<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.2605の一覧
[0] 運命の使い魔と大人達(「ゼロの使い魔」×「リリカルなのは」ほぼオリキャラ化) 完結[らっちぇぶむ](2008/12/21 12:58)
[1] 運命の使い魔と大人達 第一話[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:32)
[2] 運命の使い魔と大人達 第二話前編[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:27)
[3] 運命の使い魔と大人達 第二話後編[らっちぇぶむ](2008/02/10 00:31)
[4] 運命の使い魔と大人達 第三話前編[らっちぇぶむ](2008/02/13 23:07)
[5] 運命の使い魔と大人達 第三話後編[らっちぇぶむ](2008/02/17 17:14)
[6] 運命の使い魔と大人達 幕間その1[らっちぇぶむ](2008/02/20 02:31)
[7] 運命の使い魔と大人達 第四話前編[らっちぇぶむ](2008/02/24 14:21)
[8] 運命の使い魔と大人達 第四話後編[らっちぇぶむ](2008/02/27 22:29)
[9] 運命の使い魔と大人達 第五話[らっちぇぶむ](2008/03/02 20:58)
[10] 運命の使い魔と大人達 第六話[らっちぇぶむ](2008/03/05 20:10)
[11] 運命の使い魔と大人達 第七話前編[らっちぇぶむ](2008/03/12 23:57)
[12] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その一[らっちぇぶむ](2008/03/16 22:03)
[13] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その二[らっちぇぶむ](2008/03/19 23:20)
[14] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その三[らっちぇぶむ](2008/03/23 21:17)
[15] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その四[らっちぇぶむ](2008/03/27 19:28)
[16] 運命の使い魔と大人達 第七話後編[らっちぇぶむ](2008/03/30 20:14)
[17] 運命の使い魔と大人達 第八話[らっちぇぶむ](2008/04/02 23:24)
[18] 運命の使い魔と大人達 第九話前編[らっちぇぶむ](2008/04/05 22:29)
[19] 運命の使い魔と大人達 第九話中篇[らっちぇぶむ](2008/04/09 15:33)
[20] 運命の使い魔と大人達 第九話後編[らっちぇぶむ](2008/04/15 00:00)
[21] 運命の使い魔と大人達 最終話[らっちぇぶむ](2008/04/15 09:18)
[22] 運命の使い魔と大人達 後書き[らっちぇぶむ](2008/04/15 20:34)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[2605] 運命の使い魔と大人達 第九話前編
Name: らっちぇぶむ◆c857d2f4 ID:49f6089b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/04/05 22:29

 九

 アルビオン共和国の首都ロンデニウムにあるハビランド宮殿。元はテューダー王家が住まい、政務を執り行う宮殿であったが、今ではクロムウェル護国卿を元首とするアルビオン共和国の政庁である。かつての豪奢な内装は取り去られ、今では衛兵が立ち並ぶ光景ばかりが目に付く、まるで軍司令部のような雰囲気の場所となっていた。
 その中の一室、かつては王とその廷臣が政治について協議していた円卓のある政務室において、クロムウェルと共和国最高評議会の議員が議論を交わしていた。

「それでは内務卿は、この冬を越すための食料すら確保できぬ、と、そう仰られるのか!」
「仕方がありませぬ。穀物だけは、なんとか全国民にいきわたる分を確保しました。しかし、軍が全土に散らばった元傭兵の強盗団を駆逐して下さらねば、そもそも国民に食料を配給することすらままならないのですぞ!」

 内務卿と、軍総司令官であるホーキンス将軍が、ほとんとつかみ合いにならんばかりの勢いで怒鳴りあっている。他の議員らも、眉根を寄せて難しい表情で二人を見ているだけである。

「軍としては、すでに二万以上の傭兵を解雇し、大陸へと追い返した。これにかかった金だけで、一個旅団が編成できるほどだ。すでに陸軍は実質一万の国民兵だけで、約一万五千とも見積もられる元傭兵どもを掃討している」
「ですから、せめて秋までに都市間の要路だけでも確保して欲しい、と、そう申し上げているのです。そうしなければ、今治安を維持できている南部と、掃討中の東部以外は、深刻な飢饉に見舞われるのですぞ」
「だからそのために、国民兵の騎馬銃兵化と新型小銃の配布、龍騎士の稼動数を増やすための予算を、と、言っておるのだ!」
「そんな金があるなら、来年からの経済復興のための羊や職人の確保に使っていただきたい! 今やわが国は、戦前の二割の頭数しか羊がおらんのです!」

