――――それは幼い頃からの憧憬だった
その想いは、いつしか枷となって心を縛る
自分ではそうなれないと理解しながら
それでも諦めきれずに、足掻き続ける……
意識を取り戻した直斗が目にしたのは、深い霧に包まれた森林だった。
見覚えのない光景に戸惑いを覚えた直斗は、なぜ自身がこの場に居るのかを考える。
事件の真犯人を誘き出そうとテレビ出演を行い、自宅で待ち構えていたはずだ。
そこから、この場所に自身が居る事までの記憶が曖昧で、その事が直斗を動揺させる。
探偵を生業としているため、記憶力には自信があるのに覚えていないという現実。
朧気に覚えているのは、誰かに呼ばれたような気がする事と、暗い世界に見えた光の窓のようなモノ。
(まずは、ここが何処なのかを確かめる必要があるか……)
動揺していたのは少しの事で、直斗は気持ちを切り替えると、自身が何処にいるのかを確かめるために辺りを調べる事にする。
木々に囲まれているところから考えると、稲羽の山中の何処かだろうか?
深い霧に包まれているため、視界が悪く木々が邪魔で空もよく見えない。
あまりにも現実離れしすぎた状況に、夢を見ているのでは無いのだろうかと思えてくる。
暫く歩き続けていると、ふいに開けた場所へと辿り着く。
「……ッ!?」
その場所にあったのは、特撮ドラマなどで見られる怪しげな建造物だった。
地下シェルターの入り口を思わせる建造物の側面には黒地に金の羽根を広げた不死鳥のレリーフが描かれている。
その上、建造物の上部には巨大なパラボラアンテナが二基も建てられている。
幼い頃に見た覚えのあるその外観に、直斗は呆然とする。
それは、幼い頃に読んだ冒険活劇に出てきた秘密結社のアジトを思わせるモノで、直斗が想像していた通りの外観だった。
自身の想像通りの建造物が目の前に存在する事実に、直斗は戸惑いを感じると共に好奇心が込み上げてくる。
(これがもし、僕の想像通りのモノだとしたら……)
建物の最深部には結社の秘密区画があるはずだ。
何故、このような建造物があるのかは解らないが、中に入って調べてみる必要がありそうだ。
直斗は周りに注意を向けながら建物へと近付く。
注意深く建物へと近付くも、人の気配は全く感じられない。
それどころか、入り口は開かれた状態で中に入れと言わんばかりだ。
中へと進入するとやはり人の気配は無く、全ての隔壁が開かれた状態で放置されている。
直斗は慎重に建物内を探索するも、それと同時にワクワクしている自分も自覚していた。
まるで、テレビの中で出てくるような建造物。
(……テレビの中?)
直斗は自身の考えに引っ掛かりを覚える。
つい最近、これと似たような話題がどこかで出なかったか?
『えっと~、誘拐された人を~、テレビに入って助けに行きま~す!』
ふいに、修学旅行で聞いた雪子の言葉を思い出す。
場酔いで前後不覚になった者の戯れ言だと思っていたのだが、まさか本当にテレビの中だとでも言うのだろうか?
『目に見える物が全てじゃない。私も、直斗も知らない事の方が多いはずだよ』
その後の会話で鏡に言われた言葉を思い出す。
確か、あの場で鏡は直斗に対して『自身の常識が全ての常識だと思うのは間違いだ』とも言っていた。
目の前にある現実を踏まえると、あの時に言われた言葉は真実だったという事になる。
――常識の埒外にある現実
山野真由美の事件の真相がテレビの中での犯行だったとするならば、どれだけ調べても物的証拠が出てくるはずがない。
それどころが、そうと知っていなければ立証不可能な完全犯罪が成立してしまう。
それは、未だに犯行現場や死因が特定されない事実が証明している。
直斗はその事実に戦慄を覚える。
この事件は警察には絶対に解明する事も、解決する事も出来ない事件だ。
一体、誰が『テレビの中で行われた殺人事件』を想像する事が出来るのか?
