――――少女はただ待っていた
自分を連れ出してくれる王子様を……
けれど、王子様は現れず
代わりに現れたのは、王子様のようなお姫様だった
その日も遅くに帰宅した遼太郎は、サイドボードに貼られていた鏡からのメモを読んだ。
鏡が堂島家に来てから、帰宅の遅い遼太郎への連絡手段として購入した物だ。
メモには主に晩ご飯のメニューと、その日にあった事を簡単に纏めた事。そして、菜々子の事。
不在がちな自分に対して気を遣ってか、鏡は菜々子の事で印象深い事があればメモに書き記している。
このメモのおかげで、菜々子がその日をどう過ごしていたかを知る事が出来、以前よりも明るくなってきた事が伺える。
(これも姉さんの思惑の内、何だろうなぁ……)
遼太郎の姉である凜は、実の弟である遼太郎から見ても、捉え所のない不思議な雰囲気を持っていた。
まるで、自身には見えない何かを見ているようで超然とした人物だった。
どこを見ているのか解らないようで、その実は全てを見渡しているかのような立ち居振る舞い。
結婚してからは、義兄と共に多忙な毎日を送っており、今回も海外出張で日本人にとっては危険な地域へと赴いている。
義兄と共に姉が所属している葛葉商事は、巨大なコングロマリットと呼ばれる複合企業体で、様々な業種の企業が傘下に収まっている。
姉は主に折衝に関わる部署に居るらしく義兄共々、一所に留まる事は希だ。
娘である鏡も、そんな両親の都合で転校が多く苦労をしているはずなのだが、あの真っ直ぐな性格は感心するほか無い。
それだけ、自分と違って鏡の事を姉夫婦は気に掛けているのだろう。
(俺がしっかり菜々子と向き合っていないのが悪いんだろうな……)
解ってはいるが、菜々子の事は全て亡くなった妻の千里に任せっきりだったので、どう接すれば良いのか解らないのだ。
(このままじゃ駄目、何だろうな)
原因が解明できない不可解な事件が起こり、稲羽市は現在、決して安全とは言い切れない状況となっている。
菜々子だけでなく姪である鏡にだって、いつ危険が忍び寄ってくるかも解らない。
問題を先送りにして取り返しの付かない事が起こってからでは遅い。幸い、今は鏡が自分と菜々子の橋渡し的な存在になっている。
一度、鏡とも折を見て話してみるべきだろう。
もっとも、鏡は同性でないので上手く話せるかは微妙な所ではあるのだが。
埒のない事を考えながらも、遼太郎は鏡が作ってくれていた食事を温めなおすと遅い食事を摂るのであった。
翌朝。
身支度を調えた所で携帯電話から呼び出し音が鳴り響く。ディスプレイを見ると“マーガレット”と表示されていた。
マーガレットという名に心当たりが一つしかない鏡は内心、驚くも携帯電話を通話状態にする。
『……もしもし。ふいにお呼び止めして済みません。過日、ベルベットルームにてお会いしました、マーガレットでございます』
マーガレットは、大切な忠告を忘れていたため鏡に連絡してきたとの事だ。
友人を救出する事は崇高な事ではあるが、それだけでは人は真に満たされる事は無い。
コミュニティがもたらす絆もペルソナの力を高める大きな源ゆえ、日々を無為に急がず鏡の信じる歩調を大切にするように。
鏡にそう伝えて、マーガレットは電話を終えた。
確かに、それだけに囚われると殺伐とした日々を過ごすだけになりかねない。
鏡はマーガレットからの忠告を胸の留め置き、いつものように居間へと降りていく。
遼太郎は朝早くから出掛けたようで、サイドボードには遼太郎から食事が美味かったとの簡素なメモが残されていた。
