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No.26235の一覧
[0] 麻帆良学園都市の日々・中間考査(GS×ネギま! 2スレ目) 2018/2/22 お知らせあり[スパイク](2018/02/22 23:06)
[1] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「将来」[スパイク](2011/02/26 20:28)
[2] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「自分」[スパイク](2011/04/10 21:35)
[3] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「自我」[スパイク](2011/04/16 20:03)
[4] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「未来」[スパイク](2011/04/24 21:23)
[5] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「目標」[スパイク](2011/06/25 22:29)
[6] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「助言」[スパイク](2011/08/21 18:56)
[7] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「世界」[スパイク](2012/04/01 14:35)
[8] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「再会」[スパイク](2012/04/28 22:00)
[9] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「矜持」[スパイク](2012/11/03 09:15)
[10] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「明日」[スパイク](2012/11/03 09:29)
[11] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY1 雨音」[スパイク](2013/01/13 01:58)
[12] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY1 招待状」[スパイク](2013/01/13 03:45)
[13] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 指揮官」[スパイク](2014/09/07 21:43)
[14] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 その裏で動く」[スパイク](2014/10/05 03:51)
[15] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 対価」[スパイク](2014/10/26 20:32)
[16] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 HOW TO」[スパイク](2014/10/26 20:41)
[17] 朝帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 今できること」[スパイク](2014/11/08 23:15)
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[26235] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「矜持」
Name: スパイク◆b698d85d ID:519a7d14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/03 09:15
「保護観察?」

 頭をさすりながら立ち上がった改造制服の少年――彼が唇を尖らせながら言うところが、それだった。
 当然、シロも明日菜も和美も、オウム返しに彼が口にした言葉を繰り返す。

「せや――俺は自分の事を善人とも悪人とも言うつもりはない。全ては傭兵としての、自分の生き方のためや。せやけど、この国でそう言うことが、特に俺のようなガキにとって認められとるかっちゅうと、聞くまでも無いやろ?」

 犬上小太郎――シロ達三年A組を、京都で襲撃した“天ヶ崎千草”の一味として現れた少年である。その血にシロと同じような人外、“狗族”の力を宿し、代々裏の世界で傭兵として名を馳せてきた一族の末裔でもあるという。
 京都では藪守ケイの“反則技”の前に破れたとは言え、その力は、大層な肩書きに見合うだけのものである。
 ただ――いや、だからこそ。その彼が“保護観察”などと言う処分を喰らって目の前に居ると言う事実は、どうにも信じがたいものであった。

「犬塚、あんたの知り合いの暁光寺っちゅうあのオッサン――あれにとっ捕まったのが運の尽きや。裏の世界の事なんぞ何にも知らん筈やのに、全くええ性格をしとるわ。“犬上”の顔にここで泥を塗るか、表向きただの不良学生のように振る舞って、やんちゃ坊主がお仕置きを喰らうのとどっちがええか――笑顔で選ばせよった」
「はは、暁光寺殿らしい。拙者らのような年端もいかぬ子供では、あのお方と渡り合うのはちと無理があろう」

 いかにも思い出したくもない記憶だ――と、言わんばかりの表情で語る小太郎の言葉に、シロは苦笑する。

「しかし意外で御座るな? そこで家名を選ぶとは」
「あんたが俺をどう見とるんかは何となくわかるが――俺はあくまで“傭兵”や。自分の意思で、自分が決めた相手と共に戦う事が誇りや。それが“犬上”の家っちゅうか、俺の信念っちゅう奴やからな。理非なく暴れ回るんは、傭兵のする事やない」
「そいつがいい具合に中二病こじらしてるってのは何となくわかったけど――そっちの人は?」
「ちょ!? そこの姉ちゃん、俺の熱弁を何やと!?」

 そこで彼は、堂々と胸を張る予定だったのだろうが――ばっさりと和美に切り捨てられて、思わずたたらを踏む。
 そんな彼を、彼の隣に立っていた女性――年の頃は三十歳そこそこだろうか? 品の良さそうなスーツに、腰ほどまである長い髪を、リボンでひとまとめにした、少々目を引く髪型が特徴の彼女は、何故か満足げに見遣る。

「暁光寺さんと知り合いなら話は早いのだけれど。私は麻帆良でのこの子の身元引受人よ。聞けばこの子、大阪の中学校に通っては居たけれど、両親とも死別してほとんど不登校で、くだらない喧嘩に明け暮れてばかりだって言うじゃない?」
「……あんたはあんたで、うちの家業を“くだらない喧嘩”扱いかいな……」
「事実でしょう」
「断固認めん」

 彼女の簡潔な言葉に、小太郎は腕を組んでそっぽを向く。彼女がそんな彼を、ますます満足げに見下ろしているのは、きっと言わない方が良いのだろう。

「その後は話は早くてね。修学旅行中に事件に巻き込まれた麻帆良学園本校関係者のつてで、ここ麻帆良が、栄えあるこの子の更生指導の場所に選ばれたってわけ」
「それじゃお姉さんは、施設の先生か何かですか?」
「いいえ、ただの主婦。ちょっとしたつてから話を聞いて――何だかこの子の事が他人のようには思えなくて。それで下宿先の提供と、身元引受人に名乗りを上げたんだけれど」
「他人のようには思えない――ですか?」

 首を傾げる和美に、女性は笑ってみせる。

「そ――中二病に罹ってた昔を思い出すって言うか。ほら、あれよ。社会への反抗というのか――盗んだバイクで走り出したくなる年頃というか」
「何でお前らは、そうまでしてうちを中二病の家系にしたがるんや?」
「「事実だもの」」

 女性と和美の声が、綺麗に重なった。
 二人は顔を見合わせ――何となく、ハイタッチを交わす。小太郎はそれを見てがっくりと肩を落とし、明日菜とシロは、それを非常に生暖かい目線で見守った。

「で」

 不意に女性は、小太郎の方に向き直る。

「今度は何をしでかした?」
「別になんもやっとらへんわ」

 腕を組み、小太郎は憮然とした表情で言う。

「嘘おっしゃい。いくらあなたがこの子達と顔見知りだって言っても――いえ、顔見知りだから、かしらね。あなたのことだから、“また会ったな”とばかりにすり寄っていくとは思えない」
「あんたは俺のオカンかいな。何でそんなことがわかるんや?」
「馬鹿でもわかるわよ。そんなのは――で? 何をしたの? 私への意趣返しに、この子達をナンパでもしようとしたの?」
「んなわけあるかい! こいつらをナンパしようとしとったんは――」

