今度はセフィールの大樹がある北の森林地帯に現れた。「……ホント、こういう便利なものがあるなら教えておいて欲しいもんだな」 転移門の便利さに改めてため息をついて、華月は天を突くほどの伸びているセフィールに向けて歩き出す。 どうも顕現地点が確定しているのは六属性の精霊の内、四素精霊と別けられる火・水・土・樹の精霊だけで、闇と光の精霊は闇黒竜族と白光竜族しか顕現地点を知らないらしい。華月の頭に押し込まれている知識にも精霊の顕現地点の正確な位置は記されておらず、その二つの精霊は最後に回さないとならない。 森を歩いていると、今までの木とは違った木が群生しているところに差し掛かった。「……あ、これか。ケイスラーの木は」 華月にはどうみても百日紅(さるすべり)にしか見えない木だったが、それがこの世界ではケイスラーと呼ばれる特殊な性質を持っている木だと解った。「え~っと、30センチ×40センチの生皮が要るんだったな」 華月は腰にぶら下げっぱなしだった剣を抜き、その大きさの生皮を剥げそうな太さの木を探し、切れ込みを入れる。「簡単に剥がれてくれよ?」 切っ先を切れ込みの端に差し込み、手首を捻って捲る。捲り上げた突端を摘み、少しずつ剥き始める。「おぉ~? 簡単に剥がれるんだ」 綺麗に剥けた表皮を仕舞い込み、今度こそセフィールに向け歩き出す。「つまり、樹の精霊の顕現地点まで私に案内しろってことかしら?」 これまでの経緯を簡単に説明すると、リフェルアは物凄く迷惑そうな顔をしながらコップを差し出してきた。 コップを受け取って中身を飲むと、思わず噎せ返りそうになるほどの甘味に華月の思考が一瞬停止した。 リフェルアは澄まし顔で自分が持っているコップの中身を飲んでいる。「ん? 何よ」「いや、何でも……。 まぁ、簡単に言えばその通りなんだけど」「自力であちこち回って、解る相手に協力を求めるのは悪くないわ。ただ、私に限っていえば、迷惑なのよね。素材の殆どは倉庫にあるけど、動いて調達しないといけないものが無いわけじゃない。今日もこれから出掛けるところだったのだけど」「何を採りに行くんだ?」「教えないわ。一族の秘儀に関わる材料だから」「そ、そうか……」 さて、どうしたものかと華月が考えていると。「工房長、少し時間いいか?」「構わないわ。何?」 一人のエルフが入ってきた。例に漏れず美形で性別不詳だった。「……来客中だったか」「別にいいわ。大した者じゃないから」「そうか。なら本題に入る……。 例の儀礼正装の材料だが、使えなくなっているものがそれなりに出ている」「……何ですって?」 リフェルアの顔が険しくなる。「保存期間に問題は無かったはずね。私が引き継いでからそういった品質面は殊更注意していたはずよ」「ああ。工房長の管理には問題無かった。担当者が保管状況の確認を怠っていたせいだ。担当者には無駄にした分を補填させる。連帯責任で直属の上司と同僚を動員して集めさせるが、一つだけそうもいかないものがある」「……予想できるけど、一応確認するわ」「ああ、間違いなくそれだ。一株だけだったファルシルが枯れていた」「やっぱりね……これは参ったわ。 カヅキ、私は貴方を精霊の元へは絶対に案内できなくなったわ」「そんなに重要なものが駄目になったのか?」「ええ。アレの新鮮な葉と花弁が必要だったのよ。重要な染料になるの。 ……族長に案内してもらうことにするわ。私はファルシルの採集に向かう。レツゥフィン、緊急で第一採集班に招集を掛けて」「了解した、工房長」 レツゥフィンと呼ばれたエルフが出て行った。リフェルアは自分の装備を一通り確かめ、不足していたらしい幾つかのものを部屋のあちこちから取り出すと、収納布に収めて仕舞い込んだ。「それじゃ、私たちも行きましょう」「ああ」 セフィールの大樹の最上部、時折強い風が吹き抜ける。「さて、ここが一番近い樹の精霊の顕現場所です」「案内に感謝します、フィーリアスさん」「いえいえ、礼には及びませんよ。いずれ来るであろう事は、予想していましたし。しかし、上級精霊の精霊石とは……難易度の高い注文ですね」「フィーリアスさん的には、何段階でどの程度の難易度ですか?」 華月の問いに、意味深な微笑を浮かべると、フィーリアスはさらりと言った。