不器用ながらも律儀な遼太郎のメモに、鏡は表情を綻ばせると朝食の準備をする。
少し遅れて起きてきた菜々子に食器の準備などを手伝って貰い、二人で朝食を摂り、いつも通り途中まで二人で登校する。
菜々子と別れて登校していると、前を歩く上級生と思われる二人の女生徒の会話が聞こえてきた。
何でも今日から運動部に入部できるらしい。話している女生徒は受験生なので、合格祈願に行く神社を選ぶ方が大事だという。
稲羽中央通り商店街にも神社はあるそうだが、寂れている上に何かが住み着いているという噂もあるらしい。
その日の授業は特に変わった事もなく放課後を迎え、鏡達は先日の約束通りだいだら.へと向かう。
「おう、お前達か。ちょうど良いところに来たな、我ながら納得のアートになったぜ」
そう言って、奥から親父が取り出してきたのは飾り気のない両刃の長剣と、小振りで一組の長細い菱形の両刃を持つ苦無と呼ばれる物。
そして、汚れ一つ無くポケットが複数付いた白いベストで、それぞれ“ロングソード”、“苦無”、“ケプラーベスト”というそうだ。
これら三点を購入すると、先日売り払った素材の売価と同じくらいの金額になる。
シャドウ達と戦った際に入手した分のお金がある程度あるので、これら三点の装備を購入しても問題は無さそうだ。
鏡達はこれら三点の装備を購入してロングソードは鏡が、苦無は陽介がそれぞれ使う事にする。
ケプラーベストは武器を新調出来なかった千枝が装備する事となる。
「コイツはおまけだ、お前らには必要だろう?」
そう言って親父が鏡達に差し出したのは、武器を持ち運びするための入れ物だった。
鏡が渡された物は一見すると楽器を入れるためのケースで、陽介が渡された物は目立たないアタッシュケースだ。
「親父っさん、助かるぜ!」
「何、お前らはワシのアートを悪用するようには見えんからな。存分に使ってやってくれ!」
親父から渡された入れ物にそれぞれ収納する。入れ物に収納する事によって、そのまま持ち歩くよりも目立たなくなった。
千枝のケプラーベストはそのまま着ても違和感が無く、気になるようなら畳んでリュックサックに入れてしまえば良い。
だいだら.を後にした鏡達は、四六商店で回復薬やカエレールを補充してからジュネスへと向かう。今日こそ雪子を助け出すために。
向こう側の世界へと移動した鏡達は、クマの案内で三度古城へと訪れる。
「あ、そだ。センセイ、この前の時に到達した階から入る事が出来るけど、どうするクマ?」
クマの言葉に鏡達は驚く。何でも、入るたびに変わる内部の地形は覚え直さないとならないが、到達した階層へは送り出す事が可能らしい。
どういった原理で出来るかはクマ自身も知らないそうだが、出来るというのであれば大幅に時間を短縮する事が可能だ。
鏡達は新調した装備の具合を確認すると、クマと共に五階へと移動する。
五階は以前の時と同じ構造をしていたが、扉の前で瞬間移動させられる事は無くなっていた。
前回、鍵の掛かっていた扉でガラスの鍵を使用したところ、予想通り扉を開く事が出来た。
扉の中は次の階へと続く階段が部屋の奥にあり、それ以外はめぼしい物が無い。
この部屋の反対側にあたる部屋はまだ確認していなかったので、念のために確認しに向かう。
この部屋も鍵が掛かっており、ガラスの鍵を使って扉を開く。鍵を開けると同時にガラスの鍵は砕けてしまったが、扉を開く事は出来た。
部屋の中には宝箱が一つ、無造作に置かれており、中には鍵が三個入っていた。
折角だからと、シャドウが守る金色の宝箱を開けに前回見送った部屋へと移動する。
中にいたシャドウは前回戦った征服の騎士と比較して戦いやすい相手だった。