 彼はいかにも心外だという風に振り返り――そこで、己の過ちに気がついたのだろう。舌を鳴らし、口をへの字に結んで、そっぽを向く。

「ん。まあ、か弱き乙女を暴漢から守ったところまでは褒めてあげる。けど、その為にあなた、結局暴力を振るったわね?」
「……あんな、オバちゃん。俺は偽悪者ぶる気はあらへんが、それでもあんたらの言うような“立派な教育”は心底好かんねん。右の頬を打たれたら左の頬を云々みたいなことを、喜々としてあんたは言うんか? 俺はそこまでドMやないで」
「私はそんな理想を語るほどおめでたくはないわ。けれど、誰かを守るために誰かを殴ってたんじゃ、堂々巡りよ?」
「知った事かいな。もともと傭兵っちゅうんは、そう言うモンやろ」
「誇り高い傭兵が、必要のない暴力を振りかざして満足なのかって――あたしはそう言ってンのよ」

 必要のない暴力――その言葉に、少女達の表情が、僅かに動く。

「私には、傭兵がどうとか、そういう中二病臭いことはわかんないわ。その“本当のところ”も含めてね。けれど、これだけはわかる。あなたには、ただの不良少年と言うには、あまりにも過ぎた力がある。この子達を助けた事は、素直に褒めてあげても良い。けれど、その力は、その程度の事に使うほどのものかしら?」
「……いい加減にせんと、俺でも怒るで、このババア」

 憚る様子もなく舌打ちをして、小太郎は下から睨むようにして、女性に向き直る。先程までとは違う、低く響く気迫のある声に、喉の奥から声がこぼれそうになったのは、明日菜だ。

「あんた、俺にどないせえっちゅうねん。俺がやっとることは、今の平和なこの国で褒められた事やないくらい、俺自身にもわかっとるわ。せやけどな、世の中全部、あんたら“立派な教育者”の物差しで測れると思うなや? 世の中、道理がまかり通らん不条理な事なんぞ、腐るほどある。そこであんたの言葉っちゅうのは――ケツ拭く足しにすら、なるんかいな」

 正しい言葉は耳に優しく、過ぎたことはどれだけでも悔やめてしまう。
 だが結局、世の中はそこまで完璧ではない。明日菜は目の前の不良少年の言葉が、自分の心を打った気がした。
 何となれば、彼女は一度は――クラスメイトに。優しき電子の心を持つ少女に、打算にまみれた殺気を向けたことがあるのだから。
 しかし当の二人は、そんな彼女の様子などお構いなしに睨み合う。

「俺がガキなんも、褒められた性格やないんも、百も承知や。せやけど、あんたのような何も知らへんババアに、好きなように言われるんは勘弁ならん。自分だけの、自分だけが気持ちの良い物差しで、人の誇りを踏みにじっておいて――許されると、思うなや」
「落ち着かれよ」
「お前には関係あらへん。黙っとらんかい、犬塚」
「左様。むろん拙者には何の関係も無いことで御座るが――正直、今のお主は見苦しい」
「お前にどう思われようが、俺の知った事やない。すっこんどれや優等生。俺はお前らのように上品には出来てへんのや」

 犬上小太郎という少年は、確かに何者に対しても、理非をわきまえない暴力を振るうような人間ではない。
 ただ――酷く、独善的だ。
 自分の言っている事にしても、彼が怒りを抱いた目の前の女性と、そう変わったものではない。“傭兵”などと言う特殊な矜持が、そうそう他人に理解できるようなものではないことくらい、少し考えればわかりそうなものだ。
 彼の言う、耳に優しい立派な言葉が、いつも正しいわけでは、当然ない。だが、彼が誇りとする世界のプライドにしても、それは同じ事。
 だから結局――彼は、自分勝手で我が儘で、そして短絡的だ。多くの“不良少年”達が、そうであるように。

「よ、よしなよ――私は、あんたに助けて貰って感謝してるよ?」
「感謝してもらいとうて、割って入ったわけやない。お前の事なんぞ、どうでもええわ」

 シロの制止と、和美の言葉を無視して――女性の胸元に手を伸ばし掛けた小太郎であった。が、その腕は、彼女自身の腕によって振り払われる。

「気安く触ろうとするんじゃないわよ、ケツの青いクソガキが」
「……ああ?」
「女の胸に気安く触るなっつってんのよ。私にそうして良いのは、この世でたった一人だけ」
「言うこと気持ち悪すぎやクソババア。身持ちの堅い年増なんぞ、絵にもならんわ」
「あんたみたいなガキが女を語るんじゃないわよ」
「女がみんなオノレのような化石ババアと思っとるんかいな?」
「おやおや、このクソガキは、女を抱いた数をひけらかして悦に入る類の男かしら。全く一から十まで、馬鹿なガキにありがちなパターンじゃない?」
「死ねやババア」
「笑える冗談ね」

「……どうしようか、シロちゃん」

 疲れたような様子で、和美がシロに助けを求める。

「拙者に言われても――非行少年を更生させるというのは、存外に骨が折れる仕事であるのだと思い知ったで御座るよ」

 溜め息混じりに、シロは肩をすくめた。
 ただの喧嘩であれば、大概の相手なら彼女は止めることが出来る。が、目の前の少年相手にそうはいくまい。
 それに自分が喧嘩を止める手だてなど、それこそ喧嘩の手段とそう変わらないものであしかない。頭に血が上っている相手には有効だが、目の前の女性のように、理性を持って静かな怒りを燃やす相手に、果たして効果など期待できるものか。

「……犬上、お主の怒りには共感できる部分もあるが、よすでござる。お主の力では、喧嘩の前に相手の命に関わる」
「人の話を聞いとったんかい犬塚。心配無用や。俺はこう見えて加減は上手なつもりやからな――このババアが予定よりちょいと早くに、総入れ歯になるくらいで勘弁してやるわ」
「馬鹿言いなさんな。これでも生まれてからこちら、虫歯の一つも無いんだから。クソガキの喧嘩で無くしてやるほど、私の歯は安くはないわよ」
「あの、そっちの人も火に油注ぐのやめてくれませんか。仮にもこいつの保護観察引き受けたんじゃなかったんですか? ……ほら明日菜もボーッと突っ立ってないで止めてよ。あんたそう言うの得意でしょ?」

 それでも放っておけるわけではないと、シロと和美は二人の間に割って入ろうとする。
 そこで明日菜ははたと我に返り、慌てて二人を手伝うべく何かを言いかけて――

「こんな往来で、何をやっとるんだ貴様らは?」

 低く、存在感のある男の声。
 突然その場に響いた声に、明日菜は振り返る。振り返って――身を、硬くした。

「に、新田、先生?」

 彼女がとみに苦手な教師が――腕を組んで、そこに立っていたから。




「え――新田先生が、こいつの身元引受人!?」

 思わず和美は素っ頓狂な声を上げたが、それに関しては明日菜とて同じ気分だった。世の中は狭いと言うべきだろうか。しかし仮にも、この少年は雇われていただけとはいえ、彼の教え子を誘拐しようとした人物である。
 新田教諭が魔法使いだの何だのと、世の中の裏のことを知っているとは考えにくい。だが、彼が捕まったその理由に関しては、暁光寺からある程度の事は聞いているはずだ。
 そも――

