<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.26454の一覧
[0] PERSONA4 PORTABLE~If the world~ (もしも番長が女だったら?) ペルソナ4再構成[葵鏡](2015/04/15 09:13)
[1] 【習作】PERSONA4 PORTABLE~If the world~[葵鏡](2014/06/27 00:21)
[2] 転校生[葵鏡](2014/07/22 03:57)
[3] マヨナカテレビ[葵鏡](2014/06/27 00:23)
[4] もう一人の自分[葵鏡](2011/04/15 22:00)
[5] ベルベットルーム[葵鏡](2014/06/27 00:24)
[6] 雪子姫の城[葵鏡](2014/06/27 00:25)
[7] 秘めた思い[葵鏡](2011/06/04 08:51)
[8] 秘めた思い 【千枝】[葵鏡](2012/08/06 08:13)
[9] 籠の鳥 【前編】[葵鏡](2011/06/04 08:52)
[10] 籠の鳥 【後編】[葵鏡](2011/06/04 08:54)
[11] コミュニティ[葵鏡](2011/04/16 16:45)
[12] 【幕間】 菜々子の調理道具[葵鏡](2011/05/20 15:14)
[13] ゴールデンウィーク[葵鏡](2011/04/22 15:50)
[14] 迷走[葵鏡](2011/04/29 10:02)
[15] 熱気立つ大浴場[葵鏡](2011/06/14 22:12)
[16] 男らしさ、女らしさ[葵鏡](2011/05/10 18:55)
[17] 林間学校[葵鏡](2011/05/14 17:33)
[18] 虚構と偶像[葵鏡](2011/05/26 16:13)
[19] 特出し劇場丸久座[葵鏡](2011/06/11 01:37)
[20] 覚醒する力と新たな目覚め[葵鏡](2014/07/10 01:05)
[21] 齟齬と違和感  6月22日 お知らせ追加[葵鏡](2011/06/22 09:39)
[22] 思いがけない進展[葵鏡](2011/06/26 09:41)
[23] ボイドクエスト[葵鏡](2011/07/13 02:24)
[24] ひとまずの解決[葵鏡](2011/07/19 20:52)
[25] 探偵の憂鬱[葵鏡](2011/07/31 10:07)
[26] 三人目の転校生[葵鏡](2011/08/14 09:27)
[27] 修学旅行[葵鏡](2011/08/22 09:21)
[28] 【幕間】 お留守番[葵鏡](2011/10/10 07:24)
[29] 意地と誇り[葵鏡](2011/10/30 23:50)
[30] 秘密結社改造ラボ[葵鏡](2011/11/30 13:22)
[31] 最初の一歩[葵鏡](2011/11/30 13:24)
[32] 光明[葵鏡](2011/12/15 06:10)
[33] 父と子と[葵鏡](2012/01/10 17:33)
[34] 菜々子の誕生日[葵鏡](2012/03/04 00:24)
[35] 暗雲[葵鏡](2012/07/16 18:06)
[36] 脅迫状[葵鏡](2012/03/10 07:52)
[37] 文化祭 前編[葵鏡](2012/04/15 20:20)
[38] 文化祭 後編[葵鏡](2012/05/25 20:18)
[39] 陽介の文化祭 前編[葵鏡](2012/11/06 22:14)
[40] 陽介の文化祭 後編[葵鏡](2012/11/06 22:16)
[41] 天城屋旅館にて[葵鏡](2012/05/25 20:16)
[42] 忍び寄る影[葵鏡](2012/06/16 16:22)
[43] 天上楽土[葵鏡](2014/06/27 00:33)
[44] 救済する者、される者[葵鏡](2014/06/27 00:35)
[45] 彼女が去った後で[葵鏡](2014/06/27 00:41)
[46] 想いの在処[葵鏡](2014/06/27 00:41)
[47] 誓いと決意[葵鏡](2014/06/27 00:43)
[48] 繋いだ絆の輝き[葵鏡](2014/06/27 00:49)
[49] 真犯人[葵鏡](2014/06/27 00:52)
[50] 禍津稲羽市[葵鏡](2014/07/28 16:12)
[51] アメノサギリ[葵鏡](2015/01/25 09:33)
[52] 飛翔、再び[葵鏡](2015/04/15 09:11)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[26454] 文化祭 後編
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:f4f8d2eb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/25 20:18
――――楽しい時間もいつかは終わる

     一部の者にとってはそうでなくても

         何年か過ぎた先に

      楽しかったと思える事を願って……




『レディース ア~ンド ジェントルマン!!』

 壇上の上に立つ、ピンクのアフロヘアーのウィッグを被った司会進行役の男子生徒が、声高らかにイベントの開始を宣言する。
 その様子を、壇上袖から柏木が不敵な笑みを浮かべて眺めている。
 自身が企画して進めてきただけあって、かなりの自信があるのだろう。

「……あぁ、とうとう始まっちまった」

 柏木の居る壇上袖の反対側では、憂鬱な表情をした陽介が晒し者になる自身の事を思い、重い溜息をつく。
 身から出た錆と言ってしまえばそれまでだが、あまりといえば、あまりな仕打ちでは無いだろうか?