鏡のイザナギが【ジオ】を使い全てのシャドウを転倒させて、総攻撃を仕掛ける事であっけなく戦闘は終了する。
鍵を使い開いた金の宝箱からは、戦う事に特化した飾り気のないドレスが出てきた。
布と思わしき素材で出来ているが、触ってみるとひんやりしている。
クマが言うには、どうやら火炎系の攻撃を回避しやすくする効果があるらしい。
「それなら、里中がコレを装備して、姉御が里中の使っているケプラーベストを着た方が良くないか?」
クマの説明を聞いた陽介がそう提案する。何でも、女の子より先に男の自分が防御を固めるのは気が引けるらしい。
鏡としては、戦闘で相手の注意を引き付ける役割をする陽介の方が必要だと思うのだが、ここは素直に陽介の意見に従った。
これでも、女の子として相応の扱いを受けて嬉しくない訳は無いからだ。
全ての部屋を調べ終えた鏡達は、階段を上がり六階へと移動する。
六階に上がると、またしても声が聞こえてきた。それは以前、雪子がテレビで取材された時の様子だった。
テレビで放映された時と違うのは、リポーターの不躾なインタビューに対する雪子の内心が聞こえた事か。
それは、雪子の悲鳴だった。老舗旅館の次期女将という姿でしか、周りは自分を認識してくれない。
誰も“天城雪子”としての自分を見てくれない。何もかもがウンザリだと雪子の声は震えていた。
「雪子……」
親友の誰にも打ち明けられない悲鳴に、千枝の胸は痛む。自分と一緒に居るときの雪子はそんな様子を微塵も見せなかった。
雪子の思いに全く気付いていなかった自分は親友失格だ……
「千枝、思い詰めないで。悔やむのは雪子を助け出した後よ」
「そうだぜ。まだ手遅れじゃないんだ。俺達で天城を助け出してやろうぜ」
「鏡……花村……うん、ありがとう」
二人の言葉に、千枝が気持ちを切り替えて頷く。今は落ち込んでいる時ではない。
後悔するのも雪子に謝るのも、全ては雪子を助け出してからだ。
気持ちを切り替えた千枝の様子を確認した鏡は、上の階への階段を捜すべく探索を再開する。
「うわっ!? む、虫!?」
探索中に遭遇したシャドウの姿を見た千枝が突如、叫び声を上げる。
その叫び声に鏡と陽介が千枝の方へと視線を向けると、顔面蒼白になり後ずさっている千枝の姿が二人の目に映る。
「やだやだやだ! あんなのと戦えないっ!!」
千枝が半狂乱になって嫌がるシャドウは、王冠を戴き金の縁取りの施された深紅のカブトムシのようなシャドウである。
鏡はペルソナを“アプサラス”に切り替えると、回復スキル【メパトラ】を千枝に使う。
「千枝、落ち着いた? 近づきたくないのなら、ブフで攻撃してくれるだけでも良いから動きを止めないで!」
「わ、解った!」
メパトラの効果で落ち着きを取り戻した千枝は、鏡の指示に従い【ブフ】を使う。
『敵、ダウン! チエチャン、さすが!』
どうやら【ブフ】は弱点属性だったらしく、千枝は次々とシャドウをダウンさせていく。
「おっ、もしかして、今がチャンス?」
「千枝、行ける?」
「だ、大丈夫!」
千枝に確認を取った鏡は皆で総攻撃を掛ける。
この攻撃でシャドウは全滅。シャドウが居なくなった事で千枝は力なくしゃがみ込んだ。
「まさか、里中が昆虫嫌いだったとはな……」
「大丈夫、千枝?」
「何とかね……」
二人の言葉に千枝は弱々しく返事を返す。
鏡としては、雪子のいる場所へ辿り着くまでクマと行動を共にさせたいのだが、これにも問題がある。
シャドウは鏡達ペルソナ使いを標的にしているので、千枝の方へシャドウが向かうと、千枝一人で戦う事になるのだ。
