――――脅迫状が来て以降、犯人からの動きはない
試験を終えて、周りは文化祭の話題で溢れている
気を張り続けるのも問題なので
今は気持ちを切り替えて、文化祭を楽しむべきなのだろう……
試験を終えた週末。
鏡達のクラスは文化祭の出し物を決めるべく、それぞれが意見を出し合っている。
「最後、えっと……“合コン喫茶”」
主な案は“休憩所”など、何もしない事が前提の案が多く、全体的にやる気のなさが露呈している。
その中で唯一、出し物としてはまともと思われる“喫茶店”の後に読み上げられたのが“合コン喫茶”だった。
「おいおい、誰だ提案したの? 里中あたり?」
クラスがざわめく中、陽介が戯けた様子で千枝に訊ねる。
陽介の言葉に千枝は間髪入れずに否定すると、雪子が千枝に“合コン喫茶”って何と、不思議そうに聞いている。
千枝は雪子の質問に、自身も知らないが誰も投票しないでしょ、と返す。
「そうそう、あくまでネタネタ。一個キワモノを混ぜとくのって、お約束じゃん?」
「アンタかよ!?」
二人のやりとりを聞いていた陽介が、自身が提案した事を明かす発言をして、千枝に睨み付けられる。
千枝の睨みにもどこ吹く風といった様子の陽介だったが、鏡に声を掛けられた瞬間、その表情が僅かに強ばった。
「陽介。一つ確認したいのだけど、合コン喫茶が選ばれた場合の、具体的なプランは当然、考えてあるんでしょうね?」
「え? 具体的なプランって……誰もこんなキワモノに、票なんか入れるワケ無いって」
陽介の返事を聞いた鏡は、やはりといった表情になると、陽介に冷たい視線を向ける。
睨み付けるような冷たい視線に、陽介が冷や汗を流す。
「つまり、無責任にも単なる思いつきで案を出したと言う訳ね……」
「ちょっ!? 無責任って姉御……」
鏡の指摘に、陽介が狼狽えて反論しようとするも、鏡から『プラン無しの案を出して、無責任と言わずに何というの?』と切り捨てられる。
流石の陽介も、その指摘には反論する事が出来ず、気まずそうな表情で視線を泳がせる。
反論できない陽介を前に、鏡は我ながら堅苦しい言い方しか出来ないなと思う。
鏡は本気で怒ると感情的にならず、淡々と正論で相手を言い負かせようとする傾向が強い。
千枝のように素直に感情を表す事が出来ればとは思うが、育った環境のせいもあって、それも難しい。
「それに私は、今年一年しかここには居られないのだから、皆と一緒に何かをした思い出が欲しいのよ」
そんな事を考えつつ発した発言に、クラス全員が鏡の事情を思い出す。
千枝や雪子達と居る事が多いが、他のクラスメイトメイトとも交友関係を結んでいる。
クラスメイトの中には、鏡に頼み事を引き受けてもらっている者も多く、同性のクラスメイトからは、お姉さんの様に慕われている。
男子生徒達にも分け隔て無く接しており、この間の体育祭で従妹の菜々子と接する姿を見て、ファンになった者も少なからず居る。
もっとも、雪子や千枝と比べると、鏡は女生徒達の方に人気があるようだ。
「そういや姉御は、今年一年だけだったんだよな……」
その事実を思い出し、陽介がバツの悪そうな表情で呟く。
自身と違い、来年には転校してしまう鏡にとっては、何気ない日常も大切な思い出になるのだろう。
「それじゃ、喫茶店の案を出したのは鏡なの?」
千枝の質問に鏡は『そうよ』と答えると、調理は普段からやっているし、お菓子も作れるからと説明する。
鏡の説明に、雪子が菜々子の誕生日で食べた鏡の作ったケーキは美味しかったと話すと、一部のクラスメイト達に動揺が走る。
「静かに! それじゃ、投票用紙を回すから一個だけ書き込んでね」
ホームルームを進行している女子クラス委員がそう言うと、男子クラス委員が投票用紙を配っていく。
投票用紙が行き渡ると、それぞれが挙げられた出し物の内、やりたいモノを書き込んでいく。
書き込まれた投票用紙を回収して、クラス委員が開票作業を行う。
開票の結果、ネタに走って合コン喫茶に票を入れた者が多数居たが、僅差で出し物は喫茶店に決まった。
「オイオイ……合コン喫茶との差が一票って……マジでやばかった」
開票結果に戦々恐々としていた陽介が、冷や汗を流しながら呟く。
先ほど、鏡に指摘された時にも答えたとおり、陽介は合コン喫茶について何もプランを考えていなかったのだ。