 アルビオンが羊毛によって織られる羅紗生地の産地として発展したのには、二つの理由があった。元々が高空にあって気温が低く、穀物の生育があまりよくなかったため、食料としての羊が貴重な蛋白源であったということ。もう一つは、その寒さ故に人々が、寒さをしのぐための暖かい衣類を必要としたのと、この二つである。そして、長年にわたる職人らの技術の蓄積と、その気温故に羊の毛質がより細くより長く、大陸産の羊毛と比較して非常に上質であったため、アルビオン産の羅紗生地は大陸では非常に高値で取引されるようになったためであった。
 さらに、豊富な森林資源を用いた造船業の発達によって、飛行大陸ゆえに飛行船の運用に長けることとなり、ハルケギニア全土に足を伸ばす大規模な商船隊が、その羅紗生地を売っては各地の特産物を購入し、それをまた別の地域へと輸送して転売する、という形で莫大な富を獲得してきたのである。
 国土の面積そのものではトリステインとさして変わらぬアルビオンが、強国としてトリステインやゲルマニアに恐れられているのは、ひとえにその商船隊によって稼ぎ出される莫大な富と、その富が支える強大な空軍があってのことであった。
 だが内戦の終わった今では、その商船隊のほとんどは離散し各国の商会に買い取られ、生き残った空軍の艦艇は大半が船台で修理待ちという有様であり、さらには貴重な輸出品目である羊毛を産するための羊は軍需物資として喰い潰されてしまっていたのである。あげく、羅紗生地職人の少なくない数がガリアへと亡命してしまっていた。

「外務卿、よろしいか?」

 内務卿が視線をホーキンス将軍から外して外務卿に向ける。

「なんですかな?」

 疲れきった表情の老人が、かすれきった声で答えた。

「各国との不可侵条約の締結の件です。とにかく国交を回復して頂かねば、わずかな羅紗生地といえども、売ることすらかなわない」
「……各国に派遣した大使からは、ゲルマニアとガリアに関しては、前向きな回答を受けております。南部半島国家郡やロマリアは、さっそく条約の締結のための条文作成に入っております」

 外務卿は、淡々と状況について説明した。少なくともアルビオンにとって最悪の状況は避けられそうではある。
 だが、今度はホーキンス将軍が問うた。

「で、トリステインは?」
「……アンリエッタ王女を筆頭に、王女の伯父と従兄を殺した叛徒どもとは話し合うことなど何も無い、という強硬派が優勢でして」
「……つまり、私略船が群れをなして襲ってくる可能性が高い、と?」
「……否定は、できませぬ」

 その場にいた、クロムウェル護国卿を除く全員がため息とともに頭を左右に振った。

「駄目だ駄目だ駄目だ!! 今の空軍の稼動数では、弱小のトリステイン空軍相手にすらどうにもできん!」
「とにかく、トリステインをなんとかせねば! 奴らの手元には「インビンシブル」以下の本国艦隊の生き残りがいる。奴らが通商破壊戦に出てくれば、金勘定しか考えぬ南部半島国家郡は商船隊をわが国に派遣などせん!」

 皆が一斉に口々に叫びだし、会議は紛糾する。しかしそれを、議長であるクロムウェルは止めようとすらしない。

「とにかく、空軍の艦艇の稼働数はどうなっておるのです?」
「それが……、軍事予算のほとんどが陸軍に使用されており、無傷の船すら風石の調達がままならず……」
「だから! 何隻の船が飛べるのか、と、聞いている!」
「……フリゲート艦が十数隻というところでしょう。もし「レキシントン」を飛ばすとなれば、飛ばせる船の数は五、六隻に減るのは確実です」
「話しにならん!!」

 まさに八方塞りという状況で、皆ががっくりと頭を垂れた時であった。ようやくクロムウェルが口を開いた。

「諸卿らの意見はよく判った。トリステインに関しては余が対応策を考えておく。まずは東部地域の治安の回復に全力をあげ、確保できている地域の都市への食料の配給準備と農村復興に全力をあげてくれたまえ」


 ガリア王国首都リュティス。街は今や王女イザベラの婚姻を祝う人々で溢れ返り、地方から集まった貴族らとそのお付きの者達で各宮殿は活気に満ち溢れていた。
 そんな喜びに沸き立つ空気の中、南薔薇花壇の中央にしつらえられた丸机と椅子に三人の男女が座っていた。

「というわけでな、お前も知っての通りアルビオンからの物乞いが日参してきておる。折角の婚儀であるというのに、無粋極まりない」

 秀麗な眉をひそめ、ロマリアはブロリオの一番の当たり年といわれたヴィンテージ物の赤ワインを口にするジョゼフ。アルビオンの大使を物乞い扱いするあたり、よほど不愉快に思っているのであろう。

「元々といえば、父上が「レコン・キスタ」の物乞いどもに金を恵んでやり続けたのが理由でしょうに。今さら金は恵んでやらぬと言われても、乞食根性の染み付いた奴らは納得しかねましょう」

 父であるジョゼフと同じワインを舐めながら、イザベラがあっさりと「お前が悪い」と言ってのける。ばつの悪そうな表情でワインを注ぎ足すと、ジョゼフは視線をイザベラからそらした。

