テレジアはエルフたちの前を走って先導し、華月は後を追走していた。(……エルフって走るの速いな) リフェルア率いるエルフたちは一糸乱れぬ動きで先導するテレジアの走りに追従している。最後尾を走る華月はその速度に内心舌を巻いていた。 単純に最高速度ならテレジアや華月の方が速いが、森林地帯、平原、荒れ地、そして山岳と、変化した地形に左右される事無く、常に最適な走りを見せていた。華月は元よりテレジアですら地形の変化に若干の速度変化が在ったのだが、エルフたちにはそれが無かった。 そのままドラグ・ダルクの直轄地である盆地に入る。 ここでテレジアがその足を止める。「一同、無事で何よりです」「救援に感謝します、総纒役」「条約ですので、お気に為さらず。ただ、直轄地から出る場合は、少なくとも闇黒竜の一人でも護衛に連れて行ってください。お忘れかもしれませんが、それも条約の一つですよ」「……留意します。 では、我々は失礼します」 華月以外の誰も息が乱れているものが存在せず、エルフたちはセフィールの方へ帰って行った。「私たちも城へ戻りますよ」「ああ」 テレジアは華月を抱えて再び空を飛び、城に戻るが、テレジアは職務に戻ると言い、すぐさま居なくなった。(自由行動ってことか。まぁ、いいか。 あ~……、ヴェルラの所に報告に行くか) 城の中を歩き、アルヴェルラの執務室の前に立つ。 扉をノックし、入室の許可が出てから中に入る。「カヅキ……光と闇の上級精霊も味方につけたか。 ……あれほど、無茶はするな。と、言ったのに」 ちらりと一眼見るなり、アルヴェルラは華月の変容を見破った。そしてまた手にしていた書類に視線を戻す。「全く、少しは主の言う事を守ってもらいたいものだが」「まぁ、無事に済んだし、大目に見てくれ。 それより、一つ報告が在るんだ」 アルヴェルラはそこで少しだけ真面目な顔を作り、華月に視線を向ける。「ほぅ、全ての上級精霊と盟約が結べた事よりも重要な事か?」「ある意味では。 ……どうやら、俺を探している者が居るようだ。厄介な事に、魔物使いの特性持ち」「以前のトロールを使った奴か?」「多分、同じだろうな。 正体にも心当たりが在る」 華月は少しだけ表情を硬くする。「俺の姉、悠月だ」「カヅキはあまり家族に好かれていなかったような気がするが?」「まぁ、自分で言うのもなんだけどな。 だが、下手をすると面倒な事になる。俺の記憶通りの人間なら」「ほぉ、具体的にどうなると思っているんだ?」「単身でもここに乗り込んできかねない」「ふっ、心配要らん。魔力強化が出来る異界人とは言え、単身でドラグ・ダルクに侵入する事は出来ないだろう。『道』を知っていれば別だが、通常此処へ辿りつくには熟練の戦士で無ければ無理だ。我らの直轄地から少し離れれば、そこは知能は持つが知性を持たない人間からすれば強力な生物の群息地だ。そこで餌になるのがオチだな」 アルヴェルラは、華月の言葉を一蹴し、書類から手を離し軽く伸びをする。「それとも、里心がついたか?」「……在り得ない。と、解っている事を聞くのか?」「ふふっ、心は移ろうもの。常に確かめていないと、私は不安なのだよ」 華月に向かって伸ばされるアルヴェルラの両手。華月はアルヴェルラに近づき、その両手に自分の両手を合わせる。「不要な心配だな、俺は望んで此処に居る。ヴェルラの元が俺の在る場所で、還る場所だ。 元の世界に未練も無い」「はは、それは頼も――」「――陛下、第三結界の最外縁を突破した飛翔物体が」 カーテンの後ろから、テレジアが現れた。「ああ、感知した。どうやら招いてもいないお客の様だ」「飛翔物体は超高速でリンシンの森上空を通過中、第二結界に差し掛かります」 突然現れたテレジアの行動など華麗に流し、アルヴェルラはテレジアと話を進める。「この速度は亜竜種の飛行竜(ワイバーン)か……?」「いえ、それにしては飛翔物体自体の魔力量が少なすぎます。魔力量と速度から推察するに、おそらく突大鷲(ストライク・イーグル)の類かと」「まぁ、どちらもわざわざここへ来るようなモノではないな。 カヅキ、挨拶に行くか?」