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No.26445の一覧
[0] 魔法少女のどか☆マギカ[G.J.](2011/04/03 00:07)
[1] 【誕生編】-1-[G.J.](2011/03/11 00:53)
[2] 【誕生編】-2-[G.J.](2011/03/11 01:26)
[3] 【誕生編】-3-[G.J.](2011/03/19 00:01)
[4] 【誕生編】-4-[G.J.](2011/03/28 13:44)
[5] 【混迷編】-1-[G.J.](2011/04/03 09:33)
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[26445] 【混迷編】-1-
Name: G.J.◆bbb1f04e ID:4b7cbdad 前を表示する
Date: 2011/04/03 09:33
 雨が降っていた。
 重く冷たい夜の雨が身体に絡み付き、容赦なく体温を奪う。
 黒いぼろきれのようなものをかぶった少女は、そんな雨の中をもう三十分も走り続けていた。およそ尋常な速さではない。まともに測れば世界記録など問題にならないほどの速さ。あたかも超人のように、彼女はただ走り続ける。
 背後から、夜闇を切り裂くようなライトの明かりが何本も差していた。激しい雨音に混じって、幾人もの足音が彼女を追いかけていた。
 彼女は逃亡者だった。居場所はどこにもなく、常に人目から隠れ続けなければならない。そういう立場の存在だ。
 彼らは追っ手だった。少女を捕らえようとする者たち。もちろん捕まるわけにはいかない。だから逃げる、だから走る。

「こっちに来たぞ! ライトを当てろ!」

 少女の行く手に、突然幾人かの人影が現れる。逃走ルートを読んで配置されていた、伏兵のようだ。
 小賢しい、邪魔だ。そう言わんばかりに少女の口元がいびつに曲がる。彼女は向けられたライトのまぶしさに目を細めながら、嘲笑のようなものを浮かべた。だがそれだけだった。その速さは少しも緩むことなく、まるで真っ直ぐぶつかりでもするかのように、ただ走り続ける。

「なッ……抵抗する気か! 大人しくしろ、キミも生徒だろう!? 悪いようには……」

 伏兵として潜んでいた男たち眼前で、突然少女の姿がかき消える。瞬きしたその瞬間にだ。タチの悪い妖怪にでも出会ったかのような出来事に、男たちは思わず周囲を見回す。だがそれでも少女の姿は見つからない。消え失せた。

「ど、どこへ消えたッ!?」
「……後ろだっ!」

 いつの間にか、少女の姿は彼らの後方にあった。男たちを抜き去った彼女は一瞥すらすることなく、なおも走り続ける。
 追いつかれる気などまるでしなかった。あんな『間抜け』に捕まるような自分ではないと、確信を持って言える。
 事実その通りになった。
 さらに四半刻ほど走っただろうか、彼女はついに追跡を振り切っていた。ねぐらに使っている地下道の一角に転がり込み、ようやく一息つく。濡れた身体が気持ち悪い。とりあえず、雨具の代わりに頭にかぶっていたものを脱ぎ去った。

「ふぅ……」

 ぼろきれの下から現れたのは、目が隠れるほどの長い前髪を持つ中学生ほどの少女──『宮崎のどか』という名を持つ人物の顔だった。
 だが今の彼女を、のどかを知る人間が見たら間違いなく驚き、嘆くだろう。彼女の表情はそれほどまでに荒んでいた。これが中学生の少女が作る表情かと、そう思えるほどに。まるで地獄の底を見てきたかのようだ。別人にすら思える。
 否。事実、彼女は別人だった。見かけ──身体は間違いなく『宮崎のどか』のものではあってもそこに宿る精神、あるいは『魂』はまったく別物だ。
 のどかの身体を動かしているもの。それはかつて『長谷川千雨』と呼ばれていた者の魂だ。だが長谷川千雨という人間はもうどこにもいない。今は『宮崎のどか』が長谷川千雨の身体であり、『宮崎のどか』は長谷川千雨の全てだった。

