1005時 コーポ長島
『オンリー・ウェン・スパゥクン・トゥ・エンドゥ・ダ・ファースト・アンド・ラスト・ワーズ・アウト・オブ・ユア・フィルシィー・スウァーズ・ウィルビー・サー!(口でクソを垂れる前と後にサーをつけろ!)』
「ぶひゃひゃひゃひゃ! いたいた! こんなやつ!」
テレビに映し出された映画に大爆笑のシャーリー。
映画とは関係ないことを考えているウルスラ。
色々と困惑気味の宮藤。
バルクホルンと東雲は買出し中。その間、彼女達が暇だろうということで、退屈しのぎ用に映画を掛けていったのだ。
『アイ・ディディン・ノウ・デイ・スタック・シッ・ダッ・ハイ! ユー・トライン・トゥ・スクイーズ・アン・インチ・オン・ミー・サムウェアー・ハ?(そびえたつクソのようだ! サバよんでるな!)』
『サー・ノーサー!』
「そうそう! この感じ! この感じ!」
壮絶に腹を抱えて笑い転げるシャーリー。
「あ、あのリベリオンの軍隊ってこんな感じなんですか?」
困惑顔の宮藤がシャーリーに尋ねる。
映画の感想、というよりシャーリーの反応に戸惑っている。
「ひー……ひー……いやぁ、空軍にはこんなのはいなかったけど、昔、海兵隊と合同演習した時に本当にこんなのいてさぁ」
「は、はぁ……」
笑いすぎたのか、肩で息をしながら答えるシャーリー。
と、その時、ウルスラがプレステ3のコントローラーを掴んだ。
「…………」
無言でコントローラーのボタンを一つ一つ押していくウルスラ。
早送り、一時停止、巻き戻し……画面が目まぐるしく動く。
「あ?! おいっ! 何やってんだ?!」
「え? え?」
慌てるシャーリーと宮藤。
目まぐるしく動く画面。何が起こっているのか理解が追いつかない。
ただわかっているのは『犯人はウルスラ』という事のみ。
「……機能の確認」
「いや、しなくていいから!」
「確認は大事」
シャーリーが慌てて制止しようとするも、ウルスラには馬耳東風。
聞く耳を持たない。
未知の機械を目の当たりにして知的探究心が抑えられない。
「……! ……!」
「あの兄ちゃんが帰ってきてから、ゆっくり調べさせてもらえばいいだろ? な?」
「そ、そうですよ! もしも壊しちゃったら……」
シャーリーと宮藤が口々に説得の言葉を並べるが、ウルスラの耳に入っているか怪しい。
「なぁおい! 私は続きが見たいんだって!」
「えっ?! そっちなんですか?!」
シャーリーと宮藤の心配がまったくもって別ベクトル。
と、
「あ……」
「あ……」
「あ……」
消えた。
──真っ暗な画面
訪れる静寂。
それは三人の不安を掻き立てるには十分過ぎた。
「こ……壊れたんじゃないよな?」
「ど、どうするんですか?!」
「…………」
ウルスラは無言でポケットからドライバーを取り出した。
「おい?!」
「……修理します」
1142時 コーポ長島
「ただいま~」
「……!? ヤバイ! ……!」
いかにもくたびれたような声音で帰宅を告げる東雲。
と同時に室内から聞こえる慌しい物音。
「……ん?」
怪訝に思いバルクホルンに首をかしげて聞いてみるも、彼女も怪訝な表情を浮かべるのみ。
とりあえず靴を脱いで玄関から部屋に入ってみる。
「……お、おかえり」
「……おかえりなさい」
「…………」
宮藤のみこちらを向いて出迎えてくれたが、他の二人はそれぞれがそれぞれに明後日の方向を向いている。
宮藤にしても笑顔がどこかぎこちない。
「あ、うん。ただいま」
つられてぎこちなく答える東雲。
そして広がる静寂。
そう、静寂。
「あ、映画見終わってたんだ。どうだった? よければ別のも……」
そこまで言って東雲はふと気付いた。
テレビ画面が『黒い』のだ。
本当に見終わっているのであればチャプター画面が表示され、BGMが流れているはずである。
東雲は『操作方法を教えていない』のだから。
「あ、ああ! お、面白かったよ! あ……なんだ……そう! あの海兵隊のオヤジ! あれよかったな! うん! 新兵時代を思い出したよ! なっ! 宮藤!」
「え?! え? ええ?! そそそそそうですね! 面白かったですよね!」
冷や汗を掻きながら必死に感想を述べるシャーリーと宮藤。
その様子にバルクホルンが眉をひそめる。
「お前たち、『何か』あったのか?」
「あ、ある訳ないだろ……」
「そ、そんなことないですよ……」
今までの経験から『何か』を感じ取ったバルクホルン。
だが、二人は白を切るばかり。
「あ、あれ?」
そして部屋の異変に気付いたのは、やはり家主である東雲だった。
「あそこにクッションなんて置いてなかったよね?」
指差す先はプレステ3が鎮座していた場所。
だがそこにはプレステ3の姿は見えず、代わりにあるのは大きめのクッション。
「え?! そ、そうだったかな?! 最初からそこにあったと思ったけど!」
泳ぐ泳ぐシャーリーの目線。
これ以上ないぐらいに挙動不審。
「な? 宮藤? そうだろ?!」
わらにもすがる思いで宮藤にすがる。
(なんで私に振るんですか?!)
