「へぇ……凄いな」 華月は感心の声を漏らした。 部屋の左右には高々と聳える書架が在り、その全てに本らしきものや巻物っぽい何かが収められている。「ダークネス・ドラゴンが貯蔵する書物です。創世の時代を記す物もある、歴代の長老達が書き連ねたものから近代史まで無節操に存在しています。 これらは基本的に下位竜種言語(ロー・ドラゴニア)で書かれていますが、その身に『意思疎通』の玉を持っている貴方なら普通に読めるはずです」「ん、そうなのか? 便利なんだな」「偶々、運が良かっただけです。発現率の低い玉なのですから。まぁ、そのお陰で私たちとも言葉を交わすことが出来ているわけですが。 此処を使います」 部屋の中を進み、たどり着いた先は一つのテーブル。椅子は一脚で、羊皮紙のような色合いをした用紙が数十枚と、インクの小瓶と羽ペンらしきものがあった。「こりゃまた古風な筆記用具だな……」「古風とは随分な言い草ですね。これが一般的な製紙とペンです」 華月の物言いが気に障ったのか、テレジアの声に険が載った。「元の世界だとちょっと違う物を使ってたから」「色々と、こちらの世界とは違うと言うことですか。 服の素材から違っているようでしたし、当然かもしれませんね」 そこで自分の制服がどうなったのか、聞いていない事を思い出した。「そうだ。俺の制服はどうしたんだ?」「貴方が着ていた服なら、洗濯して保管してありますよ。なんとも貧弱な素材なので、破かないように随分気を使いました」「……え? そんなに弱いもんじゃないと思うんだけど」 ナイロンや綿などが主な素材だ。前の世界においては簡単に破れる様な軟弱な生地ではないはずなのだが。「そう思うなら、今着ている服を破こうとしてみてください」「ん?」 言われて、華月は服の裾を両手で左右に引っ張ってみた。「堅っ? 何だこれ!?」「それが我々の使う基本的な素材です。ある昆虫の繭を紡いで作っています」「へぇ~、随分頑丈なんだなぁ。着心地は変わらないのに」「その位の強度がないと、扱い辛いのです。うっかり加減を間違えて破けるようなものでは日常生活に支障をきたします」 随分と生活臭のする発言だが、その格好で生きていれば当然かもしれない。「そういや、竜でも服を着るんだな」「……それは、我々を馬鹿にしているんですか? そうでした。その辺りもきっちり理解していただきます。雑談はここまでで講義に入ります。着席してください」 華月の発言は薮蛇だった。テレジアの額に薄ら血管が浮いたようにも感じる。 言われたとおりに大人しく着席し、テレジアの話を聞く事にする。「必要なら自分の読める文字でメモを取ってください。では、始めます。 まず、我々の住むこの世界は、総括して『アードレスト』と呼称されます。原始の創造神は『クリミナ』と呼ばれ、彼の存在が今の世のあらゆるモノの原型を創造したとされ、唯一無二の存在とされています。 そうして築かれた世界なのですが、後ほど世界地図を見せますが海に果ては無く、東西南北のどの方向でも同じ方向に進み続けると始めの位置に戻ってくることから、平坦なわけではなく球状をしていることが解っています。これは闇黒竜族と白光竜族が協力して突き止めた事実です。 大陸は全部で五つ。我々が住む中央大陸『ウェルデシア』、北大陸『ヴァネスティア』、東大陸『ヴォーディシア』、西大陸『ウィデスティア』、南大陸『ウェンティア』です。 島は大小合わせると多く、総数は把握できていません。所有国と所有者のいる島だけで現在三百四十二」 そこまで話された時点で、華月は取り合えず世界名、大陸数と大陸名、島の総数、そして言及されてなかったが、どうやら方角も東西南北で変わり無いらしい事を日本語でメモしていた。「随分と変わった文字を使いますね」「俺の国の母国語がこれなんだよ」「……どこかで似たような文字を見た記憶がありますが、まぁそれは後回しですね。続けます。 アードレストに生息する生物は何々種何々族と区別しますが、把握されているもので六百八十九種。その内、言語を持つ種族は大別して六種。 一つ、神魔種。一つ、純竜種。一つ、精霊種。一つ、妖精種。一つ、亜人種。一つ、人類種」「案外少ないんだな」「当然です。原始の創造神『クリミナ』は、無駄に種を増やすことを好みませんでした。 まず、手足となり、世界を管理する者として神魔種を創造し、最初の住人として純竜種を。 そして肉の器に囚われない者として精霊種を。 両者の特徴を受けた妖精種を。 獣の特徴を受けた亜人種を。 最後に今までの集大成として万能の器である人類種を創造しました。 