自身も含めた『常識的に物事を考える』人間には発想すら出来ないだろう。
だがこれで、直斗は一つの確信を持つ事が出来た。
自身が立てた仮説通り、鏡達は事件を解決するために独自に動いている『事件を解決するための手段』を持った者達なのだ。
だからこそ、失踪した者達は発見された後で鏡達と行動を共にしているのだろう。
自身に危害を加えようとした犯人を捕まえる為に。
そこまで考えて、直斗は鏡が警察との橋渡しを自身に望んでいる事に気付く。
事件そのものに対しての立証は難しいが、それに繋がる誘拐に関しては警察の方でも対処が出来る。
少なくとも、真犯人は現実の世界にいる『誰か』であるのは間違いないからだ。
おそらく鏡達も、被害者を誘拐しようとする犯人を捕まえようと行動していたのだろう。
その事は、アイドルである久慈川りせに対するストーカー行為を働いた男を捕まえるのに協力した事から伺える。
何らかの情報を得て、事前に誰が誘拐されるのかを知り得ていたのだろう。
犯行現場がテレビの中であることを考えると、クラスメイトが話していたマヨナカテレビが情報源ではないかと思う。
事件の事もそうだが、マヨナカテレビという存在も調べてみる必要があるだろう。
とはいえ、まずはここから無事に脱出しなければならないが……
直斗は気持ちを引き締めると、施設内の探索を再開する。
予想以上に施設は広く、地下八階まで降りてきた直斗は挫けそうになる心を必死に押さえていた。
ここで自身が諦めてしまったら、本当に全てが終わってしまう。
真犯人を捕まえる事も、自身が無事に元の世界に戻る事も。
ここで諦めてしまったら全てが無駄になってしまう。
そう自身に言い聞かせて、直斗は更に施設の先へと進んでいく。
これまでの探索で、全ての隔壁が開かれていた為に順調にここまで進んでこられた。
途中、隔壁を開くために装置を作動させなければならない場所が二カ所ほどあったのだが、それらも開放されていた。
その事から推測すると、自身をおびき寄せるための罠と考えた方が筋が通る。
しかし、この施設から出ても元の世界に帰れる保証が無いので、引き返すという選択も直斗には無い。
故事成語にある『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という状況に、直斗は僅かに苦笑を漏らす。
この場合の“虎児”が元の世界に戻るための手段かどうかの保証が無いのも事実なのに、自身はこの場を探索するという選択を選んだ。
どのような状況にあっても、気になる事があると知りたいと思う自身に、ここまで好奇心が旺盛だったのかと思う。
(いや、よくよく考えたら“だからこそ”なのかも知れないな)
幼い頃から推理小説を読むのが好きだった自身を思い、今さらかと考える。
そんな事を考えていると、下へと続く階段を発見する。
直斗はこれまで通り周囲に気を配りつつ階段を下りていく。
(ここだけ隔壁が閉ざされている?)
階段を下りた先は短い通路になっており、突き当たりはこれまでと違って隔壁が閉ざされている。
これまでと違う状況に直斗は警戒すると隔壁へと近付く。
隔壁自体は隣にあるレバーを操作する事によって開きそうだ。
直斗は僅かに逡巡するも、レバーを操作して隔壁を開き中へと入る。
「……ッ!?」
隔壁の向こう側は直斗にとって、非常に馴染みのある場所だった。
(おじいちゃんの書斎……? どうして?)
そこは、直斗が幼い頃に入り浸っていた白鐘の屋敷にある書斎だった。
直斗は同世代の友達を作るより、この書斎にある推理小説を読んで過ごす事の方が多かった。
『直斗は大きくなったら、どんな大人になりたい?』
幼い頃に聞かれた祖父の言葉が聞こえてくる。
『おじいちゃんみたいな、りっぱな探偵になりたい!』
探偵として、数々の事件解決に力を貸していた祖父の姿に憧れていたあの頃。
自身もいつかは祖父のような探偵になるのだと純粋に信じていた。
祖父の仕事を手伝うようになり、様々な事件を解決する事が出来たものの、自身が望む結果とは到底言えるモノではなかった。
事件解決までは頼られはするが、事件を解決した途端に手の平を返された事も一度や二度ではない。
どれだけ自身が真剣に取り組んでも、最後には『子供だから』という一言で片付けられてきた。
それは、直斗が望む祖父や推理小説に出てくる主人公達のような、警察に頼りにされる存在ではない。
見下され、都合の良いときだけ利用される。
こればかりは、自身がまだ未成年者であるため仕方がない事だろう。
今までは、そう自身に言い聞かせて来たが、本当にそうなのかと心が揺らぐ事が増えた。
自身より一つ年上で同じ女である先輩。
彼女は自身とは違い、周りから信頼され中心となって皆を取り纏めている。
遼太郎も家事をこなし、一人娘の面倒をも見てくれる姪に信頼を寄せている。
直斗が望み、手に入れる事が出来なかったモノを持つ人物。
彼女と自分で、一体なにが違うというのか?
考えても意味のない疑問に、一度は考える事を止めたが、ここに来てその疑問が頭を過ぎる。
個人としての能力では、決して劣っているとは思えない。
だからといって、自分が優れているとも思ってはいない。
『僕とあの人に、一体どんな違いがあるというの?』
いつからそこに居たのか?
