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No.26235の一覧
[0] 麻帆良学園都市の日々・中間考査(GS×ネギま! 2スレ目) 2018/2/22 お知らせあり[スパイク](2018/02/22 23:06)
[1] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「将来」[スパイク](2011/02/26 20:28)
[2] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「自分」[スパイク](2011/04/10 21:35)
[3] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「自我」[スパイク](2011/04/16 20:03)
[4] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「未来」[スパイク](2011/04/24 21:23)
[5] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「目標」[スパイク](2011/06/25 22:29)
[6] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「助言」[スパイク](2011/08/21 18:56)
[7] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「世界」[スパイク](2012/04/01 14:35)
[8] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「再会」[スパイク](2012/04/28 22:00)
[9] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「矜持」[スパイク](2012/11/03 09:15)
[10] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「明日」[スパイク](2012/11/03 09:29)
[11] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY1 雨音」[スパイク](2013/01/13 01:58)
[12] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY1 招待状」[スパイク](2013/01/13 03:45)
[13] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 指揮官」[スパイク](2014/09/07 21:43)
[14] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 その裏で動く」[スパイク](2014/10/05 03:51)
[15] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 対価」[スパイク](2014/10/26 20:32)
[16] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 HOW TO」[スパイク](2014/10/26 20:41)
[17] 朝帆良学園都市の日々・中間考査「DAY2 今できること」[スパイク](2014/11/08 23:15)
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[26235] 麻帆良学園都市の日々・中間考査「助言」
Name: スパイク◆b698d85d ID:a9535731 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/21 18:56
「姿を消す妖怪?」

 長瀬楓と有田絵里が、その場所にたどり着いてみれば、そこは既に大騒ぎになっていた。
 オープン・スクールのイベントに模擬店を出していた生徒達が右往左往するなかで、簡易型の除霊装備を身につけた女学生と、教師だろうスーツ姿の男が、何やら指示を飛ばしている。
 オカルト現象を専門に扱う彼ら彼女らの存在のお陰で、突如として起こったこの騒ぎは、それほど酷く拡大してはいない。
 だからと言って、原因を突き止めてそれを排除しない限り、終息もまた難しいだろう。
 聞けば、騒ぎの始まりは、校舎に突然迷い込んできた不思議な動物を、面白半分で生徒が追いかけたのが始まりだったという。
 その動物はひとしきり校舎の中を逃げ回った後、捕らえられそうになった。
 しかしその瞬間、あろうことか動物の姿はかき消え――足音と“破壊の痕跡”だけが、校舎の中を移動し始めた。
 その異常事態に、六道女学院霊能科の教師が付けた見当が、“姿を消す事が出来る妖怪”であったのだという。

「どう思いますか――習志野先生」
「日本固有の妖怪に、“姿を消す”事を主な特徴とする妖怪は、実のところあまり多くありません。生徒達の話を聞いただけでは、何とも言えませんが、外来種か、あるいは――私の、ような――」
「ふむ……それほど危険な力を持っているわけでもなさそうですが――厄介ですね。素早い上に姿が全く見えないとなると……ああ、ここに犬塚がおったらなあ」
「シロちゃんがどうかしたんですか?」

 不意に、スーツを姿の青年と、同じくスーツ姿の女性の会話が、楓と絵里の耳に入る。
 彼らは、この学校の教師なのだろうか? そして何故、シロの名前がここで出てくるのだろうか? 彼女を知っていると言うことは、もしかすると彼らは霊能関係の――
 楓がそんなことを考えているうちに、絵里の方が二人に声を掛けた。

「何や、ここは今――ん? 中等部の――有田、やったな」
「はい。シロちゃんの友達です。気になってこっちに来たら――名前が耳に入ったもので」

 スーツ姿の男女が、顔を見合わせる。
 楓は、絵里に問うた。

「このお二方は、知り合いでござるか?」
「あ、うん――高等部霊能科の鬼道政樹先生。私が事情持ちで霊能科志望ってことで、時々進路相談受けてもらってるの」

 なるほど――ならば、彼が話にあった、“シロの転校を惜しんだ教師”なのだろうか。そんなことを考えていると、彼は頭を掻きつつ、絵里に言う。

「それはともかく、や。何でお前がここにおるんや? 見ての通り、こっちは暫く立ち入り禁止やで。全く、霊能科がある学校のオープン・スクールで、妖怪が騒ぎを起こしたっちゅうて、笑い話にもならんわ。そっちは――見たことのない顔やけど、お前のオカン――にしちゃ、若いなあ。姉御さんか?」

 その言葉が、今日再び楓の胸を深く穿った事は、今更言うまでもない。
 さすがに不自然だとは思ったようだが、それでも、「母親」――「母親」……
 比喩でなく胸の辺りを押さえてよろめいた楓を見て、絵里は慌てたように言う。

「違いますっ! この娘は、シロちゃんの転校先の学校の生徒で――長瀬楓さん。見た目のことは気にしてるんだから、そう言うこと軽はずみに言っちゃダメ!」
「あ、ああ……そりゃ、すまんかった。せやけど、当の本人がお前の言葉でだめ押し喰らっとるようやが――ええんか?」
「え? あ、ご、ごめんっ! 悪気があった訳じゃないのよ!?」
「……あったら拙者は、有田殿のことを絶対に許さぬ」

 自分の容姿の事は、言っては何だが諦めている。得をする事もあるし、スタイルが良いと言うのは悪いことではないのだ――と、日頃から自分に言い聞かせている。そんな自分ではあるが――何故にこうまで、無関係な所からダメージを受けねばならないのか。
 少しばかり麻帆良から出ることに、暗澹たるものを感じる彼女である。
 ならばいっそ、自分のクラスの年齢詐称疑惑筆頭を連れ出してくるべきか――などと、詮ないことを考えるそばで、鬼道と名乗った若い教師は、絵里に言った。

