1434時 ガンショップ『ウィーズ』
「店長ーっ!」
某ネコ型ロボットにすがるような声を上げ、東雲が店内に飛び込み、バルクホルンが静かに続く。
飛び込んだ店の名は『ガンショップ ウィーズ』。
ガンショップと謳ってはいるが、実銃ではなく、遊具である『エアソフトガン』と『鍵』を扱う個人商店。
東雲たちサバゲーマーのたまり場になっている。
「おんやぁ? 東雲くん、久しぶりだねぇ」
カウンターにいた店長と呼ばれた中年男性が、ゆっくりと顔を上げると、「全部知ってるよ」という笑みを浮かべる。
ちなみに馬走のような地方では、エアガンのみで生計を立てるのは難しいため、鍵屋も兼業でやっている。と、いうか元々は鍵屋が本業。
合鍵の製作や家庭用の鍵の付け替えなどをしていたのだが、店長の趣味が高じてエアガンを扱うようになってしまった。
そのため合鍵製作のための工作機械とエアガン、その周辺部品が混在する店内は、若干カオス風味だ。
「店長、実は折り入ってお願いが……」
「ほぉ、噂通り美人さんだねぇ」
「あの……聞いてます?」
東雲の言葉など、耳に届かずといった調子でバルクホルンを見る。
当のバルクホルンはといえば、ショーケースに収まったエアガンに興味津々。東雲と店長のやり取りなど目に入っていない。
「彼女がねぇ……東雲くんにはもったいないんじゃない?」
「……違います。って、誰が店長に間違った情報を吹き込んだんですか?!」
「違うの? 残念だな。岸本と服部がうれしそうに話すもんだから、てっきり」
「あいつらか……って、それは後でいいんです。ちょっとお願いしたいことがあるんです」
「彼女、紹介してくれないの?」
「あ~、はいはい……バルクホルン」
呆れ声でバルクホルンを呼ぶと、店長への紹介を始めた。
1446時 ウィーズ店内
「……と、言う訳でして、仕事ありませんか?」
「う~ん、そう言われてもね~」
東雲の来店目的は、「バイトをさせて欲しい」というお願い。
話を聞き終えたところで、渋い顔になる店長。
正直なところ、人手は足りている。都会の有名ショップのように、客の出入りが激しい訳ではないので、店長と奥さんの二人で十分切り盛り出来てしまう。
「そこを何とか……」
「やっぱり、難しいね~」
「ダメですか……?」
「ダメだね~」
ガクリと肩を落す。
東雲には他に思いつく当てが無かった。
急にバイトをしたいと言っても、すぐ雇ってくれるようなところはない。それに東雲に必要なのは「すぐに使える金」。次の仕送りが振り込まれるまでしのげれば、それで良いのだ。
普通のバイトでは給料が支払われるまで、待たなくてならない。
『すぐ雇って、すぐ給料をくれる』そんな都合の良いバイトなど、冬の馬走には無い。
これが春か秋なら違った。
ご存知のように北海道は、ジャガイモや玉葱をはじめとする農作物の生産が盛んで、広大な農地が広がっている。
そのため春の作付け、秋の収穫時期には多数の人手を必要とする。農家は『営農集団』というグループを作り、人手や機械を融通しあうが、それでも足りない時がある。その時『バイト』を募集し、労働力を補うのである。そこに潜り込ませてもらえれば、短期間でちょっとまとまった金を手に出来るのだ。
だが、今は冬。
当然、農家のバイトなどあろうはずもなく、こうして知己を頼りに来てみたが、そうそう話は上手く進まない。
「力仕事なら自信があるぞ。何でもいい、何かないだろうか?」
「いや、違うんだよ。バルクホルン」
バルクホルンも健気にアピールとお願い。
しかし、問題は『人を雇う余裕がない』という経営的なもの。いくら仕事が出来ようが関係ない。
「困ったね~……」
さして困ったように見えない店長が唸る。
と、店の電話が鳴った。
「はい。ウィーズです……はい、大丈夫ですよ。……『閉じ込み』? はい、車種は? ……はい。今、どちらでしょうか? ……はい、わかりました。これからお伺いします」
受話器を置くと、ニヤ~とした笑顔を東雲たちに向ける。
「いや~、東雲くん。運がいいね」
「え?」
「鍵の仕事が入っちゃった。少し店番してくれるかい? その分のバイト代は出すから」