見慣れた書斎は姿を変え、巨大な電気ノコギリと怪しげな機材が取り付けられた手術台の前に、両手で顔を隠した子供が立っている。
だぶだぶの白衣を纏い、折れ曲がった袖口で顔を隠している子供。
その子供の姿に、直斗は怪訝な表情を見せる。
これまで全くなかった人の気配。
それなのに突然、自身の目の前に現れたこの子供は一体誰なのか?
「君は、一体……」
そう直斗が声を掛けると子供はピタリと動きを止め、ゆっくりと顔から手を離す。
現れた子供の素顔に、直斗が息を呑む。
その素顔は、自身がもっともよく知る顔だった。
「馬鹿な……あり得ない。僕自身だなんて……」
どんな質の悪い冗談なのか。
目の前の子供は自身と瓜二つで、違いは自然にはあり得ない金色の瞳だけだ。
ひどく心細い様子で自身を見つめてくる瓜二つの相手に、直斗は戸惑いが隠せない。
『ねぇ、どうして僕は皆に認めてもらえないの?』
それは、自身の心の底に抱えていた想い。
どれだけ頑張って事件解決に貢献しても、誰も本心から自身を認めてはくれない。
必要な時だけ“名探偵”扱いして、事が済むと“子供は帰れ”と幾度となく言われ続けてきた。
それが悔しくて人で泣いた事も、一度や二度では無かった。
直斗自身が抱いている想いのため、目の前にいるもう一人の自分に返す言葉が思い浮かばない。
『そうだよね。“名探偵”や“探偵王子”なんて言われて持て囃されても、本当に知りたい事は解らないんだよね』
そう言って、もう一人の直斗は悲しそうな表情で直斗を見つめる。
「そんな事よりも、君に聞きたい事がある。ここは一体どこなのか? そして、ここから戻るにはどうしたら良いのか」
『ここは君の心が作り出した君の世界。僕はここしか知らないから、ここから戻ると言う意味が解らない』
直斗の質問にもう一人の直斗はそう答え、このままずっと自分とここに居て欲しいと直斗に懇願する。
そんな自分と瓜二つの相手に対して、諭してみても宥めてみても言い分は変わらず『ここに一緒に居て欲しい』の一点張り。
ついには泣き出してしまい、直斗も辟易気味になる。
「直斗ッ!!」
鏡達が直斗の元に辿り着いたのは、そんな時だった。
施設の最深部まで辿り着いた鏡達が隔壁の先で見たのは、泣いているもう一人の自分を前に困っている直斗の姿だった。
直斗は鏡達がやって来た事に気が付くと、安堵した様子を見せ『待ちくたびれましたよ』と、軽口を言う余裕を取り戻したようだ。
そう言って鏡達の元へと行こうとする直斗に、もう一人の直斗が『行かないで』と懇願する。
その様子は幼い子供そのもので、普段の直斗からでは想像できない姿だ。
「君と話しても無意味だ。僕はもう帰らないと……」
『なぁんで? なんで僕だけ置いていくの!? どぉしていつも僕だけひとりぼっちなの!? 寂しい……寂しい!』
直斗の言葉に、もう一人の直斗は泣きながら寂しいと心の内を吐露する。
それは、直斗が心の奥底に押し殺していた本音。
どれだけ事件解決に尽力しても認めてもらえず、孤立していた自身の不満
その言葉に、一人は辛いという事を理解している雪子達が同情する。
老舗旅館の一人娘である事で、周りから浮いた存在となっていた雪子。
容姿と趣味が合わないからと、偏見を持たれ続けた完二。
都会から越してきて新しい環境で孤立しない為に周りに気を使い続けていた陽介。
たった独りでこちらの世界で過ごしていたクマ。
アイドルとして活動し、周りを人々に囲まれていてもその実、プライベートでは独りだったりせ。
雪子には千枝がいて、転校してきた陽介も千枝が関わってくれたから、雪子とも友達になれた。
完二とクマ、そしてりせは鏡達と出会えた事で孤独から抜け出す事が出来た。
だが、周りを常に大人達で囲まれていた直斗には、そういった相手は居なかった。
それもあって、転校してきた当初の直斗はクラスメイト達と馴染む事が出来なかった。
それは、同世代と関わる事が少なく、大人達と接する事が多かった事の弊害だろう。
遼太郎も心配していた事でもあるが、直斗自身も諦めていた部分があり、独りでも対処できてしまう才能があった事も要因の一つだろう。