「いやまあ、教師が軽はずみに生徒を当てにするんもアレなんやけど――犬塚は別格やろ。資格こそ持ってへんけど、そこらのゴースト・スイーパーより余程腕が立つ上に、人狼の超感覚持ちや。今回みたいな相手には、うってつけやろ」
「あ、シロちゃんの“ラブラブノーズ”の事?」
「……何やその、全身の力が口から抜けていきそうなネーミングは」
「だってあの娘、『先生の匂いなら十キロ先からでも嗅ぎ分けられるでござる』って」
「……確かに言われてみたら、あいつなら出来そうな気もするなあ」

 ま、何にしろ――と、軽く言って、鬼道教諭はポケットを探る。引き抜かれたその手には、楓には理解できない、不思議な文字のような文様が描かれた札。

「そないオオゴトにする気は無いけど、ここは危ないさかい――お前らは下がっとき。ガラスの破片で怪我でもしたら、“こと”やからな」
「あ、でもでも――そう言うことなら、私はきっと、役に立てますよ?」
「……どういうことや?」

 何かを思いついたような表情で手を挙げた絵里に、鬼道教諭は怪訝な顔をする。
 彼女は少し得意そうな顔で、上げた手を胸元に当て、言った。

「私の霊感覚って、普通の霊視とはちょっと違うんです。私には――“霊体の世界が見える”んですよ」

 楓には、その意味がよくわからない。霊視とは、すなわち幽霊が見えることではないのだろうか。その上で「霊体の世界」とは一体何のことなのか。
 果たして、プロである鬼道教諭にも、その意味はよくわからなかったようで――首を傾げつつ、絵里に聞き返す。

「何て言ったら良いのかなあ……普通の霊視って、『目には見えているけど頭で見ないようにしているものを見る』ことでしょう?」

 幽霊は、実際に「目に見える」。
 心霊写真などにはハッキリ映ったりするのだから、ただの機械であるカメラに捉えられるものが、目に見えない筈はない。
 ならばどうして一般人に幽霊は見えないのか。
 それは、一言で言えば「見えないと思っているから」である。
 幽霊が目に見えても、頭が「そこにそんなものが存在するはずがない」と思ってしまう。だから、脳で処理された『目に見える世界』には、幽霊は映らない。
 そしてその脳のフィルターを外す事を、業界では「霊視」と呼ぶのだ。
 ――と言うことを、鬼道教諭と一緒に居た女性が、楓にそれとなく教えてくれた。
 クラスで「馬鹿レンジャー」の名を恣にする彼女が、それを何処まで理解できたかは、この際さておくとしても。

「あ、私、習志野愛子って言うの。ここの系列の大学で助教授やってるんだけど……シロちゃんとは私もお友達だし、気構えなくて良いよ?」
「は、はあ……」

 半ば脳みそが焼き付きかけている楓には、曖昧な返事しか出来ない。
 ちょっとした非日常の世界をのぞきかけただけで「これ」なのだ。果たして自分に、この世界でやっていくことが出来るのだろうか? 楓の中に、茫漠とした不安が漂う。

「だから結局、普通の霊視じゃ、目に見えてないものは見えないでしょ? でも、私は違うの。目に見えて無くても、霊は見えるの」
「……何やて?」

 たとえば、サーモグラフィーという技術がある。
 温度を色で表す技術であるサーモグラフィーは、通常目には見えない「温度」というものを、可視化する。
 空気の温度がそこだけ違っていれば、たとえ目に見えていなくても、それがはっきりとした違いとなって現れる。
 絵里が言うのは、そういうことだ。
 彼女は通常の霊視――「霊をシャットアウトするフィルターを視界から外す」事が出来るのではない。
 「霊を見ることが出来るフィルターを、視界に掛けること」が出来るのだ。
 対象物が何であれ「魂を持っている」限りは、彼女の霊視能力から隠れ通す事は出来ない。

「そら……確かに、凄い能力や。霊能力者の中でも、そんな能力を持っとる人間は、そうそうおらへん筈や――」
「でしょ? 褒めて褒めて」
「……でもそれだけじゃ足りないわね」

 腰に手を当てて誇らしげに鼻を鳴らす少女は、苦笑混じりに言った愛子の一言にたたらを踏む。

「な、何でですかっ!?」
「それじゃあなた、動物園から逃げ出して町中を飛び回るカンガルーを、追いかけ回して捕まえる事が出来るかしら? 今逃げ回ってるアレ――カンガルーどころじゃないほどすばしっこいわよ」
「う」

 楓とて、時折ワイドショーをにぎわせるその手のニュースは知っている。話に出たカンガルーだとか、猿だとか、あるいはイノシシだの何だとのと――町中をかけずり回る警官や動物園関係者の姿は、必死を通り越して滑稽でさえある。ましてや女子中学生一人に、彼らの真似事でさえ出来るものだろうか。

「どちらかと言えばそれは拙者の得意分野でござるが――相手が見えぬ事にはどうにもならぬ」

 そう言って楓は嘆息する。
 そう――自分には、少なくとも「十分だ」とタマモに評されただけの身体能力がある。
 実家に伝わる秘伝の古武術――“氣”と呼ばれる、人体の神秘の力を制御する技術。それをもってすれば、カンガルーどころか熊と殴り合っても、すんなり負ける気はしない。
 だが、“霊能力”に於いては別だ。
 概念的には、何となくシロ達のそれを見てわかっている。
 だが――それが“氣”とどう違うのか。どうすれば扱えるものなのか。そもそも、資質として自分に備わっているのか、それはわからないのだ。

