ヴィシュルの鍛冶場に戻り、早速華月はヴェルセアの召喚を始める。「来たれ、猛く盛る紅焔の精。盟約の元、瀬木 華月が御名を唱える。 ヴェルセア」 華月が手にする火の精霊石が紅く輝き、炎で姿を模るヴェルセアが顕現した。以前の陽炎と違い、くっきりと鮮明に姿を現しており、ぼやけていた顔もはっきり見て取れた。「……何だか、前より鮮明に――」『この姿を維持しているのがカヅキ、お前だからだ。我は仮の姿をここまで密に保とうとは思わないからな。それと、他の精霊がどうだかは知らんが、事、我に関しては盟約を交わした間柄だ。堅苦しい言葉遣いは無用だと言っておく。 それで、何用だ?』「実は、不朽金属類の純化・鍛造に力を貸してもらおうと――」『それは、お前が自分で武器を創るという事か?』「え……?」『我が盟約を交わしたのはカヅキだ。お前の為に力を貸す事は吝かでは無いが、それ以外の為に力を振るう事は出来ない』 すぱっと切り返され、一瞬呆気に取られた華月だったが、内容を理解すると同時に反論しないといけない事に気付いた。「最終的には俺の為になる。それでも駄目という事か?」『……純化は手伝える範囲だ。だが、鍛造はそうはいかないな。 それは――』 華月を見ていたヴェルセアの顔が、ヴィシュルの方を向く。『ドワーフの娘が、自分の資質を持って、精霊と盟約を結び、そしてその力を引き出す。そうでなければならない。 不朽金属類を扱う段階にいるドワーフは、皆、そうしてきた』 ヴィシュルに向けられるヴェルセアの視線は割りと厳しいものだった。『我と盟約を結んだドワーフは数少ない。不朽金属類の純化・鍛造が目的ならば中級精霊でも辛うじて対応可能だからな。 だが、完全完璧を目指すなら、上級精霊を盟約を結ぶ他に無い。 ドワーフの娘、お前はどうする? カヅキの頼みならば純化程度は我が力を貸してやってもいいぞ』 ヴェルセアの非常に挑発的な言葉。コレに対し、ヴィシュルは――。 リフェルアが父であるフィーリアスに連れられ、セフィールの精霊顕現地に向かっていた。「どういう風の吹きまわしですか? 突然精霊契約を結びたいと言い出すなんて」「解っている癖に、そういう聞き方は卑怯じゃありませんか」「おや、心外ですね。私は単に不思議に思ったから聞いているだけですよ」 相変わらず飄々としているフィーリアス。流石に若干の苛立ちがリフェルアに募る。「私の推論が正しければ、儀礼正装の完成には少なくても樹の精霊の力が要ります。組み合わせ的な観点から言えば、更に水の精霊の力も必要になるでしょう。 ですから、先ず樹の精霊と盟約を交わします」「……。 本当に、お前は良く出来た娘ですね。父としては、嬉しくもあり、少々寂しくもありますが。 お前の推論は当たっていますよ。そう、樹と水の精霊の力無くして、儀礼正装は完成しません。二者の力をその身を徹し伝える事で、儀礼正装は構成物との相乗効果により不変性を獲得します」「簡単に教えてくれるのですね」「半信半疑とはいえ、自分の力と知識のみでそこに至ったわけですから。どの道結果として現れる事を言わずに先延ばしても無意味というものです。 それに、教えられて少し安心したのではありませんか?」 振り返らないフィーリアス。 会話はそこで途切れ、目的地に着くまで二人が話す事は無かった。「さ、着きましたね」「そうですね。 では、族長」「何でしょう、工房長?」 似たような顔を向い合せ、リフェルアが若干剣呑な雰囲気を醸し出す。「上級精霊の召喚をお願いします」「おや、自分で精霊の存在を掴んで呼びだすつもりだと思っていたのですが」「……非常に不本意ですが、上級精霊を呼び出すまで延々続ける徒労に費やす時間は在りません。この結論に辿りつくのがもっと早ければ話は別でしたが……」 リフェルアがギリッと、奥歯を鳴らす。