その結果、寂しいという想いが心の奥底に積もってもう一人の直斗が現れた。
「僕と同じ顔……まさかとは思うけど、僕自身だとでも言うつもりかい?」
『何を誤魔化してんだい? 僕は、お前だよ』
呆れたように話す直斗に、もう一人の直斗が態度を豹変させてそう返す。
先ほどまで泣いていた姿とは違い、その様子は普段の直斗を更に冷たくした姿で感情らしさが全く感じられない。
『子供の仕草は“ふり”じゃない……お前の真実だ。だってみんなお前に言うだろ……? “子供のくせに、子供のくせに”ってさ』
もう一人の直斗はそう言って、淡々と直斗が必死に事件解決に尽力しても、子供であるだけで誰も本心では認めていないと告げる。
更に、周りが求めているのは直斗の“頭”だけで、“名探偵”扱いはそれが必要な間だけで用が済めば“子供は帰れ”だと続ける。
それは、世の中の二枚舌に為す術もない直斗がこれまで味わってきた苦い思い。
『僕、大人になりたい……今すぐ、大人の男になりたい……僕の事を、ちゃんと認めて欲しい……僕は……居ていい意味が欲しい……』
再び子供の仕草でそう吐露するもう一人の直斗に、直斗は自分の存在する意味は自分で考えられると反論する。
その言葉に、もう一人の直斗は再び態度を豹変させてそれが無理であると告げる。
『今現に子供である事実を、どうする?』
もう一人の直斗はそう言って、直斗自身が本心で小説に出てくる探偵のような大人の男に憧れている事を指摘する。
それは裏を返せば、心の底で自分を子供と思っている事だとも。
その言葉に、直斗は上手く反論が出来ない。言われた言葉が事実であるが故に。
「……確かに、その子の言っている事はある意味で事実だよね」
そう言って二人の直斗に割って入ったのは鏡だった。
「鏡、さん?」
「直斗、あなただって解っているんでしょう? 自分が大人の“男”にはなれないって事を」
『そうか、お前だけは知っていたんだな』
鏡の言葉に、もう一人の直斗はそれまでとは違い、表情を歪めて鏡を睨み付ける。
「姉御だけが知っているって、何をだ?」
もう一人の直斗の言葉に陽介が訝しげに尋ねる。
自分達と違い、鏡は直斗との関わりが多い。その事が関係しているのだろうか?
『……お前の存在が僕に迷いをもたらした。同じ“女”でありながら、皆から慕われ認められているお前の存在が』
「え、ちょ……あいつ今……スゲー事口走ったぞ……」
「お……男じゃねえだと!?」
もう一人の直斗の言葉に、陽介と完二が驚愕する。
驚く二人をよそに、もう一人の直斗は言葉を続ける。
大人の“男”でないから認められないと思っていた自身の前に現れた、同じ“女”でありながら皆に認められる人物。
鏡の存在は、孤独である事を“大人の男でないから”と言って誤魔化してきた自身にとって衝撃だった。
『同じ“女”なのに、お前は皆から慕われ、認められている。僕とお前、一体どこに差があるというんだ……』
そう話すもう一人の直斗に表れている感情は、自身が求めても得る事が出来なかったモノを持つ鏡への“嫉妬”だ。
自分と同じ推理が出来、皆の中心となって取り纏めている鏡。
その上、家事までこなし菜々子や遼太郎からも信頼を寄せられている。
自身にないモノを持つ鏡の存在は、これまで抱いていた“強くて格好いい大人の男”への憧れを揺るがす程だ。
――どう足掻いても格好いい大人の“男”になる事は出来なくても、鏡のような“女”にはなれるのでないか?
それが、直斗の心の奥深くに押し込めたもう一つの想い。
同じ“女”であるからこそ諦める事が出来ず、鏡と同じように皆から認められない自分を認めたくないと思わせる存在。
鏡の存在は直斗にとって羨望と憎悪、相反する想いを抱かせる複雑な相手だ。
「……そう。僕にとって鏡さんの存在は完璧すぎる存在だ」
押し殺していた想いを吐露された事が否定できず、直斗はそう零す。
しかし、鏡のようになれない事は直斗自身が一番良く理解している。
雨の中、よく知らない相手である自分に迷わず手を差しのばした鏡。
あの時の鏡のように、よく知らない相手に対して同じような行動が出来るとは思えない。
それが、鏡と自身の差なのだろうか?