(ああ……私って、浮かれてたのかな)

 形を持った不安に、自分の立っている場所がわからなくなってくる。
 ふと楓は、自分は今――少し前のネギ・スプリングフィールド――自分の所に迷い込んできたときの彼と、同じような顔をしているのではないだろうかと思った。
 今更そんなことを考えても――しかし自嘲しつつ顔を上げた時、彼女は自分に集中する視線に気がついてはっとする。

「……な、なんでござるか? 先も言ったように、相手が見えぬ事には、捕まえることなど――」
「姿さえ見えれば捕まえられるの?」
「ま、まあ一応……その自信はあるが」

 とまどいがちに言った彼女の肩に手を置き――愛子は笑った。

「十分よ」




「急ごしらえの札やったけど、うまく働いたみたいで良かったわ」

 そう言って、鬼道は楓の背中に張られていた一枚の札を剥がす。
 途端に、形容しがたくブレて見えていた彼の姿が元に戻り、楓は大きく息を吐いた。
 彼女らから少し離れたところには、動物を入れるためのケージが置いてある。
 そしてその中には、犬のようなタヌキのような、そんな外見を持った小動物が、怯えるようにうずくまっていた。
 改めて見ると、割合愛くるしいその姿に、目を輝かせる女学生達が、ケージに群がっている。

「こらこら、あんまり刺激すんやないで。元はと言えばお前らがそいつを怖がらせたのが原因の騒ぎやないか」

 鬼道が手を叩きつつ、彼女らを散らす。少女達は口々に文句を言いつつも、散らかってしまった飾り付けや、割れたガラスを片付けるために持ち場に戻っていく。

「まだ頭がクラクラするでござる……」
「今まで霊視の「れ」の字も知らんような奴が、いきなり本職以上の仕事をしたんやからな。頭がついて行かんで、酔ったみたいになっとるんやろ――我慢できんようやったら、保健室に連れて行くで?」
「いえ――少しめまいがするだけなので、大した事はござらん」
「さよか――ほんなら、改めてお礼を言うわ。ショボい事件とは言え、うちの学校で起こった事で迷惑かけてもうて、ほんまにすまなんだ。お前のところの学校には、あとで俺らからちゃんとお礼を言っとくさかいに」
「そんな大層な事をする必要はござらん――いや、本当に。気が済まぬと言うのなら、照れくさいのでやめてくれと正直に言うでござるが」
「はは――謙虚でええ娘や。せやけど、謙虚も行きすぎるとあかんのやで? ま……お前がそう言うなら、そうするわ。体調がおかしかったら、すぐに言いや――犬塚二号」

 言いたいことはわかるが、犬塚二号は勘弁して欲しい、と、楓は憮然とした顔をする。
 言われた鬼道は、あまり反省していないような顔で彼女に詫びると、片付けの手伝いをするために、彼女と絵里を愛子に任せて行ってしまった。
 彼らが取った作戦は、シンプルなものである。
 絵里は妖怪の姿が見えるが、捕まえる術がない。
 楓は妖怪を捕まえること自体は出来るが、それが見えない。
 ならば――絵里が“見た”妖怪を、楓が捕まえればいい。
 かつて強大な魔神の手先と戦ったゴースト・スイーパー達は、全員の感覚をひとまとめにすることでお互いを補い合い、地力の差を埋めたことがあるという。
 そうした経験は、ゴースト・スイーパー業界の中で研鑽されてきた。今回は何も、この場にいる全員の感覚を統合する必要はない。ただ絵里に見える世界を、楓が知ることが出来れば良いだけの話だ。
 急ごしらえだが――と、鬼道が作った札が、その為のものである。
 意味が分からないまま、それを背中に貼り付けた楓であったが、絵里が同じものを額に貼り付け、彼が短く気合いを入れて、その札の力が働いた瞬間――見えている世界が、一変した。
 自分の見ている世界に重なって、他人の“魂”が見える。淡い光のように、人間だけではない、そこに存在する、生き物全ての魂が――“見える”。
 これが――絵里の、霊感覚。
 霊能力者が見る、世界。
 目が捉える光景の中、何もないはずの場所に蠢く光を、彼女は見つける事が出来た。
 それさえ出来れば――ただ姿を消すことが出来るだけの小動物など、彼女の相手ではなかった。

「お疲れ、長瀬」

 突然頬に冷たい何かを押し当てられて、楓は「ひゃ」と、間の抜けた声を出した。
 振り返れば、缶ジュースを持った絵里が立っている。
 どさくさに紛れてそこの模擬店から貰ってきたんだけれど、と、言わなくても良いことを口にしながら、彼女は楓にジュースを渡した。

「すごかったねー、長瀬! ワイヤーアクション見てるみたいだった! 人間って、壁とか天井とか、走れるんだ!」

 缶のプルタブを開けながら興奮したように絵里は言う。
 それが普通の人間の認識なのだろう――と、楓は改めて思った。麻帆良には、彼女以外にもその気になれば“そういう”事が出来てしまう手合いが割合大勢居るので、時折忘れそうになってしまうが。
 苦笑しつつ、楓もまた、缶のタブに指をかける。

「……世の中というのも、ままならぬものでござるなあ……」

 自然と、そんな言葉が喉からこぼれた。
 はたと気がついて隣を見れば、絵里は缶を口に当てたまま、不思議そうな顔でこちらを見つめている。
 さて、何と言葉を継いだものか――楓が何か言おうとしたところで、彼女の頭上から声が降ってきた。

