超高速の曲芸飛行までやられ、三半規管が狂いそうになりながら、華月は何とかドラグ・シャインの近くまで到着した。「……これが、ドラグ・シャイン……?」「の、入口の一つです」 二人の眼の前に現れたのは超巨大な高山の登山口だった。降り立ってみれば、すぐ近くに一枚の立て看板がり、何やら書いてある。「標高一万六百三十七メートル、普通に登れば、まぁ、到着に三日ほど必要になりますか」『警告! これより先はシャイニング・ドラゴンの領域。許可なく立ち入る者は死を覚悟するべし!』 やたらと解りやすい注意書きだった。「……何だか、入ったら殺すって書いてあるんだけど」「ああ、お決まりの文句です。ドラグ・ダルクへの入り口にも同様の文句が書いてあります。 まぁ、それは今回は関係ありません。私……他族の竜が居ますから、向こうから――」「出向かざるを得ないというわけだ」 華月とテレジアの眼の前に、何かが着地した。「事前の連絡も無しに来るとは、ダークネス・ドラゴンは何時からこんなに浅慮になったんだ? テレジア」「相変わらず小さい事を気にしますね、ファルア陛下」 現れたのはダークネス・ドラゴンとは相対的な白を基調とした服に身を包み、銀髪を不機嫌そうに揺らしている、やはり美女。「面倒な正式な祭儀の際には連絡してくる癖に、こういう時は好き勝手して」「直ぐに現れたという事は、どうせ公務も放り出して――」「……」「何か?」 三白眼でテレジアを睨みつける銀髪の美人は、そこでようやく華月の存在が眼に入ったらしい。「ん? 何だ、この人間……ヴェルラの匂いが混じってるな」「匂いって……相変わらず野性を捨てきれない方ですね。 カヅキ、自己紹介を。言わずもがな、最敬礼でお願いします」 華月は言われた通り、左膝を地面につき、右手を左胸に当てながら首を垂れる。「私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します。以後、お見知りおきを」「……顔を上げろ。 私はシャイニング・ドラゴンが竜皇、ファルアネイラ=シィ=シャインだ」「……」 華月の顔は、「マジでこれが竜皇?」という、何とも失礼極まりない表情で固まっていた。「……ふぅ、『え? これが竜皇?』みたいな顔をするな。 済まんな、私はヴェルラほど真面目な竜皇では無いのでね」「カヅキ……。不敬罪で永久封印されたいのですか?」 華月の後頭部をテレジアの拳が叩く。気配から怒りが滲んでいる。「も、申し訳ありません」「まぁ、ヴェルラの好きそうな素直な奴の様だな。今回は不問にしてやる。 で、わざわざこっちに来た理由は何だ?」「光の上級精霊に御目通り願いたく、参上いたしました」「は? 光の上級精霊に? ダークネス・ドラゴンの竜騎士が、か?」「不思議でしょうか?」「いや、まぁ、属性が正反対だしなぁ。最悪、光の精霊自体が出てこないかもしれないぞ」 過去の事例を思い出しながら、ファルアネイラは思考する。「……まぁ、いいか。 入国を許可する。セギ=カヅキ、テレジア=アンバーライド。両名を、ドラグ・シャインは歓迎する」 入国の許可を口にしながら、ファルアネイラ=シィ=シャインはニヤリと笑った。 テレジアに抱えられて宙を行く華月を見て、ファルアネイラはテレジアに聞いた。「まだコレは単独飛行できないのか?」「はい。私の基礎体術は突破しましたが、そこから先はまだですので」「……コレがお前の試験を抜いたと? 冗談――では、無いな。 見かけに依らぬ実力者なのか」「素質だけなら、ですが」 そうこうしている内に、先が霞んで見えなかった高山の上層部が見えてきた。 周囲に幾つも浮島の様な巨大な岩塊が浮び、高山本体と、お互いとがとても太い鎖で連結されている。正直、華月には異様としか言いようのない光景だ。「どうだ、面白い場所だろう」「岩が浮いているんですか」「浮き岩と言う。