その光景の次には、声が響き渡る。「あああああぁぁぁっぁぁぁっ!?」 ヴィシュルが両手で頭を抱えて絶叫する。 その声に吃驚したのか、弓弦葉とヴァーナティスがビクッと身をすくませる。一方、華月はそれどころではないようだ。 両膝をつき、何か悶えている。(痛くないけどっ、痒い!?) 身体の内側から刃が貫通している部位が突っ突かれたり、撫でられたり、舐められているような感覚がある。だが、不思議と不快な感じではない。 まるで、剣が自分を探っているようだ。と、華月は直感した。 言葉を交わすような事は無い。 意志を感じる事は無い。 ただ、意思だけは感じた。『アナタが、アルジなのか?』 その意思に応える様に、華月は柄を握ると一息に自分から抜き放つ。 涼しげな風切音を立て、刃がピタリと弓弦葉を向く。 血が噴き出てくる事は無く、華月の身体に傷すら無い。 抜き放たれた剣の刃の形状は、以前の通りで変更はない。だが、色が違っていた。光すら吸い込んでいるのでは無いかと思わせるような黒。一点の曇りもない完璧な漆黒。ダークネス・ドラゴンがが操る闇の如く闇黒。 重量、重心、共に華月に違和感を覚えさせない。ずっと持っていたかのような一体感。 正に、華月の剣。「大丈夫、か?」 弓弦葉が問う。「問題在りません」 華月が答える。「そうか」 華月に付けられた弓弦葉の刀傷も消え、凍結しかけていた身体は正常な状態に回帰している。(……あの剣、特殊武器なのは解っているが、持っている効果も特殊中の特殊か?) 弓弦葉は警戒を強める。そう、ファスネイト・ダルクが発する雰囲気は普通では無いを通り越し、尋常では無かった。華月の戦意に反応し、自身の全能を現しているようだ。 対し、弓弦葉の智華と琉獅華は静かに沈黙している。 ドレンは、全身から血の気が引いていた。「……無ぇ……」 最後の処理をしようと、一人で最下層に降りてきたが、在る筈のモノが、無くなっているのだ。「ヴァーヴェストの、最後の塊……!」 ヴィシュルと一緒に処理していた、最後の一欠片。それが消失していた。「あんなモン、使うバカは居ねぇと思い込んでた俺がバカだったか!」 八つ当たりのようにハンマーを地面に叩き付ける。『何を荒れている?』「……ガトレア? なんでお前が――」 割れた地面が盛り上がり、ガトレアが姿を顕した。『ここにあった、あの代物がどうなったのかと思って、な』「ヴァーヴェストの塊なら、殆ど砕いて溶岩に沈めたんだが……最後の塊が残ってたんだ、この間まで!」『……無くなっているというのか?』「そうだ! 確かにあった筈なのに!!」『しかし、アレは殆どのドワーフが扱えない物だろう。一体誰が――』「そうだ。アレはアーズの直系以外にゃ真価を発揮させることが出来ねぇ。それ以外は普通の希少金属程度の性能だ。 だが、解っている発動条件がアーズの血ってだけで、他にも何かあるかも知れねぇから見つけ次第処分することにしてんだ。アレは危険だ。御先祖も一回しか手を出さなかった禁忌金属だ!」 そこで、ドレンの脳裏に浮かんだのは、とある娘の顔。 そこで、ガトレアの予想に当て嵌まったのは、一人の少女。「『ヴィシュル!』」 二人は同じ人物を連想していた。 再び弓弦葉が智華と琉獅華にそれぞれ凍気と熱気を纏わせる。 今度は華月から仕掛けた。 先程とは速度から重さまで違う斬撃が弓弦葉に襲い掛かる。(速さ、キレ、威力……桁が二つほど違うぞ……!?) 先程とは一変した華月の攻撃。 弓弦葉が防御一辺倒に抑え込まれ、揚句に捌ききれなくなり大きく距離を取る羽目になった。 武器一つ変わっただけでここまでの変化があるとは到底思えない。 一方の華月は、何処か呆けた様子で剣を構え直し、また弓弦葉に斬り掛かった。 今までは華月の一撃など一刀でいなしていた弓弦葉が、ここにきて二刀で受け、流し、いなしている。(これは……呑まれている、のか……?) 弓弦葉には、この華月の様子に覚えがあった。 聖剣と呼ばれた汚れた遺物に呑まれた少女。 切り伏せ、切り離すしか手が無かった自分。 何時も、自分は間に合わなかった過去。