フェイレインは、華月の意識を中央へ、深奥へと向かう。「……根っからの闇属性か。だが、この星……記憶では無い、のぅ」 フェイレインの眼には、テレジアは記憶が光っていると言っていた物が、別のモノに見えているらしい。 手近な光に触れようとするが、その手は光を掴めない。「……目測点と実在点がかなりボケとるな。色々歪んどるし、ヤレヤレ……一個人としても面倒臭い性質たちの――」 フェイレインの左頬を、何かが掠めた。「意識体で傷を負うのは、お互い避けるべきではないかのぅ。カヅキ?」「……オレの裡に、入るな」「ソレが、本性か? 成程、成程。所でお前、何処でそれだけの業を背負ってきた?」 華月の意識体は、昏く黒く禍々しい、ナニカを纏っていた。それは可視化されている業そのもの。離そうとしても離れない、べったりと本人にまとわりつく。「随分と濃く圧縮された業……。だが、何だ? 吾――いや、純竜種に近い気配が――」「秘剣・混沌断罪剣」 竜眼の能力を全開で華月を観察し始めたフェイレインの胴体を、その業を盛大に巻いた一撃が横薙ぎにしようとした。「……秘技を名乗ったが、そんな温いものでは無く、業か。それも、カヅキには使えない高みの。それにその憑代、表のカヅキが持っていた剣では無いのぅ」 華月の意識体と思われるものが持っているのは、華月の竜騎剣ファスネイト・ダルクではなかった。大きく幅広の直剣。「竜騎剣、ダーク・インサニティ」「…………。 ……。 ――はっ!?」「竜騎槍、シャープネス・ダーク」「竜騎弓、インフィニット・ダルク」「竜騎斧、クラッシュ・ド・ダルク」「竜騎槍斧、トリニティ・ダルク」「竜騎籠手、ダークネス・フィスト」 その他、表の華月とは違う武装を纏い、同じように業を纏った無数の華月がフェイレインを取り囲んでいた。(何だ……? これは、どうなっている……!?) 思考が混乱し、方向性が定まらない。(分割意識体……? いや、違う。分割意識体はあくまで本人の意識を分割化したもので、総て同根同一。だが、これは異根同一!?) そこで、フェイレインは自分の竜騎士、ルーゼスの予言を思い出した。(「その業、人の身で背負うには重く、深過ぎます 人ならざる身と成れば、あるいは―― ――いえ、そうならない方が、貴方の為? しかし、それではその輪環からは抜けられない。ああ、そう。全てを絶つ為には、思い出さないと 今生が、貴方にとってのその機会で在る事を――」か。ルーゼスめ、これでは相当に頭が巡らんと理解出来んわ)「だが、そうか。理由は解らんが結果がお前か」「…………」「語らないのか、語れないのか。どちらにせよ、吾に情報を明かすつもりは無い様だのぅ。 なら、直接――」「竜騎斬糸、ダークネス・ストリング。 禁技・支点斬噛してんざんごう」 いつの間にか、フェイレインの意識体は、華月の一体が一帯に張った正体不明の黒色糸に絡められていた。その糸は無数の華月達が手にする、身に纏う竜騎士武器に対角に繋がっていて、両方から引っ張られれば、フェイレインの全身が斬り飛ばされるように仕掛けられている。「糸使い……。流石に多様過ぎだ」 フェイレインが流石に呆れる。「本当に、お前は――」 フェイレインが華月の意識体に触れようと腕を動かそうとした瞬間、華月の意識体たちは一斉に武装を引いた。 廻らされた斬糸がフェイレインの全てを斬り裂く。(――! 惑わされるな!! 此処ではそういった破損は現実に影響しない! 吾の腕、脚、何処も欠けておらん!!) 斬られたように見えた、が。フェイレインの意思は華月の破壊の意思を弾き、何も影響されなかった。「何なんだ!?」「オレに、触るな!」 フェイレインの右手が、華月の意識体に触れた。「――!? お前、カヅキ……!? どれだけのっ!?」「……出て、行け!」 フェイレインが何かを察したが、華月が両手をフェイレインの両肩に当て、一拍の後、自分の身体まで意識を強制的に弾き飛ばされる。「ぐあぁっ!!」 フェイレインが華月の身体から物理的に弾き飛ばされた。「カヅキ!」「姐御!?」 倒れようとする華月の身体をアルヴェルラが、弾き飛ばされ、地面に落下するフェイレインをルティアーナが、それぞれ支える。