――――彼女との違いを知りたいと思った
望むモノを持った彼女と持たざる自分
比較する事に意味が無いとは解ってはいても
その答えが知りたいと願った……
「容疑者が特定できた?」
その報告を聞いた直斗は、自分の聞き間違いではないかと訊ね返した。
「うん、これまで何の情報も見つからなかったのが嘘みたいだよ」
そう言って、直斗にその事を伝えた足立がどこか安心したような表情で話す。
「それで、容疑者は一体?」
直斗の質問に足立は気まずそうな表情になると、相手は高校生の“少年”なので、直斗に名前を教える訳にはいかないと説明する。
確かに、容疑者が未成年者という事ならば、それ以上の情報を自分が聞く訳にはいかない。
とはいえ、今回の事件にはおかしな点があるため、素直に引き下がる事も出来ない。
今回の事件は最初の事件と違い、被害者の死因がハッキリしている。
遺体を見せしめのように放置している点は同じだが、これまで独自に調べた内容と明らかに食い違う点がある。
その事を遼太郎をはじめ他の者達にも伝えたのだが、事件解決を急いでいるように思われる。
今回の事件が、模倣犯によるモノである可能性を指摘するも、誰も直斗の指摘に取り合おうとはしない。
唯一、その可能性を考慮していたのは遼太郎だけだ。
けれども、遼太郎も上からの指示には逆らえないらしく、指示には従う様子である。
まずは、容疑者である少年の身柄を確保する事が先決だとばかりに、直斗の言い分を聞き流しているのが現状だ。
いつもと同じ状況に、直斗は握りしめた拳に力を込める。
必要とされる時にだけ意見を求められ、必要が無くなると手の平を返したように、『子供だから』といわれ続けてきた。
今回も、最後には『子供には解らない』と、直斗の訴えは聞き入れられる事はなかった。
幼い頃から読み親しんできた小説に出てくる、探偵のような頼りにされる存在。
幼い頃から憧れ続けた存在に、いつのなったらなれるのか?
ふと、直斗は最近知り合った彼女の事を思い出す。
女性でありながら、皆の中心にいて頼りにされている一つ年上の人。
自分と同じく、この事件の共通点を見抜いている油断のならない人物。
初めて会ったのは、山野真由美の遺体発見者で失踪していた小西早紀を発見した状況を聞きに、堂島家に訪れた時。
想像していた人物とは違ったが、人物像としては想像していたものから、そう外れたモノではなかった。
二回目に出会ったのは、失踪して発見された久慈川りせに話を聞きに行った帰り。
外出中でりせに会う事は出来なかったが、代わりに彼女と話せた事によって、自身が思っていた通り油断のならない相手だと確信した。
彼女を筆頭に、自分には知り得ていない情報を持っていると思われる人物達。
世間には報道されていないが、小西早紀に続いて数名が、“報道直後に失踪する”という共通した自体に遭遇している。
しかも、失踪前後に関する記憶が欠落しているという共通点までもが一緒だ。
何かの訳で死を免れたのか、彼、もしくは彼女らの内の誰かが犯人なのか?
殺された山野真由美と多少といえども接点を持っているので、偶然という言葉で片付けるのも早計に思える。
そう言えば、彼女達はいつものようにジュネスのフードコートに集まっているのだろうか?
