けるために間合いを詰める。
「敵三体! 慎重に攻撃するクマ!」
表れたのは両手を組んだような姿をしたシャドウで、雪子の作り出した古城で見たのと同タイプのシャドウだ。
以前のタイプは火炎系の攻撃が弱点だったため、まずは雪子が火炎系上位スキル【アギダイン】で攻撃を仕掛ける。
「ユキチャン! ソイツは火炎攻撃に対して耐性を持ってるクマ!」
雪子の攻撃を受けても平然としているシャドウの姿から、クマがシャドウの特性を看破する。
それならばと、千枝が氷結系中位スキル【ブフーラ】で攻撃を仕掛ける。
こちらの攻撃には耐性を持っていないようで、ダメージをそのまま与える事が出来た。
しかし、千枝は元々が近接戦が得意なため、与えるダメージは先ほどの雪子の攻撃と大して変わらない結果だ。
「それなら!」
直斗はスクナヒコナを召喚すると、光系即死効果の【ハマオン】で攻撃する。
その攻撃が弱点だったらしく、シャドウはあっけなく消滅すると、直斗は次々とハマオンでシャドウを倒していく。
この戦闘が呼び水になったのか、先ほどまでの静けさが嘘のように、次から次へとシャドウ達が襲い掛かってくる。
「何なのコレ!? 次から次へとキリがない!!」
「千枝! そっちにシャドウが行ったよ、注意して!!」
次々と襲い掛かってくるシャドウ達に、これまでとは比較にならないほど、千枝達の消耗が激しくなる。
シャドウ達が次々に襲い掛かってくるのも原因の一つだが、鏡の不在が一番の要因だろう。
これまでの戦闘では、メンバーが持っていない攻撃手段を鏡が補う事によって、確実に弱点を突いた攻撃が出来た。
しかし、鏡が不在な今は的確に弱点を突く事が出来ないため、一回の戦闘に掛かる時間も長くなっている。
その事も千枝達の消耗に拍車をかける要因となっており、どこかで休息しないと拙い状況だ。
(鏡の不在が、こんなにも大きな影響を持つなんて……)
攻撃と回復、両方を一人でこなしている雪子の内心に焦りが募る。
これまでは鏡がフォローしてくれていたので、攻撃か回復のどちらかに専念出来ていたが、今は両方を自分で判断しなくてはならない。
直斗が上手く指示を出してくれている分、まだ思考にゆとりはあるが、これまで鏡にどれだけの負担を掛けていたのかを痛感する。
(鏡はこんな負担の中で、今まで私達に指示を出しながら、自身も的確に行動していたのね……)
あまりにも平然としていたため気が付かなかったが、鏡はどれだけの負担をその身に抱えていたのだろうか?
的確な判断でペルソナを使い分け、自分達に指示を与えていく。
そんな鏡が今、菜々子と共に危険な目に遭っている。
雪子の心の中に焦りとは別に、沸々と怒りが込み上げてくる。
一刻も早く二人を助け出したいのに邪魔をしてくるシャドウ達。
(私にも直斗君みたいに、一撃で敵を仕留める力があれば……)
怒りは次第に形を変え、それは明確な殺意となって、雪子の心の中に新たな力を芽生えさせる。
「消えてしまいなさいっ!!」
雪子の叫びと共にシャドウの前に禍々しい魔法陣が現れる。
闇系即死効果の【ムドオン】がシャドウを消滅させ、クマから総攻撃チャンスの声が掛かる。
その声に合わせて、千枝達は一斉に総攻撃に出る。
「くっ! 倒せない!?」
雪子の焦った声に、千枝も内心で焦りを募らせる。
鏡が不在で消耗が激しい上、地力の差もあって戦闘に掛かる時間が長い。
総攻撃を仕掛けても討ち漏らすシャドウが出始めてきて、自分達の消耗に更なる拍車を掛ける。
(もう一撃……あと一撃があれば!)
幼い菜々子が怖い思いをしているかも知れない。
鏡も体調不良で菜々子を守り切れていないかも知れない。
皆を守るんだと決意しても、現実は二人を守る事すら出来ない自分を腹立たしく思う。
(……ッ!?)