「花村先輩。いい加減、ハラ決めましょうや」

 黄昏れている陽介と違い、完二は達観した様子で陽介に声を掛けると、クマも陽介の背後から完二に同意する。
 クマは自分から参加すると言い出しているので、二人とは違って逆に楽しそうな様子を見せている。

「お前らのポジティブさが羨ましいよ……」

 自身の格好を見て、陽介が疲れ切った声を出す。
 嬉々として自分達をドレスアップした千枝達の事を思い出し、さらに憂鬱な気分になる。

――時間は少し前に遡る

 コンテストの更衣室として使われている実習室へと陽介達がやってくると、嬉々とした様子で千枝達が待っていた。

「何を今さら怖じ気づいてんの。こっち来て、座って」

 沈鬱な表情を浮かべている陽介に千枝はそう言って手招きする。
 完二と顔を見合わせた陽介は項垂れた様子のまま、千枝の指示通りに席に着く。

「大丈夫、痛くしないよ」

 雪子がサラリと不穏な発言をすると、僅かに完二の表情が引きつる。
 鏡とりせは陽介達のメイクアップには関与していないので、少し離れた場所で陽介達の様子を見学している。

「千枝先輩達、楽しそうだね」

 りせが小さく訊ねてくると、鏡はそれに同意する。
 勝手にミスコンへと参加させられた意趣返しに、陽介達を女装大会に参加させた事で、今回の件に付いては水に流している。
 けれど、千枝達の方はやるからにはトコトンまでやるつもりらしく、楽しんでやっている部分もあるようだ。


 今も鏡達の目の前で、観念して席に着いてる陽介達を前に、千枝と雪子が楽しそうにメイクしている。
 普段はリップを付けるくらいで、ノーメイク気味の千枝は陽介を実験台にしている感があり、化粧品の使い勝手に興味深げだ。
 雪子は逆に普段からナチュラルメイクはしているので、手際よく完二のメイクを進めている。

「ねえ、雪子。この後はどうしたら良いんだっけ?」

 千枝が時々手を止めては雪子にメイクの仕方を訊ねている。
 その度に陽介が不安な様子を見せているが、手元に手鏡の類がないため、自分がどのようなメイクされているのかは、確認できない。
 その事実がより一層、陽介の不安をかき立てるのだが、ココまで来たら逃げ出す事も出来ずにされるがままになっている。

「クマ君は肌のキメが細かいから、化粧の乗りが良くて楽ですね」

 二人とは逆に、直斗にメイクされているクマはすっかり任せきっており、リラックスした状態だ。
 化粧の乗りが良いため、陽介達と違って化粧の下地に掛かる時間は、クマの方が圧倒的に短い。
 それに加え、化粧の手際は三人の中で直斗が一番良いこともあり、クマのメイクが一番進んでいる。

「意外……直斗って普段は化粧っ気が無いのに、メイクは手慣れてるんだね」

 直斗の手際の良さに感心するりせに、職業柄、変装用にメイクの仕方は一通り覚えているのだと、直斗が恥ずかしそうに答える。
 その説明に、千枝が『探偵って何でも出来るもんなの?』と、感心半分、呆れ半分の感想を述べる。
 千枝がそう言っている間にも、直斗はクマのメイクを進めていく。


 顔の中心から外側に向かって、リッキッドファンデーションを初めは手で軽く伸ばし、次にスポンジで手早く伸ばしていく。
 その作業が終わると、スポンジで顔全体を軽くタッピングしてファンデーションの余分な油分を取る。
 目の切れ込みはコンシーラを使って丁寧に消していき、ベースの崩れを防ぐためにルーセントパウダーを顔全体に付ける。
 大きめのブラシで余分なルーセントパウダーを取り除くと、アイシャドウとアイラインを引いていく。
 それらが終わると、最後にルージュを引いてリップグロスで立体感を出す。


 メイクが終わると、ストレートロングのウィッグを着けて、青いエプロンドレスに着替える。
 元々が中性的な顔立ちをしているため、メイクを終えたクマはどこから見ても美少女にしか見えない。

「どうクマか?」

 メイクアップを済ませたクマがクルリと一回転して、鏡達に出来映えを訊ねる。
 可憐な美少女然としたクマの姿に、皆の口から溜息が漏れる。

「改めて思ったけど、クマって黙って立っていると絵になるよね」

 りせの感想にクマが憤慨するが、クマの言動が元で今回のコンテスト参加となっただけに、りせの言葉は間違いではない。

「こっちも負けてらんないわね……」

 メイクが済んだクマを見て、千枝が対抗意識を燃やす。
 千枝ほどではないが雪子もやる気を増したようで、完二へと向ける視線に力が籠もる。
 鬼気迫る二人の様子に、陽介と完二は蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなる。




『それでは、最初のエントリー! 稲羽の美しい自然が生み出した暴走特急、破壊力は無限大! 一年三組、巽完二ちゃん!!』

 陽介が雪子達にメイクされていた時の事を思い出している間に、イベントは予定通りに進行していく。
 名前を呼ばれた完二が気合いを入れて壇上へと出て行く。

『えっ!? 』

 壇上に登場した完二の姿に、体育館内からざわめきが起きる。
 どこから調達したのか、体型に合ったスカート丈の長い八十神高校の女子制服に身を包み、手には竹刀を持っている。
 メイクは薄い眉をアイブロウペンシルでくっきりと描き、髪は三つ編みおさげのウィッグを着けており、随分と印象が違う。


