「こうするしかない」という場面に出くわしたら。大概の人は絶望するだろう。
当然、自分が望まざる道を強制されているのだから。
だったらいっそのこと、開き直れ。
自分が臨まぬ道を進んでいるのは、それを強いた誰かのせいだと、徹底的に押しつけて。
そうしたら後は、自分が行きたい方向への曲がり角を待てばいいだけだ。
そしてその時には、決して躊躇うんじゃないぞ。
――朝帆良市郊外、エヴァンジェリン宅。
そのリビングに据えられたソファに腰掛け――その家の主であるエヴァンジェリン・マクダウェルははしたなく足を組む。どうせこの場に、それを注意するような人間は居ない。いたところで、それを聞き入れるつもりも、きっと彼女にはない。
これからきっと忙しくなる――それも、“悪の魔法使い”である自分としては面白くない方向に。
エヴァンジェリンは天井を睨み付け、大きく息を吐き、刻まれて間もない記憶を思い起こした。
明石裕奈誘拐事件において、犯人は何故かネギに、事件を解決できるように足掻いてみろという。それが不可能に近い事は誰にも理解できるが、さりとてだから何もしない、と言うわけにはいかない。犯人は“不可能に挑む悲劇”を望んでいるのだという。
ならば――本当にそれを不可能と悲観する訳にはいかないが、今はそれを演じてみせるしかない。あちらとて、こちらがその様な道化に成り下がるとは思っていないだろうけれど。その裏で何かを考えている事くらい、お見通しだろうけれど。
「さて、その趣味の悪い犯人は、ネギに何を望んでいるかと言うことだ」
「不可能に挑むと言うのですから……ネギ先生にこの事件を解決してみろと、そう言う意味でしょう?」
「最終的にはな」
のどかの問いに、横島は首を横に振る。
「だが、過程無くして結果が出るわけではない」
そこに、エヴァンジェリンが割り込んだ。横島は何も言わない。彼女がある程度を語ってくれるのならそれに越したことはない――そう思っているのかも知れない。
「その為にはどうするか――あるいは坊やが、警察官に協力して、サスマタ片手に藪を突いてみるか? 不可能に挑む悲劇がどうのという趣味の悪い輩が、そう言うことを望んでいるとは思わんな」
「それは――」
「でもそれならさ、今警察とかがやってることは全て無駄ってこと?」
不満げにそう言ったのは明日菜だ。
「そりゃ、相手が魔法使いとか何とか――そう言うのだったら、警察が普通のやり方で捜査したって無駄かも知れない。けど、オカルトGメンとか、イマイチ信用できないけど“魔法先生”だって居るんでしょう」
「せやせや。京都でウチが浚われた時かて、結局天ヶ崎さんのところにたどり着けたのはシロちゃんの知り合いの刑事さんのお陰で、化け物を倒したのは自衛隊やったやん?」
木乃香もまた、そんな彼女に援護射撃をする。彼女の場合は自分の祖父が、今現在捜査の中心にいることもあるのかも知れない。何だかんだと言っても、木乃香はそれなりに、祖父として近右衛門の事を慕っている。
「“杖にかけて”――これがなきゃな。あるいはそう――俺としてもそうした方が良いとは思うんだが」
そんな二人に、なるべくやんわりと横島は言う。
脅迫状の中には“杖にかけて”という一文があった。見る者が見ればそれはすぐにわかる。魔法使いの英雄の息子であるネギが、魔法使いの象徴である杖にかけて――そう、犯人は“魔法使いネギ”に、この事件を解決してみろと言っている。
「俺はネギのオヤジさんの事はよく知らん。だが“千の呪文の男(サウザント・マスター)”とか言う大層な渾名が付いてる所を見たら、指揮官タイプじゃなく、自分で戦う、それこそおとぎ話の“英雄”みたいな奴なんだろう?」
「当たらずとも遠からずだな――当の本人は英雄と言うにはほど遠いが、周りがそう言う目で奴を見ているという点では」
横島の言葉に、エヴァンジェリンも頷く。いかにも不愉快だと言った様子で。
「早い話が奴さんは、“魔法使いネギ”に、“魔法使い”としてこの俺様を止めてみろと、そう言うことが言いたいわけだ」
「魔法使いとして――」
「そう。正しくは――魔法使いとして戦って、この事件を解決してみろ――そういう事だ」
エヴァンジェリンの言葉に、一番に反応したのは明日菜だ。
彼女はきっと思い出しているに違いない。エヴァンジェリンとネギの“喧嘩”――そして、京都での一件。
現代日本という平和な世界で育った彼女にとって、戦いというのは忌避されるべきものである。
しかし魔法使いという人々は、明日菜が考えるような平和を目指しつつも、結局戦いのための牙を研ぐのである。“敵と戦う”為の魔法を研鑽し、それでもって“魔法使い”を名乗る。
いまだそれを許容できない明日菜に取ってみれば、その言葉は重い。
「そこでわかりやすいポーズとして、坊やには特訓をしてもらう」
「特訓?」
「ネギ、お前日本の漫画が好きなんだろ? 強敵に対して主人公がする事と言えば何だ。お決まりのように“修行”だろうよ」
横島やエヴァンジェリンが言いたいことの真意がいまいちわからない――そんな表情のネギに、彼らは言う。
「坊や、貴様はどうにも、頭は悪くないが馬鹿正直で善人過ぎるきらいがある。子供にあれこれ高望みするのは馬鹿のする事にしてもだ。今の状況はそれを考慮してくれん」
「……理解しているつもりです」
「上出来だ」
麻帆良の馬鹿共はその当たり前の事すら忘れている節があるが――などと呟いているエヴァンジェリンを尻目に、横島が言った。
「今回の犯人を相手に悪巧み――まあよく言えば知謀のやり合いで張り合おうとするのは、お前にはまだ無理だ。だからお前はこの際、犯人の要求に対する“見せ金”に徹しろ」
