リフェルアが倒れた翌日。ノーブル・ダルク城の謁見の間には玉座に座るアルヴェルラ、脇に直立不動で控える華月、同じく反対側に控えるテレジア、三段ほど低い位置で直立する弓弦葉が居た。「滞在中の持て成しに、最大限の感謝の意を」「何、気にするな。礼儀正しく訪問してきた使者に対する当然の対応だ。魔族の皆がお前のように礼節を重んじてくれるなら、我らは同じように対応しよう。 それより、私の方こそ礼を言う。我が竜騎士カヅキに稽古をつけてくれたこと、感謝するぞ」「はっ。感謝の言葉、有難く頂戴いたします」 まるで他人同士の会話だ。それも仕方ない事だろう。余人の居ない場とは言え、正式な退城の挨拶なのだから。「それでは、これにて失礼いたします」「ああ。新たなる魔王殿に宜しく伝えてくれ。 その内、魔王の使者としてではなく、ユヅルハとして遊びに来てくれ。私は何時でも歓迎する」 にこやかに誘いをかけるアルヴェルラ。それに対し、少しだけ笑顔で答える弓弦葉。「はい。またいずれ」「さて――、ヴァーナティス」「はっ、此処に」 アルヴェルラの一声。その声に答えたヴァーナティスは、柱の影から現れた。「ユヅルハをドラグ・ダルク領の境界線まで送ってくれ」「はい。承りました」「お気遣いに感謝いたします。それでは、失礼致します」 弓弦葉は深く一礼し、踵を返すと退室する。それに続いてヴァーナティスも出ていく。 扉が閉じ、部屋の中に三人しか居なくなる。「さぁて……。魔族とは不可侵の約束ができたが……。人類種側がどう出てくるか。それが問題だなぁ」「そうですね。連中が五百年前の条約を穿り返してくると面倒ですね」「……そんなもの、反故にしてもいいんだが、なぁ……」 アルヴェルラの顔が少し歪む。「イナティルの阿呆め……。油断ならないと言い含めていたのに」「……今、あの子を責めても仕方ありません。それに条約の有効期限は後二週間程度です。連中がその間に此処へたどり着くことは先ず無いでしょう」 テレジアが目を閉じ、吐き捨てるように呟く。「まぁ、その一週間前に六竜会議だ。今回の会場はどこだった?」「前回がドラグ・シャイン、シャイニング・ドラゴンの居住地でしたから……今回はウェンティアのドラグ・フェーム――フレイム・ドラゴンの居住地ですね」「これは私とテレジアが出ないとならないからなぁ……。 …………行きたくないな、あそこは」「陛下はファルア陛下が苦手でしたね」 うんざり気味なアルヴェルラに対し、テレジアは涼しい顔のままだ。「カヅキも、苦手だろ?」「……得意ではない。そう言う事にしておいてくれ」 話を振られた華月は、ファルアネイラに仕掛けられた意趣返しで懲りているらしい。まぁ、軽く廃人コースへ送り込まれればそうなっても仕方ないだろう。「……あ! そういえばテレジア……。あの時は勝手にカヅキを連れ出したな?」「……陛下はお忙しいご様子でしたので、私が代行しましたが。何か問題でも?」「この……抜け抜けと……!」 ギリギリと歯軋りしそうになるアルヴェルラだったが、ここで重要な事を思い出した。「……六竜会議……。不味いな、非常に不味い」「どうしました?」「カヅキの儀礼正装はどうなっている? 間に合わないと非常に不味いぞ」「昨日、おおよそ完成したと連絡がありました。試験があるのでどうこう言っていましたが」「……何故それを言わない?」「今、申し上げました」 変わらず涼しい顔のテレジア。本当にイイ性格をしている。「……もう、いい。 カヅキ」「ん?」「今から私は飛翼を展開する。綺麗に切り取って儀礼正装の具合を確認してくるついでに外套を仕立ててもらってこい」「……ああ、外套の素材はヴェルラの飛翼だったっけ。解った」 アルヴェルラは玉座から立ち上がると、部屋の中央辺りまで歩き、バサッと飛翼を展開した。「……なんだか、いつもより大きくないか?」「小竜の大きさにしてある。いつもの大きさでは足りないからな。 あ、痛くするなよ」「善処するよ」 華月はファスネイト・ダルクを抜き、勢い良く走り、アルヴェルラの横を抜ける。「巧くいったようですね」 テレジアが言うと、アルヴェルラの飛翼の一部が、ハラリ。と、切り離されて落ちる。「……驚いたな。いきなり随分剣の腕が上がったんじゃないか?」「先輩に扱かれたからな。痛かったか?」「いいや。だから驚いているんだ。もっと痛い思いをするかと思った」 飛翼を格納し、アルヴェルラが嬉しそうに笑う。