そう悩む直斗の前で、鏡が困ったような表情を見せる。
「直斗。私は直斗が思うような、完璧な存在なんかじゃ無いよ」
そう言って、鏡は直斗に先日にあった事を話す。
無理をした事で陽介達に心配を掛けた事。菜々子には心配を掛けた上に怒られた事。
直斗が自分にないモノを鏡に見出したように、鏡もまた直斗に対して自身にないモノを見出している。
それは、これまで様々な事件解決に尽力してきた直斗の行動力や、理不尽に対して屈しなかった事。
「直斗が持っていないモノを私が持っているのと同じように、私が持っていないモノを直斗は持っているんだよ」
鏡の言葉に、もう一人の直斗の表情が歪む。
『そうやって、偽善ぶった言葉が出てくるお前が僕は嫌いだ!』
そう叫ぶもう一人の直斗から、黒い霧が噴き出し姿を覆い隠す。
黒い霧が晴れると、身体の左半身が機械で構成された直斗の異形の姿があった。
両手には特撮番組で出てくるような光線銃を持っており、足の裏から噴出する推進力で宙に浮いている。
背にした飛行機の主翼で姿勢を制御しているようで、フラップが細かく動いている。
『我は影……真なる我……お前達を排除してから、ゆっくりと人体改造手術を行おうか』
その身を異形へと変じたもう一人の直斗はそう言うと、手にした光線銃を鏡達へと向ける。
「陽介とクマはりせちゃんと直斗のガード! 雪子は回復主体で状況に応じて攻撃して! 千枝と完二君は全力で攻撃に専念!」
異形から視線を外す事なく鏡は皆に指示を出すと、それぞれが配置に付きやすいように異形へと一歩近付く。
鏡の指示を受けた陽介とクマは立ちすくむ直斗を連れてりせの傍へと移動する。
少し離れた場所ではりせが既にヒミコを召喚しており、鏡達のバックアップに入っている。
雪子は皆の回復と隙を見て攻撃できる距離に移動し、千枝がその背に雪子を守るように異形へと相対する。
異形を挟んで千枝の反対側に完二が陣取り、異形を中心に鏡を含めて三角形になるように位置取る。
「ネコショウグン!」
鏡はネコショウグンを召喚すると【マハタルカジャ】で全員の攻撃力を底上げする。
続いて千枝がトモエを召喚して、物理系スキルの威力を増加させる【チャージ】を使い全身に力を溜め攻撃の隙を窺う。
「来い! タケミカヅチ!」
完二が召喚したタケミカヅチは、手にした得物を振り上げると【剛殺斬】で攻撃する。
攻撃力が底上げされた事で一撃の威力が上がった攻撃が異形へと命中する。
タケミカヅチの一撃で異形がよろめいた隙を逃さず、雪子がコノハナサクヤを召喚して火炎系上位スキル【アギダイン】で追撃する。
『雪子先輩! ソイツ、火炎属性に耐性を持っているよ!』
雪子の攻撃により判明した情報を、りせが即座に伝えてくる。
主な攻撃手段が火炎属性で雪子にとって相性の悪い相手といえよう。
異形は完二に狙いを定めると、回転しながら背中の主翼で完二を切り裂く。
咄嗟にガードをするも、突進の加速と回転による威力増強で完二の体勢が崩されてしまう。
その隙を逃さず、異形は手にした光線銃を完二に向けて引き金を引く。
『完二のペルソナが封じられているよ!』
光線銃から発射された緑色の光により、完二は体力と精神力にダメージを受けた上にペルソナの力をも封じられてしまう。
鏡は完二の回復を行うか迷うも異形を先に倒す事に決め、ペルソナをフォルトゥナに交換して【ラクンダ】で異形の防御力を下げる。
ラクンダによって異形の防御力が下がった機を逃さず、千枝がトモエを召喚して【暴れまくり】で異形へと複数回の攻撃を行う。
雪子が“うがい薬”で完二の魔封状態を回復させると、体勢を整えた完二がもう一度【剛殺斬】で異形へと攻撃する。
直斗の影だけあって、これまでの異形とは違い的確に弱点を突いてきたり、鏡達を弱体化させようと搦め手を多用してくる。
攻撃、防御、命中の全てを下げてくる【ランダマイザ】や、属性耐性を打ち消す【エレメンツ・ゼロ】など堅実な手段を選んでくる。
『お前達に解るものか! どれだけ頑張ってみたところで、“子供だから”という理由で認められる事のない悔しさを!!』
そう叫ぶ異形の攻撃が苛烈になる。
認められない悔しさ、どれだけ努力をしても報われない虚しさ。
それらの想いが複雑に混じり合い、捌け口を求めて暴走する。
「んなのはテメェの思い込みだ! 男とか女とか関係無ぇッ! テメェがどうしたいかが重要なんだろうがッ!!」
暴れる異形を押さえ込むように、タケミカヅチがその攻撃を受け止めて鏡達に攻撃が届かないようにする。
「あなたは、認められたいから探偵になったの?」
「……ッ!?」