「見せ金? 誘拐事件なんかが起きたときに、警察が犯人に対して身代金を用意したと“見せかける”――あれですか?」
「知ってるなら話しは早え」
犯人の要求に対して用意される、一種のトラップである。大抵は、身代金としてナンバーが記録された紙幣などが用意され、それが使われることで、犯人逮捕の手がかりとして機能する。
「お前は今から、悪い魔法使いと戦うために特訓をする――その力は強大だろうが、だがそれでも“僕は諦めずに戦うんだ”と、その為にな。いやもう、見せ金とか余計なことは何も考えるな。ネギ、お前は犯人をブッ倒してその場で事件を解決してやるって、それくらいの意気込みで居ろ」
「……」
「出来るな? 実際、それでもいいんだ。こんな要求をしてきた以上、指定の時が来れば、相手は必ずお前に対してアクションを起こす。その時にお前がそいつをブッ倒してしまえば、全部解決だ――」
もう一度言う、余計なことは考えるな。
横島は繰り返した。
「裕奈ちゃんの為に、命がけで悪者をブッ飛ばせ――出来るな?」
「――はい!!」
明日菜の視線に気がついていないわけではないのだろうが――しかしネギは、しっかりと頷いた。
そこでエヴァンジェリンが用意したのが、彼女曰く“おあつらえ向きのもの”――“特訓をする場所”の提供である。
そこは簡単に言えば、水晶やガラスのボトルに閉じこめられた十分な広さを持つフィールドである。何でもかつて自分が根城にしていた城砦を、そっくりそのまま移築しているのだとか何だとか――更にはこの水晶の中と外では時間の流れ方が違っている。一度中に入れば、二十四時間経たなければ外に出ることは出来ない。しかしその間、外では一時間しか時間が経過していないと言うのである。
つまりこの中で“特訓”をするなら、一日中に入っているだけで、一ヶ月近い時間の猶予を稼ぎ出すことが出来る。犯人の言う“週末”――土曜日までは、あと三日半ほど。それまでずっとこの中に居れば、三ヶ月ほどの時間を“特訓”に費やすことが出来るのである。
「まあ――むろん、問題が無いわけでもない。体感時間がどうこう言うのでなく、実際に流れる時間を加速してあるから――その分“年を取る”とかな。ワインを寝かせたりするには便利なのだが」
「つっても三ヶ月だろ。多用は出来んだろうが気にする程じゃ――……」
「どうした?」
口元を押さえた横島を、エヴァンジェリンが見上げる。
「いや、何でも。ただ何でかわからんが、その効果を聞いた途端に変な寒気がしたような……?」
「ほほう……そのフィールドの中にいれば、つまり二十四倍の速度で時間が流れるわけですね――それは、それは」
「突然何を言い出すので御座るかあげは――ところで拙者は十ヶ月後には高校生になるわけで御座るが? つまり――ふむ、二週間弱……と」
「いきなりしゃしゃり出てきて何をわけのわからんことを――おい横島忠夫、そこのガキ共の世話は貴様の管轄だぞ?」
「……真面目な話、していいか?」
「当然だ。そこの馬鹿共の事は貴様がどうにかするべき問題で、私には何の関係もない。髪の毛の先程もな」
つい先刻、準備を整えて水晶玉に消えていったネギとのどかを見送って、横島はエヴァンジェリンに言う。同居人達の視線はとりあえず、気にしない事にするのだろうが。
まあ果たして、そう言うのを問題の棚上げと言うのだろう――エヴァンジェリンはそんな風に思ったが、当然口には出さない。
「――さて、坊やの方はこれで良いだろう。坊やに“適当”と思われるものは既に用意してあるし、一応中の様子は私にもわかるようにしてある。ただの“見せ金”には破格の対応だが」
「裕奈ちゃんを助けるためなら、出来ることは何でもやらねーとな」
「……ふん、私の周りで何処の馬の骨とも知らん奴に好き勝手やられるなど、到底勘弁が出来ん。それだけの話――お、おい、何だその目は! 近衛木乃香に神楽坂明日菜――こ、こらっ! 近寄ってくるな! 頭を撫でるな!」
エヴァンジェリンは必死で従者に助けを乞うた。
が――近頃この従者がこういうときに、自分を助けてくれた事が皆無であった。事が片付いたら絶対精密検査に出してやると心に誓いつつ、エヴァンジェリンは明日菜の手をふりほどこうと、必死にもがく。
「……思い出すんじゃなかった」
眉間に皺を寄せ、エヴァンジェリンは盛大な溜め息を吐いた。
「エヴァちゃん――ネギはそれでいいとして、私たちはどうすればいいの?」
「あん?」
天井を仰いでいた彼女は、明日菜に声を掛けられて、そちらに顔を向ける。
「だから、ネギは犯人の要求通り“特訓”してればいいとして――私たちは?」
「……貴様、自分がこの件で何か役に立つと思ってか?」
「なっ……そ、そういう言い方ってないでしょ?! そりゃ私は魔法使いじゃないけど、それでも――」
「じっとしておくことがもどかしいのはわかるが、ならただの中学生に何が出来るというのだ。これが普通の誘拐事件だったとしても、同じ事だぞ?」
何もせずじっとしておくのが無理なら、部屋の掃除でもしていれば気が紛れるだろう、と、エヴァンジェリンはひらひらと手を振った。
その態度に明日菜は何か言い返そうとするが――事実、返す言葉がない。
身の回りにネギや横島、エヴァンジェリンという、この非常事態に“何か”が出来る人間が揃っている者だから、つい勘違いしそうになる。しかしとうの明日菜本人は、単なる中学生でしかない。
エヴァンジェリンの言うとおり、何か事件が起こったからと言って――程度の低いドラマではあるまい、ただ被害者の友人と言うだけの子供に、何が出来るのか?