もし合コン喫茶が選ばれていたらと思うと、陽介の胃がキリキリと痛む。
「良かったね、花村。合コン喫茶にならなくて。選ばれていたら、アンタを責任者にして仕切ってもらおうと思ってたのに」
「何で俺が仕切んなきゃなんねぇんだよ!」
「アンタが言い出しっぺだからでしょうが!!」
冷ややかな視線を向けてそう話す千枝に、陽介が激しく反論するも、それ以上の剣幕で千枝に言い返される。
その剣幕に押された陽介は、鏡からも『因果応報』と追い討ちをかけられ、言葉を詰まらせる。
「ま、花村が、『口を開けばガッカリ王子』って言われるのも納得だわ……」
そんな陽介の様子を見て、千枝が呆れたように呟く。
陽介は整った容姿をしているにも拘わらず、その言動から『ガッカリ王子』と揶揄されているのは周知の事実だ。
言われている当人は反論したい所だが、何度も軽率な行動を取っているために反論の余地がない。
「私も軽率な行動は控えてって、何度も陽介に言ったよね?」
鏡の指摘が事実なだけに、陽介はぐうの音も出ない。
「はいはい、私語は慎んで。それじゃ、開票結果で喫茶店になりましたので、提案した神楽さんに、陣頭指揮をお願いしても良いかな?」
クラス委員の言葉に鏡は頷くと、まず初めに、調理が出来る人がどれだけ居るかを確認する。
それと合わせ、接客の経験者も何名いるのかを確認する。
「普段から調理をしているのは、私とあいかを含めて五名か……」
確認の結果、普段から日常的に調理をしているのは鏡を含めた五名。
接客経験者は、家業が中華料理店のあいかと、天城屋旅館の次期女将である雪子。
そして、ジュネスでバイトリーダーをしている陽介と、陽介の手伝いをした事のある鏡と千枝を含めた十名だった。
「あいかはお菓子作りの経験は?」
「ん~、だいじょ~うぶ」
鏡の質問に、あいかは表情を変えずにそう返す。
独特のイントネーションで会話をするあいかは、口数が少ない無口な女生徒だ。
しかし、仕事に対する姿勢は真摯でプロ意識を持っており、実家の中華料理店“愛屋“でも、看板娘として評判が高い。
鏡は他のクラスメイト達にも確認を取ると、お菓子作りの方を主にしている者が多い事が判った。
それらの結果を踏まえて、調理と接客を主に担当する責任者を決め、経験のないクラスメイト達に指示を出して行く方針にする。
一部のクラスメイト達は面倒だと難色を示したが、それぞれが文化祭を楽しめるように、作業と休息時間を明確決めていく。
「それじゃ、後は文化祭で出すメニューを各自で考えてきて、週明けにメニューを決めましょうか」
営業面の指針を決めると、次は内装を決めていく。
こちらの方は凝った物ではなく、準備が容易に出来る事を第一に決められていく。
飾り付けの折り紙でリングを作り、それを数珠繋ぎにした物や、客席として使う机の上にテーブルクロスを掛ける事などが決められていく。
机の上にテーブルクロスだけだと少し寂しいので、手作りのメニューカードとメニュー立ても用意しようという案も出てくる。
必要になりそうな材料を挙げ、それらの買い出しも週明けにおこなう事にする。
「取り敢えず、必要そうなのはこれくらいかな? 買い出しの時は、領収書を切ってもらって来る事を忘れずに」
必要と思われる材料の書かれたメモを確認し、女子クラス委員が鏡にそう告げる。
取り敢えずの方針も決まり、本格的な作業は週明けになってからと言う事でホームルームは終了する。
放課後になり、いつものように鏡はジュネスへと食材の買い出しへと向かう。
途中、待ち合わせをしてた菜々子と合流すると、二人は今日の晩ご飯の献立を話し合いながら、雨の中ジュネスへと向かう。
雨が降る影響で気温が下がっているため、今日の献立は鍋料理にしようと決める。
ジュネスに到着した鏡達が食材売り場に行くと、鍋料理の特設コーナーが設けられているのを発見した。
色々な種類の鍋料理が紹介される中、女性に人気と謳われたトマト鍋という珍しい物を見付ける。
「お姉ちゃん、トマト鍋だって!」
菜々子もトマト鍋に気付いたらしく、鏡の手を引きトマト鍋を指差す。
鏡も興味があったので、菜々子と共にトマト鍋のコーナーへと移動する。
「あら、いらっしゃい。今日はお鍋?」
