一先ずストライク・イーグルと少女を拘束し、テレジアはそれらを両脇に抱えてアルヴェルラと抱えられている華月の元に戻ってくる。「さて、どうする――」「華月! あんたどうして――」「黙りなさい」 テレジアにギュッと絞められ、少女が声を詰まらせる。「陛下、一旦城へ戻りましょう。このままでは話をすることも難しいでしょう」「そうだな。テレジア、一応気遣ってやれ。私とカヅキは一足先に戻っているからな」「はい」 アルヴェルラは華月を抱えたまま飛び去った。「さて、私も城へ戻ります。一応速度は緩めますが、辛いようでしたら声を掛けなさい。カヅキの姉と言う事らしいので、待遇はそれなりのものとさせて頂きます」「……」 テレジアもアルヴェルラを追って飛ぶ。(何よ……何なのよ……!!) 連れられるまま、少女は内心毒づく。(こいつ等、華月華月って気安く呼んじゃってさ!) 但し、暴れたりしない。暴れたところで拘束から抜けられるはずも無い上に、ストライク・イーグルに乗っていなければ単独飛行も出来ない。どのみち手詰まりなのだ。 グツグツと自分の中で毒言を煮詰め、練り上げていく。 ノーブル・ダルクにおいて、あまり使われる事無い謁見の間。 最奥の三段ほど高い位置にある玉座に優雅に座るアルヴェルラ。 その真横に直立不動で控える華月。 丁度謁見の間の中央辺りで縛られたまま跪かされている少女と、その脇に転がされているストライク・イーグル。 それらの背後に立ち、無言無表情で威圧するように佇むテレジア。 重苦しい空気の中、アルヴェルラの声が響いた。「さて、正体と名には見当が付いているが――。まぁ、自分で名乗ってくれるか?」「……」「…………沈黙を貫くというのであれば、こちらも相応の手段を持って対応させてもらうぞ。 カヅキ」「ああ」 アルヴェルラが横に立つ華月に顔を向ける。「取り敢えず、あの小娘の前に行け」 言われた通り、華月は少女の眼前に移動し、立つ。少女は無表情の華月を睨むように見つめる。が、華月と何かが通じる事は無かった。 アルヴェルラは頬杖をつきながら気だるそうに訊ねる。「さて、まだ名乗る気にならないか?」「……」「…………仕方ない。 カヅキ、その小娘の横っ面を引っ叩け。ああ、頭が千切れない様に加減してやれよ」「今の俺には難しい事を言うな」 溜息を吐きながら華月は最大限に加減した状態で少女の横っ面を、何の躊躇いも無く軽快な音を立てさせて引っ叩いた。 少女が信じられないと言わんばかりの顔になる。 華月に変化は無い。「喋らないのであれば、これから段階的に手を出す。実行するのはカヅキだがな」「まぁ、構わないが」「っ!? 華月! あんたこれ以上私に手を出すの!?」 少女が怒鳴る。華月は表情一つ変えず、淡々と答えた。「主の命ならな。何か、断らないといけない理由でもあるのか?」「私を忘れたの!?」「いいや。俺の記憶には二卵性双生児の姉だと記憶されているが……間違っているか?」 実に軽く華月が答えた。「――ぁっ!? だぁ……っくっ、だったら! 何で!?」 言葉を詰まらせながら、少女は華月に問いかける。それに対し、華月は本当に解らないという様子で逆に訊ねる。「それが、『主の命』に逆らう理由になるのか?」 絶望的なセリフに貌が蒼褪める少女。絶対的な断絶がそこに横たわっていた。 俯き、小さく震える少女。「カヅキはお前の味方はしない。理解したか? ここは言わば敵地だ。素直に答えた方が身のためだと思――」「テメェ、このオオトカゲが! 華月に何しやがった!!」 少女の全身から魔力の奔流が視覚化して虹色に光りながら立ち昇る。 拘束用の強化荒縄を引き千切り、立ち上が――。「動くな」 加減した華月の拳が少女の鳩尾を打った。「か、ぎゅっ!?」 