――――その人の話を聞かされた時、どんな人なのか興味が沸いた
知り合ったその人は、作られた私を知らないという
私にとってヒーローみたいな人
本当の意味で、ヒーローだったとは思わなかったけれど
再びりせがマヨナカテレビに映った翌日の放課後。
鏡達はジュネスのフードコートに集まって先日の事を話し合う。
「昨日のマヨナカテレビだけど、久慈川りせで間違いないな。なんつっても顔映ったし」
そう話す陽介が、丸久豆腐店を朝方チラっと覗いたら店にりせがいた事を付け加える。
その事から、マヨナカテレビでバラエティ番組のような映像が映るのは、本人が向こう側へ入った後と見て間違いは無さそうだ。
以前、被害者自身がバラエティを生み出しているかも知れないと話しあった事があるが、それに対して千枝が疑問を挙げる。
マヨナカテレビ自体に被害者が映るのは、向こう側に入る前からだ。
「事前に必ず映るって考えると、まるで“予告”みたいだよな……」
陽介の言葉に千枝が、犯行予告だとして誰に対して、何の為に行っているのかを訊ねる。
その質問に犯人に訊けと、自身も考えが纏まっていない陽介が答える。
「結果的に、予告に見えている……っていう可能性はない?」
二人の話を聞いていた雪子がそう呟く。
どういう事かと訊ねる千枝に、雪子は被害者の心の中が映るなら、犯人の心の中も映るのかも知れないと思ったそうだ。
「誰かを狙ってる心の内が、見えちゃうのかなって」
雪子のその言葉に、鏡は何か引っ掛かるものを感じる。
マヨナカテレビに映るのは、被害者自身の抑圧された自我であるのは間違いない。
それはつまり“心の中”の思いを映し出されているという事に他ならない。
「心の内が映るのなら、別に犯人でない可能性だってあるよね」
「おい、姉御。そりゃ、どういう事だ?」
鏡の呟きに陽介が驚いた表情を向けて訊ねてくる。
「陽介、りせちゃんに会った時の事を覚えている?」
鏡の質問に陽介が怪訝な表情を見せつつも頷く。
確か、あの時のりせはマヨナカテレビに映っているのは自分ではないと話していた。
あの髪型で水着を撮った事はなく、その上……
「あっ!?」
鏡の言いたい事を理解した陽介が驚きの声を上げる。
千枝と雪子がその声に何事かと訊ねる。
「確か、あの時りせはテレビに映っている自分ほど“胸がない”って言ってたよな!」
その言葉に千枝が『大きな声でそんな事を言うな!』と陽介を叱る。
そんな二人を宥めてから、鏡は感じていた引っかかりについて皆に話す。
自身の抑圧された自我がマヨナカテレビに映るとして、りせが昨日のように自身の胸や腰を強調したがるとは思えない。
そうなると、失踪前にテレビに映っている姿は本人でなく、別の誰かの思惑か心の内という事になる。
「そうか、犯人の狙いは報道された人間なんだから、犯行予告をする必要は全く無いって訳か」
「それどころか、報道された人間でなく“マヨナカテレビに映った人物”を狙っている可能性が出てきたよ」
「えっ? 報道されたからマヨナカテレビに映るんでしょ? だったら、報道された人間を狙っているんじゃないの?」
陽介と鏡の会話に、不思議そうな表情で千枝が訊ねてくる。
確かに報道された人間がマヨナカテレビに映るので、千枝の言い分は正しい。
しかし、報道番組を犯人が必ず見ている訳ではないのだ。
それと比べ、マヨナカテレビは雨の日の午前零時には、必ず見る事が出来る。
鏡の説明に、陽介達が意外な盲点だった事に気付く。
確かに、報道番組は必ず誰かが報道される訳ではないが、マヨナカテレビは条件が合えば何度でも見る事が出来る。
手間を考えるなら、報道番組を全て確認するよりもそちらの方が確実だ。
「けど、そうなるとマヨナカテレビってのがますます解らなくなってきたな……」
疑問が一つ解けたところで新たな疑問が浮上する。
結局の所、マヨナカテレビがどういった理由で映るのかが解らない限り、本質的な解決には繋がらないのかも知れない。
「てゆーか、完二君、ついて来てる? さっきから、ひとっ言も喋ってないけど?」
鏡達が話す中、静かだった感じに千枝が声を掛ける。
どうやら完二にはこの手の話は苦手らしく、半分眠っていたようだ。
そんな完二に呆れながらも、千枝は向こう側の世界はいったい何だろうと疑問を述べる。
クマの説明からしても“たぶん”が多く、要領を得ない。
「そもそも犯人は、なんで人をテレビに入れるのかな?」
雪子が素朴な疑問を述べる。
その疑問に対して陽介は、殺害目的で行っているのは間違いないと話す。
手口がテレビなのは、警察で立証が出来ないからではないか?
