「ここか」
「……ああ」
正午をわずかに過ぎた頃。馬走市の外れにある広域農道。
車から降りた東雲とバルクホルンが、周囲を見渡す。
──白
──白
──白
真っ白な雪が全てを覆い尽くし、どこまでも広がる銀世界。
雪の下は全てビート大根の畑。所々に木が点在するだけの雪原。
まっすぐに伸びた農道は圧雪で真っ白。道外の人が見たら、ここが道路だと気付かないかもしれない。
防風柵と頭上からぶら下がる矢印標識が、かろうじて道路があると認識させる。
しかし、せっかくキレイに除雪された農道も、他に車が通る気配は無く、閑散としている。
「ちょうどここら辺に降りたんだ」
東雲が着陸地点を大まかに指し示す。
除雪車によって踏み固められた圧雪。氷の上にはバルクホルンが降りて来たことを示す痕跡は何も無い。
「だけど、何でこんな所に降りたの?」
「街の方に降りようかとも考えたが、あそこまで飛べそうになかったし、車が多かったので止めた。私のせいで事故が起きたら申し訳ない」
「あれ? 垂直に離着陸出来たよね?」
「確かに可能だが、あれは魔力の消費量が多いからな。出来るだけ滑走路を使った方が効率がいい。ここは十分な滑走距離と、誘導灯の代わりになる物があったからな」
「誘導灯? あ、なるほど」
見上げる。頭上には真下を指す矢印標識。
矢印は道路の端を指し、『道路はここまで』であること示す。転落事故を防ぎ、ドライバーが道路を見失わないように、道路の位置を教えている。内地では路肩にポールを立てるのが一般的だが、北海道では降雪と除雪作業であっという間に埋もれてしまうので、役に立たず、故にこのような吊り下げ式になっている。
また、近年ではこの標識にLEDを組み込むことにより、夜間、悪天候時における視認性の向上が図られている。
等間隔に並ぶ標識。
バルクホルンはコレを目印に着陸したようだ。
「唯一の誤算は、お前の車が進入して来たことだ」
バルクホルンの声が若干不機嫌なものになる。
着陸の最後の最後で、東雲の車を避けようとして、もんどりうって転がったのを思い出したらしい。
その甲斐あって車は無傷だったが……。
「いや、あれは事故だよ! 不可抗力だ! 別に狙った訳じゃないんだ!」
「分かっている」
怒りと羞恥心の入り混じった複雑な表情を浮かべる。
東雲はそんなバルクホルンに、何と声をかけて良いやら分からずに立ち尽くす。
「……私のストライカーユニットはどうした?」
「え? ああ、車に積んであるけど」
昨日から積みっぱなしにしていたことを思い出す。
東雲の車は小型のハッチバックだったので、トランクに収まりきらず、後部座席を倒してやっと収めた。今はタオルやコートなど、車内にあった布類を総動員して覆っている。
特にMG42は厳重に包んだ。こんな御時勢。例えオモチャであったとしても、車外から見たときに『銃』が目に付くのを避けたかった。万が一、警官に見られでもしたら『職質→逮捕』のコンボ確定。何せ『実銃』なのだから。
「確認したい」
「ん、ああ。ちょっと待って」
車のリアハッチを開けると、ストライカーユニットを包んでいたタオルやらの布を剥ぐ。
──Fw190D-9
バルクホルンの愛馬とも言うべきストライカーユニットが姿を現す。
決して流麗とは言い難いフォルムではあるものの、実用一点張りの無骨な姿は『機能美』という言葉がふさわしい。実にバルクホルンらしい機体。
昨日は急いでいたことと、夜だったこともあって、ゆっくりと見ることは出来なかった。
今、こうして明るい所で見ると、細かな擦り傷や油汚れが目立ち、相当使い込んでいることを伺わせる。
「とりあえず破損は無いようだな」
「多分ね。部品が飛び散ったようには見えなかったし、積む時も何か落ちた感じはしなかったから大丈夫だと思うよ」
「そう願いたいものだな」
目視で一通りの点検をしていく。
見える範囲内において異常は無いらしく、バルクホルンの表情が安堵を浮かべる。
「後は動かしてみないと分からないか……」
「今から飛ぶの?」
「いや。今はやめておこう。私の魔法力も回復しきっていなし……第一、こんな格好で飛べるか!」
「え!? やっぱりダメ?」
バルクホルンの格好を改めて見る。
──ジーパンに黒のジャンパー
説得と言う名の懇願により、ようやく着てもらった。
女物の服など当然持っていようはずもなく、東雲の手持ちの服を着てもらっている。
幸いと言うか何と言うか、東雲はガリガリに痩せているタイプなので、ウエストはベルトを軽く締めただけで問題ナシ。裾はかなり余ったが、適当に折った。ダボッとした感は否めないが、ゆったりめの服装と言えなくも無い感じの仕上がり。
だが、バルクホルンはジーパンがお気に召さないご様子。
「これではストライカーを履くのに邪魔だ。それに生地が固すぎる」
「仕方ないだろ……それしかなかったんだから……」
東雲がごにょごにょと口の中でぼやく。
唯一、お洒落着として持っていた綿パンは洗濯中。そのため、他に選択肢が無かった。
かといって、バルクホルンが言うところの『ズボン』で外に出す訳にもいかないのでしょうがない。
「まあいい。とりあえずここに手掛かりはなさそうだ」
「そうだね……そういえば他のキャラ……じゃなかった、メンバーは『こっち』に来てないの?」
「分からん。気付いた時には私一人だったから、大丈夫だとは思うが……」
「そっか……この後はどうするの?」
「そうだな、この丘の向こう側も見ておきたい」
「向こう? 馬走湖の方?」
「なるほどあれは湖だったのか」
馬走湖は馬走市の西部に位置する湖で、サイズもそれなりに大きい。魚やエビが獲れるので、それで生計を立てる人もいる。
夏場は湖畔のキャンプ場にテントを張り、冬場はワカサギ釣りを楽しむ人たちで溢れる、馬走のレジャースポットの一つだ。
「ネウロイの攻撃を受けた後、その馬走湖の上を飛んでいた……何か手掛かりになるものが見付かるかもしれない」
「りょ~かい。それじゃ行ってみますか」
ストライカーを布で覆い直し、車を走らせる。
だが、馬走湖でも手掛かりを得ることは出来ず、二人はアパートの一室へと帰ることになる。