「若い身空で、随分と年寄りじみた事を言ってるわね?」

 見れば、休憩所の椅子に腰掛けていた彼女たちを、スーツ姿の女性が見下ろしている。
 先程、鬼道教諭と一緒にいた、習志野愛子とか名乗っていた女性だ。
 楓と絵里に声を掛けた彼女は、そこで笑顔の一つでも浮かべる――つもりだったのだろうが、椅子に腰掛けたまま、突然俯いて影を背負った楓に気がついて、ぎょっとしたように一歩後退る。

「……あー……長瀬、ひょっとしてトドメ刺された?」
「……拙者はこの学校に通うに当たって、鋼鉄のハートをいくつ持っていればいいのでござるか?」

 楓の言葉に――新しい友人は、沈黙した。




「なるほど、進路についての悩みねえ……青春だわ……」

 何故か妙に満足そうな表情を浮かべつつ、一人頷きながら、習志野愛子は頷いた。
 ややあって彼女は思い出したように、楓らに向かって振り返る。腰程までもある長い黒髪が、鮮やかに翻る。
 それなりの大学で、助教授という責任ある職にあるのだから、それなりに年齢を重ねている筈だが――その容姿と言い仕草と言い、彼女はあまりにも若々しい。
 服装や化粧次第では、我らが麻帆良女子中“年齢詐称疑惑組”よりも――

「――? どったの、長瀬?」
「いえ――何でもござらん」

 もはや自分に余力など残っているものかと――そんな表情で、楓は力なく左右に首を振った。
 愛子はそれに対して一瞬怪訝そうな表情を浮かべたものの、すぐに腰に手を当て、小さく頷く。

「将来の夢に悩む若者と、その悩みを分かち合おうとする教師――素晴らしき青春の一こまね……それにしてもまさかこの私が、“教師”の側で、こんな青春の一場面に立ち会うことが出来るなんて。ああ……なんて素晴らしき人生」
「習志野助教授」
「愛子でいいわよ。私は公私の区別はしっかり付けるタイプなの」
「自分トコの大学の教授を名前で呼ぶの事って、“公私の区別”とかいう問題なんスか……? まあ、なら……愛子さんがそう言うなら」

 それじゃ愛子さん、と、少々引きつったような顔で、絵里が言った。

「何かしら」
「とりあえず鼻血拭いてください」
「……失礼」

 黒髪の美女は上を向いて鼻をつまみ、絵里からもらったティッシュペーパーで鼻の辺りを拭う。何とも、絵にならない光景である。

「他人の悩みで悦に入ってた事に関しては、素直に謝るわ。どうも私、こういうシチュエーションになると、昔から抑えが効かなくて――それで一度は退治されかけたわけだし」
「は?」
「い、いやいや。こっちの話」

 鼻血を拭いたティッシュを丸めてくずかごに投げ捨て、彼女は笑って見せた。どうやらもう血は止まったらしい。この女性、一体どういう体のつくりをしているのか――楓は喉まで出かかった疑問を、結局飲み込んだ。

「それで長瀬さんの話に戻るけれど――あなたはつまり、今日ここに来て、騒ぎに出くわして――自分がこの道を進んでいけるのかどうか、不安に思ったわけね?」
「……」

 楓は黙って俯いた。彼女の手に力が込められ、握られていた缶が、乾いた音を立てる。

「確かにね、六道女学院霊能科は、その道のエキスパートが通う学校だわ。高い霊的資質が求められるのはもちろんのこと、能力だけを見れば、既に一人前のゴースト・スイーパに匹敵する才能を開花させている子もいる」

 そんなサラブレッドの群れの中にあって、未だ霊能力が“ある”のか“ない”のか。それを判断するところから始めなければならないと、そう言う段階の楓は、一歩で遅れた立ち位置であると言わざるを得ない――愛子は、そう言った。

「そんな――いや、そうかも知れないけど、長瀬は」

 彼女のハッキリとした物言いに、絵里が思わず口を挟む。

「いえ――愛子殿の言うとおりでござる」
「でも、でもさ――長瀬はあんな、アクション映画みたいな事ができるじゃない! あんな事が出来る中学生が、世の中にどれだけいるって――」
「ゴースト・スイーパーは“対心霊現象特殊作業従事者”を指す言葉よ。霊を相手にするのに、強くて困ることは無いにしても――その手の手合いに、物理的な強さだとか、力のあるなしだとか――そういう理屈は通じないわ」

 反論にかぶせられたその言葉に、絵里は言葉を失ってしまう。
 ゴースト・スイーパーには、確かに戦う強さ――悪霊と戦って生き延びるだけのサバイバビリティが必要不可欠である。だから最終的に、一部の例外を除いて、ゴースト・スイーパー資格の最終試験は、受験生同士の真剣勝負などという、危険極まりないやり方が採用されている。
 けれどそれは、あくまで必要条件のうちの一つでしかない。どれだけ腕っ節が強かろうと、それだけでは“心霊現象”に対して、何の役にも立ちはしない。

「とはいえ」

 ふと、愛子が肩をすくめる。
 絵里は俯きかけていた顔を上げた。

「長瀬さんはどう考えてもフツーじゃないわよね。私は体育教師じゃないけれど――あの動き。あなたは体格に恵まれている方だと思うけれど、それでもあれは、そんな華奢な体で出来るような動きじゃないわ」
「――あれは、“氣”と呼ばれる力を使った、拙者の里に伝わる……その、“古武術”でござる」

 口で説明することは難しいが、人体に秘められた神秘と力とでも言えばいいのか――楓は言った。それを使うことによって、人間は生物として出しうる事が出来る以上の力を振るうことが出来るのだと。
 それを聞いた愛子は、納得したように頷いた。

