0731時 コーポ長島
「どうすんだよ!? これー!」
虚しく、本当に虚しく東雲の声が木霊する。
その声は聞く者に同情と哀れみを誘うこと請け合いの木霊だった。
「こ……こいつらが犯人ってことは……俺も共犯ってことで……」
振って沸いた状況に頭くらくら、体もふらふら。鈍化する思考速度。考えられない考えたくない。だがそれは事態を正しく認識したくないという防衛本能。
認めたくないのだ。自分が『犯罪者』になったという事実を。
「だーかーらー、扶桑軍に間に入ってもらって説明すりゃいいだろ!」
「わからん奴だな! 扶桑皇国が存在しないから、扶桑軍もいないと何度言わせるつもりだ!」
「だからそれがおかしいっていうんだ! ここは扶桑で、その兄ちゃん扶桑人だろ?! 何で扶桑がないんだよ!」
家主の気持ちなどまったく斟酌せずに、バルクホルンとシャーリーが怒鳴り合う。
しかし、シャーリーはここが別世界であることを理解していないため、二人の話はどこまで行っても平行線。交わることがない。
そんな二人の間に挟まれて、おろおろするばかりの宮藤。
我関せずとばかりにコーヒーをすするハルトマン。
「えーい! 埒が明かん! 東雲! 説明してやれ!」
「……え? ん、あ、ああ……そうだね……」
唐突に振られて反応が遅れた。
正直、東雲にしてみればそれどころではないのだが、話が進まないのであれば仕方がない。そもそもその話をしようとしていたところだったのだ。
半ば茫然自失の状態ではあるが、東雲はそれでものろのろと体を動かして、ブルーレイをセットした。
0732時 国道39号線
──ピーッ ピッピッ
笛を吹き、警告灯を振って車を止める時岡巡査。
すかさず佐藤巡査長が運転席に近寄り、ドライバーに話しかける。
「これからお仕事ですか?」
「ええ」
多少の戸惑いを見せながらも、質問に答えるサラリーマン風のドライバー。いつもと違う通勤路の風景に、頭の中で疑問符を浮かべる。
佐藤と時岡の両警官は、ホテルでの事情聴取が終わり、現場の引き継ぎを済ませると検問要員に回された。
目的はもちろん犯人の逃亡を防ぐためである。
平和な田舎町に振って沸いたような『凶悪事件』であるために、馬走警察に多少の混乱が見られたが、「兎にも角にも非常線を張らなければならない」ということで、とりあえず配置された二人だった。
特にこの国道39号線は隣町へと通じている主要幹線道路であり、空港にも通じているため、検問の設置は急務であった。
「免許証を見せてもらえますか」
「……何かあったんですか?」
ドライバーは免許証を訝しげな顔で渡すと、恐る恐る聞いてみた。
「いやなに、ちょっとした事件ですよ」
何の検問かは話さない。
何でもなさそうに、あくまで和やかな声で答える佐藤。だが、その目は決して和やかではない。鋭い目付きで記載事項を確認すると、写真をドライバーの顔と見比べる。
その間にも時岡がクリップボード片手に、車のナンバーなど必要事項を書きとめていく。
「すいませんが車の車種とナンバーを言っていただけますか」
「? インプレッサ。北見501は320ですが……」
佐藤の質問に、ますます訝しげな表情になるドライバー。「なぜ車種まで言わなければならないのか?」という疑問が、その表情から見て取れる。