鏡の言葉に異形は動きを止め、俯いていた直斗は顔を上げ驚いた表情で鏡を見る。
「確かに、警察の人達は直斗の事を認めてくれなかったのか知れない。けれど、全ての人がそうじゃなかったでしょ?」
その言葉に、表だって行動は出来ないがと申し訳なさそうにしていた遼太郎の姿を思い出す。
これまでの相手と違い、遼太郎だけは直斗の事を気に掛けていた。
直斗の事を子供として見ている点は同じだが、直斗に対して自分たち大人がしっかりしていればと気遣いを見せていた。
遼太郎から見ると確かに自分は子供で、そんな子供が事件に関わる事に心を痛めていたのかも知れない。
そして、自分がなぜ探偵になろうとしたのかを思い出す。
幼い頃の自分は、自分達の仕事に誇りを持っていた両親や様々な相談事に応じていた祖父の姿に憧れを抱いていた。
いつか自分もそんな家族の様になりたい。
読み親しんだ推理小説に出てくるようなハードボイルドで格好いい探偵に。
いつしかその想いは“子供だから”という理由で認めてもらえない現実を前に薄れ、“認めてもらう”事が目的になっていた。
「……そうだ。僕は認めてもらいたいから探偵になったんじゃない」
事件を解決する事で救われる人が居る。
困った事、悲しい事に表情を曇らせていた人達に笑顔が戻る姿に、その手伝いが出来る家族の姿に憧れたのだ。
直斗は立ち上がると異形の方へと視線を向ける。
「認めてもらえない事は辛いし、僕とは違い皆から認められている鏡さんを羨ましくも思った。けれど、僕の始まりはそれじゃない……」
直斗の言葉に、異形の様子が先ほどとは違って怯えるような様子を見せている。
言葉に力がこもる度に異形の身体からノイズが発生する。
『……やめろ、子供だと何も出来ない。認めて貰うことも、受け入れて貰うことも!!』
「そんな事ない! 叔父さんも、菜々子ちゃんも直斗の事を認めている! 受け入れてくれている!」
直斗の言葉に動揺して拒絶する異形を鏡が否定する。
異形の身体から発生しているノイズは動揺が強くなる事に大きくなり、異形の姿自体にブレが生じている。
『先輩! 動揺して弱ってきている、チャンスだよッ!!』
りせの言葉通り、動揺している異形は明らかに悶え苦しんでいる様子を見せている。
「里中先輩ッ!」
この機を逃さず、タケミカヅチが得物を横薙ぎにして千枝へと異形を吹き飛ばす。
「任せてっ! こんのぉ、飛んでけぇ!!」
トモエを召喚した千枝は異形に対して、自身の最強の追撃技をトモエで放つ。
震脚によってトモエの軸足が地面を陥没させ、その威力をも乗せた強力な蹴りが異形へと叩き込まれる。
上空へと蹴り飛ばされた異形は背の主翼が砕かれ、体勢が崩されたままだ。
「雪子!」
鏡の声に雪子は頷くと、異形のさらに上空へコノハナサクヤを召喚して再び【アギダイン】で攻撃する。
それと同時に、鏡もケルベロスを召喚して同じく【アギダイン】で異形を挟み込むように攻撃する。
火炎属性に耐性を持つとはいえ、二人の同時攻撃に異形は力尽き、もう一人の直斗の姿に戻る。
「……もう一人の、僕」
直斗はそう呟くと、もう一人の自分の傍へと移動する。
もう一人の直斗は弱々しく佇んでおり、その身体には先ほどと同じようにノイズが走っている。
「僕は、いつの間にか忘れていたんだね」
そう言って、直斗は鏡達に自身の事を話し始める。
幼い頃に事故で両親を失い祖父に引き取られた事。
友達を作るのが下手で祖父の書斎で推理小説ばかり読んで過ごしていた日々。
そんな中で直斗に芽生えた夢は『格好いい、ハードボイルドな大人の探偵』だった。
自身の仕事に誇りを持つ両親や、いくつもの相談事を解決する祖父に憧れ、自身も将来はその仕事を継ぐのだと疑っていなかった。
そんな直斗の夢を祖父は叶えようとしていたのだろう。
自身に持ち込まれた相談事を直斗が内緒で手伝う事を黙認し、直斗が気付いた頃には『少年探偵』という肩書きが付いていた。
「事件解決に協力しても、喜ばれるばかりじゃありませんでした……僕が“子供”だって事自体が気に障っていた人も少なくなかったし……」
自身が子供である事は時間が解決してくれるかも知れない。
けれど、“女”である事実は変えようがない。
そう呟く直斗に雪子が女である事が嫌いなのかと訊ねる。
雪子の質問に、直斗は自身の望む“格好いい探偵”とは合わないと自嘲気味に答える。
そして、警察は男社会で軽視される理由が増えると、誰にも必要とされなくなると言葉を締める。
「けれど、鏡さんを見て本当にそうなのか疑問が芽生えました」
自分と同じ“女”なのに認められ、必要とされている人物。
男の探偵にはなれないが、鏡のようにならなれるのでないか?