「知識、体術、剣術は私の想定していた段階を通り越したな。後は取り敢えず魔法だけか」「……難しいものが残ったな」「まぁ、何とかなるだろうし、するんだろう?」「まぁ、な」 アルヴェルラにそう言われてしまうと、こう返すしかない華月だった。「テレジア、カヅキについてフィーリアスの所へ行ってくれ。 私はドレンの所へ行く」「はい。了解しました」 テレジアは返事をすると、切り取った飛翼を丸めている華月の首根っこを無造作に掴むと、引きずり始めた。「お、おい、テレジア?」「さっさと行きますよ。使者の様子が可笑しかったので、少し気になっているんです」 華月はそのまま引きずられていった。「……何だか、嫌な予感がするが……。あっちはテレジアに任せるとしようか。 ドレンも、妙な様子だったし、な……」 アルヴェルラも、少し早いがドレンの所へ向かった。 ドワーフの住居はやけに静かだった。 一つだけ、物凄い鍛造の打撃音が響いている以外は。「この間隔は……ドレンだが、何だ? 相鎚が入っているな」 擬音にするならドガキン! の、後にガギン! と、音が入っている。「ん~? どういうことだ……。ドレンの相鎚をやれる奴は居ないという話だったはずだが」「あら、アルヴェルラ陛下」「む、ヴィネスか。何かあったのか> やけに静かだが」「あ~、ウチの人がね、『テメェら、二~三日静かにしてやがれ』って一方的に言って工房にヴィシュルを連れ込んで仕事始めちゃったのよ。皆、ああなったあの人がアレだって解ってるから」「ああ、そう言う事――ん? じゃぁ、この相鎚は」「ヴィシュルよ。親子で何作ってるんだか」 ヴィネスはやれやれと言わんばかりだ。「もうすぐ出来上がるはずよ。音が変わって小刻みになってるから、最後の整形なんでしょうね」「そうか。少し早いかと思ったが、丁度良かったか」 二人がそんな話をしていると、音が途切れた。「終わったようね。どうぞ、進んでくださいな」「ああ、邪魔するぞ」 アルヴェルラはそこで、ヴィネスが自分をここに足止めしていた事を理解した。(相変わらず、ヴィネスはこの手のさり気無い搦め手が巧いな) 少しだけ苦笑しながら、アルヴェルラはドレンの鍛冶場に入る。「アルヴェルラだ。ドレン、私に用とは――?」「……おう、少し早ぇんじゃねぇか? まぁ、モノは今出来上がったとこだ。もう少し待ってろ」 ドレンは出来上がったという何かに細工している。アルヴェルラからはドレンの背中しか見えないので何なのか解らない。「……ヴィシュル、大丈夫か?」「…………きゅぅ~…………」 情けない声を出しながら、ヴィシュルがへたり込んだ。床にぺったりと張り付き、アルヴェルラがしゃがみこんで突っ突いても動かなくなる。完全に力尽きた様だ。『ああ、流石に堪えた様だな』『まぁ、仕方ないだろう。あの剣を打ち上げた後、そのままコレだからな』「ヴェルセア、ガトレア。お前たちが居ると言う事は、不朽金属を鍛造していたのか?」 二人の周りに土くれの人形と炎の塊が現れる。『ああ、アルヴェルラ』『その通りだ。良いモノが出来上がったぞ』「二人とも、ありがとう」『何、礼は要らん』『我々精霊も、ドラゴン達には日頃世話になっているからな』 二柱が仮の器を解いて去って行った。「は、終わったぜ」「お、何を作っていたんだ?」 ドレンが顔を半分だけ向いて、アルヴェルラに声を掛ける。「……お前と小僧に、詫びの品だよ」 ドレンが作業していた机の上には、黒と金の金属で作られたガントレットとグリーブ、サークレットがあった。「竜騎士には、金属鎧は不要だからな。だから籠手と脚絆付具足、額当だ。持ってけ」「……成程な。お前の誠意の証がコレならば、解った。受け取ろう」「水に流せとは言わねェ。俺の眼が曇ってたのが悪いんだからな」「……本当、素直じゃないな。 いい、いい。解ったから」 ソッポを向いているドレンに対し、アルヴェルラは苦笑する。 そして机の上の物を一纏めに取ると、「もう少し、ヴィシュルを可愛がってやったらどうだ? お前に認められるため、自分の限界を超えようと難題に挑んでみせたのだからな」「……へっ、解ってる。認めねぇわけにゃいかねぇよ。 もう行け。大きさは間違ってねぇから、そのまま使えるはずだ」 ドレンが手を振る。アルヴェルラはソレに声では答えず、足音を立てながら去っていく。「へっ、素直じゃねぇのはお前もだろうが」 ドレンは、そこで苦笑してみせる。