――――突然の出来事に戸惑いは隠せない
気付かぬ間に撮影され、雑誌に掲載された写真
その波紋は未だ小さいが
確実に周囲へと影響を及ぼし始めている……
陽介から連絡があった翌日。
菜々子の熱は下がったが、大事を見て今日一日は小学校を休ませる事にした。
昨日と同じく今日も気温が低いため、無理に登校しては熱がまた出る確率が高い。
昨晩遅くに帰宅して、鏡からのメモで菜々子が熱を出した事を知った遼太郎の判断だ。
熱が下がったとはいえ、本調子でない菜々子のために鏡は消化の良い雑炊を作り、昼食はレンジで温めて食べるように菜々子に伝える。
「菜々子ちゃん、食べ終えた食器は水に漬けて置いておけば良いからね? 無理して自分で片付けたりしないでね」
「うん、解った。行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
菜々子に見送られて学校へと登校した鏡は先日、陽介から伝えられた内容を考える。
りせと一緒に文化祭を見て回ったのは、初日の午後になる前から午後にかけて人が一番多く訪れる時間帯だ。
そのため、撮影された事に気付かなかった可能性が一番高い。
それに加え、参加している生徒の家族達も写真を撮っているのだから気付かない可能性はもっと高くなる。
現物を見ていないので、いつ撮影されたのは解らないが、実際の写真を見ることでいつ撮影されたのかは解るだろう。
まずは陽介から件の週刊誌を見せてもらうのが先決だ。
そんな事を考えながら鏡が教室に到着すると、先に来ていた陽介達が鏡に気付いて声を掛けてくる。
何人かのクラスメイト達が鏡の方へと視線を向けているところを見ると、件の週刊誌を見たのかも知れない。
「姉御、おはようさん。昨日の事だけど、昼休みにりせ達を交えて、いつものように屋上で良いか?」
「そうね。元々はりせちゃんのスクープ記事だから、りせちゃんも一緒の方が良いわね」
陽介の説明に鏡は頷くと、詳しい事はその時に聞くからと答える。
クラスメイト達の様子から、今日は落ち着かない一日になりそうだと、鏡は内心で溜息をつく。
昼休みになって、屋上へと集まった鏡達はそれぞれ昼食を摂りながら、陽介から件の週刊誌を見せてもらう。
その雑誌は主にゴシップ記事を扱っているが、希に今回のような盗撮紛いの記事を出すことでも有名らしい。
掲載されていた写真は数点で、どれも鏡とりせが仲良く文化祭を楽しんでいる姿を隠し撮りした物だった。
「目元にモザイクが掛けられてるけれど、これ知ってる人が見たら一発で鏡だって解るよね」
りせと一緒に写っている鏡の目元はモザイク処理が為されている。
けれども、特徴的なアッシュブロンドの髪で知っている者から見れば、鏡だと一目で解ってしまう。
特に、稲羽市のように噂がすぐに広まるような土地柄ではなおの事だろう。
千枝の呟きに雪子や直斗が同意し、この写真を隠し撮りした人物に対して、完二は憤りを隠そうともしない。
「けどさ、こう言っちゃなんだが……綺麗に撮れてるんだよな、どの写真も」
陽介の指摘通り、どの写真も鮮明に撮られていて、りせがどれだけ楽しい思いをしていたのが見て取れるほどだ。
見出しに“りせちーの今”と書かれており、電撃休業発表後のりせについてのコメントも書かれている。
それによると、突然の休業発表後に稲羽市に移ったりせに付いて同じ学校に通う先輩の存在が大きいと書かれていた。
「この記事を読む限り、これを書いた人物は久慈川さんの動向について、僕達に気付かれぬ事なく詳しく調べているようですね」
記事を読んだ直斗が感想を述べる。
直斗の言葉通り、記事の内容を吟味すると、かなり詳しくりせの周りを調べている事が解る。
具体的には書かれていないが、千枝や雪子達に付いても触れられている。