 女装としては似合っていないが、スケバンを彷彿させる見た目が完二のイメージに合っている。
 その事もあって、完二のアンバランスさに評価は賛否両論のようだ。
 似合っていないという声が多く聞こえる中、一部からは『らしい』という肯定的な意見も出ている。

『あまりの迫力に、僕も近付くのが恐ろしいのですが……チャームポイントはどこですか?』

 恐る恐る訊ねてくる司会者の質問に、完二は戸惑った様子で『……目?』と、ある意味スタンダードな返答を返す。
 見た目とのギャップに、一部の女子からは『可愛い!』という声が挙がる。

「それにしても、雪子。完二君の着ている制服、どこから調達してきたの?」

「あの制服ね、あいかちゃんが用意してくれたの」

「あ、花村の衣装もあいかちゃんが用意してくれたよ」

 鏡の質問に、雪子と千枝がそれぞれ答える。
 化粧品に関してはジュネスで調達出来たのだが、衣装については入手の目処が立っていなかった。
 その事で雪子と千枝がどうするか悩んでいたところ、あいかが調達役を引き受けてくれたらしい。
 様々なバイトをしているだけあり、多くの伝手を持つとはいえ、あいかの人脈の広さには驚かされるばかりだ。

「あいか先輩って、本当に顔が広いんだね」

「そう言えば、クマ君の衣装も中村先輩から渡されましたね」

 鏡達の会話に、りせと直斗も混ざる。
 噂されているあいかは、クラスの出し物である喫茶店での仕事があるので、少し遅れて見に来る予定だ。
 鏡達がそうやって話している内に、司会者が次の出場者の紹介を進めている。

『ジュネスの御曹司にして爽やかイケメン、口を開けばガッカリ王子! 二年二組、花村陽介ちゃんの登場だ!!』

 司会者の紹介に、引きつった笑みを浮かべた陽介が壇上に登場する。
 完二とは違うブレザーの制服に身を包み、赤いミニのスカートを穿いている。

「花村先輩、いい線行くと思ったのにー!」

 陽介はウィッグを着けておらず、赤いゴムで髪を一結びにしている。
 ナチュラルメイクの完二とは逆に少々、化粧が過多気味で、頬に付けたオレンジ系のチークが悪い方向に目立つ。
 そのせいか、一部の男子生徒から『実際にいそうで怖い!』と、おののかれており、完二と違い肯定的な意見は少ないようだ。
 陽介もウィッグを着けていれば印象もまた変わったのかも知れないが、直斗に対抗意識を燃やした千枝の手腕に影響された感が強い。

「千枝先輩、どうしてウィッグを使わなかったんですか?」

 りせの質問に、千枝はバツの悪そうな表情を見せ、完二やクマと被らないように気を使ったと説明する。
 服装などのお洒落には気を配ってはいるが、千枝自身がショートヘアで化粧っ気が少ない事が原因なのかも知れない。
 過剰ともいえるメイクからも、千枝のやる気が別の方向に向かっている事が伺える。

『さぁ、気合いが入った服装ですが……普段からこんな感じで?』

 司会者から突っ込みに、陽介は『んなワケねーだろ!』と、間髪入れずに反論するが、慌てて『ねー……ですわよ?』と、言い直す。
 そんな陽介に、完二が小声で『ただの見世物じゃないスか!』と抗議する。

「それ以外の何だと思ってたんだよ……」

 完二の抗議に陽介が疲れた様子で答える。
 出場者が少ないため、晒し者にされる時間が短く済むのが唯一の救いだが、色々と大切なモノを失った気分だ。
 落ち込む二人をよそに、司会者が次の出場者の紹介に入る。

『自称“王様fuomテレビの国”、キュートでセクシーな小悪魔ベイビー! その名も“熊田”ちゃんだぁ!!』

 司会者からの紹介を受け、クマが壇上へとスキップしながら登場する。
 端から端まで愛嬌を振りまきながらアピールするクマは、壇上中央でクルリと一回転して銃を構えて撃つ仕草を取る。

『ハートを、ぶち抜くゾ?』

 その言葉に、体育館内から喚声が挙がる。
 その大半がクマが本当に男の子なのかという驚きや、可愛いといった声だ。
 そんな声の中に、野太い声で『オレ、あれならイケる……』という不穏な発言が交じっている。

「……あのバカクマ、何を口走ってんのよ」

 サラリと、テレビの事を暴露しているクマの行動に千枝が頭を抱えるが、当事者以外は誰もその事には気付いていない様子だ。
 クマへと寄せられる称賛の声の中、結果として引き立て役になってしまっている事が、完二と陽介を更に落ち込ませる。
 出場者の紹介が終わり、体育館に入る前に渡された投票用紙が回収される。
 投票用紙には予め出場者の名前が印刷されており、投票したい出場者の名前にチェックを入れる形式になっている。