宮藤の目が明らかにそう訴えている。
「もういいシャーリー……一体何をしでかしたのか、大人しく白状するんだ」
深く静かに怒気を含んだバルクホルンの言葉が、部屋の温度を引き下げる。
彼女はもう確信していた。シャーリーは何かやってはいけないこと、それも致命的な何かをやったのだと。
その様子に部屋にいた者全てが気圧される。
「ち、違う! これはウルスラが!」
「東雲! 確認しろ!」
「は、ハイ!」
事ここに至っても抗弁を試みるシャーリー。
しかし、バルクホルンの無慈悲な命令。
東雲は考える間もなく条件反射で動いてしまった。
「や、やめろー!」
シャーリーの願いも虚しく、東雲は勢いよくクッションを剥ぎ取った。
「……あ…………」
「あぁぁぁぁ……」
──おお、プレステ3
──嗚呼、プレステ3
──お前は何故に分解されているのか
ネジというネジ全てが外され、かつてプレステ3であった物が部品単位にされていた。
「こ、これはウルスラが急に分解し始めて!」
「違います。修理しようとしただけです」
「俺のプレステ3~~~~~!?」
食い違うシャーリーとウルスラの言い分。
それをかき消す東雲の絶叫。
「どうしてこうなったー!」
1233時 コーポ長島
「うん! いいじゃないか!」
いかにも満足したといわんばかりのバルクホルン。
喜色満面の笑みで宮藤を眺めている。荒々しい鼻息に今にも飛ばされそうである。
「あの……これ変じゃないですか?」
宮藤がやわらかなピンク色のスカートの裾を摘み上げる。
所々にフリルがあしらわれた服は、宮藤をいかにも可憐なお嬢さんへと変身させていた。
しかし、着慣れない服のせいか困惑するばかりだ。
「いいや! 変なところなどない!」
バルクホルンの力強い断言。
「なぁ? 随分と扱いが違うんじゃないか?」
「…………」
呆れるシャーリーとウルスラ。
二人も新たに用意された服に着替えている。シャーリーはカーキ色のセーターにカーゴパンツ。ウルスラはグレーのスウェットにオーバーオール。
宮藤の服だけがカラフルだ。
「さらに、これと……これだ」
そう言って赤いフレームのメガネと帽子を宮藤に着けさせる。
メガネは度の入っていないお洒落用の伊達メガネ、帽子はすっぽりと頭を覆う大きめのものだ。
「うん! うん! いいじゃないか!」
改めて鼻息を荒くするバルクホルン。顔が赤い。
「バルクホルンさん……こういう服って着慣れてなくって……その……」
恥ずかしさからかモジモジと抗議の意を示そうとする宮藤。
だがバルクホルンは退かぬ。
「宮藤。言いたい事はわかる。しかし、お前は今、勘違いとはいえ犯罪者として追われる身だ。いつ目撃者と出くわすとも限らん。だからこうした変装が必要なのだ」
神妙な顔を顔を作るバルクホルンに圧されて、宮藤も折れた。
「はい……わかりました……」
「どうだ東雲? これなら強盗犯に見えまい!」
置物のごとく事態の成り行きを見守っていた東雲にバルクホルンが問いかける。
しかも何故かドヤ顔だ。
「うん、いいんじゃないかな。確かに強盗には見えないし……」
嬉しそうに話すバルクホルンを見て、東雲も少し嬉しくなる。
今日は悪い意味で衝撃的な事ばかりだったが、いい事もあるのだ。
こんな風に笑うバルクホルンは初めて見る。彼女の新たな一面を見れたのが嬉しい。
「あっ、バルクホルン。値札取らないと」
東雲の指摘で皆の目が値札に吸い寄せられる。
「私、自分で取りますね」
宮藤がそう言い、値札に手を掛ける。
──そして時が止まった
「……」
