先に仕掛けたのはユークリッドだ。 最速行動(ファスト・ドライヴ)で華月の眼前に現れ、渾身の左ストレートを打ち出す。華月は竜楯を瞬間的に纏って同じく左のストレートを遅滞無く打ち出し、対抗する。 ユークリッドの籠手も不朽金属で出来ているため、華月が素手で破壊することは出来ない。そうなれば当然――。「……素手で相手をするには厳しいか」「へん、言ってろよ!」 華月の左手は表皮をボロボロにされて弾かれる。どうやらユークリッドの籠手は攻撃対象の魔力が作用して起こす効果を完全に打ち消すか打ち壊しているらしい。その結果、華月は竜楯を抜かれ、左手をこんなにされた。 だが、そんな損傷は瞬く間に回復する。「そっちの、トルネアは来ないのか?」「先ず、ユークリッドとどうぞごゆるりと」「そうか」 華月がトルネアからそれを聞き出すと、ファスネイト・ダルクを鞘に納める。「体術相手には、体術だろ」「随分とお優しい事で……。 後で泣き見んなよ!」 おちょくられたと思ったのか、ユークリッドはそう怒鳴って飛び掛かってきた。 大振りな右ストレート。華月はいなす事すらせずに身体を縦にして回避する。「読んでんだよ!」 そこへ上半身を左方向へ前傾させ、勢いをそのままに右のハイキック。狙うは華月の顔面。 華月は背を反らしてそれを回避。「読んでるって言ってんだろ!」 空振った右足を地につけると同時に全身を捻って今度は左の踵を華月の顔面目掛け繰り出す。 流石に回避するのは限界だ。華月は向かってくるユークリッドの踵目掛けて打ち下ろしの右拳を叩き込む。「わっ!? 嘘ッ!?」 渾身の勢いで打ち出した踵が簡単に打ち返され、振り子のように同じ軌跡で足が宙を切り、逆に自分の顔の方に向かってくる。 ユークリッドは身体の柔軟性が高かったのだろう、左足は垂直になった。だが、それで勢いが無くなったわけも無く、今度は身体自体が左足に乗せられた勢いで後ろに押され、軸足が滑って浮いてしまった。最終的には強制的にムーンサルトキックを打ったような体勢になってしまった。(で、でもまだ巻き返せ――!?) 両手を付き、左足から着地しようと動いたユークリッドだったが、左足を付いて上体を起こした途端、その足を華月の右足でスパッと払われ、逆に華月の左踵の強烈な一撃を右脇腹に喰らって弾き飛ばされた。「くっは~~っ!! 痛いなこんチクショウめ!」 ユークリッドはどういう原理か空中で体勢を立て直した。(翼状の魔力? 部分竜化しなくてもそういう真似ができるのか……) 華月の眼には、飛翼の形に放出されていた魔力が視得ていた。(俺の持ってる技術じゃ、一撃でノックアウトするのは無理だな。これは、先輩の技に頼るしかない、か) 華月は両腕に魔力を集中する。「火炎(かえん)」 両腕の魔力が炎に変換される。「緋焔(ひえん)」 赤みが増し、鮮やかな緋色になる。「赫焰(あかいほむら)」 腕に燈る炎は緋を通り越し、あの日、あの時弓弦葉がみせた形容し難い悍ましい赫炎(あかいほのお)と化したかった――ようだが、そこまでの色にはならなかった。(今の俺の限界はこの辺りか……) 華月は少しだけ自分の技術などの限界と、弓弦葉のみせた技との開きに落胆するが、今はそんな事で凹んでいる場合ではない。「灯宴(ひえん)――」 瞬間移動としか言いようの無い動きで華月が着地したユークリッドの前に現れる。「楼蘭焰舞(ろうらんえんぶ)」「この技っ!?」 ユークリッドが防御を固めようと動いた瞬間から、華月の最速行動での乱打が始まる。 炎を纏った拳撃肘打掌底手刀の五月雨打ち。 腹顎額眉間脳天首肩腕背中――。 前後左右に細かく移動しながら華月はユークリッドの腰から上の人体急所を滅多打ちにする。両腕に灯る焔の作用で打撃の当たった個所が瞬間的に燃え、焦げ付く。 正に乱打。 何発か、ユークリッドの防御を突破してクリーン・ヒットしている。「焔滅(えんめつ)!」 最後の一撃。右腕に極限集中された魔力が、ユークリッドの鳩尾を打った瞬間、強烈な爆発を巻き起こし、爆裂した。 ユークリッドは成す術無くまたも大きく吹き飛ばされる。勢いはかなりのもので、舞台にワンバウンドすらする事無く、端の魔法防護壁にぶち当たってようやく止まった。防護魔法壁は衝撃吸収の効果もあるのか、ユークリッドの身体は勢いを失ったボールのように、ぽてん。と、舞台の端に落ちた。