弓弦葉が華月の両手を踏み砕き、剣を蹴り飛ばした。「……これで、戻しても大丈夫だろう」 華月の両腕を串刺しにしていた両刀を引き抜き、戒めを解く。「済みましたか?」「ああ」 そこにテレジアが着地する。同時に展開していた飛翼を格納し、何時もの姿に戻る。 華月の両腕は本体が近づいた事で切断面から先程と同様に筋組織やら何やらが伸び、定位置に戻った。「……再生能力が上がっていますね」「一般的な竜騎士と同等の速度だな」「あ……、はぁ……」 普通の竜騎士はこんな気色の悪い傷の再生をするのだろうか。「ヴァーナティス、舞台の効果を全て切りなさい」「はい」 テレジアから鋭い指示が飛び、ヴァーナティスが即座に応じ、舞台に展開されていた魔法結界、及び魔法効果が一斉に消失した。「さて、ヴィシュル」「う……はい」 華月を解放し、ヴィシュルに向き直ったテレジアは、その眼をギラリと光らせる。その眼光たるや蛙を睨む蛇のようだ。「貴女は、一体何を作ったのですか?」「……竜騎士の武器です」「確かに。 その性能は十二分だと思います。しかし、傍から見ていて感じるほど、アレは禍々しいモノです。……もう一度聞きます。何を、作ったのですか?」 決して言葉は鋭くなく、重圧も感じない。しかし、ヴィシュルは感じた。純粋な恐怖だけを。「数種の不朽金属を合金して、鋭利さ、重量、質量、魔力特性、魔法特性を今までの専用武器よりも高位に――」「性能云々の話ではありません。誤魔化すつもりなら端的に言いましょう。 呪物を、創っていませんか?」 踏み込んだ、本当に端的な質問。 しかし、それに対しヴィシュルはテレジアを睨み返した。「創っていません!! どれだけ詰られようと、それだけは許しません!」「……。持ち主の意識を侵食して、強制的に戦闘を続行させるようなモノは、呪物以外の何だと?」「あれは――!」「この、バカ娘がっ!!」 二人の険悪な雰囲気を怒声が掻き散らした。「へ――ぶっ!?」 ヴィシュルは背後の森から、縦横に高速回転しながら飛んできた何かに激突され、鮮やかに吹き飛ばされた。 ヴィシュルにぶち当たり、勢いを無くした物体は、ゴトン。と、重く鈍い音を立てて地面に落ちた。 それは大きな鎚だった。使い込まれているのか、鈍い光を反射するガンメタリックの鎚。「ヴィシュル! テメェ、ヴァーヴァストを使いやがったな!!」「……~~っ! ッテェなクソ親父!! 何すんだよ!!!!」 吹き飛んで地面に伏していたヴィシュルが跳ね起きて、森から現れたドレンに向かって吼えた。ついでに地が出ている。「鍛冶に使うんじゃねぇって言っただろうが! よりによって禁忌金属に手ェ出しやがって!!」「アタシの計算じゃアレを入れる事で全ての特性値が倍になるんだよ! 使わない手があるかっ!!」「やっぱり使いやがったのか!」「あ!? テメェ、カマ掛けやがったな!!」「親に向かってテメェだと!?」 小さい身体で怒気を滲ませながらズンズンとヴィシュルに向かっていくドレン。その額には無数の血管が浮き上がり、全身の筋肉が隆起し、服がはち切れんばかりになっている。「うわ……スゲェ筋肉……」「そうだな。だが、これが普通のドワーフだ」「感情の起伏で全身の筋肉があのようになります。怒りが強い時ほど派手に隆起します」 思わず呟いた華月だったが、いつの間にかその近くには弓弦葉とヴァーナティスがいた。 テレジアは静かに成り行きを見ている。「アレがどれだけ危険か、ホントに小せぇ頃からさんざっぱら言い聞かしてきただろう、がっ!」 ドレンの拳がヴィシュルの鳩尾に綺麗に入った。「いつまでも昔を気にしてたら、進歩しねぇだろう、がっ!」 ヴィシュルは何事も無かったかのようにドレンにアッパーカットを決めた。「……え~……肉弾戦?」「ドワーフの喧嘩は基本的に素手で殴り合いだ。どちらも頑丈だからな」 殴り合う二人のドワーフからは普通の殴り合いとは思えない物凄い音が響いてくる。 カタ、カタカタ…… そんな中、華月の耳に、舞台端の方から小さな音が聞こえた。「……?」 華月がそちらに視線をやると、弓弦葉に蹴り飛ばされたファスネイト・ダルクが微妙に振動していた。まるで「放置しないで」と言っているようだ。 しかし、華月は拾いに行くか一瞬悩んだ。 それを敏感に感じ取ったのか、ファスネイト・ダルクは微振動を止め、存在感を小さくしていく。