「第一“戦うこと”などいけないことだ――普段から戦うことなど考えていては馬鹿らしいと、私にそう言ったのは貴様ではないか、神楽坂明日菜」
「うぐっ……で、でも、あれは――その、違うじゃない!?」
「何がどう違うと言うのだ。貴様はあれだな。平和平和と馬鹿の一つ覚えのように唱えては、地震でもあったときには普段邪魔者扱いしている軍隊に必死に縋る、この国の馬鹿者共と同じだ」
「い、いくらなんでもそんなのと一緒にしないでよ! 私だって、自衛隊は必要だって思ってるわよ!?」
「たとえ話に噛みつかれてもな――あの時貴様は私に大口を叩いたが、実際問題、どうだ? 京都で近衛木乃香が危険に晒され、そして今回――貴様の言う平和など、結局絵に描いた餅ではないか」
「まあまあ、エヴァちゃん――そう、明日菜をいじめてやりなや?」
そこで助け船を出したのは木乃香だった。
エヴァンジェリンは不満そうに鼻を鳴らすが――しかし果たして、彼女は言った。
「せやったら、ウチはどうや?」
「はっ?」
「ちょっ……木乃香?」
「ウチにはようわからへんけど――京都でウチが天ヶ崎さんに狙われたんは、“それ”が原因なんやろ? ウチの中には――ようわからん力が、ようさんあるて」
「まあ……それは間違いではないのだが」
エヴァンジェリンは眉をしかめる。
確かに彼女の言うとおり――近衛木乃香という少女には、途方もない潜在能力がある。その力の総量を正確に知ることは出来ないし、またその意味もないが――潜在的な魔力をただの燃料タンクのようなものだとするならば、彼女のタンク容量は、かの英雄ナギ・スプリングフィールドをも上回る。
さすがに“闇の福音”として恐れられた、全盛期のエヴァンジェリンと比べるのは酷だろうが、それでも彼女の持つ力は、人間としては破格のものだ。
だが――
「しかし魔力は魔法として消費できなければ意味がないぞ。そして貴様は魔法使いではない」
魔法とはただの技術であり、誰しもがある程度は扱える。しかしそれでも、一朝一夕に身につけることは出来ない。だから魔法使いは強力な存在であるし、だから魔法は秘匿される。
「せやったらウチも、あの“別荘”を使えば」
「いくらお前に才能があったところで、あの坊やと同じレベルで魔法が使えるようになるにはそれこそ十年やそこらは掛かる。そこまで敵が気長とは思えんし、そこを頼み込んでどうにか待ってもらえたところで、貴様はただの友人のために十年を捨てられるのか?」
「うぐっ……ゆ、裕奈が無事に帰ってくるなら、それくらいはっ! そ、それにいざとなったら横島さんもおるし!?」
「え、いや、学園長に使ったあれは菅原のオッサンに無理言って頼んだもんで……」
「貴様も律儀に応えてやらんでいい。どうせ時間がないのは本当だ――まあ、私としては、取り返しのつかぬ時間に貴様が後悔したときに、どのような見苦しい争いが待っている事やら。それが楽しみだがな?」
「――」
『――そうだ姐さん方、いい手があるぜっ!』
木乃香が何かを反論しかけたとき――テーブルの上に寝そべっていた白い小動物が顔を起こす。さすがにネギの特訓に付き合わせるわけにはいかないと、待機組に回されたカモである。まあ、実際彼自身に何が出来るわけではないだろう。今のような状況では、彼のずる賢さも使い道がない。
そう思っていたのだが。
「いい手? 何やのカモ君――」
『仮契約――仮契約だよ! それさえあれば――って明日菜の姉さん、無言で俺っちを握りしめるのはやめてくれやせんかっ!? べ、別に今回は裏があってそう言ったワケじゃありませんよ!?』
「ん? 仮契約? 何だそりゃ」
この小動物がこの提案をする時にロクな事はない――条件反射で明日菜は、カモの細い胴体を握りしめたが――そこに食いついたのが、横島だった。
溜め息混じりに、明日菜は彼に説明してやる。仮契約とは、魔法使いの主従を結ぶ契約のことで――しかし本契約ではない、いつでも破棄が可能な契約である。しかしその効果は、本契約に比べて多少の劣化はあるにせよ、ほぼ同じものである。従者には専用の武器が与えられ、主従の間には魔法のラインが形作られて、力の遣り取りをすることが出来る。
「ああ――ネギの奴とのどかちゃんの――俺はてっきり、あの二人には何か事情があってのことだと思っていたが。――……それならそれでネギの野郎、ガキだと大目に見ていたがあいつ」
「だからそういうのはもういいですってば」
「すまん、言わずにはいられなんだ」
明日菜の疲れたような言葉に、横島は軽く返した。
『悪い話しじゃないでしょうや。今回に限っては――使えるものならあった方が良い。違いますか?』
「まあ……決して悪い提案ではない。が、現実的でもない」
