華月を連れてアルヴェルラがフェルフェース火山の内部をうろうろする。 幸いと言うか、他のドラゴンにはまだ遭遇していない。「さて、どこに行く?」「何処に何があるか解らないのに、何とも言えないな」「まぁ、それもそうか」 等と緩い会話をして宛ても無く歩いていると、出会ってしまった。「ん~? おお、アルヴェルラではないか」「うわぁ……」 二人の前に、小柄な青い長髪の美少女と、眼を閉じたセミロングの茶髪の女性が現れた。その二人に対し、アルヴェルラは思わず「うわぁ……」と、声を出してしまった。「久しいのぅ」「そう、ですね。お久しぶりです」 気安い少女に対し、アルヴェルラは敬語で返した。(ヴェルラが敬語? それと、この子随分古臭い喋り方するなぁ) 華月がそこに引っ掛かりを覚えたが、当然、質問できる空気ではない。「前の六竜会議以来か?」「そうなりますね」 アルヴェルラの顔が微妙に引き攣っている。「所で、その連れは何じゃ?」 少女が小首を傾げて物珍しいものを見る目で華月を見る。「ん~、んん~? 何じゃ? 竜騎士か。テレジアのかのぅ?」「いえ、私の竜騎士です」「ほぅ? お主の竜騎士とな。この小僧が竜皇の竜血を享け切った器だというか」 そう言うと、少女は自らの眼を竜眼へと変化させた。「ほ~、ほ~ほ~。成程な。やはり人間は見た目と中身が合わん者が多いのぅ。 うん、小僧。誇って良いぞ、お主の素質は類稀なモノじゃ」「は、ぁ……。ありがとうございます?」 気安く華月の腰辺りをバシバシと叩く少女。そんな事をされているのに、華月もつい敬語で返してしまった。いや、そうせざるを得ない重圧のようなモノが、少女から漂っていた。「おお、そうだそうだ。名乗るのが遅れたのぅ。 蒼水竜族が竜皇、フェイレイン=ア=アクネーズじゃ。こっちは吾の竜騎士――」「ルーゼス=ギアラ。と、申します。 ……初めまして?」「アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士、瀬木 華月です。宜しくお願い致します。 それと、初めまして」 フェイレインと名乗った少女は両手を腰に当てて薄い胸を張っている。竜騎士のルーゼスが略式の最敬礼で名乗ったので、華月も合わせて略式の最敬礼で名乗る。「に、しても……本当に見た目と中身が合わんのぅ。しかしまぁ、竜騎士としては十分やれているようだの。それだけ諸々を自然体で抑えていられるぐらいには」「アクアの竜眼で、あまり観察しないでください。規定違反ですよ」「おおっと、済まん済まん。だが、あまり固い事を言うでない。調和が理念の吾等アクア・ドラゴンとしては、新参の実力の方もある程度知っておかんと、なぁ? それに、そろそろ見返りもあるぞ」 口ではそう嘯くフェイレインだが、全く悪びれた様子が無い。アルヴェルラはそれを見て取ると小さくため息をついた。 一方で華月はと言うと、フェイレインの眼がどうやら水精霊のロミニアに触れられていた時と同じような感覚を覚えていた。(……ああ、アクア・ドラゴンの竜眼が持つ能力は『流れ』を観るわけか) 知識を浚って引っ張り出した。使い方によっては面倒な能力だ。(魔力やらの流れまで観られちゃ、隠せないわけか)「全く……。最年長の貴女がそんな調子では他の竜皇に示しが――」「は? 最年長?」「む、何じゃ。吾が最年長と言う事に疑問かの?」 華月はついアルヴェルラの言葉を遮って、碌でも無い事を口走ってしまった。その華月のセリフを聞いたフェイレインが不機嫌になる。が、それも一瞬の事で、何か思い当ったかのようにポンと手を打つ。「おお、そうか。吾の背が低いからそう思うのか」(いや、それだけじゃないけど……まぁ、見た目小学中学年ぐらいだってのは確かにあるけど)「あんまりにも自らを圧縮したら、こんな姿になってしまってなぁ。そこだけは失敗だったわ」「自分を圧縮?」「歳を経た竜は、色々『肥大』するんじゃ。鬱陶しかったから圧縮したわけなんじゃが、どうもやり過ぎてな。見た目だけ若返り過ぎたと言う訳じゃ」 カラカラと笑うフェイレインだったが、アルヴェルラはまたも顔を引き攣らせ、「……中身も若返っている癖に、よく言う」 ボソッと呟いた。 そんな事を喋っている間に、華月の横にルーゼスが近寄っていた。「……」「……?」 そして、徐にペタペタと華月に両手で触り始めた。「……え?」「はぁ……。こんな顔をしているのですか。把握しました」「あ~っと、ルーゼスは眼が見えんのでな。少しばかり不作法だが、気を悪くせんでくれ」 ひとしきり華月を撫でまわすと、何か納得したのか頷いて離れた。「大変ですね」「……え?」「その業、人の身で背負うには重く、深過ぎます」「は、ぁ?」「人ならざる身と成れば、あるいは――」 華月には理解できない事を唐突に語りだすルーゼス。