「東洋の神秘って奴ね。興味深いわ」

 口元に手を当てて頷くその仕草に、己の担任教師が重なったように、楓には感じられた。いつだったか、彼もまた同じような事を言っていた。あれは確か――

「ともかく」

 記憶の書架を漁りかけていた彼女は、愛子の一言で我に返る。

「霊能力は魂から引き出される力――心霊学ではそんな風に言われているけれど。言い換えれば、“魂”を持つ生き物なら、“霊能力”が使えない道理はない。結局霊能力のあるなしなんて言ったって、それがどれだけ器用に扱えるかの違いでしかない」
「え……そうなんですか?」
「理屈の上ではね」

 だから、と、愛子は続けた。

「結局霊能力も、そういう言葉では表しにくい本能的な能力だから――ね。根拠はないけど、私は何となく、長瀬さんは霊能力者としても、かなり化けるんじゃないかと思う」
「ホントですか!? 凄いじゃん長瀬っ!」

 唐突に“プラス”に転じた彼女の言葉に、絵里は自分のことのように目を輝かせ――隣に座る楓の背中を、ばしばしと叩く。
 楓としては、もう既に脳みその容量が限界に近い。自分の事であるはずなのに、何処か現実味を感じさせない言葉の羅列に、目を白黒させるしかない。自分が評価されているのかどうかさえも、わからない。

「でもさ」

 しかし愛子は、そこで――意地の悪そうな笑みを、浮かべて見せた。

「そう言うのって、青春っぽくないじゃない。あなたの悩みって、結局そういうところなんじゃないかと、私は思うんだけど?」

 その言葉に――楓は弾かれたように、顔を上げた。




「私の友達にね、業界じゃ相当に名の知れたゴースト・スイーパーがいたの」

 愛子は目を細め、そんなことを言った。
 それこそ高校生と言っても通じるかも知れないほどに若々しい顔に、その時浮かんでいた表情は――何かを懐かしむような、“大人”にしかできない表情だった。

「霊能力者としての実力は、悪霊どころか悪魔くらいなら地力で倒せるくらいだったし、歴史的に見ても稀少な能力の使い手だった。本人はその事を鼻に掛けたりなんてしない――っていうか、自分に自信がなさ過ぎて、自分の実力をわかってなかったみたいだけど」
「あ、悪魔って――」
「彼の中じゃきっと、ゴースト・スイーパーを名乗る人間は悪魔くらい“倒せて当たり前”なんじゃないかしら? それが出来る霊能力者なんて、世界にどれだけいるかって話なんだけれど」
「当たり前ですっ!」

 オカルトに馴染みの薄い楓には、その“悪魔”と呼ばれる存在が、どれほどの強さを持っているのかわからない。ただ、絵里の尋常ではない驚きようを見るに、それを察する事くらいは出来る。

「そう。彼は霊能力者であることに、自信なんて持ってなかった。自分が一番信用できない、なんて、胸を張って馬鹿なことを言う人だった。でも、彼は霊能力者であり続けようとした。強くなりつづけようとした」

 そんな彼が――と、愛子は言った。
 そんな彼が目指した夢とは、一体何だっただろうと、楓と絵里に問いかけた。
 二人の少女は顔を見合わせるが、その答はわからない。並はずれた資質を持ちながら、それを特別だと考えることが出来ず。
 けれどどこまでも高みを目指す――楓の中には、何処までも己を高めようとする侍のような人物が浮かんでくる。恐らく絵里も、同じような人間像を思い浮かべているのだろう。
 そんな二人を満足そうに見やり、愛子は言った。

「この間その彼と飲む機会があったんだけど――現時点での彼の夢は、“美人の嫁さんを貰って退廃的な生活を送ること”らしいわよ」
「「え」」

 いたずらが成功した子供のような表情で、愛子は笑う。
 唖然とするしかない楓と絵里に、彼女は続けた。

「未来を選ぶことに、きっと正解なんてありはしない。だから、私たちは悩むのよ」
「――お、仰ることは何となくわかるのでござるが」
「そのもの凄く突っ込みどころ満載の“彼”について、詳細希望」
「たとえばの話だけど」
「「いやそこスルーするべきじゃない」」

 綺麗に域の揃った少女達を無視して、愛子は言った。

「長瀬さんに実は、どんなゴースト・スイーパーでもかなわないような霊能力の資質があったとするわね? 当然、あなたはこの学校に入ることに何の不安も無いでしょうし、誇りと自信を持ってゴースト・スイーパーの道を歩んでいけるわ」
「……」
「それは果たして“正解”かしら?」

 微笑と共に、彼女は言う。
 しばし彼女の言葉に付いていく事が難しかった少女達ではあるが、とりあえずその問いかけに対する答えを導こうとする。

「当然それは間違った選択ではないわ」

そんな少女達を見遣り、愛子は言った。
「自分の資質を理解して、それを最大限に活かせる場所があって、そこを選ぶ。少なくとも、それを間違いと言う要素は、何処にもない」
「はあ……」
「それじゃ逆に、長瀬さんには霊能力の資質が全く無かったとしたら――同じ道を選ぶことは、果たして間違いかしら?」
「――それは」
「自分がやりたいことと、自分に備わっている才能――それが一致している事って、本当に幸運なことだと、私は思うのね」

 小さく息を吐き――愛子は言った。

「本当なら、みんながみんな努力して、夢を叶えたらいい。叶えられたらいいと、私は思う。けれど、本当に残念だけれど、そんなことはあり得ない」
「……」
「どうしていつも、そうなのかしら。どれだけ頑張っても届かない場所を見上げながら、大勢の人が人生を終えていく。そしてその人の中には、別の誰かが欲しがってやまない原石が眠り続けているかも知れない。でも、望まれない宝石の原石は――結局石ころと同じなのよ――長瀬さん、有田さん――あなたたちは、その現実をどう思う?」