「……これで、ストックは三つか」

 ポケットをまさぐり、のどか──いや、千雨は掌に乗せたものを見つめる。それは『グリーフシード』と呼ばれる、ピンポン球ほどの大きさをしたオブジェだ。それが三個ある。どれも彼女が『魔女』を狩り、集めたものだった。
 千雨は『魔女を狩る者』だ。『魔法少女』と呼ばれている。かつてキュゥべえという謎の存在と契約した千雨はその際に元の身体を失って、この『宮崎のどか』の身体となった。
 身体が変わってしまったこと自体も千雨にとっては痛恨だったが、失ったものはそれだけではない。彼女は長谷川千雨としての社会的基盤だけでなく、宮崎のどかとしてのそれも、同時に失ったのだ。
 彼女がこんな古びた地下道に潜んでいるのには理由がある。
 彼女は追われていた。さっきの男たちのように、組織的な存在にだ。相手の正体は千雨もよくわかっていない。
 部屋に『死体』を残して来たのだ。追われるならば警察だとばかり思っていた。しかし出で立ちから見て、さっきの彼らが警察でないのは明らかだった。
 もっとも友好的だとは思えない以上、うかつに接近する気にはなれない。
 それに何より、幾度も捕らえようとしていることから、自分が相手にどう思われているかはわかる。
 彼らは千雨を敵だと思っているのだろう。あるいは犯罪者か。そう思われる心当たりもあった。容疑は結局『長谷川千雨殺害』だ。そうに違いない。
 無論、今の彼女が『長谷川千雨』という人間を殺した『事実』などない。長谷川千雨の身体は確かに死んでいたが、それはキュゥべえとの契約の結果にすぎない。不本意ではあったが、彼女の主観的にはかつての身体を『捨てた』ということになる。
 だがそんな事情、そんな与太話を話て通じる相手がいるなど、千雨には信じられなかった。だから逃げたのだ、誰にも話せない事実を抱えて。そして実際に追われ始めたとき、選択は正解だったと思えた。
 座して捕らえられるわけにはいかなかった。素直に全て話したところで、家族も友達も教師も警察も医者も弁護士も裁判官も、誰一人だって信じるはずがない。もしもいるとすれば、それは自分と同じ『魔法少女』だけのはずだった。
 あいにくとまだ他の『魔法少女』と会ったことはない。だが、自分のテリトリーであるこの麻帆良を狙って戦いを仕掛けてくる『魔法少女』がいないとは限らない。魔法少女同士の縄張り争いはよくあることだと、キュゥべえも言っていた。そのうち出会う機会もあるだろう。

「いつまで続くんだ、こんなこと……」

 床に座り込みながら頭上を仰ぐ。湿気で湿った天井から垂れた水が顔を濡らしたが、拭う気すら起こらなかった。
 魔法少女は魔女を狩る。そんな風に教えられたから、彼女は魔女を狩っている。あの日以来、未来になんの希望も抱けなくなったが、魔女を狩っているときだけは不安を忘れることができた。
 幸いなことに『魔女狩り』としての才能もあった。おそらくは……身体の元の持ち主よりも。魔法少女としての力が、きっと『のどか』より『千雨』のほうが強いのだろう。
 だからなのか、千雨の持つ『ソウルジェム』は淀みやすい──誰かと比較したわけではないが、そんな気がする。これが全て黒く染まりきったとき、何が起こるのかキュゥべえは教えてくれなかった。それを尋ねてしまうと何かが終わってしまう気がして、面と向かっても質問を口に出来ない。だからただ“黒くしなければいい”と自分に言い聞かせて、グリーフシードを集めるために魔女を殺した。