『今年の“ミス? 八高コンテスト”、優勝は……』

 集計が済み、司会者がその結果を発表する。

『大きな支持を集めました、一般参加の熊田さん!!』

 発表と同時に、クマへとスポットライトが当てられる。
 スポットライトを当てられたクマは一歩前へと出ると、スキップしながら壇上中央へと移動する。

『優勝した熊田さんには、本日午後の部に行われる、“ミス八高コンテスト”の栄誉ある審査員の座をプレゼントします!!』

 その言葉に、クマは全身で喜びを表している。

「審査員であんなに喜ぶなんて、なかなか出来ないよね」

 そんなクマの様子を見た千枝が呟き、雪子も『あんなに喜ばれると、何かこっちまで嬉しくなるね』と、千枝に同意する。

「無駄にピュアよね、クマのやつ」

 二人の言葉に、りせもそう話す。
 そんな事を話していたのも束の間、司会者からミスコンの審査員になった感想を求められたクマの一言で、前言を撤回する事になる。

『午後の審査は……じゃじゃーん! 水着審査をするべがなー!!』

 その一言が切っ掛けで、男子生徒達の大歓声が体育館内を包み込む。

「なな、何言いだしてんのあいつ……! そんなのあるわけ無いじゃん!!」

 クマの爆弾発言に、千枝が真っ先に反応する。
 本来、水着審査などは無いため、りせが水着を用意していないと驚くが、鏡にはクマの発言から嫌な予感しか感じない。

「あのクマ、始末した方が……」

 低く、殺意の籠もった小さな声で雪子が呟く。
 目は半眼になっており、今にもクマを呪わんとばかりに睨んでいる。

「うふふ……いい! いいわぁ、この流れ!」

 クマの発言にただ一人、柏木だけが何かを思いついたのか、邪な笑みを浮かべて何やら思案している。
 体育館内が騒然とした中、ミス八高・女装大会は幕を閉じた。




 午後になり、鏡達はミス八高コンテストの準備のため、実習室へと集まっていた。
 控え室には柏木と大谷が既に到着しており、余裕の表情を見せている。

「せいぜい着飾んなさいな、ガキンコちゃん達」

 鏡達の到着に気付いた柏木が近付いてくると、見下すようにそう話す。
 その台詞から、本気でミスコンでの優勝を狙っている事を知った千枝が呆れた様子を見せている。
 自信に満ちあふれている柏木に唖然としていると、控え室の扉がノックされ、紙袋を携えた女生徒が入ってくる。

「さっき優勝した熊田さんから、差し入れです」

 クマからの差し入れと聞き、鏡達が首を傾げていると女生徒が気まずそうな表情で、中身が水着である事を伝える。
 あまりの手際の良さに引きつつも、千枝が要らないと答える。
 その言葉を聞いた柏木が高笑いを始めると、嬉しそうに大人の魅力をさらけ出すわよと宣言する。

「ま、私は自前の水着だけどぉ」

 柏木の発言に続き、大谷も自前で水着を用意している事を告げる。
 本来、水着審査は無いはずなのに、どうして水着を用意しているのかと問いつめたいところだ。
 二人のやる気の高さに呆れていると、柏木が今回のミスコンは水着で行うと通達する。
 イベントの責任者である柏木の通達に、鏡が『唐突過ぎませんか?』と抗議するも、柏木は余裕の笑みを浮かべて鏡達を挑発する。

「ま、負ける戦はしないのが賢明よぉ。アイドルなんて言っても、やっぱりガキンコよねぇ、心も度胸も……体も」

 最後の台詞はあからさまにりせへと向けた挑発で、見下した視線をりせへと向けている。
 りせが転校してきた時も、ホームルームで罵倒をしていたが、未だに敵対意識を持っているようだ。

「……はぁ!?」

 その挑発が勘に障ったりせが険しい視線を柏木へと向ける。
 そんなりせを更に煽るように鏡達を見渡した大谷が、ミス八高に選ばれようも無い人達だから、辞退で良いのではないかと話す。

「あ、アンタは選ばれるってわけ!? こっの……人間戦車!」

「失礼な女ね。見た目も頭も、言葉遣いも悪いのね」

 売り言葉に買い言葉で、大谷の発言に千枝が噛みつくと、呆れた様子で大谷が千枝を更に煽る。
 二人のやりとりに、親友を貶された雪子も大谷に対して敵意を向ける。

「あら? 私と勝負しようっていうの? 無駄だから、やめときなさいって」

 そう言って大谷が鏡達を見渡しながら、どうせ負けるのだから、今の内に逃げた方が良いと哀れむように言葉を続ける。
 その言葉に完全に切れた千枝が、売られた喧嘩は買わねばならぬとばかりに、やる気を見せる。