「さて婿殿、貴公ならば現状をどうさばく?」

 ジョゼフ王に話をふられ、ルルーシュは一度口をつけただけのワイングラスを置いた。

「陛下はアルビオンとトリステインをいかがなさりたいのでしょうか?」
「ふむ? アルビオンはすでに利用価値はないな。トリステインに関しては、アンリエッタの輿入れまでに誰が政治の実権を握るか、によるな」

 その言葉に、わずかに小首をかしげると、ルルーシュは少しだけ思索に没頭した。そんな未来の夫の姿を見やり、イザベラは父親に向かって視線で「そんな意地悪をするな」とたしなめる。

「かりそめの希望を持たすというのはいかがでしょう? アルビオンとトリステインを噛み合わせ、共倒れを狙うというのが、元々の陛下の構想とお見受けいたしました。ですが、ゲルマニアの介入によってそれは失敗し、アルビオン一国のみが破滅の淵に立っております。ならば、せめてトリステインに一矢報いれるくらいの援助はしてもよろしいのではないでしょうか?」

 与えられた情報から必死に考察したのであろう、ルルーシュの回答は模範的とも言える内容であった。だが、それだけにジョゼフの興味は引かなかった様子である。ガリア王は、つまらなさそうな表情でワイングラスを傾けているだけであった。

「それで?」

 代わって話を引き継いだのはイザベラであった。

「かつて陛下がアルビオンといかなる密約を交わされたか、ぼくは存知上げません。しかし、トリステイン侵攻と引き換えにこの冬を乗り切れるだけの援助を与えてもよろしいかと」
「で?」
「戦争で疲弊しきった両国を、我が国とゲルマニアで分け合うというのは?」

 軽く目をつむると、イザベラは軽く溜め息をついた。

「ま、確かに普通はそういう判断になるのでしょうねえ」
「ふむ、娘よ、そなたは違う構想を持つのか?」

 ジョゼフの問いに対して、イザベラは何も答えずワイングラスを空にした。そして、席を立つと、ルルーシュにエスコートするよう右手を差し出す。

「少し酔いました。一回りして参りますわ」


 色とりどりの薔薇が咲き誇る中、イザベラとルルーシュは見た目は仲睦まじい様子で散策していた。だがイザベラの表情は、いかにもつまんねえなあ、といわんばかりである。ルルーシュは、そんなイザベラの表情にいたくプライドを傷つけられたのか、むっとした表情で左手で彼女の右手を握っている。

「ぼくの答えの何が、国王陛下のお気に召さなかったんだ?」
「気にしなくていいよ。むしろあのやり取りで父上の気に入るような回答が出せたら、そっちの方が異常だ。あたしは、むしろお前がキチガイの仲間じゃなくてほっとしたから安心しな」

 イザベラは、左手で首周りをコキコキ鳴らすと、さてどうしたものかねえ、と、呟いた。

「王政府は、アルビオンが打診してきた不可侵条約の締結に前向きなんだろう?」
「そりゃそうさ。別にガリアにとっては「レコン・キスタ」は脅威でもなんでもない。というより、この国は「レコン・キスタ」が浸透できない唯一の国だからね」
「何故そう言い切れる?」

 ルルーシュは、イザベラの言葉に眉をひそめた。始祖ブリミルが降臨した聖地を取り戻す事は、ハルケギニアの全ての人間の悲願のはずである。ロマリアの宗教庁など、実質そのためにあるようなものだ。そして「レコン・キスタ」は、一向に聖地を取り戻そうとしない王政府に代わって聖地を取り戻す、という理想を掲げて決起した集団なのだ。

「ああ、アンジュー家は火山龍山脈の南側に封されて長いからねえ。リュティスを中心とした北部の雰囲気は判らないか」
「つまり?」
「あのさ、なんで「実践教義」がわざわざ国法で禁止されているか知っているかい?」
「宗教庁が禁止したからだろう? ロマリアと好んで敵対する理由がない」

 当然だろう、と言わんばかりにルルーシュが答える。それにイザベラは、はあ、と大きく溜め息をついて頭を左右に振った。

「あのさ「実践教義」ってゆうのは、つまりは始祖ブリミルの言葉に忠実に宗教生活を送りましょう、という運動なのさ。つまり、今みたいに始祖の言行がきちんと正典として宗教庁で決定されていない状況では、どの「ブリミルの祈祷書」や「始祖言行録」を元に宗教生活を送るか、それはそれこそ各人の好き勝手になりかねないわけ」