「き、きゅぅ~~……」 ユークリッドは滅多打ちにされた衝撃と、最後の爆発の影響で意識を飛ばしていた。 華月は煙が所々燻って、焦げ付いているユークリッドから情けない声が上がって動かなくなったのを確認してから、トルネアに向き直る。「待たせたな」「いいえ、予想よりも早い決着でしたよ。 では、私のお相手を願います」 トルネアが手にしているのは諸刃の直剣。両手持ちを前提とした幅広で厚めの刃に長めの柄。刃自体の長さもファスネイト・ダルクより長い。(知識にあるのはクレイモアが近いか。本来なら武器としての破壊力は向こうの方が上、間合いも上。重量がアレだから大振りになって隙が多いんだけど……使ってるのはドラゴン……。まぁ、俊敏に扱うんだろうなぁ) 華月の持っていた常識が全く役に立たないこの世界。埒外の存在が使う武器の威力など考えたくもない。 華月は鞘に納めたまま、抜刀の格好で止まる。(……先輩の秘奥・一閃破断、ちょっと打ち方を変えるとどうなる?) この状態で華月は刃に魔力を一極集中。鞘の中は刃が留め切れず、漏れた魔力が高密度の高圧で充満している。(こうやるんだったか?) 華月の気配から何から、視覚情報以外で得られるものが失せる。「……静極隠蔽(サイレント・インビジブル)ですか。そこまでの技法を使いこなすとは……ユークリッドを軽々と気絶させたり、纏め役はやはり無駄に話を盛っていたわけではなさそうですね」 「やっぱりテレジアが何か吹き込んでたか……」「これは、壊し屋ではありませんが、少しばかり楽しくなってきましたね……!」 トルネアはそう呟くと、隠す気が全く感じられない魔力を滾らせる。「ユークリッドは貴方を侮り過ぎて瞬殺されましたが、私は油断無く参ります!」 トルネアが『最速行動』で突貫してくる。切っ先が華月に向けられており、防ぐか避けるかしない限り串刺しにされる。 しかし、華月がとったのはどちらでもない三つ目の選択肢だった。即ち――。「秘奥・一閃破断!」 トルネアが間合いに入った瞬間、華月は一閃破断を抜刀術として放った。取った行動は反撃行動(カウンター)だ。「なっ!? ――くっ!!」 突き込むつもりで構えていた長剣を弾かれ、その後に鞘の中で高圧になっていた魔力が鞘の口から一斉に放出された。巻き起こった魔力の奔流はトルネアを飲み込み、吹き飛ばした。「……少しイメージと違うな……。これは練り直す必要が――」「模擬とは言え真剣勝負の最中に考え事とは――」 トルネアが瞬時に華月の背後に現れた。長剣は斬撃開始位置に振りかぶられている。「余裕を見せ過ぎでっ!?」 高速で振るわれる長剣。その刃は確実に華月の首を斬り飛ばし、振り抜いた――筈だった。 しかし、その斬撃の斬線は、華月の首にある竜騎士細工によって完全に止められていた。当然華月の首には普通の人間なら頸骨を砕かれる程の恐ろしい圧力が掛ったが、そんなものは無効化できるだけの内外の魔力補強と強化が身体には行われている。「竜騎士細工も儀礼正装と同じ、ですか。この剣、不朽金属のウェイビスで出来ているのですがね……」 刀身を見て、トルネアがため息をつく。よくよく見れば、ほんの少し、本当にほんの少しだけ切り刃が欠けているようだった。(纏め役の言っていた通り、本気を出さないと、陛下の目の前で無様を晒す羽目になりますか) それだけは侍従一番の自尊心が許さなかった。 侍従一番という立場、それはテレジアが務める侍従総纏め役に次ぐ。つまり、テレジアを除く全ての侍従の中で最も『出来の良い』者が選ばれる。取り分け、武器術(剣術)で『壊し屋』トレイアと並ぶという理由で抜擢されていた。「短期間での修練で、此処までに成長した貴方に敬意を表し、私が侍従一番を務めている理由、お見せします」 トルネアが構えを変える。 長剣を右手のみで背負う様に構える。 そして、そのまま突っ込んできた。当然華月は切り結ぶつもりで構えていたが――。 トルネアが自分の間合いに華月をとらえた瞬間、大きく自分の左手側に進行方向を変えた。 だが、その動きは陽動で、攻撃はもう行われていた。何時の間にか左手も柄を握っており、剣は振られていた。進行方向を変える瞬間に斬撃は放たれていたわけだ。 対処が百分の一秒単位で遅れた華月は、振りが遅れた剣を、十分な威力の乗った長剣に弾かれてしまう。 