「ね、鏡達だって、ココまで言われて逃げるなんて出来ないでしょ!?」

 千枝の言葉にりせは同意するが、直斗と鏡はあまり乗り気では無いようだ。

「……え、僕もですか!?」

「そんな挑発に乗って、どうするのよ……」

 水着姿になるのは無理だと狼狽する直斗とは逆に、鏡は呆れたように千枝を窘める。
 しかし、千枝の目は完全に据わっており、何を言われても聞き入れる気はないようだ。

「逃~が~さ~な~い!」

 そう言って千枝は直斗に近付くと、手早く拘束して直斗の制服を脱がしに掛かる。
 千枝に拘束された直斗は可愛らしい悲鳴を上げると、自分で着替えるから脱がさないで下さいと懇願する。
 直斗の懇願に千枝は拘束を解くと、女生徒が持ってきた紙袋を手荒く掴み取り、中からクマが用意した水着を取り出す。


 それぞれの水着はセロファンの袋に入れられており、各自の名前が書かれたタグが付けられていた。
 千枝はタグの付けられた水着を各自に配ると、勢い良く制服を脱ぎだして水着へと着替える。
 控え室の窓は布地に覆われていて、外から着替えを覗かれる心配が無いとは言え、少々恥ずかしい。
 頭に血が上っている千枝と、アイドルとして見られる事に慣れているりせは別として、雪子や直斗はそのまま着替える事に抵抗を覚える。
 一応、紙袋の中には人数分の大きめなバスタオルが入っていたので、それを使って鏡も水着へと着替える為に制服を脱いでいく。
 柏木と大谷はよほどの自信があるのか、堂々と持参した水着へと着替えて控え室を後にする。




 コンテストが始まるまでの間、客席で開始を待っていた陽介は、完二に誰が優勝すると思うか訊ねていた。
 しかし、完二からの返答は思っていた事とは逆で、目立つ事が嫌いな鏡や、特に直斗がミスコンに出て大丈夫なのかと気遣っている。

「考えすぎだって。姉御がミスコン位で気後れするようなヤワなタマじゃないって知ってんだろ?」

「そりゃ、まぁ……けど、クマ公が水着審査なんて、バカな事を言いだしたから解らないじゃないッスか」

 完二の言葉に陽介は少し思案顔になる。
 アイドルのりせは水着を見られる事は平気だと思うが、女である事に抵抗を覚えていた直斗には、水着審査はキツイかも知れない。
 その上、こういった注目を集めるイベントに、目立つ事を嫌う鏡が参加して何とも思わない筈はない。
 実際、その報復に女装大会に参加させられたのだ。


 さっきまでは、鏡達の水着姿を見られると喜んでいたが、その事に対する対価に何をされるのか予測が付かない。
 今回の件はクマの独断なので、自分達に被害は及ばないと思うが、完二が巻き込まれた件もある。
 その事実に、陽介は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

(確かクマのヤツ、ミスコンの特別審査員になってたよな……)

 己の欲望に忠実なクマの事だ。セクハラ紛いの質問を鏡達にしない保証がない。
 現にミスコンで水着審査をやると宣言して、事前に用意しておいた水着を届けさせたくらいだ。
 これ以上、鏡の逆鱗に触れないで欲しいと陽介は願いつつ、キリキリと痛む胃を押さえるのだった。

『文化祭二日目のメインイベント! 正真正銘、ミス八高コンテスト!!』

 そんな事を考えている内に、体育館内の照明が落とされて、イベントが開催される。
 女装コンテストで司会を務めていた男子生徒が、引き続きミスコンの司会進行を務める。
 彼に紹介されて、既に水着姿の柏木と大谷が壇上に立っており、二人の登場に会場内からは怨嗟に似た声が上がっている。
 クマの発言を受け、今年のミスコンは通常審査を廃し、水着審査のみとなった。
 その事で、先ほどまでは鏡達の水着姿を見られる事を喜んでいたが、この二人の水着姿は、悪い意味で破壊力抜群だ。
 胸焼けに似た思いをしている間にも、司会者が参加者の紹介を続けている。

『では、次の方! 二年二組、里中千枝さん! どうぞ!』

 壇上幕上手から現れた千枝は、緑をベースに白とオレンジのラインが入ったビキニを着ており、下は両サイドを紐で結んでいる。
 千枝は男子使途からの歓声に頬を若干染めつつも、自己紹介で好物はプディングだと発言する。

「嘘つけ、肉だろ!」

 間髪入れずに陽介がヤジを飛ばすと、千枝の笑顔が引きつる。

「いや、花村先輩。プディングには肉を使うのもあるから、千枝先輩の言ってる事は、あながち嘘じゃ無いッスよ」

 完二の指摘に陽介は驚くと、何でそんな事を知っているのかと訊ねる。
 陽介の疑問に完二は視線を泳がせると、菜々子の誕生日ケーキ作りを手伝った時に、鏡から教えてもらったのだそうだ。
 何でも、肉好きを公言してはばからない千枝の誕生日に作ってあげたら、きっと喜ぶだろうと鏡が話していたそうだ。

「なるほどな……確かに里中のヤツが大喜びしそうだな」

 完二の説明に陽介は呆れたように納得する。

『続きましては、同じく二年二組、天城雪子さんです!』

 次に登場した雪子は、淡いピンクに白のラインの入った水着で腰にはパレオを巻いている。
 雪子の水着も千枝と同じくビキニで、クマの趣味が遺憾なく反映されている。
 元々、こういったイベントに関わらない雪子は自己紹介で何を話せばいいのか解らず、ついつい実家の宣伝をしてしまう。
 こうした天然さが男子生徒に受けるのか、千枝と同じ程度の歓声が上がる。