そのため千枝には申し訳ないが、このまま頑張って貰うしかない。
この階層から現れた昆虫型シャドウ“熱甲蟲”との幾度かの戦闘で、千枝の疲労は普段以上になっている。
最初の時と比べると取り乱す事は無くなったが、やはり苦手なものはそう簡単には克服できないのだろう。
何とか上の階への階段を見つけ出し、鏡達は上の階へと移動する。
『王子様はまだ来ないの?』
他の階でも聞こえてきた雪子の声。
誰も自分の事を知らない場所へと連れ去ってくれる王子様を、待ち望む雪子の声。
『近いクマ! この先にいるクマ!』
クマからの情報を頼りに、鏡達は先へと進む。六階以上から出没するシャドウは、一筋縄ではいかない相手だった。
特定の攻撃しか効かなかったり、攻撃を反射もしくは吸収して回復するなどこれまでとは比較にならない手強さだ。
そんな中、金色の宝箱から“ケプラーベスト”と“火伏せの符”を入手できたのは幸いだった。
ケプラーベストを陽介が装備する事で生存率がより高まり、火伏せの符を千枝が装備する事で火炎系の攻撃をより回避しやすくなった。
上の階への階段を見つける頃には、鏡達のペルソナも古城に入った当初に比べて、かなりの成長を遂げていた。
階段を上ると二階と同じように通路の先に扉がある。
扉の前に鏡達が辿り着くと、クマから雪子の気配を感じるとの連絡が入った。
鏡達は回復アイテムを使い体調を整えると、扉を開き中へと進む。
扉の向こうは謁見の間を思わせる広い部屋で、扉の正面奥は階段状になっており、最上段には玉座がある。
玉座の前にはドレス姿のもう一人の雪子が眼下で座り込んでいる和服姿の雪子を見下ろしていた。
「雪子!!」
雪子の姿を確認した千枝が叫ぶ。
「やっぱりだ……天城が二人!」
予想通り、ドレス姿の雪子は抑圧され制御を失い現れたもう一人の雪子だった。
鏡達は雪子を助けるべく、二人の元へと駆け寄る。
『あら? あららららら~ぁ?』
鏡達に気が付いたもう一人の雪子が驚きの声を上げる。
『やっだもう! 王子様が、三人も! もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの三人さん? いや~ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!』
身をよじりながらもう一人の雪子が嬉しそうに話す。
もう一人の雪子は媚びるように鏡達へと、自身を誰も知らないどこか遠くへ連れ出してくれるように懇願する。
王子様ならばそれが可能であるだろうからと。
「むっほ? これが噂の“逆ナン”クマ!?」
「三人の王子って……まさか、あたしと鏡も入ってるワケ……?」
「……多分、そうなんだろうな」
もう一人の雪子の言葉に興奮するクマと、発言の内容に呆然とする千枝と陽介。
鏡はややウンザリした表情で眼鏡の位置を直している。
『千枝……ふふ、そうよ。アタシの王子様……いつだってアタシをリードしてくれる……千枝は強い、王子様……王子様“だった”』
「だった……?」
もう一人の雪子の言葉に唖然となる千枝に、表情を険しくしたもう一人の雪子が叫ぶ。
千枝では自分を連れ出す事も助け出す事は出来ない。その言葉に千枝は何も言えなくなる。
「や、やめて……」
疲労が蓄積して弱っている雪子が弱々しく声を上げる。
そんな雪子へもう一人の雪子が斬りつけるように、老舗旅館や女将修行といった束縛がまっぴらだと叫ぶ。
たまたまここに生まれただけで、死ぬまで生き方が全部決められている。そんな自身の境遇が嫌で仕方がないのだと。