流石に、テレビの中に出入りしている事は気付かれていないようだが、実際の所はどうだか判断できない。
「そうか、下手したら俺らがテレビん中に入っている事を知っている可能性もあるって事か……」
この記事が抱えている問題は思いの外に深く、今後の行動は今以上の注意を傾けなければならない。
「この記事を書いた人物さえ判明すれば、まだ対応のしようはあるのですが……」
一番の問題は相手は自分達の事を知っているが、こちらは相手の事を知らないばかりか、その存在にすら気付いていなかったのだ。
この差は大きく、こちらが相手の事を知るまでは迂闊に行動する訳にはいかない。
「こんな時にまたマヨナカテレビが映るような事になったら、拙い事になるよな」
問題の大きさに気付いた陽介がそう呟く。
事が起こる前に、何としても相手の正体を見極めなければならない。
「幸いといいますか、この記事を書いた人物は、どうやら鏡さんに注目しているようですね」
直斗の説明によると、人の目を引く鏡を引き合いに出す事で、記事に対する注目を集めている節があるとの事だ。
一番注目を集めるのなら異性である陽介や完二、クマを相手に据えるのが一番だが、りせの笑顔を一番引き出せるのは鏡だけだ。
その為、この記事を書いた人物も見た目に印象深く残る鏡を選んだのだろう。
「それって、私のせいで先輩に迷惑をかけちゃったって事?」
直斗の推理に、りせが落ち込んだ様子を見せる。
自分だけが注目されるのなら慣れているが、自分のせいで鏡達にまで迷惑をかけたとなると居たたまれなくなる。
そんなりせの様子に気付いた鏡が、りせの頭を優しく撫でると、安心させるように笑顔を見せる。
「大丈夫よ。確かに今まで以上に気をつけなければならないけれど、こうやって記事になるって事は、何らかの動きがあるはずよ」
鏡の言葉にりせが驚いた表情を見せる。
「確かに、今の時点で記事になったと言う事は、ひょっとすると鏡さん本人に接触してくる可能性がありますね」
そう言って、直斗が鏡の言葉に同意する。
おそらく、これ以上の記事を書こうとするのならば、りせ本人か、りせと親しい鏡に接触してくる可能性が極めて高い。
そうなれば、こちらも相手の事を知る事が出来るので、今後の対処についても色々と手を打つ事が可能になる。
その為に、敢えて鏡一人が行動する事によって、相手が接触しやすくするのも手だ。
「そうなると、問題はどうやって相手を誘き出すかって事か」
陽介の言葉に、この雑誌が出た近日中にも接触してくるだろうと直斗は推理する。
鏡本人が雑誌を見ていなくても、稲羽市では噂が広まるのは早い。
現に陽介が鏡に教えているのだから、この記事を書いた人物もその事を踏まえて鏡に接触してくるだろう。
まずは相手からの接触を待ち、相手の出方を知るのが先決だ。
当面の行動を決めると、不用意に“向こう側”について知られる行動は控える事で皆の意見を一致させる。
「後は堂島さんに事情を話して、僕達で対処できないようでしたら、協力を仰ぐのが良いでしょう」
直斗の言葉に鏡は頷くと、携帯電話を操作して遼太郎にメールを送信する。
ほどなくして、遼太郎から『解った』という短い返信が返ってきた。
「姉御には悪いが、さっさと相手が出てきてくれると良いな」
その言葉に鏡達は頷くと、昼休みが終わる前に昼食を摂り終えようと再び箸を進ませる。
放課後になり、菜々子の事が心配な鏡は手早くジュネスで買い物を済ませると、急いで帰路につく。
「……神楽鏡さんよね?」
急ぐ鏡にそう声を掛けてきたのは眼鏡を掛けた妙齢の女性で、首から一眼レフのデジタルカメラを提げている。
相手の姿に、鏡はこの人物が件の記事を書いた人物だと理解すると、警戒した様子で『あなたは?』と聞き返す。