「新田先生、暁光寺さんと知り合いだったんですか?」
「いいや、そうではない。ただ私も京都での修学旅行の後、何度か事情聴取と言う格好で彼と顔を合わせる事になってな。その時に話に聞き及んだのが、こいつのことだ」

 公園の休憩所に腰掛け――ブラックの缶コーヒーを傾けながら、新田教諭は言った。話を向けられた小太郎は、ベンチの上に足を組み、仏頂面であさっての方向を見つめている。

「でも何でまた――」
「こいつにはこいつの事情があるのだろう。聞けば大阪の中学校で、手の付けられない不良として名が通っているそうではないか。なあ?」
「……そないチンピラとして名を売った覚えはないで。向こうが勝手に突っかかってくるだけや」
「それで新田先生は――義憤に駆られたと言うことで御座るか?」
「いいや、義憤というのは少し違う」

 彼は首を横に振るが、それ以上の事は何も言わない。応えるべき解答を、彼もまた持っていないのかも知れない。そうなってしまえば、成績のこともあって、彼のことがクラスメイトに輪を掛けて苦手な明日菜には、言葉を継ぐことは出来ない。

「まあ、近所に身よりもなく、場末のアパートに下宿して日々を無為に過ごしていると言うので、な」
「俺には俺で稼ぎがある。親父とお袋の残した遺産っちゅうか、そない大層なモンでもないけど蓄えもある。生きて行くには困っとらん。お節介や、言うとんね」
「私は最初からそう言っている。保護観察など、そういうものだ」

 小太郎がこぼした愚痴に、新田は涼しい顔で言った。

「家内のそれとは少し違おうが――お前がそう言う通りに、これは私の身勝手だ。どうもお前を見ていると、放っては置けない。そう思ってしまうのだ」
「大きなお世話や、言うとんねん。何や、オノレも俺の事を中二病家系やと、そう言いたいんか?」
「“中二病”? それは何のことだ?」
「わからんならええわ」

 大まじめな顔を向けてくる彼に、小太郎は疲れたように手を振った。どうやら、先程わき上がった怒りは新田の登場によって霧散したようであるが。

「でも本当に世間は狭いというか――あなた達まで、この人の教え子だったなんて」

 可笑しそうに、女性が言う。
 そんな彼女に――いつも不機嫌そうに引き締められた新田の口元が僅かに動いたように、明日菜には感じられた。

「いや、私としては新田先生にこんな若い奥さんが居たことが驚きなんですけど――つか新田先生、結婚してたんですね」
「朝倉。お前は私を何だと思っている? ――まあ、自分がそういう男女の機微に向いている男かどうかと言うくらい、自覚はあるが」

 咳払いをしながら新田は言うが、和美は面白そうに口元を歪めるだけだ。全く彼女の――“麻帆良のパパラッチ”のバイタリティには恐れ入る。成績の面では、確かに彼女は新田のお叱りを受ける心配はあまりないかも知れないが、それでもかの“鬼の新田”をからかう様な物言いが出来るとは。

「は――若いっちゅうても、三十過ぎのババアやろが」
「ケツの青いガキに言われたかないわよ」
「よさんか二人とも――まったく、これではどちらが子供かわからんな」

 新田は困ったように言う。やはり、明日菜には少し意外だ。
 むろん、鬼の新田などと言われる彼とて、ただの教師である。そのスタンスをどう取るかは彼次第であろうし、授業や生活指導以外での彼の姿など明日菜は見たことがない。だから意外に思うのも当然なのであるが――何があろうとも眉間に皺を寄せている姿しか思い浮かばない彼女は、その事を少しだけ恥じた。
 そうとも――確か彼は、修学旅行で木乃香が無事に戻ってきた時、彼女を抱きしめて号泣していたではないか。そんな彼が、明日菜の想像する張りぼてのような人間であろうはずもない。

「まあ、そういうわけでだ。休日にまで何を五月蠅く言うつもりはないが――教師の私生活にまで首を突っ込んで楽しもうとは関心せんな、朝倉」
「いや、そういうんじゃなくて、単なる興味ですってば」
「私などに興味を向けてどうする。若くて人気のある先生とて、うちには大勢居るぞ? 瀬流彦先生だとか――ネギ君だとか、な」
「またまた、普段とのギャップがこう萌え要素って奴じゃないですか。ねえ明日菜?」
「私にはお前の言っていることがまるで理解できん。神楽坂、朝倉が何を言っているのかわかるか?」
「あはは……わ、わからない方がいいんじゃないですか?」
「クラス一のオヤジ好きが何を言って――いや、何でもないっ! 何でもないから、笑顔で靴脱いで振りかぶらないでっ! あんたは何処の昼ドラか!?」
「萌え要素ねえ……まあ確かにこの人の仕事と私生活のギャップには、思うところがあるけれど」
「お前も何を言っている」
「ふふ――何だと思います? 普段のあなたを見る機会があったら、鬼の新田が聞いて呆れるって――そう言う話」

 女性――新田夫人の言葉に、和美はますます瞳を輝かせ、小太郎は疲れたようにため息をつく。
 三割程度の本気を伴って靴を脱いだ明日菜は、それを戻しながら、さてこの場の混沌をどう収めるべきなのかと思案する。むろん彼女にそんな責任はない。無いのだが――何というかネギが彼女たちの所に居着いてからこちら、彼女の中には妙な責任感が育ちつつあるようだった。

「んん――私と家内のことはともかくとして。犬上」
「……なんや」
「家内とお前の反りがあわないのは最初からわかっていたことだ。だからこそ、私はお前の身柄を引き受けようと思ったわけだがな」
「その悟ったような上から目線は心底好かん」
「だが、私と家内とて、お前の知らない世界を多く知っている。私はお前に尊敬されるような生き方をしてきた自信などはないが、それでもお前より年を取っているのは明白だ。その有り余る時間をただ遊んでいたわけではないとは、胸を張って言うぞ」
「――オッサン、世の中には割り切れんモンがあるやろ。理詰めでどんだけ正論を言うたかて――メッカのど真ん中で“神は死んだ”とは叫びとうないで」
「世界の縮図を語るには、お前では歳が足らんな」

