城から出ようとすると、出入り口にヴァーナティスが佇んでいた。「失礼ですが、其方の魔族の完全自由を許すわけには参りませんので、僭越ながら私が監視役として同行させていただきます」「ああ、好きにしてくれ。俺は構わない。寧ろ、放置されては居心地が悪い」 弓弦葉は鷹揚に答えた。「カヅキ様も、構いませんね?」「……え? あ、先輩が良いって言うなら、俺は別に」「では、改めまして。 本日只今より、しばらくの間行動を共にさせていただきます。女皇付侍従四番、ヴァーナティス=ヴィオレットと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」 スカートを両手で持ち上げ、一礼。「それで、これからどちらへ?」「アーズの鍛冶場だ。所用があってな」「左様ですか。では、ヴェネスド山までは私が先導いたします。転移門を使用しましょう」「頼む」 ヴァーナティスはささっと場を纏めると、踵を返して歩き出した。二人も後について歩き出す。「……先輩、失踪したって聞いてたんですが、この世界に来てたんですね」「向こうでは失踪扱いか。 華月、お前がこの世界に来る前まででいい。俺が失踪してからどのくらい経っていた?」「半年ぐらいですよ。先輩だって、そんなに老けてはいないし、あんまり長い時間こっちに居る訳じゃないんでしょう?」「……老けていない、か……」 華月に言葉に苦笑する弓弦葉。どことなく、老成した雰囲気がある。「華月、俺は昔の俺と変わっていないか?」「え? 見た目とか、喋りとか、そりゃ変ってますけど……」「俺がこの世界に来てから、何年の月日が流れたと思う?」 華月には弓弦葉の質問の意図が解らなかった。「向こうと同じで、半年ぐらいじゃないんですか?」「だったら、良かったんだがな……。 俺がこの世界に迷い込んで、この世界の時間で六百年が過ぎた」「……え? そんな……」「向こうとは、流れ方が違うんだろうな」「いや、だったら、なんで先輩、歳取って無いんですか?」「取っているさ。 魔族として、な」 弓弦葉がそこまで答えた時、三人は転移門へ着いた。「お話は、一旦そこまでにしていてください。 転移門を起動します」 ヴァーナティスが転移門の柱を指でなぞって紋様を印す。 転移門は印された紋様により転移先を変える。今回はヴェネスド山の麓へ移動する紋様だ。「さ、行きましょう。 カヅキ様、最初に。ユヅルハ様、その後に。私は最後に」「ああ」「解りました」 指示された順番で転移門をくぐり、一気にヴェネスド山の麓に移動する。「ふぅ、懐かしいな」「先輩、ここに来たことが?」「ああ……百年ぐらい昔にな。ダーラス頭領には世話になった」「ドレン頭領の先代ですね。彼は実に腕の良い鍛冶師でした」 話を聞いていたヴァーナティスが補足する。どこか昔を懐かしむような顔で。「過去形ということは、もう亡くなったのか?」「はい。今からですと、八十五年ほど前になりますね」「智華と琉獅華を打って貰ってから、そう間を置かずに亡くなられていたか」「最後の十数年は一切鎚を握りませんでした。もしかすると、貴方の双刀が最後の作品かもしれませんね」 喋りながらも淀み無く進んでいくヴァーナティス。その身のこなしは見事で、ただ歩いているだけだというのに、テレジア同様に長年体術を収めてきていることが窺えた。「まぁ、その辺りはどうでもいいことですね。 当代はドレン殿です。先代に跡目を譲られた彼に出来ない事は、アーズの誰にも出来ません」「ああ、今はあのドレンが頭領か。まぁ、そう難しい事を頼みに来たわけではない」 そう言って両手でそれぞれの刀の柄を撫でる。「さて。