「あぁ、ごめんなさいね。私はフリーのルポライターをしてる浅野さつき、よろしくね」
そう言って、さつきは懐から名刺を取り出すと鏡に手渡す。
名刺にはさつきの名前と、彼女の携帯電話の番号が書かれている。
「そのフリーのルポライターさんが私に何の用ですか?」
「そんな怖い顔をしないでよ、せっかくの美人が台無しよ? りせちーこと、久慈川りせちゃんに付いて聞きたい事があるの」
戯けた様子でさつきは鏡の問い掛けに答えると、陽介に見せてもらった雑誌を取り出して件の記事を鏡に見せる。
記事を見た鏡が驚いた様子を見せないので、さつきは既に鏡がこの記事について知っていると理解すると、興味深そうな表情になる。
「へぇ、驚かないところを見ると、私があなたに会いに来る事を予測していたようね」
「ご想像にお任せします」
「なるほど。探偵王子……じゃなかった、探偵姫の白鐘直斗くん辺りの入れ知恵かしら?」
さつきの言葉に、鏡は自分達の事に付いても推測通りに、ある程度は調べている事を理解する。
鏡の僅かな緊張を見逃さず、さつきは鏡に『そんなに警戒しないでよ』と、心外そうな表情を見せる。
何とも捉え所のないその様子に、鏡は僅かに戸惑いを感じると、目の前の人物について油断がならないと改めて気持ちを引き締める。
「私ね、彼女がデビューしてからずっと、彼女の事を見てきたけれど、こんな表情は今まで見せた事がなかったのよね」
さつきは記事の写真へと視線を移しながらそう言うと、再び視線を鏡へと向ける。
「だから、彼女の笑顔を引き出せたあなたに興味が沸いて、話をしてみたいと思ったのよ」
「申し訳ありませんが、病み上がりの従妹が独りで留守番をしているので、あなたのお話に付き合う事は出来ません」
「あら、そうなの? それは大変ね。それじゃ、明日にでも話を聞かせてもらえるかしら?」
鏡の言葉にさつきはあっさりと引き下がると、後日改めて話を聞かせて欲しいと切り返してくる。
断っても向こうから来るだろうし、彼女の目的を探る事がこちらの目的でもあるので、鏡はさつきの申し出を受ける事にする。
「時間が取れたら、名刺にあるメールアドレス宛に連絡を頂戴。出来れば、二人きりで話が出来れば助かるかな?」
そう言って、さつきは戯けた調子で鏡にウィンクをしてみせる。
我は汝……、汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり
汝、“悪魔”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん
鏡の脳裏にいつもの声が響く。
悪魔のアルカナである事に納得がいった鏡は内心で苦笑すると、さつきに別れを告げて急いで帰宅する。
「中々どうして……彼女からは、特ダネの匂いがするわね……」
去っていく鏡を見送ったさつきはそう言うと、思わぬ収穫の予感に表情をにんまりと緩ませてその場を去っていく。
帰宅した鏡を菜々子が出迎える。
未だ本調子では無く、いつもの元気はないが、寝ていなくても大丈夫なまでには回復しているようだ。
菜々子に今日は手伝いをしなくても良いからと告げた鏡は、手早く晩ご飯の準備に取り掛かる。
今日の献立は昨日作ったカレーが残っているので、不足気味な野菜をジュネスで買い足して、蒸しサラダを加える。
遼太郎は今日も帰宅が遅くなるそうなので、遼太郎の分の蒸しサラダはレンジで温められる状態にして置いておく。
晩ご飯を食べ終え、使った食器を片付けた鏡は菜々子と早めの入浴を済ませる事にする。
入浴中、自身の身体に違和感を覚えた鏡は、例のモノがそろそろ来る頃だと思い出す。
こればかりは女に生まれた限り逃れられない事とはいえ、どうしても憂鬱に感じてしまう。