 ここまで語ったところで、イザベラはルルーシュを見下ろした。そして内心思う。考えてみれば、こいつはまだ十二なんだよねえ、と。

「つまり、「実践教義」を認めてしまうと、ガリア人は、貴族平民問わずに宗教庁の教えから逸脱していくだろうね。なにしろガリア人ほど国家意識の強い国民はいないから。お前も「ガリカニズム」運動と「ウルトラモンタニズム」運動については聞いた事があるだろう?」
「……まあ、一応は。たとえ始祖の教えであったとしても、ガリア国民のための宗教であるべきで、司祭の任免権はガリアにある、という運動だろ? それに対して、始祖の教えは常に一つにまとまっているべきで、司祭の任免はあくまで宗教庁の管轄である、というのと」
「判っているじゃないさ。だから、ガリアで「実践教義」を認めてしまうと、国論は宗教的に二分されてしまうわけ。下手すりゃ宗教戦争という形で内戦だね。「実践教義」と結びついたガリカニストと、あくまで従来の宗教庁の教えに従おうというウルトラモンタニストの間でだ」

 イザベラの説明に、戦慄が背筋を走るルルーシュ。まさかそこまでの問題であるとは、全く考えたことも無かったのだ。彼はあくまで南部半島国家諸国的な発想の持ち主であり、宗教がそこまで影響力を持つというのが、どうしても実感できなかったのである。

「というわけで、極論を言うならば「レコン・キスタ」程度の理想じゃあ、ガリア貴族は動きはしないんだよ。下手すりゃ宗教庁から分離しかねない、宗教意識のもっと根本的なところで身内で争っているんだから。しかも共和制なんて、所詮は貴族同士の利権の配分を自分達でやりとりしたい、ってだけなのを見透かしているしね」

 大国の貴族って奴を舐めちゃいけないよ。そうイザベラは話を〆た。ルルーシュは、今聞いた話を必死になって理解しようと努力している。

「じゃあ、なんで陛下は「レコン・キスタ」の後押しをしたんだ」
「それが判ったら、お前も一人前の大貴族だよ」

 イザベラの言葉は、あくまでルルーシュを突き放すものであった。


「というわけで、特命全権大使として、わたしをアルビオンに不可侵条約交渉と調印のためにお送り下さいませ」

 薔薇園を一回りして戻ってきたイザベラは、ワインを一本明け、次はロマリアはカッペラーノの赤に取り掛かっていたジョゼフに開口一番そう言い放った。
 ジョゼフは、バローロの注がれたグラスをテーブルに下ろすと、非常に興味深そうな表情でイザベラを見つめ返した。

「ふむ、で、供回りはどうする? 今すぐ動かせるのは東薔薇花壇騎士団だが」
「いえ、シラノとロクサーヌの二人だけ連れて参ります。巻き込むのは少数の方がよろしいかと。ああ、船だけは「シャルル・オルレアン」をお貸し下さいませ」

 しれっとそう答えたイザベラに、ジョゼフは手を叩いて笑い出した。

「そうか、娘よ、お前の答えはそれか! うむ、いつの間にそんなに意地が悪くなったのだ? いや、これは愉快だ!!」
「父上に似たのでしょう」
「余はさすがにそこまで意地が悪くはないぞ? そうだ、例のロマリア女だ。あ奴に似たのだ。断じて余ではあるまい」
「いえ、わたしはあくまで父上の娘ですの」

 なんというか、すごい傷ついた表情のジョゼフと、諸悪の根源はお前だろうが、と言わんばかりの表情をしているイザベラ。この親子を傍から見ていてルルーシュは、この親子がいつもこんな陰険芝居を繰り広げているのかと思い、おもわずまぶたをもんだ。とてもではないが、このイザベラを打つ杖になんて自分がなれるのか、と、一瞬ではあるが心がくじけそうになる。
 そんなルルーシュを横目で見やりつつ、イザベラは微笑みを浮かべて優しげな声で言った。

「そういうわけですので、まことに申し訳ありませぬが、ルルーシュ様はエリゼ宮でお待ちいただけますでしょうか?」
「……外交上の機密が関わるとするならば仕方が無いだろ。だが、なんで騎士一人と侍女一人だけ連れて行くんだ?」
「それは、帰ってまいりましてから土産話に」

 あくまで可愛らしく右手の人差し指を唇に当ててみせるイザベラ。ルルーシュは、この魔女が帰ってきたら、どう思い知らせてやろうか、それを考えることに決めた。もっとも、返り討ちにあう可能性が高いだろうな、という諦観もありはしたが。

「了解した。この任務が貴女にとって良き旅でありますように」


 トリステイン王国首都トリスタニア。その王宮でアンリエッタを交えた御前会議が開かれていた。
 アンリエッタの表情は、怒りのあまり氷のごとく冴えわたり、薄青い瞳から発せられる視線はまるで氷雪を思わせる冷たく厳しいものであった。
 閣議に参加していた大臣達の間で、その吹雪の如き舌鋒に首をすくめずにいたのは、わずかに宰相たるマザリーニ枢機卿だけという有様である。

「……ですので、各国がアルビオンとの交易再開を前提に不可侵条約に前向きな今、我が国だけ条約締結を拒否し続けるというのは、特に羅紗生地輸入の面において……」
「アルビオンの羊など、ことごとく龍騎士のエサになったそうではないですか! 従来の一割か二割の生産量の上、ろくな職人もいない粗織りの生地のために、叛徒どもを正当な政権として認める理由がありませぬ!!」

