闇黒竜族のそことは雰囲気が全然違う。「……何か、本当に何も感じない?」「この世界に飽いたお歴々が進んで眠りについているからな。余程の事がない限りなにも感じないだろう」「飽いたって……飽きたから?」「そうだ。我らシャイニング・ドラゴンは大抵天寿やらを全うする前に自ら眠りにつく。ダークネス・ドラゴンと違って閉鎖的だからな、他の種族との摩擦もほぼ無い。この世界が恙無く廻っていれば我ら竜種も、神魔種も要らない。時々騒がしくもなるが、適度な刺激も必要というものだ」 華月にはファルアが言っている意味が良く解らない。「ここも気にするな。次第に解るだろう。 さ、精霊を呼ぶなら試してみるといい」 ファルアネイラは壁に背を預け、腕を組むと目を閉じた。華月の手助けをするつもりは全く無いようだ。(本当に何も感じない……でも、俺にはやり遂げる必要がある) 存在感を放つのはファルアネイラとテレジア、そして華月のみ。白色石版は沈黙を保ち、空間は静謐を保つ。 華月は知覚域を広げるが、光の精霊の端すら掴む事が出来ない。 必死に光の精霊の存在を探る華月を、薄く空けた片目で視察するファルアネイラ。(無駄な努力――とは、『まだ』言わないでおこうか。同属性が呼び掛ければ容易く出てくるだろう。精霊とはそういうものだ。四属性の精霊は他の属性の者でも出現可能な土地ならば呼び掛けに応じてくれるしな。だが、光と闇の精霊が特殊と言われる由縁はその出現条件に在る。土地だけではない。 さて、カヅキは自分のその裡側から滲む非常に強い闇の気配……。果たして巧く利用する事に気付くか?) 光在る処に闇が在り、闇が在る故に光が意味を持つ。相剋するこの二つは、常にお互いを引き合い、弾き合う。 大きな矛盾孕む表裏一体。 同じく華月を見守るテレジア。(闇が其処に在れば、光は自らの意味を示そうとする。 カヅキ、発想の転換が必要なのですよ) 決して言葉で助けない。 助力は願われていない。 思考停止し、容易に他者を頼るような者では、竜皇の騎士など務まらない。華月に求められるものは地力の発露で、自力の向上だ。 華月の額に汗が浮いてきた。集中の持続と、焦りと、それらから滲む脂汗だ。(……。 見つからない、感じられない。俺の呼び掛けには応じない? いや、ヴェルラとファルアネイラ陛下が徒労に終わる事をさせるとは思えない。テレジアだって無謀な事に挑めとはまだ言わないはずだ。だったら、俺が何かを見落としているか、勘違いしているってことだ) 華月は頭を切り替え、分割意識体を最大限利用し、あらゆる可能性の模索に入る。(他の精霊とは違って特殊だと言われていた事)(『何』が『特殊』なのか、問題はそこだろう)(火、地、水、樹の精霊は呼び掛けに応じた。俺の基本属性が闇だったのにも関わらず――?) 華月は頭の中でこの世界の属性相関図を描く。(この四つはそれぞれが影響し合って、四角相剋を描く……光と闇は……?) そこに含まれない。 火は樹を燃やし、樹は水を吸う。水は地に滲み、地は火で結晶化する。ならば、光と闇は?(四属性がそれで完結する四連完結なら、光と闇は二連完結になる。それは俺の世界の陰陽五行に似て、それより要素が省かれた形に……。確か、五行よりも古いのが陰陽の捉え方で――。 っ!? だったら、俺が闇属性だから出てこないんじゃない! 『俺』が『闇』を発現出来ていないからだ!) 陰陽は太極。どちらか一方のみが存在する事は在り得無い。 此処に光の精霊を顕現させたいのであれば、同等の闇が必要になるという事だ。(だったら!) 華月の全身から漆黒の『闇』が眼に見える密度で滲み出してきた。(お? 気付いたか)(気付きましたね、応用力も順調に伸びているようですね) 華月から滲み出す闇――それは、闇黒竜族が扱うモノと同じ。ナニカを消費して生み出すモノではなく、自分が存在するから在るモノだ。 白色石板から、光の塊がすぅっ。と、現れ、人型を取っていく。『闇が在る故に意味を持つ、我ら光の精霊に何の用だ?』「おお、珍しいな? お前が現れるとは驚きだ、盟友」『ふん。竜皇と同質の闇が現れて、私以外の誰が相応しいと言うんだ? 我が名はセアルティス。もう一度問う、我ら光の精霊に何用だ?』「自分は闇黒竜族が竜皇、アルヴェルラが竜騎士見習い、瀬木 華月と申します。 光の上級精霊とお見受けしますが、相違無いでしょうか」 片膝を着き、頭を下げて華月が名乗る。『相違無い。 話を進めよう。何用だ?』「はい。