 さりとて私が言えた義理でもないが、と、新田は首を振る。その仕草に、明日菜は思わず自分の頬が熱くなるのを感じた。

「明日菜――よだれ、よだれ」
「え、うそっ!?」
「あんた新田先生のこと苦手だって公言してたじゃない? それともオヤジなら誰でもいいわけ?」
「そういう訳じゃ――でもいい男に振り向いちゃうのは、女の義務なのよ!?」
「……まるで先生のような言い分で御座るな――なるほど、明日菜殿と先生と、気が合う訳で御座るか」
「ちょ、シロちゃんまで!? 私は別に横島さんのことは――趣味じゃないしさっ!?」
「そう言うことを言っている訳では御座らぬし、もしそうなら――」
「こ、怖っ!? シロちゃん殺気! 殺気駄々漏れになってる! 冗談抜きでそれチビりそうになるから、やめてって!」

 あれはどうでもええんか、と、疲れたように言う小太郎に、新田は小さく、年頃の娘は難しいと応えた。女子中学校の教師が言うには不適当な台詞かも知れないが――かの麻帆良女子中に勤めていては、そうこぼしたくなるのも当然かも知れない。むろん、普通の大人が“年頃の少女”に抱くのとは別の意味合いで。

「出たよ、明日菜お得意の棚上げが」
「……少なくともあんたらに比べたら私、常識人だと思うけど?」
「千雨ちゃんみたいな物言いね」
「そういうあの娘も吹っ切っちゃったけどね――知らなかった?」
「詳しい経緯は首突っ込んで良い感じじゃなかったけど――まさかこのあたしがあの子を被写体にカメラマンの真似事をするとはね」

 明日菜は少し赤い頬のまま、咳払いをする。それをどう受け取ったのか、小太郎は言った。

「俺はどっちかというと馬鹿やと思うわ」
「ふん、馬鹿なら馬鹿らしく、その辺りの連中とつるんでいれば良い」
「せやけど、傭兵として――考えることを放棄しとうはない。それをしてしもうたら、俺は自分をのうなしてしまうからな。せやけど、考えたところで俺は馬鹿やから、堂々巡りになってまうっちゅう、話や」
「ほう、現状に不満を感じているのは若者の特権だ。十分に悩むと良い。ただし――お前の場合は、それが出来るまでにまず「普通の生活」を学ばねばならんな」
「……」

 新田は軽く、小太郎の頭に手を置いた。小太郎は気だるそうに――しかし、すぐにその手を振り払おうとはしなかった。




「それで――なんでこうなってんの。てか、どうなろうと良いけどさ、なんであたしらここにいんの」

 しばらくのち――一行の姿は、いくつかの学校が共有しているという格技場の中にあった。柔道場や剣道場、弓道場などの他に、各種トレーニング施設も備えているという、本格的なものである。
 シロ、明日菜、和美の三人が立っているのは、そのうちの一角。板張りの道場の片隅である。通常は空手や剣道などの練習に使われる場所らしく、壁には「気合い」だとか「忍耐」だとか、それらしい言葉が力強く書かれた掛け軸や旗がいくつも掲げられている。

「乗りかかった船という奴で御座ろうよ」
「そりゃま、チンピラに絡まれて乱暴されるよか千倍増しだけど――でもここ、汗くさくて嫌なのよ。クーラー無いし――どうしてくーちゃんとか桜咲さんとかは、こういう場所で平気で練習出来んのかしら」

 わざとらしく鼻をつまみながら、和美は左右に手を振る。それほど風が抜ける場所でもなく、この季節。まだ湿気がないとは言え、汗だくになって練習に励む学生達が日頃使っている場所である。

「シロちゃんも剣道的な何かやってたんでしょ? 経験者として、どうなのよ」
「拙者とて汗の臭いが好きだと言うわけでは御座らぬが――それもまた風情と言う奴で御座ろうよ。こういうところに居る際には、拙者自身汗だくで御座る故、あまり気にならぬと言うか」

 いい汗かいたと言う奴で御座ると、シロは笑う。そんなものだろうかと明日菜も思う。しかしかすかに籠もる汗の臭いに、これから早朝とは言え新聞配達が辛い時期になる――と、彼女は一人憂鬱になった。

「そりゃやってる方はそうかも知れないけど――ああ、暑い暑い」
「和美殿、だからといってスカートをまくり上げて風を送るのはどうかと――」
「良いじゃん別に、誰も見てないし」

 そして今、いつもはそれこそ、武道に励む学生達の汗と熱気に溢れているだろうこの道場には、彼女ら三人しか居なかった。
 と――そこへ、入口の引き戸が開く音がする。そこで和美は慌ててスカートを抑える。

「だから言ったで御座るよ」
「うっさいなあ――あたしはあんたらと違って、体育会系じゃないんだから、しょうがないじゃない」

 とは言え彼女のバイタリティは体育会系云々を凌駕するだろうに――とは、さすがに明日菜は口に出さない。口喧嘩で勝てる道理がないのだから。むろん、それを発言して自分を棚に上げていると言い返されたら反論できないというのも、無くはないが。

「麻帆良っちゅうのは何でもアリやな――こんな道場、ウチの近所じゃ、市の大きな施設でも行かんと無かったわ」

 入ってきたのは、柔道で着用するような胴着に着替えた小太郎だった。当然、それは借り物なのだろう。彼の小柄な体格には少し大きめで、帯も白帯である。もっとも彼の場合、実力はどうあれ帯の色で強さを推し測れるような世界には、身を置いていないのだろうが。

「お、似合ってんじゃん。何かこう、胴着に着られてる感じだけど」
「やかましわ。俺はそもそも、こういうのは性に合わんねん」

 和美の言葉に、小太郎はそっぽを向く。

「準備は出来たか? 折角ここのコーチに無理を言って、一時間だけ貸し切りにしてもらったんだ。お膳立てとしては、十分だろう」
「俺が頼んだわけやない」
「そう言うな、気分の問題だ」

 そう言って彼に続けて入ってきたのは、同じような胴着に身を包んだ新田である。ただしこちらはあつらえたかのように彼の体に合っており、帯も黒帯――もしかすると、彼の私物なのかも知れない。それはそれで意外だが。数学教師であり、いつもはスーツに身を包む彼の姿を見慣れている彼女らには、とりわけ。