「狩る獲物に困らないことだけは……マシだと思うべきか」

 口にする台詞も、ずいぶん殺伐としたものになった。かつてののどかも、そして千雨もこんな言葉を使うような人生は歩んでいなかった。
 口調こそ変わらないが、何を喋っても『千雨』ではない別人の声が聞こえてくるのにも、もう慣れた。それに『自分自身』であるがゆえに、聞こえてくる声色が『のどか』とは別に聞こえてくるのは幸いだった。もしも自分の声が千雨の知る『のどか』そのものであるならば、とうに気が狂っていただろう。自分で自分を苛んでいるような、救いのないことになっていたに違いない。
 もっとも、狂ってしまったほうがラクだったのかもしれない。出口の無い迷路を彷徨うようなこの一週間。そしてこの先一ヶ月、一年とそんな日が続くのだろう。光なんてどこにもない、どろどろに溶けて濁った闇に沈められているような日々は、確実に千雨の正気を削り取っていた。自らの死を望むほどに。

「死んじゃおうかな……でも、死ぬのはイヤだよな……」

 皮肉げに口元を歪める。言葉の通りだった。
 一週間前から何度も死を望み、試してみた。しかしできなかった。千雨は『のどかのために』というお題目がなければ、自分で自分の命を絶つことすらできなかったのだ。なんど試しても同じ、傷つくたびに命惜しさに魔法を使い、傷を癒してしまった。
 結局のところ、グリーフシードを集めているのも同じ感情だ。穢れきったソウルジェム──『魂』の先にある破滅が恐いから、場当たり的にそれを防ごうとしているだけに過ぎない。
 彼女は命という私利私欲のためだけに魔女を狩っている。だから死んだ『のどか』とは大違いだと、自嘲するほかはないのだ。彼女と同じ姿をしていながら、『長谷川千雨』をせせら嗤うのだ。

「……お前のようにはなれないよ、宮崎」

 ごろりと地下道に横になる。氷のように冷え込んだコンクリートの床だが、贅沢は言ってられない。『敵』に見つからずにいることだけでもありがたいのだ。
 『敵』はなぜかこの地下道の奥までは入ってこない。理由はわからないが、そのことだけは経験上知っていた。ここならば快眠とまではいかないが、疲労をそぎ落とすことができる程度には、身体を休めることができるのだ。
 だが、今日だけは違った。
 横になっていた千雨が、静かに目を開く。遠くから響いてくるのは足音。隠す気は感じられないし、急いでもいない。だれか迷い込んできたのかとも思うが、ここは千雨ですら『能力』を使わなければ脱出が難しい奥の奥だ。そう簡単に迷い込む者がいるとは思えない。
 千雨は身体を起こすと、ぼろきれの裾をはためかせて腕を突き出す。暗闇の中にぼうっと掌から青い炎がわき上がった。超常現象と言っていいだろう。千雨がその炎を掴むと、やがてそれは一つの『形』となって実体化する。
 炎の中から生み出されたのは、長柄の武器だった。彼女の身の丈をはるかに超える、長大な鎌。死神が持つかのような鎌がそこにあった。
 魔女を殺し、敵を倒し、戦いを重ねてすっかり身体の一部のように馴染んだ大鎌を構えて、足音に耳を澄ませる。
 もうだいぶ近くまで来ている。遠くにランプの灯のような、ぼんやりとした明かりが見えた。向こうも千雨に気付いているのは気配でわかる。だがその歩みは急ぎもせず遅れもせず、変わらない。まるで最初からいることがわかっていて、迎えに来たかのようにさえ思えた。

「止まれ。誰だ?」
「……やれやれ、探したネ。こんな奥に隠れてるとは思わなかたヨ」

 現れた人影は、まさしく千雨の予想を裏切ることのない台詞を口にする。陽気にニヤついたその表情に、千雨は見覚えがある。
 彼女の名前は超鈴音。かつてクラスメートとして、共に机を並べていた少女だった。
 
 
 
 
 地上で雨が降っているせいだろう。超に連れて来られたのは、やけにじめじめとした地下室だった。
 広さはかなりある。学校の教室と同じくらいだろうか。がらんとした空間だが、寝具など必要最低限の生活用品だけは置かれている。