鏡は比較的には軽い方なので、薬のお世話になることは希なのだが、今回は念のために薬の使用も考えておかなければならない。
菜々子を寝かし付け、自室でそんな事を考えながら、鏡は今日の事をメールで全員に伝え、明日の放課後にさつきと合う事を報告する。
メールを送信し終えた鏡は布団にはいると、少しでも体調を良くしようと早めに休む事にする。
翌日の放課後。
心配する陽介達に、結果は明日話すからと言って、鏡はさつきとの待ち合わせ場所へと向かう。
待ち合わせ場所は稲羽市が見渡せる高台で、この日は学童保育の子供達がいないので、人の目に付かないのが選んだ理由だ。
鏡が到着するよりも先にさつきは来ていたらしく、鏡の姿に気付いて軽く手を挙げる。
「今日は来てくれてありがとう」
「いえ、断っても素直に諦めてくれるとは思えませんでしたら」
鏡の言葉に、さつきは『ハッキリと言ってくれるなぁ……』と、苦笑いを浮かべる。
前もって調べた通り、目の前の少女は言いたい事はハッキリと言って来る。
これは、相手に主導権を取らせない為なのか、曖昧にするのを良く思わないのか判断が難しいところだ。
さつきはそう考えると、すぐさま今回の自分に対しては前者であると確信する。
理由は簡単だ。
この少女にとって自分は望まざる来訪者だからだ。
そんな相手に主導権を取られないように身構えられるのは当然の事と言えよう。
(ま、それでも幾らでもやりようはあるけどね)
こちらは、そんな相手から話を聞き出す事を生業としている身だ。
たかが高校生の少女に遅れを取る道理が無い。
内心でさつきはそう考えると、鏡から色々と聞き出すべく質問を向けていく。
しかし、さつきの余裕はすぐに失われる事になる。
(……何、この子!?)
りせとの出会いから、どう言った経緯であれほどの信頼を得られたのかを聞き出してはいるが、肝心な事は一切漏らさない。
当たり障りのない程度でなら、十分な理由を持つ受け答えをするが、肝心の部分に差し掛かると上手く躱していく。
不自然な受け答えをするなら、そこから攻め入る隙を見出すのだが、質問に対して立て板に水を流すように答えていく。
搦め手を使った誘導尋問もあっさりと回避して、こちらが本当に聞きたい事柄は何一つ得られない。
「済みません、そろそろ良いですか? 戻って晩ご飯の支度をしないといけませんので」
そう言って、鏡がさつきに質問を終わらせてくれないかと確認を取ってくる。
確かに、結構な時間を使ってしまったので、さつきとしても、これ以上は鏡を引き留める事が出来ない。
「そうね、今日はありがとう。また聞きたい事があれば話を聞かせてくれると嬉しいかな?」
さつきの言葉に、鏡は『都合が付くようでしたら』と、控えめに拒絶の意を示す。
その言葉にさつきは内心、鏡の事を侮りすぎていたと反省する。
「……最後に一つだけ良いかな? あなたの受け答えって、とても高校生の女の子のモノとは思えないのだけど、誰から教わったの?」
「交渉事を仕事にしている両親からですよ」
さつきの質問に鏡はそう答えると、『それでは失礼します』と言って、その場を後にする。
鏡を見送ったさつきは長く溜息を吐くと、空を見上げて苦笑を浮かべる。
(……参ったわね、完全に私の読みが甘かったわ)
見た目と違いかなり強かな鏡の対応に、さつきは自身の見通しの甘さを反省する。
一介の高校生だと思っていた相手にあしらわれたさつきは、次は負けないと妙な対抗意識を燃やす。
ただ、今回の事で解ったこともある。
上手くはぐらかされたが、彼女は自分の知らない別の何かを隠している。
それが何かは見当が付かないが、自身の勘が特ダネである事を告げている。
(何を隠しているかは解らないけれど、尻尾を掴んで暴き出してみせるから!)