二人にそう言って声を掛けてきたのは、食材売り場を任されている年配の女性で、鏡達とは顔馴染みである。
「坂井さん、こんにちは。今日は特設コーナーの担当ですか?」
女性に菜々子と共に挨拶をした鏡がそう訊ねる。
鏡から坂井と呼ばれた女性は、表情を綻ばせると『そうなのよ』と楽しそうに話す。
坂井はジュネスがオープンしてからのスタッフで、陽介やクマも『おばちゃん』と呼んで慕っている人物だ。
栄養士の資格を持っており、鏡もよく食材選びなどでお世話になっている。
坂井も買い物に良く来る鏡達の事を実の娘のように思っており、特に鏡のお手伝いをする菜々子の事を可愛がっている。
菜々子も坂井に懐いており、菜々子にとってはお母さんみたいな相手なのかも知れない。
「最近、トマト鍋がブームになっていてね、ジュネスでも宣伝してみる事になったのよ」
坂井の説明によると、トマトは女性にとって嬉しい要素が多い食材で、健康と美容に良いそうだ。
その説明を裏付けるように、トマト鍋のコーナーには若い女性客の姿が多く見られる。
トマト鍋はシメにパスタを入れても良いし、米を入れてリゾット風にも出来ると坂井は話す。
「スープは出来合いのもあるけれど、鏡ちゃんなら自分で作った方が良いかも知れないわね」
そう言って、坂井は鏡に市販のホールトマトを使うも良し、完熟トマトからトマトピューレを作って使うも良しとアドバイスする。
坂井の薦めもあり、鏡達はトマト鍋を作ってみる事にする。
材料も坂井から教えてもらい、買い物カゴへと入れていく。
選んでもらった具材は、鶏もも肉、ホタテ、エビ、イカに、キャベツ、玉ねぎ、カボチャ、しめじ、えのき。
豆腐を入れても美味しいと言われたので、帰りに丸久豆腐店に寄る事にする。
「二人とも、外は雨だから気をつけて帰るのよ」
坂井に見送られ、鏡達はジュネスを後にして丸久豆腐店へと向かう。
稲羽中央通り商店街に着くと、雨の影響かうっすらと霧がかかって視界が少し悪く、鏡は菜々子に自分から離れないように注意する。
鏡の言葉に菜々子は頷くと、車に注意しながら鏡の後を付いていく。
「鏡ちゃん、菜々子ちゃん、いらっしゃい」
「あ、二人とも買い物帰りなんだ?」
丸久豆腐店に着いた二人をシズとりせが出迎える。
りせは二人がジュネスの買い物袋を持っている事に気付くと、そう言って今日の献立は何かを訊ねる。
鏡からトマト鍋を作る事を聞いたりせは、話題になっている事を知っていたらしく、シズに今度ウチでもやってみようかと提案する。
「それで、トマト鍋の具材に木綿豆腐を二丁頂けますか」
「木綿豆腐だね。りせ、お会計の方お願いね」
鏡から注文を受けたシズが木綿豆腐を用意する間に、りせが鏡からお代をもらい、お釣りを渡す。
「はい、鏡ちゃん。木綿豆腐二丁ね。外は雨の上に霧が出ているようだから、車には気をつけて帰るんだよ」
「先輩、また週明けに学校でね。菜々子ちゃんも、またね」
シズ達に挨拶をして丸久豆腐店を後にした二人は、稲羽中央通り商店街の北側へと移動する。
「あ、たける君とのぞみちゃんだ」
愛屋の前にいる少年と少女を見て、菜々子が声を上げ、その声に気付いたのか、少年が鏡達へと視線を向けてくる。
「鏡姉ちゃんに、堂島?」
少年は見覚えのある相手で、同じテニス部に所属する紫の弟、武だった。
一緒に居る少女とは面識が無いが、ここの所、武と一緒に居る姿をよく見掛けている。
「こんにちは、武君。何をしているの?」
鏡の質問に武は、一緒に居る少女が家に帰ろうとしないから傍に付いているのだと答える。
「武ちゃん、霧っておもしろいよね。なーんにも見えなくなってて」
菜々子に“のぞみ”と呼ばれた少女は、ぼんやりとした雰囲気で、鏡達の事を気にする事なく武に話し掛ける。
「なーんにも見えない、見えない……それって、ちょっといいな」
「あのな……車とか危ないから、よくないだろう」
のぞみの言葉に反論する武に鏡も同意すると、目線をのぞみに合わせて、交通事故に遭ったら大変だからと優しく諭す。
その言葉にのぞみは不思議そうな表情を見せると、すぐさま鏡を探るような目でじっと見てくる。
「お姉さんも武ちゃんと同じように、私がしんぱい?」
その言葉に鏡は頷くと、菜々子も心配する事をのぞみに告げる。
のぞみはその言葉を聞いた後も鏡の事をじっと見つめている。