「ここは?」
「ワタシのアジトのひとつヨ。学園地下のあちこちに、こういう空間を用意してるネ」
「ふぅん……それで私をこんなところに連れてきて、一体何のつもりだ?」
「何、“あんなこと”になってアナタもさぞやお困りだろうと思ってナ。クラスメートのよしみで手を差し伸べに来たヨ」

 その言葉を素直に信じて有り難がれるほど、今の千雨は素直でもなければ余裕もなかった。
 確かに渡りに船だ、冷たいコンクリートの上で寝なくて済むのは助かる。
 しかし今のコスプレ同然の格好──あまつさえ武器まで携えている──の自分を見て全く動じていないというのは、あまりにも不自然過ぎる。何か腹に一物あると考えるのは当然だった。

「何の話だ? いや……何を知ってんだ?」
「おおまかなところは、というくらいかナ。心情心理のたぐいはもちろんわからないが、そこだって想像することはできるヨ?」
「思わせぶりだな。けど、それは何も答えてないのと同じだぜ」
「信じられないカ? 今のアナタの心理状態ではムリもないことだがナ、『魔法少女』の“千雨”サン?」
「な……ッ!? お前ッ、本当に私のことをッ!?」

 驚きと同時に、防衛本能が身体を突き動かした。
 人間だった頃からは想像もできないほどの身のこなしで、横薙ぎに大鎌を振り抜く。だがその切っ先はぴったりと超の首筋三ミリ手前で止まっていた。

「……なんで避けなかった?」
「フェイクだとわかってたからナ。いきなり私を斬り殺すほどには、アナタは野蛮じゃないだロ?」
「どうかな。私がちょっとこれを動かせば、てめぇの首はすっ飛ぶぞ?」
「それが出来るほど非情なら、アナタは“そのザマ”になってなかったヨ。ムリはしないほうがいいネ」
「ち……」

 見透かされていると感じた。素直に敗北を認めて鎌を降ろす。同時に戦闘装束への変身も解き、元から着ていた麻帆良学園の制服姿に戻った。

「ようやく話を聞いてくれる気になたカ」
「まぁな……どうやらお前は私の知らないコトまで知ってそうだ。何かするのは、それを聞いてからだな」
「それで結構ネ」

 うんうんと頷くと、部屋に置かれていたパイプ椅子へと超は腰かける。千雨も勧められるまま、側にある別の椅子へと座った。

「とりあえず……大変だったようだナ」
「……大変なんてもんじゃねーよ。何もかもなくしちまった」
「心中、お察しするヨ」
「つまんねー同情ならいらねーよ、キリキリ話せ。超、なんであんた私のコト知ってるんだ? 私が宮崎じゃないことを、そして私が長谷川千雨であることを」
「……」

 超は少しだけ逡巡するように視線を泳がせると、表情を引き締める。まるでこれから言うことに嘘はないと、宣言しているかのように。

「ワタシはナ、千雨さん。自分の『ある目的』を果たすために、アナタの……いや、『魔法少女』の協力を必要としているネ」
「協力? どういうことだ?」
「ワタシは強い魔法少女を探している。本屋も候補の一人だったヨ。だから悪いとは思ったが、彼女が魔法少女であると知ったときから、偵察メカを使って監視していタ。私が頼むに足る者かどうかとネ」
「そうか、それで私のことも」
「そのとおり。だが、全てを把握できているワケじゃないヨ。どうしてもわからないことや、手遅れなことはあった。たとえば……村上サンのこととかナ」
「くっ……」

 千雨を責める言葉ではない。だが、村上夏美の名前を聞くだけで千雨の心は重くなる。深刻なトラウマとなっていた。
 それでものどかに対する負い目ほどではないのは、死に目に自分が関わらなかったからだろう。彼女は千雨の手を振り切り、千雨の目の届かないところで死んだ。それが千雨にとっては後ろ向きな救いとなっていた。

「彼女のことは残念だったガ……もう救うことはできないだろうナ。本屋についてもそうヨ。早めに気持ちを切り替えることをオススメするネ」
「それができれば、苦労は……」
「……おっと、失礼」
「いや、いい。私の問題だ。それより村上と宮崎……それと私のことは、クラスではどうなってるんだ? 失踪扱いか? それとも葬式でもやったのか?」
「いいや、違うヨ」