(ならば、物理的に切り離して正気に戻すしかないな!) 華月の癖か、ある連携の後に一瞬の隙が出来る。そこを狙い澄まし、弓弦葉は華月を大きく吹き飛ばした。「秘奥ノ二、神殺・十字」 纏身系と流身系を最大に引き上げ、両刀に生成・運用させる魔力も最大限に。身体は今の華月を悠々と上回る速度で稼働し、両刀の特性は最大限に発現している。 華月が体勢を立て直す暇もなく、弓弦葉は先に智華で横薙ぎの一撃を神速で突き入れる。 特性を最大限に発揮しているこの状態の智華は、あらゆるモノを一瞬すら掛けずに完全凍結する。 事実、華月は斬られた腹から一瞬で凍り付いてしまった。 そして間髪入れずに琉獅華が真上から相手を襲う。 動けない華月は、易々と両断され、切断面から爆ぜた。 またも絶叫が響く。「うああああぁぁぁぁっぁぁ!!」 これもヴィシュルのものだ。「ちょっ! えっ!? カヅキさぁぁぁぁぁぁん??」 あっさりと『殺されて』しまった華月に対する、何かこう、言い表しにくい感情の発露というか、そんな感じの絶叫だった。 さっきとは別の意味で頭を抱えなくなったヴィシュルだった。 しかし、次の光景には、ヴィシュルは正直吐き気を催しかけた。 びゅるんっ! と、言い表すのが正しいだろう湿って濁って耳に残る音がしたら、華月の二つになった身体がくっついていた。それだけではなく、何事もなかったかのように立ち上がった。 傷――破損痕と言った方が正しい炸裂面が驚異的な速度で再生されていく。 波打ち蠕動する血管や筋肉。 燃える紙の映像を逆再生するように表面を覆っていく皮膚。 はっきり言って気色悪い。 子供が見たら悪夢を観るだろうグロテスク具合。しかも相変わらず華月は半分呆けた表情のままだ。「……腕を飛ばさないとダメか」「……」 最早弓弦葉の声にも反応しなくなった。華月は両腕をだらりと下げ、上体を前に倒しながら奔り出した。 そして、右手に持った剣を両手で持ち、下から上へ一気に振り抜く。 下で刃を交差させ、止めようとした弓弦葉の防御を吹き飛ばし、今度は最上段から一気に振り下ろす。 完全に無防備にされた弓弦葉は、またも纏身系と流身系を最大にするが――。(拙い……!!) 同時に後ろへ体を逃がす。 風切音すら断ち切って、華月の振り下ろしは石畳を打った。「……っ!」 一瞬遅れて、弓弦葉の右肩から左脇腹に掛けて裂傷が生じ、血が噴き出す。「ここまで、深い傷を負ったのは、久しぶりだな」 血が飛沫を上げたのは一瞬で、瞬く間に傷は塞がっていた。「その状態で放置するのは、華月の意識に負担が掛かる。悪いが」 もう一度、構える。「次で、正気に戻ってもらう」 弓弦葉の姿が、舞台から消えた――ように見えた。「ヴィシュルは、一体何を創り出したわけ?」 上空で観察していたテレジアが呆れていた。「持ち主の意識を呑みこんで戦闘を続行するなんて、それは呪物(じゅぶつ)じゃない。あの子、まさか変なモノを材料に使ったんじゃないでしょうね……」 そうして観察していると、ついに弓弦葉が華月の両腕を肘で切断し、剣と分離することに成功していた。 だが、流石のテレジアもその次の行動は読めなかった。「――え? 何で!?」 弓弦葉は上空のテレジアが見えているかのように、華月の身体を更に『魔法強化』までして蹴り飛ばしてきた。 猛スピードで飛んできた華月の身体を受け止めたテレジアは、抗議の為に直ぐに降りようとしたが、弓弦葉が下で、本体にくっ付こうとしている両腕を抑え込んでいることに気づき、先ずは華月の意識を覚醒させることにした。「暢気に、気を失ってる場合か!」 魔力を纏った渾身の頭突きが、華月の後頭部に炸裂した。「ぉうふ……。イテェ……」「目が覚めましたか?」「……え? テレジア……? はっ!? え! あ!? どうなってんだ!?!?」 どうやら完全に記憶が飛んでいるらしい。状況を把握出来ていない。「え? 両腕が!? あ、え?」「少し落ちつきなさい。 ……貴方とユヅルハの試合は中止です。ヴィシュルにも聞く事が在ります」 テレジアは、ゆっくりと下へ降り始めた。