テレジアに案内され、辿り着いたのは妙な空間だった。「ディーネ、連れてきました」「……んあ~? 何を~?」「……起きなさい」 皇宮から少し歩いた岩山に空いた洞窟の奥、だだっ広い空間。半分以上の空間が書籍が詰まった本棚で埋められている。 声の主は本棚の手前にある大きなテーブルに突っ伏していた。 テレジアが近づき、その後頭部にいつもの手刀が叩き込まれる。「のぅっ!? 何するのよ~……」「この時間に来ますと昨日言ったはずですが」「ん~? ああ、もう時間なの。 面倒ねぇ~……」 懐中時計で時間を確認すると、こきこきと首を鳴らす。「陛下の竜騎士の教育です。つべこべ言わないでください」「私よりも適任が居ると思うのよ。私、誰かに教えるのって下手なのよ?」 起き上がったのはテレジアより少し身長が小さい女性だった。前髪が眼を完全に遮っていて人相が良く解らない。輪郭は丸めであることは見て取れる。無造作に伸ばしているらしい黒髪はぼさぼさで、手入れなどされているようには見えない。 着ているものもボロボロの黒いワンピースとフードつきのマントのようだ。体格も良く解らない。「カヅキ、彼女が国一番のあらゆる魔法の使い手、ディーネです」「ディーネ=アレイドよ」「瀬木 華月です。宜しくお願いします」「礼儀は問題なさそうね。私が引っ張り出されたってことは、相当の魔法資質があるってことなのね」「そうですね。訓練無しで三十以上の分割意識体を統括していました」「……へぇ~、面白いわね。ん~、少しやる気になってきたわ」 テレジアの言葉に、ディーネの隠れた眼が光ったように見えた。「魔法に関する知識は?」「皇宮の図書室の総て。それと自己魔力による纏身系が使えます」「テレジアの最終工程を突破するには纏身系は必須だけど、何よ? 図書室の総てって」 訝しむ様なディーネの視線に、テレジアはいつもどおりに答える。「彼の頭にあの図書室の全情報を流し込みました」「……は? そりゃ、随分無茶したわね。 でも、それでも平然と此処に居るコレ、本当に元人間?」「酷い言われようだなぁ……」 苦笑する華月。それもそうだろう。「まぁ、昏睡されましたが。それでも一般的な魔法については説明不要かと」「手間が省けるのは良い事だけど。 じゃぁ、理屈は抜きで実践しますか。纏身防御系で身体強化して」 そう言うと、ディーネは右手を前に突き出す。「フレイム・スフィア」「うわぁっ!?」 でかい火の玉が華月に向かって飛んできた。竜楯を展開してそれの直撃に備える。「耐えたわね。あら、竜楯? ふ~ん」「いきなり何すんだ!!」「五月蝿いわよ。次~。 ダーク・ジャベリン」 今度は槍のような闇の塊が華月を直撃する。「いってぇ!!」「防御力は平均的な竜楯ね。 どう? 魔法攻撃の痛みは」「いてぇよ!」「……竜楯を抜かれて痛い程度って……あ~、竜皇の竜騎士は出来が違うわねぇ」 華月の頑丈さに呆れているらしいディーネ。「くそ……」 華月は知識から魔法関連の情報を浚いだす。主に使い方についてだ。事前に調べてはいたものの、どうも巧いきっかけが掴めず、結局独力では使えなかったのだ。 だが、二度ほど実際に魔法を見て、魔力の変異や何やらから自分の推察も付け加え、仮説を立てていく。(全身から魔力が適量、手に集中していた。それをどうしてかあれらの形に変化させて撃ち出している) 魔力を右手に集中。(テレジアは同時演算がどうのって言ってた。頭の中で何か思考するはずだ。それについての記述は――)「んあ? 少年、使い方も知らないのに魔法を使おうとしないほうがいいよ?」 華月の様子に気付いたディーネが忠告めいたことを言う。