道中は特に問題も無かった。 華月は空を飛ぶことにも直ぐに慣れ、亜音速飛行も出来るようになった。「案外、簡単なんだな」「……本当に、面白くないですね」「どういう意味だよ」 華月の呟きに、テレジアが澄ました顔で答えた。「もう少し四苦八苦してくれると、可愛げがあった。と、言う事です」「……」「全てに置いて優秀である事を望んだのは私たちだ。結果を出しているカヅキを少しは褒めたらどうだ?」 流石にアルヴェルラがテレジアを窘める。 テレジアは肩を竦めるだけだった。「まぁ、冗談はこのくらいにして置きまして……。カヅキ、これから六竜会議に臨む訳ですが、貴方には一つ、その場でやってもらう事が在ります」「相変わらず、嫌な予感しかしないんだが」 物凄くかったるそうな表情になった華月に、テレジアは相変わらずの飄々とした無表情で告げる。「まぁ、面倒な事ではあります。他の竜皇陛下付きの竜騎士との模擬戦です。誰も彼も歴戦の騎士なので、先ず殺されるでしょうが」「通過儀式みたいなものか? テレジアの体術第一段階終了のアレみたいに」「似たようなものですね。それより計算するのも馬鹿らしいほど苛烈ですが。基本、細切れにされないと敗北とされませんから」「……完全な戦闘不能が敗北条件ってことでいいんだな」 時々説明が可笑しいのにも慣れ、地味に修正しながら確認を取る。「そうですね。細かい部分は審判によりますが」「現在、竜皇の騎士はフレイムのハンナ、アクアのルーゼス、グランドのリーゼロッテ、フォレストのリィリスの四名だ。私とシャイニングのファルアネイラだけが竜騎士を擁していなかったんだが」「名前の感じからすると、一人だけ男か?」「そうだ。フレイムのハンナは男だ」「…………?」「「…………?」」 一瞬の沈黙がゆっくりと飛翔する三人を包んだ。「ルーゼスじゃなくて、ハンナが男なのか……?」「ああ、そうだ――あ、ハンナは略称で、ハンナドルが本名だ。ルーゼスも本来の名はヴァルーゼスと言う」 華月が疑問を呈すと、アルヴェルラが説明してくれた。どっちも性別不明な感じの響きだが。「性別など些細な事です。あまり関係ないのですから。竜騎士にとって重要なのは、本人の資質と主との――」「主との、何だ?」「いえ、なんでもありません。 兎も角、全員が望めば、四連戦となります。相手が同意しなければ、その分減ります」 話だけ聞いている分には随分軽いものだ。内容はかなりハードなものだが。「さて、カヅキも飛行に随分慣れた事だし、そろそろ速度を上げてさっさと目的地に到着してしまおう。 二人とも、着いて来い」 アルヴェルラが服の裾を翻すと、一気に加速し、二人の視界からも消えた。「では、行きましょう」「……おう」 続いてテレジアが。そして華月も姿が消える速度で飛んで行った。 残りの距離をものともせず、三人は目的地に到着した。と、言っても未だに空中で静止しているわけだが。 降りない事にも理由がある。この辺りの地面は表面温度で摂氏60℃になっている。下でじっとしていると流石に熱い訳だ。「……微妙に暑いな」「火山活動が活発な大陸ですからね。それに、確か熱帯気候と言いましたか? そんな気候に分類されるらしいです」「それ、分類したの俺の世界の異界人だな……。って、どうでもいいか。 それで、目的地ってこれ、どでかい火山じゃないのか?」 華月たち三人の前には、あのドラグ・シャインのあったレルフェグネ高山よりも大きく、高く、朦々と噴煙を上げている火山があった。「フレイム・ドラゴンは火山の内部に横穴を掘って住んでいる。異界人の一部からは最もドラゴンらしいドラゴンと言われているな。どういう意味だか知らんが」(あ~……。俺の世界の出身者だろうな) 華月の世界での一般的なドラゴン像に最も合致するのはフレイム・ドラゴンだろう。それを言ったところで、アルヴェルラとテレジアは気に留めもしないだろうが。「ともあれ、連中の住処はこの火山の中だ。普通に行こうとすると面倒だからな。上から――」「ようこそお越しくださいました、アルヴェルラ陛下」 アルヴェルラが相変わらず手順を無視し、ショートカットしようとしたところ、上から声が降ってきた。「紅炎竜族竜皇付侍従総纏め役、フォーネティア=ディラです」「久しぶりだな」「お久しぶりです」「初めまして」「はい。お二方はお久しぶりです。そして、そちらがご連絡に在った――」「私の騎士だ。カヅキ、挨拶を」「初めまして、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士、瀬木 華月です」 華月が略式では最敬礼になる形で自己紹介する。対するフォーネティアも略式での最敬礼で返す。(……ん~、やっぱり美人だ) 華月の感想はそれに尽きた。 