「そんなこと、ない……」
そう否定する雪子に、もう一人の雪子は言葉を続ける。
ここではない、どこか遠くに行きたい。一人では何も何も出来ないから、誰かに連れ出して欲しい。
希望もなく、出て行く勇気も無い。だから自分は、いつか王子様が自分に気付いて連れ出してくれるのを待っている。
もう一人の雪子は、それが“天城雪子”の本音だと語る。
「ち、ちが……」
「よせ、言うなッ!」
受け入れがたい言葉に雪子が否定の声を上げようとする。
陽介が慌てて制止しようとするが、それよりも早く雪子はもう一人の自分を否定する。
「違う! あなたなんか……私じゃない!」
『うふふふふふふ! いいわぁ、力が漲ってくるぅ! そんなにしたら、アタシ……』
雪子の否定の言葉が、もう一人の雪子を頸木から解き放つ。
嘲笑を上げるもう一人の雪子を黒い風が覆う。風が収まると、天井から巨大なシャンデリアが落ちてくる。
シャンデリアの上部には鳥籠があり、深紅の鳥の姿をした異形が中に居る。
落ちてきた衝撃に煽られた雪子がその場に倒れ伏す。その様子に千枝が慌てるが異形を挟んだ反対側なので近づく事が出来ない。
「雪子、もういいよ……待ってて!! 今、助けてあげる!!」
千枝は雪子へ視線を向けそう言うと、異形へと視線を移し身構える。
「クマは離れてバックアップ! 皆、雪子を助けるよ!」
千枝の言葉を引き継ぐように鏡が宣言する。鏡の言葉に従い、クマは鏡達から距離を取りバックアップの体制に入る。
鏡達は互いに距離を取って、雪子の影を包囲するように位置取りをしてそれぞれ身構える。
『我は影……真なる我……さあ、王子様……楽しくダンスを踊りましょう? ンフフフフ……』
「待ってて、雪子……あたしが全部受け止めてあげる!」
『あらホントぉ……? じゃ私も、ガッツリ本気でぶつかってあげる!!』
鏡はペルソナを“フォルネウス”に切り替えると千枝に補助系スキル【タルカジャ】を使用する。
次に陽介が同じく千枝に補助系スキルの【スクカジャ】を使い、これで千枝の攻撃力と行動力を底上げされる。
「来てっ、トモエ!」
召喚されたトモエが下から掬い上げるようにして、雪子の影を手にした薙刀で切り上げる。
『んふふ、まだまだよ。もぉっと強さを見せてちょうだい! いらっしゃい……アタシの王子様……ンフフフフ……』
雪子の影がそう言うと傍らにスポットライトが当てられ、王冠を戴き金髪で赤い服を来たこぢんまりとしたシャドウが現れる。
鏡達は現れたシャドウに構わずに雪子の影を攻撃するも、回復系スキルの【ディアラマ】でシャドウが雪子の影を回復させる。
「くそ、あのシャドウ地味にウゼエぞ!」
鏡は再びフォルネウスを召喚すると補助系スキル【ラクンダ】でシャドウの防御力を下げる。
陽介も鏡の意図を読み取りジライヤを召喚して【ソニックパンチ】でシャドウを攻撃する。
「来てっ、喰らえ!!」
千枝が氷結系スキル【マハブフ】を使い雪子の影とシャドウの両方に攻撃する。
氷結系が弱点属性だったのか、シャドウが体勢を崩し転倒する。この機を逃さず、千枝は再び【マハブフ】で攻撃してシャドウを気絶させる。
その様子に慌てた雪子の影がシャドウへと障壁を張る。おそらく、氷結系の弱点を補ったのだろう。
「フォルネウス!」
鏡は弱点が打ち消されたとしても、【ラクンダ】で防御力が落ちている今が好機と見て、千枝と同じく【ブフ】でシャドウを攻撃する。
「行け、ジライヤ!」
続いて陽介が【ソニックパンチ】で追撃を掛け、千枝が再び【マハブフ】で攻撃を仕掛けてようやくシャドウを倒す事が出来た。