 法務院長のリッシュモン侯がこわごわと発言したその瞬間、アンリエッタは皆まで言わせず斬って捨てた。そして、彼女の見るものを凍りつかせんばかりの視線に、黙り込んでしまう。

「しかし、アルビオンにはまだ六十隻近い艦艇が残っており、これが攻めてまいりますと我が国の艦隊ではとても迎撃などできず……」
「王立空軍の艦艇は「ワースパイト」以下七隻、我が国は「メルカトール」以下十八隻が現在の稼動艦艇ですね?」

 空軍から呼ばれてきた艦隊司令長官のラ・ラメー提督の言葉をさえぎり、アンリエッタは空軍の現状を数値をあげて確認する。

「はい、殿下の仰るとおりです。しかし、「ワーズパイト」にせよ「メルカトール」にせよ、どれも六十四門搭載の二等戦列艦であり、アルビオンの「レキシントン」の様な百八門搭載の一等戦列艦を相手にするのであれば、二隻がかりでなければかないませぬ」
「そのために、シュナイデル社に新しい艦砲の開発を依頼しているのです。そうですね? ミス・ラ・ヴァリエール」
「はい。当社では後座式の施条砲の開発を行っております。陸戦用のゲベール砲は二十ポンド砲ですが、現在開発中の砲は三十六ポンドと四十八ポンドになります。ただし、元の艦砲より非常に重くなりますので、それ専用の新型艦に搭載するべきかと考えますが」

 フェイトは瞳を伏せつつ、嫌々そうに答えた。
 だがアンリエッタは、その答えにいたく満足した様子で、ラ・ラメー提督にきっぱりと言い切った。

「新型艦砲の射程は従来の艦砲の倍以上とのこと。これを従来の艦艇にどうやって搭載するか、それについては空軍に一任します。よろしいですね?」
「はい、姫殿下」

 渋々と頭を下げたラ・ラメー提督が、フェイトの事を睨みつける。フェイトはその視線に対して心から「ごめんなさい」と言わんばかりの表情でもう一度頭を下げた。

「ならば問題ありません。叛徒どもは、すでに二十隻の艦隊を宙に浮かべるだけの金すらないのです。ならば今こそアルビオン大陸を封鎖し、この冬で奴らの食料が尽きたところを狙って次の春に侵攻すれば、簡単に陥落させられます!」

 アンリエッタは、立ち上がると、きっぱりとそう断言した。
 それに対し、全員が一斉に黙ったまま頭を下げた。


 ブラスバンドが演奏を終わると、緋毛氈の絨毯の上で待っていたドレス姿のカトレアが、渡されていたテープをカットした。と同時に無数の鳩が飛び立ち、周囲の人間達から一斉に拍手が沸き起こる。正装姿の参列者が、カトレアを先頭にぞくぞくと建物の中に入っていく。建物にはこう真鍮製の看板が飾ってあった。

「ラ・ヴァリエール化学工業株式会社」

 世界初の株式会社であると同時に、世界初の空気中窒素固定化による肥料工場である。
 大気中の窒素を、酸化鉄を主体とした触媒で、電気分解した水素と温度五百度一千気圧という高温高圧状態で直接反応させてアンモニアを生産する、という、まさしく魔法学院研究所が総力を挙げて開発した最新の技術であり、これによってトリステインは、ゲルマニアから大量の硝石の輸入に頼っていたのが、自力で硝石を生産可能となったのである。
 これによって生産されたアンモニアに、可溶性リン酸、カリウム、石灰等を混合したものを肥料とし、作付けの十日から二週間前に農地にすき込むことで豆を植えるのと同じ効果を発揮することとなり、小麦をはじめとする各種農産物の生産量を画期的なまでに向上させられる事が期待できた。
 ちなみに魔法学院研究所での試験結果では、 播種量に対して従来の五~七倍の収穫量に対して、十二~十五倍の収穫量を記録したのである。これには、同時に追い肥や農薬散布の効果もあってのことであり、一概に生産量が従来の二倍になるとは言い切れないが、それでも従来の農法では達成し得ない生産量の増大が期待できるようになったのである。
 当然、各農地ごとに最適な農法の開発が必要ではあり、そのために農学専門のメイジの育成について、ラ・ヴァリエール家は王政府と折衝を始めていたのであった。

「ようやく、我々の技術が世界を豊かにし始めるのですなあ」

 心の底から感慨深そうにコルベールが肥料工場を見上げつつ呟いた。目尻には、感動のあまりか、わずかに涙が光っている。

「わたくし、わたくし、今日ほど「土」のメイジとなった事を誇りに思ったことはございません」

 感動のあまり、ぐしぐしとローブの裾で目尻をこすっているシュヴルーズが、涙声でそう答える。

「「土」は全ての命を育む基本ですしね。ならばわたしも、命を司る「水」として、人々の役に立つ研究結果を出します。きっと」

 リュシーが、決意もあらたにした表情で、そう呟いている。
 そんな彼らを見つめつつ、ロングビルは首をぐるぐる廻してコキコキ言わせながら、隣のフェイトに向かって気の抜けた様な声で話しかけていた。