「?」「?」「?」
値札を手にしたまま動かなくなった宮藤。
東雲たちは何が起きたのかわからない。
「…………」
「どうかしたのか、宮藤?」
宮藤の顔から血の気が失せ、小刻みに震えている。
「バ……バ、バ……バルクホルンさん!」
「どうした、気分でも悪くなったのか?」
「こ、こ、これ……『3980円』って! これ本当ですか?!」
「ん? ああ、そうだぞ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ~?!」
真っ青になる宮藤。今にも卒倒しそうだ。
「ぬぬぬぬ脱ぎます!」
「はぁっ?!」
言うが早いか服を脱ごうとする。が、震える手は思うように動かない。
「ちょっと待て宮藤! 一体どうしたんだ?!」
「だだだって、こんな高い服汚したら大変なことにー!」
「落ち着け! これはそんなに高くない!」
「だって! だって! 『3980円』って豪邸が建てられますよ!」
「は?」「え?」
宮藤の感覚でいえば『3980円』は庶民には縁遠い金額である。
ハガキ一枚の郵便料金が二銭。零式艦上戦闘機一機が五万五千円の時代。
その感覚でいえば、『3980円』はとてつもない大金という事になる。落ち着こうはずもない。
「早く! 早く脱がないとシワが! 汚れがー!」
「落ち着け! 落ち着くんだ宮藤!」
完全にパニックだ。
東雲もバルクホルンもどうしてよいかわからず、オロオロしてしまう。
「えっ! コレそんなに高いのか?!」
錯乱する宮藤に釣られて、シャーリーまで慌てだす。
「そうですよ! 家が建てられます!」
「高くない! そんなに高くない!」
東雲が必死になって説明しようとするが、宮藤たちには馬耳東風。
これっぽっちも届きやしない。
それどころか益々パニックの度合いを深めていく。
「シワが! 汚れが! ……あっ?!」
錯乱した宮藤が勢い余って、ちゃぶ台にぶつかってしまう。
その上にはコーヒーの入ったマグカップ。
マグカップは寸分違わず宮藤目掛けて倒れると、勢いよくコーヒーをぶちまけた。
「あっ!」
「あ……」
「いっやーーーーーー!!」
──絶叫と共にシールド展開!
──襲い来るコーヒーの波!
しかし、間一髪。
宮藤のシールドが寸でのところで間に合い、押し寄せたコーヒーの波はバシャリと音を立てて床に落ちた。
「はぁ……はぁ……」
「あ~あ~……」
床に出来たコーヒーの池を見て東雲とバルクホルンのため息。
手近にあった布巾でコーヒーを拭き取っていく。
「す、すみません! 私……!」
宮藤も慌てて後始末に参加しようとするが、服のことを思い出して動けなくなってしまう。
「落ち着け宮藤。この程度の事、問題ない」
「でも……でも……」
今にも泣き出しそうな顔で言葉を詰まらせる。
「大丈夫だ。何の問題もない」
バルクホルンは宮藤の頭に手を乗せると優しく撫でた。
優しく、優しく、まるで幼子をあやすように。
その優しさに宮藤は少しづつ落ち着きを取り戻していく。
「あ~……宮藤……さん?」
頃合を見計らって東雲が声をかける。
「今は宮藤さんのいた時代と貨幣価値が変わってて……」
──ピンポーン
東雲が説明を始めた矢先、不意に呼び鈴が鳴った。
(ったく、誰だよ。こんな時に)
このタイミングでの来客とは、いつもながら間が悪い。
心の中で一人愚痴をこぼしながら玄関に向かう。
大方、サークルの仲間だろうと思い込み、確認もせずドアを開けてしまった。
「どうも~、こんにちわ~」
「え? 警察?」
そこには制服の警官が立っていた。