「……」「……」「……」「……」 四人は、同じような理由で沈黙していた。「微妙ね」「微妙ですね」「微妙ですねぇ」「これは……微妙すぎる……」 大きな姿見の鏡には、儀礼正装を身に纏った華月が写し出されているのだが、正直、似合っているかと言われれば、微妙としか言いようがない。似合っていないわけではないが、何故かこう、服に着られている感じがある。「しかし、随分派手に仕上げましたね。表面の刺繍が紫の儀礼正装は初めて見ましたよ」「……ちょっと、理由があるのよ」「あ、カヅキ君。その竜騎士細工の装着感はどうですか? 個人的には悪くない仕上がりだと思うのですが」「ええ、付け心地は悪くないですけど……。何でこの形状なんですか?」 華月の首は白銀の使われているチョーカー――首輪とも言う――が、付けられていた。六枚のミスリル・プレートを何かの生地で繋いであるようで、その内の一枚に精霊石が埋め込まれている。「アルヴェルラ陛下の注文なので、ご本人に訊ねてください」「ヴェルラ……」「陛下……」 笑顔のフィーリアスに対し、華月とテレジアは少しだけ脱力した。「では、私は外套を仕上げてきますので。 リフェルア、ちゃんと説明してくださいね」「……解っています」 フィーリアスが切り出してきたアルヴェルラの飛翼を持って去っていく。リフェルアは物凄く体調が悪いようで、顔色が悪い。「……その儀礼正装は、私、リフェルア独自の解釈で作られています。今までの物より、あらゆる性能面で向上している……筈。色々と既存の物と違うのはそのせいです」「ほう、そうですか。 では――」 テレジアが突然、前振りも何もなく華月の腹に拳を突き入れる。「え?」「……ふむ」 だが、その衝撃は全く華月に届かなかった。「拡散できる程度の威力じゃ、届かないわよ」「成程……。確かに、物理防御力は既存の儀礼正装より上がっていますね。普通なら竜騎士でも悶えるところなのですが」「……テレジア、時々加減の調整が可笑しくないか?」「いいえ。別に可笑しくなどありませんよ」「あ、そうですか……」 もう諦めた華月だった。「その他、対魔法防御や諸々付加機能があるわ。詳しくは――」 リフェルアが何か、紙の束を出してきた。「纏めておいたから、これを読んで」「あ、わざわざ悪いな」「いいのよ。調査するついでに纏めただけだから」「……調査、ですか」 リフェルアの言葉に、テレジアが引っ掛かった。「ええ。リフィルに着させて、色々と調べたわ。だから、ソレは万全の儀礼正装よ。これからの基準になるかもしれないわね」「武器と違って他の奴が着ても効果があるのか」「一応ね。本人が使ってる時が一番の効果を発揮するけど、他の者に着させても問題無いわ。ただ、その場合はちょっと頑丈で高機能な服程度になって、不朽性は無くなるわ」「成程ね」「カヅキが着てれば刃物で斬れない、火で燃えない、腐らない、風化しない。脱いでいるときも、最後に着たのがカヅキならそれは変わらないわ。着るという基準も書いてあるから、よく読んでおくことね」「お、おう……」 汎用性はあるようだが、専用武器より扱いが面倒そうだった。大雑把なドワーフと繊細なエルフの差。何てリフェルアに言われそうな気がした華月は、言うのを止めた。「……私が気に入らないのは、竜騎士細工と外套を族長に作らせた事ね。私の体力と魔力が保てば、私が全部やったのに」「無理はしない事ですよ」『体力も魔力も一回尽きたヤツが大きな口を叩くな』『現時点での限界を知っておきなさい、リフェルア』 フィーリアスが戻ってきた。両脇にデフォルメされたミルドリィスとシュリゼリアが浮いていた。「おや、ミルドリィス様がこちらにいるとは、珍しいですね」『大きなお世話だ、侍女長』「二人も、力を貸してくれたんですか」『この辺りの四属性の上級精霊では、私、ミルドリィス、ガトレア、ヴェルセアの一番力が強いから、必然とそうなる』「ありがとうございました」『……ふん、礼は要らん』『精進して、素晴らしい竜騎士になりなさい』 二柱はそういって仮の器を解いて去った。「お待たせしました、これで儀礼正装の引き渡しは完了です」 そう言ってすっかりいい具合に鞣された外套を渡してきた。「……この短時間でどうやったのですか?」「ふふっ、ヒ・ミ・ツ、ですよ♪」 そう笑顔で嘯くフィーリアスに、その場にいた三人はちょっとした恐れを感じた。