期待に満ちた目で立ち上がった木乃香に、エヴァンジェリンは溜め息混じりに制した。
「近衛木乃香――私が今からアサルトスーツとサブマシンガンを用意してやるから、特殊部隊と一緒に何処かのテロリストを始末してこい」
「は?」
「何だその間抜け面は。こいつが言っているのはそう言う類の事だ。“魔法”だの“魔法使い”だのというから現実味が薄いだけで、結局は敵と戦うスキルと、その為の装備だ。装備だけ与えられても、貴様らがただの中学生と言うことに代わりはない」
「う、うー……」
「……そういう事よカモ、理解できたかしら? 私は前に、そう言ったわよね?」
『へ、へえ――出過ぎた真似でした』
明日菜が溜め息混じりにカモをテーブルに戻し――
「……では、拙者では如何か?」
『!?』
不意に響いた声――横島に付き添っていた犬塚シロの声に、一同の目線が、そちらに向く。
「以前、カモ殿は拙者に、ネギ先生の従者となってはくれぬかと頼んだことがある。拙者はあの時はお断り致したが――聞けば、その契約はあくまで主従の“つながり”を作ること。では、拙者と横島先生ならば?」
「あっ!」
思わず明日菜も声を上げる。
仮契約の本質は、その言葉に騙されがちではあるが、“魔法使いの手下”を作ることではない。魔法使いと従者の間に魔法のラインを作り、それでもって力の遣り取りを行い――そこに付随して専用のアイテムが得られる。そういうものである。
だから、極論を言えばそのラインが作られる対象は、“魔法使い”である必要はない。従者だけではなく、主でさえも。
犬塚シロという少女が、横島に心酔しているのは明日菜もよく知っている。だからあの時断られたのは当然と思っていたが――相手がその横島ならどうだ?
彼女は、強い。少なくとも、ネギでは相手にならなかったエヴァンジェリン相手に、本気の喧嘩が出来るほどには。そこに“魔法の力”が上乗せされ、専用のアイテムが手に入る――それは、決して悪くないのではないだろうか?
『そ、そうだ、“サムライ”の姐さんならっ! 怪異と戦うって意味じゃ百人力――』
「大変申し訳ないのですが――それは無理ですね」
しかし、カモの弾んだ声を、今度はシロの逆隣に居た少女――芦名野あげはが遮る。
彼女の言葉は、シロも予想外だったのか、小さく眉を動かす。
「何故で御座るか?」
「……この場で詳しくは言えません」
「――いくらお主であっても、馬鹿らしい嫉妬に駆られての事ではあるまいな?」
「先の見えた勝負で私が嫉妬する理由がありませんが?」
「お主それはどういう意味で御座るか」
言葉通りの意味です、と、あげはは言う。だがシロが何かを言いかけたとき、彼女は強い調子で言った。
「何にせよ――シロは、ヨコシマ以外と“主従契約”など結ぶ気は無いでしょう。相手がネギ先生か、そこの吸血鬼あたりなら、止めはしませんが」
「……それは――しかしそもそも、ネギ先生は今拙者が申し出た所でお断りになるで御座ろうし、エヴァンジェリン殿と言っても」
「右に同じだ。思うところはあるが、私もそこの馬鹿シルバーと仮契約などとは、考えたくもない」
「……あげは?」
とうの横島忠夫はと言えば――腰掛けた車いすから、軽く視線を上げて、あげはを見る。
黒い瞳と、深緑の瞳が交錯する。
「……無理、か?」
「……ええ。あるいは下手をすれば――」
「――すまん、カモ。悪くない提案だが、そいつは却下だ」
唐突に横島に頭を下げられ、さすがのカモも残念より先に困惑が来たのだろう。目を白黒させながら、頭を上げてくださいと、ただ彼に言うしか出来ない。
「よ、よくわかんないけど、その案は却下でいいわけね?」
「でも、せやったら――ウチ、もどかしい。もどかしくて、たまらんわ。何でこんな――」
よくわからないまま、妙な空気が漂う中――唐突に、軽快な電子音が鳴り響く。果たしてそれは、部屋の隅に置かれたネギの荷物からだった。彼は一通り身の回りのものを揃えては来たが、麻帆良での身分証明書や授業用のスーツなど、必要のない者はひとまとめにしてこちらに残している。
その中で、どうせ使えないからと残されたものの一つ――彼の携帯電話であった。
明日菜が何となくそれを引っ張り出してみれば、見覚えのない番号である。名前も表示されないから、ネギもまた知らない番号なのだろう。
エヴァンジェリンが小さく顎をしゃくった。とりあえず出てみろと、そう言うことなのだろう。
「一応通信の記録は取っています」
視界の隅で茶々丸が頷くのを見て、明日菜は通話ボタンを押した。
『……俺や。例の話しやけど気が変わったわ。今から――』
「あんた……犬上?」
『あん? 誰やお前。ああ――って、何でお前があの子供先生の電話に出るんや?』