だがこれは「その車が本当に所有者のものであるか?」という確認。どんなに車に興味がない人間であっても、自分が運転する車の車種とナンバーは憶えるものだ。
逆に言えば、この二つが一致しないということは、所有者でない可能性が高まる。
つまり盗難車の可能性が出てくるということ。
そして盗難車は定番中の定番といえる逃走の足だ。短時間で乗り捨てる車のナンバーなど、わざわざ憶えはしない。
それを確認する、もっとも簡素な質問。
佐藤がちらと時岡に目配せをすると、時岡は小さく頷いた。ドライバーの言うナンバーと時岡が確認したナンバーは一致している。
「ご協力ありがとうございました。それではお気をつけて」
佐藤が車から離れると、ドライバーは訝しげな表情を残したまま車を発進させた。
朝のラッシュアワーが始まるには微妙に早い時間とあって、通る車はまだまばら。
今の車で一区切りとばかりに、車の流れが途切れる。
「そういえば聞きましたか巡査長?」
「何をだ?」
車の流れが途切れたので、職務の緊張感も途切れたのか、時岡が佐藤に話しかけた。
「今回の事件、公開する情報をかなり絞るそうじゃないですか」
「……そのことか」
やれやれと言った感じでため息をつく佐藤。
「や、だっておかしいじゃないですか? 犯人は銃なんて凶器を持って逃走してるんですよ? 出せる情報はどんどん出して、早く捕まえないとどんなことになるか」
「時岡。お前の言いたいことは、よ~くわかる。だがな、引継ぎの時に鑑識の友人に聞いたんだが、そいつは難しそうだぞ」
「どういうことです?」
時岡は警官ならば、いや、普通の感覚の人間なら誰もが思うであろうことを口にしたに過ぎない。
しかし、佐藤はその当然のことが難しいと言う。
ひとしきり渋面を作ると、佐藤は自嘲気味に訳を教えてくれた。
「そいつが言うには、目撃者の証言通りの女の子『らしい』人物が防犯カメラに映ってたそうだ……」
「だったらなおさら、その画像を公開して……」
「まあ、聞け。もしそれが本当だったら、当然公開は出来ない」
「どうしてですか?!」
「少年法ってもんがあるだろうが」
「あ……」
現行の法律の下では未成年が犯人または容疑者であった場合、その個人情報は秘匿しなければならない。
当然、顔写真の公開など出来ようはずもない。
「それにだ……」
「まだ何かあるんですか?」
「画像が粗い上に、暗がりということもあって顔の判別は無理だろう、だとさ」
佐藤のその言に盛大にため息を漏らして肩を落す時岡。
結局のところ、犯人逮捕は目撃者の証言に頼る他ないということだ。
そんな部下のケツの青さを見て、思わず佐藤が苦笑を漏らす。
「ほれ、次の車が来るぞ。準備しろ」
0844時 コーポ長島
「え~……と、言う訳でして、今観てもらった映像の通り、こちらの世界ではあなたたちの存在は空想上のものな訳です」
スト魔女のアニメを見せ、その他物的証拠を示しながらの説明を終える東雲。
なんと言うか、ぐったりである。しかし、この説明をするのも二度目とあって、バルクホルンの時と比べると随分要用良く説明していた。
そして説明を聞き終わった三人はといえば、三者三様。
シャーリーは新しいおもちゃを与えられた子供の様に目を輝かせ。
宮藤は理解が追いつかないのか引きつった苦笑いを浮かべ。
ハルトマンはぼ~っとした感じで何やら考えている。
(……大丈夫か……な?)