千枝の怒りと悔しさに呼応したのか、心の中でトモエが大きく脈動する。
「雪子、手伝って!!」
咄嗟に千枝は雪子に声を掛けると、雪子も何かを感じたのか千枝に力強く頷き返す。
二人は螺旋を描きながら背中合わせになると、それぞれ表れた互いのカードを打ち砕く。
『行くよ、ペルソナ!!』
打ち砕かれたカードが強い光を発して、それぞれのペルソナが召喚される。
トモエとコノハナサクヤはシャドウ達の中に飛び込むと、二体を中心に光り輝く龍と光咲く花が現れる。
「これは……!?」
驚く直斗の目の前で、トモエとコノハナサクヤを中心に起こった炎と氷の攻撃が、シャドウ達を一気に消滅させる。
その現象を起こした千枝と雪子も、眼前での出来事に驚きの表情を見せている。
「チエチャン、ユキチャン凄いクマ!! いつの間にそんな攻撃が出来るようになったクマ!」
「や……いつの間にって言うか……早く鏡達を助けに行かなくちゃって思ったら、急に出来るようになったというか……」
「私も、直斗君のように一撃でシャドウを倒せる力が欲しいって思ったら、さっきの力が使えるようになったし」
クマの質問に二人は自信なくそう答える。
二人の説明に直斗が、鏡達を救いたいという強い想いが、二人に新しい力を覚醒させたのではないかと自身の推論を述べる。
「そっか……あたし達はまだまだ強くなれるって事だよね」
「そうだね。頑張って鏡達を助け出さなくちゃ」
直斗の推論に千枝と雪子は表情を明るくさせると、必ず鏡達を救い出すと気持ちを新たにする。
「とは言え一度、どこかで休憩を取らないと、僕達の方が先に参ってしまいますね」
自分達の消耗を鑑みて直斗が提案する。
確かに、休憩せずにずっと戦い続けたために流石の千枝も疲れを感じさせている。
直斗達は先ほど宝箱を見付けた部屋へと移動すると、探索中に見付けた回復アイテムを使ってそれぞれ回復に専念する。
「そう言えば、花村達が来るのが遅いね」
ポツリと千枝がそう呟く。
かなりの時間が経ったと思うのだが、未だに陽介達が合流してこない。
「現実世界とこちら側では、時間の進みが同じとは限りませんからね。焦らず、まずは上に進む階段を見付けましょう」
不安そうに呟く千枝に直斗がそう答えると、雪子とクマも必ず追いついてくれるからと千枝を励ます。
体力を回復させた千枝達は、残った未探索部分へと進む事にする。
「気をつけるクマ! かなり強いシャドウの反応クマ!!」
クマの言葉が示す通り、これまで戦ってきたシャドウとは異質な雰囲気を纏ったシャドウが、門番のように扉の前に立ち塞がっている。
赤黒い岩山の頂上に城塞が乗っているようなシャドウで、幾つもの砲門が見て取れる。
おそらくこのシャドウが守っている扉の先が先へと続く階段だと思われる。
「どうする?」
これまでのシャドウとは違い、その場から動く気配を見せない相手に千枝は皆に訊ねる。
陽介達が合流するのを待ってから突破する方が確実だとは思うが、いつまたシャドウが襲い掛かってくるか解らない。
最悪、目の前のシャドウとの挟み打ちに遭う可能性もあるため、手強い相手であろうとも突破するしかないと、皆の意見が一致する。
「それじゃ、まずは僕から行きます!」
そう言って、直斗がスクナヒコナを召喚してハマオンで攻撃を仕掛けるも、相手は平然としており通じていないようだ。
光属性と闇属性の即死攻撃は強力だが、確実に攻撃が通る保証のない諸刃の攻撃でもある。
そのため、アナライズで確実に無効化されたかが確認できない限り、攻撃が有効か否かの判断が当人では付けられない。
続いて雪子がムドオンで攻撃すると、クマから効果が無い事が伝えられる。