 楓も、絵里も、その問いにすぐさま応えることはできない。
 たかだが十四、五歳の少女達にとって、その問いかけはあまりに重すぎる。
 どれほどの沈黙が流れただろうか。ふと――愛子が、口を開いた。

「でもね。私は、その現実を嘆きたくはない」

 楓と絵里が、顔を上げる。

「本人が石ころだと投げ捨てたダイヤモンドの原石は、輝く宝石になれないかもしれない。けれど、砕け散ったそれは、何か別の宝石を磨き上げる事ができるのよ」

 もちろん、それは単なる強がりかも知れないけれど――と、愛子は言った。

「私の知っている彼が強くなろうとして、そして強くなれたのは――まさに、そのためだった。自分が恋い焦がれる人を振り向かせたいため、ただそのために、彼は嫌で嫌で仕方なかった戦いの世界に、その身を置き続けた」

 楓の脳裏に、ほんの一瞬、誰かの顔が過ぎった気がした。

「自分の歩いている道が正解かどうかなんて、わからない。正解があるのかどうかもわからない。でも――長瀬さんは、どう思うの? “正解じゃないから諦める”なんて――悔しいと、思わない? そんなのって、青春じゃないわ」
「……」

 愛子の言葉は、強く楓の胸を打った。
 彼女は無意識に、拳を握りしめ、歯を食いしばる。

「……教育者が言うには、少しばかり無責任な言葉でござる」
「そうね。そうかも知れない」

 果たして楓がようやく言い返した一言に、愛子は軽く笑って見せた。
 彼女の言っていることはただの理想論だ。言葉一つでどうにかなる問題であるなら、悩む人間などこの世には居ない。たとえば新田教諭ならば、同じ教育者として、彼女の言葉を批判するかもしれない――楓をこの場所に導いた、彼ならば。

「拙者の中にある何かの原石を、もしも拙者が求めていなかった――そんな時、拙者はどうすればいいのでござるか?」
「“それ”で他の何かをピカピカに磨き上げて――思いっきり自慢してやりなさい。どれだけ夢に破れようが、その一つがいつか見つけられるなら、それでいいじゃない」
「ならば、もしもその一つが見つけられなかったら」

 彼女の問いかけに、暫くの間をおいた後、愛子は言った。

「そうね――でもきっと、そうやって歩き続けたあなたの人生は――今まで磨いてきた宝石で満ちあふれたものになっているはずよ」




「何だかわかったようなわからないような、そんな気分にさせられたわね。習志野助教授って多分、人をその気にさせる天才か――そうでなかったら、無責任も良いところのダメ人間か、どっちかだと思うわ」

 夕刻――お祭り騒ぎの一日が終わり、都内某所、六道女学院近くのコンビニエンス・ストア。その駐車場の車止めに腰掛けて、絵里は楓に言った。

「もとより、ただの言葉で納得が出来るなら、拙者は六道女学院に来ようとは思わなかったでござるが」

 スカートのまま遠慮無く地べたに腰を下ろす絵里を窘めながら、楓はコンビニの壁に背中を預け、足を組む。長身の彼女がそうする様は割合格好が付く。絵里は何かしら思うところがあったのか、多少不満げな表情を浮かべながら、スカートの中が見えないように、鞄を自分の前に移動させた。

「結局一生掛けても答は出ぬのでござろうなあ。拙者が自分なりに人生を生きていって、どこかでそれを、正解だと言われても間違っていると言われても――多分拙者は、納得など出来ぬでござろうし」
「そうだね。誰にそれを言われたって、結局他人にそんなこと言われたかないし――自分自身には、自分自身の生き方の正しいも間違ってるも、結局判断できない――つか、したくないだろうしね」
「左様」
「……長瀬ってさ、成績が悪いとかって嘆いてる割に――色々考えてるよね? ひょっとして、シロちゃんと同じタイプ?」

 その言葉に、思わず楓は、絵里の方を見下ろした。
 その時彼女は、自分の方を見ては居なかったけれど。

「……何を馬鹿な。拙者、自分のクラスでは“馬鹿ブルー”と、もっぱら呼ばれているで御座るよ?」
「……ブルー以外にも居るの? それ」
「レッド、ブラック、イエロー、ピンクと」
「長瀬――あんた自分で言ってたけど、一生に一回くらい猛勉強しても、バチ当たんないわよ」

 私が言う事じゃないけどさ、と言って、絵里は苦笑した。

「あー、何かウチの担任の言いたいことがわかっちゃった気がするなあ。私らの将来には、何が正しいのかもわかんないくらいに、たくさん分岐がある――勉強なんてしたくないけど、それだけで選択肢が増やせるなら――仕方ないよね」
「……塾にでも通うでござるかなあ。実家の方に連絡を入れねば――気でも触れたと心配をされなければいいのでござるが」
「どんだけよあんた」

 そう言って笑う絵里に、楓もまた苦笑を返す。
 ややあって――彼女は、腰を払いながら立ち上がった。

「長瀬、今日はどうするの? 明日日曜だし、こっちに泊まるの?」
「その予定は無いでござるよ。夕方の電車に乗れば、そう遅くない時間には麻帆良に戻れるでござるから」
「そう? そんじゃ――これでお別れかな。次には――お互いクラスメイトとして会えたらいいね」
「……左様で、ござるな」

 少し淋しそうに、絵里は言う。楓もまた、この新しい友人との別れは惜しいと思う。東京と埼玉はそれほど離れては居ないし、彼女らには犬塚シロという共通の友人も居るが――それでも奇妙な縁で結ばれた二人は、それを近い距離だとは思えない。