「あー、また、なんていうか今回も大変だったよ。とにかく引き抜き鋼管の開発に手間取ったからねえ。しかも高クロム鋼を使った鋼管だったからね。いや、ほんと疲れた」
「本当にお疲れ様、ロングビル。なんなら膝枕でも腕枕でもなんでもするわ」
「あたしゃそっちの趣味はないんで、丁重にお断りしておくよ。代わりにしばらく休暇を貰うけど、いいね?」

 フェイトの冗談にけらけらと笑って答えると、ロングビルは両手を上にあげて背伸びした。そして、心配そうな表情でフェイトの顔を覗き込む。

「で、シュナイデル社だけれど、どうすんのよ? 「鳥の骨」に脅されて兵器会社を立ち上げさせられたそうだけれど。どこまで真面目にやるつもりなんだい?」
「そうね、そこはまあ適当に。ミスタ・コルベールの許可が出る範囲で」

 軽く肩をすくめて、全くやる気がないことを示すフェイト。そんな彼女を見て、ロングビルは軽く微笑んだ。

「それにしても、あんたも変わったねえ」
「何が? 私は私のまま」

 意外そうな表情を浮かべたフェイトを見て、ロングビルは嬉しそうに笑った。

「あたしにため口をきいたり、仕草に表情が出てきたり、ね。いっつも慇懃な態度と口調だったのが、随分とぶっきらぼうな話し方になったもんだ」
「あ」

 くすくす笑いながら、ロングビルは言った。

「ちなみに、あたしの本名はマチルダ。マチルダ・オブ・サウスゴーダ。他人がいないところでなら、マチルダと呼んでおくれ」

 恥ずかしそうに頬を染めたフェイトも、名乗った。 

「フェイト・テスタロッサ。それが私の本当の名前」


 その日の夜、フェイトは魔法学院には帰らず、ラ・ヴァリエール公爵の屋敷に泊まった。晩餐は久しぶりに家族全員が集まってのものとなり、穏やかな空気で進んだ。特にルイズは、「土」の系統の優れた使い手でありながら、病気がちなためにほとんど外に出ることもできないカトレアが、化学肥料工場の社主となって世界に貢献できるようになったことを、本当に嬉しそうに何度も何度も祝っていた。
 そんなルイズに、エレオノールも普段のきつさを見せず、ニコニコと微笑んで見まもっている。次は自分の番だと、そう決意しているのだ。そう、「水」の研究主任であるリュシーと、女ならではの研究にいそしんでいる最中であった。
 そうした娘達の楽しそうな様子を見て、カリーヌ夫人もようやく肩の荷が下りたような表情であった。今すぐとはいえないまでも、きっと将来は良い伴侶を得て、良い家庭を築けるだろう。そんな予感があったのだ。
 フェイトは、黙ったまま、そんな暖かな家族の空気にひたったまま、その心地よさに酔い心地にも近い穏やかな感覚に身をゆだねていた。もう何年になるだろう。もしかしたら、記憶の中で自分が作りあげただけの幻影かもしれない。でも、昔、本当に子供だった昔、こんな空気の中で過ごせたような気がする。
 晩餐が終わって皆がそれぞれ自室に戻ろうとした時であった。ヴァリエール公爵がフェイトを地下のワインセラーに誘ったのであった。

「本当は、息子が生まれたら一緒に賞味しようと思って溜め込んでいたのだがな。お前が中々いけるとルイズに聞いてな。一緒にどうだ?」
「あの、本当によろしいのですか? お義父様」
「酒というものは、味の判る者に飲まれてこそ意味があるのだよ、娘よ」

 そして、公爵のセラーは、フェイトの予想をはるかに超えた巨大なもので、そして膨大な量のワインが並んでいる。ラベルを見れば、ラ・ヴァリエール公爵領で天然醸造された本物の高級品、それも二十七年、二十四年、十六年熟成の逸品が、見渡す限り並んでいる。

「饗宴を一回開けば、二百本からのワインが要るからな。格式ある我が家として、生半可なものは出せんのだよ」

 市価で十エキューや二十エキューは軽くするワインが無数に並んでいるのを見て、これが金持ちというものか、と、フェイトは心の底からドン引きしていた。いや、なにしろ感動を通り越して別世界に迷い込んでしまったような心地であったのだ。