「いやー眼福、眼福」

「天城先輩……オレの思った通りの人ッスよ……」

 しどろもどろに自己紹介する雪子の姿に、陽介と完二が感嘆の声を上げている。
 次に紹介されたのはりせで、コレまでで一番の歓声に会場が包まれる。

『やっほ、りせちーだよ! アイドル、休業中でごめんねっ! りせちーも頑張るから、応援よろしく!』

 流石はプロというべきか、あっという間に会場内の注目を集めると、壇上から笑顔を振りまき大歓声を集める。
 りせの水着は白とピンクのイナズマ模様のストライプ柄だ。
 下は千枝と同じく両サイドを紐で結んでおり、上は胸元を紐で結ぶデザインになっている。
 りせの登場で沸く中、陽介も興奮気味に『アイドルは違うな!』と喜んでいる。
 陽介とは逆に、完二はりせに対しては冷めた態度を取っており、『そすか?』と、素っ気なく呟く。

『続きましては噂の転校生、一年一組、白鐘直斗さん!』

 司会者の紹介を受け、直斗がおづおづと壇上へと出て行く。
 直斗の水着は紺色のビキニで、黒のラインが一本入ったシンプルなデザインだ。
 ビキニのデザイン上、胸の部分が強調されており、会場の男子生徒の視線が直斗の胸に集中する。
 会場内から聞こえてくる声も、直斗の胸の大きさにどよめく内容が多く、向けられる視線もギラギラとしたモノが大半だ。
 全身を舐めるかのような好奇の視線に、直斗の背筋に悪寒が走る。


 そんな視線の中に晒された状態の直斗は、自己紹介をしようとして声が出ない事に気付き、動揺する。
 視界がぐにゃりと歪み、周りの音が遠くなる。

『白鐘さん? どうかしましたか?』

 直斗の様子の変化に、司会者の男子生徒が訝しげに直斗に訊ねる。
 しかし、直斗の耳にはその声は届いておらず、段々と直斗の視界が悪くなっていく。


 直斗の異変にいち早く気付いたのは、直斗の後に控えていた鏡だった。
 顔色が徐々に蒼白になっていき、足下が覚束なくなっている。
 危険を感じた鏡が壇上へと飛び出すと同時に、直斗が胸を隠すように自身を抱きしめると、その場に力なく崩れ落ちる。

「直斗!」

 直斗が壇上に倒れるよりも早く、駆けつけた鏡が直斗を抱き留める。
 突然、その場に崩れ落ちた直斗の姿に、会場内から女生徒達の悲鳴が上がる。
 鏡が直斗の様子を確認すると、額から汗を流し、呼吸も少し荒くなっている。

「今すぐ保健室に連れて行かないと」

 鏡はそう言うと、直斗を抱き上げてすぐさま保健室へと向かう。
 抱き上げた直斗は小柄な見た目通りに体重が軽く、鏡が抱き上げても苦にならないほどだった。
 こんな小さな身体で、探偵として警察の事件捜査に協力していたのかと思うと、胸に小さく痛みを感じる。


 保健室へと到着すると、保険医担当の祖父江が驚いた表情で鏡を出迎えた。
 鏡から事情を聞くと、祖父江はすぐさまベッドの用意を調えて、直斗を寝かすよう鏡に指示する。

「それにしても、神楽氏は良き先輩であるな」

 祖父江の言葉に鏡が不思議そうにすると、水着姿のままで直斗を保健室まで運んできた事を告げる。
 その言葉に鏡は自分の今の格好を思い出すと、顔を羞恥で赤く染めて俯く。
 今の鏡は黒と白のチェッカー模様のビキニを着ており、布の面積が五人の中で一番小さい。
 そんな格好で、直斗を抱きかかえたまま保健室まで走ってきたのだ。
 一体、どれだけの人達に見られた事か……

「ホホホ……神楽氏も年相応な表情を見せるのであるな。これは良きものが見られたぞえ」

 普段の鏡からは想像できない姿に祖父江が柔らかく微笑むと、着替えを取ってくるので待っているように告げて保健室を後にする。
 



 直斗が目を覚ましたのは、鏡が保健室へと運んでから一時間ほど過ぎた頃だった。

「……こ、こは?」

 目覚めた直斗に、着替えを済ませた鏡が安心した表情を見せ、ミスコンの最中に倒れたので保健室へと運んだ事を説明する。
 鏡の説明に、直斗は自身が倒れた状況を思い出し、鏡に迷惑をかけた事を謝罪する。

「直斗が悪い訳じゃないよ。祖父江先生が言うには、極度の緊張が原因だろうって。直斗の方こそ、身体の方は大丈夫?」

「……はい、今はもう大丈夫です。やっぱり、男子から向けられる好奇の視線にはまだ慣れませんね……」

 直斗の言葉に鏡は仕方がないよと答えると、直斗の頭を優しく撫でる。
 つい最近まで男装姿で過ごしてきたのだ。
 それが、今では女子の制服を着て、慣れない異性からの好奇な視線に晒される生活を続けていたのだ。
 知らずにストレスが溜まっていたとしても不思議ではない。