そのまま華月は少女の右手首を掴み、背後に回り込んで腕を捻り上げ、足を払って床に押し倒す。「カヅキ、放してやれ」「……解った」 華月は手を離してまた少女の正面に戻る。「……っく、か、華月……?」「……」 涙ぐみながら少女が縋る様に華月の名を呼ぶ。だが、華月は微動だにしない。「……何で……? ねぇ、華月? なん――」「俺はドラグ・ダルクが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士」 華月が起き上がらない少女に向かって自らが何で在るかを滔々と告げる。「悠月。お前の知っている瀬木 華月は、この世界で一度、死んでいる。今の俺は、ダークネス・ドラゴンにより再生された言わば二代目の瀬木 華月だ。 今の俺には、アルヴェルラが総てだ」 慙と告げる華月。信じられないという風体の少女。「……このっ、愚弟があっ!!」 裏切られた親愛は直様憤怒の激情へと転換し、少女の身体を突き動かし、華月へと向かう。「私がどれだけ心配したと――」「関係無いな」 少女の繰り出す右ストレートを避け、右腕を取り足を払い背負い投げる。 無様に床に叩きつけられる少女「言ったろ? 俺は前の俺じゃない。見た目と記憶を引き継いだ二代目だ。悠月と姉弟だった事は知ってるが、実感は無い」「……だとしても!」 華月に掴まれている右腕を華月から引き剥がし、身を捻りながら跳ね起きる。「あんたは!」 少女の左、「私!」 右回し蹴り、「瀬木 悠月(せぎ ゆづき)の!」 左踵回し蹴り。「弟だって事に『変わり』は無いんだよぉっ!!」 右肘。 全て、華月によって無効化された。「言いたい事はそれだけか? だったら、不法侵入を詫びて此処から去れ。此処が俺の居場所だ」 冷たくも凄然と言い放つ華月。「~~っ! こ、この――」「そこまでだ」 華月と悠月のやり取りに、少し辟易したのか若干の疲労を滲ませたアルヴェルラが横槍を入れる。「お互い、それでは平行線だろう? 小娘、しばらくこの城に滞在する事を許可する。自分で納得するまでカヅキを説得してみるといい。 テレジア、誰か適当につけてやれ」「承知しました」「おい、ヴェルラ。正気――」「私は『小娘から話を聞く』つもりでお前を連れて出迎えに行ったんだぞ? 招いていない客だが、無碍に帰す言われも無い。変な遺恨を持たれると面倒そうだしな、訓練の合間にでも相手をしてやれ。 私は執務室に戻る。後は好きにしろ」 アルヴェルラはそれだけ言うと謁見の間を後にしようとする。「ま、待って!」「ん? 何だ、小娘。何か文句でもあるのか?」「……私は瀬木 悠月よ! 小娘じゃないわ!」「そうか。それは失礼した、ユヅキ。 ならば、私もオオトカゲではなく、アルヴェルラ=ダ=ダルクと言う。見知っておけ」 ひらひらと左手を振りながらアルヴェルラは去って行った。「やれやれ、寿命が縮むかと思いました」「嘘付け、涼しい顔してるじゃないか」 アルヴェルラを見送ったテレジアと華月は溜息をつく。「さて、俺もディーネとこれからの訓練について打ち合わせしてくる。後は任せるぞ」「仕方ありませんね。 お嬢さん、私はテレジア=アンバーライドです。貴女の世話を任せる者の所に案内します。付いて来なさい」「華月! 待って!!」「……後で、話には付き合う。少しぐらい待て」 華月はさっさと謁見の間から出て行った。「しばらくの滞在を許可されたのです、カヅキと話す機会はそれこそ無数に在ります。慌てずとも良いでしょう。 私もそれなりに忙しい身です。貴女を任せる者の所へ連れますから、今は大人しく付いて来なさい」 テレジアは転がされっ放しだったストライク・イーグルを拾うと、歩き出した。「……う~……」 納得がいかない悠月だったが、従うしかない事は理解できているので、素直にテレジアの後を追った。