では、ここから先はカヅキ様にお任せします」 三人の前に、大きな洞窟があった。 いつもの手順で内部に入った三人は、華月の先導でドレンの鍛冶場に向かった。 鍛冶場に入ると華月を一瞥したドレンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。「……何の用だ? あ?」「用事があるのは俺じゃない。先輩だ」「は?」「久しいな、ドレン」「あ……ユヅル、ハ……さん?」 華月の後ろから弓弦葉が現れる。ドレンは思いがけない相手との再会に、言葉を詰まらせる。「お前に――。アーズ流鍛冶師の頭領に依頼がある。受けてくれるか?」「……相手がユヅルハさんでも、内容によるな。俺は――」「『半端な仕事は受けないし、やらない』 だったな、ダーラス頭領の教え。 依頼は、こいつらの手入れだ」 弓弦葉は軽く笑うと、腰に佩いていた双刀を鞘ごと引き抜き、ドレンの前に差し出す。「……そいつぁ、『智華(ともか)』と『琉獅華(りゅしか)』か……。 ちっ……。断るわけにゃ、いかねぇな。 ああ、受けた。引き受けた」 後ろ頭を掻きながら、面倒臭そうに言った。「お前らも久しぶりだな。俺を斬ってくれんなよ」 ドレンは双刀に語りかけると、両手でそれぞれの鯉口を切り、鍔に指を引っ掛けて鞘を床に落とす。 カラカラと乾いた音を立てて鞘が転がる。「鞘は作り直しだな。音が歪んでやがる。 ちゃんと血糊とか処理してから戻してなかったな?」「……時々、な」「この手の鞘は一品物だって知ってたろ?」「そう言われると返す言葉がないな」 弓弦葉の顔が少し硬くなる。「まぁ、どの道寿命も近いから、作り直すつもりだったけどよ。ケイスラー材は火入れから百年ぐらいで砕け始める。表面は上薬で誤魔化しても、中はどうしようもねぇ」 説明しながら刀をくるんと器用に取り回し、半回転。素手で刀身を掴む。普通なら両手に裂傷を負う所だが、ドレンは傷一つ負っていない。 床と水平にし、切り刃を見る。「大きな欠けや綻び、歪もパッと見はねぇな。不朽金属製の武具とやりあったりは?」「希少金属製の武具は両断したりした。不朽金属製のものは無いな」「……何を切ったんだ?」「聖剣ライト・オブ・セントリー」「……因縁のアレか。ま、あの程度のモンに親父の打ったこいつ等が負ける訳はねぇか」 そのまましばらく刀身を点検する。「よろしく頼む。俺には消耗部品の交換も出来ないからな」「ああ。迂闊に弄りやがったら、むしろ許さねぇぞ」 今度はテーブルに置いて両方の目釘を抜くと、刀身と柄を分離し、それぞれ点検を始めた。「最長で一週間だ。それまで好きにしててくれ」「解った」「それと、小僧。しばらくここに来るんじゃねぇぞ」「は? それは――」「数日後からしばらく、ヴィシュルは極限の集中を余儀なくされんだよ。邪魔すんじゃねぇって言ってんだ。 ついでにフィーリアスの野郎にロッキンの皮と四号デルラン糸の一メートル六十本束を俺の名前で頼んどけ。こいつ等の取り敢えずの交換品だ。柄がイカレかけてんだよ」 華月の方を一切見ずに、言い放つ。「解った。依頼するだけでいいんだな?」「ああ。そろそろ定期の物品交換時期だからな。その時に纏めてやりとりする。 ユヅルハさん、支払いは?」「金か宝石でいいか?」「そっちの方が有り難い。下手な通貨なんざ出されても困るからな」「先輩、この後どうします? 俺はセフィールの方に行きますけど」「同行しよう。俺の用事はこれだけだからな。 邪魔したな、ドレン」 二人がドレンの鍛冶場から出ると、出入り口の脇で佇んでいたヴァーナティスが顔を向ける。「用事は済みましたか?」「ああ。次に行く」 三人は来た道を引き返し、今度はセフィールの大樹へと向かった。