トルネアの剣捌きはトレイアの槍捌きに似て、高速の斬り返しが華月を襲う。 振り抜いた勢いを殺さないように柔軟に手首を返し、華月の露出している首を的確に狙った切り上げが放たれる。(流石にコレはヤバイッ!!) しかし、剣は引き戻せる範囲外に弾かれ、無傷で防ぐ手立ては無い。 普通なら――。 華月は剣から左手を離し、斬撃が通るであろう軌跡上に左腕を晒す。(っ! 気付かれてしまいましたか!!) トルネアの斬撃は、華月の左腕――正確には、左腕を包む儀礼正装の袖によって、防がれた。「竜騎士が『着れ』ば不変の特性を発揮する竜騎士儀礼正装……絶対の鎧と成る戦装束。竜騎士が鎧を必要としない理由は、その一点に集約されます」 エルフ族が文字通り丹精込めて創り上げる一張羅。これを着込んだ竜騎士に手傷を負わせた者は、有史以来片手で足りる程度だ。「しかし、本物の竜騎士は、その性質を当て込んで戦ったりはしませんよ」「だろうな。この無敵みたいな防禦力は、心配性な御主人様達の配慮なんだろう。 悪かった。これは公平じゃない」 華月が上着を脱ぎ、折りたたんでヴァーナティス目掛け放り投げる。下のシャツは普通の生地だ。それから両手で剣を構え直す。「訓練感覚で相手をするのは止めだ。今の全力で――」 静極隠蔽も止め、華月は可視状態で竜楯を纏う。静極隠蔽は知覚域を用いた気配や魔力の遮断効果を最大限に高めたものだが、代わりに知覚域は最少展開、且つあまり纏身系の強度を上げられないデメリットがあった。華月は自分の技能を向上させるために使ってみたが、そんな考えをしていること自体が間違いだと気付いた。 全力で戦う事を決め、今、持てる全てをぶつける。「一気に倒させてもらう!」 流身系の内循環圧は制御出来る最大値。纏身系の竜楯も最高硬度。 華月が仕掛ける。最速行動で全力疾走。同時にトルネアも最速行動で走り出す。 両者大振りの一撃同士が噛み合う。恐ろしい威力同士の衝突は、お互い衝撃波を受ける形になった。が、そんなものでは微動だにしない。 鍔迫り合いの状態で一瞬だけ膠着する。(やっぱりトレイア並みに強い! 威力も互角か!?)(トレイア直々に教示し、あの紅蒼刀が鍛えただけはありますね……! 私の想定以上の剣戟!!) 膠着状態を華月が外す。腕の振りだけではなく全身を捻り、トルネアの剣を巻きながら弾く。急制動を掛け、今度は逆回転しながら横薙ぎの一撃を放つ。 辛うじてトルネアの防御が間に合ったが、また剣を弾かれる。 そうして華月が息つく暇もない超高速連続斬撃を縦横無尽に奔らせる。その全てを真正面から剣を弾かれつつも何とか防御するトルネア。(じ、地力が高い……! 技術に傾倒している節がありましたが、単純な打ち合いもこなれている!!) 弓弦葉の二刀を相手にして、連撃の速度と練度は格段に上がっている。 トレイアの槍を相手にして、一撃で相手の武器を弾きつつ、連撃を繰り出す威力は見極めている。 華月はきちんと下地を作ってから、その先の技巧を学んでいるところだ。 その連撃の合間に、一瞬の隙が一定間隔で出来る事にトルネアが気付いた。(息継ぎの時間……? それとも、誘っている?) どちらとも言えない微妙な間。だが、華月の連撃を抜けて反撃するにはその瞬間しかないように思える。(普通なら、そこに一撃突き入れるところですが――) トルネアがどうするか逡巡した刹那、華月の攻めが変わった。 トルネアが防御し、剣が噛み合ったところで右腕を小さく、左腕を大きく捻り、トルネアの剣を完全に絡め捕る。思考に少しだけ気を取られたトルネアは対処が間に合わない。「しまっ――!」「もらった!」 思わず声を出した二人。次の瞬間、勝敗は決した。 空中高くに回転しながら吹き飛ばされたのは、トルネアの長剣。その剣が舞台の上にがらん。と、音を立てて転がる頃には、華月の剣がトルネアの首筋ギリギリの所で止まっていた。「――私の負け……です」「俺の、勝ちだな」 トルネアが両手を上げながら呆れたような顔で宣言する。そのセリフを聞いて、華月はにやりと笑いながら勝ちを確認する。「勝敗が決しました! 勝者、セギ カヅキ!!」 ヴァーナティスがそう宣言すると、周囲から歓声ともどよめきとも言い難い咆哮が乱反射する。「実に良い試合だった! 三名に称賛の声を!!」 舞台の外からアルヴェルラが叫ぶと、ざわめきは一つの咆哮に統一され、国中に響き渡った。