空気が弾ける、耳を劈く炸裂音。 アルヴェルラの大ぶりの右ストレートと悠月の渾身の右ストレートが衝突した。「このッ! 今合せやがったな!!」「一撃で決着ではこの盛り上がりに水を差すだろう? 少し付き合ってもらうぞ」 近距離で二人だけの会話。周囲にはさっきの余韻が響いている。「うるぁぁぁああああっ!!」「ははっ! その若さで良く動くな!」 悠月の連撃を悉く弾きながらアルヴェルラが笑う。非常に楽しそうだ。「ふ~む、魔物使いとしてだけかと思えば、自分の事も鍛えていたとは」「地力が無けりゃ何事もこなせない。当り前よっ!」 華月より数段落ちるが、それでも悠月の動きは十分に称賛されてしかるべきレベルに達している。 だが、悠月が相手にしているのは幾数もの同朋を束ねる闇黒竜族の女皇たる者。その手腕は全般において悠月を凌駕した挙句、更に秀でている。 悠月の攻撃を総て避けるでも流すでもなく、真っ向から相殺している。それも笑いながら。「ん~、久々に楽しいな。しかし、最近私の相手をしてくれる者が少なくて、どうも鈍っているな」 そんな事を言いながら、悠月の動きの隙を見てアルヴェルラが攻勢に出た。 左、左、右。と、拳打で牽制し、意識を上に集めておいてから左足で足払い。体勢が崩れたところを狙い澄まし、身体を捻って下から右足の裏で掬い上げるように上空へと蹴り飛ばす。 観戦していたトレイアが呟いた。「あ~……陛下の連携が入っちまったな」「ヴェルラの得意技なのか?」「ああ。対地上戦必勝連携の一つ、旋風(つむじ)だ。あれのキメが顎に入って上に打ち上げられたら、その後は追撃の空中技が待ってる」 トレイアが解説を終えると、丁度アルヴェルラが追撃の為に跳んだ。 左フックが悠月の右わき腹に突き刺さり、次に右アッパーが背中を強打。そしてそのまま右手で悠月の背中を掴むと少し引っ張り、自分より下の位置に。手を離し、空中で身体を捻って回し蹴り。悠月は地面へと蹴り飛ばされた。「普通なら、これで大抵片が付くんだが」 悠月が地面に激突し、盛大な土煙が巻き上がった。「お?」 その土煙の中から、何かが高速で飛び出してきた。 悠月だ。 全力で魔力強化を施して跳んだのだろう。人間の上限を超えた速度と跳躍力だ。「ふむ……」 アルヴェルラが悠月に向かって降下した。「うるぁっ!」 悠月の全身全霊を賭けた一撃。今度も相殺しようと威力と速度を調整したアルヴェルラが右ストレートを繰り出す。「なんてね!」 悠月は突き出した右手を開き、アルヴェルラの右拳を掴むとアルヴェルラの拳打の威力を利用して自分の身体をアルヴェルラの身体に巻き付ける。そのまま順次手足の位置を組み換え、アルヴェルラの背中に上下逆さまに組み付き、自分の両足でアルヴェルラの両腕を、両腕で両足を固める。「羽を出されて飛ばれちゃ敵わないからね!」「ふむ……」 そのままの体勢ならアルヴェルラは頭から地面に激突することになる。「残念だが、この程度では私は殺せないぞ?」「エンターテイメントなんだったら、威力が落ちようと多少派手にやるもんでしょ?」「ははは! 私相手に大した余裕だ!」 アルヴェルラはひとしきり笑った後、地面に叩き込まれた。「おいおい陛下……。遊びが過ぎるぞ……」「その分、周りは盛り上がってるみたいだな」 すっかり観客になっているトレイアと華月。 華月が周りを見れば、周囲は大盛り上がりだ。「陛下~!」と、黄色い声が上がり、「お嬢ちゃんいいぞー!」と、悠月への声援も聞こえてくる。 尤も、どれも二人の耳には入っていないだろう。「お、陛下も少しは本気を出す気か?」「え?」 地面から頭を抜いて髪に絡まった土を払うと、アルヴェルラの纏う魔力が一段と強くなった。「ようやく一割って所か」「今の、多少効いたって事か?」「いいや、単純に単なる人間相手の対応を止めて、戦士相手の対応に切り替えただけだ。 まぁ、その位まで陛下のやる気を刺激する奴はここしばらく居なかったんだが。 お前も聞いてるだろ、理性が吹っ飛んで本気になった陛下は人間の都市一個を簡単に消滅させるんだぞ。そんな力をここで振るわれたら、この辺り一帯が焦土になっちまう。いくら血が滾ろうと、陛下は力を抑えないといけないんだ。そんな中で覚えたのが、相手に合わせて力を小出しにするなんて器用な真似だ」「で、悠月はヴェルラに次の段階の力を出させたってわけか」「ああ。だがまぁ、こうなってどこまで保つか……」 人垣の前列各所に、テレジアと、テレジアと同じデザインの色違いの服を着た者が幾人か現れた。「あ~、防御担当が出張ってきた。あたし等も纏身防御してたほうがいいな。ここからは衝撃波なんかが撒き散らされ始めるぞ」 トレイアが言った矢先に、アルヴェルラが全周囲に魔力の解放による衝撃波を放った。