「私的には十段階中八の難易度を付けます」「……そ、そうですか」 華月はやはり高難易度なんだな。と、内心肩を落とす。「まぁ、その難易度になってしまう殆どの理由が、上級精霊の召喚に失敗するからなのですがね。 その点、カヅキ君は優位です。何せ、盟友に樹の上級精霊を持つ私が居るのですから」「え?」「お節介かもしれませんが、樹の上級精霊を呼んであげましょう。 来たれ、華憐なる神樹の精。盟約の元、フィーリアス=ラ=セフィールが御名を唱える。 シュリゼリア」 華月にウィンクしながらフィーリアスが朗々と紡ぐ。 瞬間、周囲の空気が変わった。 華月とフィーリアスの間に蔦が這い出し、見る間に質量を増していく。それはあっと言う間に華月の身長と同じ高さに増え、表面が滑らかになり、次第に女性の形を取り始める。「ふむ、盟友に呼ばれて久方振りに現界したが、何用かな?」「お久しぶりです、シュリゼリア。実は貴女に折り入ってお願いがありまして。 ほら、カヅキ君」「あ、はい。 お初にお目にかかります。闇黒竜族がアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木華月と申します」「アルヴェルラの竜騎士見習い? あの子が竜騎士を……。 私は樹の上級精霊、シュリゼリア。それで、私に用とは何かな? フィーリアスの呼び出しだ。下らない事では無いとは解っているつもりだが」 他の上級精霊達より話易いと感じた華月だったが、油断は禁物だと自分に言い聞かせ、失礼が無いように努める。「実は、上級精霊の方々より精霊石を享けるよう主から下命され、実行している最中なのです。ここに辿り着くまでに、水のミルドリィス殿、火のヴェルセア殿、土のガトレア殿より精霊石を享け、ここで樹の上級精霊の方から精霊石を享けようと参上した次第です」「あの三柱からは既に精霊石を享けていると? そんな話は聞いていないが」「本日より始めましたので」「立て続けに上級精霊の力を取り込んできたのか? また無茶をする竜騎士だ。よく中毒にならなかったな」 呆れた様な雰囲気でシュリゼリアが言う。そこへ、フィーリアスが補足をしてくれた。「精霊の持つ力は一度に大量に体内に取り込むと、結晶化するほか非常に危険な中毒症状を引き起こします。カヅキ君は運が良かったんですよ」「……」 詳しく精霊の力について調べなかった自分の迂闊さを呪った華月だった。「フィーリアスの頼みだ。無碍に断るつもりは無いが……カヅキと言ったな、耐える自身はあるか? 結晶化するほどの力、短い間にそう何度も与えられるものではない」「……体調に変化はありません。大丈夫です、見事耐えてご覧に入れます」「よく言った。ならば与えよう。我が力、易いと思うな」 シュリゼリアが右腕を模している部位を持ち上げると、四方八方から蔦が伸び、華月の全身に絡み付く。締め付ける力は非常に強く、完全に身動きを封じられた。「暴れられても面倒なのでな」「構いません」「では、行くぞ」 蔦を伝ってシュリゼリアの力が華月に流れ込む。「……!!!!」 ミルドリィスの力以上の刺激。これならヴェルゼアとガトレアの方が刺激が少なかった。 だが、やはり華月は悲鳴を上げることも無ければ暴れることも無い。粛々と力を享け入れて行く。「ふむ、予想以上に優秀な竜騎士のようだな。アルヴェルラは人を視る眼が鋭いな」「あれでも竜皇ですから」 必死に耐える華月を脇目に、のほほんと会話するシュリゼリアとフィーリアス。「これなら、少し時間短縮をしても問題無いな。 圧力を上げるぞ」 告げられた途端、華月が感じる刺激と不快感が増大した。が、同時に結晶化していく速度も増大した。「ふ、完了だ」 華月が蔦の拘束から開放される。「ゲホッ」 咳き込んで結晶化した精霊石を手に落とす。「樹の精霊石、確かに享けました」「我、常に汝と共に」 シュリゼリアが実体化を解いて去っていった。「さて、これで四素精霊は完了ですね。一旦戻った方がいいと思いますよ」「はい、そうします。 ありがとうございました」「いえいえ。頑張って一人前の竜騎士になってくださいね」 フィーリアスさんに激励され、華月は皇宮に戻ることにした。