「ぐっ……」 華月は意識を飛ばしたまま、角の刺さっていた個所の修復が自動的に始まっていた。一方のフェイレインは華月に突き刺していた角の随所に亀裂が走って今にも砕けそうだ。良く見れば亀裂から血が流れている。「……カヅキ?」 華月の意識が戻らない。傷はもう塞がったのに。華月の身体はアルヴェルラの腕の中でぐったりと、全身の力が抜けた状態のままだ。「姐御! 姐御、大丈夫か!?」「ぬっ……。ルティアーナ……? ああ、大丈夫だ」 一方、フェイレインは早々に復帰した。角の亀裂も見事に治っている。「アルヴェルラ! お前には悪いがカヅキは封じるぞ!!」 ルティアーナが大声で叫ぶ。「竜皇に危害を加えられる竜騎士が存在していい訳が無い!!」「待て、ルティアーナ」 ルティアーナの言葉を遮ろうとフェイレインが動こうとするが、巧く体が動いてくれない。(……角から頭に響いていたか……。このままでは――)「フォーネティア!」「はい」 各々壁に解けているのではないかと思える程の存在感の無さだった侍従総纏め役たちが、何時の間にかそれぞれ主の元へ寄っていた。当然、アルヴェルラの斜め後ろにテレジアが居る。 魔力遮断室内の空気が一気に悪化する。発生源はルティアーナだ。さっきの一言から殺気にも似た怒気が噴き出している。 フォーネティアが右手を挙げ、魔力遮断室の『機構』を使おうとしたところ、「空間を隔離させていただき――」「許すとお思いですか?」 テレジアが瞬時にフォーネティアを背後から組み伏せ、背乗り、左足の裏で左腕を、右膝で右腕を。左手で首を抑え、右手の貫手を後頭部に当てる。「遮断室の『機構』を動かす等の、余計な『動き』を見せたら、その頭、刳り貫きます」「テレジア!!」 ルティアーナから抗議の声が上がる。普通のドラゴンなら簡単に委縮するほどの圧力があったが、テレジアは全く気にした様子も無く、視線だけをルティアーナに向け、「一方的にやられる――そんな真似、如何に温和なダークネス・ドラゴンと言えど、許容出来るモノではありません」 と、言い放つ。「更に――」「テレジア、いい……」 アルヴェルラが華月を抱いたまま立ち上がる。伏せられた貌がどうなっているのか、伺う事は出来ない。ただ、発せられた声は平坦過ぎた。「色々、準備したんだ。こんな結果を望んでいた訳では、無い」 アルヴェルラの身体から、闇が、滲み出てきた。 その様子に、フレイム、フォレスト、グランドの竜皇と竜騎士、動ける侍従総纏め役達が臨戦態勢を取る。アクア、シャイニングは動かない。「致命的な破局を望むなら、私はテレジアにフォーネティアを殺せと命じる。 だが、私はそれを望まない。私は、個人的にしばらく引き籠るとしよう。この場は退散させてもらう」「待て、アルヴェルラ……!」 フェイレインが声を上げるが、アルヴェルラは少しだけ顔を上げ、視線でそれを一瞥し、「『黒蝕霧アシッド・フォッグ』」 アルヴェルラの身体から滲んでいた闇が霧状に変化し、薄くアルヴェルラを中心に広がっていく。触れれば黒化し崩壊する侵蝕性の霧だ。ふわりと瞬間的にこの空間に満ちた。この中で自由に動けるのは、同じ特性を備えるダークネス・ドラゴンの血族と、その眷属だけだ。「全員動くな。触れれば黒く染まって崩れるぞ」 テレジアがフォーネティアを開放し、アルヴェルラの正面に背を向けて立つ。「指一本でも動かして、霧に触れたなら、そこから一気に侵食されますのでご注意を。あぁ、呼吸に支障はありませんのでご安心を。 では、我々は退散させて頂き――」「はっはっは! やっぱり面白くなったなぁ!!」 奇的な嬌声が上がる。主は――。「なぁ、ヴェルラ?」 シャイニング・ドラゴンが竜皇、ファルアネイラ=シィ=シャイン。実に楽しそうにワラっている。「私なら、お前のこの霧を中和して、今なら三人纏めて取り押さえることもできるぞ?」 ファルアネイラの横で、シャイニングの侍従総纏め役クウェル=アトランが、「何言ってんですか!?」みたいな顔でファルアネイラを見ていた。「かもしれないな。だが――」 アルヴェルラはそこで、ファルアネイラの言葉を肯定した上で、「そんな事をしてみろ、塵も残さず消し飛ばす」 顔を上げ、ファルアネイラを見据え、感情の欠落した面白味のない声で、淡々と告げた。 