────プロローグ
太陽が眩しく輝く、とある昼下がり。閑散とした歩道を一人の男が歩いていた。
くすんだ色合いをしたボサボサの黒髪、手入れの行き届いていない無精ヒゲ、冴えない風貌、死んだ魚を彷彿させる瞳。
まぎれもなくオッサンである。
「…………」
オッサンは人生に疲れていた。いや、人生に意義を見出せないでいた。無意味に日々を過ごす自分の人生に嫌気が差していたのだ。
「…………」
オッサンはただのオッサンではなく、それなりに優秀なオッサンだった。器用貧乏と言ってもいい。
大抵のことは人並みに出来たし、学習能力も悪くなかった。
だが、割と何でもそつなくこなすオッサンは好奇心が人一倍強かったため、別の仕事に興味を引かれるごとに職をとっかえひっかえしてきた。ただ飽きっぽかっただけとも言う。
そうして仕事を転々としながら過ごしてきたオッサンは、気付けば四十歳を超える立派なオッサンになっていた。小さい頃からその持ち前の老け顔のせいでオッサンと呼ばれ続けてきたが、名実ともにオッサンになってしまった。
「……ふぅ」
オッサンと呼ぶに相応しいオッサンは小さくため息を漏らす。あまりの辛気臭さにすれ違った中学生の集団が眉をひそめてオッサンを見る。が、オッサンは気にしない。なぜならオッサンだから。
──ありゃリストラされたオッサンの顔だな。
──同感。今不景気だしなぁ。
──ああいうオッサンにはなりたくねーな。
背後から憐みの籠った中学生達の声が聞こえるが、オッサンは気にしない。なぜならオッサンだから。というか、リストラもされていなければオッサンと呼ばれることにも慣れているから。
(退屈だ。何もかも……)
ゆっくりと歩を進めながらオッサンは胸中で独りごちる。
オッサンはオッサンになっても職を転々とすることを止めなかった。最長で一年、最短で一ヶ月。かなり短いスパンで次から次へと仕事を変えてきた。それはもう履歴書を書く場合は職歴の欄がびっしりと埋まるくらいに。
しかし、これだけ様々な仕事を経験しても、オッサンを満足させるようなものは見つからなかった。一度興味を持った仕事でも、働いているうちにすぐに飽きて辞めてしまう。そしてまた別の仕事を探すのだ。
オッサンは退屈で退屈でしょうがなかった。一般的に娯楽と呼ばれるものにも一通り手を出したが、極度の飽き性のオッサンは長続きする趣味を見つけることが出来なかった。
そう、オッサンには趣味が無かった。仕事の無い時は家でゴロゴロするか、外に出て散歩するくらいしかやることがないのである。
オッサンが能動的に行動を起こすのは仕事のみ。金を稼ぐには働かなければならないから。だが、その仕事にさえ楽しみや生き甲斐を見つけられずにいる。
故に、オッサンは思うのだ。
(……何かおもしれー事起こんねーかな)
毎日のように願っていること。けれど現実は無情なものでそんなことが起こるはずもなく、ただ爽やかな風がオッサンの頬を撫でるのみ。
そう、いつもなら何も起こらず、胸の奥に虚しさが去来するだけだった……が。
どうやら今回は違ったようだ。
「……あ?」
ふと、オッサンが空を見上げると、何か黒い点のようなものが目に入った。どうやら飛行機とは違う。あれは、何だ?
疑問に思い、立ち止まってよく目を凝らす。
それがいけなかったのかもしれない。知覚する間も無く、黒い点は圧倒的な速度でもってオッサンの下へと落下し、その肉体を吹き飛ばしたのだから。……跡形も残さず。
その命が終わる間際、思考など出来るはずもなかったにもかかわらず、確かにオッサンはこう思った。
(隕石で死ぬとか……ちょっとカッコイイじゃねーか……)
冴えなかった自分の人生も、最後だけは派手になったな。
そんなちょっとした喜びを感じつつ、オッサンはその長いようで短い人生に幕を下ろしたのだった。
◆◆◆◆
覚醒は一瞬。自らの半身に異常が起きたと気付いた瞬間、銀髪の少女は布団を跳ねのけて立ち上がる。
異物が自身の体に混ざり込んだ。そうとしか表現できない感覚に少女は顔をしかめ、寝る時でも常に手元に置いている二振りの剣を手に取って自身の周囲を探る。
周囲に異常は無い。あるとするならば自分の身体、その半身である幽霊だ。
少女は急ぎ明かりを点け、枕代わりにしていた、いまだ布団の上に転がる幽霊を凝視する。
一見したところ変わった所は無いようだが、ふと少女は気付く。
毛が、まるで無精ヒゲのような短い毛が幽霊のつるりとした白い身体にモサモサと生えていた。
「えー……」
しかも、それだけではない。その上部に、口、鼻、目、眉と、次々と人の顔をかたどるように、輪郭が生まれてきたのだ。
少女はそれを見て脂汗を流さざるを得ない。はっきり言って、気持ち悪かった。
とどめとばかりにボサボサの黒い髪の毛の様なものまで生えてきた。変化はそこで止まったが、見紛うことなくそれはオッサンの顔であった。
「ゆ……幽々子様……幽々子様ぁぁー! 私の、私の幽霊が……えらいことにーっ!」
──続く。