両者の動きを見比べながら、ヴァーナティスは改めて華月の異様さに怖気が走った。冷や汗が一筋流れる。(ユヅルハ様の動きはあれらの名に恥じぬほど見事です。……が、それに劣らないカヅキ様の近接戦の動作。総纒役はどれだけの密度で訓練をしたのでしょう) 訓練期間との釣り合いが取れない程の動きを見せる華月。 弓弦葉の右ストレートを自身の左腕を立て、引きながらいなし、自動的に右半身が前に出るのを利用し、更に腰を入れ、右の掌底を打ち出す。 弓弦葉は右半身をもっと押し出し、左脇腹に掠らせるだけで掌底を回避した。(掠っただけで、抉られそうな威力か。これで本気じゃないというのも……) お互いに本気など出していない事が解っている。 だが、テレジアとトレイアの訓練により華月の白兵近接戦の地力は底上げされた揚句下駄を履かされている。 元々人間だったという点で二人は共通する点を持つが、それぞれ辿った経緯が違う。 片や数百年を魔族と化して生き抜いた字持ちの凶状付き。 片や召喚直後に死に掛けて竜騎士化した半人前の竜騎士。 どちらも能力の上限が高いが、強いて言えば華月の能力値の方が高い。 だが、その能力差すら、弓弦葉には問題にはならなかった。 攻防を続けながら弓弦葉が呟く。「華月、少しキツイのが行くぞ」「……!」「独ツ月――」 華月の右ストレートを左腕で下から跳ね上げ、そのまま身体を回転させ左手に遠心力を伴って華月の左脇腹目掛け手刀として打ち放つ。 華月は跳ね上げられた右腕のせいで重心が後ろに行きかけていたが、何とか踏みとどまって打ち出された手刀を左肘と左膝で挟み込んで止めた。当然、弓弦葉の左手を叩き潰すつもりで打ち込んでいる。「この程度は『見える』か」「当然です!」「そうか。 ――伝播」 弓弦葉が軽く――本当に軽くとしか見えない動きで左足を踏み込むと、華月の左膝が弓弦葉の左手から急速に離れ、地面に叩きつけられた。「っ!?」「まぁ、所謂発勁というやつだ」 体勢を強制されれた華月に、弓弦葉の三連撃が襲い掛かる。 右の掬い上げるような蹴りで宙に浮かされ、空中で跳び膝蹴り。そして縦回転後の踵落としで下へ。「ぐっ……イッテェ……」「それなりに効いたか?」 悠々と着地し、腕組みで華月に声を掛ける弓弦葉。そこには焦りも何も無く、平然と変わらない。「ただの学生が短期間でここまでになれば十分だろう。華月、お前はそれなりに強い」「はは。そりゃ、どうも……。 でもね、先輩……」 ゆらっと起き上がった華月は、全身に魔力を纏う。「それなりに強い程度じゃ、全っ然、足りないんですよ! 魔力を使ってやりましょう、竜楯!」「ふ、若いな。 いいだろう、魔鎧(まがい)」「「同時に流身系」」 双方、内外の魔力を制御する。ここからの戦闘は総てが高速高威力となる。「魔力作用の技も在りか?」「お好きにどうぞ」「なら、幾つか俺の業を見せてやろう。一般には何やら秘拳と言われている」 弓弦葉が大きく華月との距離を取り、両の肘から先に魔力を強く集中させる。「先ず、断って置く。命名は俺じゃない。 それでは、拳撃中心の地上コンボだ。 火炎(かえん)」 弓弦葉の両腕に赤い炎が燃え上がる。「緋焔(ひえん)」 赤みが増し、鮮やかな緋色になる。「赫焰(あかいほむら)」 腕に燈る炎は緋を通り越し、形容し難い悍ましい赫炎(あかいほのお)と化す。「灯宴(ひえん)――」 瞬間移動としか言いようの無い動きで華月の前に弓弦葉が現れる。「楼蘭焰舞(ろうらんえんぶ)」 次の瞬間から、華月の意識は途切れた。 炎を纏った拳撃肘打掌底手刀の乱舞劇。 腹顎額眉間脳天首肩腕背中――。 前後左右に細かく移動しながら弓弦葉は華月の腰から上の人体急所を滅多打ちにする。両腕に灯る焔の作用で打撃の当たった個所が瞬間的に燃え、焦げ付く。 正に乱打。 そして――。「そこまでです」 ヴァーナティスが割って入った。弓弦葉の右腕を掴む。 弓弦葉は最後の決め――フィニッシュ・ブローを放つ所を止められた。「貴方の灯宴・楼蘭焰舞の最後は、特大の炸裂拳打とお聞きしています。意識を無くしているカヅキ様にそこまでする必要はないと判断いたします」「……そうだな。久々に楽しみ過ぎた。 華月、起きろ」 弓弦葉は赫炎を消し、少しだけ魔力を込めたデコピンを放つ。「――うぃっ!?」 それで華月が意識を取り戻す。「あ……先輩? 俺は――」「俺の業の途中で意識を飛ばしたんだ。まぁ、今のは所謂初見殺しだからな。初見でこれを受け切れる奴はそうそう居ない。少し試してみたんだが、やっぱり経験が足りないな」 弓弦葉が纏っていた魔力も霧散させ、一旦戦闘状態を解除した。「今の動き、一つ一つ見せてやる。少しは勉強になるだろ」「お願いします!」 その後も延々と華月と弓弦葉の攻防は続く。