そう決意して、さつきは記事をまとめるために宿泊先のホテルへと戻る事にする。
さつきが利用しているのは沖奈市にあるビジネスホテルで、りせが稲羽市に移ってから四回目の利用となる。
今回の件が終われば引き払う予定だったのだが、今暫くは滞在して情報を集める事にしようと、さつきは考える。
翌日になり、雨の降る中ジュネスのフードコートに集まった陽介達は、鏡から先日の件の顛末を聞いていた。
鏡の所感だが、相手はりせの事のみで、“向こう側”に付いては何も知らないと思われた事。
しかし、こちらの態度から何かを隠していると気付かれた可能性が高い事を挙げる。
「一介の高校生相手に誘導尋問まで仕掛ける辺り、かなり執念深い人物と見て良いでしょうね」
鏡から説明を受けた直斗がそう言って、さつきの人物像を評する。
もっとも執念深くなければ、こういったゴシップ記事を発表するような事も無いでしょうがと、直斗は苦笑気味に言葉を続ける。
「確かに直斗の言う通りだな。それで姉御、今後もその人はこっちに関わってくるって考えで良いのか?」
「メインは私だと思うけれど、陽介達にも接触してくる可能性は、否定できないわね」
陽介の質問に答える鏡の顔色が心なしか悪く見える。
その事が気になった陽介が鏡に訊ねると、鏡にしては珍しく答えにくそうな様子を見せている。
「こんバカッ! 女の子に答えづらい質問すんじゃ無いっての!」
鏡の不調の理由に気付いた千枝が陽介の脇腹に肘鉄を決めつつ、『鏡は今、女の子の日なんだから』と、小声で陽介に耳打ちする。
雪子が鏡に大丈夫か訊ねると、今のところはまだ平気だと鏡は答える。
「先輩、今日は無理しないで早めに休んだ方が良いと思う」
鏡を心配したりせがそう言うと、直斗や完二も今日の用件はもう済んでいるので、りせの言う通り休んだ方が良いと同意する。
千枝と雪子も同じ考えらしく、今は無理せずに体調管理に専念すべきだと鏡を窘める。
「それに、天気予報じゃ明日から明後日にかけて雨らしいからな。マヨナカテレビのチェック、忘れないように注意な」
陽介の言葉に皆が頷き、窘められた鏡は言われた通りに、今日は大人しく自宅で休む事にすると告げて帰宅する事にする。
りせが心配だからと言って、鏡を家まで送ると付き添っていく。
「また週刊誌にスクープされたりしないだろうな?」
「流石に昨日今日の事ですから、大丈夫だと思いますよ」
二人がフードコートを後にしてから陽介が心配そうに呟くと、直斗が答える。
実際の所、体調の悪い鏡に付き添っている姿は週刊誌に載せるにはインパクトに欠けるという思惑もある。
陽介達はマヨナカテレビのチェックと、説明を受けた特徴を頼りにさつきが接触してきた時には注意する事で意見を一致させる。
「マヨナカテレビ、誰も映らなければ良いのにね」
不安そうに呟く雪子に、陽介達も同じ思いを抱く。
鏡を送る道中、りせはずっと深刻そうな表情を見せていた。
その姿に鏡が声を掛けようとするよりも早く、りせが鏡の方へと視線を向ける。
「お姉ちゃん、私のせいで迷惑をかけて、本当にごめんね……」
「りせちゃんのせいじゃ無いから気にしないで」
落ち込んでいるりせを安心させようと、鏡は笑顔を見せる。
今回、週刊誌にスクープされた事がたまたま月経と重なっただけなのだ。
間が悪かったとしか言いようのない状況で、りせに非がある訳では全く無い。
「さっき薬局に寄って薬も買ってきたし、あまりに酷いようなら薬をちゃんと服用するから」
鏡の言葉に、りせは自分が気遣わなければならないのに、鏡から逆に気遣われた事に恥ずかしくなり顔を赤らめる。