その間に細かな、言語を持たない獣などを少数種創造しましたが、あれらは実験種だったためか世代交代と変容が著しく、多様の枝分かれをしていきました」「……。じゃぁ、初期に創られた種族ほど長寿命で世代交代が少ないって事か?」「人類種は当てはまりませんが、その通りです。神魔種はほぼ代替わりしないと言われています。通常は己らに与えられた神魔階に我等とは違った形態で存在し、この世界には殆ど干渉しません。一説では不死不滅の存在だとか。 我等純竜種も代替わりは殆どしません。強靭な肉体と莫大な魔力を持ち、滅多な事では死にません。固体が何らかの形で減少した際、同族の中から新たに出現します。 精霊種は個体数が限定されていますが、肉体を持たないが故に基本不滅です。何かの原因で存在が維持できなくなると、世界へ回帰し、新たに再構成されるという話です。 妖精種もその寿命は数百年から数千年です。肉体強度や魔力量は族によりバラけます。彼らまでいくとその個体数は自身等で調整するようになります。 亜人種はこれまでの族種に比べ短命といえます。肉体強度、魔力量共に妖精種と同じく族により差が激しいようです。寿命は十数年から数十年で、個体数も族によってまちまちとなり、一概には言い切れません。 人類種は数十年の寿命で、その肉体は全体的に脆弱、魔力量も少量な部類になります。ただ、これは個体差が激しく、環境によっても大きく異なります。そして個体数は全種族中最多を誇ります。万能の器として創造されたことに起因しますが、環境適応能力や知識・知恵の蓄積、次代への引継ぎが円滑に行われ、様々な方向へその進路を取れるが故に目覚しく種として成長しています。 が、同時に最も愚かで、細かな差違が発端となり、同族での同士討ちが絶えません」 テレジアの説明は淡々と円滑に進むが、人類種の説明だけは何か感情が混じっていたようだった。「何か質問は?」「今のところは。内容についての質問は無いよ」「そうですか。 では、まだ続けます。 種族により各大陸の各地に集落や国が作られています。基本的に長年の暗黙の了解で互いに不可侵となっているのですが、人類種にはそれが通用しません。空白地を占領するだけでは飽き足らず、他種族の領域を侵略し、その地を簒奪することが此処数百年で数え切れないほど起こっています。それにより数を減じたり、地を追われ、他種族の領域に逃げ込んでくる者達も少なくありません。下手をするとその地に住む一族が揃って移動することもあります。 我がドラグ・ダルクにも、ヴェネスド山脈には一部の妖精種ドワーフ族が、領地の外れに一部の妖精種エルフ族が避難してきました。何れも人類族にその居住地を脅かされ、我等を頼ってきた者達です」「どの世界でも、人間ってのは似たような性質を持ってんだな」「……続けます。 世界がそういった形で変容し始めた800年程前から、突如として今まで存在しなかった特異なモノが現れました。『異界人』と呼ばれる他世界からこの世界に現れた人間達です。 始めは混乱がありましたが、彼らにはその身に高純度の魔力結晶であり、魔力精製器官として機能する『玉』と呼ばれるモノを必ず二つ宿しており、それらには様々な能力が秘められていました。その中の一つが貴方の持つ『意思疎通』であり、それを持つ者との交流により様々な事が発覚していきました」「始めは勝手に現れてたんだ?」「はい。意図せず、何らかの理由によりこの世界に現れてしまったという事でした。 様々な世界からこの世界へ現れたらしく、統一性が無いのが特徴で、姿こそ酷似していましたが、思想から何から、合致しない方が多かったようです。 そうして、ただでさえ面倒だった人類種の成長が、異界人を受け入れた事で階段を飛ばすような勢いで加速しました。様々な世界からの来訪者だったことが連中にとっては幸いし、我々にとっては災いでした」 テレジアの表情が歪み始めた。口調も若干荒れ始める。「文明的に発展した世界、この世界とは別方向に発展した世界、本当に様々な世界から色々な人間が現れたようでした。そのおかげで連中は異世界の知識を手にし、とんでもないものを造り上げ始めました。 そして500年前、人類種は我等純竜種、その中でもダークネス・ドラゴンに忌み嫌われる事になります」「それは、何でだ?」 テレジアはその顔を歪めたまま、華月の質問に答えようとしなかった。嫌な沈黙の中、こんな言葉が聞こえてきた。「殺したからだ」 聞こえてきた声に反応して華月が振り返ると、そこにはアルヴェルラが腕を組んで立っていた。その表情からは、何も伺えない。