華月の抜き打ちをトレイアは正面から受ける。 金属の刃と金属の柄が噛み合い、軋みにも似た音を立てる。 トレイアは柄を回しながら捻る。刃は巻き込まれるように逸らされ、華月が体勢を崩す。何時もと同じ様に、槍の刃が華月を急襲する。 斬撃一閃。何ら危な気も無く、華月は槍を弾き飛ばず。「~~っかー! イイね、イイねェ……!! これだけでも解るよ、ああ、解る。一気に武器の扱いが巧くなったじゃないか!!」 トレイアが叫ぶ。絶称を絶叫し激昂する。「チマチマ確かめんのは止めだ、辞め!」 トレイアから隠そうともしない知覚域が展開される。放出され、収束される魔力が桁を穿き違える。 他の竜より筋肉質な体は、血管を浮き上がらせるほど滾っている。「カヅキ、お前も竜楯でも何でも使えよ? 今迄みたいに手加減なんざしてやんねぇぞ!?」「ああ、そのつもりだ」 言い終わるのと同時に、華月も知覚域を展開し、竜楯を纏う。速度・練度共に以前の比ではない。一瞬だった。「もう達人域の速度に成ったか。益々イイねェ、後は――」 トレイアが『最速行動』で華月の左手側に。「それの強度が――」「何か、問題が?」 繰り出された刺突を、華月は事もあろうに左掌を出して止めた。以前は簡単に竜楯ごと切り裂かれて無残な姿を晒していたというのに。「グランでも斬れないまでに密度を上げやがったか! 合格点だな!! グラン、切り裂け!」 トレイアから魔力がグラン・グレイヴに伝播する。刃が燐光を纏い、華月の竜楯を貫こうと魔力の火花を散らす。 しかし、貫けない。 グラン・グレイヴの刃は1mmたりとも前進しない。トレイアが手を抜いているわけではない。華月の構築した竜楯が強固過ぎた。 華月は掌を少しだけ逸らし、グラン・グレイヴの刃を滑らせる。そして握り込み、自分の側へ引き込む。 まさかの行動に対処が遅れたトレイアは、踏ん張ることが間に合わず、そのまま体勢を崩す。 華月の手にするファスネイト・ダルクの刃がトレイアを襲う。「チィッ!」 舌打ち一つ、トレイアが自分の両腕に鱗を生やす。竜の鱗は言うまでも無くこの地上で最強の生体防具だ。生半可な武器では傷一つつけられない。 使われるのが、半端な武器ならば。の、話だ。 黒い軌跡がトレイアの腕を薙ぐ。 流石に右腕だけで、ファスネイト・ダルクもやる気のない状態では威力が出ないのか、ファスネイト・ダルクの刃はトレイアの鱗を裂き、下の皮膚に掠り傷を負わす程度しかできなかった。それでも戦い慣れしていないドラゴンからすれば脅威以外の何物でも無いのだが。 生憎トレイアは自分の鱗が万壁の物だとは思っても居ないし、知っている。この程度で取り乱したりしない。(武器の素性は聞いていたから、このぐらい驚く事じゃぁないね。本領を発揮してない状態でコレとは恐れ入るが。 しかし、こうも簡単に斬られるとは) 舞い上がっていた思考が急速冷却される。何時も通りの半分力押しは通用しそうにない。これは久々に技巧的に攻めなければならない。 トレイアは瞬時に思考し、高速で次の行動に移った。 右足が沈み込み、グラン・グレイヴを上に振り抜く。華月がそのまま上に吹き飛べばそれでよし。仮に手を離して居残っていても――。「力押しはこれで最後だっ!」 頭上でグラン・グレイヴを一回転。一直線に振り下ろす。 華月は当然身を引きそれを避ける。地面を大きく叩いた事で、弾けた地面が礫となって華月に散弾のごとく襲い掛かる。が、こんなもの華月には眼晦まし程度にしかならない。「……トレイア?」 本当に一瞬、華月が目を離した隙に、トレイアはその様相を一変させていた。 武器を構え、確かに華月を狙っているのに。 知覚域は完全に隠蔽され、気配も遮断。目視して認識していなければそこに居る事すらわからなくなってしまいそうだった。 