「いくよ、トモエ!」
続いて千枝がブフーラで攻撃するも、今度は攻撃が吸収されてしまう。
シャドウは千枝達を排除すべき敵だと認識すると、一斉に砲門を開き【コンセトレイト】で意識を集中する。
直斗が再びハマオンで攻撃するも攻撃は通らず、今度は雪子が火炎系上位スキル【アギダイン】で攻撃する。
「そんな、効かない!?」
雪子の放つアギダインも吸収されると、今度は千枝が得意の接近戦でシャドウへ攻撃を加える。
「嘘!?」
トモエの放つ【霧雨昇天撃】もダメージを与えるどころか、逆にシャドウに吸収されてしまう。
「拙いクマ! このシャドウはクマ達とは相性が最悪クマ!!」
クマの叫びを遮るかのように、シャドウが火炎系上位範囲スキル【マハラギダイン】で千枝達に攻撃を加える。
火炎系の攻撃は千枝のペルソナ“トモエ”の弱点で、咄嗟に防御を取ろうとしたところが間に合わず、直撃を受けてしまう。
この中で火炎系の攻撃に耐性を持つのは、雪子のコノハナサクヤだけだ。
コンセトレイトで強化されたマハラギダインの挟撃は強力で、千枝は気絶してしまい直斗とクマも体力の殆どを奪われている。
「おいで、サクヤ!」
雪子は咄嗟に【メディアラハン】で皆を回復するも、このままではいずれ押し切られてしまう。
頼みの綱は直斗のハマオンだけだが、精神力の消耗が大きい。
直斗はそれでもとシャドウに対してハマオンで攻撃するも、攻撃が通じず徐々に押され気味になっていく。
「くっ……このままじゃ……!?」
徐々に消耗戦の様相を見せ始める中、回復アイテムの数も心許なくなっていく。
逃げ出すにしても、背を見せたところで強力な攻撃が来るのが目に見えているため、逃げ出す事も叶わない。
「すまん、待たせた!」
『花村先輩! ソイツは疾風属性が弱点だよ!』
りせの指摘に陽介はジライヤを召喚すると、疾風系上位スキル【ガルダイン】でシャドウを攻撃する。
千枝達が苦戦していたシャドウも、弱点属性の攻撃を受けた瞬間に体勢を崩し無防備な姿を晒す。
このチャンスを逃すまいと千枝達も加わって総攻撃を仕掛ける。
「千枝、行くよ!」
「任せて!」
総攻撃で倒しきれなかったシャドウに対して、雪子と千枝が再び複合召喚で再追撃を掛ける。
その攻撃に耐えきれず、ようやくシャドウは消滅すると、初めて見る二人の攻撃に陽介達が驚いた表情を見せる。
「何だよ、今の攻撃!? お前らいつの間にあんな攻撃が出来るようになったんだ!?」
「……里中先輩達、スゲー」
驚く陽介と完二に簡単に経緯を説明すると、陽介達も自分達にもまだ見ぬ可能性があるのかも知れないなと感慨深げな様子を見せる。
ようやく合流する事が出来た陽介達から、クマの着ぐるみと直斗の武器が手渡される。
「これは……?」
「どうやら姉御が用意してたみたいでな。一応、一緒に持ってきた」
陽介から手渡された拳銃は、握ってみると小柄な直斗の手にしっくり来る握りやすさだ。
今まで使っていた物と比べると、取り回しが楽で重さもあまり気にならないほどだ。
「本当に姉御は、どこまで用意周到なのかね」
いつもの場所に置かれていた装備の中に、見慣れない物が幾つか増えておりそのどれもが新調された装備だと陽介が説明する。
真犯人が捕まっていないとはいえ、事前に装備を用意しておく辺り、鏡の慎重さが伺える。
「……絶対、二人を助け出そうな」
その言葉に頷くと、陽介達が持ってきた回復アイテムを使い、千枝達は体調を万全な状態に整える。
二人を助け出せるのは自分達しか居ない。その想いを胸に秘め、陽介達は二人を救出すべく先へと進む。
陽介達と合流してからの探索は順調で、千枝達の消耗がかなり押さえらている。