「取り敢えず、動機は犯人を捕まえてから直接聞けば良いとして、今ハッキリしているのは、りせが危ないって事だ」
陽介の言葉に千枝がまた張り込みをするのかと、驚きながら訊ねる。
そんな千枝に、今度こそ犯人に先回りしようと陽介は意気込むが鏡が釘を刺す。
「陽介、警察の方でもりせちゃんの周辺を警戒しているから、軽率な行動は控えてね」
以前、ジュネスで補導されそうになった経験があるだけに、鏡の言葉に陽介が頷く。
犯人を捕まえるために行動する自分達が目立って、警察に目を付けられると問題だ。
自分達の行動が、結果として犯行を手助けするような形になるのだけは避けたい。
ここは下手に張り込みをするよりも、鏡が顔見知りなのを利用して、直接りせに会いに行った方が良いかも知れない。
まずは丸久豆腐店へと向かう事にする。
鏡達が丸久豆腐店に到着すると、店の前に足立が居るのを見付けた。
「足立さん、お疲れ様です。今日も交通整理ですか?」
「あ、鏡ちゃんか。今日は堂島さんの指示で聞き込み捜査さ。交通整理は昨日だけで十分だよ」
昨日の事を思い出したのか、足立は少しばかり虚ろな表情で話す。
「って、そう言う鏡ちゃんは友達と連れだって買い物?」
「いえ、昨日の今日ですから、りせちゃんの様子を見に来たんです」
そう答える鏡に足立が訝しげな視線を向ける。
その視線に鏡はりせとは友達なので、昨日のような事になっていないか心配して来たと説明する。
「そうなんだ、僕もあれから変わりがないか確認したいから、一緒に行ってもいいかな?」
鏡の説明に納得した足立が同行を求めてくる。
特に断る理由もないし、現職の刑事が一緒なら何かあった時に都合が良いので快く了承する。
「先日はどうも、稲羽署の足立です。その後、特に変わった事はありませんか?」
訪れた鏡達を出迎えたりせに、足立がその後の様子についてを訊ねる。
りせの話によると、先日の交通整理の効果か、あの後で違法駐車をする者もいなくなったそうだ。
鏡もひとまず安心したが、表で待っていた千枝が慌てた様子で店内に駆け込んできた事で、状況が一変する。
電信柱へとよじ登る不審者を発見したという千枝の言葉に、鏡達は急ぎ表へと出る。
そこには千枝の言うとおり、背にリュックを背負い双眼鏡を首から掛けた不審者がいた。
不審者は電信柱から急ぎ降りると、鏡達に背を向けて一目散に逃げ出す。
「待ちやがれッ!」
「待って! 他にも居るかも知れないから、完二君はこのまま店内に残ってりせちゃんを守って!」
急ぎ追いかけようとする完二に、鏡がそう言ってりせを残して全員で追いかけないようにする。
単独でなく、複数で誘拐している可能性があるからだ。
鏡の言葉に完二はりせを守るために店内へと移動する。
陽介と足立を先頭に、鏡達が不審者を追いかける。
不審者は車道まで逃げるも、車の行き来があり道路を渡ることが出来ない。
そのため、足を止めたところで陽介と足立が不審者へと追いつく。
「く、来るな! と、飛び込むぞ! 僕が車に轢かれても、いーのか!?」
追いつめられた不審者は冷静さを失ったまま、そんな事を口走る。