「喜んで!」
「やったな! 東雲!」
東雲とバルクホルンの顔がほころぶ。
そんな二人を微笑ましく思いながら、店長は準備を整えると、店を出て行った。
1451時 ウィーズ店内
「で、東雲。何をすればいいんだ?」
「ん~……とりあえず、お客さんが来るのを待つ」
カウンターの内側に収まった東雲とバルクホルン。
収まってはみたものの、特に何かをするように言われた訳でもなく、黙って客を待つよりない。
誰か来ないものかと、店の外を眺める。
流れる車列。まばらな通行人。凍りついた冬の道をゆっくりと流れていく。
「……誰も来ないな」
「……うん」
ぼんやりと待つ。
しかし、来客の気配はない。
そもそも今日は平日。あまつさえ冬。一般的なサバゲーマーは冬眠の時期。客が来ないのは当然といえば当然。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なあ、東雲。あの銃は何だ?」
不意にバルクホルンが一丁の銃を指差す。
──TOP製 M60
カウンター脇の整備台に載せられた大型のエアガン。それはエアガンとしては最高クラスの制圧能力を有する。サバゲーマーなら、誰もが一度はゲームで使ってみたいと思うエアガン。
「あぁ、M60ね。多分あの人のだと思うけど……」
銃本体と後付けされたオプション類から、常連客のものと推察。
アフターパーツに交換出来るものは、全て交換してあるという豪華仕様。当然カスタムは内部にも及んでいる。東雲のような貧乏学生には、真似しようとしても出来ない一丁。
「撃ってみる?」
「今は店番中だ」
「でも、ほら。お客さんに聞かれた時困るじゃない。『命中精度はどうで』『連射速度はこうで』って説明出来ないと、お客さんも安心して買えないと思うんだ」
「それも……そうだな」
「でしょ?」
「武器の選択は戦場での生死を左右する。客が安心して戦場に赴けるようにするのが、売る者の務めか」
「何か違う気もするけど……今、用意するね」
店には『試射用』に、充電済みのバッテリーが常備してあるので、それを差し込む。銃口を下へ。トリガーを一回引いて動作を確認。上蓋を開け、これまた『試射用』のBB弾を流し込む。
「おっけ~。そっちにシューティングレンジあるから」
バルクホルンを伴い、シューティングレンジへと移動。
店内に作られたレンジは、多少窮屈ではあるものの、電動式ミニターゲットが並び、その奥にはマンターゲットが貼り付けられている。
「はい。バルクホルン」
「ああ」
東雲からM60を受け取ると、足をしっかり開いたスタンスで構え。後付けされたチューブ式の照準器を覗き込む。
「? 東雲。このスコープ、おかしいぞ」
「ああ、それ『ダット』だよ」
ダイヤルを回し、スイッチON。中心部に赤い光点が映し出される。
チューブ型照準器といえば『スコープ』しか知らないバルクホルン。『ダットサイト』は初体験。
「赤い点が見える?」
「ああ」
「その点を標的に合わせて」
「こうか……」
トリガーを引く。
M60独特の射撃音を響かせて、BB弾が一本の線になって吐き出される。
「うむ、この銃はいいな。しかしこの『だっと』というのは奇妙な感じだな」
「慣れると『アイアンサイト』より、早くサイティング出来るみたいだけどね」
「そうか……ではもう一度」
1603時 ウィーズ店内
「ただいま~」
「あ、店長。お帰りなさい」
「誰か来たかい?」
「いや~、それが誰も……」
一仕事終えて、店に戻ってきた店長。
客の入りぐあいを尋ねてみるが、答えはさっぱりである。
来客もなかったので、バルクホルンはシューティングレンジで撃ちっ放し。脇には撃ち終えたエアガンが、整然と並ぶ。
そして東雲はその準備をしていただけ。
「このL96というのもなかなかだな。細かい調整が出来るから、体格に合わせて……ぬ!?」
L96の試射を終えたバルクホルン。余程集中していたのだろう。
やっと店長が帰ってきたことに気付く。
「……彼女、ずっと撃ってたの?」
「……ええ、まぁ……」
