転移門の使い方も教えてもらい、華月は昨日も訪れたドワーフの洞窟を歩いていた。(とは言え、ヒカリゴケっぽいコレがあるから歩けるんだよなぁ) さすがに華月の眼は光源が無ければ何も見えない。完全な闇の中で動けるほどの万能性は有していない。(え~っと、昨日の道だとそろそろヴィシュルの鍛冶場に着くはず……)「だーっ!! 上手くいかない!」 やけくそに金属を叩いているような音と、絶叫が響いてきた。声はヴィシュルのもののようだった。「第一段階の抽出に間違いは無い……第二段階の粗精製も大丈夫……最終段階の錬成に失敗があるっていうの……?」 一際大きく金属を打ち鳴らす音、そして床に幾つもの金属が落ちる音が聞こえる。どうやら鍛錬中の金属を叩き砕いたようだ。 華月は気にせず鍛冶場に入る。「ヴィシュル、ちょっといいか?」「うぇっ!? か、カヅキさん? ……っ! あ、きっ、聞こえ、ました?」 引き攣った笑顔でさっきの独り言などが聞こえたのか確認するヴィシュル。確かにアレを誰かに聞かれれば恥ずかしいだろう。「まぁ、聞かなかった事にする。 それで、忙しそうにしているところ、勝手な頼みで悪いんだが……」「どうしたんですか?」「火と土の精霊に会いたいんだ。最下層のどこに行けばいいのか教えてくれないか?」「その格好で、ですか?」「ああ。全身ずぶ濡れなのはさっきまで水の上級精霊に会ってたからだ。上級精霊から精霊石を享けてこいって主の指示でな」「もしかして、あの湖に投げ込まれたんですか?」「よく解るな。その通りだ」 尤も、二人の認識には大きなズレがある。華月は大遠投され、湖に叩き込まれた。だが、ヴィシュルは湖の近くから普通に投げ込まれたと思っている。この違いは大きい。「それで、ここに来たという事は、水の精霊石は享けられたんですね?」「ああ。次は火と土の上級精霊にから精霊石を享けようと思ってな」「……案内するのは構いませんよ。丁度、上手く行かなくて腐っていたところですし、気分転換がてらにそれぞれの精霊の顕現所にお連れします」 ことり。と、小さい金槌(相槌)を置いて立ち上がって伸びをするヴィシュル。「じゃ、地下十五階層のここから、最下層の地下三十六層まで降りましょう」「随分下にあるんじゃないか?」「大丈夫です。十階層毎に直通の縦穴が隠されているんですよ」 出入り口と同じようなものらしい。外部からの侵入者除けのために隠されて作られているという話だ。通路を歩きながらヴィシュルが教えてくれる。「そもそも、この鍛冶場とか生活空間自体が隠し部屋なんですけどね。普通に入ると迷宮構造ですから」 外敵が入り込む事はほぼ無い闇黒竜族の治めるドラグ・ダルクだが、この地に移り住んだアーズ一族とセフィール一族はあえて住処にこういった構造を付帯した。「まぁ、住処を追われたが故の防衛策と思ってください。 さ、一気に降りていきますよ」 行き止まりだと思った岩肌をヴィシュルが押すと、滑らかに壁が動き、下へ降りる縦穴が現れた。「螺旋階段か」「出入り口と同じに作ると、この中では面倒ですから」 そして先ず五階層分降り、また少し移動して十階層分降る。同じくしてドン詰まりまで降る。「最下層、第三十六階層です」「……熱いな……」「溶岩流がすぐ傍を流れてますからね。だからこそ、火の精霊と土の精霊が同時に顕現できる場所があるわけですよ。 あ、溶岩流には落ちないでくださいね。回収できませんから」「き、気を付けるよ」 そんな事を言っていると、溶岩流の脇を通る道に出た。「ぐ……、あ、アツっ!」「大げさですよぉ、このくらいで~」 汗がにじみ始めた華月に対し、余裕綽々のヴィシュル。この時、摂氏55℃だった。「まぁ、少し我慢してくださいね」「ん~……? ああ、大丈夫だ。もう慣れた」「へっ!? あ、竜騎士の適応能力……。に、しても、ちょっと早すぎません?」「まぁ、深く気にしちゃダメだな」 溶岩流の脇を通り抜け、更に一段下がる。そこは大きな熔岩溜があり、中心の小島に一本橋が掛かっているような凄まじい場所だった。「あの中心部が火と土の精霊が顕現できる場所です。