「既に染料の調合から糸の染め上げ、生地の機織り、刺繍、様々な工程が動いています。 素材の劣化を考えれば、ここで長く時間を取られるわけにはいきません」「それはそうでしょうね」 フィーリアスはリフェルアから少し離れ、両腕を広げ、ほほ笑む。「『初めての挫折は、特大のものでなければ意味がない』」「……」「才気に恵まれ過ぎた私の娘、『貴女はここで一度、大きく挫けてください。そして、学んでください。己の力を過信し、突き進む事が正しいとは、限らないという事を。 深慮遠謀に総てを把握し、使えるモノは敬意を払って使い倒し、その上で最善を尽くす事こそ――』」「講釈は結構です、父様。 成程、私は余程昔の父様に似ているようですね。そして、ここが『分枝点』ですか」 リフェルアの言葉に、フィーリアスが固まる。「父様は、ここで挫折したのですね。 しかし、私は諦めません。深慮遠謀に不足があった事実は認め、次への糧とします。 ですが」 リフェルアが非常に挑発的な笑みを浮かべる。「私は諦めません。貴方からの協力が無いというのなら、自身の力で引き出して見せようじゃありませんか」 リフェルアが両腕を広げ、知覚域を展開。「何の次善策も準備せず挑む程、私も自分の力を過信しているわけではありません。 『告げる。我、神森の娘。雄大なる自然の庇護に在り、緑と共に歩む者。我が切なる呼び声に答え、現れたまえ。この世全ての緑の化身。 精霊召喚!』」 リフェルアの展開した知覚域は顕現場所を覆い、その空間にリフェルアの意志を透徹した。「……精霊記述書まで読み込んでいましたか。やれやれ、私よりも厄介な子ですね」 フィーリアスは呆れたように苦笑した。(私より才気に溢れている。先が楽しみであり、怖くもありますね) リフェルアの『声』は確かに、精霊に届いた。 周囲から蔦がはい出し、リフェルアの眼前に集い、形作っていく。『大声で騒ぐのは、誰か?』「静寂を乱したこと、謝罪申し上げます」 現れた精霊に対し、リフェルアは恭しく頭を下げる。『ん? フィーリア――。違うな、フィーリアスの血族の者か』「私の娘ですよ」『フィーリアスの娘? 随分お前に良く似た娘だな』「まぁ、そうですね。実に良く似ました」『ふ、皮肉に皮肉で返すとはな。お前も変わらず良い性格をしている。 して、娘よ。私を呼び出し、名乗りもしないのか?』 リフェルアは顔を上げ、名乗りを上げる。「申し遅れました。私、フィーリアス=ラ=セフィールが娘、リフェルア=セフィールと申します」『私はシュリゼリア。樹の上級精霊だ。向こう側に私の格を呼び出す声が聞こえたからな。 それで? 私を呼び出した用件は何だ?』 リフェルアは真正面からシュリゼリアを見ながら告げる。「私と、精霊契約を交わしていただきたく」『何故?』「とある竜騎士の、儀礼正装を完成させる為に。そして、私自身の向上の為に」『……。 どちらも本音であり、どちらも建前か。抜け目が無いな。 いいだろう。だが、私の力に耐えられるだけの器量があるか?』「私は、フィーリアスの娘。父に出来た事が、私に出来ない筈がありません」 傲慢ともいえる回答。だが、シュリゼリアは怒る素振りも無い。『本当に良く似ているな。解った。ならば、耐えて見せろ』 苦笑しながら、シュリゼリアは蔦でリフェルアを拘束する。そして、力を叩き込んだ。「ならば、私と精霊契約を交わしてください!」『小娘、粋がるなよ?』「いずれは通る道ならば、今、ここで通ります! これ以上足踏みしているなんて!」「ヴィシュル……?」『……娘、名は?』「ヴィシュル=アーズと申します」 そこで、ヴェルセアは苦笑する。『ドレンの娘か。 事情は何となく察した。いいだろう。我の力、くれてやる』 ヴェルセアはヴィシュルの頭を掴むと、自分の力を叩き込んだ。