テレジアに抱えられ、ドラグ・ダルクへの飛行中。もう少しでドラグ・ダルクの領域という頃、テレジアが華月に疑問をぶつけた。「……カヅキ、ファルア陛下に愛称で呼ぶことを許されるなんて、貴方は一体何をしたのですか?」「特に何もしてないのは、見てただろ」「あの方が理由も無くあの呼び方を許すはずが無いことも、同様に知っているのです。それに、何故闇の精霊石まで出てきたのか。それも私には解りません」「……色々面倒が無くなったろ。それでいいじゃないか」 華月は面倒そうに答える。(また、無茶してたなんて知られたら面倒だからな。誤魔化しとくに限る) りぃぃん「……?」 華月の耳に何か、澄んだ音が聞こえた。「テレジア、何か聞こえなかったか?」「いいえ、何も。そもそも、防御力場を展開しているのですから、外から何か聞こえたりは――」 りぃぃぃぃん 今度は二人の耳にはっきりと聞こえた。「カヅキ、そのポーチにエルフの静鈴が入っていたりしますか?」「ああ。入ってるけど?」「……すぐに出してください」 テレジアの顔に少し焦燥が浮かんだ。「解った」 片手でポーチからエルフの静鈴を取り出すと、鈴は薄っすらと赤く光り、微振動しながらチリチリと音を立てていた。「これ、どうなってるんだ?」「近くでエルフが救援を求めています! 提携種族間相互条約に基づき急行します!!」 テレジアが急加速を敢行する。「方角、解るのか?」「その静鈴が教えてくれます!」「へ?」『こちら、リフェルア=フィーリアス。現在リンシンの森最深部にて難敵に遭遇。私を含む総勢六名が闘争中。救援を求む』「リンシンの森ですか!」「リフェルア!?」 テレジアが方向を修正し、更に加速する。「こんな機能もあったんだ」「感心するのは後です。 カヅキ、ここから知覚域を全開で広げなさい。貴方が見つけるのです」「……了解」 テレジアと華月は既にリンシンの森に差し掛かっていた。上空からは生い茂る木々により下が見えない。そこから見つけ出すには――。(とは言え、ちょっと広すぎだろう……。やるしかないのは解ってるけどさ!) 華月は自分に活を入れて、知覚域を最大範囲で展開した。 木々の間を縫いながら、リフェルア以下五名が必死に逃げていた。「トリス、アイネ、衝かれない様に必要と判断したら射ちなさい」「「了解」」 最後尾を熟練の二人が固め、「リフィル、落とさないように」「わ、解ってます」 採集物を若手が持ち、「レツゥフィン、周囲の状況は?」「追っ手以外は問題無い。それより、救援が来た様だ。隠されていない巨大な魔力を二つ感じる」 先頭を探知能力が一番高い者が走る。 リフェルアは手首に巻いていたエルフの静鈴に目をやる。鈴は薄く紫から黒の色の変化を見せていた。(この変色は、ダークネス・ドラゴンに渡してる鈴だけど……こんなに早く?) 考えている暇は無い。今はこれに縋るしかない。「レツゥフィン」「応」 走りながらレツゥフィンは放てば轟音を発する矢を番え、真上に射ち上げた。(気付いて!) レツゥフィンの放った矢にリフェルアは祈った。 上空へ撃ち上げられた矢にいち早く華月が気付いた。「テレジア、右後方!」「――探知しました。降下します」 右側の飛翼を折り畳み、急旋回。方向を固定し左の飛翼も畳んでそのまま急降下。「カヅキ、この速度で着地はできません。貴方を先に降ろし、私は減速しつつ敵後方に降ります。巧く着地してください」「了解」 森へ突っ込み、テレジアは飛翼を広げて減速しつつ華月を投下する。 放り出された華月は、滑空しながら先頭を走るレツゥフィンを確認し、その後ろを追走するリフィルも確認。 少し離れてリフェルアと更にその後ろを走るトリスとアイネを確認し、最後の二人の更に後方から迫る何かも視認した。「……四角狼(ダイアード・ウルフ)?」 それは五つの個体で一ユニットとして行動する習性を持つ、この辺りには生息していない狼だった。「リフェルア、どうするんだ!?」「追い払うか、始末するの!」 リフェルアの上を通り過ぎる刹那のやり取り。 華月はそのままトリスとアイネも通り越し、エルフたちとダイアード・ウルフの間に地面を削りながら降り立った。