翌日、華月はアルヴェルラの執務室に居た。 アルヴェルラは仕事の真っ最中だったらしく、資料を見ながら書類に何やら書き込んでいた。「それで、直接私のところへ来るなんて、どうした?」「精霊石はどうやって集めればいいか教えてほしいんだ」 華月の言葉でアルヴェルラは書類を書くのを止め、顔を上げる。「精霊石か。リフェルアに持ってくるように言われたのか?」「今すぐって感じじゃないけど、必要になるんだろ?」「そうだな。先達たちにも六属性の精霊石を集めるよう言われているしな。魔法の使えるカヅキの竜騎士細工の宝飾には必須の素材だ」 カチッ。と、軽い音を立て、アルヴェルラは手にしていた羽ペンをペン立てに収める。「精霊石がどういうものかは知識と、リフェルアから聞いているだろうから説明は省く。 そして、カヅキに望むのは上級精霊からの精霊石の取得だ。今までの訓練などとは勝手が違うだろう。おそらくお前でも苦戦する」「望むところ。って、粋がっておくよ。で、どうすればいい?」「テレジア」 パンッ。と、アルヴェルラが手を打ち鳴らすと、扉の影からテレジアが姿を見せる。「はい、陛下。 では、カヅキ。覚悟してください」 テレジアは華月に軽い足取りで近づくと、首を掴む。「な、何すん――」「逝ってきなさい」 テレジアは華月の足を払い、体が浮いたところで一歩踏み出し、窓の外へアンダースローで投げる。時速200Km/hほどの速度でかっ飛んでいった「方角、角度、良し。速度も十分。目標地点は水精の湖」「後はロミニアに任せよう。精霊のことは精霊に任せるのが一番だ。テレジア、ついでに茶を一杯頼む」「はい、陛下」 テレジアは言われたとおり茶の準備を始めた。 水精の湖は今日も静かに水面を光らせていた。 そこへ――。「ぉぉぉぉぉおおおおおおお!?」 入射角度50°、速度160Km/h。ド派手な着水音と同時に湖面に見事な水柱が立った。「ぶぁっ!? な、何なんだよ!!」「あらぁ? お客さんかしら?」 華月の身体に水が纏わりつく。華月には覚えがある。これは水精霊の仕業だ。「ろ、ロミニアさんか?」「あらあら、こんにちは。アルちゃんの竜騎士の……アヅキくん?」 華月の目の前で水が女性の形を取っていく。前回より精巧に、緻密に。「華月です!」「そうそう、カヅキくんだったわね。 一人でここに何しに来たのかしら?」 纏わりつく水の感じが変わる。答え一つで致命的な事になりそうだ。「上級精霊たちから精霊石を譲り受けたい。ついてはその方法を教授していただきたく」「そんな畏まって話さなくていいわよ? 私はそんなに凄い精霊でもないし?」「あ、はぁ……」 ロミニアは華月を持ち上げると、陸へと降ろす。「タメ口でいいわよ。古い精霊はその辺に拘るのが多いけど、私は畏まられるのは嫌いなのよ。 で、精霊石だったわね。上級精霊じゃないとダメなの?」「ヴェルラからは上級精霊から精霊石を享けてこいと言われて」「随分難しい事を要求するわね~、あの子は」 ロミニアは呆れているのか、体の輪郭が少し甘くなった。「俺がここに放り込まれたってことは、先ずは水の上級精霊から精霊石を譲ってもらってこいって事だと思うんだけど。水の上級精霊はどこに?」「ん~……、仕方ないわねぇ。上級精霊は俗世に現れるのを嫌うのよ。位相をズラした特異空間――闇黒竜族の墓所の石版の中みたいなところに引き篭もってるの。 だから、ちょっと体を置いていってもらうわ」「え――?」 次の瞬間、華月の意識はロミニアによって引き抜かれ、此処ではない何処かへ誘われた。 虹色の空間。 巡り廻る色彩が落ち着きなく、一瞬一瞬で全ての配色が変化していく。「な、何だここ……」「一枚の空間という壁を越えた先の空間。多分アルちゃんもきたことないわよ」 華月の意識が横に居る何かを認識した。人の形をしたそれは、ドラゴンたちとはまた違った美を持っていた。「あ……すげぇ美人だ」「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」 華月の意識が何かに包まれる。この感覚には覚えがある。