『王子さまっ! 王子さまっ!』
シャドウが消滅した事で取り乱した雪子の影は、再びシャドウを召喚しようとするも、再びシャドウが現れる事は無かった。
『なんで……なんで来てくれないの……』
『誰も来ないクマ! この隙を狙うクマ!』
雪子の影が動揺している今がチャンスだとクマが鏡達に言う。
この好機を逃さないよう、鏡は攻め急がずに【ラクンダ】で雪子の影の防御力を落とし、確実にダメージを与えられるようにする。
陽介と千枝がそれぞれ攻撃するも、後一押しが足りず倒しきる事が出来ない。
『目障りよっ!』
動揺から立ち直れていない雪子の影が羽を振るうと、周囲を火炎が薙ぎ払っていく。
鏡と陽介は咄嗟にガードするも、ダメージを防ぎきれず軽い火傷を負う。千枝は装備の恩恵もあり、無事に回避したようだ。
一進一退の攻防が続くも、数で上回っている鏡達が徐々に雪子の影を追いつめていく。
「雪子……これで、最後よっ!」
千枝の渾身の一蹴りが決め手となって、ついに雪子の影は力尽きる。
力尽きた雪子の影は元のドレスを着た雪子の姿となり、その場に静かに佇んでいる。
「う……」
「雪子!! 大丈夫? 怪我は無い……!?」
気を失っていた雪子の元へと千枝は駆け寄ると、雪子の安否を確認する。
意識を取り戻した雪子は、千枝に手を引かれて立ち上がるともう一人の自分の姿を見て、身体を強ばらせる。
「私、あんな事……」
「わかってるさ。天城、お前だけじゃねーよ」
「誰にでも、他人や自分でさえ見たくない姿はあるよ」
気落ちする雪子を陽介と鏡が慰める。
「雪子……ごめんね」
そんな雪子に千枝が泣きながら謝る。自分の事ばかり考えていて、友達なのに雪子の悩みに気付かなかった事を。
自分にないモノを持っている雪子が羨ましくて、何も無い自分がずっと不安で心細かった事……
だから、そんな雪子に頼られていたかった。本当は自分が雪子を頼っていた事を。
「あたし、一人じゃ全然ダメ……鏡や花村にも、いっぱい迷惑かけちゃったし……雪子いないと……あたし、全然、分かんないよ……」
「千枝……私も、千枝の事、見えてなかった……自分が逃げる事ばっかりで」
雪子は千枝にそう言うと、もう一人の自分の傍まで移動する。
「逃げたい……誰かに救って欲しい……そうね……確かに、私の気持ち。あなたは、私だね……」
その言葉にもう一人の雪子は頷くと、青い光となってその身を変じさせる。
両手に花片を思わせるショールのようなモノを持った、チアガールを彷彿とさせる姿を持ったペルソナ。
雪子のペルソナ“コノハナサクヤ”は、再び青い光の粒子となるとカードへと姿を変え、雪子の身体へと吸い込まれるように消えていく。
コノハナサクヤが消えると、雪子は崩れ落ちるようにその場に膝をつく。
「雪子!!」
「天城、大丈夫か?」
「うん、少し、疲れたみたい……みんな……助けに来てくれたのね」
「当たり前でしょ」
千枝と陽介が雪子を気遣い、雪子が皆が助けに来てくれた事にお礼を述べる。
雪子が無事だった事に千枝と陽介は安堵の表情を浮かべる。
「んで、キミをココに放り込んだのは誰クマ?」
「え……あたな、誰……? て言うか……何?」
「クマはクマクマ。で、放り込んだのは誰クマか?」
クマが雪子に肝心な事を訊ねるが、雪子はクマの姿を見て唖然としている。
改めてクマが訊ねるも、雪子自身は良く覚えてはおらず、誰かに呼ばれたような気がするも記憶が朧気で誰かは分からないという。
クマはその事に気落ちするも、雪子をこの世界へと放り込んだ誰かが居る事はハッキリとした。