色々な意味で不安になる反応である。
「今の説明でわかったと思うが、ここは扶桑とは似て非なる場所で、我々の常識は通用しない。軽はずみな行動は慎むように」
バルクホルンが実感のこもった声で東雲の後を引き継ぐ。
その様は何と言うか引率の先生である。
「特にシャーリー、貴様に言っているんだ!」
「うへっ?! 私?!」
急に振られたシャーリーが、心外だと言わんばかりの顔になる。
「私は何にもしてないだろ?! やったのは宮藤だって!」
「えっ?! そこで私に振るんですか?!」
「宮藤のは事故だから仕方がない」
突然の火の粉に面食らう宮藤。
しかし、矛先が宮藤に向かうとなると、すかさずフォローに入るバルクホルン。なんと言うか『お姉ちゃんマジお姉ちゃん』である。
「いや、仕方ないで済まないんですけど……」
「で、今度はそちらの事を話してくれ。まずどうやってここに来た?」
東雲が突っ込みを入れるが、そんなささやかな突っ込みさえもあっさりと流される。どこまで行っても不憫。
「説明させていただきます」
そう前置くと『ウルスラ・ハルトマン』は、メガネフレームの両端を両手でちょこんと持ち上げた。
「まず一ヶ月前から出現しているネウロイなのですが、一定以上のダメージを受けると全身を光の膜で覆うことが確認されています」
表情からは読み取れないが、その声は真剣だ。
「その光の膜によってこちらからの攻撃を遮断。別の空間に転送しています」
「転送?」
「はい。空間を歪めることにより、こちらの攻撃をまったく別の場所に飛ばすことで、身を守っています」
「それで私も『飛ばされた』と?」
ウルスラがコクリと頷く。
今までに聞いたこともない事例だけにバルクホルンが唸る。
「ほんと、参ってるのさ。いくら撃ち込んでもすぐ光の中に篭っちまうし、出てきたと思えば再生してる。キリがない……」
「ん? ちょっと待って。今までだって再生するのなんていくらでもいたよね? 再生速度が早いのだって……。なんでネウロイはそんなことするの?」
もっともといえばもっともな疑問を東雲が口にする。元々再生能力が備わっているのに、わざわざそんな事をする理由が思いつかない。
「過去の戦闘データを見ると、再生中の撃墜がもっとも多くなっています。おそらくその対抗策として『安全に再生する方法』を模索しているのではないかと推察しています」
「で、再生するだけならまだしも、だんだん固くなってるんだ……」
うんざりしたようにシャーリーが天井を仰ぎ見る。
その口調で厄介な敵だと何となく予想できる。
「また、その膜に接近した際に、ストライカーユニットでの飛行に支障が出たほか、リトヴャク中尉からは『扶桑語のラジオが聞こえた』との証言がありました」
(あ、な~る……)
一つ東雲の腑に落ちた。
シャーリーたちが『扶桑』とか『扶桑軍』にこだわっていたのは、サーニャのその証言が元になっていたようだ。
「二回目の戦闘時に『光の膜』に対し探査ポッドを投下。リトヴャク中尉の証言通り、扶桑語のラジオ放送を受信。また、探査ポッドに取り付けたカメラが街の夜景を撮影しました」
東雲たちは知らないが、空自のレーダーに映ったノイズの正体こそが探査ポッド。
「これらの情報から『転送先は扶桑ではないか』と仮説を立てました」
「で、扶桑軍に連絡取って捜索してもらったんだけど、埒が明かなくてさ。仕方ないから私らが探しに来たって訳」
ウルスラの説明をシャーリーが引き継ぐ。
そりゃ扶桑にバルクホルンはいないのだから、扶桑軍がいくら捜索したところで埒が明く訳がない。
「なるほど……」
ひとまず事情が飲み込めてきたバルクホルン。
ウルスラは地図と赤鉛筆を取り出すと説明を続けた。
そして地図に楕円形を書き込む。それを囲むようにさらに書き込む。
都合四つの楕円が木の年輪のように書き込まれた。
「ネウロイはこのような周回軌道を描きながら、週一回のペースで501の防空圏へ侵入と離脱を繰り返しています。そしてその侵攻地域は徐々に南下する傾向にあります」
そう言ってさらに楕円を書き込む。
「これが来週の予想針路です」
「これは……」
新たに書き込まれた予想針路にバルクホルンが息を呑む。
ウルスラが書き込んだ赤い線は、とある地方都市の上を通っていた。それは取りも直さず人口密集地への侵入を意味する。
もし侵入を許すようなことになれば、都市上空での戦闘が起きることは必至。どれだけの被害が出るかわからない。
「現在、501とロマーニャ軍による迎撃計画が進行中です」
「一回目、二回目と私らが取り逃がし、先週は痺れを切らしたロマーニャ軍が出てきたんだけど、これも惨敗……」
「墜とせるのか?」
今までの話から不安になったのか、神妙な顔付きで尋ねるバルクホルン。
その問いにシャーリーは不敵な笑みで応えた。
「そのために来たのさ」