「あ、そうだ。忘れてた。私のアドレスを――」

 鞄に手を突っ込み、何かを言いかけて、絵里は小さく身震いした。

「……ごめん、先にトイレ行っていい?」
「しまらないでござるなあ。拙者もその間に、何か飲み物でも買っておくでござるよ」




「……運命の神様という奴は、とことん拙者に平穏な時間を過ごさせる気は無いらしいでござるなあ」

 商品棚の影に隠れながら、楓は大きくため息をついた。
 その向こう側では、覆面やヘルメットで顔を隠した男が三人、コンビニの店員に向かって刃物を突きつけ、何かを喚いている最中である。
 彼女と絵里がこの店に入ってすぐに、店の入口の真ん前に、突然男達がスクーターで乗り付けたかと思えば、この有様。そう――彼女は今まさに、コンビニ強盗の襲撃に遭遇している真っ最中であった。

(思えば期末テストだと思えば謎の石像に追いかけ回され、修学旅行に行けば同級生が誘拐され、オープン・スクールでは妖怪騒ぎに巻き込まれ、挙げ句――お払いにでも行った方が良いのかしら)

 それとも、ここはそれこそ、犬塚シロか千道タマモあたりに相談してみるべきだろうか。しかしさすがの彼女たちでも、自分のトラブル吸引体質、その原因が運命の神に嫌われているのだとすればお手上げだろう。むろん、そうでないことを祈りたい。麻帆良女子中三年A組に舞い降りる数々の珍事件は、何も彼女だけが原因というわけではない。
 楓はもう一つため息をつく。
 さりとて、今は己の身の上を嘆いても仕方あるまい。
 商品棚から窺えば、怯える女性店員にサバイバルナイフのような刃物を突きつける犯人は、覆面で顔を隠してはいるが、かなり若い。高校生――通っていればであるが――くらいだろうか。怯える店員や客を脅して愉快そうに笑っているあたり、緊張感がない。

(どうせ純粋な意味で“金に困って”と言うわけでもないんでしょうに――悪い奴らは何処にでも居るって言うけれど)

 自分とそう変わらないだろう年頃の犯人達を見て、楓は首を横に振る。
 彼女自身がそう思う道理は無いのだろうが――色々悩んでここにやってきて、愛子の話など聞いて思うところがあった今の自分には、彼らの姿はあまりにも度し難い。
 連中はきっと、楓のような悩みなど考えたことも無いに違いない。周りのことも考えず、ただ自分のやりたいように今までやって来たのだろう。彼女は自分の中に、ふつふつとわき上がる何かを感じた。
 彼女は商品棚にあった「もの」を掴むと――無造作に立ち上がった。
 犯人達と、客の視線が、彼女の長身に集中する。

「何だてめえ?」
「……」

 楓は応えずに、レジの前まで歩みを進める。
 当然、半ばカウンターに腰掛けるようにして店員を脅していた犯人は、慌てて彼女に向けてナイフを構え治す。

「おい、コラ、てめ……」
「これください」
「ぅごっ!?」

 何の予備動作も無しに、彼女は手に持っていた「もの」――“激辛カレーパン”と銘打たれた紙包みを、男の顔に思い切り押しつけた。ほぼ同時に、指を「起こし気味」にした拳を、男ののど元に叩き込む。
 形容しがたいくぐもった呻きと共に、パンの袋を顔に貼り付けたまま、男は床に倒れて悶絶する。
 それを見た彼の仲間が――反応する暇はなかった。
 いつ放たれたかもわからない蹴りで、彼が持っていたバットは宙を舞い――それが床に転がるより、そもそも彼が蹴られた痛みを感じるよりも先に、彼の意識は暗転する。自分が無様に商品棚をなぎ倒して転がったことに、彼は気がつかなかっただろう。

「う……っ!?」

 突然仲間の二人を倒された強盗犯の最後の一人は、バットの男を蹴り飛ばした体勢から体を起こした楓を見て、たじろいだ。まさか反撃を受けるとは思っていなかっただろう。ましてや、わけがわからないままに仲間が昏倒させられるなどとは。

「……無駄な抵抗はやめて、武器を捨てるでござる」

 楓の冷たい声に、フルフェイスのヘルメットで顔を隠した男の手が、びくりと震えた。
 恐らく彼は、意図して楓に武器――その手に握られたナイフ――を向けたのではないだろう。理解できない脅威を前に、本能的に体が動いてしまっただけだろう。
 しかし今の彼女に、そんなことは関係ない。

「もう一度言う。痛い目に遭いたくなければ、武器を捨てろ」
「う――うるせえ! なん――だっ……何だお前は!」
「応える義理はない。早くそのナイフを捨てるでござる。これ以上は、冗談が冗談では済まないでござるよ?」

 男は動かない。震える手で楓にナイフを向けたまま――それが動かないのか、それとも動けないのか。
 楓は小さく息を吐いて、一歩脚を前に踏み出す。そのどちらであろうと、容赦をしようとは思わない。

「ふん――思い通りに事が進まないのは初めてでござるか?」

 彼女は言った。

「あ……ああ?」
「見たところ、明日の暮らしに事欠く程金に困っていると言うことではなかろう。どうせ良く聞くところの、遊ぶ金ほしさにと言う奴であろうが――そこでコンビニ強盗というのが選択肢として選ばれる程度なら、お主らの身の上などたかが知れる」
「ばっ……馬鹿にしてんのかてめえ! あぁ!?」
「どうせ誰の言うことも聞かずに馬鹿なことばかりを繰り返し、周りに愛想を尽かされたのを、自分たちに恐れを成したのだと勘違いし――おおかた “この程度”の悪事は、自分たちにとって大したものではないと、そう思ったのであろうが――生憎でござったな」
「てめえに説教なんてされたくねーんだよ! 何だてめえ、調子のってンなよ!?」
「は――お主のような輩に説教をするほど無駄な時間、拙者は持ち合わせておらぬよ。ただ、人が珍しく真剣に悩んでいようかと言うときに、お主らのような、頭に脳みその代わりに豆腐でも詰まっているような連中を相手にする羽目になるとは――拙者もほとほと運がないと苛立っているだけでござる」