人数が増えた事も理由の一つだが、一番の理由は遼太郎の存在だった。
「ユースティティア!」
遼太郎の声に呼応し、剣と天秤を持ち、結い上げた金髪に目隠しをしたペルソナが手にした剣を一閃する。
空間に無数の斬線が走り、シャドウ達を瞬く間に斬り伏せる遼太郎のペルソナ。
特性は直斗のスクナヒコナの上位版といえるペルソナで、光と闇の範囲スキル【マハンマオン】と【マハムドオン】を使う事が出来る。
その他に物理系攻撃スキル【空間殺法】と万能系スキルである【メギドラオン】まで使いこなす、対多数に特化したペルソナだ。
耐性は物理無効と光と闇系スキルの反射を持ち、特筆すべきは戦闘終了時に万全の状態に回復する【勝利の雄叫び】の存在だ。
この特性のおかげで、遼太郎は全力でシャドウ達を蹴散らす事が出来、千枝達の戦力を温存する事が出来ている。
「凄いね、堂島さん」
この場所との相性も良いのだろう。光と闇系に弱点を持つシャドウが多いため、ユースティティアの一撃で大体の決着が付いてしまう。
反射耐性があるため、シャドウの中には光と闇系の攻撃を反射するモノもいるが、そのまま押し切れてしまう。
菜々子と鏡を救いたいと思う気持ちは、この中で一番強いのだろう。
その想いが苛烈な攻撃となってシャドウ達を薙ぎ払っている。
「そりゃ、さっきの菜々子ちゃんの声を聞いたんじゃ、堂島さんだって必死にもなるさ」
千枝の言葉に陽介がそう答える。
道中、菜々子の亡くなった母親に対する想いと、遼太郎に対する想い。
『やさしくて、時々こわいけど……お父さん、すき……今はお姉ちゃんも居るから……菜々子、ひとりじゃない……さびしくなんかない……』
寂しくないと自分に言い聞かせている菜々子の想いに、遼太郎は胸を痛め千枝達を温存させるために目の前のシャドウを駆逐していく。
この世界に不慣れな自分では正直、二人を救い出せる自信がない。
今の自分に出来る事は、皆を万全に近い状態で二人を助け出せるように露払いをしていく事だ。
倒しても倒しても現れるシャドウに、遼太郎は裂帛の気合いを込めて挑む。
「これ以上、俺達の邪魔をするなぁっ!!」
シャドウ達は、遼太郎の気迫に気圧され浮き足立ったところを、陽介達に各個撃破されていく。
遼太郎の活躍によって陽介達の体力は温存され、探索はどんどん進んでいき、りせが菜々子達の存在を感知できるほどに近付く。
『ダメ……、菜々子ちゃんの気配はハッキリ分かるのに、先輩の気配が分からなくなっていく!?』
りせの焦った声に、陽介達は先を急ぐ事にする。
ようやく辿り着いた最上階は、門を通り抜けた先が浮島に繋がっており、浮島の中心を囲うように天使の像が立ち並んでいる。
浮島にある階段を上がった先には緑色の帽子を被り、同じ色の作業服を着た男が背を向けて立っている。
その男の向こう側には、浮島の中心点にある台座にもたれ掛かるように鏡と菜々子が寄り添っていた。
「菜々子! 鏡!」
二人の姿を確認した遼太郎が叫ぶと、その声に気付いた男が遼太郎達へと振り返る。
男は遼太郎達の姿を見渡すと、僅かばかりに驚いた表情を見せる。
「……お前達は僕が救った……いや、救うはずだったやつらか?」
どこか自嘲的な呟きを漏らした男に、直斗が“生田目太郎”本人であるか確認を取る。
直斗の質問に男……生田目は頷くと遼太郎達に『この子達の仲間か?』と訊ねてくる。
「仲間か、だと? テメェで二人を攫っておいて、何を言ってやがる!!」
生田目の言葉に、完二が今にも飛び掛からんとばかりの勢いで捲し立てる。
完二に続き、陽介達も口々に二人を返すように生田目に訴えるが、生田目は遼太郎達を信じて良いのか迷っているような素振りを見せる。