「私がお姉ちゃんを気遣わなくちゃ駄目なのに、逆に気遣ってもらっちゃって……駄目だな、私」
「私はりせちゃんのお姉ちゃんだからね」
りせの呟きに、鏡が表情を綻ばせて答える。
「もう……こんな時くらいは妹を頼ってくれても良いのに。お姉ちゃん、人が良すぎだよ」
鏡の言葉にりせがようやく笑顔を見せると、鏡は『りせちゃんは笑顔でいるのが一番だよ』と答える。
「私はアイドルを辞めたつもりだけど、世間から見た私は、今でもアイドルの“りせちー”なんだよね」
真顔になったりせがそんな事を呟く。
今回の一件で、りせは自分とアイドル“りせちー”は切っても切り離せない関係なのだと改めて認識する。
「どんな顔を持っていても、それは全てりせちゃんの一部だからね」
鏡の言葉にりせは頷く。
本当の自分を見失い、アイドルを辞めた自分。
アイドルだった自分もまた、本当の自分なのだど気付かされた。
今はまだ、事件を解決する事が最優先なので、アイドルとしての自分とどう向き合うのか、答えを出すのは保留にしている。
しかし、いつかはその答えを決めなければならない事に、りせは気付いている。
「アイドルとしての自分とどう向き合うのか、今はまだ決められないけど、きっと答えは出してみせるから」
我は汝……、汝は我……
汝、絆の力を深めたり……
絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり
汝、“恋愛”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん
りせの決意を聞いた鏡の脳裏に、いつもの声が響く。
鏡はりせの決意にどんな答えを出しても、自分はりせを応援するからと話すと、りせは嬉しそうな笑顔を向ける。
「それじゃ、お姉ちゃん。また明日、学校でね」
そう言って、鏡を自宅まで送り届けたりせが帰って行く。
菜々子がせっかく来てくれたのにと残念がったが、店に戻ってシズの手伝いをするからまた今度ねと、りせが菜々子と約束する。
手伝いの大切さを知っている菜々子はそれ言葉に我が儘は言わず、りせとの約束を楽しみにしていると笑顔を見せてりせを見送った。
体調があまり良くないので、今日の晩ご飯は昨日の残り物で済ませることにする。
幸い、カレーはまだ残っているので足りないという事は無い。
菜々子もカレーは好物なので、嬉しそうに晩ご飯を食べている。
晩ご飯を食べ終え、鏡を気遣った菜々子が食器を片付けると、いつものように菜々子とお風呂に入る。
ただ、出血が気になるので、鏡は少し温度を高めにしたシャワーで入浴を済ませ菜々子より先に上がる事にする。
いつもなら問題はないのだが、今回はどうにも重いようだ。
翌日になって鏡の体調は悪くなる一方で、学校での授業もかなり辛い状態で受ける事となった。
あまりの鏡の様子に千枝と雪子が心配して、今日のマヨナカテレビのチェックはせずに、早く休むように勧める。
鏡も自身の体調から二人の意見に従うべきだと思ったので、確認は千枝達に任せると告げると、鏡は早く下校する事にする。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
帰宅した鏡を出迎えた菜々子が、心配そうに訊ねてくる。
菜々子を安心させるために大丈夫だと答えたい所だが、流石に今の体調では無理そうだ。
鏡は仕方なく後で薬を飲むからと、体調が思わしくない事を正直に話す。
「だったら、今日の晩ご飯は菜々子が作るから、お姉ちゃんは休んでいてね」
そう言って、菜々子は残り少なくなったカレーを使い、手軽なカレーうどんを作る事にする。