(こいつ等は高い知能と比較的優れた身体能力を持ち、爪や牙での纏身攻撃系を使う。か……) 中心に司令塔を据え、四隅を他の個体が固める陣形を取るダイアード・ウルフ。 詰め込まれている知識からそれらの特徴を引っ張り出す。(属性は地か……) 腰の剣も一応気に掛ける。まだ武器での戦闘は訓練すら行っていない事が気掛かりだった。持っているだけで重心の位置がズレている。戦闘時には投棄することも視野に入れなければならない。 ダイアード・ウルフの司令塔が突然現れた華月を認識し、他の個体に指示を出したようだ。鏃のような形に陣形を組み替え、真正面から突っ込んでくる。「あっちはやる気十分か……」 少し、気分が高揚してくる事にウンザリしながら、華月は知覚域を展開し、纏身防御『竜楯』を纏う。「――此処は通行止めだ」 鏃の先端の個体は直進、左右の個体は加速しながら華月の左右へ回り込み、三方向から一斉に仕掛けるつもりのようだ。(一気に潰させてもらう!) 真正面から大口を開けて、自分の咽喉元目掛けて飛び掛ってきた一匹目の腹部を、華月は体を沈め、掬い上げる様な動きで何の躊躇いも無く全力で殴りつけた。「うおっ!?」 華月の拳がダイアード・ウルフの腹部を下から打った途端、湿った破裂音が響き、背中側が裂け、砕けた中身が派手にブチ撒けられた。 華月の拳から伝わった衝撃がダイアード・ウルフの内臓を破砕したせいだ。 だが驚いている暇は無い。左右から同時に二匹が仕掛けてきた。(若干右の方が早い) 僅かなタイミングのズレを見切った華月は、右のダイアード・ウルフに焦点を合わせ、その爪と牙を避けた後、脳天に手刀を叩き込んだ。 こちらも頭蓋骨が砕け、脳髄を撒き散らした。 左から迫っていた個体には、頭に回し蹴りを叩き込み、頚椎を圧し折りそのまま胴体から頭を千切り飛ばした。 ものの数秒で過半数を始末。 残るは二匹。窺うように華月を注視している。未だ、引く気はないようだ。(こいつらは此処まで一方的にやられれば引くはずなんだけど) 華月の知識と食い違っている現状。だが、躊躇していられない。「……予想外の事態に戸惑うのは、仕方ないことですが」 闇から滲み出る様に樹の影からテレジアが現れた。 そのままD・ウルフ二匹が反応するより早くその首を掴み、持ち上げた。抵抗するように足を暴れさせ、身を捩るが、その程度で外れるほどテレジアの拘束は貧弱ではない。「どうやら、また人間に操られているようですね。しかも、今度は意識が繋がっている。 その状態なら答えられるでしょう。さぁ、答えなさい。我らの領域近くを探っていたのか」「……」「答えないというのなら、この端末は潰します」 テレジアは狼達を掴む握力を強めていく。このままならテレジアの手は簡単に狼達の頚椎を折り砕くだろう。「人間にはこの狼達を無傷で捕らえるのは大層苦労したでしょう。その努力、無に――」「カヅキヲ、カエセ」 司令塔だった狼から掠れた声が発せられた。狼の声帯で無理やり喋っている。「カヅキヲ、カエセ!!」 しかも、発せられているのは、『日本語』だった。どうやら操っている者はわざと日本語を喋っているようだ。「……カヅキ以外の意味が解りませんね。こちらと疎通するつもりは無いという事ですか。 やはり、潰します」「テレジア、待っ――」 華月の制止の声は間に合わなかった。テレジアの手は狼達の頚椎を折り砕いてしまった。「テレジア……!」「何ですか?」 どしゃり。と、最早肉塊になった狼の残骸を放り投げ、テレジアは手に付いた血を拭っていた。「あれは、俺を――」「そこまでです、カヅキ。 その表情を視れば、貴方の中では意外な事実があったと解ります。ですが、それは私に言うことですか? 私は、貴方の主ではありません。自身に関わる重大な問題なら、主である陛下に直接報告しなさい。 この場はエルフ達の救命が最優先です。それは達しました。彼女らの無事を確かめ、撤収します」 テレジアは華月の脇を通り過ぎ、エルフ達の方へ歩いていった。 華月は何とも言えない微妙な気持ちを手近な樹に当たる事で堪え、テレジアの後を追った。