闇黒竜族竜皇、我が主より上級精霊の方々より精霊石を享ける様申しつかっております。ついては、セアルティス様より精霊石を賜りたいと愚考する所存です」『名を聞いて察しはしたが、耐えられるのか? 他の属性精霊から立て続けに精霊石を享けて回っていると聞いているが。 言っておくが、対極属性はその反発で、最悪魂まで消し飛ぶぞ』「覚悟の上で、お願い申し上げます」『良し、ならば最大級の力を与えてやる。セアルティスが全力、享けてみろ!』 華月が溢れさせる闇を押し退け、セアルティスが放った光が華月に沁み込んでいく。 変化は、直ぐに起こった。 先ず、全身の神経に針を刺されたような鋭い痛みが襲う。 次いで、内側から外へ向かって圧力が高まっていく。 ここまではいつも通りだ。これを乗り越えればいいのだが。 しかし、光の精霊の力は一味違っていた。 華月自身の精神が、心が、漂白されていくように真っ更になっていくような感覚に悩まされる。(あ――? 俺、オレ? おれ、お・れ……) 華月の持つ闇と、入ってきた光が拮抗する。(だめ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! 俺はここで消えるわけにはいかないん、だっ!) 自らの内に意識を埋没させ、思考を全力全開で回転させる。 考えるのはこの光の力を如何に自分へと摂り込み、精製し、精霊石へと結晶化させるか。 悠長に構えていると華月自身が喪失しそうだ。(抗いきれそうもない。俺が漂白される……。いや、諦めるわけにはいかない。 だったら即行でコレを消化するしかない!)(光の力と俺の闇が反発するのなら、俺の闇を抑えるか?)(そんな事をすれば俺が漂白される)(なら、闇をもっと盛るか?)(光の力が消失する可能性がある)《ならば、如何するのが最上の一手だ?》 華月の思考がドン詰る瞬間、華月の奥底でナニカが動いた。『濃い闇に呼ばれて来てみれば、光だけを享け入れようとする無謀な若者に遭遇したものだ。 ……盟友の僕を見殺しにするのは義に反するな』 聞いた事が在るようで、無い声がする。 華月の意識に直接触れてくる。『光と闇は表裏一体。精霊石を享ける時は、この二属性は[同時]が原則だ。 まぁ、それを知っているのは光と闇の上級精霊だけだが』 漂白されかけている華月に優しく触れる。『しかし、セアルティスも意地が悪い。教えてやればいいものを。 ……セギ=カヅキか。刻むと良い。お前の属性を司る上級精霊、ヴァルナルアの名を。我が力と主に』 華月の中に、強大な闇の力が浸透する。 異質二種の力が華月の中で渦を巻き、相剋螺旋の軌跡を描く。 混ざり合うが、混じり合わない。 巡り廻る力の渦が、華月の中で密度を上げ、縮小して行き、終に結晶として凝結する。(ありが、とう……ございます!)『礼は、また会った時に聞く事にする。今は表に戻れ。心配そうにしている者が居るぞ』 ナニカ――闇の上級精霊であるヴァルナルア――は華月の内から去った。 華月は言われた通りに意識を表へ浮上させる。 戻って驚いたのは、自分の身体が倒れていたと、セアルティスが既に去っていた事だ。 起き上がると、やはり吐き気を感じて結晶を吐きだした。「……あれ? 白と黒の結晶?」「……闇の上級精霊が手助けをしたか。命拾いしたな」「ファルア陛下? 一体何を――」「ああ、何でもない。なぁ? カヅキ」 上手く思考が回らない華月だったが、ファルアネイラの一言には頷いた。「……ああ、何でもない。 さ、目的も果たしたし、帰ろう。テレジア。 ファルアネイラ陛下、ありがとうございました」 結晶二つを回収し、仕舞い、深く一礼し、華月はテレジアの手を取って歩き出した。「くっくっくっ、そうだな。 カヅキ、私をファルアと呼ぶ事を許そう。そして、次は正騎士としてヴェルラの隣に立っている時にでも会おう。お前なら――」 ファルアネイラの言葉を最後まで聞かずに、華月はテレジアを引っ張って白光竜族の墓所から出て行った。「ふははっ! 嫌われたか? しかし、連絡なしの不作法に対するお仕置き代わりに必要な事を教えなかったんだが、まさか切り抜けられるとはな。随分と強運じゃないか。 あれは面白い騎士に成りそうだ」 ファルアネイラの笑い声が、墓所に響いた。しかし、華月の無礼に対する憤りは全く無く、心から面白がっているようだ。「飽きかけていた世界だが、もうしばらく粘ってみるか」 ファルアネイラも墓所を後にする。その顔には喜悦が浮かんでいた。