これは――。「ろ、ロミニアさん……?」「そうよ? ああ、あの仮の器じゃここまではっきりと形を取らなかったわね。 さて、同朋・ミルドリィス」「……騒がしいな。私は静かな平穏が好きなんだ」 華月の前にもう一つ、ロミニアと同じような気配を持ち、それ以上の存在感を持ったモノが現れた。だが、華月の意識が認識したそれの姿は、まるで少女のような大きさだった。「ほら、カヅキくん? お目当ての水の上級精霊よ」「お目通り願えて光栄です。私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します」「ふん? 一応の礼儀は弁えてるな、坊。ヴェルラ嬢の竜騎士見習いといったか? 我が名はミルドリィス。 して、何用だ? わざわざロミニアがこっちに連れてくるほど重要な用件か?」「一人前の竜騎士となる為、上級精霊から精霊石を譲り享けてくる様、主より申し付かっています。つきましては、ミルドリィス様よりご享受願えれば、と」「……ふん。ロミニア?」「私で間に合うんなら、私はあげちゃうわよ」「……運が良いな、坊。私、水の上級精霊・ミルドリィスはお前を試さない。無条件で精霊石をやろう」 華月の意識体をロミニアと少し違うものが包む。「享け取れ、これが精霊石だ。向こうに戻れば石となる」 華月の意識体に何かが浸透してくる。物凄い圧力と勢いで。「抗うな、享け入れろ。我が一部だ。お前を濾過器とし、結晶化する。それがお前だけの精霊石となる」 自分の裡へと入り込んでくるミルドリィスの一部。アルヴェルラの血を享けた時とは違った異物感が全身から隈なく感じられる。それもやけに冷たく、透徹していく。 それが末端から中を進んで、自分の鳩尾あたりに集中していくのも解る。 だが、華月は苦悶の声を上げようとしなかった。「ふん、竜血を享ける事に比べれば大した事でも無いか。一つも喚かないとは」「……こちらから無理を言ってお願いしたこと、です。 それに、力を分けてくれる方の一部を、苦悶の声で迎えては失礼でしょう。もう、そのような礼を欠く行為を、私はしないと決めているのです」「……なんだか無性に虐めたくなるな」「あら、ミルドリィス? 意地悪しちゃ駄目よ?」「解っている。コレはヴェルラ嬢のモノだろう? 私が手を出すのはここまでだ」 華月の鳩尾で、ミルドリィスの一部が凝結する。「精製を経た。水の精霊石、確かに与えたぞ」「感謝します」 華月から意識を逸らし、冷たく告げる。「用が済んだらさっさと去れ。ロミニア」「はいは~い。カヅキくん、帰るわよ~」「いずれ、改めてお礼に――」「来なくていい。我が一部は常にお前と共に在る。わざわざ来る必要は無い」 ミルドリィスが明後日の方を見たまま、華月たちに向かって腕を振る。巻き起こった圧力に押され、華月とロミニアは現実に吹き飛ばされた。 湖畔で目を覚ました華月は、戻って早々に咳き込んでいた。「ゲホッ!」 すると、親指の爪程度の大きさの蒼い結晶体が出てきた。「こ、これ……?」「それが精霊石よ。 やっぱりミルドリィスの精霊石は鮮やかに蒼いわね~。私のはちょっと濁るのよねぇ」「う……そ、そうですか……」 華月は湖の水で精霊石を洗ってから収納布に収め、ポーチに仕舞う。「あの、他の精霊にはどうすれば会えますか?」「他って、水以外の五属性の精霊?」「はい」「そうねぇ……火と土の精霊はドワーフの洞窟の最下層でなら顕現してくれるし、樹の精霊はセフィールの中でなら顕現してくれるはずよ。光と闇の精霊は……ちょっと変わってるから、私には教えられないわ」 ちょっと変わっているという一言が気になったが、あえて追求せず、次の目標へ向かう事にする。次は――。「解りました。次はドワーフの洞窟へ向かいます」「そう? じゃぁ、そこの転移門を使うと早いわよ~。ノーブル・ダルクの近くに設えてある転移門に繋がっていて、そこからは――」「もしかして、ドワーフやエルフの所に一瞬だったり?」「そうよ? あら、知らなかった?」「……はい」 ちょっとだけ、涙が滲みそうになった華月だった。