「お姉さんは、いい人だね」
そう言うと、のぞみは鏡に向けて柔らかい笑みを見せる。
どことなく儚げに見える笑みが気になるも、のぞみが『今日は帰る』と言い、武が送っていくと言ったので、二人と別れる事にする。
武達を見送った鏡達も霧の中、車に気をつけながら家路につく。
帰ってきた鏡達は買い物袋をテーブルの上に置くと、霧の中を歩いて冷えた身体を温めるために、先に入浴する事にする。
菜々子と二人、お風呂でよく温まった鏡達がお風呂から上がると、時間は頃よく夕方になっていた。
坂井にもらったレシピを頼りに、鏡は菜々子と一緒に調理を始めていく。
スープ作りは鏡が担当して、菜々子は具材の下準備を行う。
鏡は坂井の薦めもあり、トマトピューレから作り始める事にする。
ざく切りにした完熟トマトを土鍋に入れ、水を入れずにそのまま火にかける。
加熱されていく内にトマトから水気が出てくるので、木べらでトマトを潰していき、さらに水気を出していく。
ある程度トマトが煮くずれしてきたら、裏ごし器で皮と種を取り除き、再び土鍋に戻してさらに煮詰める。
軽く塩を振り味を付け、スープの元となるトマトピューレが完成する。
鶏肉をオリーブオイルとガーリックで表面に軽く火を通すと、トマトピューレの入っている土鍋へと移す。
そこに、水と固形コンソメをいれて加熱していき沸騰してきたらアクを取り、酒、トマトケチャップ、しょうゆを加えて味を調える。
スープが出来上がる頃になると遼太郎も帰宅したので、ちゃぶ台に卓上コンロを用意し、土鍋をそちらに移す。
「今日は鍋か」
ちゃぶ台に置かれたコンロと土鍋に気付いた遼太郎がそう零す。
遼太郎の言葉に鏡が『今日は冷えますから』と答え、菜々子が手を洗って座るように促す。
手を洗ってきた遼太郎が座るのを待って、鏡が火の通りにくい具材から土鍋に入れていく。
初めて見るトマト鍋に遼太郎が驚きの声を上げると、鏡が坂井から聞いた話を遼太郎へと聞かせる。
鏡の説明に遼太郎はなるほどと頷き、鍋が出来上がるのを興味深く見ている。
「こういう、洋風の鍋というのも悪くないもんだな」
初めて食べたトマト鍋に対して、遼太郎がそう感想を述べる。
遼太郎には味付けが若干甘く感じるが、菜々子には好評で美味しそうに食べている。
もっとも、鏡がトウガラシを用意していたので、それを加えて自分好みの味に調整している。
「ウインナーを入れても良かったかもね」
鏡の言葉に、菜々子が今度またトマト鍋を作るときは入れて欲しいとお願いする。
菜々子のリクエストに鏡は笑顔で頷くと、他にも使えそうな具材を考えておくねと答える。
残ったスープは必要な分だけ土鍋に残し、余った分は明日の昼食でスープスパゲティにするため、容器に移す。
土鍋に残したスープにご飯を入れ、リゾット風に仕上げて残さず食べ終える。
初めて作った割に皆からの評価が良かったので、寒さが本格的になった頃にまた作ろうと鏡は考える。
食事を終え、使った食器を洗って片付けると、食後のお茶を飲みながらのんびりと過ごす。
いつもなら入浴しているのだが、もう済ませているので他愛のない話に花を咲かせている。
「……という訳で、今度の文化祭で喫茶店をやる事になりました」
鏡が今日学校であった事を話すと、菜々子が目を輝かせて自分も遊びに行きたいと話す。
菜々子の言葉に遼太郎が土曜日は仕事だが、日曜日は非番なので連れて行ってやろうと、菜々子と約束する。
文化祭に連れて行って貰えると聞いた菜々子は大喜びすると、遼太郎に絵本を読んでとお願いする。
見ると、菜々子は少し眠たそうにしているので、寝かし付ける事を考えると良い頃合いなのかも知れない。
その事に遼太郎も気付いたのだろう、絵本を読み終えたら眠るように菜々子と約束して寝室へと向かう。
「今日は寒いから、お前も風邪を引かないように早めに休めよ」
「解りました。叔父さん、菜々子ちゃん、お休みなさい」
遼太郎と菜々子も鏡に『お休みなさい』と返して居間を後にする。
鏡は飲み終えた湯飲みを洗い終えてから自室へと戻り、布団に潜り込んでから眠りにつくまでの間、喫茶店で出すメニューを考える。
日持ちや保存を考えるなら、焼き菓子系のお菓子と、軽食はサンドウィッチ辺りが無難なところか?
