トレイアの武器術訓練も今日は顔合わせが目的だったので早めに切り上げ、昼食時と言うこともあり皇宮に戻る。華月は先ず服を着替えた。 そして昼食を腹に収め、午後はテレジアの発展体術だったのだが。「……」「……」「……」 技法などを実地で訓練中、華月とテレジアは物陰から伺うような視線を感じ、同じタイミングで動くのを止め、そちらを観る。「ひぅっ!?」 岩陰にさっ! と、隠れる小柄な人影。「テレジア、睨むなよ」「睨んでなどいませんよ。ただ、見ただけです」 と、言いつつ、テレジアの視線は物凄く鋭かった。「誰ですか? 居るのは判っているのです、出てきなさい」「……」 そう言われても、何故か出てこない人影。 そのまま一分が経過。「……ちっ!」 イィィィィィィィ! と、何やら凄く耳障りな音がした。「うぇっ!?」 人影が隠れていた岩が、粉微塵に砕けた。「えぇ~……何コレ……」「少し岩に衝撃を与えてみました」「衝撃ってレベルか? どうみても音波攻撃……。ヴェネスド岩だろ、あれ」 涼しい顔のテレジアだが、その実舌打ちで発生した音波を口腔内で反響・増幅し、特定方向へ指向を持たせ放ったのだった。どういう原理か華月には理解できなかった。「うぅぅ……」 岩に隠れていた人影は、ドワーフのヴィシュルだった。可哀想にも突然目の前の岩が砕けたことでうろたえている。「あれ? ドワーフの……」「こ、こんにちわ! ドワーフのアーズ一族、ヴィシュルです!!」「貴女でしたか。……珍しいですね、鍛冶場から出てくるというのは」 そういわれると、ヴィシュルは物凄く申し訳なさそうな顔になった。「昨日はウチの頭領が失礼なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」 華月に向かって深く頭を下げる。「……あぁ、別にいいよ。言われた事が全く当たってないわけじゃないし。 謝るなら俺じゃなくて、ヴェルラの所に行って――」「いいえ! 貴方にも謝らないと気が済みません!! 初対面であんな態度を取る親父が悪いんです!」 声を荒げて自分の親を非難するヴィシュル。何か不満があるのだろうか。「大体です、何かにつけ高圧的な態度になるのはどうかと思うんです! 私の事だって何時まで経っても半人前扱いで!」 どうやらヴィシュルはそこに特大の不満を抱えているようだった。 それを見て取ったテレジアが、堪えきれないらしい邪悪な笑顔を一瞬見せた。「ヴィシュル。実は、カヅキの武器について相談があるのですが」「え? 何ですか?」「形状が決まったので、正式に依頼を。と、思っていたのですが、どうやらドレン頭領はカヅキが気に入らないようです。 そこで、貴女がカヅキの武器を造り上げ、ドレン頭領の鼻を明かせてやりませんか?」「……」 テレジアの言葉に、ぽかんとなったヴィシュルだったが、ドレンの鼻を明かすということに非常に共感したらしい。「やります! 私がやります!! カヅキさん! 私に任せてくれませんか!?」「え? ああ、うん……。俺は構わないけど……」「ありがとうございます! では、アルヴェルラ女皇陛下にお詫びと報告をしてきます!!」 だっ! と、非常に興奮した様子で駆け出したヴィシュルを、華月とテレジアは見送るだけだった。「……あんなに焚き付けて、いいのか?」「問題ありません。彼女はいずれアーズ流を継ぎます。それだけの実力を秘めている子です。ここらで荒く揉まれて一皮剥ければ化けるはずです」「テレジアの分析か?」「そうです。事実、彼女が鍛えた武具は近年質を上げてきています。ドレン頭領はいまだに彼女を半人前扱いしますが」「へぇ、そうなん――」「そこっ! 退きなさい!!」 鋭い声が掛けられ、華月は言葉も途中でバックステップを刻んで一気に後退した。 華月の立っていた所へ、一つの人型が降り立った。「ふぅ、避けてくれてありがとう」「ぶつかる様な下手は打ちたくないからな」 肩を竦める華月。 降り立ったのはリフェルアだった。ただ、服装が違っており、髪も一括りにされている。幾つかの宝飾品も身に付けているようだ。「上からの登場とは、些か慎みが足りないようですね。 リフェルア=セフィール」「こんにちは、テレジア総纏役。 少し遅れたので急いだだけです。お気になさらないよう」 テレジアとリフェルアの間で火花が散っているようだ。お互いがお互いを気に入らないと思っていると、脇に居る華月にも読み取れるほどに。「何だ? 二人は仲が悪いのか?」「いいえ、そんな事はありません」「そんな事無いわ」 華月の質問に揃って即答で否定した。(……仲、悪いんだな……) どうも同族嫌悪な雰囲気だが、華月はそれ以上を口にするのを止めた。藪蛇になる恐れが大だからだ。 ここは華月が話題を提供して場の空気を変える必要がある。「それで、リフェルアはどうしてここへ?」「昨日、後日伺いますって言ったでしょう。今日にしたのよ」「ああ、話は聞いています。カヅキを視察するのでしたね。 でしたら、先ず陛下のところへ」「言われるまでも無いわ。では、失礼」 先ほどのヴィシュルに続き、リフェルアも皇宮の中へ入っていった。「……テレジア、ヴィシュルとリフェルアって仲悪いのか?」「属性的には反発します」「それは知ってる」「……まぁ、あの二人も例に漏れません」「解っててリフェルアを行かせたな?」「何のことでしょう。私はきちんと手順を踏むように言っただけですが」「……」 しれっ。と、答えるテレジアに、華月は深いため息をついた。「俺も行ってくる。いいだろ?」「構いませんよ。小休止としましょう」 言うなり、テレジアは砕いたものとは違う岩に腰を下ろし、眼を閉じる。「先ほどまでの組み手で、解ったことがあるので。それについての考えを纏めていますから、あちらを優先してください」「助かる」 テレジアの言葉に感謝して、華月も二人の後を追って皇宮に入っていく。「……やれやれ。自分から面倒に首を突っ込こまなくてもいいのに」(さて、カヅキには私が教えられることが無くなってきたわね。私はそろそろお役御免かしら) テレジアに一抹の寂寥感があった。過去に教育を頼まれたどの竜騎士より早く、華月はテレジアの手を離れようとしている。練度や行動の選択肢、経験がものを言う部分に関してはまだまだ未熟ではあるが、技術・技巧的な部分に関してはテレジアの持っている七割以上を吸収している。「……優秀すぎる教え子というのも、面白くないものね」 最終的に自分が持っている総てを教えるか否か、テレジアは静かに考え始めた。