「だっ、駄目だよ! 被疑者が大怪我したら、警察の責任問われていっぱい怒られ……あ」
現時点ではまだ“容疑者”である不審者に対して、足立が余計な一言を話す。
その言葉に不審者は、自身が飛び込まれたくなければ、これ以上の追跡はするなと鏡達を脅しに掛かる。
「……車に撥ねられるのが、どれだけ痛いか知っているの?」
呆れた様子で鏡が不審者に話し掛ける。
その言葉に唖然とする不審者に、鏡は淡々と車に撥ねられた時の状況について説明をしていく。
あまりにも具体的で痛々しい鏡の説明に、不審者の表情が青ざめていく。
「それでも、まだ車道に飛び込むと言うの?」
冷ややかに見つめながら話し掛ける鏡の言葉に、不審者は背後の車道と鏡を交互に見比べる。
「大人しくしやがれッ、ゴラァ!!」
その隙をついて不審者を取り押さえたのは、ガソリンスタンドから回り込んできた完二だった。
取り押さえられた状態で自身の事を善良な一市民といい、鏡達に抗議する不審者。
「善良な一市民が、電信柱によじ登ったりはしないでしょ……」
不審者の抗議に、呆れたように千枝が突っ込みを入れる。
千枝の指摘に対して不審者は、りせの事が好きで部屋とかを見たいと思い、荷物は全部カメラだと白状する。
どちらにしても犯罪行為には違いがないので、足立がこのまま不審者を署に連行すると話す。
「話は署で聞こうか……くー! この台詞、言ってみたかった!」
足立の言葉に不審者は、日本には“盗撮罪”は無いので連行は無効だと開き直る。
しかし、鏡がストーカー行為は“ストーカー規制法”に抵触すると不審者の言い分を切り捨てる。
鏡の指摘に硬直する不審者に、足立が手錠を掛けようとする。
「足立さん、手錠はまだ駄目!」
鏡が慌てて足立に待ったを掛ける。
今の状況は、本来なら任意同行の段階なので、手錠を掛けるのは後々で問題が出る事になる。
不審者は気付いていないようだが、足立は鏡の様子で気付いたらしい。
取り出した手錠を仕舞うと鏡達にお礼を述べてから、不審者をそのまま署に連れて行く。
「おい、完二。何でりせの側に居るはずのお前がここに居るんだよ?」
陽介の質問に、完二がりせに言われて来たのだという。
りせは自分は店から出ないから、鏡達を手伝って欲しいと完二に言ったそうだ。
自分の事で鏡が怪我をするのが嫌なのだと。
完二もりせと同じで、男の自分が矢面に立つべきだと思っていたので、りせの言葉に素直に従う事にした。
「ま、犯人も捕まったようだし、これで終わったって事だよな」
「えと……もしかして、事件解決しちゃった? うわは、マジで!?」
りせの心遣いもあって、完二の行動に対して文句は言えない。
陽介と千枝の言葉の通り、これで一連の事件が終わったのなら、これ以上の心配をする必要も無いだろう。
りせに、犯人が無事捕まった事を知らせに行こうという事になり、丸久豆腐店へと戻る。
店に戻るとシズが店番をしており、りせの姿が見えない。
「いらっしゃい、鏡ちゃん。お豆腐かい?」
「こんにちは。シズおばあちゃん、りせちゃんは?」
鏡の質問にシズは、りせは出掛けたみたいだと告げる。
驚く鏡達に、りせはたまに黙って出て行く事があり、色々とあって疲れているようだから許してやって欲しいと話す。