「さて、これが儂専用のセラーなのだが、どれを空けるかね?」

 公爵が杖の先に灯した明かりに照らされたセラーには、トリステインのワイン事情に商人として詳しいフェイトが、顎が外れるような逸品が並んでいた。というか、彼女としては値段をつけることすらできない。値段をつけるならば、ガリアあたりで大貴族相手にオークションでもするしかない逸品ばかりである。

「……ほ、本当にこの中から選んでよろしいのですか?」
「うむ。それを楽しみに用意したものばかりだからな」

 フェイトの取り乱し様っぷりに、嬉しそうに義娘を促す公爵。モノクロームの下の瞳が嬉しそうに細められ、髭が期待に弾むように揺れている。

「……では、これを」

 フェイトは、セラーの中で一番放置されたままらしい一本を選んだ。何故か脳内で警報が点滅している気がするが、それはあえて無視することにする。
 公爵は、嬉しそうに何度もうなずいていた。


「さすがは、始祖以来の当たり年と言われただけの事はある」

 公爵の書斎で、ワインを開けて乾杯を交わしてから、公爵はそう満足そうに呟いた。フェイトも、その深く芳醇で濃厚な味わいに、全身が官能に包まれるかのような暖かさに浸っていた。

「これは、南ガリアのジロンド産のものでな。儂の父が同じ重さの純金と交換で買ったそうだ」

 いいのか、本当にいいのか、こんな凄いのを開けてしまって。

「ふむ、いい具合に酔いが回っている様子だな、娘よ」
「……はい。色々と酒は飲んでまいりましたが、これほどの逸品は初めてす」
「そうか。それはこれにとっても幸せであるな。女に官能を味わさせられるだけの酒はそうはないでな」

 それから二人は、取り留めも無い話を続けた。
 魔法学院のこと。領地のこと。狩りのこと。社交の場でのプロトコールのこと。貴族の成り立ちやその心構えについて。そして、忠誠と名誉と誇りを重んじれば後ろ指差されることの無かった、古き良き時代について。

「私は、女の身でしたが、ずっと兵士として戦い続けてきました。戦う事が好きだったわけではないのです。でも、兵士でいることを、家族という首輪をかけられ、情という鎖で縛られて強いられてきました」

 ぽつぽつと、そう昔を思い出しながら呟くように囁くフェイト。全身が官能の中にひたり、まるで誰かの腕に抱かれているような心地である。そんな気持ちだからこそ、まるで寝物語を語るかのように、口が次々と言葉を流してゆく。

「私は、お姫様になりたかったのです。騎士に助けられ、その腕で抱かれる姫様に。でも、お姫様どころか、騎士にすらなれなかった。なったのは、ただの兵士でした。塹壕と藪の中を泥まみれになって這いずる蟲の様な兵士にしか」

 もう、自分の口を止めることができない。公爵は、そんなフェイトを父親として優しく見守っている。

「今日は良い日です。カトレア様に、いくらかなりとも恩返しができました」
「カトレアは、お前に何をしたのかね?」
「許しと救いを」

 宙を見つめながら、フェイトは呟いた。

「私は、地蟲としてではなく、人として死ぬことができます。これ以上の救いはありません」


 双月が中天に達し、屋敷の誰もが眠りの世界にまどろんでいた時刻。
 ようやく酔いから醒めたフェイトに向かって、ラ・ヴァリエール家の当主として公爵が訪ねていた。双月に照らし出されるその面は、長年対ゲルマニア戦線の要所を任されてきた大貴族の長としての厳しさに満ちていた。

「今度立ち上げたシュナイデル社。あれをどうするつもりだ?」

 それに、娘としてより上官に対するように答えるフェイト。

「今の時点では、姫殿下をなだめる飴玉以上の意味はありません。ラ・ヴァリエール銀行の本格的な立ち上げと、シュナイデル製鋼所の完成までは、所詮は名前だけの会社ですので」
「開発中の艦砲は、大したものだと聞いておる」
「所詮はゲベール砲の延長線上の代物でしかありません。個人的にはあの程度で姫殿下が満足していただけるならば、むしろガリアと本格的にパイプをつなげたいと思っております」

 公爵はモノクロームの下の瞳を細めた。

「ガリアのジョゼフ王は油断ならぬ策士で、かつ邪悪極まりない男だ。何故に奴と組もうとする?」
「正確には、イザベラ姫ですね。ジョゼフ王と王女の間に楔を打ち込めれば、とは、考えております。問題は、私が考えている以上にジョゼフ王が有能であった場合、私ごとラ・ヴァリエール家がガリアに取り込まれる恐れがあります」

 淡々と冷徹な口調で構想を説明するフェイトに、公爵はしばらく目をつむって考えをまとめる。

「「レコン・キスタ」の背後には、ジョゼフ王がいるのであったな?」
「はい。その証拠は、イザベラ王女と取引して得ました」
「「救貧会」のアイデアもお前だったな」
「はい」