「ちょっと事情があってね。それより――気が変わったって、どういう事?」
更に時間を遡り――前日夜。
明石裕奈が誘拐されたと判明してから、麻帆良学園女子寮は、蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。
脅迫状が明日菜と木乃香の部屋に送りつけられたのは既に夜になってからだったが、裕奈と同室である綾瀬夕映は、それほど彼女の事を心配していなかった。何故なら、彼女は寮に入ってはいるが、実家はこの麻帆良市の郊外にある。麻帆良市内の大学で教鞭を執る明石教授が、彼女の父親である。
男手一つで育てられた裕奈は結構なファザコン――もとい彼を慕っていて、時々掃除や洗濯など、男やもめで荒れがちになる実家の手伝いをしている。だからその日、夕映はルームメイトの帰りが遅いのも、ただいつもの通りそうやって手伝いでもして、今夜は実家に泊まるのだろうと思っていた。
果たして明日菜達の呼んだ警察が寮に到着し、ほぼ同時に脅迫状が送りつけられたのだという学園長と高畑教諭が合流し――当然他の生徒には、無断で部屋から出ないようにとの通達があった。
それが数十分前の事である。
「……何や月詠の姉ちゃんを待っとるのもアレやし――俺はそろそろフケるわ」
背中に派手な刺繍がされたジャケットを羽織り、小太郎は立ち上がる。
「ちょっと――部屋からは勝手に出るなって言われてるのよ」
「逆に俺がここにおるのもどうかと思うで? まあ堂々と玄関に向うて、面倒な連中に咎められるんもアレやし――そこのベランダからでも」
「完全に不審者じゃないのソレ。あのゴスメガネが来るまで大人しくしてなさい」
「ゴスメガネ――なあ明日菜。オノレはそのゴスメガネと、二人っきりで夜道を歩く気になるんかいな?」
「あんたの気分なんて知った事じゃないわよ――私は死んでもゴメンだけど」
そういう事や、と言って、小太郎は本当にベランダの窓を開けようとする。明日菜はため息混じりにそれを見送ろうとしたが、そこに声を掛けたのはネギだった。
「小太郎君、ちょっと待ってくれないか」
「何や――まだ何ぞあるんかいな。お前の説教は暇なときに聞いてやるわ。せやけど今はそれどころやないやろ?」
「……犯人は“魔法関係者”だ」
「……」
小太郎は動きを止め――そして、ネギの方を振り返る。
「まあ、十中八九間違いないやろな。それで?」
「君に心当たりは無いか?」
「何やお前――俺を疑っとるんか?」
「そうじゃない、けれど――」
「そうね――そういう線もあるかも知れない。何せあんたには“前科”がある。私たちのせいで麻帆良に送られてきた、その意趣返しかも知れないわ」
「なるほど」
ネギと違い、明日菜は遠慮無しに言う。しかしその彼女の態度の方が、小太郎にとっては悪くないものだったのかも知れない。瞳に浮かんでいた冷たい光が消え――大仰に、肩をすくめてみせる。
「せやけど、俺のアリバイは他ならぬあんたらが証明しとる」
「単独犯とは限らないわ」
「俺があのカミナリオヤジの所に放り込まれて、月詠の姉ちゃんの尻ぬぐいに奔走して――そんな暇があると思うてか? 言うてちょいと悲しくなって来たけども」
「……ま、まあ……そうね、一応は信じてあげるわ」
突然影を背負ったようにどんよりとした表情を浮かべた小太郎に、明日菜は半ば引きつり気味に頷いた。
「だからって面倒になってきたから帰るって――ちょっと酷いんじゃないかしら?」
「いや、せやかて――俺はここにおっただけやし――誘拐された明石、言う奴の事かて、顔合わせた事さえ無いわけやしな?」
気持ちはわかるけれども、と言って、小太郎は頭を掻いた。
確かにそうである。彼と自分たちの間にはそれなりの因縁があるが――それでも、知り合いとして深い付き合いがあるというわけではない。しかしそれなら何故、自然と彼を引き留めようとしてしまったのか。
そこで、明日菜は気づく。
彼は――“魔法使い”の関係者だ。確かに一度は敵であったし、そのせいで苦労もさせられた。しかしだからこそ――妙な感覚ではあるが、ずっと一緒にいて、ずっと振り回されてきたネギよりも頼りになるように見えてしまうのである。さすがの彼女とて、それをネギには言えないと思うが。
ふと――彼女は思い出した。
「あっ……そうだ、あんた、裏の世界の何でも屋なんでしょ!」
「そこはきちんと“傭兵”言うてくれんかなあ、明日菜」
「同じようなもんでしょ。ねえそしたら――裕奈を助けるの、手伝ってよ!」
「は、はあ?」
明日菜の言葉に、小太郎は困惑したような表情を浮かべる。
「せ、せや――ウチ、今からお爺ちゃんに言うてくる」
