華月の目覚めは、今までに無い気持ちで迎えられた。「おはよう」「ああ、おはよう」「記憶の混乱は無いわね? ちゃんと『セギ カヅキ』のままかしら?」「ディーネ? ああ、大丈夫だ。俺は俺のままだ」 ゆっくりと上半身を起こし、しっかりとアルヴェルラとディーネを見据える。 そして、頭を垂れた。「迷惑を掛けた。助かった。ありがとう」「気にするな。自分の騎士の為だ。この位苦労の内に入らない」「竜皇の騎士が廃人じゃ、話にならないからね。 ああ、記憶は繋いだけど、直ぐには繋がらないわ。何か切っ掛けがあれば思い出すと思うけど。 さて、私は帰るわ。私に魔法を教わるつもりがあるのなら、また着なさい」 ディーネが黒い霧の塊になって、消えていく。「闇系の上位魔法、黒霧転移(ミスト・シフト)だ。使えれば便利な魔法なんだがな」「ヴェルラ」「ん? なんだ、カヅキ」 アルヴェルラの手を取り、華月は真っ直ぐアルヴェルラの眼を見る。「本当にありがとう。こんな俺を必要としてくれて」「礼を言われることじゃない。それに、そう思うなら自分を卑下するな」 アルヴェルラは華月に優しい笑顔を見せる。「お前は私のモノだ。誰にもやらない」 アルヴェルラは華月の唇に口付ける。「私は何故か、お前がいいんだ。他の誰でも無い、カヅキが」 華月の頭を撫でつけながら、アルヴェルラははっきりと告げる。「私の為にも、簡単に自分を放棄しないでくれ」「ああ」 華月はアルヴェルラの手に自分の手を重ね、少しずらして立ち上がる。「思い出せていれば、ヴェルラとちょっと話したいところだけど、ディーネが言った通り、思い出せてない。 しばらくは――」「カヅキ、落ち着くまでしばらく休め」「そうも言ってられないだろ? 圧倒的に技術も何も足りないんだ。 俺が、この世界でアルヴェルラの『求め』に応える為には」「それは、確かにまだ予定している水準には達していないが……」(その到達予定は本来はまだ、半年以上先の話だ)「まぁ、今日の所は休むよ。少し、頭を空にしていたいから」「そうしろ。短い間に身体を酷使しすぎだ。いくら死なないとはいえ、感覚は人間の頃のままだからな。少し精神の方を休ませろ。 ついていてやりたいが、女皇の立場というものはままならない。済まないな」「十分居てもらったよ。大丈夫だ。 ヴェルラはしっかり、自分の務めを果たしてくれ」 名残惜しそうなアルヴェルラを送り出し、華月は窓から外の風景を見据える。 吸い込む空気の匂いも、感じる風の感覚も、差し込む日差しの眩しさも、世界の色付きさえ、少し前とは違っているように感じた。「こっちの世界は、眩しすぎるな……」 華月の思い出せた記憶は、全体量からすれば極、僅かなものなのだろうが、その全てが色彩を欠いていた。モノクロの、モノトーンの風景だった。「俺は、本当に前の俺と同じなのか?」 自分に自信が無くなってきていた。昔の自分と今の自分が、同一のものだという自信が。「基幹は変わらないんだろうが、細かい部分で変わっているだろうな……。 まぁ、いいか。 何か不都合があるわけじゃないし、むしろ良い方向へ変わったんだろ」 窓枠に腰掛け、静かに目を閉じる。(しかし、この世界に着てから、他の連中に対してあまり関心が湧かなかったのは、こう言う訳だったか。 ……俺は薄情なのか?) 自問に自答できない。いや、今の自分の価値基準なら、否と言える。だが、それは昔の殆ど全てを思い出せないでいるからで、何か事情や理由があったらと思うと、断言できない。(まぁ、考え込んでいても仕方ないか) 頭を空にしたいと言ったのは自分だ。考え込むのは止めることにする。「ん?」 華月の耳に何か、聞こえてきた。「これは、風切り音か……?」 甲高いような、何かが高速で飛んでいる音がする。 それは、段々近づいているようで――。「カ~ヅキッ!!」 窓から飛び込んだ何かが華月を直撃。人間だった頃なら胴体に穴が開きかねない速度で突っ込んできたソレを、華月は後ろに押されながらも難なく受け止めていた。「危ないぞ、フェリシア」「あはは、今のカヅキなら余裕でしょ?」 華月の腕から抜け出たフェリシア。床に降り立つと、窓枠に腰掛ける。「昨日は大変だったみたいだね」「誰かに何か聞いたのか?」「ううん、近くの木の上に居たから知ってるだけ。で、様子を見に来たの」「そうか。まぁ、もう大丈夫だ」「うん。大丈夫そうで安心したよ。 で、さすがに今日はお休み?」「まぁ、な。ディーネにも迷惑をかけたし、今日教えを乞うのもどうかと思った。武器が無いからトレイアの所も行っても意味が無いしな。テレジアには教えることが無いって言われてるし」 華月がそう言うと、フェリシアは呆れ半分という様子で苦笑する。「それじゃ、あたしにちょっと付き合ってよ」「ん? どこか出かけるのか?」「まぁね~。ヴィシェに頼まれたから森で薬草取り」「ヴィシェ? 誰だ?」「ドワーフのヴィシュルだよ。愛称ってやつ」 フェリシアは窓枠から降りると、華月の背後に回る。おもむろに華月の両脇に腕を通すと、そのまま窓枠に向かって一気に走り出す。「おいっ!?」「いいから!」 窓枠から窓の外へと出てしまった。華月の個室は皇宮でも上の方に在るので、地面までは相当距離があり――。「お、落ちる!」「大丈夫だよ~」 小さいながらも飛翼を展開したフェリシアは、華月を抱えたまま飛び始めた。「いくらあたしが小さいって言っても、人間一人ぐらい抱えて飛べるよ。闇黒竜族舐めちゃ困るなぁ」 そのまま上空から森へと入っていく。「よし、この辺にデジネ草とフェグラの花があるんだよね~」 フェリシアは適当な所に降りると、華月を放して木の根元を丹念に探し始めた。 華月はその様子を見ながら、周囲の風景を観察する。(まぁ、気分転換にはなるか) 部屋に篭っていてもしかないと、頭を切り替え薬草採集に付き合うことにする。「フェリシア、見本を見せてくれ。手伝うから」「あ、本当? じゃ、この形の花と草を集めて!」 そう言ってフェリシアが華月に見せたフェグラの花は、小さいラフレシアの様で、デジネ草はドクダミの形と臭いがした。