「ああいうのも悪くないわね――」
「シロちゃんがいなかったら、あんたと横島さんってベストカップルな気がしてきた」
「何か言った?」
「いや、何も」
「犬上」

 小声で何かを言い合う明日菜と和美に一瞬目線を向けてから、シロは小太郎に言った。

「こういう事になった以上拙者は口を出すまいが――」
「わーっとる。ちゃんと加減はする。言うたやろ? 俺はこう見えて、加減は上手いんや」

 言われた小太郎の方は、肩をすくめてみせる。氣や魔法と言った、人智を越えた力が飛び交う世界の裏側で、力を頼みに生きる傭兵である小太郎の身体能力は、見た目からでは推し測れないものである。それは“見た名以上に”という程度ではない。恐らく彼は、本気になれば完全武装――それも銃火器を装備した集団すら圧倒できるはずだ。
 そんな彼が丸腰の、防具すら身につけていない壮年の男に同じ力を向ければ。その結果はどうなるか明らかであろう。

「加減とは、大きく出られたな。これでも年の割には頑丈だと自負しているのだが」
「年寄りの冷や水や」

 その遣り取りが聞こえたのだろう新田が言うが、小太郎は顔の横で手を振る。
 逆にそれを見て、明日菜もシロも安心した。どうにか彼には理性が戻っている。これなら新田が大けがをすることは無いだろう。

「オッサン、まあ、俺はそれなりに加減はしてやるつもりやが――やめるなら今のウチやで? オッサンは、俺の言う“傭兵”の矜持っちゅうもんを、言葉の上では理解しとるんやろ? 兵隊の戦いっちゅうんが、空手や柔道みたく生ぬるいモンやと思うとるんなら、後悔するで?」
「ふん。空手や柔道とて、もとは戦場で生き抜くために編み出された技術だ。私が修めているものはそういうものではないにせよ――軽率な侮辱はせんことだな。それはお前が言うところの“傭兵の矜持”とやらにも悖る」
「……さよか」
「さて――こんな場所で漫談と言うのも何だろう。早速教えて貰おう。お前の言う“矜持”とは何なのか――そして、教えてやる。私が何を言いたいのかを」

 小太郎は何も応えない。彼らはゆっくりと、道場の中央に足を運び、数メートル離れて対峙する。
 そこで新田は、静かに彼に頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 あくまでこれは、教育――“授業”の一環だとでも言うつもりだろうか。小太郎は暫く黙っていたが、ややあって小さく、頭を下げた。

「……よろしくお願いします」

 そして二人の男は、思い思いの構えを取る。小太郎は新田に対して半身になり、左手を軽く前に突き出した姿勢。対する新田は同じような姿勢ながら、左肩がかなり下がった――そのまま彼の方に突進しそうな姿勢である。
 そもそも何故この二人が、この場にこうして対峙する事になったのか。それは先に起こった顛末――明日菜達を小太郎がかばい、不良少年達と喧嘩をしたところからの顛末を、新田が聞いたところから始まった。
 彼女たちを助けるためとは言え、結局必要のない暴力を振るった事を認められない新田夫人と、それを綺麗事と吐き捨てる小太郎の主張は、平行線であった。
 しばらくはそれを黙って聞いていた新田だったが、ややあって、やおら立ち上がると言ったのだ。

「犬上――稽古を付けてやる」

 ただ、そう一言。

「改めて考えると、新田先生そうとう怒ってるんじゃないの?」

 明日菜は二人を見遣りつつ、恐る恐るそう言った。
 新田教諭は実際、麻帆良では“鬼の新田”の異名を持つ、生徒に恐れられる教師である。「口うるさい」のではなく「恐れられている」のだ。彼女たちのような女学生ならばともかく、男子学生の間でも。
 彼は数学教師として教鞭を振るう一方で、広域指導教師として生徒の指導にも当たっている。それは明日菜の思い人である高畑教諭がしているのと同じ、時には暴力に訴え出る事もある、持て余された“若さ”を矯正する仕事である。当然、言うほど簡単な事ではない。
 宿題を忘れたら尻を叩かれるなどと噂される彼であるが、そんなものはただの冗談であるとわかっている。だからこそ、目の前の光景が、明日菜には恐ろしい。
 “魔法”という命の遣り取りを目前にした彼女でさえ――何故か新田が“怖い”と思ってしまう。
 隣を窺えば、シロは難しい顔で腕を組み、和美は何を考えているのかわからない表情だった。

「どうした、いつでもいいぞ」
「いい加減面倒になって来たわ――教え子の前で無様に這い蹲ることになるやろけど、悪う思うなや」

 新田の言葉に、小太郎が、動いた。
 明日菜には、その動きが目で追いきれない。床板が踏み抜かれたと思うほどの大音響の後に、小太郎の姿はもう、新田の目前にある。そして、振りかぶった拳を彼に向けて――

「――ふんッ!!」
「ッ――!?」

 先程に倍する大音響が、連続して響く。それは人の体に打撃が加わったような、そんな音ではなかった。たとえるなら交通事故にでも遭ったような強烈に硬質な音が響き――次の瞬間、小太郎の小柄な体は、道場の壁に背中から叩きつけられていた。

「がっ――か、かはっ!」
「筋は良い――が、加減にも程があるぞ、馬鹿者」

 シロも和美も、当然明日菜も絶句する。和美など、口が半開きになっていたくらいである。
 直接見た訳ではないが、小太郎の強さを、明日菜たちは知っている。人智を越えた力が飛び交う、あの京都の一夜。その一角に立つことが許されていたというだけで、彼がどれほどの力を持っているのか、彼女たちには実感としてわかる。
 確かに彼は、加減をしていたのだろう。直撃しても、せいぜいが、昏倒するくらい――その程度の力に、攻撃の質を落としていたのは確かだ。だが、それでも。

「私も加減はしたつもりだが、嫌な具合に入ったか? だとすれば、急いで医者に行った方が良い」
「な――ナメんなや、オッサン!」

 背中を押さえて咳き込んでいた小太郎は、その一言に跳ね起きる。

「……確かに、完全に油断しとったわ。オッサン――“氣”の使い手か?」
「……犬上。私は何というか、子供は勉強ばかりしていればいいと、そんな馬鹿げた事を言うつもりはないが――漫画の読み過ぎで空想と現実の区別が付かなくなると言うのは、どうかと思うぞ?」
「ちょ――何をフザケた事言うてんねや!? “氣”も使わんと、ただの体当てがそんなアホみたいな威力、あるわけないやろ!?」

 西洋魔術と対を成す、東洋の神秘の力――“氣”。生き物の体から発せられる超常の力を練り上げ、奇跡を起こす技術である。当然、世界の裏に秘匿され続けてきた技術ではあるが――その威力は、人間が出せる力の限界など、軽く凌駕する。
 そうとも、新田がどれだけ武道の経験があるのか知らないが、普通の人間は、体をぶつけたくらいで、相手を数メートルも吹き飛ばす事など出来るわけがない。

「そうは言われてもな」
「ええい、ならオッサンのそれは一体何やねん!? 空手でも柔道でもないやろがっ!」
「最初はただの空手か何かかと思っていたんだがな――場所も沖縄だったしな」
「ああ?」