稲羽署を後にした直斗は、特に目的も無くジュネスへと足を運んだ。
「モロキンのためにも、あたし達に出来る事、やるしかないよ!」
フードコートに到着した直斗の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
思った通り、彼女達はフードコートに集まっていたようで、見慣れない顔ぶれも混じっている。
どうやら事件について話し合っているらしく、事件解決のために行動を起こそうと話しているようだ。
「その必要はありません」
直斗は、考えるよりも早くそう声を掛けて鏡達の元へと近寄る。
「オ、オメェ……」
以前、話を聞いた完二が驚いた表情で直斗を見ている。
「諸岡さんについての調査は、もう必要ありません」
直斗の言葉に驚く鏡達に、直斗は容疑者が固まった事を伝える。
容疑者が誰なのかを訊ねてきた千枝に、自身も聞かされていないが高校生の“少年”である事を伝える。
証言も得られたらしく、警察もよほどの確信を持っている事も合わせて伝える。
「逮捕は時間の問題かも知れません。無事解決となれば、またここも、元通り、ひなびた田舎町に戻りますね」
「容疑者は……高校生……そうか……で、お前は何しに来たんだ?」
直斗の言葉に驚きつつも、陽介は何の目的で直斗がここに訪れたのかを訊ねる。
その質問に直斗は、鏡達の“遊び”も間もなく終わりになるかも知れない事を伝えようと思ったと、思ってもいない説明をする。
「遊び……? 遊びはそっちじゃないの?」
「……!?」
「探偵だか何だか知らないけど、あなたは、ただ謎を解いているだけしょ?」
直斗の説明に、りせが静かな怒りを滲ませて反論する。
ほとんど接点もなかった自分の為に、命の危険を冒してまで助けに来てくれた鏡達。
そんな鏡達の行動を“遊び”という一言で片付けられる事が、りせには我慢がならなかった。
「私達の何を解ってるの?……そっちの方が、全然遊びよ」
りせの言葉を継いで陽介も直斗に反論する。
自分達の知り合いが誘拐された事。
そして、大切な約束を交わしている事。
「遊び……か。確かに、そうかも知れませんね……」
自嘲気味に話す直斗に陽介が、容疑者が固まったのでお払い箱になったのかと皮肉るように話す。
陽介の皮肉に探偵は元々、逮捕に関わる事もなく、事件に対して特別な感情も無いと直斗は語る。
「ただ……必用な時にしか興味を持たれないというのは……確かに寂しい事ですね。もう、慣れましたけど……」
そう語る直斗は何処か辛そうな様子を押し殺しているように見える。
「陽介、そういう言い方は無いと思うよ。白鐘君にだって色々と思うところ、感じる事があるのだから」
鏡はつい、直斗を庇うように陽介を窘める。
警察という大人の社会に、自分よりも年下の直斗が関わっている。
嫌な事、辛い事、自分達には考えつかないような苦労をしているはずだ。
そんな直斗を自分達が笑って良い事ではない。
鏡の言葉に、陽介はバツの悪い表情を浮かべて直斗に謝る。
直斗は『気にしていないから』と、陽介に気にする必用は無いと告げる。
「……じゃ、もう行きます」
これ以上、ここに居る用事もないので、直斗はそう言ってフードコートを後にする。
その胸の奥に、小さな棘を刺したまま……
もう誰も、自分をバカにする事は出来ない。
下らない言い掛かりで自分を退学にしたあの教師も、憎まれ口を叩く事はもう出来ない。
口先だけで何も出来ない連中とは違うんだ……
降りしきる雨は血を洗い流し、その後で発生した濃い霧が自分の姿を覆い隠してくれた。
これは天啓なんだと、自分だけが理解できた。
誰も出来ない事を自分が行う。
――自分は運命に選ばれた勇者なのだ
だから誰も、自分を裁く事はおろか、見つけ出す事も出来ない。
だって、運命に選ばれたのだから。
事件の事が報道された。
誰も、自分が手を下した事に気付かない。
誰も、自分が運命に選ばれた勇者である事を知らない。
誰も
誰も……
誰も……?
……誰も気付いていない?
凄い事を為した自分の事を誰も知らない?