ドラゴン程の存在感と膨大な魔力がそこに在る筈なのに、其処に無い。「人間に言わせると、これは静極隠蔽(サイレント・インビジブル)って技術らしい。 あたしを見失うなよ?」 トレイアが動いた。 そう見えたから、捉えることが出来たから避けられた。一瞬で七回の急所狙いの高速連続突き。 更に止まらない。 自分を軸に時計回りに高速回転し始める。そしてその速度と遠心力を乗せた斬撃が横から繰り出される。「っ!?」 華月は攻撃方向が固定されているから簡単に捌けると思っていた。しかし、それは簡単に覆された。 武器の斬線に宿る気配まで追えない上、トレイアの微妙な手首の切り返しや腕の位置調整で簡単に軌道が変わり、予定していた位置をズレ、防御をすり抜けて直撃を喰らう。おまけに、防御に回していた分の魔力もすべて穂先に集中しているらしく、魔力密度が格段に上がっている華月の竜楯すら切り裂いてダメージを入れてくる。 戦闘慣れしているトレイアは、その攻撃方法も多彩だった。 だが、経験を積んでスキルアップした華月だってやられっ放しではいなかった。 どうしても出来る攻撃の隙間に、捻じ込むように切っ先を突っ込む。 トレイアは右足を地面に打ち込んで回転を一瞬で止め、ファスネイト・ダルクを柄で巻き取り、巻き上げようとグラン・グレイヴを操るが――。 華月は右手を捻りながらグラン・グレイヴが起こしているのとは逆の回転でファスネイト・ダルクの刃を走らせ、巻き取られることを避けながら間合いを詰める。(はっ!?)(貰った!!) 最大威力で斬撃を放てる位置に着くと、ファスネイト・ダルクを両手で握り、防御の魔力も何もかも、総ての魔力を一瞬でファスネイト・ダルクの刃に一極集中させる。 これはあの技。悲運と悲劇を生き抜いてきた力の塊が華月に見せた業の一つ。 トレイアの顔が驚愕に染まる。「これっ!?」「秘奥・一閃破断」 色々試した結果、解った事はいくつかある。放つ構えは何でも構わない。問題は自分にとって最適の位置で動けるかどうか。一切の無理無駄が無い状態での身体の最適行動線。それをなぞる事が最速行動並みの速度で体を駆動させるコツ。 華月の渾身の一撃は、トレイアに確かに中った。「……あたしの負けだ」 トレイアは諸手を挙げて降参する。 ファスネイト・ダルクはトレイアの左脇腹と、防御に回される途中だったらしい、地面に突き立つグラン・グレイヴの柄に少しだけ食い込んでいた。「止めてくれて助かったよ。このまま振り抜かれてりゃ、あたしは死んでたからな」「グラン・グレイヴは流石に斬れないだろう?」 ファスネイト・ダルクを引き、鞘に納める。「は、不朽金属が壊れないってのは、普通は。って前提が付くんだよ。一般には知られてねぇが、条件が幾つか揃えば不朽金属も壊せる場合があるんだ。 一つ、阿呆みたいな量の魔力。一つ、それを収束できる希少金属、または不朽金属の武装。一つ、対象物以上の基礎強度。 まぁ、その剣やあたしのグラン・グレイヴなら不朽金属も破壊できる場合があるってわけだ。おかげで、グランは修理に出さないとな。ちゃんと直ればいいんだが」 柄に切れ目が入ってしまったグラン・グレイヴを見ながら、トレイアはため息をついた。継ぎ足しはできない不朽金属だ。柄を作り直すしかないだろう。「まぁ、まさかあの紅蒼刀の秘技を使えるようになってるとは思わなかったあたしが甘かった結果だ。グダグダ言ったりしねぇが……。こりゃ、あたしが教える事は小手先の技術以外に無くなったなぁ。 あたし相手に息が上がりもしなくなりやがって」 微妙に困ったような苦笑いをしながら、トレイアが華月の頭を撫でる。「お前が今までで一番早く伸びたよ。後は、感覚を錆びさせないように、日々精進することだ」「今日までの教示に感謝します、トレイア」「は、そんなに畏まるな。