テレジアより少し身長が高く、ダークネス・ドラゴンより若干浅黒い微褐色の肌、そこに澄んだ蒼の瞳。そして見事な腰までの金髪。「……? 私の顔に、何かありますか?」「あ、いえ……。何でもないです」「……」 じっとフォーネティアの顔を見ていた華月に、少し困惑したような、苦笑いのような微妙な表情で疑問をぶつけてきたフォーネティアに対し、少し慌てた様子で返した華月だったが、その華月の様子に少しだけムッとしたアルヴェルラだった。 そして、その一連の様子に少しだけ苦笑するテレジア。「フォーネティア、何時ものモノです。それで、我々で最後ですか?」「あ、ありがとうございます。まだフォレストとシャイニングの方々が到着しておりませんので」「ファルアめ……相変わらず、一番先に到着する能力を持っているくせに、最後の方か……」「では、アクアとグランドの方々は到着していますか」「はい。と言っても、昨日と数時間前に到着されたので、貴方方と大差ありませんよ。 では、フェルフェース火山の内部、ドラグ・フェームへようこそ」 こうしてフレイム・ドラゴンの治めるドラグ・フェームの中心へと通された。 内部は予想外の状態になっていた。「熱く、無い?」 中心には溶岩溜りがあったり、熱源はしっかり近くにあるにも関わらず、だ。 横穴が穿たれまくっている内部には、同時に光を発する何かが大量に埋め込まれていたり、良く解らない球体が多数埋まっていた。「技術的な解説を必要としますか?」「え?あ、と……」 何気ない呟きに反応された華月は、思わずテレジアをチラ観したが、華月の視線に気づいたテレジアは、ふいっと視線を逸らした。「い、一応お願いします」「はい。畏まりました。 それでは、このフェルフェース火山の内部が外部より低い気温を保っている理由ですが、非常に単純な事なのですが、溶岩の吹き溜まり付近に特殊効果のある鉱石を加工し、配置しているのです。その鉱石は一定以上の熱量を無制限に吸収し、貯蔵します。その為、この内部の温度は一定に保たれています」 確かに聞いてしまえば簡単で単純な仕掛けだった。「他にも、我々は外部から熱を取り込むことで諸々の要素へ変換する事も出来るので、ここは最適な場所なのです」「説明ありがとうございます」「いえ、構いません。 それで、如何なさいましょう。一度、我等が女皇にお目通りいたしますか?」「ん、そうだな。顔は出しておこう。今、ルティアは謁見の間か?」「いえ、執務室です」「なに!?」 フォーネティアの答えにアルヴェルラがかなり驚く。「ルティアが執務室にいるだと……。明日は雨か?」「雨季はまだ先です。アルヴェルラ陛下の仰りたい事は重々承知していますが、我等の女皇も流石に何時も怠けているわけではありませんので」 フォーネティアが堪え切れない苦笑を滲ませ、そう答える。「まぁ、六竜会議までに粗方の雑務は片付けていて頂かないと困りますが」「そうなのですが……テレジアさんはそういった意味では楽できているのではないですか? 真面目な方が竜皇として就いていてくださるのですから」「そうですね。こう言ってはなんですが、私どもの主君は比較的真面目ですからね」「おいおい……。本人を前にして比較的とか――」「まぁ、この話題はここで止めておきましょう」 そう言うと、フォーネティアは中腹程の位置で歩みを止め、それなりの造りの扉をノックする。ここが執務室なのだろう。「陛下、ダークネス・ドラゴンのアルヴェルラ陛下御一行が到着されました。御挨拶を、との申し出ですが、宜しいでしょうか?」「……あ? あ、ああ。入れ」「失礼いたします」 中からアルヴェルラと同質の威厳のある声が聞こた。少しだけ戸惑っていたように聞こえたのは気のせいだろう。 扉を開き、フォーネティアが先導して執務室内に入っていく。「アルヴェルラ陛下御一行をお連れ致しました」「ああ、ご苦労」 執務室には、フォーネティアと同じような浅黒い肌をした、長い銀髪で切れ長の鋭い紅瞳の極上の美人が居た。「久しいな、ルティア」「ああ。久しぶりだな、ヴェルラ」「ご無沙汰しております、ルティアーナ陛下」「相変わらずのようだな、テレジア侍従長」 二人が軽い挨拶を終えると、フレイム・ドラゴンの竜皇は、その鋭い視線を華月に向ける。「紹介する。ダークネス・ドラゴンが竜皇の竜騎士、セギ=カヅキだ」 アルヴェルラがそう告げ、華月の背中をポンと叩く。華月が跪き、最敬礼を取ろうと動いた所で、静止の声が掛った。「ああ、最敬礼とか要らん。あたしは面倒なのが嫌いでな。そのまま略式で済ませ」「――それでは、このままで失礼致します。 ダークネス・ドラゴンが竜皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクに仕えています瀬木 華月と申します。以後、お見知り置きを」「ああ。