「いや、ちょい待ちや。お前ら俺を何やと思うてるんや? 事は“誘拐”やで? 俺一人に何が出来るわけや――」
「そうですね。小太郎君は裏の世界の事をよく知ってる。犯人が魔法使いだと言うのなら、あるいは何かわかるかも」
「ちょっとは人の話を聞けやお前らは!?」
拳を振り上げて、小太郎は言う。
「既に警察やら何やら――“魔法先生”まで動いとるんやろが!? そこに被害者の顔もロクに知らん、京都ではお前らと大喧嘩やらかした俺がノコノコ出て行って、まともな話しになると思うんかいな!?」
「話しが出来ればそれでいいって言うなら、僕が間に入る」
しかし破れかぶれにそう言った彼の言葉も、目の前の少年は真正面から受け止めた。
「悔しいけど――とても、悔しいけど。今の僕には何も出来そうにない。けれど」
「俺なら何か出来るっちゅうんか? お前――頭おかしいんと違うか!?」
「うん――冷静だとは、とても言えないさ。けど――出来ることなら何だってしたい。それがたとえ馬鹿だと言われる事でも」
「……」
「行こう、小太郎君。あるいは追い返されるだけかも知れないけれど――僕に力を貸して欲しい」
そのネギに言われて――彼は一つ、ため息をついた。
「俺は傭兵や。傭兵を雇おうと思うなら、それなりに用意するモンがあるやろ」
「何――あんた、お金取ろうっての?」
「俺を“何でも屋”て言うたのはそっちやろ? この状況で俺が手を貸すなら、それくらいの要求は当然や。それとも――」
「わかった、払おう」
「ちょっ……ネギ!?」
小太郎の眉が、動く。
先程とは違う――重い声で、彼はネギに言った。
「……高いで?」
「安いとは思ってないよ。今すぐには無理かも――いや、何とかする。お金を払えば、君は僕らに協力してくれるんだね?」
「……」
小太郎は、暫く何も言わなかった。しかし――暫くの時間沈黙が流れ、彼はネギに背を向ける。ひらひらと、片手を振りながら。
「冗談や。いくら俺でもこんな場面で商談もあらへん――せやけど――申し訳ないと思わんでも無いが、他を当たってくれや。俺に誘拐事件の捜査ができるとは思えんし――ほんで金だけもらっとったら、ソレは傭兵やのうて、単なる詐欺やろ」
そして、現在――ネギの携帯電話を耳に当てた明日菜は、眉をひそめる。
「……気が変わったって言うのはどういう事よ。あんた、誘拐事件の捜査なんて出来ないって、自分でそう言ったわよね?」
『ああ――そうや。俺に事件の捜査は出来へん――せやけど、犯人をブチのめす事なら出来るで?』
「……何ですって?」
『結局あの子供先生、明石言うんを浚った変態と一戦やらなあかんのやろ? せやけど麻帆良の“魔法先生”共が雁首揃えて警戒ビンビンの相手に、あのガキがまともにやりあえるとは思えへんなあ』
明日菜は小さく舌打ちをした。ソレが相手に聞こえている事くらいは、承知の上だ。
「何が言いたいの。あんたらならその変態の顔面に、一発ブチ込んでくれるって?」
『少なくとも子供先生よりは可能性がある筈や』
「新田先生にボロ負けしたあんたが?」
『今度はハッキリ言わせてもらうで明日菜。俺は――そこらの物好きでお人好しなオッサンを、いきなり総入れ歯にしてやるほどの悪党やない――そういう事や』
「何よ――男のツンデレなんて気持ち悪い。でも――あんたが乗り気なら、何も言わないわ。正直今は少しでも、ほんの少しでも良いから、役に立つ何かが欲しいの」
『さよか――ほなら、ちょいシビアな事を言わせて貰うで?』
「あんたを雇うお金のこと? 何よ、いくら?」
『……』
「黙り込まないでよ。もったいぶってる時間が惜しいんだから――いくら!?」
携帯電話を耳から離し――それに向かって怒鳴りつけるように、明日菜は言う。
しかし何故か――意地の悪そうな事を言ってきた割に、電話口の向こう側で小太郎は何も応えず――小さく、押し殺したような笑い声が聞こえた。
「あんたフザケてんの!? 悪戯なら、もう切るわよ!?」
『あ、ああ……すまん、すまん。その金額やけどな――四万五百二十五円で手を打つわ』
「あんたが犯人ブチのめしてくれるなら――は、はあ? 四万――いくらだって?」
『四万五百二十五円、や。前金で用意してもらうさかい、しっかり勘定して待っとりや』
「ちょっと、何なのそれ――もしもし、もしもし?」
切れちゃった――と、明日菜は携帯電話のディスプレイを見下ろす。
むろん、その場にいた全員が――頭の上に疑問符を浮かべていたのは、言うまでもない。
「おい、ちょっと待てよ犬上――さっきの人たちはいいのかよ、あの人は――」
「喜べ日向――お前が以前から希望しとった天文部の天体望遠鏡――新しいのが用意出来そうやで?」
「……はあ?」