事件の事を噂する者達が増えてきた。
皆、それぞれが勝手に犯人像を作り上げ、面白おかしく話している。
誰一人、正しい犯人像を思い描く事が出来ず、噂が一人歩きを始めている。
勝手に見た気になって、勝手に知った気になっている。
誰一人、事実に辿り着く事すら出来ずに、好き勝手な噂話が続いている。
最近、ちゃんと眠る事が出来なくなった。
眠るといつも決まって、同じ夢を見る。
真っ赤な世界と、断末魔の呻き声。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……
事件の報道があってから、周りの様子が少し変わってきた。
最初の事件から日が経っていた事もあり、もう事件は起こらないと思われていた矢先に起こった二件目の事件。
テレビでは新たな事件に付いての報道が増え、無責任なコメンテーターの発言が、余計な不安を煽る。
その報道を見た菜々子が不安がったため、鏡は菜々子を安心させるため、その日は菜々子と一緒に眠る事にする。
諸岡が亡くなった事により、鏡達のクラスの担任を、テニス部の顧問を受け持つ柏木が担当する事となった。
担当初日に諸岡に対して黙祷を促した柏木は、クラスの全員が黙祷を終えると教卓に腰掛けていた。
扇情的に男子生徒を挑発しようとするその様子は、とても教師とは思えない姿で、諸岡と並んで生徒達からは倦厭されている。
どうにも自身の美貌を信じて疑っていないらしく、転校してきたりせに対して激しく敵意を剥き出しにしている。
もっとも、りせ自身は柏木の事を歯牙にも掛けていないようだが。
諸岡が亡くなったとはいえ、試験期間に変更はなく準備期間中のクラブ活動も休止である。
千枝と陽介はそれぞれ、試験に対してすでに辟易した様子を見せており、放課後に皆で試験勉強をする事となった。
場所はジュネスのフードコートで、同じく試験に対して暗澹たる思いを抱いている完二とりせも参加する。
朝から振っていた雨も午後には止み、適度に過ごしやすくなった中での試験勉強。
鏡と雪子が皆を教える側にまわり、雪子が千枝と陽介の二年生組を、鏡がりせと完二の一年生組の面倒を見る。
「やっと終わった……」
試験勉強を終えた陽介が、テーブルに突っ伏して終わった事に安堵している。
千枝達も陽介と似たような状況で、それぞれが疲れた様子を見せている。
「皆、お疲れ様。アイスを買ってきたから、皆で食べましょう」
雪子と一緒にフードコートでアイスを買ってきた鏡が、陽介達に冷えたアイスを手渡していく。
アイスを受け取った陽介達は、アイスの仄かな甘さに試験勉強の疲れが癒されたようで、先ほどよりも表情に元気が出てきている。
「私、こんな風に皆で勉強をする事が出来るなんて、思っても無かった」
アイスを食べながら、そんな事をりせが話す。
アイドルになってからは多忙な日々を送っていたため、同年代の友達作る暇さえもなく、今の状況が夢のように感じられる。
これも鏡と出会った事による影響なのかと思うと、りせにとって鏡の存在は本当に大きなもので、どれだけ感謝しても足りないほどだ。
りせと同じく完二もまた、新しい環境に戸惑いを感じつつも、以前よりも充実した日々を過ごしている。
林間学校での一件以来、完二に話し掛けてくる女生徒が増えてきた。
ぶっきらぼうに返答を返すその姿が女生徒達の琴線に触れたのか、一部の女生徒達からは“可愛い”との評判を得ている。
もっとも、当人が知れば激昂しそうではあるが、知らぬが仏とはこの事をいうのだろう。
鏡からの忠告もあり、女生徒達も完二との距離の取り方に気を配っている部分も完二が気付かない原因かも知れない。