その顔を見たファルアネイラは、「チッ、詰まらない顔してるな。私が見たいのはそんな顔じゃない」 と、のたまう。一方、位置的にアルヴェルラの顔が見えたクウェルは、「ヒッ!?」 と、小さく悲鳴を上げた。「各々、言いたい事はあるのでしょうが、今、この場でそれらを聞いて平然としていられる自信が、アルヴェルラ陛下は元より、私にもありませんので、ここいらで退場させて頂きます。 悪しからず」 テレジアがスカートを両手で広げるように持ち上げ、綺麗に一礼。「『影渡り(シャドウ・ウォーカー)』」 テレジア、華月を抱いたアルヴェルラが自分の足元の影に沈んでいく。 三人の姿が魔力遮断室から消えると、黒蝕霧も薄れて消えた。「ファルア! 止められたなら何故止めなかった!?」「私にそう言うのはお門違いだろう? 初手を間違ったのはフェイレインの婆さんだ」 ファルアネイラは歩き出す。クウェルが何かを察して止めようとファルアネイラの右腕にしがみ付くが、悲しいかな。ファルアネイラより二回りほど身体の小さいクウェルは引き摺られてしまい、重りの役割すらままならない。「なぁ、そうだろう?」 ルティアーナの抱くフェイレインの胸倉を左手で掴み、引き起こす。ファルアネイラは何故か苛立っており、その様子を隠す事もしない。威圧的にフェイレインを揺する。「で、何を観た? お得意の竜眼はカヅキから何を読んだ?」「……お主には教えんよ」「何なら、その角から直に聞いてやってもかまわ――」 ファルアネイラがそう言って凄んだ所でフェイレインがポンっ! と、ポップな音で縮んだ。「残念、時間切れだのぅ。魔力総量も削ってこの姿になったからの、あの姿は長時間維持できん」「この、クソババ――」「ファルア!」 堪りかねたルティアーナがファルアネイラに一撃入れようと動いた瞬間、「だから、私に」 ファルアネイラは、「駄目よ~、それ以上は」「お前もだ、ルティアーナ」 ルティアーナ共々、クレンレイドとヴェルネティアによって拘束された。「ルティアーナ、お前はそれより先にハンナを呼び戻してやらないと拙いのではないか?」「何?」「一向に復元する様子が無いぞ。魂が『気絶』しているのではないか?」 ヴェルネティアに指摘され、ハンナの下半身から上半身が復元されていない事にようやく気付いたルティアーナ。「まさか、カヅキの攻撃は『魂絶』の……」「存在係数まで削りきられていたら、手遅れになるぞ」 ルティアーナが慌ててハンナの『存在』を探る。「――……居た。戻れ、ハンナ」 ルティアーナに喝を入れられ、ようやく復元が始まった。「気絶で済んでいた。少し、胆が冷えた」「チッ、すっかり興醒めだ。帰る」 パッとクレンレイドの拘束を外すと、照明の光へ解け始めた。クウェルがファルアネイラから離れ、ぺこりと頭を下げて共に消えた。「騒がしいのが居なくなったわね~」「今回は揉めたな。しかも、しばらく尾を引くぞ、これは」 ため息をついているクレンレイドとヴェルネティア。「――どうな、った?」「あ、ハンナ。ようやく戻った?」「随分酷くやられましたね」 リーゼロッテとリィリスに言われ、ハンナはそこでようく自分が負けた事、そして、しばらく再生すらできなかったことに気付いた。「無様を晒し、この体たらくか」「いい、カヅキが予想外に壊れた性能だった。そういう事だ。 それに、テレジアはやはりかなりの使い手だな。フォーネティアが子ども扱いか」「面目次第もありません」 ぐったりしているフレイムの面々、今後を考え頭が痛くなっているフォレストとグランド。しかしアクアの主従だけは違っていた。「……ルーゼス」「はい」「宣託の意味が解った。が、これは、どうしようもない。その癖、世界を巻き込むぞ」「そうなんですか?」「……ああ。 まぁ、やれるだけ、やるかのぅ」 開き直ったかのようなフェイレイン。「そうとなれば、ファルア以外は纏めねばならん。ちと、忙しくなるかのぅ。 ルーゼス、アートラ。始めるぞ」 竜騎士ルーゼス、侍従総纏め役アートラに向かってそう言い、何故か生き生きとし始めたフェイレインだった。