「さて……エヴァンジェリンさんは、とりあえず中に入れば必要なものは用意してあるって言ってましたけど」
水晶球に封じられた世界の中で、ネギは辺りを見回した。
彼が今立っている場所は、砂浜である。すぐ背後には澄んだ波が打ち寄せ、エメラルドグリーンの浅瀬が遠くまで続いている。遠くの方で白く波が砕け、その向こう側は深い蒼。更にその向こうでは、海の蒼が丸みを帯びて、空の蒼と混ざり合っている。
そして自分たちが立つ砂浜の、すぐその先には密林が広がっている。数百メートル先までは、椰子の木がまばらに生い茂る南国の浜辺であるが、その向こう側は昼なお暗そうな鬱蒼としたジャングルである。
そのずっと向こうの方には、万年雪を頂いた山脈が高く連なり、それを背景に、神秘的な美しさを持った城砦が聳えている。
エヴァンジェリンはここを、魔法の力によって切り取られた空間だと言った。広さはそれなりにあるが、例えれば箱庭のようなものである――ただ実際にそこに立てば、とてもそんな風には思えない。
「……とりあえず、あのお城の方に行ってみましょうか?」
制服にリュックサックを背負い、ハーネスを身につけ、腰にはロープ。肘と膝にスポーツ用のプロテクターを着け、グローブを装着したのどかが、ネギを促す。彼女はネギの“魔法使いの従者”としてここにいる。
最初ネギは、彼女がここに来ることに難色を示していた。しかしネギ・スプリングフィールドという魔法使いが“従者”を従えているのなら、それを戦力と数えずして、相手は納得するのか――のどか本人の事に、最終的に彼は折れた。彼女の能力はお世辞にも直接的な戦闘に使えるような物ではない。果たしてその力を活用するならば、むざむざ彼女を危険な目に遭わせるのは愚の骨頂である。最終的にその事実が後押しとなった部分は、少なからずあるけれども。
「そうですね――しかしあのジャングルを徒歩で抜けるのは時間が掛かりそうです。杖で一気に抜けましょう」
そう言ってネギは、自身の荷物に突き刺すようにして持ってきていた杖を引き抜く。折れてしまった、彼の父の形見ではない。それは現在関西呪術協会の方で修理して貰っている最中で、これは詠春から借り受けた代用である。
日本古来の呪術に於いて、西洋魔法のように杖を媒体とする呪術師はそれほど多くない。この杖は、その呪術師達が西洋魔法を研究するその一環として実験的に作られたものであると聞いていた。しかしその“実験用”というのが幸いしてか、込められた力は非常に素直で癖が無く、魔法使いとしての才能に長けたネギならば、問題なく扱うことが出来た。
「乗ってください。多分あそこに行けば何かが――」
『おいおい――テメエらここに観光でもしに来たつもりで居るのかヨ?』
冷たい声が、響いた。
杖に跨り、のどかに声を掛けたネギは――背中に氷柱を押し当てられたような錯覚に襲われた。咄嗟にその場から飛び退き、声が聞こえた方向――のどかの背後に向けて杖を振り抜こうとする。
『遅エよ、のろま』
「えっ……きゃっ!」
彼女の悲鳴と共に、砂がまき散らされる。
果たして彼女は――足首を掴まれて、逆さ吊りにされていた。
「なっ……何、は、離して!?」
『観光っつうノハ皮肉のつもりだったが――ハイキングくらいには思ってたのかこのガキは? そんなヒラヒラした格好でマア』
逆さ吊りにされたせいで、捲れ上がってしまうスカートを必死に押さえるのどかに、彼女の足首を掴むその人物は、酷薄な笑みを浮かべる。
古びたローブを身に纏った、小柄な少女だった。背丈はのどかとそう変わらず、顔つきも何処か幼い。ただ――誰かによく似た緑色の頭髪と、あどけなさを残しながらもはっとするほど整ったその顔は、何故だか酷く薄っぺらに見えて、人間味を感じさせない。
そんな少女が、地面から数メートルほど浮かび上がったところで、同じくらいの体格の少女を片手で吊り上げている。
「くっ……だ、誰だ! のどかさんを、離せっ!」
『下が砂地とは言え、この高さデ頭から落としても良いのかヨ? このトロくさそうなガキに体操選手張りの着地が期待できるカネ?』
少女は逆さまになったのどかの顔を見下ろし、唇の端をつり上げる。
『そんでお前は何を安心してンだよ。この状況で股隠して何になる? ビビって小便でも漏らしたカ、あ? そうなら早めに言ってクレ。俺アこう見えてきれい好きナンダ』
「ひゃああっ!?」
まるで重さを感じていないというように――少女は無造作に、吊していたのどかを放り投げた。ネギは慌てて杖を放り出し、彼女を受け止める。だがいくら彼女が小柄とはいえ、数十キロの質量と慣性を、魔法も無しに更に小柄なネギが受け止められる筈はない。もつれ合うようにして、砂浜の上を転がった。