そんな事を考えながら、鏡は眠りへと付く。
陽介が自室でクラスの出し物である喫茶店の事を考えていると、ふいにクマが声を掛けてくる。
「ヨースケ、ここに書かれている文化祭って何クマか?」
クマの手に持たれているプリント用紙に視線を向けた陽介は、文化祭について簡単に説明する。
陽介の説明を興味深く聞いたクマは、プリントに書かれてある項目を指差して『ミスコンとは何クマか?』と、さらに質問を重ねる。
「ま、ようは一番可愛い女生徒を選ぶコンテストだな」
大雑把にミスコンの事を説明した陽介が、最後にそう言って説明を終える。
陽介のこの一言にクマは興奮しながら鏡達は出るのかと陽介に詰め寄る。
鏡の性格から考えると、参加は難しいだろうなと陽介は考えると、その事をクマに話す。
「え~!? センセイ達、出ないクマか? それは勿体ないクマよ!!」
「お前、ヤケに突っかかるな。何を企んでいるんだ?」
「企むなんて失敬クマね! クマはただセンセイ達の水着審査が見たいだけクマよ!!」
どこまでも自身の欲望に忠実なクマの言動に、陽介は軽い頭痛を覚えるも、そこまで言い切れるクマを羨ましくも思う。
もっとも、自分もそういう風になりたいとは微塵も思わないが。
そんな事を考える陽介に、クマは鏡達は絶対に参加すべきだと力説して、プリントのミスコンの項目に書かれている一文を指差す。
「ヨースケ、ココに他薦でも参加を受け付けるって書いてあるクマ!」
「お、今年は他薦も受け付けるようになったのか……」
クマが指差した一文を読んだ陽介の中で、鏡達全員を推薦しても良いかと考える。
本当に嫌だったら、辞退すれば良いだけの話だ。
「それなら、ちょっくら推薦してみますかね」
陽介の言葉にクマは喜ぶと『センセイ達の水着姿が見られる!』と大喜びする。
「それとな、クマ。ミスコンに水着審査は無いからな?」
「何ですとぉ~!」
陽介の一言にクマはショックを受けると、プリントに書かれている内容に改めて目を通す。
そこには、参加者の自己紹介の後に投票と書かれており、水着審査という文字はどこにも書かれていない。
その事実に愕然としたクマは、ガックリと項垂れるとある一文に目が留まった。
――――ミス八高・女装大会 優勝賞品 『ミス八高コンテスト審査員権』
その一文に気付いたクマが、凄い勢いで陽介に“ミス八高・女装大会”に自分が参加できるかを問いつめる。
あまりの剣幕に圧倒された陽介は、飛び入り参加も可能だった事を説明すると、クマがやる気を見せる。
「って、お前、女装コンテストに出る気かよ!?」
驚く陽介に、クマは自信たっぷりに優勝間違い無しと言い切る。
「ま、確かにお前は“見た目”は良いからな……それ以前に参加者が居ないと思うけどな」
本人が出たいと言っているので、陽介は鏡達の推薦と併せてクマの参加申請もおこなう事を約束する。
この事が、後で手痛いしっぺ返しとなって自身に返ってくるとは、陽介自身、微塵も思わなかったのである。
週が明け、ホームルームで喫茶店に出すメニューや客席のレイアウトなどが決められ、文化祭に向けて活動が本格化する。
喫茶店に出すメニューは、食べ物はクッキーやマフィンケーキなどの常温で保存が可能の物を。
飲物はコーヒーと紅茶が挙げられたが、小さい子供も来場する事を考えて、オレンジジュースも用意する。
これらをセットで提供する事にし、値段も一律にする事で、会計の効率化を図る。
内装などは美術部に所属している生徒がデザインを考え、設営に手間が掛からないように気を配る。
客席は机を四つ並べた状態を一つの客席とし、作業スペースの事も考え五席にする。
順調に作業が進む中、異変が起こったのは、文化祭を二日後に控えた日の事だった。
校舎の屋上に呼び出された陽介が、千枝と雪子に詰め寄られている。
「どういう事か、説明して欲しいんだけどッ!?」
千枝の剣幕に陽介が若干、狼狽えた様子で何の事だと問い返す。
陽介の言葉に千枝は、勝手に自分達をミスコンに参加させた事を問いつめる。
「お、俺じゃねーって! 何で疑いが俺一択なんだよ!?」
千枝の追求に、視線を泳がせながら陽介が反論すると、千枝と雪子が無言で陽介に一歩近付く。
二人のあまりの剣幕に、陽介が嫌なら辞退すれば今ならネタで済むだろうと反論する。
それが出来ないから怒っているんだと叫ぶ千枝の言葉を継いで、今年は柏木の取り仕切りで、辞退は不可能である事を雪子が告げる。