「こ、これは東雲が『撃ってみないと客に正しく説明出来ない』というので、仕方なく……」
「はっはっはっは、いいよ。いいよ」
しどろもどろに弁明するバルクホルンに、問題ないことを伝える店長。
にこやかな笑顔で、シューティングレンジを覗き込む。
──BB弾の絨毯
撃ち出されたBB弾が、レンジの床一面に敷き詰められている。
レンジに置かれた机。
その上には『試射用BB弾』が収まっていたであろう空の容器が、ポツンと置かれていた。
「東雲くん」
「はい?」
「弾代つけとくよ」
「てんちょー!?」
1629時 ウィーズ店内
「店長。終わりましたよ~」
「掃除も完了だ」
「はい、ご苦労さん」
試射に使った銃を棚に戻し、シューティングレンジに散らばったBB弾も片付けた。
あとはバイト代をもらうだけ。
「あわてるな」と二人を目で制しながら、店長がレジを開ける。
「じゃあ、これ。バイト代ね」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべ、東雲とバルクホルン、それぞれの前にバイト代を置いた。
「ありがとうございま……す?」
勢い込んでお礼を言ってみたまではいいけれど、そのまま固まる東雲。
カウンターに置かれた硬貨。
──600円
百円玉と五百円玉が一枚づつ。
東雲とバルクホルン、二人合わせて
──1200円
「え? 店長? え?」
「どしたい、東雲くん?」
「あの……もうちょっと、何とかなりませんか?」
「何言ってるの東雲くん? ここら辺の最低賃金考えれば、こんなもんだよ」
東雲たちが店番をしたのは、わずか一時間程度。
だから、一時間分の給料を払う。至極まっとうな考え方。
それに特に何か仕事をした訳でもない。エアガン撃って遊んでいただけ。
バイト代もいくらと決めた訳でもない。
バルクホルンの分までバイト代を出してくれたのだから、むしろ好意的とさえ言えるだろう。
東雲の期待値が変に高かっただけなのだ。
「ぁぅぁぅぁぅぁぅ……とりあえず1000円でガソリン入れて、あと200円……」
「東雲、卵だ……卵を買おう!」
「ぁぁ……卵……いいね卵……」
バルクホルンの提案に、消え入りそうな声で賛同する。
「ちょっと、ちょっと。これじゃ俺が悪者みたいじゃないの」
当然、渋い顔になる店長。目の前で切ないやり取りをされても困る。
店長がどうしたものかと考え始めた時、待望の客がやって来た。
「ちーっす。店長、俺の銃出来てます? おっ、東雲くん。久しぶり」
「あ~、ご無沙汰してます……」
「おー、藤田くん。本体は出来たんだけどね」
ゾンビのような唸り声を上げる東雲を無視して、カウンターにM60を載せる店長。
先程バルクホルンが撃っていたものである。
「あ、ホロサイトはまだ来てないんすね」
「ん~、ゴメンね。在庫切れだってことだったから、もうちょっと待ってもらえるかい?」
「いいっすよ。また来ますから」
朗らかに答える藤田。
年の頃は三十半ば、よく焼けた黒い肌と太い腕が印象的。この店の常連で、東雲たち学生と合同でサバゲをする仲である。
「で、そっちが噂の子?」
「あいつら街中に吹いて回ってるのか……」
げんなりと東雲がぼやく。噂の元凶である後輩二人を、どう締め上げようか思考をめぐらせる。
「そうだ、藤田くん。こいつらに何かバイト紹介してやってよ」
「バイト?」
「いやね……」
事のあらましをざっと店長が話し、東雲が補足と修正。
静かに、時折相槌を打ちながら、藤田は聞いた。
「なるほどね~。そしたらウチ来るかい?」
「え? いいんですか?」
「実はウチに来てるパートさんが、急用で出れなくなっちゃてね。明日から三日間なんだけど、それでもいい?」
「本当っすか?! やります! やらせてください!」
「じゃあ明日の朝9時に店に来てね」
「へい!」
身も心も晴れやかといった表情で、元気良く答える東雲。
バルクホルンだけが、状況に付いて行けず、渋い顔を浮かべる。
「なぁ東雲。仕事の内容ぐらい確認してから返事をするべきではないのか?」
「あぁ、大丈夫。大丈夫。藤田さんの店はね……」