「黙って……出てった? 完二、りせは店から出ないって言ったんだよな?」
シズの言葉に唖然とした表情で、陽介が完二に確認を取る。
完二は陽介の確認に「間違いない」とりせは店から出ないと約束した事を話す。
雪子は心配そうな表情で付近を捜した方が良くないかと提案する。
その言葉に、鏡達は手分けをして商店街へとりせを探しに行く。
「居ない、そっちは?」
暫くして、丸久豆腐店の前に集合した鏡達はりせを見つけ出せたか確認を取り合う。
近所の住人に聞いて回った雪子が言うには、誰もりせの姿を見ていないという。
不審者を追いかけた僅かな時間で、姿を消したりせの安否が気に掛かる。
「くそっ! この時間じゃジュネスに戻ってクマに確認取る間がねえか」
日が暮れてきたため、今からジュネスの家電売り場に行くと目立ってしまう。
悔しがる陽介に完二が今夜は雨なので、りせの無事を信じてマヨナカテレビを確認するしかないと話す。
りせの無事を願う鏡達の思いは、その日のマヨナカテレビで裏切られる事になる。
『マルキュン! りせチーズ! みなさーん、今晩は、久慈川りせです!』
鮮明な画像でテレビに映っているのは、金色の水着を着て胸や腰を強調するもう一人のりせだ。
テレビの中のもう一人のりせは、進級して“女子高生アイドル”にレベルアップした記念企画を行うという。
その内容を聞いた鏡は、テレビの中のもう一人のりせの言葉に唖然とする。
映像が消えると共に陽介から携帯電話に連絡が入る。
『姉御! み、み、見たよな、りせちー! す、すとりっぷとかって、マジか!?』
聞こえてくる陽介の声は興奮しており、鏡は陽介に落ち着くように宥める。
鏡の言葉に我に返った陽介は、結果的にりせの誘拐を防げなかった事を後悔する。
そんな陽介に鏡は、今は向こう側の世界に出向いて、一刻も早くりせを救出するしかないと話す。
「そうだな。りせを救い出して、今回の失敗を謝らないとな。とにかく、明日な!』
そう言って陽介は鏡との通話を終える。
菜々子にも、りせと会わせる約束をしているのだ。
その約束のためにも、りせを早く救出するために鏡も早めに休む事にする。
翌日の放課後、向こう側の世界へとりせを探しにやって来た鏡達は、様子のおかしいクマの姿を見た。
こちら側の世界に暫く来なかった事で、クマが独りでいる事に寂しさを覚えていたようだ。
それに加え、完二救出の時から索敵能力が衰え始めた自分は、鏡達に必要とされない存在なのだと思い込んでいる。
そんなクマを千枝と雪子が撫でて慰めると、クマはいつか“逆ナン”をしても良いか二人に訊ねる。
千枝は快く了承するも、雪子は逆に“逆ナン”ネタは封印しないか訊ねる。
「それよか、確かめてー事あるんだよ! 今、こっちどーなってる?」
そう言って、陽介がクマにりせが来ていないか訊ねるも、誰かが居るような気がするが場所は分からないと話す。
完二の時のように、りせの人柄について分かる情報があれば、探し出せるかも知れないとクマは話す。
鏡はりせとのやりとりを思い出してみる。
初めて出会った時の、“アイドル”であるりせを知らないという鏡に対する好意的な態度。