雪子の説明を聞いた陽介が気まずそうに、細かいレギュレーションは見落としていたかもと推薦した事を自白する。
「やっぱオマエじゃんか!!」
陽介が自白した事により、千枝と雪子が陽介に対し、文句の絨毯爆撃を行う。
そんな千枝達に、陽介は雪子達が学校中で人気が出ている事を挙げる。
「その上、“アイドル”に“探偵王子”だぜ? こんな注目ヒロインが全員不参加じゃ、ミスコンあり得ないって! 完二も出て欲しいよな!?」
突然、陽介から話を振られた完二が、自分を巻き込むなと陽介に食って掛かる。
「けど、本音としては出て欲しいだろう?」
「や……そりゃ、どっちかっつうと……その」
陽介が意地悪く完二に聞き返すと、しどろもどろになりながらも完二は陽介の意見に、消極的な賛成の意を示す。
「辞退が出来ないなら、出るしかないよね? 久々に頑張っちゃおうかな。事務所とかは、この際ムシで」
現実問題、辞退が不可能であるために、りせがミスコン参加に前向きな発言をする。
直斗も今でこそ女子の制服を着ているが、男装でいる期間が長かったため、自分が参加する事が場違いに思えているようだ。
そんな直斗の思いをよそに、陽介が自分にイベントへの全員参加を推したのがクマである事を明かす。
「クマ公もグルか……」
「……あのクマ、何とかした方が良いかも」
陽介の暴露に千枝と雪子が不穏な様子を見せる。
そんな中、事の成り行きを黙って見ていた鏡が溜息を一つ付く。
「……陽介。事情は解ったけど、なぜ、当事者の私達に一言の相談もなかったのかな?」
淡々と話し掛けてくる鏡に、陽介は冷や汗をかきながら何とか上手い言い訳を考えるが、考えが纏まらず、説明に窮する。
その様子を見て、鏡はさらに溜息をつくと『今回の対価はちゃんと支払ってもらうからね?』と、意味ありげな言葉を残す。
――――この言葉の意味を、陽介は翌日になって思い知らされる事となる。
翌日になり、掲示板に張り出されていた内容を見た陽介が、血相を変えて教室へと戻ってくる。
同じく掲示板を見た完二も、慌てて二年二組の教室へとやって来た。
「姉御! ありゃ、どういう事だ!」
千枝達と一緒に、喫茶店の飾り付けを作りながら話していた鏡は、血相を変えて教室へと飛び込んできた陽介の言葉に小首を傾げる。
代わりに千枝が陽介にどうしたのか聞いたところ、女装大会に自分達の名前を勝手に書いただろうと抗議してきた。
「昨日、言ったよね? “対価はちゃんと支払ってもらうからね”って」
陽介の抗議に鏡は表情を変える事なく、淡々と答える。
つまり、陽介がやった事をやり返しただけだと言外に語る鏡に、陽介は自身の軽率な行動が招いた結果に愕然となる。
「ちょッ!? 姐さん! 俺は関係無いッスよ!」
巻き添えを喰らった完二が鏡に抗議すると、千枝が横から完二の参加を示唆したのがりせである事を明かした。
理由は、“皆で楽しもうよ”と言い出したからだそうだが、多分に八つ当たりが含まれている事に完二は気が付く。
とは言え、ココで下手に騒いでも事態が好転しないのも事実だ。
「完二君、出席日数とか大丈夫? あまり、先生をがっかりさせない方が、いいと思う」
雪子の何気ない一言に、完二が硬直する。
サラリと脅迫めいた事を言ってくる雪子に対して、完二が僅かに後ずさる。
それを見た雪子がにっこり笑うと、完二に『大丈夫、すっごく綺麗にしてあげる』と甘く囁く。
その言葉に完二はごくりと唾を飲み込むと、本当に綺麗にしてくれるのかと確認を取る。
「保証する」
自信に満ちた声で完二に答えた雪子は、当日を楽しみにしていてねと完二に蠱惑的な笑みを浮かべて話す。
雪子に説得され、出場する気になっている完二を指差し、陽介が『何、出る気になってんだ!』と思い止まらせようと試みる。
「……陽介、良いから出ろ」
剣呑な視線を陽介に向け、声のトーンを一段階落とした鏡が命令する。
その様子から以前、千枝が独断専行して鏡を怒らせた時の事を思い出した陽介は、抵抗するのを諦めた。
これまでも、軽率な行動を鏡から何度も指摘されてきた陽介は、説得するだけの信頼を失っているとも言える。
自身の身から出たサビとはいえ、大きすぎる代償に陽介は項垂れる。
「ま、元々は花村が蒔いた種だからね。今回は大人しく鏡の言うことを聞いた方が良いよ?」
そう言って、千枝が慰めともトドメとも取れる言葉をかける。
そんな一幕もあったが、鏡達は文化祭当日を迎える事となる。
文化祭当日。
全ての準備を終えた鏡達が文化祭開始前の最終確認を取っている。