今日は気温が低く寒いので、身体が温まるものとして献立を考えたようだ。
菜々子の気遣いに、鏡は胸が内が暖かくなるのを感じる。
食事中、遼太郎から仕事の都合で帰宅が明日になるという連絡があり、戸締まりには気をつけるようにと言って通話を終える。
「お姉ちゃん、コタツ出そっか? 寒かったら出しなさいって、お父さん言ってた。あったかいよ!」
菜々子の言葉に鏡は頷くと、押し入れからコタツをだして準備をする。
「スイッチ、いれるよ」
準備が出来、二人でコタツに入ってから嬉しそうに菜々子がそう言ってスイッチを入れる。
しかし、スイッチを入れても反応が無く、どうやら故障しているようだ。
「今度ジュネスに新しいのを買いに行こうか?」
ガッカリする菜々子に鏡がそう言うと、菜々子は途端に嬉しそうな表情になり、今度の休みの日に買いに行こうとはしゃぐ。
菜々子と約束を交わした鏡は今日もシャワーだけで入浴を済ませると、早々に休む事にする。
――翌日
先日のマヨナカテレビに人影が映ってしまった事で、陽介は鏡達と相談しなければならないと急ぎ学校へと登校する。
教室に到着すると、千枝と雪子が先に来ていたようで二人で話し込んでいる。
「おはようさん。姉御はまだ来てないのか?」
鏡の姿が見えない事に陽介が千枝に訊ねると、体調が良くなく今日は欠席すると連絡があった事を伝える。
「姉御、大丈夫なのか?」
「今回は特に酷いようだから、ひょっとすると明日も欠席するかも知れないわね」
心配する陽介に雪子が答える。
「そうか……仕方無い、今回は俺達だけで相談して、姉御にはメールで連絡するか」
そう言って陽介は放課後にジュネスのフードコートで話し合おうと提案する。
今日も雨が降っているため、校舎の屋上では相談が出来ないので、陽介の提案に千枝と雪子は同意する。
放課後になってジュネスのフードコートに集まった陽介達に遅れて、休憩時間に入ったクマが合流する。
「マヨナカテレビ……皆さんに言われて、僕も見てみました。探偵業の僕が、まさかこんな“迷信”に目を凝らす日が来るとは……驚きです」
そう言って、直斗はマヨナカテレビに人影が映った事に当惑している様子を見せる。
「あれ、誰だか分かったって人、居る?」
直斗の言葉を引き継いで陽介が皆に訊ねると、皆は首を左右に振り分からない事を伝える。
画像がぼやけていて、辛うじて人影が映っているのが解る程度だったのだ。それで個人を特定しろと言うのが無理な話である。
「誰か、最近テレビに出て地元で有名になった人は?」
雪子の疑問に直斗がすぐには思い当たらないと断った上で、政治家が一人、霧から来る風説を諫めるために稲羽市に来た事を挙げる。
「けれど、可能性は低いでしょう。第一、すぐに中央に帰りましたし……」
そう言って直斗は自身が挙げた人物を、条件に合う人物から除外する。
直斗達が話している傍らで、今日は着ぐるみ姿をしているクマが唸っている。
「そう言やお前、昨日は売り場のベッドで爆眠した罪で、深夜棚卸しの系だったっけか」
クマの様子に気付いた陽介がそう言って、売り場のテレビでちゃんとチェックしたのか確認する。
陽介の質問にクマは憤慨すると、ちゃんと確認したと反論する。
「クマが見るに……映った人、二人いなかった?」
クマの言葉に皆が首を傾げる。
画像はぼやけていたが、人影は一人だった筈だ。
「それ、クマの気のせいか寝オチじゃないの?」
千枝はそう言ってクマの言葉を否定すると、向こう側に人が居るかをクマに確認する。
その質問にクマはまだ誰も向こう側に来てない事を告げる。