「慣れない環境の中、直斗は本当によく頑張っていると思うよ」

 鏡の言葉に、直斗が顔を赤くする。
 これまで、祖父以外から面と向かって褒められた経験が少ないため、直斗としてはどう対応すればいいのか迷っているようだ。

「まぁ、話は後にして取り敢えずは水着を着替えないとね」

 そう言って、鏡が祖父江が持ってきてくれた直斗の制服を手渡す。
 未だに水着姿のままである事に気付いた直斗は更に顔を赤くすると、鏡から制服を受け取り、カーテンを閉めて制服へと着替える。

「……お待たせしました」

 着替えを済ませ、カーテンを開けて出てきた直斗が鏡に声を掛ける。
 まだ少し顔を赤くしたままの直斗は、鏡にコンテストの方はどうなったのかを訊ねる。
 しかし、鏡自身も倒れた直斗を保健室へと運んだ後は、直斗が気が付くまで待っていたので、その後の事は解らないと答える。
 二人がそんな事を話していると、保健室の扉が開き、千枝達が入ってくる。

「鏡、直斗君の様子はどう……って、良かった。気が付いたみたいだね。身体の方は大丈夫なの?」

 鏡に話し掛けた千枝が直斗の姿に気付くと、直斗の体調を気遣う。
 千枝だけでなく、雪子とりせも直斗の事を心配しており、無事な姿を見て安堵の表情を浮かべた。
 直斗は千枝達に自身は大丈夫である事を伝えると、心配をかけて済まなかったと謝罪する。

「そんな、直斗君が謝る事じゃないよ。これというのも全部、好き勝手やったクマ公が悪いんだから」

 そう言って憤慨する千枝を雪子が宥めていると、千枝達の後から、陽介が気落ちしたクマを連れて保健室へと入ってくる。

「ほれ、クマ。直斗に言う事があるんだろう」

 陽介に促されたクマは直斗の前に立つと、頭を下げて直斗に謝罪する。

「ナオちゃん、本当にごめんなさいクマ。倒れるほど水着審査が嫌だったなんて、クマ、思いもしなかったクマよ……」

「ミスコンに推薦した俺も同罪だよな。直斗、本当に済まなかった」

 クマに続いて、ミスコンに推薦した陽介も直斗に頭を下げる。
 陽介自身はクマに唆された部分があるが、その場の勢いで行動を起こした事について、陽介自身も思うところがあったのだろう。

「コンテストが終わった後で、花村先輩がクマの事を叱ってたんだよ」

 りせが小声で鏡にそう言うと、直斗が倒れて鏡が保健室へと運んだ後の事を説明する。
 あの後、会場内は騒然としたのだが、柏木が取り仕切ってイベントを続行し、コンテストはちゃんと終了したそうだ。
 コンテストが終了した後で、りせ達が制服に着替えて戻ってくると、陽介がクマを叱っていたのだという。

「ちょっとだけ、花村先輩の事を見直しちゃった」

 そう言って、りせがいたずらっ子のような笑みを見せる。
 二人から謝罪された直斗は、最終的に参加する事を決めたのは自分なのだから、気にしないで欲しいと話す。
 その言葉に、二人の表情がすこしだけ明るくなる。

「あ、そうそう。ミスコンの結果だけど、優勝したのは鏡だからね」

「……えっ!?」

 千枝から突然告げられた言葉に、鏡が驚きの声を上げる。
 直斗を保健室へと運んだため、そもそも自分はミスコンを辞退した扱いになっているはずだ。
 その事を千枝に話すと、千枝はカラカラと笑って事の成り行きを説明する。

「鏡が直斗君を抱き上げて、保健室へと運んだ姿が女子票を集めて、僅差で直斗君を押さえて優勝したんだよ」

 男子からの支持票は直斗が圧倒的に集めていたらしいのだが、女子からの支持票で鏡が逆転したらしい。
 りせも『あの時の先輩の姿、格好良かったよ』と、笑顔で話し、その言葉に鏡としては何とも複雑な心境になる。
 そんな鏡に、雪子が優勝を逃した柏木と大谷が号泣して混乱した事を苦笑気味に話す。
 自信満々で出たにもかかわらず、実質出場しなかった鏡に負けたのだから、二人の悔しさは相当なものだったのだろう。

「先輩方、保健室にいつまでも居るのはアレなんで、取り敢えず移動したほうが良くないッスか?」

 話し込む鏡達に完二が指摘する。
 確かに完二の言うとおり、直斗も大丈夫なので長居をする訳にはいかないだろう。
 鏡達は保健室を後にすると、休憩がてら二年二組へと移動する事にする。

「お姉ちゃん!」

 突然の呼び声に鏡が振り返ると、菜々子が嬉しそう駆け寄って来る。
 その後からは遼太郎が付いてきており、鏡の姿を確認して『見つかって良かったと』安堵の表情を見せる。