「取り敢えず、雪子を早く外に連れ出しましょう」
「そうだね、雪子、辛そうだし……」
「っと、そうだったな。悪ぃ」
鏡達はカエレールを古城を後にする。クマに広場まで案内された鏡達が元の世界に帰ろうとすると、クマが寂しそうに引き留める。
しかし、雪子が改めてお礼を言いに来るからとクマの頭を撫でた途端に機嫌を直す辺り、クマもかなり現金だ。
元の世界に戻ってきた鏡達は、フードコートで雪子を休憩させる。
千枝は雪子が怪我をしていないか心配しているが、雪子は疲れているだけだと千枝に話す。
「天城が山野アナと同じ手口で、その……殺され掛けたってのは、間違いないよな」
「未遂で言えば、小西先輩もそうなるね」
陽介の言葉に鏡が付け加える。その上で、陽介は雪子が抑え付けていた思いが向こうで現実になったのでないかと推理する。
その言葉に、クマも同じような事を言っていたと、千枝が話す。
「あー駄目だ。ますます分っかんね。犯人って、一体どんなヤツなんだ?」
「陽介、取り敢えず今日は雪子を送り届けましょう」
「そうだね、難しい話はまた今度にしよ? 雪子、早く休ませた方が良いし、あたし、家まで送ってくからさ」
「あ、そうだよな……悪い。天城の疲れ、ハンパじゃないもんな」
「それじゃ、千枝、頼める?」
「うん、任せて!」
鏡に自信を持って答えた千枝は、雪子を気遣いながらフードコートから去っていく。
それを見送った後で陽介が鏡に話し掛けてくる。
「詳しい話は、まず天城が元気になってからだな」
「そうね。私達も今日はゆっくり休みましょう」
そう言って、二人もフードコートを後にする。
鏡は今日の晩ご飯の食材を購入しに、食費売り場に寄り道すると陽介に伝える。
陽介は疲れている上に、この後で家事までこなす鏡を心配して買い物に付き合う事にする。
流石に手の込んだ料理は厳しいので、今日の献立はカレーだ。
買い物を終えると、陽介は鏡を気遣って堂島家まで荷物を持ちを買って出る。
流石にそこまで気を遣わせるのは悪いと鏡は断ったが、自分は帰ったら食事の用意とかしないで済むから構わないと押し切られた。
「それじゃ、姉御。また明日な」
「えぇ、送ってくれてありがとう」
鏡のお礼に照れ笑いを浮かべた陽介は、自転車に乗って帰って行った。
それを見送った鏡が堂島家に戻ると、菜々子がいつものように嬉しそうに出迎えてくれた。
菜々子の笑顔に癒された鏡は手を洗い着替えると、菜々子と一緒に晩ご飯の準備に取りかかる。
今日の献立がカレーと聞いて、菜々子は喜び、いつにも増して手伝いに力が入る。
煮込んで形が崩れる事を見越して、大きめに切った具材を軽く炒めてから置いてあった圧力鍋で煮込んでいく。
隠し味に、シナモンとインスタントコーヒーを入れて味に深みを持たせる。
その上でタマネギの摺り下ろしも入れて辛さを抑え、菜々子に食べやすい辛さに味を調整する。
カレーが出来上がる頃になって、遼太郎が帰ってきた。
見ると、遼太郎は頼りなさそうな風貌の青年を連れてきている。
見覚えのあるその姿に、鏡は山野アナの遺体発見現場に居た若い刑事である事を思い出した。
「お、おかえり」
見知らぬ人物の姿に、菜々子が緊張した様子で遼太郎に声を掛ける。
「こんちゃっすー」
「珍しく上がりが一緒になったんでな。送りがてら連れてきた」
「どーも、この春から、堂島さんにこき使われてる、足立です」
遼太郎が連れてきた若い刑事、足立が軽いノリで自己紹介をする。
足立の自己紹介に遼太郎は「これでも遠慮してんだぞ」と言われるも「冗談キツいッスよ!」と取り合わない。