ガラじゃ無ねぇよ。 時々あたしとも遊んでくれりゃいい。陛下の守護、竜騎士として頑張れよ。カヅキ」 トレイアは華月の胸を拳でトンと叩くと、翼を展開して飛んで行った。どうやらドワーフの所へ向かうらしい。 さて、これで華月は教示してくれていた二人の講師に卒業と言われたわけだが。(妙な達成感……。でも、まだまだスキルを上げないとな) 目指す先は霞んだような高みだ。アルヴェルラがどこに出しても恥をかくことが無いような、そんな騎士にならなければ。 華月は、貪欲に強くなることを望んでいる。「さて、一旦城に帰るか」 華月は城に向けて歩き出した。流身系を使って走ることは、今直ぐは無理だ。(最後のアレで魔力を殆ど使ったし、少し時間を置かないと、心臓の玉が暴走しそうだ) 制御に慣れない状態であれだけの魔力を使った後遺症だ。しばらく平静にして落ち着かないとどうなるか自分にも解らなかった。 華月がトレイアと一騎打ちをしている頃、アルヴェルラの執務室ではテレジアが近況報告をしていた。「――以上です」「そうか」 ギシッ。と、椅子を少し軋ませてアルヴェルラが立ち上がる。「テレジア、お前はどう思う?」「何についてでしょう」「カヅキを、竜騎士として同朋達に披露する時期だ」「……そろそろ、機は熟すかと」 テレジアが目を伏せ、静かにそう告げると、アルヴェルラは黙って頷く。「六竜会議には私の竜騎士として、正式に紹介できそうだな」「面倒なあの仕来りを、カヅキに受けさせるのは気が進みませんが」「お前がそんな事を言うとは、少し意外だぞ?」 アルヴェルラが珍しいものを見るというような顔をすると、テレジアはため息をついた。「陛下……。今のカヅキは条件次第では最強と言って差し支えない状態ですよ? 他の竜皇の竜騎士――フレイムのハンナ、アクアのルーゼス、グランドのリーゼロッテ、フォレストのリィリス……それらすら、圧倒する可能性が有ります。竜種間での力関係に変化が起こるのはあまり望ましくありません」「とは言え、竜皇の竜騎士は披露の際に実力を示さなければならない仕来りだからなぁ。手加減などさせたら――」「向こうは歴戦の手練れ。間違いなく看破されますね。 だから、気が進まないと言ったのです。今まで陛下の実力が竜種一でも竜騎士を従えていなかったから危険視はされていませんでしたが、主従揃って竜種一ともなれば、色々と危険視されることは想像に難くないですよ」「そう言うものか? 私は争い事が嫌いだから、こちらから打って出る様な事はしないぞ」「そう言われて、はいそうですか。と、応じるわけがないでしょう。 まぁ、陛下はご心配なく。私の方で対策を考えておきます。そう言う謀は、陛下には不向きですからね」 テレジアが少しだけ小馬鹿にしたような事を言うと、アルヴェルラが不機嫌そうになる。「私は陰湿なことが嫌いなんだ。そういう事を平気で考え付くのは性格が捻じ曲がっている証拠だ」「ええ、そうですね。 では、失礼します。遠くで大きな魔力同士がぶつかっていたのが収まりましたから、カヅキもそろそろ帰ってくるでしょう。 諸々の段取りを開始します。陛下は皆にする演説でも考えていてください」 テレジアが言うだけ言って執務室を後にする。「むぅ……。私も少しは捻じれた方がいいのか?」 アルヴェルラは腕組みで呟く。 言われるほど素直で真っ直ぐな性格をしているつもりはないのだが、他の竜皇が曲者揃いなので、テレジアにそう言われてしまうのもの仕方ないかもしれない。 そのおかげか、他国の竜皇の竜騎士たちは苦労が絶えないとか。「まぁ、今更か。 あ~……何かいい台詞を考えないとなぁ」 頭を切り替え、アルヴェルラは演説内容を考え始めた。 華月の披露の日は、着実に近づいていた。