食事の内容は、華月が考えていたものとは色んな意味で違っていた。 まず、きちんと調理がされていた事。 次に豪華絢爛と言う事は無く、普通もしくは質素と言っていいものだった。「……」「何ですか? その予想を裏切られたと言うような顔は」「あ、ああ……。俺の先入観が悪いんだ。気にしないでくれ」 テレジアの不審げな言葉に、華月は思ったとおりの事を言った。「大方の予想は付きますが、何も生肉を貪り喰らうのが竜種の食事だ。などと言う事はありません。少なくとも、この姿をしている時は」 空いた食器を片付けながら、テレジアは淡々と答える。「竜化した状態では家畜一頭程度では到底足りませんが、この人化している姿なら味覚から必要な食料まで人間と大差ありません。味覚が十全に機能していると言う点のみ面倒ですが、限られた敷地で多数が生存するにはこの姿の方が利便ですからね」「そりゃ、そうだろうな」 食料の消費から何から、人化している方が少なくて済むのだから。というよりも、竜という生物は一体どのぐらいの食料をどの程度の期間でどの程度消費しなければ生存できないのかということすら、華月には解らなかった。「竜化した状態では魔力運用以外のあらゆる面で消費が激しすぎるので、余程の変わり者でもない限り、人化しているのが竜種の常識です。とは言え、勘違いしないでください。 いいですか? 私たちが人間の姿を真似ているのではありません。人間とは我々先発種族の反省点を踏まえ、最も後に創造され――」「食事時に講釈を垂れるものではないだろう、テレジア」「陛下……」 優雅に食後の茶を啜りながら、ヴェルラがテレジアを嗜める。「カヅキが異世界の人間で、神やら何やらの概念すら違うかもしれないのに、それらを無視して言った所で納得しないだろう。そう言う事も含め、講義の時にしっかり教えてやれ」「……はい」 少ししょんぼりしてしまったように感じるテレジアの反応だが、表面上本人は顔色一つ変えていないように見えた。「では、午後は座学になります。居眠りは『決して』許しませんので、覚悟して望んでください」「……ぉう」「気の抜けた返事ですね。しゃんとしてください」「了解!」「宜しい」「何だか、テレジアにカヅキを盗られた感じがするな。やはり私自らが――」「陛下は公務に集中してください。 ……私は騎士を必要としていません。それは陛下もご存知のはずですが」 毅然としていたテレジアの表情が少しだけ曇った。「そうだったな。 余計なことを言った。私は公務に戻る。カヅキ、しっかり励め」「ああ」 少しだけテレジアのことが気になったが、アレコレ詮索するのは得策ではないと判断し、華月は黙った。「では、講義に移りましょう。付いて来てください」 片付けが終わったのか、テレジアは華月にそう言うと歩き始めた。置いて行かれないよう華月もその後を追う。「座学ってどの位掛かる予定だ?」「時間の感覚が私たちと貴方とでどう違うのかも知らないので、答えようが無いのですが」「じゃぁ、この世界の時間の概念を教えてくれ」「そうですね。この世界の時間の計り方は日が昇って沈み、また昇るまでで一日。一日は昼間十二時間、夜十二時間で計二十四時間」 何だ、一緒か。と、華月が言おうとした所で。「一時間は百二十分、一分は六十秒です」「……。何で一時間が百二十分なんだ?」「六十進数で一分、その後百二十進数になっているからですが、何か?」「何で六十進数の後が百二十進数になるんだ? 六十進数のままでいいじゃないか」「それでは昼夜合わせて四十八時間になってしまいます。後になればなるほど、位が大きくなって言い難く扱い辛くなります」「結構違うなぁ……。 それじゃ、一年って?」「百八十二日で、一年置きに一回百八十三日になります」 何とも言い知れない奇妙な感覚に襲われた華月だった。(一日の長さが違うだけで、後の計算は一緒か)「まぁ、解った。一時間の数えだけが違うけど、慣れるだろ」「そうですか。 では、最初に質問された座学の予定される必要時間ですが、ざっと丸七日と言う所でしょうか」「あ、その程度で済むの?」 華月の反応は、テレジアにとって意外なようだった。視線だけ華月に向けてきた。「そんな眼を向けないでくれるかな? これでも元の世界じゃ一般教育を受けてたんだから」「一般教育、ですか?」「語学、世界史、自国史、数学、物理、化学……。まぁそう言う教育機関に都合十年以上通ってたんだよ。だから、丸七日程度で終わるなんて思ってなかったんだ」(それでも俺の感覚だと二週間分の時間はちょっとキツそうだなぁ)「……驚きました。貴方の世界は随分と余裕があるのですね。そんな長期間、勉学に費やせるなど」「働くにしても最低限、九年は教育機関通いだからなぁ。そこから先、更に三年から七年勉強し続ける奴も居る」「話に聞く人間の学習院みたいなものですか」「ああ、この世界にもあるんだ」 結構共通点が多いことに驚く。「詳しくは知りませんが、数年から十数年の学習期間を取る、一部の階級のみが通えるところらしいですが」「その辺も含みで教えてくれるんだろ?」「この世界の概念から種族の在り方、一般常識を中心に教育します。それ以上は自分で書物を紐解くことをお勧めします。 その辺は、貴方の方が慣れているでしょうし、得意でしょうから」 テレジアは視線を前に戻した。(あれ? それってテレジア自身は勉強が嫌いだってことか?)「着きました。この部屋です」 重苦しそうな扉を開け、テレジアが中に入っていく。華月も続いて入る。