「え?」 アルヴェルラは華月と合わせた手を離し、アルヴェルラが立ち上がる。「お客は、お前のだろう」 身を翻し、背後の大窓を開け放ち、テラスに歩み出る。 テレジアは無言で追従し、アルヴェルラの右脇三歩後ろに控える。「征くぞ」 二人は同時に飛翼を広げ、アルヴェルラが顔半分だけ華月に向け、左手を肩の高さに持ち上げて広げる。 華月は魅入られたようにその手を取り、アルヴェルラに身を委ねる。 全身に玉からの魔力を行き渡らせ、高高度超速度飛行の風圧その他から身を守りつつ、『魔物使い』の特性制御に全力を傾け、ドラグ・ダルクの中心へ急ぐ。(イグ、まだ行けるね?) 支配するストライク・イーグルと意思疎通し、状態を確認する。(必要なら私の魔力も貸すから、頑張って) 言葉を持たない魔物との意思疎通は『魔物使い』の専売特許だ。返ってくる意思のイメージで状態を把握する。 特性の発現からこっち、訓練を続けようやくこの域に達した。もう一人前の『魔物使い』として恥ずかしくないレベルだ。(まさか、華月がこんな所に居るなんてね。でも、私がちゃんと連れ帰るから!) ストライク・イーグルの背に乗るのは小柄な人影だ。防寒着と帽子、ゴーグルにフェイス・マスクで人相は解らない。(……? 後方から何か接近する?) 飛行をストライク・イーグルに任せ、振り返って目視確認。 肉眼では豆粒の様な黒い点が一つ。だが、それが隠行を止めて発した存在感と魔力量にストライク・イーグルが本能的な恐怖を伝えてきた。(……ドラゴン!) 急速に接近したダークネス・ドラゴンは、一定の距離を保って並行飛翔する。「警告します。ここはダークネス・ドラゴンの領土、領空です。正式な手続きを経ていない方の無断飛行、及び通過は認められておりません。速やかに方向転換し、退散願います」(うわ……。話通り人型で美人で露出多い服だ!) 魔力を込めた言霊は確かに届いた。「私はこの領域の監督を女皇陛下より一任されています。警告に従わない場合は、撃墜します。 最終通告です。進路を変更し、我らが領域より去りなさい」「冗談じゃないわ! こっちには譲れないものがあるのよ! 墜とせるものならやってみなさいよ!!」「……これより攻撃に移ります。精々、死なないよう頑張る事をお勧めします」 ダークネス・ドラゴンが戦闘態勢に入った。両腕と両脚を魔力が覆う。(部分纏身系? ちょっと、その魔力量でやられたら……!!) ストライク・イーグルが本能のままに回避行動を取った。 数秒前まで居た位置をダークネス・ドラゴンの蹴りが薙いだ。 飛行を続けながら、ダークネス・ドラゴンは右腕に纏う魔力を掌に集中させ、(っ!? イグ、ローリング・ダウン!!) ストライク・イーグルが身体を回転させ、降下する。 またもそのすぐ近くを散弾の様な魔力の弾丸が通り抜けた。(本気で墜とす気ね! あと少しなのに!!) リンシンの森を抜け、アファド平原からガエンド荒野を飛んでいる。この先はヴェネスド山脈だ。そこを抜ければドラグ・ダルクの直轄地。 だが、ダークネス・ドラゴンから正面に視線を戻した時、正面に突如、二つの人影が現れていた。「テレジア、止めろ」「はい、陛下」(え? 何!?) 空中で静止していたその人影の一つが、次の瞬間には目前に現れ、真正面からストライク・イーグルを受け止めていた。その位置から微動だにせず、簡単に、ストライク・イーグルにも、搭乗者にも怪我をさせずに。「う、嘘ッ!?」「純竜種を甘く見ない事ですね。鷲、暴れれば搭乗者諸共命は無いものと知りなさい」 搭乗者を介し、ストライク・イーグルに警告し、動きを封じる。「テレジア総纒役!」「コルニア、ここは私が引き受けます。職務に戻ってください」「はっ!」 今まで追跡してきたダークネス・ドラゴン――コルニア監督官はテレジアの言葉に従い、敬礼一つ、すぐに退散した。テレジアの背後に控えるのが誰か理解したからだ。「さて、今度こそ名乗ってもらいましょうか。お嬢さん?」 テレジアが片手で搭乗者のマスク類を剥ぎ取る。現れたのは、どことなく華月と似た少女の顔だった。