1625時 大学構内
「ここが大学か」
「ええ、はい、そうです」
「まさか、お前が学士だとは思わなかったぞ」
「んな大層なもんでもないよ……」
「そう謙遜するな。大学と言えば学問の最高学府。そこで学ぶ権利を得たと言うだけでも大したものだ」
(言えない……補欠で滑り込んだなんて……言えない……)
雪の積もるキャンパスを、掘られた道に沿って歩く。
バルクホルンは大学という物に、何か幻想を抱いているようだ。物珍しそうに、周囲を見回す。
そんな賛辞を素直に受け取れない東雲。バツの悪そうな顔で、苦笑いを浮かべることしか出来ない。
東雲の通う大学はそれなりに知名度のある学校ではある。のだが、その分校。本校は遠く離れた東京にある。その分校内でも『学部の財布』と揶揄される学科に通っている。そのレベルは押して知るべし。つまり東雲の学力も、その程度ということ。
「しかし東雲。先程から妙に見られているようなのだが?」
「ええ……まぁ、気にしないでもらえると助かります……」
弱々しい声でつぶやく。
授業が終わって間もないこともあって、構内のそこかしこには学生の姿。例外なく、この奇妙な二人組みに注目している。
馬走では『外国人女性』はレアな存在。それが『美少女』となれば、なおさら珍しく、耳目を集める。
その隣が東雲であると言うことが、さらに注目を集めている。
学内での東雲は、それなりに知られている。学生数がそれほど多くはない分校ではあるが、ほぼ全ての学生が、名前は知らなくとも「こんなヤツ」と言えば通じる存在。特に奇矯な行動をしている訳ではないのだが、何故か目に付くらしい。
「やはり、この格好が問題か……」
何を勘違いしたのか、バルクホルンが自分の服装を見直す。
黒のジャンパーにベージュのセーター。「ジーパンはいやだ」と言うので、下はクリーム色の綿パン。
「いや、それ絶対違う」
「何!? この服装が問題なのではないのか?」
「お願いですから、黙って着ててください」
問題は『服装』ではなく、『東雲が美少女を連れている』こと。
今まで女の影など無かった男が、いきなり女連れで現れたのだ。普通に目を疑う。
「まぁ、それは置いといて……打ち合わせ通りにお願いします」
「うむ。任せろ」
(不安だ……すげー不安だ……)
二人は人目を振り払うように、目的地へと急ぐ。
1630時 第二学生食堂
「さて、東雲。聞かせてもらおうか」
「お、応よ!」
食堂の片隅に集まったのは、東雲が所属するサークルのメンバー。部室などという気の利いたものが無いので、彼らは食堂を集会所代わりにしている。
食堂内は飯時を過ぎ、授業もほとんど終わっているため、閑散としている。彼らの他にはほとんど人はいない。
東雲がバルクホルンを、大学に連れてきた理由。
それは昨夜、関口が広めた『あらぬ誤解』を解くための、説明会を開くこと。当の関口がいないのは問題だが、今は延焼を食い止める。
「バルクホルン」
「うむ」
東雲が促し、自己紹介。
皆の目、いやレンズが一斉にバルクホルンに向けられる。メガネ装着率9割を誇るメンバー構成ならではの光景。
「私はゲルトルート……」「東郷」「バルクホルンだ」
「ん?」「え?」「?」
一瞬、つっかえそうになるバルクホルンだったが、東雲がすかさずミドルネームをねじ込む。
「彼女は『ゲルトルート・東郷・バルクホルン』。俺のいとこの娘さんだ。いとこはドイツ人と結婚して、今は向こうに住んでる。で、彼女が日本を旅したいということで、俺の部屋を拠点にしているんだ。突然のことでお前らに話す暇が無かったが、まぁ、そんな訳だ」
「ドウゾヨロシク」
「日本語もペラペラです!」
皆が呆気にとられているうちに、昨夜考えたシナリオを一気にまくし立てる。
ミドルネームはいとこのものを使おうかと考えたが、バルクホルンが分かる日本名で、言いやすいもの。ということで『東郷』にした。
いささか突飛な話ではあるが、「アニメの世界から来た」などと言うより、はるかに現実味がある。
そもそもバルクホルンは『こちらの世界では飛べない』のだ。「アニメの世界から来た」と信じさせるのに、証拠が『怪力』だけでは弱い。物証となるものも飛べないストライカーユニットでは意味が無いし、MG42は現行日本では御禁制なので見せる訳にもいかない。
そんな論拠の乏しい状態で「スト魔女のバルクホルン本人なんだぜ!」と言っても誰が信じるだろうか。東雲だって、他人がそんな話をしたところで信じはしない。
だから、誤魔化す。
「なんだ~、そーだったんですねっ」
二年の荒井がいかにも納得がいったと相好を崩す。素直な後輩である。
「東雲さんが同棲とか、ボクもおかしいと思ったんですよ~」
(てめえ後で吊るす!)
このサークルで数少ない洒落者である後輩の岸本が、荒井に同調。
「ひゃっひゃっひゃっ、こいつにそんな甲斐性ある訳ねえだろ」
「そーだよね~。東雲に彼女とかおかしいよね~」
(大きなお世話だ!)
好き放題にこき下ろす、ふくよかな小泉とぽっちゃりの中川。東雲の同期で腐女子の二人。
荒井と岸本が『いとこの娘』という作り話を、あっさりと信じてくれたので、場の流れは東雲の話を信じる方向へ。『同棲の真偽』は一応『シロ』と言うことで、皆が納得したらしい。
「ん~と、彼女は学生さんなの?」
「ええ、大学生ですが今は休学中です」
「へ? 何でまた?」
「見聞を広めるために色々な国を回るんだそうで、ついこの間までイタリア。その前はイギリスに行ってました。なっ?」
「あ、ああ。その通りだ」
「へ~」「ほ~」
(ここまでは想定内……)
上級生の二人。天然パーマで設定オタの山田と、腰痛持ちの巨漢、狩野の質問をあらかじめ用意しておいた答えで返す。
(何とか乗り切れるか?)
「で、東雲。彼女はなんでお前の服を着てるんだ?」
「!?」「!」「!?」「?」
聞いてきたのは、このサークルの幹事で女オタクの山崎。東雲にとって同期であり、天敵でもある。
(まずい! 非常にマズイ! 服のことなんか何も考えてなかった! ってか何で気付く?!)
「彼女がお前の服着てるとか、おかしいだろ? まさか服を持って来なかった訳じゃないだろ?」
(無いんだよ! クソがぁ!)
「それに、聞けば彼女はお前の部屋で下着だけだったそうじゃないか?」
「ぃゃ、上はトレーナー着てたし……」
「下はパンツだけだったってことだな!!」
(墓穴掘ったぁぁぁ!?)
ざわつく。
解けかけた疑惑が、再び皆の心を支配する。
「やっぱり東雲って……」
「え? でも東雲さんってロリじゃ?」
「欲求不満だったんじゃね?」
「ん~親族とは言え、ありえないシチュエーションだわな」
「さあ、東雲。答えてもらおうか?」
「ぁ……ぅ……」
仁王立ちで詰問する山崎。
答えに窮する東雲。
──万事休す
(正直に話すしかないのか……?)
東雲があきらめかけたその時、バルクホルンが静かに立ち上がった。
その立ち姿はとてもキレイで、穏やかなもの。
雑音が止み、メンバーの視線が吸い寄せられる。
「私から説明しよう」
「バ……バルクホルン……さん?」