その想いは羨望となり、これまで認めてもらえなかった事に対する不満と混ざり合って、もう一人の自分を生み出したのだろう。
認めてもらいたいと望みながら、自分自身がありのままの自分を認めていなかった。
「ごめん……僕は知らないフリをして、君というコドモを閉じ込めてきた。君はいつだって、僕の中にいた。僕は君で……君は僕だ」
自身が望んでいた事は大人の男になることでなく、ありのままの自分を受け入れる事。
そう宣言する直斗にもう一人の直斗は頷くと青い粒子となってその姿を変える。
手に光り輝く長い刀身の剣を携えた小さな異形“スクナヒコナ”がその姿を現す。
スクナヒコナは再び青い粒子になるとカードの姿へと変わり、直斗の身体に吸い込まれるように消えていく。
それと共に直斗はその場に崩れ落ちるように膝を突く。
「それにしても、ズルいですよ……こんな事、ずっと隠していたなんて……はは……これじゃ警察の手に負えない訳だ……」
弱々しく直斗は呟くが、その瞳に宿る光は力強さを失っていない。
直斗が身体を張って証明したのだ。事件はまだ終わってはいないのだと……
「取り敢えず詳しい話は後だな。直斗を連れて外に出よう」
陽介がそう言うと、千枝と雪子が直斗に肩を貸して外へと連れて行く。
元の世界に戻ってくると、直斗を休ませるために家電売り場の傍にあるソファへと直斗を座らせる。
「まったく……身体張っちゃって……」
疲れが一気に出たのか、肩で息をしている直斗を前に、千枝が呆れたように呟く。
そんな千枝に雪子が犯人はまだ捕まっていない事を直斗が証明してくれたと話す。
「キバりすぎなんだよ、テメェは……」
ぶっきらぼうに完二は直斗にそう話すが、その表情には心配していた事が現れている。
そんな完二に、直斗は鏡達が来てくれると信じていたと返す。
「でも、まさか……こんな大事とは……思ってなかったけど……」
「ったく……テメェはバカだ。どもこ天才じゃねえ。世話……かけさせやがって……」
直斗の言葉にそう返す完二に、『やっぱり心配しまくじゃない』とりせがからかう。
そんなりせに、顔を赤くした完二はチャカすなと言い返すが、照れているのか言葉に力がない。
雪子が一人で帰れそうにないから送っていくと言うと、直斗は一人でも平気だと言って立ち上がろうとする。
しかし、言葉とは裏腹に自分一人では立ち上がる事も出来ない直斗は、そのままソファへと座り込んでしまう。
「明らかに無理でしょ!? オトナは何でも一人で出来るって思わないの! ほら行くよ、つかまって!」
無理をする直斗をりせが叱りつけるも、直斗の手を取って立ち上がらせて肩を貸す。
直斗の事は気になるが、雪子達に直斗の事を任せると、鏡はいつものように買い物を済ませるために食品売り場へと移動する。
陽介達と別れて買い物を済ませた鏡はジュネスを後にする。
帰宅すると珍しく遼太郎が早上がりだったらしく、足立を連れて帰宅していたようだ。
「あ、おかえり~! おっじゃましてま~す!」
缶ビールを何本か空けてほろ酔い気分になっている足立が鏡に声を掛けてくる。
「悪いな、今日は早上がりで……」
「いえ、今からすぐに支度しますね」
遼太郎の言葉に鏡はそう返すと手を洗い菜々子と一緒に晩ご飯の準備をする。
酒の肴に幾つか買ってきているようだが、ご飯には物足りない。
鏡は買ってきた食材で手早く肉そばを作る事にする。
本当は焼肉の野菜炒めを作ろうと考えていたのだが、調理の時間短縮と遼太郎達がお腹にあるていど入れている事が理由だ。
そばは茹で上がったときに氷水で一度しめ、再度熱湯で暖めると丼に盛りつける。
その上から甘辛く味付けした肉とねぎの掛け汁を掛け、半熟卵をのせて出来上がった順に菜々子がちゃぶ台に運んでいく。
「おっ、美味そう! いっただきま~す!」
出された肉そばに足立は目を輝かせると、箸を手に肉そばを食べ始める。
菜々子も冷ましながらそばを口に運び美味しそうに食べている。
そんな中、一人だけ遼太郎の箸が進んでいない。
「叔父さん、味付けが合いませんでしたか?」