誰も“作られた”自分しか見ておらず、本当の自分には気付いてくれない話していた姿。
「なるほど……クマと同じね。繊細でセンチメンタルなタイプね」
鏡から聞いたりせの人物像に、自分と同じように“本当の自分”を捜している事を知ったクマが意識を集中する。
少しして、クマはりせの居場所を見つけ出すことに成功したようだ。
クマの案内で、鏡達はりせのいる場所へと移動する。
その場所は最初暗くて周りがよく見えなかったのだが、明かりがつくと劇場である事が判明した。
陽介が興奮した様子で温泉街につきものの施設かと話すと、雪子がそれに同意する。
その直後、雪子は慌てて天城屋旅館にはその施設は無いと否定する。
「姐さん、今回は俺を連れて行ってくれ!」
りせの救出メンバーを選ぶ時に、そう言って完二が鏡に立候補する。
先日、鏡に言われた通りにりせの側に居れば、りせの誘拐を防げたかも知れないと悔いているのだろう。
そんな完二の思いを汲んで、陽介が自分の代わりに完二をメンバーに加えるように鏡へ話す。
鏡も完二の気持ちを理解しているので、探索メンバーに完二を加えると探索へと乗り出す。
この場所に現れるシャドウは電撃属性に弱点を持つモノが多く、逆に疾風属性に対して耐性を持つモノが多い。
完二のペルソナ“タケミカヅチ”と新たに生み出した鏡のペルソナ“クイーンメイプ”を主軸に探索を続けていく。
『ファンのみんな~! 来てくれて、ありがとう~ぉ!』
ようやく見付けたもう一人のりせが、マイクを手に鏡達に話し掛けてくる。
これまでの時と同じように、もう一人のりせの頭上にテロップが現れる。
マルキュン真夏の夢特番!
丸ごと一本、
りせちー特出し
SP!
「お、オレも、あんな風だったんか……?」
初めて見る、自分以外のもう一人の自分による光景に完二は絶句する。
「うあ、ざわざわ声、今回スゴい……なんか気持ち悪くなってきた……」
これまで以上にない歓声に千枝が表情を曇らせる。
陽介はこの光景を誰かが見ているのだとしたら、早く何とかしなければならないと危機感を募らせる。
『じゃあ、ファンのみんな! チャンネルはそのまま! ホントの私……よ~く見て! マルキュン!』
そう言って、もう一人のりせは奥へと向かい走り去ってしまう。
鏡達は急いでもう一人のりせの後を追いかける。
鏡達がもう一人のりせと遭遇していた頃。
見知らぬ場所で気が付いたりせは途方に暮れていた。
自分は確か祖母の豆腐屋にいて、不審者を追いかけていった鏡達を待っていたはずだ。
それなのに何故、このような見知らぬ場所で目を覚ます事になったのか?
気を失う前の事をりせは思い出してみようとする。
鏡の事が心配で、完二と呼ばれていた少年を送り出してから、店から出ないように鏡達の帰りを待っていた所までは思い出せる。
しかし、その後の事を思い出そうとすると、頭の中に霧がかかったかのように記憶が朧気でハッキリとしない。
ひょっとすると、鏡が危惧していたように共犯者が居て、自分は誘拐されたのではないか?
そう考えた方が筋は通っているように思う、
(じゃ、私は先輩の気遣いを無駄にしたって事!?)