するりと、少女が音もなく砂浜の上に降り立つ。
彼女はそのアイスブルーの瞳を細め――砂を吐き出しながら立ち上がろうとする二人に言った。
『テメエらよ、ナメてんのか、あ?』
その声には、明らかな苛立ちが込められていた。
『俺ぁな、一応コレデ身構えてたんだゼ? さあテメエがどう出るかと――それが何だ杖放り出して無様にズッコケて、テメエら俺を馬鹿にしてんのか? あ?』
ああくそ――と、彼女は頭を掻く。
『あの御主人がフヌケんなってるのはある程度想像が付いた。それはそれで、ブッチャケ良い傾向かも知れン。――だが、だがな、まあ俺様も安く見られたモンだ。何が悲しくてこんなクソガキ共のお守り何ゾ――これなら茶髪の大学生でもバイトに雇う方がイクラかマシだ。俺はベビーシッターじゃネエンダヨ。子守が欲しかったらタウンページにでも電話シトケ』
「あ、あなたは――一体」
まだ口の中に残る砂の感触に顔をしかめつつ、ネギが問う。
少女は眉間に手を当てて大きく息を吐き――暫く黙っていたが、ややあって口を開いた。
『……家庭教師ダ。せめて、その程度は期待サセロ』
「……えっ?」
『俺様はテメエらにとって最高の家庭教師だっツッテんだ。 三ヶ月もネエこの時間だが、悲しくもお人形は御主人には逆らえネエ――せいぜいテメエら小便垂れを、立派な“悪の魔法使い”に仕立てテやる――感謝シロヨ?』
「そういえばエヴァちゃん」
「何だ神楽坂明日菜――エヴァちゃんと呼ぶな」
「私や木乃香が一朝一夕に魔法使いにはなれないのはわかるけど――“魔法使い”のネギをそんな簡単にパワーアップさせる方法なんてあるの? いくら数日を三ヶ月に延ばせるからって」
「言ったはずだ。あの中には適当と思えるものを用意してある。正直忌々しいが――まあ、役には立つはずだ」
「忌々しいって……何を用意したって言うのよ」
明日菜のじっとりした目線に、エヴァンジェリンは溜め息混じりに、首を横に振る。
彼女はふと、視線を隣に立つ少女に向けた。電子の魂を持つ己の従者――絡繰茶々丸へ。
「言ってみればこいつの“姉”とも言える人形だ」
「茶々丸さんの?」
茶々丸は一見して人間と見分けが付かないほど精巧な作りをしているが、ロボットである。では彼女の姉とは――彼女より先に作られたロボットと言うことだろうか?
「純粋に“人形”だ。こいつのように訳のわからん機械仕掛けで動いているわけではなく、純粋な魔力の産物だ。もっとも私の力が封印されている今、動けるのは魔力が満たされたあの別荘の中だけだがな」
「じゃあその人形が、ネギに魔法使いとして修行を付けてくれるわけね……何でそんなに不機嫌そうなのよ?」
「単純に私はあの人形が気に入らん」
鼻息荒く、エヴァンジェリンは言う。
「エヴァちゃんが作ったんでしょ?」
「エヴァちゃんと呼ぶな――私とて人形遣いと呼ばれるほどだが、失敗作もある」
「そんな失敗作がネギの修行って、大丈夫なの?」
「……あれは失敗作――確かに失敗作だが、それは結果論だ。何というか……作製そのものが失敗したわけではない。むしろこれ以上ないほど手間を掛けて、出来映えだけなら私の最高傑作だろう」
「じゃあ何が気に入らないのよ?」
「それを何故私が貴様に教えなければならん」
そりゃそうかもしれないけど――呟きつつ、明日菜は口を尖らせる。
エヴァンジェリンは目を細めて、そんな彼女を一瞥し――小さく、呟いた。
「あいつには――零には嘘が付けない。だから、嫌なんだ」
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チャチャゼロ登場。
原作に習って(大多数のSSと同じように)台詞をカタカナ表記にしようかと思ったけれど、書きにくいし読みにくいだけなので省きました。その代わりわかりやすく癖は付けてある。何処か違和感のある喋り方をすると思ってください。
見た目その他は例によって魔改造。原作通りの小さな人形の姿だと、不気味と言えるかも知れないけど文章媒体では非常に動かしにくい……それだけの理由でここまで外見を変えるのもどうかと思うけれど、やってみる。
外見的には中学生くらいの茶々丸(アンテナや関節の繋ぎ目はなし)を想定している。今回はイラストには起こさないけれど。
……え? そもそも茶々丸は表向きは中学生だって? それはほら三年A組って大多数が年齢詐称とry
あと望遠鏡の金額は(けいおんパロディの方でああいう話を書いておきながら)相場がわからなかったので、「望遠鏡 趣味 価格」で検索して出てきた通販サイトで、「一番人気」だった商品の価格を記載しました。
自分双眼鏡は持ってるけど、あれって爺さんの形見だからいくらするか知らないんだよな……