フレイム・ドラゴンが竜皇、ルティアーナ=ファ=コロナだ」 特に威圧する様子も無いのに、華月はルティアーナからかなりの重圧を掛けられているように感じた。「で、この臍曲りをどうやって口説き落としたんだ?」「……」「コラ、誰が臍曲りだ? 誰が?」「この場で臍曲りはお前以外に居ないだろ、解っていて聞くな。 それで、どうなんだ?」 華月が感じたはずのプレッシャーは何処へやら。ニッ。と、快活な人好きのする笑顔で実に楽しそうにそんな事を聞いてくる。一方アルヴェルラは『臍曲り』等と揶揄されて地味にご立腹だ。「ルティアーナ陛下。僭越ながら、それらの話題は皆様方が揃う会食まで温存された方が宜しいかと」「ん? ……。そうか、全員の前で晒し上げろと言う事か。お前はやはり人が悪いな、テレジア」 快活な笑顔が粘着質なニヤニヤ笑いになった。「解った。その辺りは後で突っ込む事にする。 それじゃ、ここでダラダラ喋るのも要らんな。フォーネ、客室に案内しろ」「はい、陛下。 それでは、六竜会議の間皆様に提供いたします客室へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」「また後でな。その時は根掘り葉掘り聞いてやる」「後で。と、言うのは私も同様だが、総べてに答える訳ではないからな」「それでは、失礼致します」「失礼致します」 フォーネティアが三人を連れて執務室を出る。 扉が閉まると同時に、ルティアーナから少し離れた所で炎が一瞬燃え上がり、一人の男が現れた。「また、ひ弱そうなヤツだったな」「竜騎士は見た目通りとは限らない。常識だろう? 我が主」「まぁ、そうなんだが。お前を見慣れているとどうしてもなぁ」 現れた男は筋骨隆々の偉丈夫だ。短い赤髪に茶色の瞳、とても精悍な顔をしている。「ハンナから見て、どうだった?」「……魔力は俺以上だ。静極隠蔽サイレント・インビジブルでは無いようだが、その類の隠行を使っていてもそう感じ取れた」「魔法使型か? それにしては厳つい剣を佩いていたが」「何にせよ、そう容易い輩ではなさそうだ」「お前との対戦を楽しみにするか。簡単に負けるなよ?」「保証はし切れないな。俺は魔法が苦手だからな」 どうやら見た目通りのパワーファイターのようだ。武器を使うかどうかは現時点では不明だ。「ふん、まぁいい。あの甘ちゃんが良い顔していたからな、好いヤツなんだろうが――」 ルティアーナの眼が細く、鋭くなる。「現状の調和を乱す力量なら、今の内に教え込んでおけ。竜皇の竜騎士内で、貴様が最下位だ。と、な」「――承った」 ルティアーナの言葉に、ハンナは仰々しく頭を垂れた。 部屋に通された三人は、ベッドやら椅子やらに腰かけてくつろいでいた。「ハンナは姿を見せませんでしたね」「ああ。居たようだが、出て来いと言われていなかったようだな」「あ~、やっぱり誰か他に居たのか。気配は在ったけど、見えなかったからなぁ」 ハンナは執務室に在った。ただ、居なかった。「フレイム・ドラゴンの変換能力で、自分の身体を熱量に変換していたようでしたね」「前の世界の物理じゃ、在り得ないことなんだけど……。まぁ、この世界なら在り得るんだろうな」「ハンナは強いぞ。不公平になるから誰がどう強いのかは教えてやれないが」「ああ、その辺はいい。事前情報が無い方がやり易い事もあるからな。 そう言えば、勝手に出歩いていいのか?」「ある程度はかまわん。ただ、今は私かテレジアか、他のドラゴンか竜騎士に付き添ってもらっていろ。まだ他から『認められていない』からな」「……そうだった。他の竜皇陛下と竜騎士達から認めてもらう必要があるんだったな」「そういう事だ。何処かに行きたいのか?」 アルヴェルラが立ち上がり、華月に近づいてくる。「何処かに行くなら当然私が付き添うぞ」「え? 大丈夫なのか?」「んん? どういう意味だ?」「他国の竜皇が気安く出歩かないでください。他のフレイム・ドラゴンたちが驚くでしょう」「たまにはいいじゃないか。私だってカヅキとの時間を楽しみたいぞ」 アルヴェルラが軽く我が儘な事を言っているが、常識で考えればテレジアの言っている事が正論だ。普段なら自重して引くだろう。だが――。「カヅキを竜騎士にしてから、教育、問題と立て続けに起こって、気付けば私自身がカヅキと過ごした時間はとても短いんだ。テレジアは――」 テレジアを指さして文句を言おうとしたところ、今回はテレジアが折れた。「解りました、好きにしてください」「なんだ? やけにあっさり引き下がるじゃないか」「……私は疲れましたので休んでいます」 どうも呆れて疲れたようだった。だが、アルヴェルラはそれを無視して華月の腕を取った。「さぁ、何処へ行く?」 アルヴェルラの顔には、素直で真っ直ぐな、良い笑顔が浮かんでいた。