小一時間掛けて、採り集めた量は相当なものになっていた。「ちょっと調子に乗っちゃったかな?」「……これ、持っていけるのか?」 ちょっとした山になっている、採集されたフェグラの花とデジネ草。それが放つ臭いもまた、相当なものになっている。特に、デジネ草の独特のドクダミ臭が堪らない。「ん~、多分入ると思うけど……」 フェリシアは懐から一枚の布を取り出した。黒い生地の、特別何の変哲も無いハンカチ程度の大きさだ。「拡大っ」 掛け声とともに振られた布が、一瞬で十倍程度にまで広がった。「格納!」 山になっていた薬草の上に被せ、さっと引き戻すと、不思議と全て消えていた。「縮小」 また掛け声とともに大きくなった布を振ると、今度は元通りの大きさに戻った。「それ、収納布か?」「そうだよ~。コレはあんまり容量は大きくないけどね」「知識で知ってても、実物を見ると驚くな」 目の前であれだけの量が一瞬に消失する様は確かに驚愕ものだろう。「声に反応して自身の大きさを変え、内部に対象を格納する。便利だな」「現象魔法が人間に使えない時代に、人間が自分の身体に紋章を刻んで使ってた魔法が起源らしいけどね~。まぁ、詳しくはディーネに聞いたらイイと思うよ」「そうだな。 さて、これで終わりか?」「後は、セフィールの水が50リットルと樹液10リットル!」「……何に使うんだ?」「ヴィシェが言うには鍛造に必要なんだって」 そう言われると、華月は何も言えない。鍛冶ついては無知に等しい。専門職の言葉だ。確かに必要なのだろう。使い道はさて置き。「そうか。じゃぁ、さっさと――!?」「カヅッ!?」 華月がフェリシアを突き飛ばす。 だが、突き飛ばしたはずの華月が、フェリシアを追い越して樹の幹に激突する。「か、カヅキ……?」 地面に尻もちをついたフェリシアは、自分から10数メートルも吹き飛んだ華月を見た後、反対側を向いて驚いた。 そこには、ツルっ禿の緑色の巨漢が居た。腰に襤褸布の様な腰巻をしている以外、素っ裸と大差無い。手にはフェリシアの胴より太い棍棒を持っている。「と、トロール!? ウソ、何でこんな所に!?」 この国にトロールは存在しない。居る筈が無いのだ。 だが、現にトロールが実在し、手にした巨大な棍棒で華月を吹き飛ばした、いや、本当ならフェリシアが吹き飛ばされていたのだろう。「こちらに攻撃の意志は無いよ!」「グ、ガァーーーーッ!!!!」 巨大な棍棒が唸りを上げて振り抜かれる。何とか回避したフェリシアは思考する。(言葉が通じない筈ないのに! 何かに操られてる? 反撃するべき!?) 亜人種のトロール族には共通言語が通じる筈なのだ。フェリシアは共通言語で語りかけたが、返ってきたのは雄叫びのみ。 あの棍棒の直撃を喰らった所で死にはしないが、昏倒してしまう可能性が高い。フェリシアは反撃に打って出るべきか悩んでいた。(あたし、加減が下手だから……殺しちゃうよ!) 平常時ならまだしも、こういった状況で気が昂った場合は、力加減や出力加減が極端に下手糞になる。(せめて、武器だけでも!) 大きく息を吸い、主肺も副肺も空気で満たす。 口を閉じ、吸った空気にある特性を付与する。 その間も振るわれる棍棒はかわし続ける。「ーーっ!!」 音にならない空気の解放。外気と触れた瞬間、爆発的に燃焼し、火線となってトロールに殺到する。 知能まで低下しているのか、そのドラゴンの炎のブレスに棍棒で対抗しようとする。が、当然棍棒はドラゴンのブレスに耐えられるわけも無く、一瞬で消し炭になる。「や、やった!」「グルアァァァァ!!」「えっ!?」 持ち手だけになった棍棒を投げ捨て、トロールはフェリシアを掴みにきた。突然のことに反応できず、フェリシアは簡単にトロールに掴み上げられた。「く、は、放せっ!」「ギハッ!」「くぅぅぅぅっ!?」 ギリギリと握る力が強くなり、フェリシアの細い体躯を絞りあげていく。ドラゴンとは言えフェリシアは成体のドラゴンではない。まだ、ドラゴン本来の力を持たない。それに、竜化していない普通の姿では耐えられる限界が違いすぎる。纏身防御系も使えないフェリシアには、致命的な状況だ。「か、カヅキ……助け――」 ミシミシと聞きたくない音が体から聞こえ始め、フェリシアが泣き言を漏らした。「何してんだ!!」 怒号とともに華月の回し蹴りがトロールの手の甲を痛打した。「グアァァァァ!?!?」 華月の蹴りで手が麻痺したのか、トロールがフェリシアを取り落とす。 難なくフェリシアを抱えた華月は一旦トロールから距離を取る。「大丈夫か!?」「う、うん……。何とか……」「アレは、ブッ倒していいのか?」 華月の眼が鋭くなっていく。戦(や)る気だ。 フェリシアを降ろし、竜楯を纏う。「出来れば、気絶させて」「やってみる」 訓練ではない戦いは初めてだが、華月は不思議と何の感慨も覚えなかった。冷静に相手の状態を観、全意識が今までの経験を引き出し、動きを決めていく。「ふっ!」 高速で正面から特攻。カウンターで繰り出される拳を跳躍して回避。その振りぬかれた腕を足場に使いもう一段ジャンプ。トロールの下顎を殴り上げる。 打ち切ったらトロールの胸部を蹴り後方に退避。「打たれ強いヤツだな」「グフゥゥゥ」 華月の一撃を受けても意識が残っていた。流石はトロールといったところだろう。「だったら、もう少し強めに行く!」 華月が今度は一瞬でトロールの背後を取る。そのまま左足の踵を蹴り抜く。トロールは突然ハイキックを打ったような状態になり、バランスを崩して仰向けに倒れてくる。「その意識、刈り盗る!」 本気で背中を足の裏で蹴り上げる。 トロールの巨躯が地面から離れ、浮き上がる。 華月は一回のバックステップでトロールの下から抜け出し、その側頭部に向け跳ぶ。 そのままの勢いで蹴り抜く。「墜ちろ!」 おまけとばかりに反対の足でトロールの胸板を地面に向け蹴り落とす。 急加速をつけられたトロールは地響きを立てて地面に落ち、しっかり白目を剥いていた。「ふぅ、知能が無いヤツで楽だったな」 読み合いも駆け引きも無い、単なる殴り合いだ。この程度なら華月には何てことは無い。もう慣れていた。「カヅキ、一応耳塞いでて」「ん? ああ」 言われた通りに両手で耳を塞ぐ。 フェリシアは大きく口を開け、皇宮に向け共鳴音叉を放つ。「こんな所から届くのか?」「竜の使う技、舐めちゃいけないなぁ……?」 ふらり。と、揺れるフェリシアをさっと抱え、抱き上げる。どうやらまだダメージが抜け切っていないようだ。「みっともないなぁ」「いいから、大人しくしろ」 ぼやくフェリシア。華月はそんなフェリシアに苦笑し、誰か来るのを待った。