 超はかぶりを振った。言葉にはどこか呆れたような雰囲気がある。もっとも、それは千雨に向けられているわけではないようだった。
 遠くを見ているようだ。あたかもここにいない敵を見据えているかのように。

「アナタと本屋、そして村上サンの三人は『病気治療』のため長期入院中……だそうネ」
「なっ……!?」
「信じられないかもしれないガ、事実だからナ。はっきりとした目的はわからない……どうやら学校側は、アナタたち三人の『死』を当面は隠蔽したいようだネ」
「なんで、そんな……隠蔽とかって、たかが学校だぞ!? 悪の秘密結社じゃないんだ、隠蔽とかできるわけが……」
「ところが、その『たかが学校』ではないんだヨ。この麻帆良学園は……いや、この麻帆良という都市は、かナ?」
「なんだと?」

 思いも寄らぬ言葉だった。

「千雨サン、アナタは『魔法少女』だガ……『奇跡』を体現する存在は、別にアナタだけではないヨ」
「どういう意味だ? ほかの『魔法少女』のことを言ってるのか?」
「いいや。『魔法少女』と別系統の『常識を超えた存在』がいるという話だネ。彼らは自らを『魔法使い』と呼んでいるヨ」
「……『魔法使い』だと?」
「この麻帆良はその魔法使いたちによって作られた魔法都市。異常だとは思わなかったカ? あの世界樹を初めとする、非常識な物、人、出来事の数々を。それらは全部『魔法使い』の関わっているがために生まれたものネ」
「……そんなことはありえ──ないと言っちまうのは、さすがに愚かってものか」
「理解が早くて助かるヨ」

 ここでわざわざ超が嘘をつく意味はない。
 それに千雨もかつて人間だった頃、さんざんそうした非常識を目にしている。その度に、自分の中にある『常識』とのギャップに苦しんだものだ。むしろ話を聞いたことで、ようやくその『ギャップ』が解消できた気さえした。

「しかし妙だな。そんな存在がいるなら、魔女みたいな『敵』は退治されるんじゃないのか? 魔法少女の出番がなくなるぜ。私にとっちゃ死活問題になりかねん」
「そこは単純に力不足のようだナ。彼らは魔女の存在を把握していないみたいネ。結界を見つけても理解できないがために手を出せず、逆に魔女から口づけを受けて憑き殺されてるみたいだナ。どうも『変死』として処理されてるようだガ」
「そいつはツイてる、と言っちゃいけねーか。あ、いや待てよ? もしかして……」

 千雨の表情が苦々しく変化する。

「なぁ超、ひょっとして私を追っているのは……?」
「ご明察だナ。魔法使いの組織だヨ。『関東魔法協会』というのだガ、アナタが『長谷川千雨』の『変死』に関わってると見立ててるようネ」
「やっぱりか……」

 面倒くさいのは、関わっているかと言われればイエスとしか答えようのないことだ。だが『魔法少女』や『魔女』のなんたるかもわからない相手に、極めて特殊な自分の事情を説明したところで、受け入れてもらえるとは今だって思えない。

「どうしたらいいんだ……八方塞がりじゃねーか、私?」
「当たり前ネ。『魔法少女』なんかになった時点でデッドエンドが決まってるヨ。その先には何もない。そういうものだガ?」
「……もう少し優しい言葉が欲しいところだな」
「慰めても現実は変わらないヨ」
「その通りだけに腹が立つよ……つーか、なんでお前そんなに『魔法少女』に詳しいんだ? そもそも『魔法少女』についてどこで知ったんだ?」
「うん? そんなの簡単な話ネ」

 まだ気付いてなかったのか、とばかりに超は右手を見せる。そこには輝く銀色の指輪がはめられていた。

「もちろん、私も『魔法少女』だからに決まってるヨ」
 
 
 