ただ、出てきてくれるかは保証できませんが」「まぁ、なるようになるだろ」 華月は軽い足取りで一本橋を渡っていく。ほんの数十㎝下で、溶岩が煮えたぎりボコボコと音を立てているにも拘らず。 そして中心部に辿りつく。 知覚域を展開し、近くに何かの存在が無いか探りを入れる。(魔力を持ってはいるだろうけど、それよりも精霊は存在を感じた方が早い) 二度に渡りロミニアに接し、上級精霊であるミルドリィスの一部を享け入れたからこそ真に理解した、精霊の本質。 精霊とは、物質の器を持たず、存在のそのものをこの世界に固定している、一種の高次生命。他の種族が昇華し、次の段階へ移った時の姿だ。この世界を創り上げた神は、そんな先の事まで見通して生命を創り上げたらしい。(俺の頭の知識と、体感と、想像力が合っているなら、応えてくれるだろ? 俺は求める! 火と、土の精霊よ!!) 知覚域内だけで響く華月の呼び掛け。 大きくはないが、芯が在る真摯な叫びは、確かに何かに届いた。 溶岩から立ち昇る熱気が密度を増し、陽炎となり、次第に紅い人影となった。 華月の傍らの地面が隆起し、人型に固まっていく。 精霊の顕現の瞬間だ。「火の精霊、ヴェルセア。顕参」「土の精霊、ガトレア。此処に在り」 やはり女性型だった二体の精霊は、名乗りを上げる。「「我等に何用か?」」「お初にお目に掛かります。私は瀬木 華月と申す、ダークネス・ドラゴンが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士見習いです。主の命により、上級精霊の方々より精霊石を享ける様にと申し付かっています。 どうか、火と土の上級精霊にお目通り願えないでしょうか?」 深く一礼し、華月はただ願った。「「……」」 それに対し、ヴェルセアとガトレアは互いに顔を見合わせ、何か悩んでいるようだった。「カヅキと言ったな、幾つか聞こう。我等の前にどの精霊に会った?」「は、水の精霊、ロミニアとミルドリィスに」「……精霊石はミルドリィスからか?」「は」 華月がそこまで答えると、ヴェルゼア、ガトレアは互いに顔(?)を見合わせる。「そうか。だから我等が呼び出されたのだな」「ミルドリィスの仕業か。味な真似をしてくれる」「……?」 華月が首を傾げたくなったとき、脇から声が聞こえてきた。「カヅキさん、この精霊たちは中級じゃなくて上級の火精霊と土精霊ですよ」「え?」「存在の輝きが違います。本当なら上級の精霊はこっちには顕現しないのに」 何時の間にか華月の横にヴィシュルが居た。「やれやれ、ロミニアに甘いのは相変わらずか」「仕方ない。呼ばれてしまった以上、我等が試すしかない」「「竜騎士見習い、我等の力を享けられるか、その身で示せ」」 精霊たちが言うが早いか、華月の両足が盛り上がった地面に呑まれる。 次は、溶岩から高熱だけが抜け出し、その熱が華月を包み込んだ。 次第に足から下半身、腹部と、熱と土・岩が競り上がってくる。「そのまま放置すれば、お前は溶岩が一部となるぞ」「さぁ、我等の力、見事享けてみせろ」 しかし、華月は反応せず、そのまま頭まで呑み込まれてしまった。「カッ!? カヅキさん!!」「……無理だったか」「仕方な――」 ガトレアが諦めの言葉を吐こうとしたとき、人型になった土と熱気の塊が、音も無く崩れ、先ほどと寸分違わぬ華月が居た。「……ゲホッ!」 一度咳き込むと、紅と黄金(こがね)の精霊石を自分の掌に吐き出した。「御二方の力、確かに享け取りました」「「我等、常に汝と供に」」 ヴェルゼアとガトレアは顕現を解き、元の空間へ戻ったようだ。現身が崩れる。「……ふぅ、これで半分か……。 ヴィシュル、案内有難うな」「い、一瞬死んだのかと思いましたよ……」「竜騎士はある意味不死だろ? 精霊の力を享けるには、全身から取り込むのが一番みたいだったから、覆われるのを待ったんだ。 無事、目標の半分を達成できた。後半分だ」 華月は手にした二つの精霊石を仕舞い、ついでのようにヴィシュルに尋ねた。「ところで、ヴェネディクト鉱石ってここで手に入る物だったりする?」