自分が誘拐されないように鏡達は行動していたというのに、狙われている当人がそれを台無しにした事に、りせの心が痛む。
せっかく、アイドルでない自分を見てくれる人と知り合えたのに。
ただのりせとして心配までしてくれたのに……
「ここから、帰らなきゃ……」
今頃、鏡達は自分の事を心配しているだろう。
ひょっとすると、居なくなった自分を捜しているかも知れない。
りせは、霧が深く視界が悪い場所に独りでいる心細さを心の隅へと追いやると、ここから抜け出す事を考える。
入れられたという事は、出る方法が必ずあるはずだ。
りせは心の中で『私は大丈夫』と、仕事の時と同じように気持ちを切り替える。
今の自分は、昔のいじめられていた頃とは違うのだ。
気持ちを奮い起こして、りせは出口を求めて移動を開始する。
無事な姿を、一刻も早く鏡に見せるために。
もう一人のりせを追いかけて探索を続ける鏡達は、五階に到達した辺りから苦戦を強いられるようになっていた。
これまでのシャドウとは違い、攻撃属性を反射してくるタイプが増えてきたのだ。
そのため、初見の相手には威力の弱い攻撃で様子を見てから戦うようになり、行動に無駄が増えてくる。
メンバーの中で一番消耗しているのは鏡だ。
ワイルドという複数のペルソナを使い分ける事が出来る鏡は、他のメンバーよりもペルソナを使う回数が多い。
そのため、他の誰よりも精神的な疲労が多く、リーダーとして判断を下す責任がそれに拍車を掛ける。
『センセイ、無茶は駄目クマ! 危ないと思ったら、引き返す事も大事クマ!』
心配するクマに鏡は大丈夫だと答える。
疲労は確かにあるが、行動に支障が出るほどではない。
それよりも、もう一人の妹のように思えるりせの安否が気にかかる。
そんな風に思える自分に鏡は、古城で独断専行を行った千枝の事は言えないなと心の中で苦笑する。
『うれしい! ホントに来てくれたんだ! でも、やっぱりちょっと恥ずかしいからぁ……電気、消すね!』
七階に到達すると、もう一人のりせの声が聞こえてくる。
その言葉通り、周りが暗くなり、少し先までしか見えなくなってしまう。
『これはキケン! センセイ、慎重に進むクマ!』
クマの忠告通り、鏡達はシャドウから先制されないように慎重に進んでいく。
これまでとは違い、見通しの悪い状況では無闇に先へ進むのは危険だ。
反射や吸収といった特性を持ったシャドウ達がいる中で、初見の相手から先制される事が、今の時点では最も危険だ。
鏡達は周囲を警戒すると、慎重に先へと進んでいく。
『この先に進むには、封印を解く鍵を捜さなくては駄目クマ』
階段から続く通路の先に、何かの力で封印されている場所を鏡達は発見した。
クマの言葉に従い、封印を解除するための鍵を求めて、七階をくまなく調べる事にする。
『キャハハハハハ!! 見て! ほら、あたしを見て!』
七階の奥にある部屋の中に、巨大な白蛇を従えたもう一人のりせが待ち構えていた。
巨大な白蛇は、もう一人のりせの声に合わせて鏡達に襲い掛かる。
先手は大型シャドウで【淀んだ空気】で状態異常の定着率を上げてくる。
鏡はフォルネウスを召喚すると補助系スキル【ラクンダ】で大型シャドウの防御力を低下させる。
続いて千枝と完二が、それぞれのペルソナの物理攻撃スキルで攻撃を加え、雪子のコノハナサクヤが【アギラオ】を放つ。
「今がチャンスよ! 準備はいい?」
ダウンした大型シャドウの隙を見逃さず、雪子の号令の元、鏡達は総攻撃を仕掛ける。
火炎属性が弱点だと判明したため、鏡もペルソナをカハクに変更すると、雪子と同じく【アギラオ】で再び総攻撃を仕掛ける。
大型シャドウの攻撃で状態異常になるも、千枝と完二がそれぞれアイテムを用いて回復させていく。
鏡と雪子は攻撃の要となって、ひたすら【アギラオ】で総攻撃の機会を作る。
幾度目かの総攻撃で、ようやく大型シャドウは力尽き消滅する。
『おぉ! 明るくなった! やったね、センセイ! これで安心して先に進めるクマ!』