(……これは、飽きますね) ヴァーナティスはこの風景に飽き始めていた。(何かないものですか……ん?) ヴァーナティスは舞台の端で動く何かに気が付いた。(あれは――?) 動いている何かはフェリシアだった。(フェリシア様……? そんな所で一体何を――) ヴァーナティスが疑問に思った瞬間、舞台に異変が起こった。「なっ!?」「うん?」 華月と弓弦葉の動きが極端に遅くなった。声にも顔にも出さないが、ヴァーナティスの身体にも異常が感じられる。「ヴァーナティス、これは『グラヴィトン』か?」「……そのようです」 弓弦葉の質問にヴァーナティスが答える。 舞台全面に魔法効果『グラヴィトン』が作用し、舞台上に居る三人の自重がそれぞれ通常の四十倍ほどになっていた。軟な足元だと重さに耐えきれずに罅割れて陥没しかねない重量だ。「お前が小細工した様子は無かったな。と、いうことは他の誰かか」 弓弦葉が増加した自重を無視し、またも舞台の外に瞬間移動したように見える速度で現れ、フェリシアの首根っこを掴んで釣り上げていた。「お嬢さん、中々味な真似をしてくれるな」「あ、あはは……気づいた?」「これでも魔将軍の職にいるものでね。気配遮断も出来ないような奴を見つけることなど造作もない。そもそもこの程度でどうにかなるほど軟ではない。 が、俺とヴァーナティスはまだしも、華月にこれは厳しいだろう」 相変わらずの余裕でフェリシアを窘めると、華月に視線を送る。「お、重……い」 突然増加した自重に華月の身体が悲鳴を上げていた。腕は上がらないし、足は踏み出せない。頭を支える首は折れそうになり、背骨と腰も厳しい。「華月、流身系の循環圧を上げろ。内循環を強化すればその程度のグラヴィトンは相殺できる。竜騎士の肉体なら魔族である俺以上の循環圧にも悠々と耐えられるはずだ」 流身系の魔力内部循環圧力は通常それほど高くない。循環圧を上げれば循環する魔力の量も増える。あまりに循環圧を上げ過ぎると強化を通り越して魔力暴走により自己崩壊しかねないからだ。 魔族の肉体も容量は大きいが、それでも調子に乗って循環圧を上げると末端から崩壊する危険性がある。 この地上で流身系の循環圧に対する耐久性能は、竜種>魔族>亜人種>人間種となる。精霊種は除外だ。エネルギーの塊が意思を持った存在に肉体の崩壊の危険などないからだ。神魔種も除く。未知数だからだ。 完全に竜種と完全に同等とはいかないが、竜騎士と成った者の魔力運用性能は限りなく竜種に近づく。「やってみます……!」 華月が言われたとおりに魔力の循環圧を少しずつ上げる。「……こ、これで何とかなるのか……。 あぁ……しんどかった」「俺が超高速移動した原理はこれだ。知覚域を使い外部に対し自身の魔力作用を隠蔽。内循環圧を高め、身体の基本動作速度を底上げ。思考や感覚等もそれに合わせ加速。 結果がさっきの超高速移動だ。この一連の技法を『最速行動(ファスト・ドライヴ)』と言う。異界人が命名したんだがな。 高速連続攻撃には大抵この手の技術が併用されている。底上げされる速度は、種族によって限界が決まるがな」 弓弦葉の灯宴・楼蘭焰舞も『最速行動』を併用している。「お前はほぼ無制限に加速できる下地がある。 そうだな?」「竜皇の騎士ともなれば理論上は。ただ、物理法則の限界を超える事は出来ないとされています。具体的に言いますと、光の速度では動けないということです」 ヴァーナティスが淡々と補足する。「あ、あの~……、悪戯したのは謝るから、手を放してほしいな~?」「全く、以前に会った時と全く変わらず、成長しないな」 パッと弓弦葉が手を放し、フェリシアを解放する。解放されたフェリシアは気安く弓弦葉の肩を叩く。「まぁまぁ。ユヅルハだって、相変わらず死人みたいな目のまま――じゃ、無くなってるね? 何かあった?」「それが今の魔王への借りが出来た理由だ。詳しく話す気がない」「ふ~ん……。ま、いいけど。 カヅキ~? その重さに慣れた?」「あ、ああ……。慣れたというより、対処方法を教えてもらったから影響が無くなったというか――」 舞台上の華月は重さに苦しむ素振りもない。体の内側で循環する魔力が、華月の身体性能を一時的に底上げしているおかげだ。「訓練の時、テレジアとかトレイアがカヅキの反応よりも速く動いてたことがあったでしょ? アレもこれの応用なんだよ~」 華月に全く気付かれないように使っていたとすれば、二人は完璧に隠蔽していたということだ。「俺は、やっぱりまだまだって事か」「……そこまで力を望むなら、俺が居る間、徹底して体術と剣術を教えてやる」 弓弦葉が華月にどこか遠くを見ながら告げる。「自分の無力を呪う事ほど苦しい事は無いからな」 弓弦葉の無機質な瞳には遥か昔、あの日の惨状が写っていた。