竜皇二人は何も言わない。「――いえ、そうならない方が、貴方の為? しかし、それではその輪環からは抜けられない。ああ、そう。全てを絶つ為には、思い出さないと。 今生が、貴方にとってのその機会で在る事を――」 唐突に喋りだし、唐突に終わった。「ん~、今回は要領を得ん宣託だのぅ」 フェイレインがガシガシと自分の頭を掻く。アルヴェルラも何やら難しい顔をしている。「あの、今のは?」「ん? ルーゼスは眼が見えん。だが、稀に他者の運命と言うか、宿命と言うか、そう言ったモノが観得る。理解できる言葉に直して喋っているんじゃが、その時にならんと理解出来ないほど曖昧で漠然とした内容なんじゃ。おまけに喋りきると本人は内容を忘れとる。しっかし、今回は意味不明じゃ」 両掌を肩の高さに持ち上げてさっぱり。と、いうポーズをとる。ルーゼスは我に返ったのか、はっとしたように顔を上げ、周囲の雰囲気を読むと、小首を傾げる。「あら? 私、何か面倒な事を言いました?」「いや、何時も以上に意味不明だっただけじゃ」「申し訳ありません。もう少し解り易く喋れれば良いのですが」「仕方あるまい。意識して干渉できるモノではなかろう。あの時のお主は飛んでいるからのぅ。 済まんな、アルヴェルラ。視察した見返りにもう少し役立つ事を言ってやれれば良かったんじゃが」「まぁ、正直当てにはしていませんでしたから。私とカヅキの先は二人で切り開きます」「……豪胆なんだか、何なんだかのぅ。 さて、これ以上二人の時間を邪魔するのも忍びない。ルーゼス、行くぞ」「はい」 何気ない動きでフェイレインとルーゼスは華月とアルヴェルラの横を通り過ぎていく。「――カヅキ。と、言ったな。 道を見誤らない事じゃ。自分で判断せい」 フェイレインが擦れ違い様、華月にそう呟いた。 華月がその意味を問おうとした時には、フェイレインとルーゼスは離れて行き過ぎていた。「カヅキ? どうした」「ヴェルラ……。いや、何でも。 さ、時間を喰った。どこに連れて行ってくれる?」「そうだな……。あんまり見所が無い。と、言ったら失礼だが、取り敢えず外に出るか」 アルヴェルラが華月の腕を引き、歩き出す。その表情は変わりないが、何処となく、影が落ちているように見えた。 アルヴェルラと華月が連れ立って出て行ったあと、テレジアはベッドに身を投げ出し、眼を閉じて体から力を抜き、すっかり弛緩していた。「……」 だが、その緩み切った身体が一瞬で緊張し、ベッドから跳ね起きる。 同時に扉がノックされ、声が掛る。「テレジアさん。少し、いいですか?」「……どうぞ」 テレジアが了承の意を伝えると、扉が開き、そこにはフォーネティアが立っていた。「珍しいですね、私を訪ねてくるとは。個人的な要件ですか?」「はい。非常に個人的な要件で申し訳ないのですが……」 苦笑を浮かべるフォーネティアに対し、テレジアは取り敢えず部屋の中へ入るよう促す。その言葉に素直に従い、フォーネティアが部屋の中に入る。「わざわざ陛下と華月が出て行った後に来たと言う事は、二人には聞かれたくない事ですか」「いえ、そう言う訳ではないのですが……。 あの、私と一戦、何も言わず手合せ願えませんか?」「……総纏め役同士の戦いは、模擬戦といえど禁止されていることを踏まえて、ですか?」「……はい」 フォーネティアが冗談で言っていない事は、テレジアには簡単に読み取れた。だからこそ、テレジアは即答できない。「何故、貴女がそんな事を言っているのか。それを詮索するつもりはありませんが……規定ですから。の、一言で済ますわけには――いかないようですね」 テレジアにはフォーネティアの内側で高圧に保たれている魔力が感知できた。断ってもここで強引にでも始める腹積もりのようだ。「フレイムが短気なのは理解しているつもりでしたが……。やはり貴女も種族の性には逆らえませんか」「申し訳ありません」「謝るくらいなら、こんな真似はしないでほしいものですが……。仕方ありませんね。事を荒立てる気も大事にする気も無いので、場所を移しましょう」 テレジアはフォーネティアの脅しに屈した。ただ、機嫌が悪くなっているように感じられる。「承諾に感謝します。では、こちらへ――」 総纏め役同士の戦闘は、竜皇同士がそうであるように、その全てが禁じられている。互いの実力の程を知らせる訳にはいかないからだ。竜皇や、その次の者の実力が知れてしまえば、自分にとって何処の竜族が邪魔なのか、それが把握できてしまう。テレジアはフォーネティアの後をついていく。 多少入り組んだ経路を通り、着いたのは魔力遮断室だった。ただ、ノーブル・ダルクに設けられているものとは違い、かなり広々とした空間になっていた。テレジアがその形容に少し戸惑っていると、フォーネティアが苦笑しながら喋る。