相変わらず、鏡達以外の女生徒には落ち着きのない態度を見せる完二だが、女生徒達の方ではそれほど気にはしていない様子だ。
試験準備期間も終わり、試験本番を迎えた鏡達。
鏡と雪子は普段通りの安定した状態で試験に挑み、千枝と陽介は以前よりマシな状態で試験を迎えられたようだ。
鏡達が試験に取り込んでいる間。
稲羽署では捜査の状況に問題が発生していた。
「何? 容疑者の足取りが途絶えただと?」
先ほど容疑者の身辺を調査していた担当官から、容疑者の少年が消息不明になったとの連絡が入った。
テレビで報道されてから、少年の身辺を捜査して事件に関与しているとの証言も得られた矢先での失踪。
警察の動きを察知して姿を眩ませたのかとも思われたが、稲羽市から出た形跡がない。
少年が通う学校でも数日前から休学していたようだ。
そのため、少年の行方が分からなくなった事に対して稲羽署内に緊張が走る。
以前、直斗から指摘された“テレビ報道された人物が誘拐される”という推理に、状況が一致するからだ。
まさかの容疑者失踪に稲羽署内は慌ただしくなる。
「念のために主要な交通機関は全てチェックして、駅の方へも人を回せ!」
上からの指示に遼太郎達が慌ただしく署を後にする。
「足立、二手に分かれて容疑者の行きそうな場所を探そう。俺は駅の方を見てくる」
「解りました! 僕はジュネスで逃走用の買い出しをしていないか調べに行きますね!」
そう言って、遼太郎と足立は二手に分かれる。
割ける人員を総動員しての少年の捜索。
捜索の甲斐無く、少年の足取りはいぜんとして掴めない。
試験最終日を迎え、鏡はテストの結果にかなりの手応えを感じていた。
千枝はいつものように雪子と試験の答案内容の確認を行っているが、状況は芳しくはないようだ。
そんな千枝を陽介がからかう中、りせと完二が鏡達の教室にやってくる。
「うーっス……」
「お疲れ様……じゃないや、こんにちは……」
二人とも疲れた様子を見せており、試験の手応えはあまり良くないようだ。
陽介がその事を突っ込むと、りせは英語が出来なくても、いざとなったら通訳でも何でも付けると、顔を真っ赤にして陽介に噛みつく。
その直後に、りせは甘えた様子で鏡にテストの調子を聞いてくる。
完二はりせの変わり身の早さに辟易した様子を見せているが、恐らくクラスメイト相手に猫を被るりせの姿を見ているためだろう。
りせの質問に鏡は手応えは十分だと答えると、りせは鏡に羨望の眼差しを向けてくる。
「も、いースよ、テストの話は……それより、事件の方どうなってんスか?」
ウンザリした様子で完二が鏡達に事件の状況を聞いてくる。
完二の質問に、陽介が久しぶりに“特捜本部”に集まるかと提案する。
ジュネスのフードコートに集まった鏡達は、容疑者が固まった事に困惑を隠せない。
超常現象による殺人に対し、自分達にしか解決できないと気負っていた事が原因だ。
ただ、まだ犯人が逮捕された訳ではないので楽観は出来ない。
結局は情報待ちで、今の鏡達には出来る事が無いのが現状だ。
「ったく、容疑者上がったのはいいけど、どこ行ったんだか……こっちはもう、クタクタだっての……」
そんな鏡達の耳に聞き覚えのある足立の声が聞こえてくる。
足立の呟きの内容に陽介達は驚いた様子を見せる中でただ一人、鏡だけが呆れた様子を見せている。
「足立さん、また守秘義務を……」
「おわっと!? 鏡ちゃん? ひょっとして、今の話を聞いてた?」
呆れた様子で話す鏡に、足立は引きつった表情で確認を取ってくる。
そんな足立に鏡は不用心すぎると釘を刺すと、足立は慌てて事件は解決に向かっているから、何の心配も要らないと取り繕う。
そのまま逃げるようにフードコートを立ち去った足立に対して、陽介が頼り無いなと正直に思った事を話す。