 楓は小さく――本当に嫌々、と言う風に息を吐く。
 当然相手の男はそれを挑発と受け取るだろうが、既に仲間の二人を苦もなく倒されているのだ。下手に動くことは出来まい。さりとて、このままじっとしているわけにもいくまい。
 もはや意味もよくわからないことを喚きちらす男に向かって、楓はゆっくりと一歩を踏み出し――

「やあ、スッキリしたぁ。もうちょっとで人間の尊厳が破裂するところだった……って、あれ?」

 場に全くそぐわない清々しい顔で、店の奥のトイレから絵里が顔を出した。

「……えーと……何が起こってるの?」
「ばっ……あ、有田殿っ! 早くドアを閉めるでござる!」

 この場の状況が全く分かっていないのだろう彼女に、楓は思わず叫んだ。同時に即座に男を昏倒させるべく床を蹴るが、呆けている彼女に、男が掴みかかる方が一瞬早い――!
 楓が思わず歯を食いしばったその刹那――
 男の体は窓をぶち破り、盛大にガラスの破片をまき散らしながら、店の外の駐車場に転がった。

「……」

 楓は勢いをそがれてたたらを踏んだような格好のまま、呆然と破れた窓と、駐車場に昏倒する男を見やる。
 今のは――絵里が? いや、相変わらず彼女は呆然としたまま、破れた窓の方を見つめていた。では一体、今何が起こったというのか?
 楓が店内の方に視線を戻してみると――彼女の視線に気がついて、慌てて体勢を整えた一人の女性が居た。
 具体的には、「割れた窓に向かって突き出していた拳」を背中に引っ込め、口元に手を当てて、上品そうに笑う、一人の若い女性。

「や、やーねえ。わ、私は何もしてないわよ? ただちょっと慌てて小突いちゃったら、その人派手にすっ転んじゃって――床にワックスでも残ってたのかしらね?」

 “そんなわけがあるか”――呆然と彼女に集中する、店内の視線。その主達の心は、その時一つになったのだろう。かくいう楓も同じだったから、それは十分にわかる。

「――えっと――何? リアル殺人事件?」

 未だ状況が全く飲み込めないのだろう言葉を呟いたときの彼女の顔は、昏倒する犯人達ではなく、その女性の方に向けられていた。




 程なく店員が呼んだ警察が到着し、犯人達は意識のないままパトカーに乗せられ、運ばれていった。普通なら、いくら犯罪者とは言え、救急車の一つでも呼んでやるべきではないだろうかと楓は思ったのだが、今更彼らに同情することなど一つもない。そう思い直して黙っておいた。
 決して絵里が小さく呟いた「六道がらみのあれこれで慣れてんだろうし」という言葉の意味を考えるのが恐ろしかったわけでは無い。
 何かお礼がしたいというコンビニの店長に、ならばお礼代わりにと警察への対応をまるまる押しつけて、楓と絵里はそそくさとその店を後にした。

「でも、何でこんな逃げるみたいに――警察だって、あの状況じゃ長瀬にボーリョク云々とか言うわけ無いじゃん。むしろ表彰される事はあってもさ。「女子中学生・コンビニ強盗を撃退!」的な見出しで新聞に載ったりしてさ、格好良くない?」
「拙者はあまり目立つのが好きではござらんし、面倒ごとも嫌いでござる」
「やっぱりその辺は忍者なんだ」
「な、何のことでござるかな?」
「無駄なボケはいーからさ。でも長瀬、あれだけのことが出来るなら――ゴースト・スイーパー以外にも色々出来ることあるんじゃない? 羨ましいなあ」
「あれは才能と言うよりは鍛錬の賜でござるよ。一朝一夕にとは言わぬが、有田殿とて修行を積めば、ある程度の事は出来るようになるでござる」
「女子中学生にナチュラルに“修行”とか言われても――何か重石くくりつけて滝に打たれろとか言われそうだからヤダ」
「はっはっは。そこまでの無茶は言わないでござるよ。滝に打たれる時に重石など付けていては危険極まりない」
「滝に打たれる事自体はあるんだ」

 気づけば、初夏の長い昼間もそろそろ終わりに近づき、梅雨が訪れる前の澄み通った空にはあかね色が広がりつつある。
 途切れた会話に居心地の悪さを感じることはない。二人の少女は、ゆっくりと駅への道を歩く――

「あ」

 曲がり角を曲がったところで、彼女たちはばったりと出くわした。
 思わず足が止まり、間の抜けた声が、喉からこぼれる。

 肩の辺りまで伸ばされた黒髪に、つり目がちだが何処か優しげな顔。ラフな服装に身を包んだ、すらりと背の高い若い女性――
 強盗犯の一人を、最後に店の外に殴り飛ばした筈の彼女が、そこに立っていた。










 コンビニ強盗のくだりの一部は、映画「Cowboy Bebop 天国の扉」の冒頭から。
 店内での立ち回りというのがうまくイメージ出来なかったので、参考にさせていただきました。反省が必要ですね。
 絵里の霊能力と鬼道の札。
 多少反則気味かとは思いましたが、ベースはGS原作アシュタロス編で、タイガーを中心にやっていたアレ。完全な創作ではないと言うことでご了承くださいませ。


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