クマの言う通り、周囲の明るさが戻り行動しやすくなる。
部屋を調べてみると、部屋の一番奥に宝箱が置かれているのを発見した。
中には味方全体の体力と精神力を回復する事が出来る【ソーマ】が一つ入っていた。
鏡はソーマを回収すると、封印されていた場所まで引き返す。
どうやら巨大な白蛇のシャドウが鍵だったらしく、封印されてた場所は先へと進む事が出来るようになっていた。
仕切りのカーテンを開けて進むと、そこは階段がある小部屋で特に目を引くようなものは無い。
それでも鏡達は、シャドウから襲われないように周囲を警戒しながら先へと進む。
進んでいる道が正しいのか分からない中、りせは心細さを我慢して先へと進み続ける。
その間、りせが思い出すのはアイドルになる前の自分の事と、稲羽に来てからの事だった。
今の自分とは違い、昔のりせはどちらかといえば地味な性格をしていた。
容姿が整っていた事もあり、周りの男子生徒から好奇な視線を向けられるのは日常的な事だった。
その事を同性の同級生達は調子に乗っていると云い、謂われのないイジメに遭うという悪循環にりせの心は傷ついていた。
そんなりせにとって転機となったのは、家族が勝手に出したオーディションの申し込み書だった。
家族な勝手な行動に憤りを感じはしたが、今の自分を変える切っ掛けになればいいと受けてみたオーディション。
見事、そのオーディションで優勝したりせはアイドルとしてデビューする事となる。
アイドルになったりせの環境は一変した。
それまで自分をいじめていたクラスメイト達は、手の平を返したように自分に好意的になり、いじめられる事は無くなった。
見知らぬ他の人達も、親しげに自分に声を掛けてくれるようになった。
その代わり、誰も本当の自分では無く売るためにキャラ付けされた“りせちー”しか見ていない事に気付かされた。
そんな作られた“りせちー”も、誰かの救いにはなっていた。
定期的にファンレターをくれる女の子。
会った事もないその子のファンレターは、“りせちー”でいる事に疲れを感じるりせにとって救いだった。
昔の自分と同じように、いじめられていると書いてあったファンレター。
その子は“りせちー”が頑張っている姿を見て、自分も頑張れると心の内を打ち明けてくれた。
アイドルを休業したりせは、その子の事が気になった。
――彼女の思いを裏切るような形でアイドルを休業した自分
あの子は今頃、どう思っているのだろう?
幻滅させたかも知れない。
機会があればいつか、実際に会ってアイドルを休業した事を謝りたい。
そして……
アイドルとしての自分を知らないと言ってくれた彼女。
光の加減で銀色にも見える綺麗な髪を持つ先輩。
皆の中心に居るその人は、“りせちー”でない自分しか知らない貴重な存在だ。
もしも彼女が同性でなかったら、自分は間違いなく好きになっていただろう。
そんな風に思える、不思議な魅力を持った人物。
自分にとって、頼りになる姉のような人。
そんな彼女に心配を掛けた事も、ちゃんと謝りたい。
その為にも自分は、ここから無事に帰らなければならない。
記憶にある鏡の姿を支えに、りせは出口を目指して進んでいく。
シャドウ達との戦闘を繰り返し、九階に到達した鏡達にりせの声が聞こえてくる。
『そうだなぁ……今の仕事は……ウン、とっても充実してるかな』
インタビューに答えるように語るりせの声は明るい。
『小さい頃からずっと憧れていたから、今は毎日がとても楽しいよ!』
その声を聞いたクマも、鏡達と一緒に居て今がとても充実していると話す。
この階層になると、現れるシャドウの強さも更に厳しくなってくる。
消耗が激しくなってきた鏡達は一旦、入り口まで戻る。
鏡のペルソナ“ネコショウグン”の【メディラマ】で体力を回復させると、狐に料金を払い、消耗した精神力を回復してもらう。
「姐さん、雑魚共に構っていたんじゃ、身が持たねえぜ。ここは、一気に先へと進んだ方が良いんじゃねえか?」
狐に回復して貰った鏡に、完二がそう提案する。