『駄目よ、太郎さん。ソイツらはこの子達の仲間を装って、私達を殺そうとやって来た敵よ』
どこからともなく聞こえてきた声に、陽介達は驚きの表情を見せ、声の主の姿を捜す。
いつからそこに居たのか? 生田目と鏡達の間に一人の女性が立っており、遼太郎達に敵意の籠もった視線を向けている。
「……山野……真由美? そんな、彼女は最初の事件で亡くなっているはず」
突如現れた女性の姿に、直斗が信じられないといった表情を見せる。
陽介達も直斗と同じように、目の前にいる山野真由美の姿に驚きを隠せない。
『待って! ソイツ、本物の山野アナじゃない。シャドウよ!』
ただ一人、りせがヒミコの力で相手の正体を看破して皆に注意を促す。
「シャドウって……まさか、山野アナから出たシャドウって事か!?」
りせの言葉に、陽介が驚いた様子で確認を取るが、そこまでは判断が付かないと申し訳なさそうにりせが答える。
そんな陽介達を意に介さず、生田目に蠱惑の笑みを浮かべて山野真由美の姿をしたシャドウが話し掛ける。
『コイツらはこの子の仲間の姿を装って、この子をまた、危険な戦いに引き込むつもりなのよ』
「そんな……真由美、本当にその子をあんな危険な戦いに引き込むのかい?」
『えぇ、そうよ。その上、私をこの世界に閉じ込めただけじゃ飽きたらず、私の事も抹殺するつもりなのよ』
二人のやりとりに陽介達がそんな事はないと否定するも、生田目は陽介達の言葉よりも、愛する者の言葉を信じている様子だ。
『さぁ、太郎さん。今度こそ、この子を危険な戦いから救い出すために、私達がこの子達を守り抜くのよ……』
「……そうだね、真由美。今度こそ、僕がこの子達を救ってみせるんだ。真由美……僕に力を貸してくれ!」
生田目の返事に嬉しそうに微笑んだシャドウは、生田目を愛おしそうに抱きしめると濃密なキスを交わす。
目の前で起こった突然の出来事に陽介達が驚く中、シャドウの身体から黒い霧が溢れ出す。
それに呼応するかのように、周囲からも黒い霧が集まりだして二人に吸い込まれていく。
「拙いクマ! あの二人、周囲のシャドウを吸収しているクマ!!」
クマの言葉通り、周囲のシャドウを吸収して、生田目達の身体が異形の姿へと変貌していく。
黒い霧が晴れると、中から上半身が裸の二人と思わしき男女が抱き合った姿が現れる。
頭上には、天使の輪ともアンテナとも付かない円環が浮いており、下半身は二人が解け合ったかのような異形と化している。
脈動する紅い球形は拍動を思わせる様に脈打ち、その内部には菜々子と鏡の姿が見える。
「鏡!? 菜々子ちゃん!?」
二人の姿に千枝が驚きの声を上げる。
胞衣を思わせる球形に納められた二人の姿に、陽介がりせに二人が無事かを確認する。
『……今のところは大丈夫だと思う。だけど、先輩の様子が変。いつも感じる存在感が無いの』
頼り無い様子でりせが陽介に答える。
「んなの、簡単な事だろ。アイツをとっとと倒して、二人を助け出せば良いんだ!!」
りせを励ますように完二がそう告げると、手にした武器を力強く握りしめる。
完二の言葉に皆は頷くと、二人を助け出すためにシャドウへと挑み掛かるのだった。
――次回予告――
二人をようやく見つけ出したのもつかの間
更なる危機が二人を襲う
大切な者を救い出すために動き出す面々
――張り巡らされた操り糸……
最大の敵の姿に、彼らは逡巡する
次回、PERSONA4 PORTABLE~If the world~
救済する者、される者
――救いを望むのは、一体誰なのか?――
2012年07月13日 初投稿
2012年08月09日 タイトル&本文修正
2014年06月27日 誤字修正