足立の話しぶりからすると、警察の方ですでに手配が掛かっているのなら、自分達の出る幕は無さそうだ。
「そ、そうだ。テストで分かんとこがあったんだけど」
沈んだ雰囲気を察したりせが、そんな風に鏡達に試験の問題で分からなかった部分を聞いてくる。
「あぁ、それはホルムアルデヒドの事ね」
「そうなんだ、私“酢酸”にしちゃった。……って、そっか、お酢なワケ無いよね」
質問に答える鏡にりせが尊敬の眼差しを向けてくるが、鏡からすると長い問題文を覚えているりせの方が凄いと思う。
鏡と同じ思いだったのか、陽介が呆れたように『長い問題を覚えている方が凄いんじゃないか?』と呆れ半分でりせに話し掛ける。
どうやら、りせにとっては台本を覚えるのと同じで暗記に関しては問題は無いようだ。
「勉強を教えて貰うのだったら、せっかくだから異性の先輩に訊きたいけれど、鏡先輩や雪子先輩の方が出来そうなんだよね」
りせの何気ない一言に、陽介が落ち込む。
確かに、勉強は学年でもトップクラスの二人と比べたら見劣りするが、面と向かっていわれると、少々キツイものがある。
「そう言えば、クマ君って、どうしてんのかな?」
これ以上、勉強の話をしたくない千枝が話題を変えて陽介に訊ねる。
「あ、そっか。それの連絡すんの忘れてた。ほれ、あそこ」
そう言って陽介が指さした先に、風船を持った着ぐるみ姿のクマが子供達に風船を配っている。
鏡達に気付いたクマが、こちらの方へと手を振っている。
「住み込みで働かせる事にしました。マスコット」
「あーむしろ着せたんスね。逆転の発想だ」
陽介の言葉に完二が感心したように話す。
子供達に囲まれているクマは、見事にまわりに馴染んでおり、違和感がない。
陽介が言うには、“向こう側”に帰るのが嫌だというので、仕方なく実家に下宿させる事にしたそうだ。
両親へは、家庭の事情で日本に一人で留学してきた留学生と説明したらしい。
意外な事に陽介の父親と馬が合い、その人懐っこい性格で母親からにも気に入られたのが下宿できた要因らしい。
当面の生活費は陽介が立て替える事にして、愛らしい着ぐるみ姿でジュネスのマスコットして働く事になったとか。
「……暇だから、からかってくッかな」
そう言う陽介に真っ先に千枝が同意して、完二がふかふかのクマに触れないかと話す。
雪子は無言で陽介達よりも早く席を立ちクマの方へと向かう。
鏡も遅れてクマの元へと向かおうとしたところ、りせに呼び止められる。
「先輩。私、先輩達に出会えて本当に良かったと思ってる」
学校にも慣れきたので、これからはもっと色々と遊びに行きたいとりせは話す。
鏡の従妹である菜々子にも会いたいし、これまで出来なかった事を沢山やってみたいとりせは楽しそうに語る。
ただ、知名度があるため一人じゃ不安なので、鏡達に色々と手伝って欲しいとりせは頼み込む。
そんなりせの申し出を、鏡は快く引き受ける。
まずは、りせの大ファンである菜々子と引き合わせる事から始めようかと提案すると、りせは嬉しそうに頷いてみせる。
ちょうど明日は日曜日なので、丸久豆腐店に豆腐を買いに菜々子と訪れる約束をりせと交わす。
我は汝……、汝は我……
汝、絆の力を深めたり……
絆を深めるは即ち、まことを知る一歩なり
汝、“恋愛”のペルソナを生み出せし時
我ら、更なる力の祝福を与えん
脳裏に聞こえてくるいつもの声。
また少し、鏡の心を暖かい力が満たしていく。
「私達も、クマイジりに行きましょ。クーマー。おーい!」
そう言って、りせは鏡の腕を取ってクマの所へと向かう。
子供達に囲まれたクマは、陽介達にからかわれながらも、充実した様子を見せている。