 
「今麻帆良にいる、“現役”の魔法少女は私と千雨さんの二人だけのハズよ」
「現役って言い方がそこはかとなくイヤだな……いつか現役じゃなくなるみたいで」
「人間並みの寿命をまっとうした魔法少女は存在しないナ」
「……覚悟しちゃ、いるさ」

 愉快な話ではないし、ショックも大きい。それでも納得するしかない。

「そういやお前、魔法少女を探してるって言ってたな。アテでもあるのか? 誰が魔法少女なのか──いや、誰が魔法少女になるのかなんて、いくらお前でも予測できないだろ?」
「もちろんそれは不可能ネ。だが”なってしまった”者を見つけることは不可能じゃないヨ。アナタみたいにナ」
「方法があるのか?」
「魔法少女は『魔女』を探索するとき、ソウルジェムを使うだロ? あの要領で、ちょっと応用してやれば魔法少女も見つけることができるネ。アナタは反応が『飛ぶ』から少し手こずったガ」
「なるほどね……」

 納得したフリをして、妙に強調された『飛ぶ』ということについてはノーコメントを貫く。まったく信用していないわけではないが、手の内を完全にさらけ出す気もない。
 同じ『魔法少女』であるという同族意識のせいで、ずいぶんとガードが甘くなったのは確かだったが。

「そいで、魔法少女を探してどうしようってんだ。自分で言うのもなんだが……魔女を殺すためくらいにしか、役に立たないぞ?」
「……私に、殺したい魔女がいるのだとしたら?」

 超が切り込んできた。
 千雨の顔色をうかがうように、じっと目を見つめている。真剣な表情だ。冗談を言っているわけではないのだとわかる。

「それならわからない話でもねーな。そいつを倒すのに力を貸せと?」
「ぶっちゃけて言えばそうネ」
「私にメリットは?」
「当面の衣食住の安定した提供。なんなら魔法使いのほうを上手く誤魔化すのも、ついでに請け負うヨ」
「……話が上手すぎる。都合の悪いことを隠してないか?」
「インキュベーターみたいにカ?」

 そんな名前を挙げて、にいっと笑う超。聞き慣れない名前だったが、どこか生理的な嫌悪感を感じる名前だ。
 
「なんだ、それ?」
「アナタたちが『キュゥべえ』と呼んでるアイツのことだナ」
「なっ……あいつそんな名前だったのか!?」
「知らなかったカ?」
「ずっと『キュゥべえ』って名前だとばかり……だって、そう名乗ったしな」
「親しみやすい名前も武器のうち。それがあいつの手ネ」

 とにかく相手の心の隙を見つけるのが病的に上手い、というのがキュゥべえ──インキュベーターに対する超の評価だった。
 思い当たる節がある。運命のあの時、まさに自分の致命的なところを突かれた気は確かにしていた。

「アナタもそのクチだろ、千雨サン?」
「……悔しいけど、否定できないな」
「アイツには気を許さないほうがイイと思うネ」
「やけに警戒してるな」
「何、ワタシにもイロイロあるネ。探られると厄介なこともある。見つかるような下手な隠し方はしないけどナ」

 キュゥべえという生き物はどこにでも現れる。まるで最初からその場所にいたかのように。
 無論この部屋に現れても不思議はないのだが、今回は姿を見せなかった。どこぞでまた新しいの魔法少女でも勧誘しているのかもしれない。

「でも、隠し事をしているのは否定しねーと」
「否定したほうがうさん臭いだロ?」
「まぁな」

 それは確かにそうだ。

「まぁいいさ。確かに条件としては悪くない。けどな、相手の強さがわからないんじゃ、首を縦には振れねーよ。そうだろ? 鉄砲玉みたいに使い潰されちゃたまんねーぞ」
「ふむ。一理あるナ……」