「いや、大丈夫だ。お前の作ってくれるモノはいつも美味いぞ」
鏡の問い掛けに遼太郎はそう答えると、止まっていた箸を動かして肉そばを食べる。
肉そばを食べ終え、食後のお茶を飲んでいるとふいに遼太郎が鏡に声を掛ける。
「なあ、鏡。白鐘から何か聞いていないか?」
「……何か、とは?」
遼太郎の質問の意味が解らない鏡がそう答えると、直斗がここ数日行方不明になっていた事と、先ほどその直斗が見つかった事を伝える。
事情を知っている鏡は素知らぬフリで、遼太郎に直斗が事件の捜査で出掛けていただけではないのかと訊ねる。
「それは無いと思うなぁ~。捜査から外れたから拗ねて家ででもしたんすかね~? ちょっと気難しそうだし」
そう言って、鏡の質問を否定した足立は直斗が居なくなったと聞いて驚いたと言葉を続ける。
もしこれで新たな誘拐殺人にでもなったら、色々とご破算になるところだったと零す。
そんな足立に呆れたように遼太郎が声を掛けるが、足立には聞こえてなかったようだ。
「でも犯人の少年、諸岡さん殺し以外には、証拠でないっすね~。これ、立件までいけんのかなぁ?」
足立はそう話すと遼太郎の“カン”の通り、真犯人が別に居るかも知れないと呟く。
「何遍言わせんだ! ペラペラ喋んな!」
流石に喋り過ぎと判断した遼太郎が足立を一喝する。
遼太郎の言葉に足立は硬直すると『すみません』と遼太郎に謝る。
「とにかく! お前は事件なんて気にせず、学生らしく勉強でもしてろ。でないと……」
「叔父さん、叔父さんが私の事を心配してくれるのは嬉しいですが、何も気にせず過ごすのは無理です」
鏡の言葉に遼太郎は息を呑む。
「真犯人が居たとしたら、事件に自分が巻き込まれる可能性があると言う事です。自衛の為にも、事件を気にするのは駄目なんですか?」
遼太郎の目を真っ直ぐ見て鏡がそう訴える。
事件に首を突っ込まれるのは問題だが、無関心すぎて事件に巻き込まれるのも問題だ。
遼太郎は歯がゆい思いを隠しきれずにいる。
「鏡ちゃん、堂島さんの気持ちも解ってあげてよ。鏡ちゃんの言う事も解るけど、事件の事は僕ら警察に任せて欲しいな」
二人を取りなすように足立がそう声を掛ける。
「こわいこと、まだおきる?」
話を聞いていた菜々子が、不安な様子で鏡の腕を掴んで足立に訊ねる。
菜々子の言葉に足立は慌てて菜々子に謝ると、犯人は捕まったし怖い事件はもう起きないと安心させるように菜々子へ声を掛ける。
その言葉に不安げに菜々子が頷く。
「大丈夫だよ、何かあっても叔父さん達が解決してくれるから。今日は久しぶりにお姉ちゃんと一緒に眠る?」
鏡の言葉に菜々子は表情を明るくすると鏡の申し出を快諾する。
「叔父さん、今日の所は菜々子ちゃんをお風呂に入れて休んでも良いでしょうか?」
「あぁ、そうだな。頼む」
菜々子の前でする話題でなかった事に気付いた遼太郎がそう言って、鏡との話を終える事にする。
鏡は菜々子の手を引いて居間を後にすると菜々子と自身の着替えを取りに行く。
「すみません、堂島さん。菜々子ちゃんを不安がらせちゃいましたね」
酔いの覚めた足立がそう言って遼太郎に詫びる。
足立の言葉に遼太郎は首を振ると、自分も菜々子の前で出す話題でなかったと返す。
「けど、確かに心配ですよね。鏡ちゃんはしっかり者だけど、女の子なんですし」
「……そうだな」
足立の言葉に遼太郎は同意する。
しっかりしていても鏡はまだ子供で女の子なのだ。
姉から鏡の事を任されている事とは別に、遼太郎は鏡の身を案じる。
鏡の周りで事件に巻き込まれたと思わしき者が居るのだ。鏡自身が事件に巻き込まれないと誰が言えるのか?
同様に、菜々子も事件に巻き込まれる可能性があると言う事だ。
犯人は捕まったが、足立の言う通り自身の“カン”が事件はまだ終わっていないと告げている。
遼太郎は今一度、事件について最初から洗い直す必要があると決意する。
本当に、鏡達が安心して暮らせるようにする為に。
2011年10月31日 初投稿
2011年11月30日 本文修正