「もう一晩、様子を見るしか無いかも」
クマの言葉にりせがそう呟くと、現状はそれしかない事に陽介が気落ちした様子で同意する。
幸いと言うべきか、雨は今日の夜まで降り続くみたいなので、今夜も忘れずにチェックするように指示する。
陽介の言葉に皆が頷くと、今日はこの辺で解散する事にする。
遼太郎が仕事から帰宅して郵便受けを確認すると、差出人不明の鏡宛の手紙を発見した。
以前に届いた脅迫状と同じ物だと確信した遼太郎は、鏡と中身を確認するために家へとはいる。
「ねー、お父さん。コタツ壊れてて、お姉ちゃんとジュネスに買いに行っていい?」
遼太郎を出迎えた菜々子がそう訊ねてくると、遼太郎は最近は気候も不安定なため買い出しは二人に任せると許可を出す。
「……鏡? 調子が悪そうだが、どこか具合が悪いのか?」
手紙の件を鏡に伝えようとして、鏡の様子がおかしい事に気付いた遼太郎が訊ねる。
「……実は、月経で調子があまり良くなくて、さっき薬を飲んだところです」
鏡の説明に遼太郎は心配そうな表情を見せると、手にした手紙を鏡に手渡す。
「調子の悪いところ済まないが、お前宛の手紙だ。おそらく、前に届いたヤツと同じ物だと思うが……」
遼太郎から手紙を受け取った鏡が中身を確認すると、以前と同じくたった一文のみが記されていた。
――コンドコソ ヤメナイト ダイジナヒトガ イレラレテ コロサレルヨ
遼太郎の予想通り、それは第二の脅迫状だった。
「何も出ないと思うが、これからこの手紙を鑑識に持っていこうと思う。すまんが、借りていって良いか?」
遼太郎の確認に鏡は頷くと、封筒を遼太郎へと渡す。
鏡から受け取った封筒に手紙をしまった遼太郎は二人に戸締まりをしっかりするように伝えると、急いで鑑識課へと向かう。
車に乗り込み、携帯電話を取り出した遼太郎は市原に連絡を入れると車を発車させ稲羽署へと向かう。
雨の降る中、直斗がタクシーで堂島家へと向かう。
――先ほど見たマヨナカテレビ。
鮮明に画面に映っていた人物の姿に、動揺を隠しきれない。
『何でマヨナカテレビに、鏡と菜々子ちゃんが映っているのよ! 二人ともテレビに出たりしてないのに!』
タクシー内で直斗と通話している千枝が焦った様子で話す。
「いいえ……鏡さんはともかく、菜々子ちゃんは出てたんです。視覚的にじゃなく……“言葉”の中に」
直斗の言葉に、千枝が驚く。
驚く千枝に直斗は政治家が学校訪問に来た事が何度かニュースに取り上げられた事を挙げ、その中で彼が褒めた生徒の事を挙げる。
報道される度に匿名のまま、知名度だけが上がっていった生徒。
それが菜々子であると。
興味に反応した新聞が、今日の夕刊に写真と実名インタビューを大きく出している事も一緒に告げる。
「それと、覚えていますか? 菜々子ちゃんが子供服のモデルをやった新聞広告の事」
『……まさか!?』
「そうです。あの頃から菜々子ちゃんは噂になっていたんです。特徴的な鏡さんと一緒に、ジュネスで買い物をしている姿は有名ですし」
当人は知らない事だが、鏡と菜々子は仲の良い姉妹として広く知られていたのだ。
そして、この間の週刊誌の一件で鏡までも注目を集める事となった。
『そんな……』
「もっと早くに気付けば良かった……絵で出ていないものはテレビに出ていないと、すっかり思い込んでいた……」
『どうしよう……鏡とも連絡が付かないんでしょ!?』
「僕がこれから行って、二人の無事を確かめます!」
そう言って千枝との通話を終えると、直斗は逸る気持ちを抑え、二人が無事である事を願うのだった。
2012年06月16日 初投稿