 新田は顎の辺りに手をやり――何かを思い返すように呟く。
 しかしややあって、顔を上げ、小太郎の方を見て首を横に振った。

「言うなれば――結局我流なのだろうな。私に基礎を教えてくれた先生にも、お前には資質がないし筋も悪いとよく笑われた」
「……その先生って何モンやねん……」
「今となっては私にもよくわからん。だが――跳ねっ返りの悪ガキを相手にするには、過ぎた力だろう?」




「はあ……何や、力抜けてもうたわ――俺って自分で思うより、ガキやったんやろか」
「……そう言うのは私の横で呟かれても困るのよ。せめてシロちゃんに言いなさいよ、そう言うことは」

 初夏の長い一日も終わりが近づき、随分と太陽が西の空に傾いた頃。麻帆良市の住宅街の一角にある、新田邸。
 典型的な一昔前の住宅とでも言うべきだろうか。和洋折衷の、それほど広くないその家の居間に寝転がって、小太郎は大きく伸びをした。その隣には、座椅子に腰掛ける明日菜の姿がある。
 シロと和美は、新田夫人と共に夕食の支度をするとかで、ここには居ない。料理と言えば木乃香に任せきりになっている明日菜には、何故こんな事になっているのだろうかと、何度目かの問いかけを心中で繰り返すしかない。

「それにあんた、自分で自分の事ガキだガキだって言ってたじゃない。言葉の責任は取りなさいよ」
「……ぐうの音も出えへんな」

 Tシャツにジャージのズボンという、ラフな出で立ちに着替えた小太郎は、大きく息を吐いた。
 結局道場での“稽古”は、彼の惨敗であった。
 ケイを圧倒した“狗族”と言われる人外の能力を結局使わなかったとはいえ、素の状態の腕力でも新田に劣っていたとは思わない。単純に、技量の差である。散々殴られ蹴られ――“吹き飛ばされ”までして、起きあがる気力すら失せた小太郎に、新田は胴着の襟を正しながら、頭を下げた。
 「ありがとうございました」と。
 それに返事が出来ただけでも、自分の事を褒めてやりたい気分だと、小太郎は言った。

「……せやけど、あのオッサンの言いたいことは、わかった気がしたわ」
「独り言のつもり? ま……私最近面倒見が良いから、聞いてあげるけど」
「あんたも大概上から目線やな」
「だってあんた中二でしょ? 私の方がお姉さんだもの」
「……さよけ」

 ため息をついて、彼は続ける。

「京都の一件は――千草の姉ちゃんに同情したとはいえ、あんたらには悪いことをしたと思っとる」
「……私はそれについてはもう何も言わない。どうせなら、木乃香に謝って」
「それはまあ、追い追いにな」

 それで、と、明日菜は言った。

「それを理由にするつもりはあらへんけど――仮にあんたらが俺をただのチンピラやと思うても、それはもう、しゃあないわ」
「開き直ったって何があるわけじゃないでしょ」
「せやけど、俺には俺なりの矜持がある」
「散々繰り返してたアレのこと? それってどういうものなのよ、結局」
「俺が千草の姉ちゃんの悪巧みに乗ったんは結局――そこに姉ちゃんなりの“信念”を見たからや」

 両親の命を奪った伝説の化け物。それを倒すことで、両親の存在を証明しようとした、天ヶ崎千草。その為に彼女が取った行動は、決して容認できるものではなかった。
 けれど――そんな彼女を全く否定できたかと言えば、そうではない。明日菜は自分のことを馬鹿で情にほだされる愚か者だと、そんな風に思ってはいる。が、それでもそれ自体は間違っていないはずだ。
 親友である木乃香に手を出した事は許せない。許せないけれど――もしも自分が彼女の立場だったらと、そう思ってしまうのは間違っているだろうか?

「傭兵は金次第で、敵と味方を変える――身も蓋もない言い方をすればそうや。せやけど、それが全てやない。俺のオヤジが言うとった。いくらでも金は出すと言われた事は、一度や二度やない。せやけど、結局そこで戦うかを最後に決めるのは自分なんやて――多くの人々と生死を分かち合ったけれど、主義主張もない犯罪者と戦うのは御免やて」
「……でもそれじゃ――ねえ、あんたどうして、たとえば警察や自衛隊に入ろうと思わないの?」

 そうすれば、実際に正義の下で力を振るう――いや、活かすことが出来る。金で雇われ、金のために人と戦い、人を殺す――そんな陰口を叩かれる事もない。
 だが、小太郎は首を横に振った。

「それは、自分が見いだした信念やない」

 国家とは結局、意思の総体である。それらは果たして、国民の意思一人一人の結実するものかも知れないが――明確な主体を持っているわけではない。

「国の利益で正しさなんちゅうもんは変わる。防衛やとか、災害救助やとか、犯罪者の逮捕やとか――そう言うのも結局、大ざっぱには国のためや。もちろんそれが悪いわけやない。せやけど、俺がしたいのはそういうことやない。自分の信念を、訴えを、叫びを――それが声にもならん誰かの、その必死の声を背負って、俺は戦いたいんや」
「……正直、私には全然わかんない」

 明日菜は言った。

「けどその為なら――偽悪者にもなれるって?」
「俺自身が頭の悪いチンピラなんはまあ、否定出来んわ。高尚な事言うとったオヤジとお袋が、あっさり飛行機事故で死んでもうて――半分グレてもうた時期があってな」
「真面目に振る舞えとは言わないけどさー、あんたもうちょっと他人の事考えながら生きても、バチ当たんないわよ?」
「……何でやろな、言っとることは正しいんやけど――激しく“お前が言うな”言うて思うんは」
「失礼ね」

 明日菜は小さく鼻を鳴らして、そっぽを向く。
 暫くリビングには沈黙が訪れるが――ややあって、小太郎が口を開いた。

「せやけどあんたの言うとおり――結局それは我が儘なんやろな」
「……」
「今日、新田のオッサンにブチのめされて――何や、わからんくなってもうた。負けたから、逆にわかった。あそこで俺は、結局あのオッサンをブチのめして、自分が正しいって証明したかったんや。あのババアに吐いた啖呵の、な」
「ババアって――新田先生の奥さん、まだそんな歳じゃないでしょ。見た目結構若いし」
「俺らから見たら十分ババアやろ?」
「そりゃ十四歳のガキからみたら大概そうよ」