喫茶店で出すクッキーやマフィンケーキの数を数え、在庫が幾つあるのかを常に把握しておける状態にする。
同様に、クラスメイトが持ち込んだ電子ポットの残量と替えの水の在庫に、飲物の在庫の確認。
陽介や雪子が先導して、やってくるであろうお客に対しての接客の仕方などの最終調整。
内装は美術部有志の手によって、明るい感じに仕上がっており、女性客でも気軽に入れるように工夫されている。
各自シフト表が配られ、それぞれが自分の行動時間の確認に余念がない。
「それじゃ、今日一日がんばって行きましょう」
鏡がそう宣言すると同時に、校内放送が文化再開始の合図を放送する。
文化祭が開始され、暫くすると最初のお客がやってきた。
「鏡先輩! 遊びに来ました!」
どうやら鏡と同じ女子テニス部に所属している一年生のようで、友達を連れて遊びにやってきたようだ。
四人連れの下級生達に笑顔を向け、雪子が席へと案内する。
下級生の少女達はそれぞれ違うセットを頼み、皆で少しずつ交換して食べ比べをするつもりのようだ。
それぞれ、チョコクッキーとバタークッキー、マフィンにカップケーキのセットを注文する。
飲物は全員ミルクティーを頼んでおり、彼女達の席に雪子と鏡がそれぞれ注文した商品を運ぶ。
「あ! コレって以前、鏡先輩が差し入れしてくれたマフィンですよね?」
見覚えのあるマフィンを見付けた少女が鏡に訊ねる。
その質問に鏡は笑顔で頷くと、バタークッキーもそうだと教える。
鏡からの説明に、少女達は早速、鏡が作ったカップケーキとバタークッキーを分け合って、それぞれ口に運ぶ。
一口囓った少女達、ほのかに甘く味付けされたマフィンと、バターの風味がしっかりするクッキーに表情を綻ばせる。
チョコクッキーとカップケーキも好評で、下級生の少女が鏡にまた、部にも差し入れして下さいとリクエストする。
「それじゃ、今度なにか作って持っていくわね」
リクエストに応えた鏡に下級生達から歓声が上がる。
上々の滑り出しに鏡は一つ頷くと、気を抜かず頑張ろうと気持ちを引き締める。
「せ~んぱい!」
昼前になり、忙しさが一段落した所にりせがやって来た。
りせのクラスは創作折り紙の展示を行っており、一時間の受付作業を済ませると、後は自由時間との事。
アイドルであるりせが受付をすると、混雑する事が見込まれたために、一番最初に受付の担当を済ませていたそうだ。
先ほどまでは直斗と一緒に行動していたそうだが、直斗は受付作業の交代にクラスへと戻ったらしい。
鏡も午前中で仕事が一段落するので、りせが鏡と一緒に文化祭を見て回ろうと誘いの来たのだ。
「鏡、ココは大丈夫だから、今日は上がっても良いよ」
クラスメイトからそう言われた鏡は、『後の事はお願いね』と返してりせの元へと向かう。
りせは嬉しそうに鏡の腕を取ると、自身の腕を絡めて嬉しそうな様子を見せる。
鏡とりせが休憩に出掛けた後も客の入りは上々で、残った陽介達もそれぞれの作業に専念する。
客の入りが一段落した辺りで、早紀が独りで二年二組へとやって来た。
「あれ? 小西先輩、一人ッスか?」
早紀の姿にいち早く気付いた陽介が、接客のために早紀の元へとやって来る。
陽介の言葉に早紀は頷くと、自身も先ほど休憩時間に入ったのだと説明する。
「そっか、姉御はりせと休憩に出掛けたから、行き違いになっちまったか……」
「ううん。今日は鏡ちゃんじゃなくて、花ちゃんに用があって来たんだよ」
鏡が不在な事を告げる陽介に、早紀はそう答える。
早紀の言葉に陽介が驚くと、都合が悪くなければ一緒に文化祭を見て回らないかと陽介を誘う。
突然の申し出に陽介は喜ぶと、特に誰かと回る予定は入れてないので是非にと早紀の申し出を受ける。
丁度、陽介も休憩時間に入るので問題はない。
陽介はクラスメイトに休憩に入る事を伝えると、着けていたエプロンを外して休憩を終えて戻ってきたクラスメイトに手渡す。
「それじゃ、小西先輩。行きますか」
陽介の言葉に早紀は頷くと、陽介と並んで歩き出す。
「そう言えば聞いたよ、花ちゃん。鏡ちゃん達を勝手にミスコンに推薦したんだって?」
陽介と並んで歩いていた早紀が思い出したように話し掛ける。
その言葉に陽介は気まずそうな表情を見せると、その報復に女装コンテストに推薦された事を告げる。
落ち込んだ様子で話す陽介に、早紀は『鏡ちゃんらしいなぁ』と笑って感想を述べる。
「先輩、笑い事じゃ無いッスよ……」