これは「どうでもいいの……」と、拗ねているようにも取れる。「……」「どうした?」「いえ……何でも……」 華月の挙動を不審に思った弓弦葉だったが、華月が何も答える気がなさそうだったのでそれ以上聞くのを止めた。 しかし、何だかあんまりな反応をする剣だ。本当に意思を持っているようだった。 放置しておくのも何だか忍びなくなった華月は、懸念を一旦頭から追い出し、拾うことにした。 近づくと、さっきまであった存在感が本当に小さくなっていた。そこに在るのに無いかのように感じるほどだ。 完全に治った右手で柄を持ち、拾い上げる。「……特に、何も感じない?」「オイ! コラァ!! ソレで揉めてんのに何拾ってんだテメェ!!!!」「いや、だって何ともないし」 ヴィシュルと殴り合っていたドレンから華月に怒声が向けられるが、華月は全く気にしなかった。「むしろ、さっきより馴染んだような?」 軽く振ってみる。 そして感じるさっきとの違い。さっき以上に一体感が増していた。本当に自分の腕が伸び、振っているような感じだ。「……おい、バカ娘。まさか、自分の血をかけたりしてねぇだろうな?」「……え?」 華月の様子から何かを察したドレンが、ヴィシュルがドキリとする質問を静かに投げる。「……そんで、あの小僧の血も、かけてねぇだろうな?」「な、何さ……」「――……色々、言いてぇ事があるが……。 テレジア」「はい」「……。 あの剣は呪物じゃねぇ。ただ、似た性質を持った、魔性の剣だ」 ドレンがうんざりした口調で言い放った。「詳しく、お聞かせ願えますか?」「ああ……解説してやるよ……」 ノーブル・ダルクの一室に、正座させられたヴィシュル、椅子に座り、足組で肘掛けに肘をつけ、頬杖をついたアルヴェルラ、ヴィシュルの脇には大きな鎚をぶら下げ、不機嫌な顔で仁王立ちするドレン、アルヴェルラの両脇に華月とテレジアがそれぞれ立っている。「……で?」 物憂げなアルヴェルラが短く一言。「ウチのバカ娘が、とんでもねぇモン創っちまった」「これがそうか?」 それぞれの組の間にぽつんと置かれ、存在感を小さくしているファスネイト・ダルクがあった。「ああ、この剣の材料にヴァーヴァスト鉱石が使われてる」「ん~? ……ああ、お前たちの祖先が使って、何やら大災害を引き起こしたっていうアレか」「ああ。ヴァーヴァストは錬成して鍛造、成形した後に条件を満たすと、ある特性とともに不朽金属になる変性金属だ。 問題は、その特性。自意識の獲得と、所有者との同調による性能乗数化だ」 ドレンの説明に、アルヴェルラはため息をつく。「その特性で、何故地方の歴史書に残るほどの大災害が起こったんだ?」「武器が自意識を持つ。それにゃぁ特に問題は無ぇ。んな代物、古式魔剣とか腐るほどあるからな。厄介なのは所有者の意識と同調して、その性能を乗数で倍化していくことだ。備わっている機能が強力であればあるほど、所有者が強大であればあるほど、危険指数は跳ね上がっていく。 昔、ご先祖が頼まれて作ったのは杖だった。魔法の増幅装置としての機能を持っていた。最初の所有者は貧弱だった自分の魔法を強化したかったんだろうな。そいつが使う分には問題なかった。だが、そいつは杖の秘密を知った他の魔法使いに殺られて、杖を奪われた。よく聞く悲劇だが、その杖を奪った魔法使いが問題だった」 ドレンがヴィシュルを睨む。「ドーランヴァナッシュ。爆炎のドーラの名で今も語られてるな。人間の魔法使いの知名度を、そこまで響かせるだけの力と、歴史書に記録されるほどの災害を引き起こす威力を発揮した。 今も何処かに眠る、魔杖コールド・ブレス。ありゃぁ、アーズの恥だ」「……。まぁ、言いたいことは解った」 静かに話を聞いていたアルヴェルラは、面倒臭いという感情を隠そうともしていない。 ただ、端的にドレンの考えを読んでいた。「この剣、壊したいんだろう?」 アルヴェルラの言葉に、ドレンが頷く。「ま、待ってよ! そんな事――」「黙ってろ!!」 ドレンが食い下がろうとしたヴィシュルを一喝する。「同じ事を繰り返すつもりは、ねぇ! 特に、俺の代でんな不始末を――」「ほぉう、ドレン。つまりお前は、カヅキが、私の騎士が、災害を引き起こすような、そんな使い方をすると、そう思っているというわけだ?」 