ひとしきりクマをからかった後で、鏡はいつものように晩ご飯の買い出しをしてから堂島家へと帰宅する。
帰宅した鏡は、菜々子と料理を作っている最中にりせが菜々子に会いたがっていた事を伝える。
明日、一緒にりせに会いに行こうと話す鏡に、菜々子は嬉々とした様子を見せる。
りせと会える事がよほど嬉しいのか、その日は眠るまでずっと機嫌が良かった菜々子の様子に、鏡の表情も綻ぶ。
明日に備えて鏡も早めに眠るため、自室へと戻る。
翌日になり、りせと会える事を楽しみにしていた菜々子と共に、鏡は丸久豆腐店へと向かう。
菜々子は以前、鏡達と購入したよそ行きのワンピースを着ておめかししている。
よほどとりせと会える事が嬉しいのだろう。
何度も鏡に自分の格好がおかしくないか訊ねてくる姿に、鏡は大丈夫だと笑顔で答える。
「いらっしゃい。初めまして、菜々子ちゃん」
丸久豆腐店を訪れた鏡達をりせが笑顔で出迎える。
あこがれのりせに会えた事に菜々子の機嫌は上々で、りせも初めて会う菜々子の愛らしさに表情を綻ばせる。
シズもおめかしした菜々子を可愛いとりせと共に褒めると、菜々子は顔を真っ赤にして照れるが、その表情は嬉しそうだ。
「私にとっては先輩はお姉ちゃんみたいな存在だけど、菜々子ちゃんは妹って感じだよね」
「えっ!? りせちゃんが、菜々子のお姉ちゃんになるのっ!?」
りせと菜々子、二人の話題が鏡の事になったおり、りせの発言に菜々子が驚いた表情を見せる。
そんな菜々子にりせは『本当のお姉ちゃんだと思ってくれて良いからね』と、笑顔で菜々子に話す。
「うんっ! りせ、お姉ちゃん」
りせの言葉に、菜々子がはにかんだ笑顔でりせを“お姉ちゃん”と呼ぶ。
その姿がりせの琴線に触れたのか、菜々子を頬摺りせんとばかりに抱きしめる。
突然の事に菜々子は驚くが、嫌がる素振りは見せず、逆に菜々子の方からもりせを抱きしめる。
「おやまぁ、りせのあんな嬉しそうな表情、鏡ちゃんの事を話す時以外で初めて見たよ」
二人の様子を見ていたシズがそう言って表情を綻ばせる。
稲羽に戻ってきた頃のりせは本当に疲れた様子を見せていたが、鏡と知り合い明るい表情を見せるようになってきた。
本当に、鏡になんど礼を言っても足りないくらいだとシズは思う。
シズにとっても、鏡と菜々子はりせと同じく自分にとって大切な孫のように思える。
「それじゃ、先輩。また明日、学校でね」
楽しい一時も過ぎ、そろそろ戻らなくてはならない時間になり、鏡と菜々子は豆腐を購入して丸久豆腐店を後にする。
今日の献立は、先日の晩ご飯の材料と一緒に購入してきた挽肉ときくらげも使って、辛さを抑えた麻婆豆腐を作る事にする。
そのまま食べても、ご飯に掛けて麻婆丼にしても大丈夫なように多少、汁を多めに作る。
連日の捜査で疲れている遼太郎も、今日は早くに戻る事が出来たため、久しぶりに三人で食卓を囲む。
「それでね、りせちゃんが菜々子のお姉ちゃんになってくれるって言ったんだよ!」
菜々子は嬉しそうに、今日あった事を遼太郎へと伝える。
遼太郎も、そうやって嬉しそうに話す菜々子の話に相づちを打ち、鏡へと視線を向けると礼を述べる。
鏡が来てから、菜々子の世界は確実に広がっている。
クラスメイト達も皆、気の良い者達でゴールデンウィークでの様子を見る限り、皆が菜々子の事を気に掛けているようだ。
明るく笑う菜々子の笑顔を見ると、一刻も早く容疑者の少年を見つけ出さなければならないと、遼太郎は思いを強くする。
未だに少年の足取りは掴めず、消息が不明だ。
しかし、稲羽からは出ていないのは確かでこれまで起こった失踪事件を思わせる。
全ての事件に少年が関わっているかは不明だが、少なくとも鏡の担任を殺害した件については証拠が集まっている。