ある意味で肝が据わっているとも取れる態度だが、今ひとつ頼りなさそうな印象が強い。
しかし、鏡は足立のその調子の良さに違和感を覚える。何というか、態とらしく感じられるのだ。
「おわっと、そうだ! 君、確か天城雪子さんのクラスメイトだよね? 天城さん、無事に見つかったからさ! 皆にも知らせてあげてよ!」
「雪子が無事に見つかった?」
怪訝な表情で答える鏡の様子に、足立は自身の失言に気付き気まずそうな表情になる。
「ああ、お前のクラスメイトの天城雪子な、数日前から行方不明になっていたんだ」
学校の方には家の手伝いで休んでいる事になっていたので、遼太郎は足立の失言に内心、頭を抱えて鏡に説明する。
「問題が全てクリアって訳じゃないんだけどね。さっき訊ねた帰りなんだけど、天城さん、居ない間の事、覚えてないんだってさ」
遼太郎の思いに気付かない足立は、鏡達に捜査内情を次々に話していく。
あまりにも軽々しく内情を話す足立を遼太郎が殴りつける。
「イタっ!」
「バカ野郎、要らん事を言うな!」
「……叔父さん、守秘義務って言葉、警察には無いんですか?」
「いや、すまんが、今聞いた事は全部忘れてくれ……」
鏡の心配そうな視線に居たたまれなくなった遼太郎がそう話す。
「す、すいません……」
流石に足立も、余計な事を喋りすぎたと自覚して、済まなさそうに遼太郎に謝る。
「おなかすいた」
遼太郎達の会話を理解できていない菜々子が不満を述べる。その言葉に、遼太郎も同意する。
鏡は二人に手を洗うように言うと、菜々子と一緒にカレーをよそっていく。
「あ、そうだ。叔父さん、同僚の方を連れてくるのは良いですが、事前に連絡は下さいね?」
今日の献立がカレーでなかったら、足立の分の食事を今から作る事になるところだったという鏡の言葉に、遼太郎は自身の失態を知る。
「すまん。つい、今までの癖で出前を取れば良いと考えていた」
鏡が来てから食事は鏡が作るようになっても、習慣はそうそう抜けるものではない。
とはいえ、折角作ってくれた食事が無駄になるのは流石に問題なので、遼太郎はその辺りの事は改めようと決意する。
「へぇ……これ、鏡ちゃんと菜々子ちゃんが作ったんだ」
カレーを美味しそうに食べながら、足立が感心したように話す。
菜々子が食べやすいように辛さを抑えているが、味にコクと深みがあるので、遼太郎達にも物足りなさを感じさせる事はない。
「堂島さん、こんな美味しいご飯が食べられるのなら、仕事の疲れも吹き飛ぶでしょ?」
「そうだな」
楽しそうに聞いてくる足立に遼太郎がそう答える。
久しぶりに賑やかな団らんを過ごせて菜々子も終始、嬉しそうな表情を見せている。
「それじゃ、コイツを送ってくるから戸締まりは頼むぞ」
「いや~美味しかったよ、ごちそうさま」
そう言って、遼太郎が足立を車で送りに出掛ける。足立は鏡達に嬉しそうな笑みを見せてお礼を述べていく。
遼太郎達を見送ってから、玄関の戸締まりをして食べ終えた食器を菜々子と二人で洗い終え、いつものように二人で入浴する。
久しぶりの団らんで機嫌の良い菜々子は、鏡に皆で食べたご飯が楽しかった事を伝える。
鏡もこういった賑やかな食事は久しぶりだったので、菜々子と同意見だ。
お風呂から上がり、いつものように菜々子を寝かし付けてから鏡も自室へと戻る。
布団を敷き、中に入って目を閉じる。
雪子を救出する事は出来たが、未だに犯人に繋がる情報は無い。今は雪子が回復するのをまって、今後の事を皆と相談しなければ。
そんな事を考えながら、鏡は眠りに付くのであった。
2011年04月13日 初投稿