完二の言う通り、ここのシャドウ達は一筋縄ではいかない強敵ばかりだ。
無駄な戦闘は避けて先へと進む方が効率は良いように思える。
「シャドウ達をやり過ごすのは良いけれど、挟み打ちにされたんじゃ、もっと厳しくならない?」
完二の提案に千枝が疑問を述べる。
確かに、挟み打ちにされると連続して戦う事になり危険は跳ね上がる。
そうならないためには、クマのナビゲーションの正確さが重要になってくる。
不思議な事に、シャドウはある一定の距離は追いかけてくるが、それ以上の距離になると戻るという性質がある。
その辺りも利用できれば、完二の言う通りにシャドウをやり過ごして先へと進めるかも知れない。
「クマ、これまで以上にナビゲーションの精度が求められるけど、お願いできる?」
「任せるクマ!」
鏡の言葉にクマがやる気を見せる。
方針が決まった鏡達はりせを見付けるために再び探索へと向かう。
『理想の男性は……うーん……やさしくて清潔感がある人かな?』
クマの指示でシャドウ達をやり過ごした鏡達は十階へと到達する。
十階に到達して聞こえてきたりせの声は、理想の男性像についての内容だった。
容姿よりも中身が大切だと語るりせの声に、中身のないクマは何やら思うところがあるようだった。
クマと一緒に行動している陽介は、そんなクマに集中を途切れさせないように注意する。
自分達がここで上手く立ち回れるかは、クマの力に掛かっているのだと、クマの存在が重要なのだと付け足して。
『センセイ! 次の左右に分かれた通路の右にシャドウの反応クマ! 左にシャドウは居ないから、一気に駆け抜けるクマ!』
陽介に自分の存在が重要だと言われたクマは更にやる気を見せて鏡達をナビゲートする。
力は衰えてきているが、鏡達をサポートできるのは自分しか居ない。
その思いがクマの意識を集中させる。
『その先を右に曲がった先の部屋が階段クマ! 背後からシャドウの反応! 急ぐクマ!』
切羽詰まったクマの指示に従い、鏡達は移動する速度を上げて階段のある部屋へと駆け込む。
階段を上った先はすぐに仕切りになっており、どうやらここが最上階のようだ。
『……多分、この先にリセって子が……ちょっと自信ないクマ』
頼り無げなクマの言葉を信じて、鏡達は仕切りの向こう側へと移動する。
――鏡達が最上階に辿り着く少し前
視界の悪い中、階段を上り先へと進んだりせが辿り着いた部屋はどこかの会場のような場所だった。
部屋の中央には舞台があり、舞台中央にはポールが立っている。
ポールの側に人らしき姿が見えるが、視界が悪く誰かは解らない。
りせはその人物が自分をここへと連れ込んだ犯人かも知れないので、注意深く近寄っていく。
『いらしゃい、遅かったわね? もう一人の“アタシ”』
「……ッ!?」
そう言ってりせに話し掛けてきたのは、マヨナカテレビに映っていた水着を着た自分自身だった。
信じられない光景に、りせの心がざわめく。
『せっかく、あの人が護衛を残してくれたのに、それを“ふい”にしちゃうなんてバカな女』
嘲笑を浮かべたもう一人のりせが、そう言ってりせの行動を非難する。
全く同じ事を考えていたりせは、もう一人の自分の言葉を否定できない。
『アイドルから逃げてきた場所で、“本当の自分”を見てくれる人だったのに、きっとあの人は幻滅しているだろうね』
もう一人の自分の言葉が、りせの心に突き刺さる。
それは、今のりせにとって考えたくはない事。
やっと出会えた“本当の自分”を見てくれる人。
ひょっとすると、この先もう出会えない貴重な存在。
もう一人の自分の言葉に、りせの心は折られそうになる。
「りせちゃんっ!」
不安と絶望が押し寄せる中でりせの耳に届いた声は、一番聞きたかった人の声だった。
声のする方へ視線を向けると、そこには視界の悪い中でもハッキリと解る、綺麗な髪を持つ人の姿が見えた。
「……せ、んぱい?」
その姿はまるで、漫画に出てくるヒーローのようだった。
2011年06月03日 初投稿
2011年06月11日 本文構成を修正