「闘技場も兼ねていますので、他国の魔力遮断室より大きいかもしれませんね。 ですが、その分強固に造られています。竜皇陛下がある程度までなら力を振るっても問題ありません。なので、我々が全力を出しても――」「問題無い。と、言う事ですか? だとすれば――」 テレジアがわざとらしくフォーネティアの言葉を嘲笑する。どうやらやはり機嫌が悪いらしい。「私、テレジア=アンバーライドも随分易く見られたものですね。 フォーネティア=ディラ、貴女は……誰を脅迫したのか、思い知りましょうか」「……。竜が相手の名を全て呼ぶ事、その意味を知って、ですよね?」「当然です。 さぁ、やると決めたからにはさっさと決着を付けてしまいましょう。私は、久々の自由時間なのですよ。自堕落に過ごしたい時もあります」「……。いいでしょう、テレジア=アンバーライド。始めます」 テレジアのあまりの挑発に、フォーネティアの何かがキレた。フレイム・ドラゴンの沸点は本当に低く、簡単に爆発した。 フォーネティアが宣言すると同時に戦闘態勢に入るが――。「――遅い」 テレジアはフォーネティアが体勢を整える前に、あの宣言の直後に動き、フォーネティアの眼前にまで距離を詰め、吐き捨てるように言うと同時に右の五指を開き、フォーネティアの顔面を鷲掴むと、全力で駆け出す。当然テレジアの全速力は一瞬で魔力遮断室の端まで到達し、壁面にフォーネティアを多少手加減しているとは言え、並の竜ならその威力だけで身動き出来なくなる程度の勢いで叩き付ける。 炸裂音のような鈍い音が響く。「ほぅ、本当に多少は頑丈に造ってあるようですね」 フォーネティアを叩き付けた壁面は陥没どころか亀裂一つ入っていない。「出し抜けの不意打ち、とは――」「不意打ちするなら貴女の宣言を待たずに、その前に仕掛けていますよ。それとも、厳正に決め事をしてからの方が良かったですか?」「抜かせ!!」 テレジアの手を外そうと、テレジアの右腕を両手で掴もうとするフォーネティア。だが、それはテレジアが言う通りに遅かった。 テレジアはフォーネティアが両腕を動かすと見るや身体を反転させ、今度は大振りな動作で床に叩き付ける。 またも大きな音が響く。 そのままテレジアはフォーネティアに馬乗りになり、左手を抜き手の形に整える。「このまま心臓を抉ってあげましょうか?」 テレジアの左手に収束する魔力は明らかにフォーネティアの防御を突破するのに過剰と言えるほどだった。 そんなテレジアの貌は、いつも通りの無表情のままだった――いや、微妙にいつもより視線が冷たい。(は、早い……速い! 私と速度の桁が違う!?) フォーネティアはテレジアの行動速度の速さに本気で驚いていた。フォーネティア自身、紅炎竜族竜皇付侍従総纏め役に就くほどの実力だ。断じて『弱い』などと言う事は無い。 ただ、テレジアの――テレジア=アンバーライドという闇黒竜族の性能が異常と言うわけだ。「――このまま内臓を抉る事も、顔面を握り潰す事も、私には容易な事です。 解りますか?貴女と私では、どの程度の差が存在するか」 テレジアの瞳が、瞳孔が縦に割け、竜眼に変化する。 ミシッ。と、テレジアの右腕が軋む音がすると、フォーネティアの顔面を掴む右手の五指がフォーネティアの顔面を圧搾するように、少しだけ窄んだ。「っ!!」「ほぅら。この様に少し、ほんの少し力を解放するだけで――」「わ、解りましたっ! 私が失礼な事を言いました!! 申し訳ありま――」「解ればいいんです」 テレジアはフォーネティアに最後まで言わせずに、手を離し、立ち上がる。 そしてササッと着衣の乱れを直し、フォーネティアにすっかりいつも通りの調子に戻って話しかける。「立てますか? 何なら手を貸しますが」「……ご心配には及びません。大丈夫です」 フォーネティアも立ち上がり、着衣の乱れを直す。ただ、テレジアに握られていた部分には五か所、くっきり指先の跡が残っていた。「大変失礼致しました」「いいえ、大した事ではありません。 ただ、私以外にはこの様な真似はしない方が良いでしょう。命の保証しかありませんよ」「……肝に銘じます」 フォーネティアは内心冷や汗をかいていた。まさかここまでの実力差がテレジアとの間に在るとは思ってもいなかった。(テレジアさんとの年齢差は約500程度のはずですが……それでここまで……)「フォーネティア、貴女が弱い。と、言う事はありません」 テレジアが何時もの顔、何時もの調子で、「ただ、私が貴女より強い。と、言うだけです」 そう嘯く。「私は部屋に戻ります。自由時間はだらけると決めました」 テレジアは踵を返し、魔力遮断室から出て行った。「……はぁ。やはり一番若い私は、色々不足しているようですね」 はっきりと見えた事実に、多少凹んだフォーネティアだった。