アルヴェルラがドレンの言葉を遮って、流し目を送りながら何気ないような口調で、不満を表す。「それは見過ごせないなぁ。頂けないなぁ。 ……許せないなぁ」 自身の騎士を過小評価される。それは即ち、その者を騎士に選んだ、ドラゴンすら過小評価されていると言う事だ。そんなことは到底――。「赦せないぞ?」 アルヴェルラの顔が歪んでいく。例え盟友であろうとも、プライドに傷をつける様な真似は赦せない。「……適当な理由で、邪魔すんじゃねぇ」「……ドレン。私はそれほど愚かではない。以前、お前が武器の作成を断った時とは状況が違うぞ?」「アレは話を聞かなかった俺が悪かった。今度、改めて俺が作り直す。だからコレは――」「そんな言葉で片付く事では無いんだ、ドレン。お前、私たちに慣れ過ぎて忘れたか?」 アルヴェルラが嫌な、厭な笑顔を見せる。目が、眼が笑っていない。嘲笑(わら)っている。「ドラゴンの誇りは、そんな言葉で慰められるほど、安くはないぞ」 アルヴェルラの言葉に怒気が混じり始める。どうやらドレンが武器製作を断った事はアルヴェルラの中ではかなり大きなしこりとなっていたようだ。「それに、な。この剣を使うかどうか……決めるのは私では、無い」 アルヴェルラの顔が華月に向く。美貌の中、確固たる意志を示すその目が言っている。『お前が決めろ』 と。 決定権を華月に委ねている。「そんな風に観られると、な……」「……小僧、コレは諦めろ」「……カヅキ、さん……」 華月を睨みつけるドレンに、どうすればいいのかわからない風のヴィシュル。「……」 当の剣は沈黙したまま。 華月はため息ひとつ。アルヴェルラの脇を離れ、剣の方へ歩き、無造作に剣を拾い上げる。そして直感する。「ヴィシュルが創ってくれた、俺の為の剣だ。不朽金属だって壊す自信があるなら、壊してみればいい」 ドレンに刃を向ける。この状態なら剣の腹を強打されれば普通の剣なら砕けることもあるだろう。「抜かせ青二才がぁっ!!」 ドレンが脇に吊っていた大鎚を振りかぶる。「在るべき姿へ、元素還元(エレメント・リターナ)!」 ドレンが唱えると、大鎚が輝く。ドレンの上半身がバンプ・アップする。「散らせ、デクレッシェ!」 大鎚――デクレッシェが更に輝く。 そして振り下ろす軌道を変え、ファスネイト・ダルクの横っ面を打ち据える。「ぐっ……!?」「まぁ、当然だな」 甲高い金属音が響き渡る。 が、ドレンはデクレッシェを振りきれず、華月は先ほどと同じ格好でファスネイト・ダルクを保持していた。 砕けなかった。「……クソッ!」「と、言う訳だ。 ヴィシュル、俺の剣はこのファスネイト・ダルクがいい」「……え?」「さっきのは、俺がこいつを『知らなかった』から起こったことだ。大丈夫、お前はちゃんと、竜騎士の専用武器を鍛え上げたよ」「……ちっ、後で泣き入れんじゃねぇぞ。 俺は帰る」 ドレンが全員に背を向ける。「ヴィシュル、テメェが創ったんだ。後の面倒はテメェで診ろ。 小僧、精々ソレに喰い潰されねぇことだ」 そのままの格好で続ける。「……アルヴェルラ」「何だ?」「――俺が、悪かった……。用があるから二、三日したら来てくれるか?」 ドレンの申し出に、アルヴェルラは周囲に解らないレベルで苦笑すると、答えた。「解った。後で行こう」「ああ。 じゃぁな」 ドレンはデクレッシェを担ぐと本当に帰ってしまった。 その様子にアルヴェルラは今度は解りやすく苦笑する。「やれやれ、素直になれない奴だ。 ヴィシュル」「は、はいっ!?」「よくやったな。製造方法と出来上がった物には難があるようだが、ドレンの創造物破壊に対抗しきる、見事な一品だ」「あ……ありがとうございます……?」 ドレンが唱えたのは対人工物用の極大破砕魔法だ。人造物ならほぼ全てを無条件破砕する。鍛冶・鍛造を極めた者だけが使える特殊な魔法だ。「これでヴィシュルに課していた課題は達成された。 そして、報酬を支払わないとな。何がいい?」「……少し、考えさせてください」 笑顔のアルヴェルラに対し、神妙な顔のヴィシュル。「解った。決まったら言うといい。 さて、これでこの件は落着だな。テレジア、喉が渇いた。茶を淹れてくれ」「畏まりました」 アルヴェルラはテレジアに指示する。「お前たちも飲んでいくか?」 そのまま茶会になった。