(魔法使用条件は、魔力集束、魔力変換? 標的設定、発動意志、宣言!) 魔力変換が良く解らない。(思い出せ、思い出せ! 魔法になる瞬間、魔力がどう変化したか?)「……少年、果敢と無謀を履き違えないほうが良い。君の魔力で魔法を失敗すると、身体が一回消し飛ぶぞ」「あ~、その手の台詞は逆効果になりますよ」「は? なに、そんなに負けん気の強い子なの?」 シリアスな顔で台詞を言ったディーネが、テレジアの呟きで元に戻る。(変換、変換、変換? 魔力を何かに作り変える? AからBに変性する?) そこまで思考すると、頭の中で何かの式と紋様が浮かんできた。(変性陣? 変性式?)「あ……まさか、見つけたの!?」 変性式によって魔力が編纂可能な状態に移り行く。「案外早かったですね」 変性陣が魔力を魔法へと作り変える。今現在、変性陣は華月自身の属性になっている。 右手に闇の塊が出来始める。(目標設定、ディーネ。発動意志、固定)「ダーク・ジャベリン!」 右手に集まってた闇の塊が、ディーネが見せたように槍の形になって――飛んだ。 が、反動があったのか、華月は右腕を反対方向に弾かれただけでは済まず、体ごと後ろに吹っ飛んだ。「ちっ、強固に創りやがって!」「お任せを」「ここ、壊すなよ!」「善処します」 テレジアが槍に向かって走り、「『竜爪・一指』」 右手に錐のような魔力の円錐が一本。「はっ!」 華月の放った魔法とテレジアの竜爪付の拳が正面衝突。 華月の魔法が先端から徐々に欠けていく。同時に、テレジアの竜爪も欠けていく。(硬いっ!?) が、テレジアは華月の魔法を見事打ち消した。「あ~、いってぇ……」 華月が右肩を抑えながら立ち上がる。右腕がぷらんぷらんしているので脱臼でもしているのだろう。「バカねぇ。魔法を使うときでも作用と反作用が多少は働くのよ。それを考えも無しに矢鱈滅多らガッチガチに練り上げた魔力でぶっ放しちゃってまぁ……」 呆れが入ったディーネの台詞に、テレジアは右手が痛いのか開いてぷらぷらさせている。「魔法強度は十分でした。単純に発動だけさせれば上出来かと思っていたのですが」 華月に近づき、華月の右手を取り上にあげる。 がごん。「っっっっ!?」「肩を嵌めただけで大げさな」「ふぅ。じゃぁ、今日のところはここの知識を流し込むだけにしておきましょうか。そうすれば明日以降、今日のような無様は晒さない様になると思うけど? どうする、カヅキくん?」「え、いや、今日はこの後武器術担当のトレイアさんにも会う予定だって」「分割意識体の統括が出来るんでしょ? ちゃんとやれば昏睡したりしないわよ。まぁ、その分トレイアの教えに対応できる意識体が減るわけだけど」「……お願いします」「決断早いわね。少しは悩みなさいよ。 まぁ、いいわ。いくわよ」 ディーネの右手の先に変性陣が現れた。「トランス・メモリ」「いっ!?」 久々に感じる違和感。頭の中に情報の濁流が渦を巻く。「ほらほら、もう取り掛からないと溢れるわよ」「うっ、ぐっ!」 華月は総力を挙げ、情報の仕分けを開始する。「後一時間でこの部屋の情報全部流し込んであげるから、しっかり耐えなさい」「一時間でこの量は、流石に無謀では?」「テレジアに無謀とか言われたくないわね。鏡を見ることをお勧めするわよ。どうせ似たようなことを続けてきたんでしょ?」「否定はしません」 涼しい顔のテレジアに抜かりはない。あらゆる方向からの攻めの言葉に対し、素晴らしい受け流しの準備がされている。「まぁ、今回は下地がありますし、何とかなるでしょう」 珍しく楽観的なテレジアだった。