あの岩塊には魔力に反応して質量を無視して浮かび上がる性質があるラビテ鉱石が高密度に含有されている。この高山、レルフェグネ高山は、ドラグ・ダルクとはまた違った魔力の集中地でな、結果こうなっているわけだ」「風で動いたりしないんですか?」「良い着眼点だ。解説してやると、質量は無視されて浮いているが、質量が存在しないわけではない。あの質量を動かすほどの突風は、この高度では吹かんよ。と、言うより……そろそろか。纏身防御を纏え」「え? はい」 華月が言われた通り素直に纏身防御で自身を覆った瞬間。「ぶっ!?」 何かにぶつかって、テレジアにより強引に突破させられた。「恒常的な広範囲に及ぶ魔力防護壁、所謂魔法結界というやつだな。これは物理現象もある程度以上の物は遮蔽する。そんな突風や暴風はこれで遮断されるわけだ。これを抜けられるのは竜族と、中級以上の纏身防御が出来る者のみだ」「テレジア……知ってたんなら――」「ファルア陛下とのお喋りで忙しそうでしたので」 華月の視線をふいっと顔を逸らして避ける。「そんな詰まらん事で仲違するな。 ほら、そろそろ着地するぞ」 ついに頂上に辿りつく。 半径五キロ程だろうか。すり鉢状になっており、高山植物なのだろうが、それなりに草木が茂り水源まであるようだった。中央には、何やら大きな建物がある。 三人はすり鉢の淵に降り立った。「水源があるんですね」「ああ。このレルフェグネ高山も火山だったからな。死火山となった今でも地下に溶岩溜は無いが溶岩流が存在する。そこで温められ、蒸気になった水分がこの山頂近くで湧き出している。 鉱水で、ドラゴンすら中毒を起こすから濾過しないと飲めたものではない。ドワーフとエルフに頼んで細工をしてもらって、ようやく飲める水になっている」 解説しながらファルアネイラは建物に向かって歩き出す。すり鉢の淵には全周の所々に階段が設けられ、降りられるようになっている。「他のシャイニング・ドラゴンは何処に居るんですか?」「周囲の浮き岩に住居を設けている。色々と細工を施してあるから、浮き岩での生活は中々快適だぞ。 私も普段は一番大きい……あの浮き岩に居る」 指された先には一際大きい……というより、山が一つ余計に浮いているような超巨大な岩塊があり、そこに荘厳な石造りの皇宮の様なものが建っているのが見て取れる。「ノーブル・ダルクと双璧を成す、アーデル・シャインだ。まぁ、現物を知っている者は他の種族では数少ないがな」 地上の植物とは一風変わった高山植物たちを脇目に建物を目指す。「あの、あの建物は何ですか?」「我々、シャイニング・ドラゴンの墓だ。お歴々が鎮睡する白色の石板がある。ダークネス・ドラゴンのは黒色石板だったな」「石かどうか、怪しいモノですが」「ははは。幾多の竜宝珠(カーヴァンクル)を呑み込んでいる正体不明の板っぱちだからな。創造神もよく解らないものを創っていかれたものだ。 まぁ、ともあれ。光の精霊はそこに出現しやすい。このアードレストの中でも一・二を争う光源だからな」「でも、いいんですか? 確かその場所は簡単に他の種族を入れないって――」「属性は違えど、我ら純竜種は生物的にはあまり違わない」 溜めを作り、ファルアネイラが華月に流し眼を送る。「何より、竜皇から半権限を委譲されている特別代行者が付いているんだ。無碍に断るわけにもいくまい?」 更にテレジアを流し眼で見る。一方のテレジアは涼しい顔でその眼を黙殺する。「まぁ、今の君はそんな事を気にする必要はない。何せ未だ『見習い』だ。そういった部分を深く気するのは正騎士になってからにするんだな」 華月の額を人差し指で突っつきながらからからと笑う。「あまり弄らないでください。我が皇は嫉妬深いので」「知っているさ。程々にさせてもらう」 そうして三人は目的の場所に到着する。