 それはまあどうでもええわ、と、小太郎は首を横に振る。

「せやけど、そのオッサンにボロ負けしたら――それは結局、オッサンの方が正しかった、言うことになる。他でもない、俺の理屈やと――そうや」

 正しいことをただ正しいのだと、そう喚いても何にもならない。それには裏打ちが必要だ。傭兵の矜持をそう形容するならば――それは、自分の力だと言うことになる。
 けれど自分の理屈で、相手を同じ土俵に引っ張り上げてその結果敗北したら――もう、何も言い訳ができない。自分は、生ぬるい理想論を説く連中に、自分の言う「正しさ」で敗北したのだから。

「だからそれって自業自得でしょ」
「……せやから柄にもなくヘコんどんやないか」
「しばらくはそうやってればいいんじゃない?」
「言いたい放題言ってくれよんな、ええと――」
「神楽坂明日菜。明日菜で良いわ」
「……ふん」

 小太郎は腹に力を入れて上体を起こす。その顔は何か言いたげな表情を浮かべていたが、自分でも何を言うべきかがわからないのだろう。
 明日菜を横目で見つつ頭を掻き――そんな彼に、声が掛けられた。

「犬上――風呂が沸いたぞ」

 見れば浴衣に着替えた新田が立っている。小脇に洗面用具を抱えた格好で。

「やだ、イカス」
「……」

 明日菜からぽろりとこぼれ出た何かを、心底気持ち悪そうな目で見遣ってから、小太郎は言った。

「俺は後でええわ。そんな気分やないしな」
「そんな汗の臭いの残る格好で食卓に座られると迷惑だ。良いから行くぞ。私が背中を流してやる」
「何や気持ち悪い――俺は男に背中を流されて喜ぶ趣味はあらへんで?」
「奇遇だな、私もだ。わかったらさっさと立て。食事に間に合わなくなる」
「……わかった、ほな、ご一緒させてもらうわ――なあ、明日菜。俺はノーマルやから、そんな心底羨ましいみたいな目で見られても困るんやけど」




「ごめんなさいね、女の子を差し置いてどうかと思ったけど、あの二人汗くさくってもう」

 風呂場に向かった男二人を見送った明日菜に、声を掛ける者が居た――他ならぬ新田夫人である。シロや和美と違い、ろくに食卓の手伝いが出来ない明日菜は、心底居心地が悪い。
 そんな彼女の様子に気がついたのか、新田夫人は快活に笑う。

「いいのよ、今日び、女の子は料理ができなくちゃならないってわけでもないでしょうし――私があなた時分の頃はもう、ね。まともに食べられる料理が出来るようになるまで三年掛かったわ」
「いえ……出来るようになった方が、とは思ってるんですが――ルームメイトがその、キッチンは自分の城だと言って譲りませんで」
「あら――女子校に通ってるのが勿体ない。今時そう言う子、凄くモテるわよ」
「はは……それは……どう、でしょうかね」

 明日菜の引きつった笑顔に、新田夫人は首を傾げる。さすがに自分の親友に、同性愛疑惑が持ち上がっている事を――この場では言わない方が良いだろう。木乃香本人も、一応、必死で否定していたことであるし。

「そっ……それより、新田先生って、すごく、強かったんですね?」
「ああ」

 あからさまな話題の変更だったが、特に気にした風でもなく、彼女は応えた。

「若い頃に、とある理由で沖縄に出かけて、そこで出会った武術の達人に教えて貰ったとか――最初は眉唾だったけど」
「今日のアレ見たら、納得というか。奥さんも?」
「最初はね。口ばっかりやかましくて、結局それだけなんだろうって、そう思ってた」
「……」

 明日菜は、その口ぶりに引っかかるものを感じた。
 それを感じ取った新田夫人から、答がもたらされる。

「ああ……あの人ね、私が中学生だったころの、担任だったのよ」
「いっ!?」
「あ、誤解しないでねっ!? ちゃんとしたプロポーズは、私が高校卒業してからだから――べ、別にあの人の趣味がアレなわけじゃ、ないからね!?」

 さすがに教え子に手を出すような教師だと思われたくはなかったのだろう。新田夫人は必死になって明日菜に訴える。両肩を掴まれてただならぬ迫力に、明日菜は素直に頷いた。
 すると今度は――自分の中の気持ちが、むくむくと首をもたげてくるのがわかる。何せ彼女はある意味、明日菜の目指す夢を叶えた女性なのだ。

「奥さんは、新田先生の何処が好きになったんですか?」
「何処が、って言われてもねえ――気がついたら好きになってた、ってとこかしら。興味ある?」
「はい、すごくっ!」
「……えらい気合いの入り方ねえ。まあ、深くは聞かないけど」

 そう言って、明日菜の抱える事情など知らない新田夫人は口を開く。

「近頃さ、ゆとり教育がどうだとか、学級崩壊がどうだとか、モンスターペアレントがどうだとか――色々教育問題って、あるじゃない」
「はあ……」

 確かに、そう言う話は聞いたことがある。しかし、明日菜には実感が湧かない。自分たちの学級に関しては無縁の話であるし、麻帆良にも不良は居ると言っても、それはごく一部の若さを持て余した連中のこと。そんなものは、何処にでも居る。

「何だかんだ言われてるけど、結局今は平和な時代なのよ。教室でシンナーを吸う奴は居ないし、廊下をバイクで走る馬鹿もいない。いいえ、そんな連中はいわゆるハシカみたいなモンだとしても、警察に向かって火炎瓶を投げた挙げ句に、仲間をなぶり殺しにする学生も、今はいないでしょう?」
「……」
「でもね、たかだか何十年か前に、そう言う時代は確かにあった。私の頃はもう、そう言う頃に比べたら随分落ち着いては居たけれど、今とは比べものにならないくらい、色々と荒れてるものがあったのよ」

 そう言う時代が確かにあったと、彼女は言う。戦後の復興から立ち直り、高度な成長を遂げた日本経済。しかしそれはやがて歪みと淀みを生み――言い知れない不安と欲望の中に放り出された若者達は、知らず、また歪んでいった。
 そう言う学生達の暴走を、単に時代にせいにしようとは思わない。最終的には、彼ら自身の責任の問題である。けれど、

「そんな時代――私もそれなりに変わった子でね。何というか――盗んだバイクで走り出すくらいの」
「……奥さん、不良だったんですか?」
「平たく言うとね。まあ、後にして思えば後悔先に立たずと言う奴なんだけど――後々恥ずかしい思いをするのは、あの時馬鹿をやった代償だと思うしかないわね」

 想像できる? 自分のものはとうに処分したが、世の中にあの頃の自分が載っている卒業アルバムがまだ存在する――その事実の何と恐ろしいことか。
 遠い目をしながら言う新田夫人に、明日菜は掛ける言葉が見あたらない。