「叔父さん、どうかしたのですか?」

「県庁の出張があってな、帰りが明日になりそうなんだ」

 鏡の質問に遼太郎が表情を曇らせてそう答える。
 せっかくの文化祭を菜々子と楽しみにしていたのだが、これからすぐに出掛けないと拙いらしい。

「すまんが、菜々子だけでも連れてやってくれないか」

 遼太郎の言葉に、雪子が菜々子に自分達と一緒に見て回ろうと話し掛ける。
 雪子の言葉に菜々子は笑顔で頷くと、鏡の手を取る。

「じゃあ、すまんが宜しくな」

『いってらっしゃい』

 立ち去ろうとする遼太郎に、鏡と菜々子が言葉をかける。

「おう。菜々子、楽しめよ」

 二人の言葉に振り返って返事を返し、遼太郎は去っていく。
 菜々子を連れ、鏡達は文化祭を皆で見て回る。
 先日も立ち寄った完二のクラスで菜々子の分の編みぐるみを購入し、射的やお化け屋敷などを見て回る。
 皆と一緒に行動する事が嬉しいのか、菜々子は終始ニコニコと笑顔を見せ、興味のある出し物を見付けては、鏡の手を引いていく。
 そんな菜々子の様子に千枝達も表情が綻び、何かにつけて菜々子に構っている。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、文化祭も終了間際となると、鏡達は出し物の後片付けへと各々のクラスへと向かう。
 鏡達のクラスに付いてきた菜々子にクラスメイト達が気付くと、作業の手を止めて菜々子の元へと集まってくる。
 体育祭で菜々子の事を見知っている女子のクラスメイト達は、口々に菜々子の事を可愛いと褒める。
 褒められて照れる菜々子は、片付けをする鏡達の手伝いを申し出て、自分に出来る作業を一生懸命にこなしていく。
 その姿が心の琴線に触れたのか、クラスメイト達がこぞってやる気を出して、あっという間に片付けが終了する。

『菜々子ちゃん、また遊びに来てね!』

 片付けが終わり、りせ達と合流するために教室を後にしようとする菜々子へと声が掛けられる。
 僅かな時間であったが、クラスメイト達は菜々子の事を気に入ったようで、残ったクッキーなどを包み、菜々子へと手渡していた。
 その都度、菜々子がお礼を述べると『可愛い!』とクラスメイト達が嬉しそうに騒ぐ。

「何だか、クラス中が凄い事になってたね」

「一部で『天使が居るぞ!』とか、騒いでたヤツも居たしな」

 千枝の言葉に、陽介がそう返す。
 菜々子の事を認めて貰えた事は嬉しいが、変な真似をする者が出たら嫌だなと鏡は思う。
 陽介達の話が理解できない菜々子は、不思議そうな表情で皆を見ている。

「あ、菜々子ちゃん。あたし達のクラスメイトが騒がしかったけど、うるさくなかった?」

「大丈夫だよ。菜々子、楽しかったよ!」

 千枝の質問に菜々子が笑顔でそう答える。
 その様子を見ていた雪子が屈んで菜々子と目線を合わせると、鏡と一緒に今晩ウチに泊まりに来ないかと誘いをかける。
 雪子の言葉にクマが驚き、今なんと言ったのかと聞き返す。
 クマの質問に雪子が改めて菜々子に泊まりに来ないか誘った事を話すと、りせが『旅館で打ち上げ!?』と、驚きの声を上げる。

「以前、りせちゃんとクマさんが提案してくれた時には出来なかったしね」

 そう言って、雪子は久保が逮捕された時の事を持ち出す。
 その事に加え、雪子の母親が鏡達を招待したいと話していたそうだ。
 雪子の説明に陽介達は大喜びし、直斗は祖父に連絡を入れなければと携帯電話を取り出している。

「……けど、良いの? 迷惑にならない? まだ、シーズンでしょ?」

 千枝が心配そうに雪子に訊ねると、今年は客数が減った事を挙げる。
 明言はしていないが、春先に起こった事件の影響が今も続いているようだ。

「……それに、空いてる部屋もあるから」

 少し言葉を濁したような言い方だが、その説明に千枝は納得すると、雪子の家に泊まるのも久しぶりだと嬉しそうに話す。
 天城屋旅館で一泊する流れとなるも、このまま直行はせずに、一旦解散して各自準備をしてから現地集合する事となる。
 落ち合う場所を決めてから解散した鏡は、菜々子と手を繋いで帰宅すると制服を着替えて菜々子と一緒に出掛ける準備をする。

「菜々子ちゃん、忘れ物はない?」

「うん! 大丈夫だよ!」

 鏡の確認に菜々子は満面の笑みを浮かべて頷くと、お気に入りの仔猫のぬいぐるみを鏡に見せる。
 クマから貰った仔猫のぬいぐるみは菜々子の一番のお気に入りで、特別な事がある時は一緒に持ち歩くほどだ。
 菜々子の言葉に鏡は頷くと、菜々子の手を取り戸締まりを確認してから天城屋旅館へと向かう。
 待ち合わせは天城屋旅館前のバス停留所だ。
 嬉しそうな菜々子の姿を見て、鏡は今回の宿泊が菜々子にとって、良い思い出になる事を願うのだった。



2012年04月15日 初投稿
2012年05月25日 本文修正


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.036249876022339