「けどさ、それだけで鏡ちゃん達は許してくれたんでしょう? 嫌われて絶交されてた可能性だって、あったんじゃない?」
その言葉に陽介は、言われてみると確かにその可能性もあったなと考える。
表情を変えた陽介に、早紀が今回の件を引き合いに出して、嫌な事をされた女の子が取りそうな報復の可能性を挙げていく。
「一番最悪な報復は、花ちゃんのやった事を言いふらして、女子全員から嫌われるように仕向ける事かな……」
今回の様な同じくコンテストに推薦する他に、絶交や無視を挙げ、一番最悪な報復として、周りから孤立させる可能性を指摘する。
アイドルであるりせや探偵王子と呼ばれる直斗なら、噂を広める事など造作もない事だろう。
その上、鏡がその気になればジュネスの親しくしている面々にも、陽介の悪評を広める事が可能だ。
ただでさえ稲羽市では噂話が早まるのが早いのだ。
そんな事にでもなろうものなら、ジュネスの事で色々と言われている以上に居心地が悪くなってしまう。
早紀の言葉から、そんな未来予想をした陽介の背筋に嫌な汗が流れる。
「まぁ、鏡ちゃん達はそこまでやるほど陰湿じゃないから大丈夫だけど、花ちゃんも自分の行動には気をつけた方が良いよ?」
「面目次第もありません……」
早紀の言葉に陽介が項垂れて答える。
今さらながらに、自分の起こした行動が危険を孕んでいた事に気付かされる。
鏡が何度も自分に軽率な行動を取るなと言った意味を、陽介は実感する。
「その様子だと、花ちゃんも反省しているようだから大丈夫だと思うけど、ちゃんと謝っておいた方がいいよ」
「そッスね。折を見て姉御達にはちゃんと謝っておきます」
陽介の言葉に早紀は満足そうに頷くと、気分を変えて文化祭を楽しもうと陽介に笑いかける。
早紀の笑顔に陽介は顔を赤くすると、早紀に引っ張られるようにして文化祭の出し物を見て回る。
校内の出し物を一通り見て回った後で、出店でクレープを買って食べたりと、一見するとデートの様だ。
そんな事を考えた陽介は、早紀は自分の事を弟の様に見ているだけで、そんな気は無いだろうと自ら否定する。
「花ちゃん、私と一緒じゃ楽しくない? やっぱり、鏡ちゃん達と一緒の方が良い?」
陽介の考えを見透かしたように早紀が訊ねてくる。
その言葉に陽介は慌てて首を振ると、すごく楽しいですと力一杯答える。
陽介の言葉に早紀は微笑むと『良かった』と、安心した様子を見せる。
「それじゃ今度、一緒にどこかへ遊びに行こうか?」
「え……!? それって……?」
顔を赤くして聞き返してくる陽介に、早紀が頬を染めて『うん、デートしよっか』と、恥ずかしそうに答える。
早紀からのデートのお誘いに、陽介は自分が夢を見ているんじゃ無いのだろうかと自身の頬を抓る。
抓った頬から伝わる痛みが、これは夢ではないと陽介に告げると、陽介は大喜びして申し出を受ける事にする。
その喜びようは周りから注目されるほどで、自分達が注目の的になった事に気付いた陽介は慌てて何事もなかったフリをする。
「……花ちゃん、喜んでくれるのは嬉しいけれど、そんなに騒がれると、ちょっと恥ずかしいよ」
「……すんません」
早紀の言葉に陽介が気まずそうに謝る。
陽介の謝罪に早紀は首を振ると、このままだと注目されたままなので、場所を移動する事にする。
人通りの少ない場所へと移動した陽介達は、買ってきた飲物で喉を潤す。
気持ちを落ち着けた二人は改めて、互いの都合が付いた時にデートをしようと約束する。
「そう言えば、明日のミスコン見に行くからね」
「出来れば見られたく無いですけどね……」
戯けたように話す早紀に陽介が引きつった笑みを浮かべてそう答える。
それは、早紀が気恥ずかしさを隠すために言った言葉なのだろうが、陽介としては出来れば忘れていたい内容だ。
早紀とデートが出来る事は嬉しいのだが、明日の女装コンテストを思うと喜び半分、困惑半分と言ったところか。
とはいえ、春先に早紀と交わした約束は叶わなかったが、今度こそはと陽介は思う。
その為にも、犯人を一刻も早く見つけ出して事件を解決しなければと、陽介は気持ちを引き締めるのであった。
――次回予告――
文化祭も二日目を迎え
一番の目玉イベントに注目が集まる
その前に行われる前座イベント
――ミス八高・女装大会
自身が招いた結果に、少年の表情は曇る
次回、PERSONA4 PORTABLE~If the world~
陽介の文化祭 後編
――それは、忘却したい記憶の欠片――
2012年11月06日 初投稿