 目を開いた公爵の瞳は、冷たく厳しいものであった。

「ジョゼフ王とイザベラ王女の目的はなんだか判るか?」
「ジョゼフ王の目的は判りません。しかし目標は、ロマリア侵攻と宗教庁解体。イザベラ王女の目的は、王位継承を確実にすることであり、そのための目標は、ガリア南部を実質的に自領化し、自らが即位した瞬間に蜂起する旧オルレアン公派を殲滅するための軍事力の確保」
「……それに何故協力しようとする?」
「私が虚無の使い魔だからです。私とルイズお嬢様は、ある意味危険すぎます。ロマリアに取り込まれれば、宗教的象徴とされたあげく、確実に対エルフ戦争の第一線に投入されるでしょう。異種族間の戦争は絶滅戦争にならざるを得ません。それを回避するのが、現時点における私の目標です」

 公爵は、厳しい表情のまま、しばらく考えをまとめた。そして、呟くように語る。

「今のロマリアの教皇エイジス三十二世は、正教徒と新教徒の融和を図り、かつアルビオンからの難民も積極的に救済している人徳者とされておる。しかし、年齢はいまだ二十台と若く、本来ならばコンクラーベ(教皇選出会議)で選出されるはずがない人物だ。下馬評ではマザリーニ枢機卿が選ばれる、という話であったしな」

 そこで一旦息をつき、水差しからグラスに水をついで唇を濡らす。

「教皇は、本物の狂信者であり、かつ理想主義者と聞く。ある意味、現実の世界に生きている儂らのような人間にとっては、最悪の相手だ。世界をかくあるものと認められず、世界をかくあるべしものへと変えようとするのだからな」

 そして公爵は、きっぱりと言い切った。

「儂は、儂の娘達を兵器か何かのごとく使おうとする輩とは、絶対に組まぬ。それが例え姫殿下であろうと教皇聖下であろうとだ。ならば、利害の一致する限りにおいてゲルマニアやガリアと組み、ハルケギニアの平和を少しでも長く維持するのが我らの目標となる」

 公爵は、厳しい面差しのままフェイトにきっぱりと言い切った。

「お前ならば、できるか?」
「努力いたします」
「ならば、任せる。いかなる手段をもとる事も許す。この世界の平和を少しでも長く維持せよ」

 フェイトはソファーから降りると、公爵の前にひざまずいた。そして、胸に手をあて一礼する。

「ご命令、しかと承りました」


 ところ変わって魔法学院の女子寮。そのモンモランシーの部屋で、ギーシュは取っておきのワインを持って彼女の部屋を訪れていた。なにしろ仕送りの中からこつこつと貯めた十エキューで買ってきたヴェニティアはヴォッターの白ワインである。口当たりもフルーティーで程よく甘みもある、女性向けに人気のワインであった。

「モンモランシー、君の金髪が双月の輝きに、まるで薄靄のごとく世界を包んでいるようだよ」

 一生懸命に詩的な表現で恋人を褒め称えるギーシュ。お調子者で女の子にだらしないとはいえ、それなりにもてるのは、顔が良いのとあわせて、こういう風に女の子を褒め称える舌があっての事である。

「月の女神には、それに相応しい貢物を捧げるのが信者として相応しい態度だと思うんだ。さあ、このヴェニティアの白を納めておくれ」

 そう言って、二つのグラスにワインを注ぐ。

「……あのね、ギーシュ」
「なんだい、モンモランシー。僕の可愛い女神」
「ちょっと真面目な話」
「判った」

 モンモランシーは、不安そうな表情で、ギーシュの顔を見つめた。

「ねえ、あなた、ずっと傭兵隊や銃士隊と訓練を受けているわよね?」
「ああ、彼らは僕の中隊で、僕は隊長として相応しい指揮官にならないといけないからね」

 きっぱりと、なんの迷いもなく、そう言いきるギーシュ。

「……あの銃士隊、姫殿下の近衛隊になるんですって?」
「それには答えられない。ごめん」

 軍事上の秘密である以上、親子恋人にも話してはいけない。そうフェイトに腕立て伏せ六十回とともに叩き込まれたギーシュは、そう謝って頭を下げるしかできなかった。

「ねえ、戦争になるのかしら?」

 それが聞きたかったのだろう。モンモランシーの表情には何か張り詰めたものが浮かんでいる。
 それに対して、ギーシュはしばらく考え込んだあと、こう答えた。

「なるね。でも、今の僕ならば、君を護ることができる」

 きっぱりと言い切ったギーシュに、モンモランシーは、思わず涙ぐんでその胸に身を任せた。

「死んじゃ嫌よ! 絶対、絶対に生きて帰ってきてよ! でないと絶対に許さないんだから!!」
「約束するよ。僕は、君と一緒になるまでは、絶対に死ぬつもりはないからね」

 ギーシュは、そう言うと、モンモランシーの腕をとり、そっと唇を重ねた。


 夜天にかかる双月は何も言わず、人々の営みを照らし出しているだけであった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.032763004302979