「まあ、そう言うときにあの人は私の担任になったわけだけど。そう――あなたのイメージで構わないわよ? あの人、若い頃からああいう感じだったから」
「“鬼の新田”ですか?」
「当時はそんな風に素直に怖がってくれる学生は少なかったけれどね。何処ぞの歌じゃないけれど、従うってのは負ける事なのよ」

 何となく、頭の中に古風なセーラー服を着たエヴァンジェリンが浮かんだが、多分そういうのとはまた違うのだろう。色々な意味で。

「最初は――馬鹿な人だって思ってた。何かって言う度に口やかましく叱りつけて。相手が優等生だろうが札付きの不良だろうが関係なく。何て言うか、自分を棚に上げて不器用な人だって、そう思った」

 何せ気に入らないものと見れば、教師だろうが平気で殴る蹴る、そんな不良共を相手に一歩も退かないのだ。それはもちろん、ある意味では立派なのかも知れない。けれど、それはそれで馬鹿のすることである。
 やり方を考えることすらせずに、真っ正面から一人、そんな連中にぶつかって。
 当然当時の彼には生傷が絶えず、頭に包帯を巻いて授業を行うことさえざらにあったと言う。そしてそうまでしても結局、大概の不良が変わるわけではない。
 明日菜には、よくわからない。けれど、理解は出来る。テレビドラマの熱血教師が、いつもいつも問題を解決できるほど、この世の中は甘くない。そう言うことは、何となくだが理解している。

「でも――もちろん私も、あの人の言葉を素直に聞こうなんて全然思わなかった。ただ、心の何処かできっと、この人は何かが違うのかも知れないって思い始めていたわけよ。私が当時敵だとしか思ってなかった、親や先生や他の大人や――そう言う人たちとは」

 それまでに色々あったけれど、と、新田夫人は言う。
 麻帆良に勢力を伸ばそうとしていた暴力団だとか、海外の闇組織を一人で壊滅させただとか――そういう話はさすがに尾ひれの付いたフィクションだと、明日菜は話半分に聞いておくことにしたけれども。単に実話だとしたら恐ろしすぎるというのもあるが。

「そう言うことが出来る力があるのに、学生同士の喧嘩に首を突っ込むとなるといつもボロボロにやられて、怪我を作って――そういうところを見てると、嫌でもあの人の本気は、わかるしね」

 そう――新田は確かに恐ろしい教師であると、そう噂されている。けれど実際、新田の“被害”にあったという話は聞かないのだ。宿題を忘れたら、女学生だろうが尻を竹刀で叩かれるらしいと、そんな風に言われているにもかかわらず、とうの彼が竹刀を持ち歩いている所を見たものは、誰もいない。
 たとえば明日菜の思い人である高畑教諭もまた、麻帆良の不良からは「デス眼鏡」などと、恐ろしいのか何なのか良く分からない渾名を付けられ、畏怖の対象となっている。だがそれは、実際に彼に刃向かえば、完膚無きまでにたたきのめされる――見た目からは想像も付かない彼の強さを、皆が知っているからだ。彼はポケットに片手を突っ込んだまま、札付きの不良を手玉に取ることが出来る。明日菜は、それを知っている。
 では――新田はどうか?
 あれだけの実力者である。誰しも、彼に正面切って喧嘩を売ろうとは思わないだろう。
 だが――むろん喧嘩を売ろうという意味ではないが――彼の教え子であり、彼を恐れていた明日菜自信はどうだ? 彼を恐ろしいと思っていたのは、「そういう」ところか? そうではない。彼の力を、明日菜は今日初めて知った。
 噂される苛烈な体罰を恐れてのことか? それも違う。自分でもそういう風なことを言っておきながら、彼女は新田の体罰に関する噂など、所詮噂に過ぎないと理解していた。

(確かに新田先生は、その、怖いって思う。けどそれは――)
「その辺りのことは――大人になってから思い返してくれたらいいわ。あの人は、自分が大変な事をしているだなんて、生徒に思われるのはごめんだろうから」

 考えを見透かされた様な気がして、明日菜は顔を上げた。そこには、はにかむような笑みを浮かべた新田夫人の姿。

「だからさ――私は結局、誰にでも本気のあの人が、私にだけ本気になって欲しいって。そう思っちゃったのよ」
「……でもよく、新田先生を振り向かせる事が出来ましたね?」
「本当に、本当に長い道のりだったけれどね――こう、真綿で首を絞めるようにねちねちと」

 前髪に顔を隠して、手の指を「わきわき」と動かす彼女には、何だか良く分からない迫力があって、明日菜は思わず顔を引きつらせる。
 その辺りのことを後学の為に聞いておくべきだと、頭の中で小さな自分がわめき立てている。さあ――どう切り出したものか。ここはひとまず――

「やっぱり色仕掛けとかですか?」

 直球勝負に出てしまった。自分でも、馬鹿だと思う。これでは馬鹿レッドと呼ばれても仕方のない事である。
 しばしあっけにとられたような顔をしていた新田夫人は――ややあって、おかしそうに笑い出す。

「あんまりお勧めはしないわね。所詮教え子としか思ってない相手だもの。いきなりそんなことやったって、からかってるとしか思われないわよ」
「そ、そう……ですか?」
「それをやりたいなら、それこそ全裸にリボンでも巻いてベッドに入らないと駄目よ。けど、うちの人とか、高畑先生みたいな人には、かえって逆効果だと思うけれど」
「いや、さすがにそこまでは――……え? ちょ、な、何でそこで高畑先生が!?」
「ふふ……何でかしらね」
「だって、そんなこと、奥さんが知って――あ、朝倉!? シロちゃん!? あ、あいつらあっ!!」
「おほん――麗しき友情ね」
「あいつら絶対ぶっ殺す! 止めないでください奥さん、武士の、武士の情けっ!!」
「はいはい。怒らない怒らない。あの子達を許してあげる代わりに、先達の話をゆっくり聞く権利を進呈してあげるから、ね? そうだ――」

 彼女がそう言いかけた時だった。玄関の方で、物音がする。
 彼女らが成り行きで新田邸の夕食に招かれたと言うことで、どうせならとばかりに呼びつけた木乃香、ネギ、あげはの三人が到着したのだろうか? 余談だが和美のルームメイトである春日美空は、場所がかの“鬼の新田”邸であることを知った瞬間、その誘いを辞退している。日頃悪戯を好む彼女としては、間違ってもお呼ばれしたい場所ではないだろう。
 廊下を歩く足音がやってきて――なにげなく、ひょいと顔を上げた明日菜は、固まった。

「ただいま戻りましたえ――おや、何処かで見たような顔ですなあ」

 彼女の前に現れたのは――かつて、彼女の命を奪おうとした相手だった。


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