 超はしばし考え込む。リスクとリターンを計算しているのだろう。どこまで情報を明かすか──そんなことを決めているに違いない。

「そんなに悩むようなコトか?」
「かなり悩むネ。重大事ヨ。明かせば、アナタが尻尾巻いて逃げてしまうかも知れないからナ」
「……おい、冗談だろ?」
「冗談ならどれほどよかったカ。ワタシ一人ではどうにもならないから、ほかの『魔法少女』の力を借りることを考えてるネ」
「それほどの相手なのか?」
「それほどの相手ヨ」

 超が嘘をついている素振りはない。あるいはついていたとしても、この少女ならばそれを完璧に隠してしまうだろう。考えるだけ無駄というものだ。
 それに「説明したら千雨が逃げる」とまで言っているくらいだ。これ以上何を隠すというのか。

「そこまでヤバい相手じゃ、逃げたくならないと言えば嘘になるな」
「正直ネ。でもきっと逃げても無駄だナ」
「なんでだ?」
「簡単ヨ。その『魔女』が現れたら、みんな死ぬからナ」
「みんな……死ぬ?」
「そう。何もかも死ぬネ。魔法少女も、人間も、動物も──そしてこの星も」

 大げさすぎると思った。だがこれまで、一度だって彼女は物事を誇張して話をしていない。彼女がそうなるというのなら、それは間違いなくそうなるのだろう。
 確実な未来予測。そういったシロモノだとしか思えない。

「でも……それほどの奴がいるなんて、信じられない。地球が滅ぶレベル? そんなのあり得ないだろ。魔女がだぞ、魔女がそんな……!」
「わかったヨ。そこまで言うなら、コレを見せるしかないネ」

 超は懐から一枚の古びた写真を取り出すと、近くにあったテーブルの上に置いた。

「これは?」
「これが『未来』ヨ、千雨サン」
「未来……? どういうコトだ?」
「未来は未来だヨ。必ず来る『未来』が、この写真に写っているネ」
「……わけがわからねーよ。よしんば何か写ってるとしても、合成じゃないって保証は?」
「アナタを騙すだけなら、こんな与太話めいたモノを語る必要なんてないネ。もっとそれらしい嘘をでっちあげるヨ。それに……ワタシだって『魔法少女』なんだガ? 一つや二つの『奇跡』を見せることぐらいは出来るネ」
「……お前の力で写真に『未来』を写したっていうのか?」

 超は何も答えない。それ以上は写真を見て判断しろというのだろう。
 正直気後れする。ここまで超が警告したのだ。伊達や酔狂の類でもったいぶったわけではないはず。

「ただ、これを見せるからには、腹を決めてもらうヨ。めくったらワタシに付き合ってもらう。反論は許さないネ」
「めくらなければ交渉決裂ってわけか……」

 ごくりと唾を飲み込む。
 超の言っていることが真実であれば、めくってもめくらなくても結果は同じということになる。いや、めくった場合は好転する可能性はある──が、めくらなければ全てはここで終わってしまう。ただ滅ぶのみだ。

「……命の使い所を決めろって言ってるんだな、お前はつまり」
「どうせお互い長くはない生命だガ……同じ死ぬにしても、何かを為して死ぬほうがマシだとは思わないカ?」
「まったく……救いのない誘い文句だな、そいつは」

 千雨はそう言いながら、写真を手にしてひっくり返した。
 写っていたのは、とてつもなく巨大な枯れ木。対象物がないので分かりにくいが、枝振りからしておそらくは──おそらくはそう、麻帆良の世界樹と同じくらいの大きさがある。
 そしてその背後には世界樹が小さく見えるほど、さらに大きな『魔女』らしき影が天を貫くがごとくにそびえていた。
 写真を持つ千雨の手が震える。その魔女のたたずまいに、畏怖すら覚えた。写真からすらわかる、その圧倒的なまでの存在感に。

「こ、これは……これも……魔女なのか!? 冗談だろ? おい、冗談だろ!?」
「残念だが、冗談ではないナ」
「そんな……こんなものが、本当に現れるのか!?」
「それは救済の魔女、『Kriemhild Gretchen』。来るべき『未来』に、この惑星を滅ぼす魔女だヨ」


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