犯行の動機も複数の証言が得られ、明確に少年が被害者に対して害意を抱いていた事は明らかだ。
これ以上の被害者を出す事は元より、少年にこれ以上の罪を負わせる訳にはいかない。
少年自身のためにも、一刻も早く身柄を確保しなければ。
菜々子や鏡が安心して暮らせる町に、一刻も早く戻すために。
週が明け、期末試験の結果が張り出された。
鏡は前回の中間試験よりも更に成績を上げており、雪子も同じく成績を上げている。
千枝と陽介は雪子の教えもあり、何とか追試を免れる事には成功している。
鏡に教わった手前、りせと完二も追試という不名誉な結果だけは出すまいと必死に頑張った結果、千枝達と同じく追試は免れた。
全員、無事に追試を免れて夏休みを迎えられる記念だと、ジュネスのフードコートに集まる。
「そういや、明日は雨のようだから、念のためにマヨナカテレビのチェックはしておこうぜ」
一息ついたところで、陽介がそう切り出す。
警察が動いているとはいえ、犯人はテレビの中へ人を放り込む事が出来る相手だ。
一筋縄では行かない可能性がある。
そう話す陽介の言葉に、鏡達は頷く。
ニュースでも捜査状況についての発表はなく、未だ気を抜けない状況だ。
何も映らなければ良いのだが……
鏡達の心配は現実の物となる。
翌日の深夜になり、マヨナカテレビに鮮明な映像が映し出された。
壁を背にして立つ少年の姿。
その表情には覇気が無く、暗い瞳をした少年だ。
『みんな、僕のこと見てるつもりなんだろ? みんな、僕の事をしってるつもりなんだろ?』
ぼそぼそと抑揚のない声で少年は淡々と語る。
それなら、自分を捕まえてみろと、映像の少年が呟いた所で映像は途絶えた。
映像が消えてすぐに携帯電話に着信音が鳴る。
相手は陽介からで、鏡は携帯電話を通話状態にして電話に出る。
『おい、見たか!? 今の誰だ? 俺、知らねえよ……ニュースや特番で見掛けたか?』
そう話す陽介の後ろから、陽介を呼ぶクマの声が聞こえる。
『……っと、あー分かった、うるせーな! 悪ィ、クマに代わるわ』
『センセー! クマクマー!』
陽介と代わったクマは鏡に、映像に映った人物の抑圧された思いに向こうの世界が呼応して映像が映し出されているという。
そして、先ほど映像に映った少年は多分、向こうの世界に入っているとクマは説明する。
どうするのか訊ねるクマに、鏡はまずは皆で集まって対策を考えようと話す。
冷静な鏡の判断に感激したクマの後ろから、陽介がいつもなら事前映るのはハッキリしない映像だろうと声を荒げる。
「陽介、ひょっとしたら今さっき映った少年が警察に手配されている子じゃないかな?」
クマと代わった陽介に鏡はそう話す。
陽介もその可能性を考えたが、今は結論を急ぎすぎていると判断する。
明日から夏休みなので、ジュネスにすぐに集まって、結論を出すのはその時だと陽介は鏡に話す。
陽介との電話を終えると、すぐさま携帯電話に着信音が鳴る。
相手は千枝からで、鏡は再び携帯電話を通話状態にして電話に出る。
『あ、やっと掛かった! 花村もずっと電話中で……』
千枝の言葉に、鏡は先ほどまで陽介と話していた事を説明して、クマも交えた話の内容を伝える。
鏡の説明に千枝も、先ほど雪子と鏡達と同じ可能性を話していた事を告げ、明日すぐに集合しようと話す。
千枝との通話を終え、携帯電話をしまった鏡は布団へと入ると目を閉じ今後の事を考える。
これまでと違い、最初から鮮明に映し出されたマヨナカテレビ。
相手はすでに向こう側に居るという。
解らない事だらけだが、皆で考えればきっと打開策を見付ける事が出来る。
明日へと備えて、鏡は眠りにつくのであった。
2011年06月26日 初投稿