翌日の早朝。清々しい朝の空気と日差しを感じながら、アルヴェルラが今日も一日書類仕事を。と、思っていた時、アルヴェルラの執務室に珍客が現れた。 物々しい雰囲気を纏って。「……ほぅ、何用だ?」「……表に、出ろ!」 訪問者は多くを語るでもなく、簡潔に、端的に、事情の説明など一切なしに用件のみを叩きつけた。「――解った。出ようじゃないか」 アルヴェルラは突然の申し出に戸惑う素振りも全く無く、承諾した。「カ、カヅキーッ!!」 その少し後、フェリシアの絶叫で華月は叩き起こされた。「どうした?」「たたた、大変! 大変な事にっ!?」「……何が大変なんだ?」「いーから! 行くよ!!」 ガッ! と、華月の腕を掴むとフェリシアは走り出した。華月の身体が床に落ちる事も無い速度で。「……腕が肩から抜けそうなんだけど」「竜騎士なら抜けたって問題無いでしょ!!」 実にその通りなのだが、華月が言いたいのはそういうことではない。 そのまま城の正面出入り口から地表までの階段を駆け降りると、ようやくフェリシアは停止した、「よ、よかった。まだ始まって無い」「……。これは、一体どういう状況だ?」 目の前には人垣が築かれ、中心の様子は窺えない。「みんな、ちょっとどいて!」 フェリシアが大声を出すと、フェリシアと華月に気付いた竜たちが二人が通れるだけのスペースを空けた。 二人が騒ぎの中心地に着くと、華月にしてみれば更に理解が追いつかない風景が在った。「……ヴェルラ?」「ああ、お早う、カヅキ」「……悠月?」「……」 優雅に挨拶をしてくるアルヴェルラと、不機嫌絶頂の悠月が距離を取って対峙していた。 どういう経緯でこうなったのか、華月にはようやく何となく解ってきた。「ヴェルラ、面倒を掛けるな」「気にするな。私が撒いた種でもある。なら、自らの手で刈り取るのが普通というものだ。 さぁ、取り巻いている皆! 手出し無用は心得ているな!?」 アルヴェルラの一言で周囲が湧き上がる。「これより行うは決闘だ! どちらかが負けを認めるまで、何人たりとも邪魔立ては許さん!!」 歓声と、普段のこの国の雰囲気からは考えられない熱気。凄まじい盛り上がり方だ。「おら、お前らも下がれ」「トレイア?」 トレイアに手を引かれ、華月とフェリシアも人垣の一部になる。「何でこんなに盛り上がってるんだ?」「娯楽が少ない竜種の国じゃ、こういった事が起こるとこんなお祭り騒ぎになっちまうんだ。おまけに今回は異界人が竜皇にケンカを売ったって事で、国中に一気に広まっちまった。まだまだ増えるぞ」 そうこう話している間にわらわらと周囲に増えていく竜、竜、竜……。見れば宙に浮かんでいる者も多い。「さぁさぁ! そろそろ頃合いか!! 人の身で私に挑む覚悟は出来たか!?」「馬鹿にすんじゃないわ! そんなもんとっくに済ましてるっての!! そっちこそ、私にブッ殺される準備は完了してんのかしら!?」 周囲に嘲笑と感嘆と困惑が広まる。「なぁ、カヅキ?」「……なんだ?」「お前の姉なんだよな、アレ……」「ああ」「身の程知らずって言やいいのか? それとも本気で竜に素手で勝てると思ってるのか? それも竜皇に」「……何とも言えない。状況は理解したが、こうなった経緯が解らない」 華月がトレイアにそう返した時、フェリシアがビクリと身体を震わせた。「「……」」 無言の華月とトレイアの視線がフェリシアに刺さる。「……あ~う~……。ゴメン、余計な事言ったかも……」「あの嬢ちゃんに何を言ったんだい?」「……竜騎士契約を、無効化する外法……」「はぁ!? あ、あんな竜の尊厳を塵屑にする方法を教えたって!? このバカ娘が!」 トレイアがフェリシアの頭を殴った。魔力を込めた強烈な一撃だった。「い……痛いよぉ……」 一発で半泣きになる。「糞ッ! あの小娘、陛下を本気で殺る気か!!」「お、おい……。トレイア?」「喜んどけカヅキ。あの小娘は命懸けてもいいほどお前を想ってんだ。同様に、陛下も命懸けで護りたいんだ。二人にこんだけ想われるなんて冥利に尽きるな!」「厭味はいい。で、そんな状況なのに止めないんだな?」「陛下が手出し無用宣言をしちまってるからな。言った本人の矜持も無視して無碍にするなら止める事も出来る。だが――」「竜種の矜持は高いんだ。邪魔したら今度は邪魔者相手に殺し合いだよ」 現状、止める手段は存在しない事になる。「まぁ、陛下が負ける事はないだろうが……。 万が一の時は、カヅキ、覚悟しろよ」「……」 どういう意味で覚悟しろと言われたのか、華月は考える事を止めた。どちらにせよ、無駄だからだ。 会場の熱気が最高潮に達したと判断したのだろう。アルヴェルラが啖呵を切った。「さぁ、開幕だ! 嬉々として饗宴を開くぞ、異界人の少女よ!!」「舞台から叩き落としてやるわ! 吠え面かかせてやる、竜の女皇様!!」 悠月が返し、両者の身体を魔力が取り巻く。 双方同時に、地を蹴った。